思いますね。
いや、そう思います。僕もそう思います。僕は江東区のワンルームで一人暮らししてたときに、初めて一人暮らししたんですよ、そのとき。
20歳だったかな、20か21のときにですね、初めて一人暮らしして、吉田東京行くぜって東京で、埼玉から東京なんですぐなんですけど。
それ初めてこう過ごし始めて、いろいろ分かんないことあるじゃないですか。
初めてシンクって言うんですか、台所の流しのシンク、あそこ詰まったんですよ。
詰まって、料理した水みたいなものが溜まっていくじゃないですか。
触っていく。
それが嫌すぎて触れなくなっちゃって。
ねえ、慣れてない人でああいうのが嫌いな人。
初めて見たんで、シンクって詰まるんだっていうのもあるし、料理の水とはいえ、残骸とかが詰まっていくとうわーってなって、触れないわこれみたいになって。
なかなか潔癖なところがあるな。
そうなんです、当時はね。
1週間とか結構放置してて。
そしたら共同創業者っていうんですかね、今のうちのJマサイ株式会社の管理っていうやつがね、昔から友達なんですけど。
遊びに来て、なんでこんな汚いのみたいになって。
いやいや触れないんだよ俺みたいになって、マジでじゃあ掃除するわつって、一瞬で掃除してくれたんですよ。
彼生活力あるんだね。
それを見て、こいつはぜひ一緒にこいつと会社やろうと思ったんですけど、それを見て、人によってこんなにも違うんだったぞ、タスクがね。
そうなんですよ。今のはとてもいい話だったと思いますね。
そうなんですよ。
そういうのって本当に見えるものが全然違うんじゃないかぐらいに、見えるものが違うはずないんですけど、かぶせてるイメージの差はすごい極端なんですよね。
重たいタスクをどうにか前に進めましょうと。
これね、重たいタスクって言う人もいるし、重たいタスクと言わずにですね、研究じゃないけど重要なことって言ったりとか。
こういうものを前に進めましょうってやっぱり時間かいタスク管理の中ではよくある話なんですよね。
多分一番よくあるテーマの一つなんですよ。
大抵のメソッドはですね、それを前に進めるためにどうやって進めていきましょうっていうと、多分9割以上はですよ、僕の体感ですけど。
9割以上はその重たいタスクっていうものを進めて終わらせた後のあるべき姿を思い浮かべてくださいと。
理想の姿、ゴールを思い浮かべてくださいと。
ハッピーですよねと。
だからそれに向けてまずは頑張ろうっていうモチベーションを高めましょうね。
これまず最初のファーストステップ。
で、次にそれを思い浮かべただけだったらですね、夢のままで終わっちゃうんで。
それに計画を立てましょう、現実的なと。
期限を設けましょうと。期限設けて、それにその日までに達成できるようにですね、日々やることっていうのを計画作ってください。
それステップ2ですよ。
ステップ3は、じゃあそれを実際に手をつけられるようにするために、細分化してくださいっていうわけですよ。
だから靴を履いてとかね、分かんないですけど。
とにかく誰でもできるレベルまで細かくね、細分化してくださいって言われるわけですね。
そうすると今次にやることっていうのはもう誰でもできることなんで。
重たいタスクでも手をつけられますよねと言われるんですけれども。
もうね、これねうまくいかないと思うんですよね、僕はね。
だってイメージが変わってないからね。
重たくしてるわけですよ、むしろ。
イメージでね。
嫌なことじゃなくなったかもしれないけど、依然としてこれは重要なことなんですと。
他の何よりも先にね、最優先して取り組むべきですっていうことをより強固にしちゃってるわけですよね。
ゴールを描いてとか、あるべき姿を描いてとかしちゃってるんで。
だからどんどんイメージが重たくなってるんですよ、その時点で。
これって先ほど言った重たいタスクかどうかっていうのは、イメージによるっていうね佐々木さんのお話っていうものを考えると、
どちらかというと僕は逆効果になることの方が多いと思うんですよね。
そうですね。
Jさんのさっきの例で考えるといいと思うんですけど、要はシンクの状態をですね、片付いたイメージを持とうと、
締め切りを設定しようと、つまりそういうことって僕が考えるようになったんですけど、
余計なことだろうと思うんですね。
まず細分化もそうですけど、細分化してみたところで手はつけられないと思うんですよ。
つけられないですよ。
例えば指筆をしてですね、それが重たいなって思ったとしてですね、
それに対してどういうアプローチを取るというイメージですか?
そう、さっきのシンクでいうとゴム手袋をはめるんですよ。
つまり一番どこが嫌かっていうのをとりあえず、それもイメージなんだけど所詮。
なるほど、手が汚れるのが嫌だよねみたいな。
一番その中で手が汚れるのが嫌ならね、手袋をはめてやるということにして、
イメージ自体を変えるために少し現実的に手を打ってみると。
これが絶対にいいとは思わないんだけど、
どうしようもない時はこういうことをやるというのも一つの考え方だなとは私は思います。
非常になんか実践的なアドバイスだなと思ったんですけど、
なんかじゃあ、指筆とかそういうのどうですか?資料作成。
結局ね、これらも全部同じで、何が一番嫌なのかっていうのを考えると、
その仕事にまつわらせているイメージってものは見えてくるんですよ、多くの場合。
指筆の場合一番嫌なのは、例えばですけれども、書いたものがバカにされるとかなんですよ。
これはね、本当にイメージそのものに向かっていったほうがいいと思うんですよね。
バカにされるか本当にとか、バカにされて困るかと考えるっていうのは、
だからいい手なんですよ。小分けにしてちょっとだけ書くとかよりは。
なぜならちょっと書いたって、ちょっとバカにされて、それはすごく嫌なことなんだから、
イメージを持ってる限りは小さくやるとかはあんまり関係ないことだと僕は思うんですよ。
まあそうですよね。
だからバカにされるのが本当にどうしても嫌ですと、
あんまりそこにこだわらないほうがいいんだけどバカにされるのが嫌ならば、
例えばそれについて知識が不足しすぎているからバカにされると思ってるならば、
もう少し理論武装を固めましょうっていうことが考えられますよね。
でもこれはさっきのシンクほど簡単じゃなくて、
そうやって理論武装を固めて知識を固めてインプットしようとするから、
さっきJさんがおっしゃったみたいにますます先に送ることになる。
つまりこのバカにされたくないっていう気持ちがやっぱり全ての現況にあって、
この問題はバカにされないように頑張るということを繰り返している限りは、
多分先送りが続くんですよね。
だから本気で考えたほうがいいんですよ。
バカにされると困るのかとか、そういうことについて本気で考えたほうが、
私はベターだと思いますね。
僕何年か前なんですけど、5年前かな?5,6年前?コロナ前くらいなんですけど、
僕結構曲を作るのが趣味でよくやってて、
その5,6年前くらいから数年間も一切曲を作らなかった。
作れなくなったっていう時期があったんですよ。
本当にいわゆる重たいタスクになってしまったっていうことですよね。
これは僕にとってはまさに一番バカにされるが、今思えばですよ。
当時はあんまり分かってないわけですよ。
なんとなく気が引けるくらいな感じなんですけど、
今振り返って考えるとやっぱり一番嫌なことの一つはバカにされるだったんかなって、
今話を聞いてます。
なるほどね。そうなんだ。
そうなんです。僕の中で結構重たいタスクになってしまって、
当時僕は人にバカにされない曲を作ろうとか別に当然思ってないわけですよ。
こんなことはね。
じゃあどういうふうに説明してたかっていうと、
すごいざっくり言いますけど、要するに単純にいい曲を作ろうってことなんですよね。
いい曲を作ろうと。できればね、当然好きなアーティストとか尊敬してるアーティストとかがいるわけなんで、
尊敬してるアーティストみたいなものを作ろうと思ってやってるわけですよ。
それをやっていくとですね、当然自分にとっては尊敬する人なんで、
ものすごくハードルも高いし結構難しいわけなんですよね。
それをこうやっていくときに、いやいやこんなんじゃダメなんじゃないかとかですね、
これ全然そういうアーティストたちとは比較できるレベルじゃないよと言われるのが多分怖いわけです。
同時に。
そこで人からバカにされるとかね、悪い評価をされるっていうのは怖いっていうのが同時に生まれてしまって、
重たいタスクになってしまったのかなというのは改めて思ったんですよね。
そういうときにやっぱりだからね、小分けにしてちょっとだけやるのか、
ネクストアクションをはっきりさせただけでは十分じゃないと思うんですよね。
十分じゃないです。それでうまくいってるんだったらもうね、簡単に解決してますよ。
そんなことも何年やってきたかっていうね。
でですね、それをどうやって乗り切ったかというかね、今は昨日も曲作ってたんですけど、
今はこう重たいタスクにはなってないわけですよ。そういうものづくりみたいなことはね。
じゃあなぜこれが重くならなくなったかっていうとですね、
そのとき僕はですね、バカにされたくない、悪い評価でね、ネガコメとかつけられたくないとかあったわけですよね。
誰に?って話なんですよ。
誰にバカにされたくないのかっていうね。
誰にその悪い口とか悪い評価されたくないのかっていうところがまずありますよね。
ここがね、ふわっとしたわけですよ。
これね、なぜふわっとしてるかっていうと、その理想とかゴールっていうのをね、
抽象的にね、よりこうね、未来を思い描いてしまうとね、こうなっちゃうんですよ。
何年後までにこういう曲を作る、何年後までにこういう偉大なアーティストを目指そうとかね、
思ったりすると、ものすごく話がデカい話になりますよね。
嫌なこともデカくなってくるんですよ。
悪口言われたくない、悪い評価されたくない。
誰に?って言うと社会になんですよ。
社会って何なん?っていうね。
もう曖昧もことしてるんですよね、そこがね。
当然社会って言われたら、日本社会、もっと言うと世界ってことだったら、
当然一人は絶対ね、悪く言うやつは絶対いるわけじゃないですか。
結局これ達成できなくなっちゃうわけですよね。
それを避けるって絶対できないことを避けようとしてしまっていると。
重たいタスクってなくなることがないわけですよね。
なのでですね、まず考えてほしいんですけど、
これ怖いなと、悪口言われたくない、悪いこと言われたくないな、
誰に?って考えてほしいんです。
誰に?が社会とか、なんとなく周りの人みたいな感じで、
曖昧なんだったら、まずそこにね、ちょっと切り込んでみるといい気するんですよね。
僕はね、その時に、そうか、いい曲を作ろうと。
社会的に素晴らしい曲を作ろうと。
これがね、僕はダメなんだなと思ったんですよ。
誰に作るかを明確にした方がいいんだろうなって僕は思ったわけですよ、その時に。
なるほど。
今ではですね、その一緒にね、やってる日本人のボーカリスト。
妻もね、歌う妻とかね。
この人の曲を作る、この人が歌いたい曲を作るみたいな。
こういう時じゃないと、もう僕は作んない。
決めてからですね、とても動きやすくなったし、
誰か曲を作るということは重たいということはなくなった。
この話はですね、とても僕は基本的に最後その話でまとめようと思ってたんだけど、
重たいとか先送りとかは全部僕はそのやり方だけで今は解決してますね。
ああ、そうなんですね。