こんにちは、田代です。
こんにちは、堀です。
Advanced Therapist〜エピソード18本目の後半部分ということで、前回はですね、厚労省から出た資料をもとに、教育とか医療の現場とか地域に関することとか、いろいろ話していったんですけど、結構なんか後半、なかなか難しいよね、みたいな感じになったりもして、もうちょっとポジティブな、いいビジョンみたいなことも描けたらいいなと思うので、後半はそういう話もしていけたらなと思います。
はい。まず、Advanced Therapistではないかもしれませんけど、世界の状況というものをいくつか見ていく必要があると思うんですね。
例えば、日本そのもので言うと高市政権が始まって、なんとなく国が動くのではないかという期待感が出たりすると。その期待感というのは、逆に読むと閉塞感があったからですよね。その閉塞感というもののいくつかの理由というところで言うと、例えば経済の問題がある、防衛の問題がある、あるいは高齢者を含めた健康の問題がある。
あと、少子化がある。その、なんていうかな、超えなきゃいけない壁というのがすごく多いわけですね。特にそれ経済に視点を当てると、日本経済、特にバブル前後というのは、世界のGDPの、例えばアメリカが24%を占めていたと。
じゃあ、日本はどれくらい占めていたかというと、実は16%日本が占めていたんですよね。じゃあ、今日現在どうなのか。アメリカは27%ほぼ変わらず、むしろ増やしている。で、日本は4%なんですよ。ここまで経済状況というのが落ち込んでいるという状態の中で、日本人が我慢して我慢して我慢しまくっている状態であるということ。
もちろん、日本という国力はある程度あったけど、人口からするとそんなに増えておらず、人口比から言うと80分の1になりますので、そんなに大きくない状態で、4%あるっていうのはいいじゃないかという捉え方もできるのができるんですけども。かつての栄光を取り戻したいという人たちもいる。
高市さんがジャパン・イズ・バックっていうふうに日本再生を謳ったということで、再生できる余波っていうのがあるんではないかというところは一つあるんだと。
じゃあアメリカはGDPの、世界のGDPの27%を占めているんだけれども、アメリカ人の総所得のうちの半分、例えばこれ100万円あったとしましょう。100万円のアメリカ人のパイのうちの50万円を誰が持ってるかなんですよね。
これが3人か4人の資産と言ってました。要は今だったらその開設者の人はジョフ・ベゾス、アマゾンですね、ビル・ゲイツ、マイクロソフトとウォーレンバフェット投資家でもう50%持ってるって言ってたんですけど、実はここにイーロン・マスクが入ってくるともう多分60%ぐらい持っちゃってるわけですよね。ものすごい歪なんですよアメリカって。
その強い歪の中で庶民がちっちゃいパイを取り合ってる状態、特に田舎ですよね。ニューヨークだとかロサンゼルス以外のアラバマだとかユタとかそのあたりの田舎の人たちとかっていうのは非常にしんどいものを生活を強いられていて、絶望しているんだというふうに言われてるわけですよね。
日本ってまだ実は絶望的なものっていうのがなくて、経済と鬱、経済と自殺っていうのはものすごく連動してるっていうふうに言われてます。
例えばなんで鬱が増えるんですかっていうと、もうほとんど経済状況によって起きるというふうに言われてるので、違う言い方をすると資本主義経済が生まれて鬱っていうのが生まれてるというふうに捉えられてるんですよね。
統合出張症だとか転換とかってのは昔からあったんですけども、鬱傾向、鬱っていうのは産業革命以降に生まれた病気だというようなことを言ってる人たちもいます。
日本が鬱大国って言われた時代があるんですね。
これは年間3万2千人まで自殺者が増えてた年代というのが2000年初頭なんですよ。
今はやがて2万人を切ります。
これは経済状況は悪くなったとはいえ、個々人の経済状況はすごくバランスは取れてるってことですね。みんな儲かってないってことなんですよ。
アメリカは実は年々自殺者が増えてる国になってきます。
世界のGDPの27%を占めているが自殺者が増えてるっていうことは、いびつな経済状態が起きてるってことなんですよね。
これ実はヨーロッパも同じです。ヨーロッパも移民の問題を抱えつつも、もともといた人たちの経済状態がどんどん悪くなっている。
その割にはユーロがどんどん高くなっていって、海外のものが安くなるが、自国のものは高くなっているっていう状態が続いて、実はすごく大変なんですね。
確かに今イタリアなんかの首相が変わって少し良くはなったんですけども、フランスとかイギリスってもう実はハチャメチャなんですよね、政治が。
内閣が1日で掃除職とかするような状態なわけですよ。日本ってそこまではないんですよね。
これからヨーロッパ、特にフランス、イタリア、ドイツ、イギリス、そして中国、韓国、台湾が抱えるのは徹底的な高齢化なんですよ。
日本は実は高齢化がやがて終わるんですよね。終わるっていうのは高齢化のインフレが終わるってことです。
もうそれ以降増えていかないっていう状態が続くっていうのが、実は日本はプラトン期に入ってくるんですね、これから。
でも海外はこれからインフレ期に入ってくるんですよ。この問題を解決できないので、
日本はまだマシであるが、海外は大変であるという状態の中で我々はどう生きていかなきゃいけないかということをちょっと考えましょうという、すいません、全体的な周りから攻めていきました。
そうですね。なぜなかなか大変な時期、特に2000年初頭とかで言うとバブル崩壊してとか、そういうのもある中で高齢化も進んできたけど何とかプラトンになりつつあるというと、
いろいろ苦難はあったけどそれを乗り越えつつあるっていうところなんで、ここで培ったノウハウというか、いろいろうまくいっためいかないところはあると思いますけど、
ここの経験を海外の国に対して輸出していくとか、コンサルティング的にサポートしていけるみたいなことができたら、求められるところはありそうな、言わしますかね。
まさにビジネスチャンスは最大のビジネスチャンスはそこ。やってる方たちは多分たくさんおられると思うんですけど、我々は医療職の専門職としての最大にできる能力は、
高齢者の行き先というか高齢者がどういうふうになっていくかを知っているんですよ。倫理的に捉えると、やっぱり若者だろうと高齢者だろうと一つ同じ命なので、その人たちの命を守っていける国っていうのは良い国なんですよ。
その良い国を作ろうと思ったときに、我々はやってきたものをちゃんと提供できる状態にしていけば、そこに大きなビジネスが生まれると思います。
なるほど。またシステムだけじゃなくて、日本の精神性とかそういうところもなんかちょこちょこ着目されるところはあると思うんで、そこも含めてっていう感じですかね。
そうですね。なので、僕のイメージは新幹線を売るのと同じだと思ってます。機械とシステムと心意気を一緒に売らなきゃいけないってことです。
単に新幹線が速ければいいってわけでもなく、それのオペレーションシステムで動かすと。さらにそれをやっていって、絶対遅らせないぞ、事故起こさないぞっていう心意気がないと日本の新幹線は作れないんですよね。
日本の新幹線って世界でも異常なぐらい正確な乗り物なので、あんなに正確な乗り物を作れるっていうのはシステムと機械だけではないってことですね。
なるほど。なんかトヨタの改善みたいなことも注目されるとこあると思いますし、またアニメとか漫画とかの文化的に日本人っぽい精神性とか、それも含めて介護だったり医療の仕組みも合わせて、現場で働く医療従事者の教育も含めてっていうので出していけると、より良い形になりそうですかね。
なので精神性っていうものをもう少しフレームをちゃんと構造化して、精神性のシステムとして打っていかなきゃいけないところだと思うんですよね。日本人の精神性を完全にインストールするとは無理だと思うので、こういうことをやるとうまくいくよっていうものの抽出をしなきゃいけないと思うんですよね。
そこにシステムに乗せていったり、あるいはそれができるという人たちに対してリワードという言い方をするみたいですけど、ポイント制にしていくってことですね。これができたらこのリワードで、このリワードが溜まっていくとあなたは給与が増えます、昇進しますっていうのが海外では分かりやすいシステムなんですね。
日本は反リワード制度なので、残業して頑張ってもリワードが溜まらないからみんな疲弊していくっていうことを言ってましたけど。
もし日本に近い精神性の国とかがあれば、それはもう本当にシステムとかで導入すればうまくいくところもあるかもしれないですけど、もともと根本的な思想が違ったりとかする場合は、そういうリワードだったりとか違った評価軸とかも入れつつシステムを入れていくとよりよく対応できるようになりそうですかね。
そうだと思います。特に高齢者医療、高齢者介護を含めて、あとは予防もだと思いますけれども、日本がうまくやってきたこととうまくやれてなかったことがあるとすれば、日本は昔からやっぱりネタ切りが多いわけですよね。海外はネタ切りというのが少ないというふうに言われてきたんですけども、これは多分身体特性がすごくあって日本人って強いみたいなんですよ。
何が強いって、心臓が強いらしいんですよね。それは心臓が強いと心筋梗塞を起こさないとかっていうことじゃなくて、簡単に止まらない心臓らしいんですよね。ということでやっぱりどうしてもネタ切りが増えてきたのと、あとネタ切りの社会的状況から言うと、自分の家にそういう介護者がいるということが一つ恥だとして捉えられてきたから隠すわけですよね。
なので外に出さない、そして放っておくネタ切りになるっていうことがあったので、これは社会的なあるいは精神性の問題だと思います。それは今もかなりネタ切りになっていく方とかっていうのは超高齢者だとか、ちょうど10度の病気になった人たちだけで比較的外に出るんですよ最近は。非常に良くなったと思うんです。そういったのはどういう形でやりきれたか。
あとはその応診だとかクリニックの地域のいわゆる医療制度で、家にいてもちゃんと医療が受け入れる状態っていうのをしっかり確立していって、そこにお金がかからないようにするといいと思うんですよね。これは日本だけのことで海外ではやらないと思うんですけども、これ海外の人がめちゃくちゃ驚くんですけど、在宅でお風呂入ることです。
いわゆるお風呂を浴槽を持ってきて湯を入れて風呂入れるんですよね。在宅の入浴って世界ではたぶんやらない。ただやっぱり清潔感っていうのは人間にとってものすごく重要な役割を持つんですよね。
これは、忘れた。暴力の文化史っていう本を書いたの誰だったっけな。
スティーブン・ピンカーですか。
ピンカーの本の中にあるんですけれども、日本人間が人を殺さなくなった理由の一つは街がきれいになったからだっていうわけですよね。いわゆるものすごく殺伐としてますけど、路地に死体があれば人が死ぬことって当たり前になるわけですよ。それが見えない。
それが下水ができてちゃんと尿便が匂いがしない。尿便がちゃんと隠されている。つまりそこに人は倫理感が生まれるんですよ。その倫理感が生まれる。つまり清潔にするっていうこと自体、清潔な人っていうのは守らなきゃいけないんですよ。
清潔な人っていうのは近づきたくないんですよね。だから実はこういう在宅の入浴とかってめちゃくちゃ価値があると僕は思っています。
なるほど。確かに海外だったらシャワー文化だったりとか、また日本のトイレきれいみたいなイメージもあるかもしれないですけど、やっぱり清潔感に対する根っこの部分は結構違いそうな感じしますね。
海外もすごく記録を見るとヨーロッパですよね。ヨーロッパ、アメリカというようなあんまり暑くない地域はお風呂に入らない。これタイとかフィリピンとかになったら1日3回ぐらい水浴びする。だから一概には言えないけれども、まずはアジアにそんだけお風呂入る文化があるんだとすると、やっぱり入浴というものをちゃんとしていくようにしなければいけないし、
ヨーロッパだとかアメリカとかも同じようにやっぱりきれいにするっていうこと自体は大切にするっていうことと同意義なので、そういったものを海外輸出していくっていうのは僕はすごく意味があると思うんですね。
一つだけ問題があるとすると、軟水と香水の水の違いによって香水でやる場合っていうのはやっぱり石灰化していくので、水が使いづらいっていうのはあるんですけども、少なくとも軟水地域は水を使いやすいので、そういうことをやっていったらいいかなと僕は思ってます。
なるほどですね。意外とお風呂みたいな切り口があると、それ入れるようにするための新体機能も必要だしっていうのがひも付けていろいろリハビリともつながってきそうですね。
なので本当に我々がやってきて当たり前にやっていることというのをいかに定式化して、それが当たり前ではなくてすごいことなんだとして売っていくっていうのは結構必要なことかなと思います。
アメリカでもお片付けとかそういう文化もちょっと注目されることもあったりとか、行きがいいとかっていう言葉もあったりしますけど、介護とか週末期だったり高齢化にあたるピッタリ来る言葉みたいなのがまた入っていくと、それに合わせて普及とかもできそうですかね。
言葉とか文化とかを作っていくっていうのはすごくいいことかなと思いますし、アニメだとかそういったポップカルチャーの中から入っていくっていうのもいいかもしれないですね。
なんか、あの、まあ両方みたいだかね。なんかテルマエロマエとか、ああいうのだとお風呂文化も日本でも受けたりとか、まあその北欧とかだとそういうのもあるかもしれないんで、まあそうですね、共通点を見つつその文化の違いも理解しつつ導入していくっていうのができると。
今だとお風呂とか地域の話ですけど、もうちょっと回復期とか給生期とかこの辺の広がりでいくと、海外の方ではまた結構違いますよね。本当、回復期と給生期の。
そうですね、回復期というような入院施設がそんなに海外は多くないところが多いので、早く家帰れっていうところが、まあこれは一つアメリカの例ですけども、アメリカはやっぱり入院せずにその地域のクリニックとかに行ってくれとかっていうことでホームナーシングの値段が高いっていうのもありますけれども、まあ使わざるを得ない場合は使うという感じみたいですね。
結構高いって言ってましたね。保険とかそういうのがどういうかわかりませんけど、だいたい40分1万円ぐらいの手払いって言ってましたので。週に2回来てもらったら8万円かかるってことです。手払いで。
日本で言えばその医療とか受けるのは本当に安く利用できるっていうイメージが広がってるかもしれないですけども、アメリカで言えばそういう介護医療含めてもそこを利用するとかなりお金かかるみたいなのはもうみんなあると思うんで、まあかなり違いそうですね。アメリカに導入すると。
そうですね。これがまたヨーロッパとかになったらどうなのか、あとは中国になったらどうなのかっていうのはもちろんわからない情報が全部持っているわけではないんですけれども、いち早く予防のほうに舵を切って病気にしないっていうところに動かなければいけないのはこれ世界共通だと思います。
そうですね。そうなると、改めて日本がここ何十年か歩んできた道の中で良かった点とか、ここはちょっとやっぱりこうしておいたほうが良かったかなみたいなところがあれば、そこは改めて見つつ考えていくんですかね。
それは何だろうね。日本で悪かったことって何があるでしょうね。
何なんですかね。介護保険みたいなものっていうのはやっぱり良かったっていう認識なんですかね。
介護保険もともとドイツが先にやってて、ドイツのものを結構まるっと入れたんですよね。そのまるっと入れる段階でそれがあることによって、一応その医療費抑制にはつながったとは言うんですよ。
ただ医療費抑制につながったっていうのは計算上の問題で、医療費は医療費で国連とかのところに出すデータを出すんだけど、介護費をセットに出してないわけですね。
でも介護費を入れると結構高いんだって。よく今医療費48兆円とかって言いますけど、そこに介護費が10兆ぐらい入ってるから、実質58兆じゃんみたいなことになるわけです。
そうですよね。そこはちょっとからくりがある。介護やったら医療費下がるっていうのはちょっとそれだけじゃないかもしれないですけど、地域で住む人としてはメリットあると思いますし、
あとはさっき言ったような救急とかそちらの方を重視しすぎると病院が赤字になってしまうみたいなことはちょっとデメリットというか制度的なミスもあったと思うんで、やっぱりどんな状況でも救急はあるようにちゃんとお金つけとこうみたいなとこはどの国でも共通って感じですかね。
確かに救急をすべて救急医療自体の救急車を含めて無料であるっていうことは本当に素晴らしいことであるが、そこに対してどれぐらいお金がかかってるかというところと、地域の消防署なんかもなかなか面白いって言ったらあんまり良くない表現なのかもしれませんけど、結局今火事が少ないんですよね。
だから消防車の出動がすごい少ないんですよ。じゃあ消防士の方何してるかって言ったら結構もう救急救命の仕事をしています。資格が違うのに救急車運転したりだとかのことに仕事がシフトしていってるらしいんですね。だから例えば大きな火事があって救急車と消防車出動しなきゃいけなくなった人が足りないってことです。
あとドクターヘリとか今後またもしかしたら増えるかもしれないですけど、そういうところに対するリソースとかも考えていった方がいいんですかね。
そうですねドクターヘリは今後増えるんだと思いますけれども、今年福岡の和次郎病院だったと思いますけどドクターヘリが墜落してるんですよね。でドクターいわゆる高度人材がなくなっているということでドクターヘリに乗りたいというドクターが減ってくると思うんですよ。
そういったいろいろな問題一つのことがある。ネガティブがあると動きづらくなったりとかっていうこともあると思うんですけども、今後人口がそれこそ1万人2万人とかの街に高度救急を置いておく必要があるのかという議論も市町村の中ではあるわけですよ。
だったらどうするかといったら隣町との連携あるいは中核都市との連携でドクターヘリバンバン飛ばして病院は作らない方向にするとかっていうような流れもあるわけですよね。本当にその限界集落のところとかってなると病院も経営できないからどんどんどんどん撤退していくわけですよね。
同じようにその街が小さくなっているところで例えば市民病院だとか市の町が持ってる診療所とかってのはもうどんどん閉鎖されていってるわけですよ。でも市民は困るわけですね。でもすごくこれ悪い言い方ですけどその市民たち税金払ってない人たちが多いわけですよ。
その高齢者なのでということは作れないんですよね。だとするとその産業を生むとかなんかこう移住を生むとかしてやらないといけないので実はもう限界なんですよね。だから広域医療にしてその長い距離走る救急車長い距離を飛ぶヘリコプターあるいはもしかしたらあのなんですかドローンとかそういうテクノロジーによっての変化しをさせるしかないわけです。
という状況になっています。自動運転とかもですかね。そうですね。だから救急車が自動で行って自動で連れてくるぐらいの例えば自分で動けるんだったらその自動運転で来てもらうとかですね。
なるほどですね。本当にこの敵地というか人が少なくなっているエリアどうするかとかその救急とかは多分どこの国でもある程度共通な気がするんでそこは日本のいいとこあれば輸出しつつ。
まああとはその旧世紀のリハビリみたいなところをまあ日本でも増えていくっていうところですけどここはどうなんですかね。海外でも進んでいるところがあるのかとか日本との違いとかという旧世紀のリハビリテーションはまあアメリカを中心としてかなり広がっているというかあの強くありますよね。
例えばあのアメリカの場合というのはその dpt と同時にその専門理学療法士みたいないわゆるこうディプロマー自体をちゃんと作っててその生計の人が急に旧世紀に行くってことは基本ないってことですよね。
自分の専門性というものをとにかく打ち出してそれをやっていくと。旧世紀の人たちっていうのは基本は雇われなのであの開業するよりは給与が安いということなので割と若い人が多いというのは聞いたことがありますね。
その後に例えばそのもう1回大学院に行って生計とかのディプロマーをとって開業するとかっていう。開業する方がやはり給与は良くなるので。
なるほどですね。まあ日本で言えばその開業できるようにするか云々というのはあると思いますけど。アメリカで言えば旧世紀はあってまあその救急ももしうまくいけば。だから日本はどっちかというとアメリカに近づけて行く方が面白いって感じなんですかね。
これはね本当に難しくてアメリカに近づけていくってことはDPTにしなきゃいけないから多分無理なんですよ。ただ医療そのもの自体がアメリカのみならずいわゆる先進国医療ですよね。その高度先進医療ができる国っていうところの位置づけだと思いますけれども。高度先進医療というのはその良い医師だけではなくて良いチームなので。
そのチームの中の重要な役割としての理学療法を作っていくっていうのはすごく重要だと思います。
なるほどですね。高度医療みたいなところは先進国でのノウハウ共有したりとかそれぞれが研究もして先進的なこともやりつつやっぱり地域のところが本当に国による特性がかなり違いそうな感じがしてきましたね。
そうなんですよね。この地域アメリカでとか中国とかもすごく大きな問題になってると思うんですけども、一人の国民というものの価値っていうのは基本一緒なわけですよ。
東京に住んでる人と北海道の山奥に住んでる人っていうのは同じ医療同じサービスを受けれないわけですよね。
そうなった時にどっちかを切らなきゃいけないとかになった場合に東京の方を充実させて山岳部を多分切るっていうことのある種公理主義的な判断をしなければいけないとなってくるわけですよね。
それがどんどんどんどん公理主義公理主義って言ってくるとこの街はいらないこの限界集落はもう全部潰そうそしてこの消滅可能都市は全部潰そうになってくるわけですよ。
だから日本究極の海外全ての国でやりたいのは都市にだけ人を集めるってことです。そうすると助かる命が助かりますよっていう方向になってるんですよね。
でそれの究極の姿がラインっていう建物知ってます?アウジアラビアに多分作ろうとしてるんですけども今作ってるのかな。横幅が500メートルぐらいで高さが100メートルか200メートルそして10キロぐらいの一本の建物を作ってるんですよ。
そこに全ての機能を置いてみんなそこに住まわせるっていう計画を今動かしてるんですね。だからその姿が言ってしまったら実は人間が一番助かるといういわゆるコロニー政策を取るってことなんですよね。いろいろなところに自由に住んでもらっちゃ困るというような考え方もあります。
そうですね。まあもうどっかの島だけにとかなんかいろいろありますよね。いやもう本当に究極はそうなんですよ。しかしそうはいけないというところが10キロ嘘でしたすいません。高さ500メートル全長170キロでした。
これ自体多分縮小はされると思うんですけれどもそういったのを今あのサウジアラビアは作ろうとしています。実際着工してるので。
そうですね。まあ効率化っていう観点ではいいかもしれないですけどいろいろなんか自由度が制限されてQOL的にどうなのかみたいな違った議論になりそうですかね。
なので選択性だと思います。そのラインに住んでくれたらあなたたちの健康だとかその便利さは担保しますけど一人で山の中に住むんであれば一切のサービスは受けれないということを了承しなさいということです。
だからその好んで無人島に行くっていうのと同じぐらいの感覚になってくるということですね。
なるほどですね。実際にまたこれ日本のあり方としてネガティブだけれどもそういうふうにしようとしているのは限界集落をそのまま放っておくってことなんですよ。そうすると高齢者がどんどんどんどんなくなって人口減っていくのでそこにも手を入れないという方向で動いているわけですね。
地域はそれは何故かあったら選挙権の数も投票数の数も減ってくるのでもう仕方なくそういうふうにある種のそのうば捨て山政策みたいっていうのはなだらかに動いてるってことです。
そういうことはもちろん公表もしませんしそうではないのかもしれませんけど人口が年間100万人以上減っているわけですよね。
実際100万人以上っていうと広島市が毎年なくなっているような感覚なんですよ。広島市が毎年なくなっているっていうことはスポーンスポーンスポーンと抜けていってるわけですから必ずそのなくなっていく都市っていうのはあるわけです。
それに対してその人口を増やす策っていうのは今のところないので。となってくると都市部に必ず集中します人が。
そうですね今の流れだとそういう感じにはなっているものの一応なんか最近渡川和人さんっていう真日本と書かれた人が風の谷という希望っていう本書かれたりしてますけど、その風の谷的な人が減ってきてる土地でもどううまく資源を残していくかとか人も住めるような環境にしていくかみたいなことを試行錯誤されてる方もいると思うんで、
そういう動きも見つつこの日本とかどうなっていくのかなみたいな気になりますね。
日本はどうしてもやっぱり他の国に比べて山岳地域なので平地の中で遠くに住めば移動できるんですけど山岳地域の中での移動って結構大変なので。
飛行機なんか乗ったらわかりますね山しかないじゃないですか日本で。
海洋を移動するか空を移動するしかないという状態で山岳に住んでてやるとしたらもうこれは自助グループで若い人が集まってやってそこのグループを作っていくしかない。
国そのものがそれを面倒見るっていうこと自体は結構難しいんじゃないかなと。
結局インフラがいるんですよね。
インフラ自体というのは人が集まってできるものではないので。
だからもともとインフラがあるところに移動するのはいいと思うんですね。
ただもともとインフラがあるところで人がいなくなってるってことはインフラが崩れてるのでそれの修復にすごい金がかかるっていうことなんですよ。
本当に都市一極集中するのか、うまく分散化させていくかみたいなところが土地によって結構違ってきそうだなという気がしますね。
特に日本の今の政治の特徴って、国会議員の動きよりも地方の首長の動きによって都市って変わるっていうことがだいぶみんな分かってきたんですよね。
首長選挙って結構重要なんですよ。首長の権限が実はあると。
これがさらに首長の権限が上がっていくような、究極は昔言われてた同州制みたいにアメリカみたいにしていくわけですよね。
合衆国にしてしまって、それこそ九州と近畿と関東と東北と北海道と四国に分けちゃうと。
そこに自治を置いてしまって、国がやることは基本外交と大きな政策だけですみたいにしていくと、
負け年は絶対出てくるから、それはどうするかですけれども、もしかしたらそっちの方が日本は向いてるのかもしれません。
いわゆる江戸時代に戻しちゃうってことですね。
日本でいうとそっちの方がしっくりくるみたいな感じになるかもしれないですし、また海外だと国よって違いますね。
実際に日本の時代の中で最も長かったのは江戸なので、287年続いたわけですよね。
この一つの王政という形が287年続いてるっていうのは、やはり江戸の時代、いわゆる地方統治がうまくいったってことですね。
ちょっと世界の流れはわかんないですけど、例えば都市局集中でやってみようって言って、うまくいかないなって言ったら分散化しないといけないなって言った時に、
江戸ってどうだったのかなみたいなのが見直される可能性はなきにしもあらずって感じですかね。
それこそ古典ラジオで多分言ってたと思うんですけど、いまだに日本の雇用制度はブケショハットの流れを組んでるから、
雇用をやめさせる、人を簡単に切れないとかいうのが完全に江戸の初期のブケショハットの流れなわけですよね。
そういうのは変えなきゃいけないと思うんですよ。
とはいえ、統治システムとしてやはり徳川家が優れてた、あるいはあの時代の政治をやる人が優れてたっていうのは、
統治システムがうまくいったっていうことだと思いますし、内乱も起きず、結局外力によって負けたことはありますけれども、
貧しいが非常に幸せだった時代って言われてますね。文化もちゃんと育成されましたし。
そうですね、都心のグローバル見せる企業とかは、そういう保険性チックなものは解体して、もっとスタートアップ的なものも増えていく必要はあるかもしれないですけど、
逆に地方とかで言うと、そういう人が簡単に辞められないとか結構結びつきも強いみたいな方が、その土地自体は安定するかもしれないんで、
その土地におけるその何か産業構造というか、人の結びつきは何か結構都市と地方で違ってきそうな感じがしますかね。
ちょっと医療とは別口ですけど、個人的にはこれから日本がめちゃくちゃ良いターンに入ってくる、つまり製造できる国が少ない中、日本の製造業ってまだ死んでないんですよ。
多分これあと10年すると製造業が死ぬんですよね。その職人さんたちがいなくなってくるので、ギリギリのタイミングでもう一回製造業を生き返らせることができると、すごく意味が。
今アメリカって製造業がないことで苦しんでるんですよね。中国は製造業がたくさんのところで抜けて苦しんでるんですよ。
じゃあバングラディッシュだとかインドネシアだとかマレーシアだとかっていうのは製造業あるけど、日本ほどの技術は持っていないんですよね。
その製造業をもう一度日本がめちゃくちゃ特質な製造業を持ってるわけですよね。他の国が作れない鉄を作れてそれを加工する技術とかを持ってるわけですから。
あとやっぱり船を作れる国なんですよね。結局貿易の95%ぐらいは船輸送で言われてますので、船を作れるとかそういったものがいろいろある。
そしてそういった製造業の人たちの健康を担う理学療法士っていうのをたくさん作っていくことで、例えば80歳になってもその製造業の人たちが仕事できるとかっていうと日本の国力は上がるんですよ。
要は60歳になったらその製造業の人を辞めさせる。実際製造業は辞めさせないらしいんですけども、その人たちの特殊な技術っていうのを健康として守っていく高齢者を支える若者の正しい姿ですよね。
その人たちっていうのはかなりの金額を生み出せる技術を持ってるわけですよ。それを若い理学療法士が支えていく。つまり企業の中に入っていったりだとかっていう産業系の理学療法の行き先っていうのは僕はものすごく強いと思うし、国力を上げるっていうのは実はそこだと思ってます。
その辺は自分を感じるところで、理学療法士はもともと戦争の負傷者とか就労に戻すためというか、働けるようにするためのリハビリテーションみたいなのもあったと思いますけど、今の日本の現状で言えば経済ジョークが落ちてる中で言うと、今後また経済発展につながる可能性がある産業とか業態とかを優先的にとかそっちに関わっていく。
理学療法士としての関わり方みたいなところは、その相手にとってもいいし、国にとってもいいしっていう、両方相乗効果ありそうな気はするんで、そういう今後伸びそうな業界の理学療法士として身体に関わるみたいなのは結構いいのかなと思ってますね。
本当に結局人口は減る、労働者が少ない、でも労働できてない人って結構多いんですよね。労働できてない人が労働できるようにするための理学療法士になってくれば、結局国力は上がるんです。
特に僕はメンタルヘルス領域っていうのがそうだと思ってますし、力を使うような仕事とかってなってきたときに、ロボットだとかあるいは地上具みたいなやつが発展したらいいと思いますけども、最後の最後に細かくやらなきゃいけないのが人なわけですよね。
ちょうど最近ちょっと別のところで依頼原稿を書いてて、僕の一つの主張は人類っていうのは長い距離歩いてきたと。確かにそれこそ1万キロ2万キロ歩いて文明を移動してきたりとかしたけど、現代における歩きっていうのは10歩20歩なんですよ。
10歩20歩歩ければ生活ってうまくいくんです。例えばベッドからトイレに行く、玄関から車に乗る、車から降りてクリニックに行く、あるいはどこかに行くっていうのを歩く事態っていうもの自体のは本当の最後の何歩かなんですよ。究極に必要なのは。だからそこは絶対いるんですよ。それ以外はテクノロジーによって助けられてると思う。
あるいはカーナビなんかも目的地周辺ですって言って最後やってくれないわけですよ。その最後のとどめを刺す形の技術っていうのがすごく重要なんですよね。結局そこが人なんですよ。その部分の人を守りきれると結構産業って腐らないと思うんですよね。
だからそういったところに理学療法士が関われるっていうのはなんかすごい価値があるな。これはね我々が理学療法士だからそういうふうに言うのかもしれませんけども。もちろんチームアプローチとしていろいろやるということですけども。最後の最後、例えば作業療法士であれば最後のやっぱり手の作業ではあるし言語聴覚師だったら最後にやっぱり飲み込めるとかですね。そういうところいわゆるとどめの部分に我々の価値はあるんだと思ってます。
うん、そうですよね。結局理学療法士としての働く多様性は増えてきましたけど、なんで回復期みたいなところは結構中間の部分になってきて、そこが増えてきたのが旧世紀とか逆に地域とかに二極化していくっていうのは両方結局終焉によっているような感じはするんで、やっぱりそこが専門性を発揮できるところなんだなみたいな感じですね。
そこにある種強い専門性、僕あまり使わない表現ですがこだわりを持ってやるっていうのは重要かなと。そうなってきたときにある程度年齢がいったとしても働ける。ある程度年齢がいったとしても家から出れるっていうところなんだと思うんですよね。
だからそこに対して例えば行政とかが買い物のケアを買い物してあげるんではなくて、買い物に行くための自動運転とかを取り入れて玄関まで出てきてくれたらスーパーまで行きますと。スーパーまで行くと自動運転の車いすがありますと。
そうしたらその人が好きなものを買い物できて、外出をしていて、そこでコミュニティ活動ができる。だからそこの最後のところは理学療法がやるんだけども途中のところは地域がやるとかテクノロジーがやればいいわけですよ。全部を歩ける必要はないってことです。
そうですね。で、そのどこが恥なのかみたいなところが結構このテクノロジーの進化でできることが増えてくると変わってくるときてると思うんで、その辺の社会的な状況の変化。
知的作業みたいなところもAIができたことによって、特に普及したことによって周辺部分がまた変わってきてると思うんで、そこを落ちつつでいくと、なんか人がやっぱりやるのはここだよねっていうのが見極めると思いますし、そこを見るといいかなと思いましたね。
我々がやっていくべき仕事とかっていうのは少しずつ見えてきてるところもあると思うんですよね。本当にそのもちろん予防というところ、治療というところをすべて含めてですけれども、特に理学療法士はやっぱり歩きを作っていったり動きを作っていったりするし、作業療法士っていうのはやはり仕事のところ、社会にする参加の部分っていうのにものすごく強く役割を持っているわけですし、
言語聴覚師ってそこら辺をつなぐコミュニケーションの部分を強く参画しているわけではないですか。この職業の人たちっていうのが実は社会にすごく重要視されるはずなんだけれども、なんかうまくアピールできてないなって気がします。
そうですね。その辺はまた考えていけたらなと思いますし、今回だいぶ広い話が結構多かったですけど、最終結論これみたいな感じではないかもしれないですけど、今後の状況の中で、結構グローバル未成的と日本の良いところを出すところはいろいろあるんじゃないかなと思いますし、そうなると日本の良いところってどこなのかなみたいなのはかなりまだ深掘りしていかないといけないと思うんで、今後も考えていけたらなと。
本当に僕が出す結論はデータが出てるんだから予測しろってことです。その予測のうちで早く行動しろってことです。それを予測もせず行動もせず嘆くなってことですよね。冬が来るんだったら備えろってことです。備えて生き延びれば必ず生き残った人間っていうのは価値が出るんですよ。
それは今は逆に言うとチャンスなんですよね。とうたされていくっていうこと自体は、いわゆる抽出されるっていうことだし精錬化されるってことなので美しくなるんですよ。その中に残るために自分が選択しなきゃいけない。まさにそれがアドバンスってのがセラピストですよってことだと思います。