2026-02-11 30:29

ゲスト回: 事業サポートてきぱき安藤くん(生きづらさや流動的な関係性について)

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堀 寛史

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田代雄斗

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サマリー

理学療法士であり事業サポートを行う安藤氏をゲストに迎え、生きづらさや流動的な人間関係について語る。安藤氏は、人々の「やりたいこと」をサポートする中で、皆が楽しめるウィンウィンの環境を提供することにやりがいを感じている。アメリカンフットボールのオフェンスラインのような「アンサングヒーロー」的な役割に心地よさを感じ、独立・起業の道を選んだ経験から、お金や時間からの自由、そして自己認識との戦いといった「生きづらさ」について掘り下げる。ホストの田代氏、堀氏と共に、固定的な関係性に囚われず、変化する関係性を楽しみながら、それぞれの目標に向かって進むことの重要性を語り合う。

ゲスト紹介と安藤氏の経歴
こんにちは、田代です。こんにちは、堀です。
Advanced Therapistの今回は番外編という感じで、初のゲストって感じになるのかな。
自分の大学時代の同級生、理学療法士の安藤を呼んできました。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。事業サポートてきぱきの安藤と申します。理学療法士です。よろしくお願いします。
もっと自己紹介してください。もっと自己紹介ですか。
そうですね、私は理学療法士、先ほど紹介してもらったように、田代くんと同じ大学で卒業しまして、最初はスポーツトレーナーを目指すところからスタートしまして、
スポーツトレーナーをしつつだったんですが、本当にひょんなきっかけから介護授業に足を突っ込むというか、入らさせてもらうことになりました。
そこからデイサービスを中心に法人がいろいろ動いていたので、デイサービスの管理者だったりとか、またまたそれに関わるキャンバネさんだったりとか、
ヘルパーさんの事業所だったりの広げるところのお手伝いをしながら、主にデイサービスを中心に動いていました。
3年前、とある景気から退職しまして、事業サポート的発揮という形で、いろんな介護福祉系を中心に経営者さんだったりとかの寄り添ったサポートをしますというところをモットーにしながら活動しております。
ここ1年ぐらいはAIの対等みたいなのもあるんですが、自分自身AIだったりとかに興味もありますし、業務効率化する上で欠かせない相棒になってきているかと思うので、そこら辺を広めつつ、
介護事業に本当に皆さんがやりたいことをできるための足掛かりサポートになれるようにというようなところでサポートしたりしております。
安藤氏のやりたいことと原動力
ありがとうございます。いきなりラディカルな質問になるんですけども、誰かのやりたいことをサポートする安藤さんの一番やりたいことって何ですか?
そうですね。僕がやりたいことは、めちゃめちゃ単純なところで言うと、楽しいと思える環境をみんなに提供して、みんながウィンウィンな環境を作り続けられるってことが自分自身ではやりたいし、楽しいと思っているところですね。
もう1個、何が楽しいですか?
何が楽しいですか?
田代さんが笑ってる。
何が楽しいですか。感謝をしてもらえるんですかね。自己満足感を高められるかなとは思います。
あとですね、いろんな人のサポートしていくとなると、自分一人だけでは見えなかった景色というか、とある原動力、エネルギーを持った人のサポートしていくんですけど、僕が思いもしなかった方向にその人が進んでいって、その人が進んでいくのに自分がブーストというかサポートできて一緒にいったら、その人と同じ視界でこんなことできたんだっていう達成感を得ることができるんですが、
いろんな人がサポートするとなると、一人では絶対無理なことをいろんな人がいろんな方向に行っていろんな景色を見てくれる。それを一緒にその景色を見れるっていうところはすごくやりがいもあるし面白いなと思いながらやってます。
アメリカンフットボール経験と役割
僕は個人的に安藤さんのイメージで、アメリカフットボールをやられたということで、まさにアメフトでいうガードとかのポジションの役割ですよね。いわゆるクォーターバックでパスを通したりだとか、ランニングバックで走ってポイントを取るというよりも、それをうまく活かすような役割というイメージで聞いてたんですけど、
これは違うよっていうのはどんどん違うっていう話をしていただいたらいいんですけど、ポジション的にはどんな役割が好きかというところなんですけど。
実は私まさにそのガードという表現された、僕はオフェンスラインというポジションでして、アンサングヒーローなんですよね、完全なる。自分たちがすごくいいプレイをしているとしても、表立って見えるのはボールを持っている選手とか、ボールを投げるクォーターバックだったりとか、この人たちがフューチャーされるんですけど、僕が担ってたオフェンスラインというポジションは表立っては全然活躍しないんですよね。
ただその基礎となるというか、ここが崩れたらもちろん何も前に進まないし、ただミスした時だけは目立つっていうすごい苦悩と好みのポジションだったんですけど。
先生が今安藤さんの話をしていただいて、確かにそうだなと。僕は多分表立って走っていくというよりかは、走っていく人たちの走路をこじ開けるみたいな、もしくはその人たちを守るとか、そんな立ち位置は自分としても心地いいと感じれますし、やりたいこと、方向性はその形かもわからないですね。ちょうど本当に。
本当そのポジション的な面白さって、素人的に見るとオフェンスというのがすごい面白いと。これラグビーなんかもそうなんですけども、アタックが面白く見えるんですけど、ラグビー好きになったら明らかにディフェンスが面白いんですよね。
いいディフェンスのときにめちゃくちゃ盛り上がるし、いいスクラムですごい盛り上がるというのがあって、そういったことのちょっと苦労とじみたというか、いぶしぎんな仕事もポジションにいるんだろうなと。
何か投資でものすごいお金を儲けたとか、営業ですごいお金を儲けたというよりも、その人たちのサポートをするっていう役割っていうのが、実は社会においてものすごくいい役割なんだっていうことを結構な人が知らないってことなんですね。
いわゆるバックオフィスをやっていく。これいつも田代さんとの話の中で出てくるかと思いますが、三国志とか、あるいは今のキングダムとかもそうなんですけど、将軍たちがものすごく盛り上がるけども、将軍が戦うための司長って言うんですけど、後ろからちゃんと兵牢を送り続けた人、本拠でお金を作って戦地にお金を届けた人のほうが実は優秀なんですよね。
だから諸葛亮公明よりも法政という人のほうが優秀なんじゃないかというようなのが歴史的な観点になってくるので、まさに今安藤さんがやろうとしてるのはそういうことなんだろうなってちょっと聞いてて思いました。
ありがとうございます。ものすごく綺麗に言語化していただいて。
田代氏と安藤氏の関係性
それを含めて田代さん、田代さんもちょっとその傾向があったりすると思うんですけど、このお二人はどういう関係なんですか。
自分二人は、まあ二人ともなんか大学で部活やりすぎて留年した仲間みたいな。
いきなりネガティブストーリーからです。どうぞどうぞ。
留年は言葉が良くないね。実習の朽朴という言葉でいきましょう。
積極的留年って言ってるんですけど。
生まれも二人とも愛知県だったりとか、大学入った時から仲良くて、お互いスポーツやりすぎて学校出て授業の時だけちょっと会うとか感じだったかもしれないけど、
なんか今までも関係が続いててみたいな感じとか。でもやっぱ裏方的な、自分がどんどん前に出てくるってよりは裏方でいいアシストしたりとかするのが好きなタイプだったりして、最近はよく動いてるなっていう感じですし。
そもそも理学療法っていう仕事もどっちかというと自分たちがどんどん前に出てくるというよりは、患者さんと会ってる人が中心でいいアシストするみたいなところが本部かなと思ったりしますし、それが組織に対して応用するとどんな感じかなみたいなことを一緒に試行錯誤してる感じがあるかなと思います。
お二人とも、理学療法師っていう以前にサラリーマンという立場ではなくて、自主開業、自分でお金を稼いで生活をしていく。つまり、平行坊の中で歩いておけば転ばないのに、わざわざ読法を始めてしまうという。
ここに読法をする上で、ものすごく絶対的な安定感があるのではあればいいけど、そうじゃないチャレンジングな部分を取ったわけですよね。このチャレンジングな部分っていうのはお二人にとって何なんだろうなという。僕はそれができてないんですよ。
独立・起業の動機と違い
でもそれはチャレンジではないよっていうことでもちろんいいと思いますし、あえてサラリーマンではない形を取るっていう、そしてそれを今やろうとしてる人たちも多分これを聞いてる人たちにいると思うんですけど、そこで喜びとか息づらさとかいろいろあると思うんですけど、その辺りを教えていただきたいなと思って。
独立するとか起業するみたいな道を歩んだのは、その辺自分と&はちょっと違う感じもしてて、自分の場合はどっちかというとスポーツトレーナー的なことをしたいみたいなことがあったのは結構共通してるんですけど、それをやろうと思ったらフルタイムでどっかに所属してたらやりたいことはいろいろある中でもできないなっていうのもあって、
自分のやりたいことをやるためにいろいろ仕事組み合わせたりとか、だんだん動いていくうちに社会課題とかが見えてきて、これは事業としてやる意義があるんじゃないかみたいなことを思って起業したっていうのが流れではあったりしますけど、
どっちかというと&の方は、すごい起業したいというかやりたいことがあるっていうよりは、現場の課題感とか感じる中で自ずとそうなっちゃったみたいな、あるような気がするんですね。
そうですね。その流れの感じで動いてて、先生今、行きづらさの話とかしてもらったんですけれども、僕の場合は、一度会社員を経験してからこの動きをしているので、田所君のような感じで、最初から並行歩道の中じゃなく、バランスの悪いところを歩き始めたのではなく、
僕の場合は並行歩道の中を歩いて、安全の感じで10年近く動いていた中で急に外に出たので、そこの感覚もきっとちょっと違うんじゃないのかなとは思いますね。
まあ確かに2人のステップの方法は、確かに今そうですね、違うんですが、でもやっぱり僕はそれができない。できないっていうのは、ある種の何か自分の中の可能性に対して欠けれないという思いと、やはり単純に不安だとか恐怖だとかっていうのが出てくると。
で、その不安だとか恐怖っていうよりも、その喜びが多かったら動くという人もいれば、いやそうでもなくて、ある種のどこかで自分のギリギリのラインの金額っていうのが、例えばそれが20万だと。で、それ以上のものっていうのは余分なものだから、それさえ我慢すればやりたいことの方やれるんだよ。
だけど例えばそれが20万じゃなくて100万500万1000万欲しいってなってきたら、あのサラリーマンでは無理なんだけど、そんな今度はそのお金の部分もそんなにいらないから定期的にリズミカルに20万欲しいっていうことの考えの人たちっていうのが結構多いと思うんですよね。
で、その要は要はお金の稼ぎ方っていうのは自分が働くか人に働かせるかお金に働かせるかっていうのを多分3種類だと思うんですけど、自分で働くことによっての安定感だけを求めようとしているのがサラリーマンの特徴だと僕は思ってて、まさに僕はそれなんですよ。
だけどお二人は自分でも働くし、おそらく人にも働かせようとするし、きっとお金にも働かせようとするだろうという目線が見える気がするんですけど、このあたりってまずそのお金の儲け方というところに関してはどうですか。僕はどちらかというと不安だと。
そうですね。なんか自分の中ではさっき言ったような、なんか生きてるうちではやっぱお金稼いでみたいのは結構ありますね。その雇われる形だと稼げないぐらいの金額稼いでみたいみたいな欲はあったりとか。
あとはなんだかんだ専門性つけていけば、理学療法士として病院で働いたりとか、次また大学院で研究したりとか、自分で事業もしたりとかすると、もしなんかそこでうまくいかなくても戻るリスクエッジもあったりするんで、どんどんステップアップしてやっていけるんじゃないかなみたいなところで徐々に不安は減らしていったりとか。
基本的に自分の働き方と自分が動くか人に動いてもらうかみたいなところが経験としては出てきましたけど、まだお金に動いてもらって増やすみたいなことは今後かなとは思ってますけど、人生経験としていろいろやってみたい欲が結構強いから、不安もありつつもそっちに動いちゃってるなみたいなことは振り返ると思いました。
お金と時間からの自由
安藤どうですか。
20万円分を手に入れることができる仕事だったりとか、そういったものがまず手元にあれば、お金から自由になれるという、自分の中でもお金から自由になるっていうのと、時間から自由になるっていう2つ自分の中でよく考えている軸があるんですけど、お金を稼ぐために働いているというところから脱却をしたい、やりたいことをやるために。
具体的に言うと、いくらいくらのお金が必要だからこの仕事を受けなきゃいけない、そうなるとこんだけの時間が必要になってくるっていう状況だと、その仕事をやりたいからやっているのではなく、お金が必要だからその仕事をやっていると。
そうなると、やりたいことをやろうと思う時間を作り出すことがなかなかできないけれども、まず最初に必要最低限のお金をランニングとしてなのかスポットなのかわからないですけど、月々ある程度安定して、これだけはいけるよねっていうものを時間の余力を残した中で作ることができたら、お金から自由になった上で仕事をすることができるなと思っていて。
お金から自由になりきれてはないので、お金から自由になれる、お金から解き放たれる上で仕事をしたいなっていうのが一応自分の中で考えている軸ですね。
非常にいい話というかわかりやすい話というか、結局人類が進んでいく上で、僕はいつもその3つの自由というのを出して話すんですけど、一つはリバティだと。人類というのはどこかでいろんなところから解放を求めたわけですね。
例えばわかりやすく言うと奴隷が解放だとか、もちろん黒人解放で女性解放だとか、差別というものから解放されるというのが非常に大きな解放であると。そこから次にフリーダムの自由に進んでいくんだと。
要は何かしていいよっていうことが言われると。何かしていいよっていう自由のその先にケーパビリティという何ができるっていう自由が出てくるんだと。
だからまず解放されなければフリーダムもケーパビリティもないわけですよね。 最終的にケーパビリティという意味で自分はこれができる。こういうことを達成できる。
そしてこれを何か提供ができるっていうところまでの自由に進んでいくということがすごく人生においては必要なんだと。
解放がなければ結局先ほどのお金と時間というところの制約の中でしかケーパビリティが達成できないわけですよね。
だからお二人は自分という存在を社会に別途できてるなという感じがして、すごく僕は羨ましいなと思って聞いてました。
堀氏の生きづらさと自己認識
不安の中で別途してますね。
全別途みたいな感じですね。
オールインですよね。
オールインです。
河森先生もそういう形で所属から時離れたりみたいな欲もある?
そうですね。僕自身はもともとめちゃくちゃ理学療法士になりたかったっていうところでもなかった。
自分が一番やりたかったのは考古学をやりたかったっていうところがあったので、今考古学自体はやれてはいないので、もともとやりたかったのが本質かどうかは別なんですけど、
それに近いところで言うと文系的な学問をずっとやりたいっていうところで言うと、今のこのサラリーマン状況ということでやれることはやっているなという感じなんですね。
逆に僕が起業家になって、ものすごいお金があって、文系的なことだけやっていいよって言われたら本当にそれやるのかなという。
何かしら立場だとか、あるいは自分自身のやれるシーズのものがあるから、今のことに適応しているんだろうというふうには思うんですね。
ただこの理学療法推論の話だとか、いろいろなものとかを本当にやろうとすると、大学での仕事っていうのは重要だけど足かせにはなるわけですね。時間という意味で。
だからもし本当に自分がベッドするっていうことになったら、理学療法の業界に対しての貢献というものにベッドするんだろうなと思うんですけど、
そうなったらたぶんお金にならないんですよ。だから生活ができないっていう。
それから生活になるぐらいお金になるような仕事だったら、そっちにベッドしてもいいかなとは思ったりはします。
なるほどですね。この配信の前に生きづらさみたいな話もテーマになるといいよねって感じがあったんですけど、堀先生の中の生きづらさってあったりするんですか。
生きづらさという僕の中で言うと、自己認識というものと常に戦い続けるという生きづらさですね。
事故とは何かという問いを、今本を書いたりとかしながら探究しているんだけれども、
これは本当に仏教的というか文道的というか、わかることがないものを追いかけているっていう、本質論的な問いから抜け出せないという生きづらさがあります。
誰かに差別を受けているとか、貧しくて食えないとか、そういうんじゃないんですよね、生きづらさが。
あるいは誰かに嫌われたら嫌だとか、健康が害したら嫌だなとかっていう、身体的だとか精神的なものというよりも、
わからないことが多すぎることにつらさを感じるという、結局マッチポンプ型というか、
自分で問いを立ててその問いに答えられない自分に苦しむという生きづらさを常に持っているんですね。
なるほど。
これは生きづらいです。
お金と時間だけあっても解決しないところって感じですよね。
そうなんです。なので、問いですよね。
問いが現れては重なっていって追いつかない。要は本を買って積読が増えていくみたいな状況です。
終わりがないですね。だから死ぬ時に、これわからなかったなーと思って死ぬんだろうと思います。
安藤氏の生きづらさと捉え方の変化
安藤は生きづらさがある。最終的にはDIYして過ごしたいって言ってただけです。
いつも言ってくれるよね、DIYの話。
でも僕も理想としては最後、やりたいことをやって、本当に暮らしたいよねっていうところはあるので、
そこのゴールに向けて、生きづらさって言っても、実際に今新しく経験したら一つ苦しみも覚えるとともに、
それの解決策、乗り越え方もわかるし、乗り越えた時の喜びもわかるから、
起業したての頃とかは、直面する生きづらさ、お金、自由、時間、家族、いろんなことで直面していたけど、
実は直面しているもの自体が目の前には苦しそうに見えるけど、実は乗り越えた楽しいものであるとか、
乗り越えた過程で自分がレベルアップとかスキルアップしていくんだっていうのが、
生きづらい、ネガティブなものだけじゃないような捉え方が自分の中でできるようになり始めているのかなと思うので、
生きづらさが生きづらさじゃなくなっているみたいな、よくわからないことも自分の中で起き始めているような気はするかな。
関係性の重要性と変化
本当に独立するって決めてから動き始めてからずっと安藤と一緒に立場を動いている感じがあって、
年々考え方とか捉え方って変わってきている感じはある。
本当にフリーランスのセロピストっていう教科書を田中くんが出したときにそれをたまたまフェイスバックで見つけて、
久しぶりに連絡を取った頃と4年前くらいから交流が復活してるんですけど、
そこからずっと彼の姿を追いかけつつ、真似できることを真似しつつ、
全部が全部あれじゃないので、その違いは何だろうと。
自分の比較することで自分の長所だったり短所だったりとかを言語化というかできるようになって、
させてもらってるんで、本当にある意味背中を追っかけてるというか、
そういうのがすごいぴったりな先生みたいなもんですね。
同僚であり、追っかける先でもありますね。
でも自分の今ヒルコっていう会社で、完全に上限の存在とかになるのは嫌だなみたいなこともあって、
もともと友達的なフラットな関係だったんで、お互いに仕事を手伝ったりとか協力し合ったりすることはあるけど、
最終的にはやっぱりもともとの友達的な関係であり続けたいなみたいなのがあったりはするんで、
そういう意味で一緒に仕事も一つ、いい関係性を築いていくためにはどうしたらいいのかなみたいなことを考えてやってます。
確かに関係性っていうものはすごく重要なもので、
関係性の多様性と社会
それこそ今で丁度田代さんも古典ラジオを聞かれて、
仏教においての空というのは関係性だっていうことを言われてて、
存在そのものではないというのは確かで、
我々の存在そのものについての考えというのを強くしていくよりは、
例えば今ここの3人だったら3人の関係性のところの方に目を向けていく方がいいと思うんですね。
つまり存在とはなかなか変わり得ないけど、関係ってのは常に変わり得るので、
その変わり得る関係というものを常に目を向けておくと。
上司と部下ってこれ関係変わりようがないんですよ。
もちろんめちゃくちゃ優秀な部下がいて、
上司にとって変わるっていうストーリーはあるけどすごく少ないですよね。
だけども、例えば釣り仲間になればなり、
映画を見に行く趣味仲間であったりだとか、あるいは上司と部下であったりだとか、
あるいは同じ会社の中の人間であるとかって、
関係性でというのはそのつとそのつと変わるはずなのに、
でも一番強い関係性が上司と部下っていう形になってしまうと、
やっぱりいろいろやりづらいわけですよね。
そうではなくて、常に変わり得る関係性というものをお互いに意識しながら、
今日はこの関係性のフェーズなんだなと。
そのフェーズのときはこのフェーズでやったらいいけど、
そうじゃないときはこのフェーズでっていうふうに、
我々が見ていくっていう形で動いていくほうが、
おそらく社会ってうまく回ると思うんですよね。
特に日本はやっぱり儒教道徳の流れが強くありますから、
上の人下の人みたいなのを非常によく考える文化なので、
とても重要であるときはあります。
だけどそれが絶対性を持ち続けていく社会っていうのが、
よろしくないと思っているので、
なんとなく関係性の変化というものは常に楽しみながらやったらいいと思うんですよね。
教員と学生の関係性
例えば僕、教員と学生という形を見ますけども、
ヘゲルの修道の弁償法といって、
雇い主と奴隷の弁償法というのはひっくり返るという言い方があるんですけど、
学生が僕をずっと利用してるわけですね。
その感じ僕は一番好きなんですよ。
教員がパワハラ的に学生にやれやれではなくて、
これちょっと印刷しておいてくださいよみたいな感じがすごく僕は好きなんですよ。
だからそういうふうに来てくれる学生が好きであり、
それに対してそんなん言うんだってお前ちゃんとこの問題解けよみたいな、
この関係性がすごく僕はいいと思ってるんですね。
だけども一方では違う教員がいて、
ちゃんと教員のところに来るときにはアポを取って、
ちゃんとノックをこういうふうにして入りなさい。
これも大事なんですよね。
だからみんながそれだったら息苦しいけど、
いろいろなところでいろいろな人がいるっていうのを、
学生に経験してもらうという教育であり、
その関係性というものの変化値というものを、
学生が理解していくっていうのはいい大学だなと思ってるんですよ。
なるほどですね。
変化する関係性と未来への展望
確かに仕事の上下っていうのと、
教える側、教えられる側って上下っぽい空間に見えますけど、
結構違う感じはしますね。
なので安藤達郎関係って、
友達であり同僚であるっていう感じがすごくいいなというところで、
我々もそういう形で、おそらく理念だとか目標値だとか、
そういったものをさえ共有しておけば、
変化する関係性に固着する必要はないと思うんですよね。
なのでいろいろな変化を見ながら、
行き着くところは行き着きましょうと。
だからポジションはその都度変えましょうと。
そのポジションを変えれる、
その代わりお互いにこのポジションで走ってます、
このポジションでちょっと休憩しますっていうのが、
フォーレンソーができたらいいんでしょうね。
そうですね、多分めちゃめちゃ大多数の人と
そういう関係性でやるのは難しいと思うんですけど、
少人数だったりとか身近な人とは、
そういう関係性の中で、
ワークライフバランスじゃないですけど、
プライベートと仕事がちょっとお茶混ぜで、
状況に合わせて関係性も変わってみたいな動き方は、
結構個人的には好きな方なんで、
そういうやり方の活動もできたらいいなと。
もちろん我々例えば3人がいろいろなプロジェクトを通して、
100億のプロジェクトを回さなきゃいけないとかってなったら、
突然強権発動とかするんでしょうね。
おいこらーとかっつって。
そうですね、スポーツでもね、
めちゃめちゃ高みを目指したら厳しくなるところもある。
だからそれはそれでこの記録が残ってて、
その時にこんな話をしてたのに、
お金で人変えるんだねとかっていう。
そういうのもちょっと面白いなと思うけど、
我々3人はそんなポジションになかなか行きづらいやり方で生きているので、
行ったら行ったで、
あのー、あのさん、
今日もよろしくお願いします。
今日も銀座の方に席を用意しておりますのでみたいな。
そうなったらそうなったら。
そうなったらそうなったら関係性を楽しみましょう。
いいですね、いろんな世界を見て。
2026年の1月の関係性はこんな感じっていうところで、
また来年、再来年はどうなるかわからないですけど。
そうですね、次の関係性が、
例えば来年の1月にどんな関係性が、
10年同じ関係性で話が続くのか、
来年は、
安藤社長、よろしくお願いします。
それに対して我々は、
全部楽しめますよっていうことを宣言して、
ちょっと終わる感じですかね。
この3人でちょっと動かしていく取り組みっていうか、
そういうのもできてきてますし、
多分半年、1年経つとまた関係性も変わってくるような気がするので、
楽しみつつやれたらいいなと思います。
番組からのお知らせ
初のゲスト、安藤さん。
はい、初ゲストです。
初ゲスト、関係性を楽しもうっていう結論で。
いやいや、初ゲスト恐縮ですが、
ありがとうございました。
ありがとうございました。
最後に、多分3月ぐらいに、
このアドバンスセラピスト1周年っていう感じで、
軽く交流会的なことができたらいいかなと、
企画してるのもあるので、
コミュニティもあるのでそこで案内したりとか、
またこの配信でもちょっと話せたらいいかなと思っているので、
今後もそちらもよろしくお願いします。
はい、じゃあ今回は以上になります。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
30:29

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