00:00
はい、そろそろ東京ネイティブ水上です。
みらです。
今日は、ついに、東京ネイティブの方にいらっしゃっていただいたという、いらしていただいたという。
ずいぶん、これやりだしてたったけど、ゲストにもたくさん来ていただいたけど、初めてでしたね。
東京非ネイティブばっかりだったから。ということで、じゃあお願いします。
桃山商事の森田です。こんにちは。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
初めまして。
初めまして。
いかがですか?
いやー、大変嬉しいです。もうありがとうございます。聞いております。
いやいや、僕もほぼ聞いてます。
ありがとうございます。
先日ね、銀座で優君が恋について語ったイベントに来ていただいて。
ここでもね、言っておりますね。
今日、2回目なんですけど、もうお会いするのは私は、すごくここに至るまででもお腹いっぱいのぐらいのことがあったので。
めちゃくちゃ楽しかったですね。
楽しかったです、ほんとに。
まずね、最初、今朝11時に伊勢丹の正面玄関で待ち合わせて、伊勢丹新宿店のね。
はい。
ずっと新宿にいるんだね、今日は。
そう。
基本的には。
確かに。
そう。で、買い物というか、ウィンドウショッピングを。
私がちょっとリクエストをさせてもらってですね、ちょっと鞄を買いたいなというふうに思っていて。
それずっと悩んでたんですけど、ミラさんに相談するのが一番いいんじゃないかと思って、それでちょっとアレンジしていただいたって感じですね。
いやー、事前にちょっといくつか、私のパートナーにもちょっと聞いてみて、いくつかブランドを見つけ取ったんですけど。
いやー、お役に立てたらよかったです。
もう結構頭の中で、あれ良いなーみたいな。
楽しみ、どうなってるか。
ちょっと早く買いかけましたね、ほんとに。
買ったらどうしようと思って。
買ったほうが面白いかなと思いながら。
どうしようって言ったら、やっぱりさすがに値段が値段だったから。
そうね、悩みましょうもちろん。
そうですね。
昨日もね、事前に私は伊勢丹に行ってて、パートナーと。
パートナーのカバン受け取りについて行って、その経路で下見に、あ、ここにもあったっていうのを見てたんで。
色々。
良かったですね。
ほんとに見つくろってくれてて、自分が欲しい感じのものを。
こことこことここみたいな感じで。
03:03
ザ・ローの店員さんには、昨日も来てましたよねって顔されました、私は。
あ、どうもって感じの顔されて。
されてたね。
ちょっと恥ずかしかったですね。
面白かった。
で、そう、それがだから、1階から免図館に行って、免図館を上がって、6階まで上がったのか。
そうですね。
6階まで上がって、また本館に戻ってきて、順番に降りていくっていう効率的なルートでしたね。
そうですね。
私が年間もう50回ぐらいやってるルートはそれが。
すごいな、どういうことなんだ。伊勢丹とか久しぶりに行きすぎて、アプリにログインするとこからスタートしたんですけども。
なるほどね、ポイントのアプリね。
全然20ポイントしか溜まってなかったけど。
そこからね、どっちかというと、やっぱ僕ら東京ネイティブ?の人たちが行く東京みたいなところからスタートして。
スタートしてね、みんなが知ってる東京だからね。
その後、森田さんの地元に連れてっていただいて。
そうなんです。東中野に来て。
そうですね。地元はどっちかというと雑談がある北新宿の辺りなんですけれども、中野区ではなくて。
そこで自分は生まれ育ったので、一応東京ネイティブと行ってもいいのかなっていうことで、お二人にちょっと散策してもらったって感じですね。
すごい楽しかった。
ありがとうございます。
僕なんかもうこのラジオとか関係なく、東京ネイティブの人に街を案内してもらったのが初めてな気がする。
今までも結構地方出身の人とかに、先駆者というか先達みたいな人に案内してもらうことが多かったんですよね。
だからこう。
赤いって言っても、どうなんだろうな、あれは。
あの辺、そうですね。自分が生まれ育ったのは、雑談の場所がもうそこって感じなんです。
北新宿4丁目とか3丁目とかあと百人町とか、あの辺なので。
そうですね。今日はそれで、だから北新宿3丁目とか4丁目あたりをぶらぶら、駅で言うと大久保とか東中野のあたりを、ちょっと二人と一緒に歩かせてもらったって感じでした。
そうですね。
どんな印象でした、その、あの辺の印象って。
印象、まず市場あるの知らなかったので。
そう。
与党。
正解市場。
正解市場。
これだとやっちゃ場って、そう言われてる場所ですけど。
愛知場あるんだって思ったのと、だからやっぱり、でも今言ったその3丁目と4丁目で全然なんか雰囲気が違うし、その道を渡るたびになんか結構なんだろうな、空気感変わっていて、あの面白かったですね。
06:06
教会が結構ね、お隣になって歩いてみると大きな通りとか線路とか川で、結構それで、振り返ってみると確かにそういう、そこでゾーニングされた場所が自分にとっての地元っていうか、で中核行くとちょっとそれが広がるみたいな、そういう感じでしたね。
地区が隣なんですけど、その西戸山住宅っていう、戸山住宅って言えば団地街みたいなのがすぐ近くにあるんですけど、そことかは通り挟んでるんで、あんまり全然小学校の頃とかは行ったことがなかったんですよね。だからなんかあっち側みたいな感じでっていう、そういう感じですね。
僕も一緒に歩かせてもらって、やっぱりその教会意識みたいな、なんだろう、そこにいた人にしかわからないなと思って、それが面白かったですね。
たしかに、普通に歩いてると、あーなんか雰囲気変わってんなって思いつつ、目的地に行くから気にしないもんね。
そうですね。
なんか通りで歩くともね、歩いてるとき通りで、でも教会を意識すると通りの左右とか前後みたいな感じで見えるものがあるなと思って、面白かったですね。
その三丁目の方は大久保駅が近いっていうのもあるんですけど、なんかちょっと歩いてる感じで西成っぽいなみたいなことをおっしゃってましたよね、大阪の。
そうですね、なんか私結構西成に友達住んでたことがあったのでよく行ってたんですけど、なんかあそこもすごい電車、半回電車かな、とJRとのすごいそこで境界線が引かれていて、
その内側と外側とか、あと安倍野の方に行くとまた全然違ったりとかしてて、なんかそういう雰囲気がすごい似てるなーって思ったし、あとキリスト教教会がいっぱいあるっていうのもすごい似てる。
そうですね、まあでもそうですね、スラム海はありますよね、やっぱり。
あとあそこも鶴橋が隣にある。
そうですよね。
繁華街というか韓国系の。
そうかそうか、確かに。
ゴリアンタウンみたいな。
そう、だからやっぱMC官と慎吾西成が仲いいのも。
よくわかりました。
よくわかりました。
フットが一緒なんだって。
僕は前北千住というか千住大橋の方に住んでたので、あそこも途中言ってたけど、青函市場があって、その市場と北千住駅をつなぐ、なんかこう今散歩道みたいなのがあるんですけど、そこが八茶場通りみたいな名前がついてるんですよ。
八茶場緑道みたいな。
あ、八茶場緑道だ。
そう、名前がついて、そこに前は昔は闇市とかでもうほんと掘ったて小屋みたいな成果、八百屋さんとか建ててたみたいな通りらしいんですけど、
なんかそれは東京の西側の生活をこう、のための機能を有した街というか、北千住のあったり。
09:05
東側?
あ、そうか、東側か。中野の方はこの東側の、東京の西側の生活をなんかこう、の機能になってるものがたくさんあるなっていうのは。
そうですね、確かに確かに。
市場とか、あの染物屋さんの話もありましたし。
そうだよね、だからそれが多分遠景にほんとはあるからね。
そうだね。
大田の方とかもね、市場あるし。
そう、確かに。
大田区の方に市場あるし。
大きな街道沿いの。
あっちは千住街道。
千住の日光街道とか。
甲州街道とかっていう。なんだろうね。
あんまり中野とか新宿のこの辺はそういうふうに見たことがなかったなって思ったから。
よく考えたら町屋とかの方にも浄水場あったから、あれとかもでっかいある。
なんか対になってるのかなっていうのはちょっと思いましたね。
淀橋の浄水場とか。
今は御地合の方にそういう浄水場がありますけど。
確かに。
そうですよね。
なんかそうやってそこにインフラ的なもの、都市のインフラですよね。
市場もそうだし。
あとなんかさっきちょっと歩きながら喋ってたときは物流倉庫があった。
そうですね。
うちが、実家のマンションのところはもともとそういう倉庫があったところなんで、40数年前ですけど。
そう、そこにね、御実家にもさっき上がらせていただいて。
驚くことに。
ちょっとびっくりした。
そうなんですよね。楽しかったですね、実家もちょっと。
楽しかったです。
すごくいい時間でしたね、本当に。
孫たちが、俺のお一甲とかの一甲たち、もうなんかいましたね。
いらっしゃったね。
日曜の昼間になんでいるんだろうとは思ったけど。
暇だから出てますね。
いやでもなんか、福田さんのお母さんがね、孫たちをアルファベットで呼んでるっていうのは斬新でした。
斬新。
AからFまで言う。
Dが来たとか。
どういう、なんかいやらしいじゃない、長男の息子とか言うのって。
俺もそれがよくわからなかった。長男の長女とか、なんかそういうふうに言えばいいじゃんとか思ったけど。
でもすごくこう、お友達に話すときに、どの孫かみたいなのをあんまりいちいち説明するのもあれって。
いらない情報だと。
そこは結構配慮されている気がしますよね。
そうね、お子さんがいらっしゃらないお友達とかもね、いらっしゃるだろうからね、きっと。
大事なのはその、大体どのぐらいの年代の子かぐらいなもんで、名前とかそこは一旦省略して、もう話は成り立つっていうことかなと思って。
12:01
ちょっとポッドキャスタっぽいなとすらちょっと思った。
そうそうそう、そうですよね。
大概的に個人の難しさ。
情報を極限まで。
エピソードトークをより伝えたいとこだけ伝えるみたいな感じが。
確かに。
でもすごかった。
長屋ってね、おっしゃってるんで。
自分が生まれ育ったマンションは、姉が生まれたときにちょうど入った、できて一斉に住民が入ったんですけど、そこにずっと住み続けていて、なのであんまり変わってないんですよ。
うちがある階にいる住民はもうずっと、それこそ40数年間一緒にいる人たちも結構多くて、なのですごく近いんですよね。
で、自分が子供の頃もすごい可愛がってもらったし、隣の家とかにも、本当に当たり前に出入りしてたんですけど。
今日、追い込めっ子が入ってきたじゃないですか。何にもならさずに。
ああいう感じで隣の家とかに出入りしてたんで、本当に長屋みたいな感覚が今でもちょっとありますけどね。
もうだいぶ高齢化しちゃってるんですけど、みたいな感じですね。
なんか本当に僕が子供の頃の実家の周りと近い、森田さんが幼少の頃はもっと、より親密な近所関係だなと思いますけど、
なんか、そうですね、なんか追いっ子さんとか追いっ子さんが来た時とかも、なんかこの感じ懐かしいなって思いましたね。
そうそう、なんかやっぱり地元感がね。
地元感が。
だから、歩いてる時にちょっと言われましたけど、それはだから自分たちが、自分たちというのは、自分の3兄弟で姉と妹がいるんですけれども、
その2人とも近所に住んでて、それで自分の母親にとっては孫が6人近くにいるような状況になっているんですけど、
そういう状況も東京ならではなんじゃないの?みたいなことを言われて、そっかっていうふうに思ったっていう、そういうふうに考えたことがあった。
昔ながらのみたいな家族関係とか生活の仕方みたいなのが、もう地方だとも成り立たないというか、朝伊勢丹でも喋りつつ、今日回ってもそう思いましたね、やっぱり。
森田さん、ご兄弟がこの辺に住んでるっていうこと自体が、やっぱり地方ではあんまりありえないかなと。
誰か1人は都会に出て行くとか、都会とは言わなくても、僕らの地元だと金沢とかにはいるかなとか、車距離になっちゃうかなとは思いますね。
金沢と私たちの地元の町のちょうど間ぐらいがすごい発展したベッドタウンがあるんですけど、そういったところに住んでるとかね、ありますよね。
15:06
でもそうすると車で2、30分かかるから、おじいさんおばあさん家に行くって言っても、行くっていう感じが必要だし、親が送っていかないとおじいちゃん家行けないし、子供たちだけで行けないからっていうのはありますよね。
東京の人に比べて、気軽に車乗って出かけはするんだけど、かといって子供だけで行くような場所ではないっていう感じがなっちゃうかな。
そうそう。だからそうやってなんかね、お子さんの服を譲り渡して行ったりとか。
そうですね。
なんかちょっとね、きっと集まったりとかすぐするっていうのが。
そうですね。ちょっと濃すぎるっていうのは若干あって、子供とかは別に嫌がったりはしないんですけど、妻は別にそれに対して嫌がったりはしないんですけど、ちょっと濃すぎるかなっていうふうにもやや特殊な状況ではあるなとは思ってますけどね。
そうですね。
だから、そうですね、外から来られたってことで、そのね、その子供さんは。
妻、妻はそうですね。
自分は、でも自分が住んでるのは近いんですけど、川隔ててるんで、中の区なんですよ。で、そうすると、またコミュニティ、そのコミュニティっていうのは、実家のコミュニティはあるんですけど、我々でマンションとか、私にとっての親戚のコミュニティっていうのはあるんだけど、
川隔てて中の区になるっていうだけで、全然コミュニティが変わるっていうのも、ちょっと面白いなっていうふうに最近思ってるんですけどね。
全然、それこそ、中の区の、自分が住んでるほうだと、その鎧神社ってさっき見た、新宿川の神社の話なんて全然出てこないし、そっちにはそっちの祭りがあってみたいなことで、なんかそういうの面白いなって思って。
そろそろ東京ネイティブにも、コミュニティの話とか結構出てきたじゃないですか。新年のやつとかにも、みなさんの話とかが出てきて。
街の周りゴミ広いっすね。
そうそうそう。
そうね。
そういうのも、なんかちょっと思ったりはしましたね。
東京にももちろんコミュニティがいろんなところにあるけど、結構、なんていうのかな、すごい狭い範囲の中でいろんなコミュニティがあるんだなみたいな、当たり前のことですけど、そうですね、みたいなことは思いましたね。
この東京というか都会のコミュニティで、自分が中に入ったりとか、感じ取ろうとしないと見えないなとも思った。
お祭り、あっちにはあっちのお祭りがあってみたいなのが、街が境なくずっと続いてるから、今日ここが境界だっていうふうに教えてもらったりとか、住民の意識としてここに境界があるって教えてもらったりしないとわからないし、コミュニティ自体の境界とかもわからないなって思いますね。
18:19
田舎だと、僕らの地元とかだと、自分たちの街と隔てて広大な田んぼが広がって向こうの村みたいな感じがするんで、島みたいな感じですよね、本当に。わかるんですけど。
僕が住んでる街の人と関わってても、この人たちの生活圏ってここまでなんだなとか、この辺でちょっと心理的な境界あるんだなっていうのをお話ししてやっと感じられるみたいなことが多いなと思いますね。
確かに。そうですね。それがさっき言ってた、やっぱり歩いてるだけだと全然わかんなくて、で、今日やっぱり森田さんはやっぱり地元の人だから、ここがちょっと好きだった先輩の家とか。
お弁当屋さんね。
この八百屋は何か儲けてる、ボロボロだけど儲けてるみたいな話とか。
見た目はボロボロだけど卸でね、相当儲けてるらしいとか、息子を慶応に入れたとかね。
いいよ、そういう話、やっぱいいよ。都会にもちゃんとあんだな、そういう話って思って。
そうそう、やっぱあんだって思ったね。
僕らの地元の細々とやってた魚屋が店閉じたんですけど、あの魚屋は株で儲けたらしいからみたいなのがあったから。
息子が株を。
だから店もやめたんだみたいなね。
言ってた言ってた。そうか、そうなんね。それが北新宿にもあるんだっていうのはね。
そうですね、だからあるんだぞみたいなのとか、府にはずっと持っていて、地元とかローカルもあるし、人と同士の繋がりみたいなのも。
新宿出身っていうとずっと、ある意味でラベリングされるんで。
でも全然なんか、なんていうのかな、地方みたいなもんだよとかさ、そういうこと言っても変じゃないですか。
なんか別にそんな殺伐としてないよとか、落ち着いてるよとか、なんか別にひなびた場所だよとかって言っても、
あんまり信じてもらえないけど、実際そうじゃないですか、ローカルな場所だからっていうのは思いますけどね。
でも一方で、ある意味、そこにい続けられるっていうことはちょっと特権的なことなんだなとかいうのも、さっき話してて、と思ったところではありましたね。
そこに東京にいても、地元があるっていうのはありがたいことなんだろうなとかは思いましたけど。
21:07
地元に、違うか、地元に住んでいられるっていうことが、まあでも住みたきゃ住んでいいんだからな、みんな。どうなんだろう。
それは、どっちかって言うとラベルを張ってる側だなと思うんですけど、
なんか反省しました。今日歩いてて、別に東京になって人間の暮らしっていうのは当たり前にあるっていうことが、ちゃんと目で見て教えてもらったなと思いますし、
だからこそ、東京で育ったら人だよねって扱いを受けるときに、ちょっと東京ネイティブの人が困ることあるんだろうなとも思いますね。
そうそう、東京と言ってもいろんな東京があるし、それと新宿と言ってもね、北新宿のリアルと別の町で全然違うわけで。
そうなんですよね、全然違うんですよね。
さっき言ってた川越えて中野区行ったら全然また違うみたいな話もあって。
これも途中伊勢丹で話したかな。僕とかは逆に東京に遅延がないことが楽しいこともあるというか、東京と繋がりが本来ない人間だっていうことが楽しいというか。
山生寺の中でも和っ子さんかな、旅行とか行ったときに自分の匿名性みたいなのがあるのが楽しいというか、そう話されてて。
僕は東京で自分が匿名なのが心地がいいみたいな、それを暮らし、自分の大半の暮らしがそこにあるのが心地がいいというふうにも思ってて。
それは前このラジオでも話したあの子は貴族とかでも描かれてたりとか。僕のパートナーは東京の人じゃないんですけど、東京中心に生活してる人なんで、彼なんかはもう出ていく先がないというか。
もう、ニューヨークぐらいみたいな。そうなんですよね。ていうことで、森田さんはその辺どういうふうにお感じなのかなっていうのは気になってましたね。すごくローカルなことを教えてもらったので。
確かに。
今もここに住まいを設けていらっしゃるわけじゃないですか、ご家族で。
そうですね。
24:04
そこから離れたい、自分の今までの人生から別に離れたいみたいなの特になかったってことなんですかね。
そうですね。それはそういう感覚はなくて、一時期、自分は新卒で食品会社みたいなとこに入って、1年半だけ神戸に行ったことがあるんですよ。
その時に、やっぱりそこで知り合いとかもできたけど、全然そんな面白くないなと思って。やっぱり地元の方が楽しいなっていうふうに、素朴にすごいそう思って。
神戸ってすごいいい町だし、都会的だし、楽しかった。そういう面では楽しかったんですけど、やっぱり地元結構好きだなみたいな感じになって。
でも地元好きって言っても別に、北新宿の辺りの友達とすごいつるんでるわけではないんですけど、それこそ清田とか佐藤さんとかみたいな友達がいる方がいいなっていうふうに思って、その会社辞めて戻ってきたっていうのは、そういう経緯は1回ありましたけどね。
だからどっちかと言うとそうですね、人で選んでるっていうか、住む場所を。で、かつその住む場所ぐらいは自分で決めたいなみたいなふうに思ってるっていう感じですかね。割とウエットな人間なんですよ、たぶんね。
なるほど。かな。結構僕らの地元に残ってる友人とかともしかしたら感覚が近かったりするかもしれないですね。そうかもしれないですね。地方っぽいのかもしれない。感覚が。わかんないけど、怒られるかもしれないけど、どうなんだろう、この言い方。
なんか地方にはこう、奥とか行くみたいに、出て行かざるを得ない人間みたいな、出て行きたい人みたいなのもいて、かつ出て行きたくない人もいて、本当はその出た方がいい人もいたりするんですよ。東京にはあんまり出た方がいい人はそんなにいないというか、出なくてもいろんな多様性が見つけられたりするのかなと思う。
だし出なくていい人とか出たくない人は出ないで生活を営まるだけの街の規模もあるし、ただ出ないといけないというか、ここから自分の遅延みたいなものから離れようと思うと、たぶん僕らみたいに地方から来る人にもちょっとしんどいというか、出て行きにくいのかなと思う。行き先がだってもう言語変えないとなかったりとか、もしくは逆に地方都市に行くとかになっちゃうのかな。
でもそれこそ東京の東に行けば全然違いそうな気がするし、住む場所、それぐらいの感覚ですけどね。
27:01
でもそのちょっとの距離の違いってやっぱり全然違うというか、さっきのそれこそ変わらないだってコミュニティが変わるから、なんか自分はだから割とそういう意味ですごいローカルでな人間でなんだなっていうふうにも話しててすごい思いましたけどね、そういうことを重視する人間で。
子供ができてよりそれが大事だなっていうふうに、コミュニティみたいなものをすごい強く意識するようにはなったんですけど、だからあんまりこの市立とか国立とかにやりたくないというか小学校とかみたいな気持ちもあったりして、切れちゃうから。
地元でね、ちゃんと育ってほしいって。
そうっていうみたいな気持ちも最近すごい強く思ってますね。
同級生でどっか違うとこに行った人とかいないんですか?
全然いますよ。
どういうとこにみんな行ってるんですか?
そう確かに、東京ネイティブの人が東京から離れた時にどこに行くんだろうって。
本当にいろいろですけどね、この辺に残ってる人のほうがそんなに感覚的には少ないような気もするから、どうなんだろう。それこそ杉並区とか。
もっと西に行くって。
もっと西に行ったりとか、あとはどこか、どういうとこに行くのかな。普通に地方都市に住んでる友人もいるし、そうですね。
まあでも高校の友達ぐらいになるとほとんど東京に住んでますね、考えたら。
でも新宿区とか中野区ではなくて、なんかいろんなとこに住んでる。
そうですね、高校の友達とかだといろんなとこに住んでるかな。
なんとなくこっち、西側のほうが多い印象ですね。東にはあんまり行ってる人たちは少ないかな。
だからこそこう東に行ったらまた違う世界があっていうことだよね。
そうですね。やっぱり東行ったら全然違うと思うんですよ。違う、同じ東京でも全然違うんじゃないですかね。
違いそう。
東の人も西行ったら違うって感じ。
僕は地元だと金沢出てもあんまり出た感じしないというか、自分と地元をこう距離を取れた気がしないんですけど。
金沢に住んでたもんね。
金沢に住んでたこともあったし、結構距離あるんですけど本当は。
40キロぐらいある。
東京だと密度がすごいから、東行くだけでもう今までの自分と少し距離を取れるのかもしれないなとはお話聞いてて思いましたね。
そうですね。そんなもんかな。
30:04
でも東京ネイティブって言うけど、なんか自分の中ではあんまり、東京ネイティブとして出てますけど、
なんていうのかな、そこまで自分の感覚がすごい東京的とか都会的って感覚が全然ないんですよ、僕は。
それは多分大きく影響してるのは、親が地方出身で、母親は群馬で父親が長崎で、2人とも大学で東京出てきて社内結婚したみたいな感じなんで。
なんかその親たちが東京にすごい詳しいかっていうとそういうわけでもないし、東京の遊び方知ってるかっていうと、
それこそ父親はビール会社だったから、夜の遊び方とかは多分知ってると思うけど、そもそもちっちゃい頃全然家にいなかったからあんまり関係ないんですけど、やつは。
今日は会ってもらいましたけど。
だけど、そういう意味で言うと、なんだろうな。
自分の子供とかは、親子とか見てると、本当この人たち東京ネイティブだなって思うけど、自分はなんかそういう感じになりきれないところがある。
それは周りの友達とか見ててもそうですね。この辺の地元の友達とか見てても、やっぱり昔から住んでる人とはちょっと違うっていうか、まだちっちゃい時から言うけど、よそ者感があるとか。
例えば、世界一番のことをやっちゃばってみんな言うんですけど、僕結構大人になるまでやっちゃばって言い方、なじみがなかったんですよね。
で、地元の友達がぽろっとそういうことを話の中でしてるのを聞いて、あ、あそこやっちゃばって言うんだなみたいな。
ちょっとスラングっぽくてかっこいいなとか思って聞いてたりしたんですけど、だから多分何かそこにはあるんだろうなっていうふうに思ってて。
でも、おいっことかめっことかは東京で生まれた自分らが育っててるからなんとなく東京ネイティブ、この人たちは東京ネイティブっぽいなっていうふうに感覚的には思いますけどね。
あんまり別にだからなんだってことでもないんですけど。
確かに。
第二世代ですもんね。
そうですね。でも本当は、それで言うとおいっことかめっことか見てると、外出たほうがいいなみたいなことはちょっと思っちゃう。外出たほうがいいだろうなっていうふうに。
ここだけが日本じゃないのみたいな。
そうそう。っていうのは思いましたかね。自分もここに住む前は、大人になってからは杉並の方にいたんで、やっぱりそれはそれで違うところにできてるなっていう、それぐらいの距離でもと思いましたけどね。
33:01
いやー確かに何だろう。ちょっと東京ネイティブを収集していかなければいけないなと。
そういう番組になってる。いろんな東京ネイティブを。
森田さんのようにこう、東京ネイティブをちょっと捕まえてきて、あなたの地元を案内しなさいという企画を。
でも二人の地元とかもね、見てみたいですけどね。
本当ですか。
全然紹介しますよ。不利安神社とか。
本当に。本当に島みたいな感じですね。田んぼの中の島みたいな感じかも。僕らの地元からと。
なんかそうですね、二人の話はやっぱり子供時代の話があるじゃないですか。小学校時代の話が。あれがすごい自分は好き。
っていうかいきなり飛ぶじゃないですか。そもそも設定がごっこ遊びとか、うばだった頃。
ゆうくんがうばだった頃。
あの辺が好きなんですけど、なんかああいう話から急に時間軸の中を自由に行ったり来たりしてる感じがあって、急に今の話になって。
あるいは昔の話になったりして、時にはみなさんの悩みの話とか水上さんの悩みの話とかもちょっとあったりしたけど。
なんかそうですね、あそこに急に戻れる。子供時代の話に急に戻れるっていうのがすごいめちゃくちゃおもろいなっていうふうに思ってて。
で、土地も変わるわけですよね。その話になったら。東京で話してるんだけど、それが突然地元の話になってっていうんで。
時間も、その場所も、結構自由に行き来する感じがあって、それがすごい聞いてて、なんか重層的な、めちゃくちゃ重層的な番組だなっていうふうに思って聞いてますけどね。
いや、本当にそうだと思いますよね。
そうですね。
あとだから、向き合い方とかも、お互いで向き合ってるんですけど、過去の話をしてる時は2人で地元を割と俯瞰して見てるというか、結構冷静に、あの時はああだったよねみたいな感じで見てて。
なんかそういうのも面白いなって思って見てるんで、そうですね。
地元の話を聞いてるなっていうところもありつつ、今の話もあるから、すごい東京ネイティブ好きっていう、そろそろ東京ネイティブ好きがっていう話になったんですけど、すいません。
ありがとうございます。
36:01
どこで、この俺の、そろそろ東京ネイティブ愛を語ればいいのか、ちょっと。
振らずに話していただいて。
いやいやいや、ちょっとあんまり、そんなに繋がり良くなかったけど、でもそういうふうに思って聞いてますね。
確かにね、そういうので言うと、森戸さんも清人さんとの話が時々出てきますよね。
そうなんですよ。
高校の時。
そうなんですよ、とか、一緒に住んでる時の話もそうだし、大学の時代遊んでた話とかもそうだし、あれが意外と似てるなっていうふうに思って、僕は思いながら聞いてますけどね。
それがやっぱ小学校まで遡れるっていうのが、すごいなこの人たちっていうふうに思って、そうですね。
そこにはやっぱりね、人類学の視点とか、あと神社的視点とかが入ってくるから。
そうですね。
いやー、なんか桃山清人さん聞いてて面白いなと思うの、その昔の話がポンとこう、今の話題の中であの時のエピソードみたいなのが出てくるのがすごく面白いなと思ってたので、あ、そっか、そういう言葉の仕方あるんだなと思って今。
でも、確かに昔の思い出とか、昔のあの状況みたいなのを、僕と優君が今までの、これまでの経験を経てもう一回解釈するというか。
そうですよね。
っていうのも結構やってる気はしますね。
そうですね、そういうことやってると。
今、指摘されて初めて自覚しましたけど。
なんか、やっぱ観察の視点みたいなのが二人ともあるから、そういうことなんだろうなっていうふうには思ってますけどね。
その二人の関係性が心地いいとか、それはもちろん大前提としてあるんですけど、なんかそれだけを聞いてる番組でもないなっていうふうに思って聞いてますね。
そうですね、同じものを見て、でも違う視点を持っているから、違う語り口になるから。
そうですね。
そういう意味では確かにおっしゃってるのは重層的に聞こえるんだろうなって今思いました。
そうですね、あの好きな色の話ってあったじゃないですか。
はい。
あの回で。
何話しましたっけ。
僕も最初何話してるんだろうって思ったんですよ。
みなさんが話し出した時に、その好きな色っていうのは。
まずその視点がすごい面白かったんですけど、いろいろで良くないみたいな、なんだろうな、どういう話だったんだっけな。
ちょっとあれですけど、思い込みの話みたいな話になっていって、そこからジェンダーの話になっていって。
そこからすごくて、黒じゃないランドセルの話になったりする。
水上さんの。
青いランドセルね。
そう、深い青い。
その深い青色っていうのが、実は最初に水上さんが何気なく何色好きって言われて、深い青色みたいなふうに言ってて。
39:06
そことちょっとリンクしてたりして、それもすごい面白いなっていうふうに思ったんですけど。
なんだろうな、そこの飛び方とかが、すごいそこでランドセルの話引っ張ってきちゃうんだっていうのが、ちょっと鳥肌立ちましたね、あれは本当に。
そういう意味、そういうなんか行き来、自由に行き来できるのが、すごいおさるなちみならではだから、そういう面白さですね。
それは圧倒的だと僕は思ってるんですけど。
なるほど。
具体的なエピソードで教えてもらうと、確かにあれめっちゃ飛ぶよね、時間が。
確かに。
なんか内容的には、僕が昔黄色が好きとか言ってたんだけど、あるとき青とかが好きじゃなきゃいけないような感じが。
特にランドセルは黒が当たり前で、転校してて僕がいた小学校は小さかったんで、最初の1,2年生がいた頃のは。
黒と赤しかない世界に、転校した小学校3年のときに声かけてきた優君のセルが青色で、衝撃を受けたみたいな話をどんどんしてたような気がしますね。
確かにそれは同じものを見てきた経験が長いから、そのリファレンスが共有されていて、行ったり来たりできるんだなっていうのは思いますね。
やっぱりその中で二人で話してても、優君があのランドセルを選んだ経緯とかは僕も知らないかったりもするから。
言わないよね。
おばあちゃんが、おばあさまが。
なんでも買ってくれる。
僕はその優君側の経緯を経て、そのランドセルに驚きを持ったっていうのが共有できるのは結構、最初そういうのは僕らにとって大事な瞬間な気がする話してて。
そんな風に思ってたんだと。
なるほど。
面白いですね。
一方でだから幼馴染にしかできない番組なんだけど、幼馴染っていうことに騙されないぞっていうふうにも思ってる。
幼馴染という、この二人だからなんだよなみたいなのはすごい思ってて、ただの幼馴染がやったってしょうがなくて、こんなずっと聞いていられなくて。
ずっと地元の話題されても。
やっぱりその今の視点っていうのが、やっぱりお二人とも独特だから。
水谷さんが、ミラさんのこういう考え方みたいなのを知らせるための番組だみたいなことをおっしゃってたじゃないですか、前に。
42:00
それにもちょっと騙されないぞっていうふうに思ってる。
そうそう。
良かった。
なんかね、それ聞いた時にふーんって思ったんですよ。
ミラさんの視点はめちゃくちゃ面白いし最高だけど、その時に騙されないぞって思った。
騙されないぞ。
前ね、別の方、むろこしさんから言ってたよね。
ミラさんがいろいろと言ってるんだけど、みなさんが意地悪言うように誘導している水谷さんがもっと悪いっていう。
悪くていいって。
そういうの言われるんだよな、いつもむろこしさんに。
そうっすよね。
野ラジオもね、大学時代の話に戻ったりするじゃないですか、先生の話とか、あの瞬間とか。
確かに。
最高って思いますもんね。
そうね、箱崎の話。
そう、そう、急に。
当時、なんかその時のこう、萌山翔二のみなさんもそうですけど、なんか昔の話でほらあれあったじゃんってなんだっけそれって、
画伝が行った時のあーみたいな瞬間って、野ラジオのお二人もそうですし、聞いてて楽しいなって思いますよね。
不思議だよね、あんな話聞いててなんで楽しいなって思うけど。
そうなんですよね。
結構わかんないやつもあるじゃないですか。
そうなんですよね。でも楽しいんですよ。
ですよね。
なんだろうな、確かに。
コミュニティ?
そうだな。
人類学で言うとなんかコミュニタスとか言うんですけど、祝祭制みたいなこと言って、なんかだからそこで多分あーってなってるのは、結構なんて言うんだろうな、そこでその人たちの記憶とか、
あの、なんだでしょうね、絆みたいなものが、なんかぐっとたぶん立ち上がってくる瞬間だと思うんですね。
だからお祭りと近いんですけど。
なるほど。
お祭りの分析でよくそのコミュニタスって使われるんだけど、
あの、そうだそれをもしかしたら目撃している気がしているのかもしれない。
なんかお祭りでなんかみんながわーって盛り上がって、あの、火の周り踊ってるみたいな感じ?
なるほど。
を聞いてるってことなのかな。
なんか多くの民族学かなんかその大学の時に聞いた気がする、そういうの。
あの、お祭りってのは過去のその英雄というか、我々のクランというかこの我々の、
氏族。
記憶の再現みたいので、それをもう一度再現して、こう、なんていうか、共有して、こう、なんだかこう、一体となるというか、
そうね、もう一回目撃してるみたいな感じなのかな。
それを分けていただいてるような感じがするかもしれない。
分からないですね。
だからさっきあのね、さらっと森田さんがだから、川を渡るとお祭りが違うっていう話をしてたりとか、神社が違うみたいな話してましたけど、
45:09
なんかやっぱりなんかその、イベントというと平坦すぎますけど、
何かそこで集まって何かを共有したという経験が、しかもそれが毎年あって、
毎年あるとやっぱり何かしら違う側面でそこに触れ続けるから、
その周りの人たちは、例えば遠くでお祭り林が聞こえるみたいなレベルでも触れ合っていて、
それが集合的な記憶になっている。
で、そこでなんか私たちってここまでだよねみたいなのを、
あの、ある種のさっき森田さんが言ってた言葉使えば教会になってるわけですよね。
だからなんかそれを、教会っていうのは、道路とか川とか線路とか物理的にも引けるんだけど、
そういう記憶をどこまで持っているのかとか、
あの、どのようにその記憶を記憶しているのかっていうのが、
同じであるっていうのが結構重要なんだなって思いましたね。
なんかおにぎり屋さんでね、あの話あったじゃないですか、
再開発したマンションって何年前だっけみたいな話を森田さんが聞いていて、
あれ何年前だよみたいな。
元区議会議員なんで、あの人。
話に帰ってきて、で、あ、そうだよねみたいな感じになるときも、
あれもやっぱりその同じように記憶がたぶんされていて、
それをなんか再起的に確認してるんですけど、
そう、ああいう瞬間がたぶんいっぱいあって、
コミュニティというか、
なんていうんだろうな、つながりみたいなものがやっぱり醸成されるんですね、きっと。
確かに。家族とかもそうかもしれない。
家族で集まったときに、あのときのあのエピソードみたいな、
確認し合うみたいなことをやってる気がする。
それがちゃんとできているとコミュニティとして成り立つのかなとか。
そうか。
今日もお母さんと昔のお話聞かせていただいたりとかして。
お隣に住んでいらっしゃった方の話とかね。
そうですね。
染物屋さんの娘さん、それこそ今雑談近くのタワーマンがあったところに、
染物のそういうお店をやってたんですけど、その大河で染物とかをやってたみたいなことを、
そうですね、そいつたちが隣にいたんですけど、ずっと。そういう話ですよね。
あのエピソードは、さっきのコミュニティというか、東京のローカルの話というところでもすごく、
最後にミシンの引き取り手が見つかったみたいなとか、ちょっと僕もあの瞬間泣きそうだなって思うぐらいすごいいい話だなと思ったんですけど、
48:04
それと同時に、家族の歴史みたいなのを確認するというか、あそこの場でもう一回思い返すみたいなのがすごく重要なんだなっていうのを今聞いてて思いましたね。
だからそういう、森田さんみたいにあの頃はああだったよねって年長の人に問いかけたりとか、
する人が全くいない家族って、コミュニティとしてもう機能してない家族って結構いるんじゃないかなって。
過去の親の行動とか、逆に子供の行動とか、共有、再度確認する。
昔のことを覚えてるだろうけど、言葉でちゃんと確認するみたいなことをずっとしてないと、ただ家族というだけでは維持されないのかなって。
結構知り合いの家族だともう、ちょっとそういう気がある人いるなって思うんですよね。
あんまり昔の話しないってことですか。
そう、しないとか。
だからもう親のことには関心を触れないというか、親が今まで何してきたか本当に何も知らない人とかってたまにいると、
そういう機能不全を起こすコミュニティでもしかしたらそういう確認が足りてないというか、失われた結果なのかなとか。
そういう意味では、森田さんのご家族すごい素敵だなって思いましたね、さっき。
でも二人が来てくれたから、あの話が、隣に住んでた方は昭和の本当に最初の生まれて、もう亡くなったんですけど、
染物屋の娘さんだったんですけど、染物屋さんはもう畳んで、その方は洋裁をやっていて、
洋裁の先生で、あと自分も家で、うちの隣の部屋で洋裁を教えたり、仕立てたりみたいなことをしてたんですけど、
その時に使ってたミシンが、その方が亡くなって、整理とかも全部母親がしたんですけど、
そのミシンを、それこそすごい古いミシンを、僕の知り合いの知り合いみたいな文化服装学院の若い子が欲しいっていうふうに言ってくれて、
それを引き取りに来てくれたんですよね、その子たちが。で、あとその古い着でとか、なんかファスナーとかそういうものも、布とかもすっごいたくさんあったから、それも一緒にいた男の子が、その文化の子が持ってってくれて、
それを引き取りに来てくれて、我々を見送ってる時に、母親が、これで全部、自分の役割っていうか、整理みたいなことも含めて、その方が亡くなった後、
これでやっと終わったなって、見ながらちょっと泣いてたみたいな話してたじゃないですか、うちの母親が。
その話でも泣いてたってのを知らなくて、そのミシンを譲り渡したっていうことが、彼女の中でそんなに大きいことだったんだっていうふうに、あの時初めて聞いたんですよ、本当に。
51:08
今日初めて。 今日初めて聞いた。 ちょっと出来事は知ってたけどっていう。で、出来事はもちろん、その時もう本当に大変だったから、物がすごかったんですよ。
やっぱり戦時中を過ごした人だからなのかもわかんないですけど、捨てられないんですよね、物を。
で、そういうものすごいたくさんの、例えば洋裁のハサミが10本ぐらい出てきたりとか、そういうのを一個一個いろんな人に譲り渡したりしていって、最後残ったのがそのミシン、古いミシンで。
で、もちろんその引き取り手を自分が探して連れてきたんですけど、その譲り渡したっていうことはもちろんその場にも自分はいたんですけど、そういう視点で上から、マッションの上から自分たちが車で運び出していくのを見てたんだっていうのは、今日初めて知った。
見守ってて。
見守ってて、そんなにちょっと泣いてたんだとか、その時にとか。いやでもすごくそれは物語としてもちょっと綺麗は綺麗なんですよね、そういう洋裁のずっとやってた方のミシンを文化のそういう文化服装学院のそういう今やってる子が譲り受けるっていうそのストーリーだけも綺麗だからよくわかるんですけど、でもね、そういう気持ちでいたんだって。
で、2人が来てくれて、なんかその話がポンって飛び出たのが良かったですね、今日はすごく。なんとなくちょっと合わせたいなというふうに思ったんで。
良かったです。
でもなんかまた来いってすごい言われた。
いや、ぜひ。
すごく言ってましたよね。
来てほしそうだった。
そうそうだからぜひまた。
行きたいです。
なんかそのお話聞いて、森田さんのお家の隣に住んでたその洋裁の姉妹の方もそうだし、森田さんのお母さんみたいになりたいなって思いましたね、なんというか。
なるほど。
だから隣のマンション、マンションの隣の子供たちを預かってあげるとか、もしくはそのお子さんがいることっていうことに協力してあげるということと、あとそれと同時に置いた時、お世話になった人の遺品、最後遺品を整理してあげるっていうか、
そういう関係性というか、どっちの立場にも自分の人生これから慣れるようにしていきたいなみたいな。
僕は子供は持たないと思うんですけど、だとしたら家で預かるとかなかなか難しいかもしれないですけど、お子さんが他の人とのつながりみたいなのをもう少し養っていきたいし、
54:01
その時に森田さんのお母さんとか、お隣に住んでた姉妹の方みたいな、ありがたいな態度でいたいなって思いましたね、お話聞いてて。
3人ともずっと独身で、もう3人とも亡くなっちゃったんですけど。
で、そこにうちの妹、家族が住んでるっていうその部屋にって感じですね。
NHKの夜ドラとかに。
夜なんだ。
最近平休みっていう阿佐ヶ谷舞台にやってたかも、ちょっと今度東中野で。
中央線でやるんだ、ずっと。
中央線でちょっとやってもらいたいな、本当にいい話だったから。
でもそれが子供の時にそういう経験をした森田さんは、どういうふうに記憶してるんですか、そのおばあちゃんたちのことを。
親戚みたいな感覚ですけどね、ずっと遊んでもらってた。
その幼稚園とか小学校の時も、自分の家ぐらいで持ってた。
で行って、そうですね。
だから、自分の中ではおばあちゃんとかおばさんとか、そういう親戚みたいな感覚で付き合ってたっていう。
ずっと優しくしてもらった記憶しかないですね。
毎日行ってたんで。
何してたんですか。
テレビ見たり、なんか遊んでもらったりとかしてましたね、ずっと。
可愛かったと思いましたね、本当に。
夕飯ぐらいの時間になると。
そうですね、帰って。
そういう感じでしたね。不思議な関係性ですよね。
ただの隣の人なんで。
森田さんもさっき、ご実家の後にあそこで5人で住んでたんだな、みたいなふうにおっしゃってましたけど、
そういう他の隣の別のスペースみたいのがあったのが良かったとかあるんですかね。
どうなんですかね、ちょっとわからないな。
でもマンション中、何部屋かそういう知り合いの家とかがあって、そこに行ったりをしてたんで、
結構、なんだろうな、濃いっていうか、距離の近いマンションだなっていうふうにはずっと思ってますけどね。
確かに。
だから近所付き合いがないみたいなのはそんなことないよっていうふうに、あるとこにあるよっていうふうにずっと思ってるんですけど。
一方で、自分がすごい実家出た後に近所付き合いとかしてるかっていうとそんなこともないから、それはそうだなとも思うんですけど。
今住んでるところではそういうあんまりないですか。
そうですね。やっぱ子供ができてから多少、保育園とか、あと子育て広場とかに育休取ってる時とか流行ってたんで、
57:02
そこでつながりみたいなのがやっぱりできましたけどね。
僕も近所付き合い、犬関係しかないかもしれない。
でも犬も一つですよね。犬コミュニティってすごく強いですよね。近くにドックランがある公園があって、
そこにも自分が育休取ってる時朝とかよく通ってたんですけど、すごい独特の、ドライはドライなんだけど関係性が。
そうですね。
だけどその瞬間はすごいほっこりした仲のいいコミュニティができてて。
ちょっとこう、お互い、久しぶりだねみたいなこともありますし、今まで散歩でよく会ってたおばあちゃん2人がそれぞれの犬に散歩させてるとかあるんですけど、
最近あの人見てないねみたいな話とかにもなったりするんですよね。
だから、そうね、やっぱなんかコミュニティと繋がってたいなって思いますけど。
水上さんはそういう感覚あるんですか?
私だからなんかそういうのはあんまり犬もいないし子どももいないから難しいなって思っていて、
だからそうするとやっぱ常連の店みたいになってきますよね。そういうのがちょいちょい。
それはそれでそうですよね。
て感じかな。そうですね、そういうのとかですかね。
確かにあの人最近見てないねみたいな感じになるよね。
ぐらいよく行くところがあるとそうなるのかな。
あんまりないから、私もなんかそういうの作りたいなっていう感覚はありますね。
作るきっかけの分岐点みたいなのを見逃さないようにしたいなとも思いますね。
それはすごい大事だと思う。
今なんか犬飼い誘われてるんで、勇気を出していこうかなと。
ご近所の犬集まりが。
そうなんかね、おじさんなんですけど、もう多分天然対処されてる方で、
ちょっと保護犬みたいなのを連れてる人なんですけど、これまで何度も犬飼ってらっしゃるみたいなんですけど、
犬飼いとかしませんかって言って、この間LINE交換したの。
犬飼いって何するんですか。
わかんないんですよ。犬飼い行ったことないんで。
でも遊ばせるってことかな、犬たちを。
かな、たぶん休日にこうたぶん、その散歩じゃなくてどっかちゃんと公園とかで集まって、
犬入れるご飯屋さんでも行って。
なるほど。
とかなるのかなと想像してるんですけど、そういう分岐を見逃さないようにしたいなって。
今日のいろんな出会いで思いましたね。
ちょっと伊勢丹ばっか言ってる場合じゃねえなって。
1:00:01
伊勢丹もすごかったですけどね、本当に。
顔なじみとか。
ポッドキャストコミュニティーっていうのもね、ありますので。
確かに。
そうですね、今年新しく出会った人みんなポッドキャスト繋がりだわ、僕。
あ、そうなんだ。
仕事でも全然人変わりばえしないし。
でもそういえば、あ、そうだ。