00:00
はい、そろそろ東京ネイティブ水上優です。
ミラです。
今日はお便りをまたいただきましたので、ちょっと読んでいきたいと思います。
ありがとうございます。
はい、イイチコさん。
はい。
この人と何回か送ってくださっている方なんですが、
最新回楽しく聞かせていただきました。
私も地方出身で都内在住ですが、上京したての頃に東京の友達に
新宿のルミネ集合ねと言われた時、そもそもルミネは建物だと知らなかった上に、
過去私の家庭ではCMを飛ばしていたから知る機会がなかった。
ルミネが何個もあることも知らなかったので、エストの方に行ってしまい、落ち合うのにとても苦戦しました。
あとは東京の天気予報で八王子が紹介されるので、八王子が都会だと思っていました。
とのことです。
ルミネね。
ルミネ問題。
ルミネ問題ね。
僕は吉本の劇場だと思っていたし。
それを例のさ、マネージャーに言ったの。
飲み会帰りのさ。
心を東京から出さないマネージャーね。
そうそう。
そう言って、すごい喜んで笑ってた。
喜んで笑ってた。
ああいうことをね、ここで話しつつも、
田舎者の同家を演じている私がいるわけで、その鉄板ネタの一つではあるよね。
ルミネが何か分からないっていうのは。
田舎の同家を演じるための鉄板ネタ。
悲しいな。
あと八王子はね、僕も思い出があってさ、
東京に出てきて、働き出したあるプロジェクトで、
千葉に住んでいる中途西洋のおばさまから言われたの。
八王子ってすごい田舎なイメージって言ってて、逆だよね。
なんでかっていうと、雪の中継って必ず八王子だからって言ってた。
ああ、そうね。八王子だけ雪降るときあるんだよね。
雪が降るなんて田舎?みたいな感じの。
千葉なので雪なんか降らないと思うし、都心も基本的に降らないでしょ。
八王子だけ降ってるみたいなことがあるのかな。
確かにあるある。
それもね、我々ずっと雪降ってるからね。
そうだよね。
東京湾沿岸の景品工業地帯の方々にしては、
八王子は北陸の冬がどこまで近づいてきたかみたいなね。
八王子が落ちたかみたいな感じなのかな。
そうかもね。
いやー、なるほどね。
八王子ってそういう位置づけなんだ、面白いなって思った。
いや、ほんとそうだね。
03:01
八王子って大体、芸能人がいじる以外はさ、天気の話しか聞かない気がするんだけど。
結構都会よ。私は仕事で何回か八王子に行ったことあったんだけど。
なんか大きい町だったよ。
そうだよね、ほんとは。
いやだから、あれをいなかっていう感覚にさせるってすごいよね。
あ、そうね、東京の巨大さがね。
そう、相模原とかもそうだしさ、町だとかさ。
めちゃくちゃその辺の県庁所在地より全然でかい。
全然でかい。
ありがとうございます。
じゃあ次、ピーナッツさん。
ピーナッツさん。
初めまして。ミスメラからの流れで心を東京の外に出したことない人を興味深く聞きました。
東京人のイニシエーションって何だろうと考えたときに、
イニシエーションとは違うかもしれないけど、
満員電車に一人で乗るは通過切れな気がします。
早ければ小学校1年生から満員電車を経験して、
満員電車という非人間的空間を東京の日常として受け入れる通過切れ。
確かに。
通過儀式。
私は北陸の佳祖地出身、当然金沢ではありませんから、
東京県で就職した両親を持ち、東京県で生まれて小学校低学年まで育ち、
その後高校卒業まではギリギリ関東地方だけど、
車がなければ生活的な地域で過ごしました。
私の通っていた高校では卒業後の進路が早々に決まった3年生のために、
自動車学校のバスが送迎していました。
周りに先んじて運転免許を取得した同級生はなんだか大人に見えたものです。
あれはイニシエーションを受けた人間が醸し出す何かだったのかもしれません。
高校卒業後は進学のため再び東京県で暮らし始め、その後何度か引っ越しして、
今は都心まで電車で40分ほどの喫水の東京人からしたら田舎であろうベトナムに住んでいます。
引っ越しが多かったこともあり、自分の出身地と言える土地がなく、ずっと富裕感を感じています。
東京県とそうでない地域のどちらの感覚もわかるけど、
同時にどちらでもよそ者感があります。
生まれ育った土地から心を外に出すことなく生きている人と接するときに、
とても羨ましく思うと同時に愕然としたり軽蔑を感じてしまうこともあります。
ありがとうございます。
すごい。いっぱい聞き込んでいただいて、すごい。
06:01
すごいね。
まず東京のイニシエーションって確かに、
あの時にね、その後に話ある自動車学校の田舎では、
理不尽に怒られ続ける自動車学校を通過するのが通過切れなんじゃないかって話をしてて、
で、東京の通過切れ。でも確かに僕もそう思うかも。
満員電車。びっくりしたもん東京来たとき。
子供乗ってて。
これは許されてることなの?みたいなさ。
だってオクランの地元さ、小学生でも一人で乗らなくない?
小学6年生でも電車一人であんまり乗らないと思うんだよね。
そうだね。電車一人で乗ることほとんどないんだろうね。
高校から出ないでっていう学科だし、
だから子供が一人でさ、電車にランドセル背負って乗ってるのも結構衝撃的かなって思った。
そうだね。そうだよね。分かる。
子供が街一人で歩いて通学してるのって。
あと結構それって日本という安全な国だからできることでもあるよね。
そうだね。
でも通過切れかもなって思って、
一人で電車に、満員電車。
電車を使って自分の日常を維持するというかさ、特別なことじゃなくて、
日常の生活の便として電車を使うっていうことが通過切れなのはそうかもしれないと思った。
ほんとそうだね。
他にもあるかな、東京の通過切れね。なんかありそうな気がするな。
東京の通過切れ分かんないね。でもやっぱり私たち原地民じゃないから。
そうだね。あると思うんだよね。
そこでさ、話の時にさ、
あ、これ話してないのかな。
田舎において車が通過切れであるってことは、
車を得られないっていう経済的な状態の人が困るというかさ、
そういう人が存在しちゃう。
その人たちは一人前じゃないから一人前の仕事にもつけないって現実が田舎にはあると思うんだよね。
そうだね。
それと同じように東京も、
電車に乗れない財力ってことを困窮する人ってそんなにいないのかなとは思うけど、
何かこう、通過切れを果てせなくって、
その先で困窮するというか、困窮が続いてしまう人っていうのはもしかしたら
僕らが感じられてないだけでいるのかもなっていうのをちょっと今思った。
09:03
確かにね。確かにね。
それってでも今日ちょっと収録外で話してた洋服とか意外とそうかもしれないね。
そっかもね。
洋服選んでるかとか、
ちゃんと、状況に合わせた服着れるかとかが結構重要な意味を持つ街だと思う、東京って。
僕らの田舎だとそんなに服ってさ、
好き、年黒だから好みあるでしょみたいなのありつつも、
仲間内でそのセンスをそんなに問われないというか、
制服で過ごすし、
あと帰る場所もそもそもないからね。
そんなにすごい興味がある人もそんなにいないのかもしれないもしかしたらね。
それこそ私たちが住んでたとこだと金沢に出ない限り特殊な服って買えないじゃん。
要はもう地元にいる限りユニクロかジャック。
ジャックだね。
もうジャックないらしいけど。
ないないない。
ユニクロかジャックか平和堂の良い商品ぶりは。
高校生の時は僕それでそうだった。
不法院ながら着てたジャックを。
そうだよね。
着るものがないから。
それこそ社会の要請によって服を着てるだけだったね。
何のこだわりも。
自分が着てる服が納得いってないことはずっと感じてたけど、
納得いかせ方がわからないからそれ着るしかない。
それしか服がないから。
そうなんだよね。
東京の子はそれはあなたの意思で着てるって、
あなたが今望んでるものを着てるってみんなから思われるかもしれないね。
そこに手が出ない人っていうのは確かにすごく困るのかもしれない。
と思うよ。
しかもそれによって緩やかに通ったされるというか、排除されるというか、
この人ちょっと私たちのグループじゃないかもみたいなのが、
洋服によって結構認知されるじゃん。
そうだね。
っていう恐ろしさがある。
そういうのあるかもしれないね。
東京のイネシエーション見つけた人はまた教えてほしいですね。
やっぱりそれはあれだよね。
ティーンの時に発生することが多い。
そうだね。
運転免許取るぐらいの18とかさ。
12:02
15とか18とか。
そうそうそう。
その辺でやっぱり東京生活をしてみない限りあんまりわかんないかも。
そうだね。
もしかしたらなんだろう。
一人でゲーセンに行くとかさ、
そういうことかもしれないじゃない。
わかんないけど。
確かにそうね。
どっか制服ディズニーするとか。
みんなしてるとは思わないけど。
確かに。
なんかあるのかな。
わかんないね。
あとその後のさ、
高校の時のお話。
青雲同じ状況だったなって感じなんだけど。
優君はさ、新学校だったでしょ。
その時期、
僕は実業系の高校だったから、
僕は大学行ったけど、
秋ぐらいには就職って終わるんだよね。
高校生の就職って。
そっからもうみんな自動車学校行くんだけど、
誕生日とか大丈夫だったら。
優君の高校ってどうだった?
自動車学校のバスとかいた?
いない。
いない?
やっぱり。
でも来てたんだ。
来てた。
そう。
もう毎回高校に泊まってたよ。
そのなんとか自動車学校行く人。
わざわざ来てくれるんだね。
囲い込んでる。
そりゃそうだよね。
その時期に取るのが一番いいし。
てか就職するとき必要だもんね。
僕みたいに3月生まれとかだとすごい困るんだよね。
うちの父もそうだけど。
困るね。
行く気もないもんね。
仮免許は超えてないっていうかその人だね。
すごい困るんだよね。
大変だ。
そうだから私は免許を高校の時に取るっていうのがなかったから
そのまま東京に行き
確か大学3年とか4年の時の冬に取ったから
合宿とかで?
合宿で。
だから周りはみんな高校生とか大学1年生で
結構片身の狭い思い出が結構ある。
そうなんだ。
やっぱ違うんと思うんだよね。
ただ地元にずっといるそれこそ地元から心を出さない人にとっての通過義理だと思うんだよね。
新学校行くってわりと石川県って大学の数多い県ではあると思うけど
やっぱりそういう層の学校に行く人っていうのは県外の大学を絶対目指すでしょ。
国立大学以外は。
だとやっぱそうなるよね。
地元に出ないままの人たちにとってはすごい大きな通過義理だ気がする。
車を所有するっていう。
いやほんとそうだと思う。だってそれがないと何もできないからね。
15:01
ほんと仕事もできないし。
ゆうくんみたいに新学校通って県外の高校行っても
例えば石川県とか地元の県庁とか市役所とか戻ってくる人とかは
それまでになんとか車を買ったりとかするんだろうけどね。
でも県庁に勤めてて本庁勤務だったら必要ないからね。
最初の移動がなければね。
行ってから取ってもいいかって感じ。
市役所だってもそんなに不便なところじゃないから。
実家から通いたいとかなければ。
やり過ごすことはできるよね。
そうね。
それだけ役所っていうのがある程度構図の便整っている場所だからだよね。
そこを基準にしているというか田舎の場合は。
でもそのうちに取らないと仕事の幅が狭くなっちゃうだろう。
そうね。そもそも過程を築くのは難しいかな。
難しいね。
やっぱでもね、さっきも言ったように
イニシエーションって伝統的な方にさ、仕事とかもね。
伝統寄りの立場だったけど、伝統的な方に僕は身を置いてたけど
イニシエーションとかを許容するんじゃなくて
発見してそれをなくすというか
イニシエーションに到達できない人をなくすというか。
社会で勝手にイニシエーションで生まれるわけじゃない。
だって自動車学校なんて100年前にはなかったりもするからさ。
バンジージャンプで成人になるとかもずっとある伝統みたいな気がするけど
多分どっかでできたんだよね。
そうだと思うよ。
この社会は勝手にイニシエーションを生み出していくから
それを早く察知して
そこに到達できない人が不利益を被らないように是正していくのが行政とか
この社会にとって必要なのかなとか
それを発見する、イニシエーションを発見する役割として
社会学とかそういう研究機関が機能してほしいなってちょっと思った。
このイニシエーションの話をしてて。
ベーシックインカム的なこととかね。
車がないと一人前じゃないんだったら車をあげちゃえばいいんだよ。
多分そういうことなのかなって。
ある部族の通過儀礼ですって昔そういうもんだみたいになっちゃうけど
多分本当はそうじゃない。
この社会に、我々の現代社会も勝手にイニシエーションが生まれていくけど
18:05
それは抵抗があるけど伝統的な立場かいうとさ
それを壊さないといけないんだなって。
なるほどね。
本当に儀礼の部分しか残らないならいいけど。
そうじゃなくて、現実問題、不利益があるんだったら
その通過儀礼は壊さなきゃいけない。
発見して壊すというか。
ラディカルですね。
それはやらなきゃいけないなって。
移行しますか?
しません。
東京の通過儀礼は発見してないから。
確かにそうだよな。
あと何のお話があったっけ?
そんなぐらいじゃないですか。
ご自身がいろいろと転々とされてて
故郷がある人と
地元から心出したことない人と出会うと
なんか羨ましいなっていうのもあるけど
ちょっと軽蔑するとか
この人の言ってることってちょっと違うなとか
なるっていうの。
故郷がない感覚っていうのがあんまりよくわかんないんだよね。
だからそういう意味では。
ずっと東京っていうところにしがみついてるけど
ずっとバディジャンプの紐みたいに
ずっと市川まで繋がってるような感覚があるから
手離したらそこにピューンって戻っちゃったりとかする。
でも多くのパートナーとかもあんまり故郷が
東京が故郷なんだと思うんだけど
あんまり自覚的じゃないというかね。
あといろんなとこ住んでたのもあるけど。
それはなんか最近いろんな人とお話しして
故郷だっていう感覚がある場所に対する
があるないとか
故郷に対する印象の違いとかさ
みんな違うんだなって最近学びました。
そうだね。違うね。
ミスメラからいらっしゃったって書いてあったね。
ミスメラのチロさんだったかな。
いらっしゃってた気がする。
実家とその周りの景色が行くと故郷だなってなるけど
かといってそこに好きとか思い入れというかさ
21:03
家族がいる以上の
生まれ育った以上のことはないみたいな
そういう故郷もあるし
僕にとっては
家族がいる以上の場所な気がするというか
勉強させてください。
ありがとうございます。
どうです?
何?
故郷。
故郷。
あなたの故郷は?
私の故郷。
故郷と感じてる?
故郷。
あそこを。
あそこを感じてますよ。
あそこを感じてますよね。
お母さん引っ越されたじゃないですか。
自分のないですよ。
でも故郷はあそこだってなる?
そうですね。
母が住んでるところが故郷とは思わないので
そうだよね。
この間、母が引っ越した先の地域の運動会とか見たけど
全員知らない人だし
母は知ってる人は何人かいるけど
ご近所の方で
でもそれもやっぱり昔からいるわけじゃないから
神残物として使われてるから
やっぱりここはアウェイな空間だなって思ったし
私もこれから何回かそこに行くようになると
なんか感じるとかあるかもしれないけど
でもやっぱり子供の頃から知ってる人がいるわけでもないし
慣れ親しんだ風景みたいなものがあるわけでもないから
やっぱりここにはそんなに愛着は感じないんだろうなと思って
はいますね。
なるほど。
やっぱりそれは家族というか親がいるから故郷とは違うってことね。
違うんだと思うよね。
故郷って何なんでしょう?
ね、ほら。
ムロウサイセイ先生は遠くにありと思うものって言った
ああ、そっか。
ムロウサイセイだっけあれ。
泉教かどっち?
どっちかな。
どっちかじゃない。だいたいどっちか。
そうだね。遠くにあると思う。
そうだね。そうかもしれない。
思ったらそこが故郷みたいな。
まあ故郷の性質は問わず。
24:01
遠くに行って初めて感じるもの。
そうだね。
でもだからこのメールくださった方みたいに
でも小さい時から何回も引っ越ししたりとかしてると
それがどこ行ってもアウェイな感じになるんじゃない?
そうだね。
そういう人がさ、遠くにありで故郷だって思うにはさ
海外とか行って故郷を
もっと広くとらえる。
日本だみたいな風に思うとかなのか
それかもう東北とかに住んで
関東の晴れて乾燥したのが私の故郷だったって思うとか
まあそういう可能性もあるね。
でもなんかそれ
若干違う気がするんだよな。
ここが自分の
なんだろうな
感覚とか価値を形作った
しかもそれがなんか
人間だけではなくて
やっぱ土地とか風景みたいなものとかと
結びついていると思うのと
いろんな人で母国語で話せたりとか
自分の振る舞いが浮かないみたいなことから
感じる快適さ
みたいなので
まあそれがオーバーラップすることもあるんだけど
若干違う気がしてるんだよね。
もっとピンポイント
広く捉えるわけじゃないんだね。
だからもっとここ
後から振り
遠くに出た時に
あそこが私を作ったなってなる場所
それはだからもしかすると
この間子供の時に何回か引っ越している人とお話しすることがあったんだけど
その人にもそういうのって実はあるんだよね
何歳ぐらいの時にあそこで住んでて
そこでは森自然が豊かで
虫とか捕まえてて
それが自分をある種形作って
その後都会の方に引っ越して
そこではみんなそういう
桑の実食べれるみたいなことを知らなくて
自分がすごい浮いちゃったみたいな話があって
でもやっぱり自分がその
27:00
感情とか価値観を作ったのは
自然いっぱいがあった方の街なんだみたいな話をされていたので
引っ越しいっぱいする人でも
何かしらそういうことって
あるのかなっていう
土地とひもづいた記憶みたいな
もしかしたら今からできるかもしれないし
そうだねそうそうそう
いつでもできる気がするけどね
大学とかにもそういうのを感じる人もいるよね
そうだね確かに
いる
結局それで大学がある街に住んじゃう人とかもいるよね
でもそれこそラジオでさ
たやさんともろこしさんが通ったキャンパスはほとんど移転してしまって
そういう話してたね
お店とかも全部なくなってみたいな話してたじゃん
確かにもうないっていう話してた
そういうことはあり得るんだよね全然
そういうやっぱ
自分が故郷があそこだって明確にあると感じてるとさ
ない人と気持ちとか失った人とかの思いをさ
自分の中にないから
なんかそういう問題
社会にそういう問題ってあると思うんだけど
その時にそっちら
自分そうなってしまった人たちの
身の上をさ察して
あげられてないのかもなって
ケアというかさ
それいろんな問題あるよね
難民とかもそうだしさ
強制移住みたいなこともそうだし
故郷を失うっていうことは
今ある自分が持ってるものが失われるからそれは辛いなとかはあるけど
そもそも故郷を持たないで生きてきましたっていう
辛さみたいなこととかって
考えれたことないかもしれない
そうだね
ずっと
露天してるみたいなね
そう
国内にもいたりとか
海外のこともそうだけど
僕みたいな故郷があって明確にある人は
30:00
そういう人たち
多くの場合だけど
そういう人たちに
ちょっと冷淡だったかもしれないなって今思った
見方がね
私は今聞いてて思ったけどやっぱり
そういう故郷を持たないというか
故郷的なものが土地とひも付かない人々に
すごく興味があるのかも
卒論の時とかも
修士論文の時とかも
結局定住をしない人たちっていうことにすごく興味があって
職能集団みたいな動いていく
そうそう動いていく人たちに
何故かずっと興味があるんだけど
確かにそうだね
それって何でかなって今思うと
やっぱり故郷的なものが土地にひも付かない
人たちっていうのが
どのように存在できるのかっていうことに
ずっと関心がある気がする
それすごい重要というかさ
土地を失っても故郷を作り出せるかというかさ
福島の問題もそうだけど
野党の地震の問題とかも
公の利益のために
そこにはいられない人とかさ
今後の災害の予防のためにそこにいられないっていう人たちが
今までだったら
バラバラに
避難所とかもそうだよね
バラバラに二次避難所行って
みんな孤立していくみたいな感じだったのが
なるべくみんな同じ地域で同じ避難所に行く
土地は失ったけど
遅延集団をそのまま別の場所に引っ越させる
二次避難所だったり
それがまた元の土地だけど
土とか盛り上げたりとか
もっと高台に移転したりとか
今まで住んでたら全然近くだけど違う場所に
もう一回戻った時に
故郷をそこに再生できるかみたいなさ
そうだね
再生するっていうのが
やっぱり定住を基本とした考え方のような気もしていて
例えば分かりやすいのは
ロマとかジプシーとか呼ばれる人たちは
33:01
そもそも定住するというコンセプトがないまま
何世代も続いているわけで
そういう人たちってやっぱり
音楽とかに
自分たちのアイデンティティを固くしたりとか
自分たちのアイデンティティを寄せたりとか
やっぱり作り出すものとか
習慣とか言語とか
土地とひも付かないものによって
自分たちとそれ以外みたいなものを
瞬別したりすることってあるんだろうなと思っていて
土地に根差す人って
意外とそういうことを忘れてしまうのかな
っていうのはちょっと思ったりするね
もともと僕の認識では
今の近代社会って
もともと土地に根差した生き方
土地を基盤として
その発展の末にできたと思っていて
西洋で発生した思想
今の近代的な社会で
封建制があって
そこに封建領主がいて
そこに商人がいて
商人が力を持って絶対王政から
権利を獲得していったみたいな流れがあって
日本も封建制がずっとあって
地方領主と大商人がいて
そこで蓄えた資本家たちが
巨大な富を生み出して
政府に影響力を持つみたいな
どうしても今の社会って
根本の基盤が土地にあるから
そういう生き方じゃなくて
ジプシーみたいな人たちって
犯罪的な要素があって
現代のジプシーって聞くと
イメージがあるんだけど
イタリアとかにいる人たちって
でも彼らが
犯罪を犯しているというよりかは
彼らの生き方じゃない方法で
社会が組み立てられていて
彼らの生き方が犯罪になっちゃうみたいな
っていうか
犯罪でしか政権を立てられない
みたいなことが起こってくる
そうね
でも要するに
受験する生き方みたいなのから
強さみたいなのを知りたいな
36:02
みたいな思った
そうなんだよね
私がずっと気になっているのは
そこの部分なのかもしれないなと
今聞いてて思ったけど
本当に土地が
近代社会において
本当にそれが
必須条件なのかっていうのが
私はずっと考えていることで
人間の集団みたいなものが
集まる時に
土地の記憶みたいなものが
すごく重視されることが多いけど
それって
それなしでも
人々が集まったりとか
何かを共に成し遂げたりとか
安心感を得たりとか
そういったことってできるんじゃないかな
って思っていて
それって何なんだろうっていうのは
考えているかな
やっぱり都市が発達して
一瞬流浪する生き方みたいなのが可能になってる
でも
わかんない
みんな都市生活する人が多いとか
土地にいなくても生活できる
でも何かの縁はみんな求めている
都市生活もそうだけど
都市は逆に
すごく人を縛っているような気もしていて
私がいろいろずっと考えている人たち
職能の人たちとかって
インフラがなくても生きていけるんだよね
基本的には
自分たちでインフラを作っているし
自分たちで外部から
物を作って外貨を得て
生きていったりするから
なんかでも都市ってすごくインフラに依存した
そうだね
ライフスタイルになっていて
そこって結構
39:01
自由に動くことができるっていうものとは
かけ離れている感じがあって
都市から都市へみたいな風には多分動けるんだけど
都市的なインフラがない場所には
都市民たちは移動できないのかな
っていう風に思っていて
それって実はかなり脆弱なのかな
って思ったりもするね
優君が入った職能の集団の人たちって
インフラを自分で
野のものとか山のものというか
を買って
多分移動するんだと思うんだけど
活用して
生きていくというか
自分たちで生活を成り立たせていく感じ?
そうだね
別にそれが
近代的な土地所有みたいなものと
完全に切り離されているわけではなくて
例えばだからそれは
鍛冶屋さんだったら
炭を調達しなきゃいけないけど
炭ってやっぱり木を切って作らなきゃいけないから
木を切るってことはやっぱりその土地にあるものだから
誰でもない山の土地だったら
誰でも焚き木取っておくて
そこであればいいんだけど
やっぱりそれがもう刈り取られ尽くしているから
私有地のある木を刈らなきゃいけなくて
それをお金で買ったりとか
社会的なつながりがある人の
いいところから取ったりするわけだけど
そうやってだんだんセットルメントというか
定住化していくっていうところは
やっぱり避けられないところが
今の世の中はあるんだなぁとは思いつつ
あと例えばだから
室町寺内の喜寿寺だったら
山の8号目だったかな5号目かな
5号目以上は
勝手に入って木を切っていいっていう許可書を持っていたから
そういったことをして生きていたわけだけど
結局その許可を出しているのと言われているのは
やっぱり天皇システムの中で
そういうふうにやってるから
定住民の支配っていうところからは
やっぱり離れることはできないっていうのはあって
だからなんかそこって
離れることはできないんだけど
42:03
一定のでも距離感の違いがあるというか
率先して定住のシステムの中に入っていく人と
定住のシステムをある種乗りこなしながら
ちょっと距離を取る人たちっていうのが
いるんだなっていう感じですかね
どっちがだからいいとか
どっちが支配的って考えるのはあんまり
意味のない議論のような気が私はしていて
それがどう相互に関係し合っているか
しかもそれはどちらかが欠けてしまうと困るっていう
状況なんだと思うんだけど
でも歴史を大きく見ると基本的には
その誘導的な人たちを
どんどん定住化していくっていう方向に
動いてはいるんだろうな
っていう気がしてますね
より定住する人が
最初は誘導していく人たちが100だったのが
だんだん定住しちゃう
人間の長い歴史なんじゃないかっていう
今語りつつも
でも新しい誘導者みたいなのも
やっぱりどんどん生まれるんですよね
時代においては
例えば今だと
ITエンジニアみたいな人とか
ある種のグローバルエリートみたいな人っていうのは
別にニューヨークだろうがロンドンだろうが
日本東京だろうが
同じような仕事あって
結構自由に転職していける
っていうのがあって
しかも彼らは彼らなりの共通言語があって
その共通言語が分かる人たち同士で
比較的
心地よく暮らしたりしているので
そういう人たちは
居続けるのかなっていう気はするんですけどね
45:02
土地を動かす
自分が居る場所を動かすことも
今までの誘導ってそういうことだと思うし
今もそうだ
ニューヨークでも東京でも
行って働ける人たちみたいな
そもそも自分が存在する都市というか
土地を動かさなくても
自分の生計っていう意味では
移動してる
土地からのを誘導してるともまた
からも離れて誘導してるみたいな
人たちもいるのかなって
世界中からどこの仕事もできる
別にその人がどこの都市に存在してると関係ない
移動してようがずっと人との都市にいようが
世界中のどこの仕事もできるみたいな
その人ね
でもそうか
でもその人がどこの土地に
その時存在して
金を稼いだかで
土地支配者たちはまた税金取り立てようとする
そうだよね
だんだんそれがまた不思議な感じになってくるのかな
その人がどこにいようと
たまたまそこにいたら
その土地の共同体の税金になるみたいなのが
一致しなくなって
しかもその人がそもそも
その時どこにいたか分かんないみたいなことに
もっとなってくるのかな
なっていくかもな
いきそうだね
ただそこに反対するというか
結構その傾向がずっと起きてる気がする
その誘導できる人たちと
土地にいる必要がある人たちの間にある
国家みたいなものとか
社会システムみたいなものが
どういうふうに調整されるかみたいなのが
ずっと続いてるような気がしますね
むしろいずれモンゴル
昔のモンゴルみたいにさ
領域国家っていうよりかはさ
血縁で結ばれた集団が
今日本にいる人たちって
外国人も日本人も問わず
48:00
日本に税金を納めて
そこが社会保障を受けるでしょ
基本的に
もしかしたら
世界中に散らばった日本人みんなが
日本に税金を納めるけど
日本っていう
その時は日本っていう国の
土地に紐づいた共同体じゃなくなってるから
日本と言えないかもしれないけど
この東京にいる
アメリカ人は
別に日本にお金
この土地にお金を納めなくて
自分の
アメリカに
と保護を受けて
税金を払って経済活動をするみたいなさ
だからもうどこが
空間的な境界がない
まとまりで
世界が動いていったりとか
したりしてみたいな
まあでも過去においては
それをやっぱ可能にしてたのは
宗教団体だよ
あーそうしたね
だってキリスト教とかもさ
世界中からお金が集まって
それによってね
個人とかも運営されたりとか
何らかの給付金みたいなものが
教会から送られたりとか
雇用が生まれたりとか
してるわけじゃないですか
あと
浄土信州とかもそうですよね
国というものを超えて
神とのネットワークがあって
相互に協力したりとかしていて
だからずっとその
揺り動きをしてる気がしますけどね
土地に所属しない組織たちと
それを
帰省したい
土地に根差した異性者
の攻防
そう攻防と捉えてもいいし
なんか
揺り動く
波がずっと続いてるような気もしますね
ヨーロッパにときどき
世界に西洛神さん
なんとか騎士団みたいなの出てくるよね
今も丸太騎士団って
領域を持たない国家みたいな
集団いるけど
そうかもね
そうだね
あれも宗教を土台にしてるけど
でもやっぱり土地に根差さない
人々を
そこまで強固に
つなぎ止めるには
結構
ストーリーというか
ナラティブというか
51:03
言葉の力が必要で
その言葉の力とともに
さっき私が言ったような
同じ振る舞いをするとか
同じように
例えばご飯を食べるとか
そういったものが
やっぱり
繰り返される中で
共有されるもの
みたいなのが
やっぱり土地を共有する人たちよりも
より重要になってくる
のかなっていう風に思いますね
だからこの
難しいですけど
そうですね
どっちがいいって話でもないんだが
どっちにもアクセスできると
いいんだろうなっていう気がしますね
あんまりまとまりませんでしたけど
ちょっとそれ
まとめて今度
まとめますね
どっかで
もう一度
遊牧民が世界を席巻するみたいな
ちょっとムーみたいだけど
ドゥルーズ語りは
もうすでにそういうの言ってるとも言えるんですけどね
言ってる人がいる
いますね
ずっとそういうことを考えてる人は
あとアミノヨシヒコとかもね
言ってると言えば言ってると思うんですけど
だからそれの
絶妙なバランスが
繰り返されているなーっていう気がしますね
これお便りだったね
お便り以外長くなっちゃいましたね
じゃあこの辺でまた
皆さんも
土地に根差した
自分の中で多分
でもそれってだから人間の中にね
どっちかっていう話じゃなくて
54:01
そうだね
多めに持ってる分と少なめに持ってる分がある気がしてて
自分の中で
ここは
ここら辺の価値とか
ここら辺の行動とか
ここら辺の振る舞いは
ある種土地に根差した共同体から得てるんだろうな
っていう部分もあれば
多分その人って別にそれだけで生きてるわけではないから
なんていうんだろ
遊牧民的な
あるいは思想を共有した人たちの
中で共有されている振る舞いとかを
自分が身体化しているところがあるんだろうな
っていうふうに思ったり
なんか多分そうやっていろんな人の中で
結構いろいろな部分とかパーセンテージ
あるんじゃないかなって思うので
そういう分け方をすると
自分の生活ってまた違って
見えてくるのかもしれないと思いました
それいいね
なんかどっちかじゃないなって思った確かに
日本の食農集団ってさ
鳩取米とかさ
別に旗を織っているだけで生活が成り立っているわけじゃなくて
ちゃんと田んぼを耕した上で
旗を織るっていう技術で
っていう人もいるし
長野で
同祖神作る石膏みたいのがいて
長野南の方から来る
でもその人たちはちゃんと田んぼとか持ってて
畑とかして
農間期に石膏が松本とかに来て
一冬かけて像を作って帰ってくるみたいな
我々はちょっとあまりにも今
ちょっとそういうのを忘れているのかもしれない
そういう動きがあるってことを
そうなのよ
だからどっちかとか
この人たちは食農民だ
この人たちは定住民だっていう風に
ラベリングしてしまうと
多分見えなくなってしまうことが結構あって
いろんな人はグラデーションのうちに
それをどっちかを持っていたり
どっちかを持っていなかったりしている
しかもそれは
そうなんだっていう風に思った方が
自分も判断しやすい
自分はどっちか
自分は定住民だから
定住しなきゃいけないんだって思うと
結構選択肢が狭まってしまって
もったいないこともいっぱいあるんじゃないかな
っていう風に思いますね
ちょっと定住と移動の割合を個人で決めて
それぞれで成り立つ社会を
社会の中に実装してください
私そういう決めて宣言して
調整するっていうのは苦手なんで
持ち上げるだけ
みんな自由にやってくれたらいいと思います
57:02
自由に勝手にそういう会社でも作れば
会社作らなくてもいいから
個人個人というか
緩やかに繋がったり繋がらなかったりしたら
いいんじゃないですか
と思いますけど難しいかもね
ちょっといいなと思った
移動と誘導と定住を使い
自分の中の割合というか
どっちも自分にはあるんだなみたいなのは
だからいつだって逃げることはできるし
いつだって帰ってくることもできるし
それでいいんじゃないでしょうか
ここに落ち着けるまでにすごい時間かかった
と思いました
ありがとうございました
みなさんさよなら