こんばんは、本谷有希子です。
震動第13回始まりました。
このポッドキャストでは、あなたが感じ取った震える事象を、私、本谷有希子が、本谷なりに読み解きます。
ということで、13回、何の話をしようかなと思ったんですけど、
何回か前の回に、セブンルールの話をした回の時に、自分がすごく調子がいいから、何からもダメージを受けないんだ、みたいなことを話した回があったと思うんだけど、
なんかね、それを全能感的なものと置き換えた時に、その今、全能感がゆっくりゆっくり薄れつつあります、私。
過虫ですよ、今。
あの時はね、私は私じゃんっていう絶大的な、絶大な、どうあれ私じゃんって思っていたんだけれど、
うっすら、ゆっくり減っていく感じなんですかね。
あれ、あの感じなくなってきたなっていうのがあって。
でもそれもう分かってるんだよ。あれってすっごく一時的な状態であって、あれが永劫続くとは思ってなかったから、もう完全に想定内のバイオリズムなんですけど。
バイオリズムなのかな、あれ。違うな。たぶん、全能感でいられる条件がたぶん3つぐらいあるんじゃないかと思うんですよ、私。その状態であることが。
この間それ言ったっけ、たぶん1つ挑戦していることで、もう2つぐらいたぶん何か組み合わさって、あの状態に入ると思うんだけど。
今何かが欠けて、ゆっくりゆっくり、あの、普通にダメージを受ける私になってきてる。
その3つの条件自分で確定したい。そしたらもうそれをさ、揃えとけばさ、いいじゃん。
挑戦が落ち着いたからなのかな、そのアートを作ったりとか、その文振りの、まあまあそれも全部動いてるし。
で、ポッドキャストももう13回だから、ちょっと落ち着いたことも関係あるのか、なんか、そろそろあれこれ新しいことしないとまずいなーって思ってきてるんだよ。
たぶんそれ小説なんだよな。あの、そろそろ小説さすがに、書かないとというよりは、なんかこれなら書けるかも、みたいなことをそうだ、この間思ったんだよな。
なんかそのこれなら書けるかもが出るまでは、正直その、無理に書かなくていいやって思っていたから、それがたぶん、これ書いたらちょっと書きたいなって思うことがあったから。
それもあるんだけど、まだちょっとめんどくさいなっていう。めんどくさいってどうですか?めんどくさいという気持ちとかってありませんか?
でも作家が小説書くのめんどくさいって言ってるのはまずいよね、きっと。
でも私、いつも行為は割と、出だしめちゃくちゃめんどくさい。
けど、それを結構そうだ。人と言った時に、それってまだ高まってないから、そんな高まってない状態でやるのって、間違ってない?とかって話を人からされたことがあって。
なんか私、それもそうか、高まってないか、高まってない、確かに。だってめんどくさいって思ってたからね。
でも、どっかで始めから高まってるわけなくない?っていう自分もいます。
始めから高まりMAXで始まってるものなんてあるのかな?世に。
私は、やってくうちに高まるでしょって。最初はあれでも。
だんだんやってくうちにすごい集中してって夢中になって、他のこと考えられないみたいな状態には割と持ってくのね、自分の持ってくっていうか学ぶから。
なんかあんまり逆に最初から高まってるやつ、怖って思う。絶対落ちるやんって。
絶対最初一番、出だしが一番ピークなやつじゃんって思うから、あんまり信用してなくて。
だからこれくらいの、そろそろか、みたいな。ちょっとやるか、みたいなぐらいから始まるのが、割とスタンダードというか、信頼できる始まり方かな。
憧れはあるけどね、もうその最初からこれを書かないとっていう。書きたくて書きたくてたまらないみたいなところから始まる。
いつも憧れるけど、なんかそんな風になったことないな。でもこれが嘘なのかな。
じゃあそのゆっくり始まってめんどくせえから始まっていくものが別に嘘とは思わないんだよな。
むしろ大体、大体がそういうもので、あれって思ってる。他の人もどうかそうでありますように。聞いたことない他の人に。みんなそうであってほしい。
けど、そう、ゆっくり今善能感は消えつつあるから、割とちょっとしたことでもダメージを受けるのかも、今。
この間なんか人から言われたことでちょっとダメージ受けたことあったけど、まあそれはそれで話しませんけど。
っていう今状態です。
良い面と悪い面、両方書いてくれないと信用できないみたいなものに近い?なんかなかったっけ、そういう実験ね。商品を売るときにセールスマンに、なんか3つ良いこと言われてこの商品買ってくださいって言われるより、2つ良いこと言って、1個その商品の欠点あげるんですよ。そっちの方が買うっていう話がなんかあった気がして。
それと、それに近いのかな。なんかこれによって悪い面とか、両面、両面見る。綺麗だなと思ったら汚い面ないかなとか、汚いなと思ったら綺麗な面ないかなとかっていうのはやるかもしれない。
で、あとはその、やっぱり決めつけてないとできないこともたくさんあると思っていて、例えばその創作の話だと、やっぱり自分はこれが面白いっていうのもある種決めつけだし、で私はこういう人間がいると思うって書くのももちろん決めつけだし、こんな人ってこういうこと考えるよね。
全部決めつけで。その決めつけがなくなった世界って、何かが生まれたりする世界なんだろうか。とか思ったりもするね。決めつけがある種の条件というか、何かを強く思い込まないと物は作れないような気もしている。
なんで決めつけちゃうんだろうな。楽なのかな。まず楽だよね。雑にできるっていう、細かいこと処理できないから。だから決めつけるやつってデリカシーないよね。
ただ単に本当に今腹立ってきた自分に、あの時の、あの時のめちゃくちゃ雑にこう、いや突拍子もないこと言いたいね私は。その時って大きく内包してそっからポンって言うとすごい突拍子もないこと出るから面白いんだけど、でもやっぱり、あ、デリカシーないやつやだな。
なんであんなデリカシーなかったんだろう。もうその、あれよね。面白さとデリカシーって紙一重じゃないけど、なんだな。だから今の時代は特にデリカシーないとダメだなと思いながら。
なんか昔から、そう直球でズケズケ言うみたいな風に率直な人間として生きようと思った時もあって、その率直さって結構デリカシーと割と接触する部分があって、率直なやつってデリカシーないじゃん。
だってオブラートに包まなきゃいけないのに、それをオブラートに包まず、もう生身で裸でバーンって出すってことはさ、もうデリカシーないんだよ。だからそれが、そう、そのバランスが取れてなかったんだ。私の中の率直な人間でありたいは
つまり本当にムキミで全部行くって、ムキミの言葉で行くってことだから、それはなんかやっぱり相手の聞きたくないことだったり、相手がそれ言わないでよみたいなことだったりとかするから。
でも私、今も率直な人間でありたいと思うんだけど、あとなんか結構、バカみたいにシンプルにコアの部分を突き詰めたいみたいなのがあるから、そうやってすごいシンプルな言葉じゃないとダメな時とかもあって。
あの、こないださ、私さ、舐めるのが大事だって話したじゃん。ちゃんと人のことを舐められる人間が貴重になってくるのではって話をしたけど、なんかやっぱり率直に言うってイコール生意気なんですよ。相手に対して忖度しなくて言うってことはめちゃくちゃ生意気な人間と思われるんですよね。
私やっぱり、その生意気さがこうそうしたことはすごくあって、基本的にめちゃくちゃ生意気だったから。それって、生意気な人間ってでも大人が面白がってくれるんだよな、結局のところ。
いやこれは覚えておいた方がいいよね。大人って生意気な人間大好きなんだよ。
それで多分やってこれたんだ。そう、生意気さとかその、むしろ魅力になってた時があったのかもしれない。デリカシーのなさ。でもだんだん大人になってきて、それもう魅力っていうか、あなたただデリカシーない人ですよね、みたいに移行してくんですよね。
だから、あれってそうか、機嫌つきの魔法なんだ。生意気さで打ってけるのって。え、ちょっとあれ何歳までの魔法なんだろう。私すごい結構そう、その魔法かかってたのかも。
20代はその魔法使える。生意気さで。しかもあんまり生意気な人っていないじゃん、あんまり周りに。生意気な人ってやっぱりウケてるよね。でも本当に失礼とちょっと違って。
基本何かを舐めてるっていう姿勢は、なんかずっと多分大人になっても必要な気はしていて。そう、なんかそれは私はなんかもう、意思というか、舐める意思というか、技術というか、なんかもうそこに腹決めて乗っかるしかないなって。