こんにちは。にじシバラジオ第55回です。MCのともぞーです。
小倉です。
今回は、6月に行ったにじシバの振り返りということになりまして、6月1回の振り返りとなっております。
6月1回でどんなお話をしたのか、どんなおしゃべりをしたのかっていうことを、ちょっとリストにまとめていますので、読み上げますと、農協の話。
そうですね。米がない問題が、やはりみなさんの生活にも直結しておりますので、そして、七光米が出るっていうことで、ちょっと話題になってました。
そこからの流れなんだと思うんですが、小泉政権の頃のポピュリズムの話っていうのがちょっと話題になりました。
記憶がね、もうない人もいっぱいいると思うけど、私はあの時は怖かったよねって話を。どうでした?怖かった?
私はあの時は一番しゃべりづらかったし、みんなが諸手をあけて、やはり小泉政権賛成で、異論も許さない。
彼のやり方がちょうどそうだったわけだけど、これに異論を挟む人は、要は反対派は許さないっていう、そういう売り方だったからね。だから余計に誰としゃべっても、批判的なことは言えないような時代を、私はあの時に肌感覚で覚えておいて、痛いくらいに、
えー、それっておかしくない?っていうことは誰も言わなかったし、誰も言えなかったような覚えがあるんだけど、覚えてる?
ちょうどね、だから小泉政権の頃っていうのが、自分は大学院に入ったところなんですね、たぶんね。
で、やっぱりその就職氷河期世代としては、とにかく国の経済を立て直すことが中心、優先事項としてどんどん政策が進められていく中で、各種民営化というか、優先民営化を中心として、政府の支出削減がガシガシと進められていき、派遣法の改正というか、
竹中平蔵さんがね、首都の下で派遣法が改正、改悪されて、で、就職の間口が広がったと、派遣法が改正されたために、派遣社員として従事できる職種が増えました。
増えましたけども、その一方で正規雇用が減りました、ということになっていき、結局その派遣法の改正って何が問題だったかっていうと、
今言ったように、派遣社員の非正規雇用が増えたけど、正規雇用が逆に減ってしまったので、安定した雇用状況というか、安定した就労状況というのは、相対的に減っていったということですね。
それまではさ、たぶん今、皆さんは知ってるか知らないかだけど、それこそ永年雇用。もう一つの会社に入ったら、ずっとその会社で働いて、ちょっとずつ給料が上がって、まあ本当に60定年までずっと同じ会社で働き通すみたいな時代だったわけじゃないですか。
そして、それがまるっきり変わって、今その変わった結果の世界に行ったら、あの時の自分にこうなるよっていうのは、ほっそり教えてあげたいぐらいの感じなんだけど。
だからまあ、そこの煽りを食らった人たちっていうのは、かなり多かったんじゃないかなっていうのがありますね。
そうですね。そっからしたね、またね。
あと一つ話題になったのは、トランプ政権がですね、6月っていうのはプライド月間と言われまして、っていう話は前々もしたんですけど、
トランプ政権が6月を女性保護の月っていうふうに定義して、LGBTQ月間、プライド月間っていうのを否定しちゃったという、そういうのがありました。
大ニュースですからね、こちらの業界にしてみればね。
で、その中で、先週、先々週、先々週の53回で取り上げたときに、ノートの方に書いたんですけど、ニューヨークのプライドパレードで重力事件が起こったという事件があった。
あれは具体的にはどういうことだったの?
いや、まだね、ちょっと詳細は出てない。
まだ出てないんだ。
捜査中みたいです。
ニューヨーク市警は、ヘイトクライムが分かんないって言っていて。
あ、分かんないって言ってるんだ。
でもヘイトクライム以外に考えるつらい内容ですけど、なるべくそういう形にはしたくないってことですかね。
ただ、トランプ政権がプライド月間を否定する一方で、アメリカの各地では普通にプライドパレードが実施されて、トランスジェンダー問題との連帯を示したりっていうのが、そういう各地で見られたっていう話ですので、そうしたところでやっぱり希望が見えるかなというような気がしました。
っていうような話だったんですが、今日はその3つの中でポピュリズムの話をしていきたいなということです。
ポピュリズムの、だから小泉政権時代のポピュリズムと今のポピュリズムは姿がずいぶん変わったよねって話をしてましたけど、
さっきまとめて言ったように、小泉政権の時は、それこそ全ての人が大合唱しながら、抵抗勢力というのを炙り出し、その人たちを追い出していきましょう。政権の内部からも出していきましょうという。
70歳以上の人には自民党は公認をしません。さらに、自分たちのやっていることに反対する人たちは、もちろん公認しません。
というこの2つの柱で、当時、メディアからご近所の床屋政談に至るまで、圧倒的な支持で、たぶん小泉政権って回ってたよね。
郵政民営化っていうのは、もう20年以上前の話ですけども、それまで郵政省っていうのがあって、その郵政省が郵便事業を行って、郵便事業も郵帳事業も行っていたと。
ところが小泉淳一郎さんっていう人が、政治家がですね、郵政事業っていうのは民営化すべきだという持論を持っていて、その持論に基づいて選挙を行ったと。衆議院議員選挙だったかな?で良かったんですかね。
その時に郵政民営化に反対する人たちを抵抗勢力と呼んで、その郵政民営化に反対する人たちが出る選挙区に対して資格を送り込む。そこまでやったのね。
同じ自民党なんだけれども、小選挙区だから1名しか当選しない。その小選挙区1名のところで、抵抗勢力側の自民候補が出ている場合は。
公認したいから自民候補ではないんだけどね。
抵抗勢力側の候補が出ている場合に、そこに公認候補を送り込んで。
そういうことをやっていた。
それが劇場型の選挙と言われていて、小泉政権を批判するというか、総括するときのフレーズの一つとして劇場型政治という言葉と、あとはワンフレーズポリティクスという言葉があって。
例えば今言った抵抗勢力だったとか、郵政民営化とかというワンフレーズでイメージを決定づけるみたいな。そういうやり方を小泉一日郎政権というのがやっていたと。
それに驚わされた人たち、メディアというのがあって。
それが小泉政権時代のいわゆるポピュリズムのあり方というか、そうした部分があったのでポピュリズムというふうに言われていることが多いのかな。
だからその時と今はまたちょっとポピュリズムの選挙、ポピュリズム候補が今選挙とかでもよく言われるけれども、今はそんなふうにメディアがゼンドリして、特にあの人たちは抵抗勢力ですとかっていうラベルは張らないと。
まあメディアの失意も激しいから、メディアがそういうふうに言ったところでそうですかっていうふうにはならないかもしれないけど。
だからもう少しメディアは今さ、メディアも多分フジテレビの問題を挙げるまでもなく、抵抗勢力状態、当時の抵抗勢力状態にされてるから発言権がないし、発言威力がないよね。
そうですね、ポピュリズムっていうかその新聞報道、当時はやっぱ新聞の力もすごい強くて、今は新聞なんてもうなんか誰が読んでるんだろうみたいな感じになっちゃってますけど、
例えばその新宿駅の西口広場とかで街頭演説をやると、小泉寺院長の街頭演説するとすごい人が集まると。
人が集まったところを、例えば慶應百貨店の上の方から写真に撮って、こんなに人が西口広場を埋め尽くしてますみたいなものが、その政治家を支持する大衆の光景として昔はよく新聞に踊ってたな。
そうですね、バレますね。よく見ましたけど。
よく見ました。で、あとはそのなんか今でもやってますけどテレビの場合だとそういう街頭インタビューみたいな。
で、代表性があるのかないのかよくわかんない街頭インタビューをして、それによって街の声っていうのを代表させて、あたかもその街の人たちはその政治家を政策を支持しているかのように見せかけるっていう。
そうだね。
まあそうなんですけど。
今は逆にね、これは嘘だと。例えばこの人たちは役者なんであるとかって暴くことの方が盛り上がってるし。
盛り上がってるし。
あのメディアがそれこそマスコミと呼ばれ、とにかくこいつらはその悪の手先である的なノリで語られる。
そして真剣に彼らが報道するなら逆だっていう風に動く人たちが増えているっていうのが、まあ当時とは全然違うところですよね。
だから小泉政権の頃のポピュリズムっていうのは全国市とか全国議局っていうのがすごい影響力を持っていた時代で。
だからその全国的なポピュリズムというか、全国でのポピュリズムだったような感じがあるところが、今SNSが主体のポピュリズムになっている。
その場合にローカル化してポピュリズムがローカルなものになる。
そうですね、ローカルでありつつ小集団だなっていう風に思っていて。
だからなんていうかな、当時はもう全国レベルでこっちって言ったらこっちじゃないっていう風に言う人はほぼ発言権なかったけど、今は一億総ポピュリストみたいな状態じゃない。
そうですね。
だってAっていう論上に反対する人もすごいポピュリスティックな言い方で相手の発言を否定するってことを繰り返していて、それがどう強いかだしどこがインパクトがあるかみたいなポピュリスト競争みたいになってますよね。
川口市、原美市、戸田市あたりとかだと、やっぱりクルド人に関連する話題、トピックであったりとか、あるいは在留外国人に関するトピックであるとかっていうことが話題になりがちで、話題になってるからそこのローカルなトピックに乗っかる形でローカルなポピュリストが出てきて、
その市議会議員選挙に出て、何ていうか数千票で議員になっちゃうみたいな。
立憲県ってかあっちだったら2回、反2回で盛り上がるとか、多分なんかそういうことの奥の岸町、川口市と離婚とかさ、人なんかもすごい身近な印象批判、印象批評みたいなのをお互いしあうみたいな。
相互であれば、投票も県知事の問題だと。
斎藤知事ですかね。
だからすごいローカルなネタになりつつあり、逆に本当は血なまぶさい殺し合いになりそうよね。地元で考えたらさ、一番身近な人たちが自分と全く真逆の発言で目尻を吊り上げてっていう状態に突入。
目尻を上げる、なんていうのなんだっけ、忘れちゃった、言葉。とにかくその怒りをね、あらわにしながら発言するということを見ることになる。
そうですね。だから昔小泉政権の頃のポピュリズムとは違って、今のポピュリズムってポピュリズムと気づきにくい部分があるような気がする。
そうですね。
でも実際には外国人問題だったりとか、そういう献身の問題だったりとかっていうのは、限られたローカルな世間の中で繰り広げられているポピュリズムなんだけど、小泉政権のことをポピュリズムって呼んでいた経験があると、
自分たちが今立ち去っているそういうポピュリズムがポピュリズムと認知しづらい。
そうですね。だから否定するときもさ、本当にそれをあなたが言っていることはポピュリズムですって言っている人もポピュリズムみたいなことが大々にしてあります。
だからみんなこの言い方しか通じないでしょっていう感じの語り方をしちゃうんですね。
そうですね。しちゃいます。
それはでもね、じゃあどうするのって言われると、言葉がね。
だからポピュリズムっていうのの言葉の定義をやっぱりある程度ちゃんと認識した方がいいのかなと言って、自分を別に認識できているわけじゃないですけど、
大まかに言えば、大衆迎合的な、要するに大衆に受けることを言ったりとか、世間に受けることを言うことで、その審議に関わらず空気感で持って支持を伸ばすみたいな感じですよね。
だからそれこそ川口氏のそういうクルド人問題であったりとか、外国人。
みんな喋るもんね。みんな喋るんだけど。
みんな喋って、なんか怖いみたいなことを言って。
で、怖いっていうふうな人の思いに響くようなことを投げると。
そうそうそう。
そう、だから難しいよな。実際にね、なんか怖いって思ってる人たちの気持ちに寄り添うとそうなるわけじゃん。
そうなんですよね。
で、なんか怖いと思ってるのは真実じゃん。その人にとってはね。
なんか怖いって思ってる人に、いや本当は怖くないんだよとか、怖いって言ってるけど実際はこうなんだよっていうことを言っても、その人の怖いって思ってること自体は解消されないっていう話がある。
だったら今どこの政党の人でも、やっぱちょっとクルド人やばいですよねっていうふうに言うほうが、もう絶対勝てる道じゃない。
だからそれこそ与党やと問わずね、別にそういえば票が伸びる。この政党の人たちも、ちゃんとこういうことも考えてくれてるんだってなる。
で、実際にどの政党の支持者と関係なく、やっぱりなんとなく怖いよねっていうふうに、その日常の生活の中ではその人が何党の支持者か全然知らんけど、もうどこの政党の支持者であろうが、うっすら怖いっていう意識ってのは、
まああって、解消方法はいろいろあると思うけども、そんないろんな具体策を言うよりも、怖いですっていうふうに言ったほうが、響くっていう状況になってるってことですよね。
そうですね。で、その怖いっていうものがあって、そのじゃあ怖いと感じている原因はなんだろうみたいなことを言い始めて、それを原因を除去すれば怖さがなくなるんだみたいに、
まあ定義しているところから、まあ排斥みたいな話になっていく。
そうですね。でも本来はね、その怖いを少しでも解消しましょうっていうふうに言うことが、排斥になること自体はちょっと一足飛びすぎるけどね。
そうなんですよね。
でもなんかそのじっくりゆっくりやっていきましょうってことに対して、なんてかな、人は反応しなくなってる。
そう。結局その怖さを解消しようとして、例えばじゃあ地域でなんとなんかいろいろインクルーシブな政策やっていきましょうとか、そういう方法もあるんだけれども、
時間がかかることはやっぱりそう。
時間がかかるし、そうコストもかかるし、考えると結構めんどくさかったりするので、そういうめんどくささを担いたくない人も多いのであろう。
そうだね。
で、そうすると、もうとにかく排除しちゃったほうが。
出てくるところ早くない?みたいな話。
そうそうそう。そういう話になっちゃう。
それはトランス問題の時も全く同じことをやって、やっぱりいい感じで、トランプ政権でもしっかりだけど、そんな政治人女性なんてないですっていう話にしたほうが早い。
この早さがさ、で曖昧じゃなさが、やっぱ力なんだよね。
そうなんでしょうね。
もっといろいろあって、そんな簡単に言えるような話じゃないんですっていうふうに言うことを人は聞いてくれないっていうところが、たぶん今の時代の大変さだなって思うんだよね。
お米の話、七光米というか小泉米の話でも、実際米の価格っていうのはね、複雑な、いわゆる需要と供給だけじゃなくて、いろんな生産情勢だったりとか、流通の問題とかもあって、そういう要素も含んで決まっているから、
だから一概には、備蓄米出して、米の値段下がりました、OKじゃないんですよね。生産者のことも考えなきゃいけないですよ、みたいないろんな複雑な問題があるんだけど、やっぱりポピリストに言わせると、値段下がればいいだろうみたいな、安く米が買えればいいだろうみたいな。
そうですね。あるいは農協が全部いけないとか、あるいは例えば海外に米が流れてるんだっていう、ちょっと陰謀論っぽいことの人は流れるし、
でもさ、そういうふうに言ってる人たちのお家にさ、いつも以上に米があったりするわけじゃない。
そうですね。
米がさ、普段だったら、1袋しか買ってない人が不安から、本当に不安だからだけど、3袋ぐらい買ってたり、自分の親戚がなくなって困ったらかわいそうだからと思って、5袋、6袋と維持できない米を持ってたりするわけじゃない。
でも、それはもしかしたら個人個人がちょっとずつやらかしてることなのかもしれないけど、農協がひどいよねとか、政府がだめだよねとか、あるいは海外にとかって言ったほうが話が早いっていう状態になっちゃってる。
そういうことですね。
森氏もですね、この放送をやってる時は参議院議員選挙の選挙期間の真っ只中だということがありまして、
例えばLGBTQ関係で言えば、やっぱりSNSを通じて、そういうポピュリズム的なものっていうのが、ちょっとミクロなところでも割と出てくるのかなって思うところで、
何を言いたいかっていうと、すごいどうでもいいところに対してネクジラを立てる一方で、身内の問題からは目を逸らす。
目を逸らす、ほんとそれ。
そう、ほんとそれ。それはね、ほんとに全ての人がそういう傾向になっとるよっていうのがね、そう思いますよね。
今実際参議院選挙真っ只中というふうなことなんだけど、何言おうとしたか忘れちゃった。
僕が今言おうとしていた事例として、ここ最近プチ炎上していた案件があって、40までにしたい10のことっていう。
40までにしたい10のことっていう、たぶん40じゃなかったらしいのかな。
40かな、40。
40。
40だ。
40までにしたい10のことという漫画があって、それを漫画を元にしたドラマ、ドラマ化されたと。
それがテレビ東京系のシニアドラマとして放送されていて、風間承介さんが主演で、そのパートナーの役が松治光平さん。
光平さん、全然違いました。
がパートナーの役を務めているっていうBLドラマですね。
この2人の会見っていうのが、少し前にネット記事になって出たと。
そしたらそのネット記事がまるで結婚会見みたいだねみたいなふうに記事を書いたところ、プチ炎上してしまって。
LGBTQ関係の言論人からフルボットにされるみたいな。
叩くほどのこと?叩くほどのこと?
昔はそれこそ、BLと同性愛論みたいなのって散々同じと違うわみたいなことは散々やってきたけど、
こういうことを一応やってくれただけでも嬉しいとしようみたいなポーコンはちょっとあったじゃん。
ちょっとありましたね。
さすがに本数も増えて作品数も増えてきたから、そう単純な話ではなくてやっぱり作品費用にどんどんなっていくべきだと思うし、
それはそうなんだけど、でも叩くほどのこと?っていうのは、同性婚当時者たちはできもしないのにっていうさ、
そこでいきなり結婚会見みたいだったねっていう、ほのぼのしたっていうつもりでつけた話でしょ、要はね。
書いた人はその程度の話を、ご丁寧に炎上までさせなくてもよくねっていうところですよね。
その中でインタビューの中でね、これは男同士、男性同士の恋愛というよりかはそういうピュアな個人と個人の恋愛案だみたいなこと。
これは割とよくあるクリセというか、
そうですね、だからそこに反発くるとか、それこそさ、ディスクール研究とかでは、そこは細かくね、分析して批判していただいても結構なんだが、
いいじゃんよ、だってっていうね、ディスクール研究者ですかあなた、みたいな感じでね。
僕がやっぱり気になるのは、例えば東京プライドのステージとかで、著名LGBTQアライの人が、将来はLGBTQって言葉もなくなって、そういうカテゴリーの垣根はなくなった方がみんないいですよね、みたいなことを言うと、みんなわーって言うんですよ。
仲間うちならありかよ。
仲間うちではそうやって、僕はすごい違和感あるんです、そういう言葉は。
自民党が必ず同性婚問題とかの時に、必ずその答え方で何とか逃げようとしていたと。
それは確かにいいことかもしれないけど、その前提があるでしょうがよっていうツッコミをしたいところがいっぱいあった。
しかもその発言、その前提があるでしょうっていうことは、その時にも散々やってきて言ってきてるよね、この業界は。
なのに、それを仲間うちが言えばわーで、芸能のワン一周ぐらいだと、もうそれこそ炎上させてみようかって話になるのは。
なっちゃうのは、それはダブルスタンダードじゃないですかね。
かっちょ悪。
っていうのはすごい思うところで、悪影響度からしたらライブパレードの場でそういうことを言うほうが悪影響だと思っていて。
ある程度わかってる人たちがね、同性婚できないのよっていうふうに言って、もしかしたらその記者会見見て、すごい結婚会見みたいってことに思った記者と、
それを聞いた、あるいは見て、ほんと結婚会見みたいって思った人たちは、同性婚ってできないの?知らなかった。
かわいそうだよねーって、かわいそうって思われたわけじゃないけど、それはちょっと違和感あるねっていうふうな人たちかもしれないのに、そっちはね。
もうとっくにわかってる人たちが、それをご丁寧に、そうなった方がいいと思いませんかわーっていうのは、違和感だよね。
いや、ほんとそうなんですよ。
だからそこの、結局ピックアップ、自分の目についた著名人の発言、あるいはメディアの発言、それがたまたまタイムラインに流れてきたから、それを取り上げて、
あたかも世間一般で問題にされているかのように、その恣意的に取り上げて炎上させるっていうのは、それはそれでポピュリズムだとか思うので、気にならないと思っています。
それであたかもここに問題があるみたいなことを言われると、いやいやそんな大した話じゃなくて、ただのドラマだからっていうね。
でまあドラマで、実際ドラマ見て、いやこれやっぱり問題あったよねとかっていうふうに、誰かがじっくり書くならともかく、それでわーって何千件っていうのも、ちょっと薄気味悪いよね。
そうなんですよね。
ただのなんか、こいつは仲間じゃないラベルを貼ってる感じがして気持ちが悪いですね。
それこそさっきちょっと収録前にも喋ったけど、40までにっていうことが、ドラマの世界も20代の若いキラキラした子たちだけじゃなくて、
いい大人が、当然男性にも恋愛感情を持っている人もいるっていうことを、フラットにするっていう意味で、こういうふうに変わってきたんだっていう、その場その場で考えられるさ、
あー時代変わったんだねって思うことはいっぱいあって、なんかもう少しさ、そういうことがプラスに働くことの方に力点を置いたのかなって思いますよね。
しかも今の話題っていうのは、ドラマで描かれている表現の問題じゃないんですよ。
ドラマが放送前に行われたインタビューの話で、ドラマで差別表現があからさまにあるとかだったらそれは大問題だと思うんだけど、
ドラマ本編が始まる前のインタビューの話で、そんだけ炎上するって。
しかも必ずその記者会見のときに、自分は同性愛者じゃありませんが、みたいな、こういう人たちの気持ちは、みたいな、
エクスキューズなしには記者会見できなかったような時代と違って、聞く側も答えよう側も、もう少しその辺のちゃんと、
なんていうの、クオリティー上げて回答できるような時代になってきて、
これが本当だって、マイナスになるはずないのにって思いますよね。
だからね、ポピュリズムだっていうふうに、ちょっとポピュリズムの話に戻すと、
ポピュリズム批判をしているつもりがポピュリズムになってしまって、まあまああることで、
今みたいなそういうミクロポリティクス的な話なんだけども、そこでも容易にSNSの中だと、
そのミクロなポピュリズムの中にたまってしまって、いつの間にかポピュリズム、自分が主張しているのは、
実は単なるポピュリズムなんじゃないかっていうのは、容易にあり得るんじゃないか。
だから自分もすぐやらかすし、すぐまた逆におっとやっちまったいってことになるっていう、
なかなか切り替えがさ、他の人が見てるとしづらいのよね。
みんなが同意していいのを押すと、やっぱりあの時はそう思ったけど、
私ちょっとこれはやっぱりちょっと言い過ぎたわっていうふうに言ってるのを見たことないもんね。
なので今回の放送ではですね、伝えたいことは参議院議員選挙の投票日の何日か前の放送になるんで、
ぜひこれを聞いている方は今すぐSNSを手放して、冷静にいたしますよ。
本当にね、自分の心と対話してですね、政策とかもワンタイムポリティクスを超えて、
この人だったら信頼できそう、この人の言ったことにちょっとかけてみたいとか、
この人と一緒に作り上げられる社会をって思うようなことがあればいいなと思うけど、
そうじゃなくてもいいんだよ、次があるから。
なんかさ、今本当選挙とかで、例えばもう絶対負けそうとかってことはさ、
もう今回がもう本当に決定的なのとかって言うのよ。
実際歴史としてはさ、その1回の選挙が圧倒的に決定的なんだけど、なこともあるんだけど、
なんでそんなに追い詰まったような気持ちでさ、投票を促すの?って思いません?
そうですね。
なんかそれ言われるのもすごくムッとすんだよね。この選挙すっごい決定的な選挙だから、
もう本当にみんなここに入れてとかって言いにくい人って、実際にね、来てる人とかいるわけだけど、
いやいや、すいません、そのあなたのその必死さをこっちにね、テンションを上げて押し付けることで、
世の中こうギスギスしてません?って思いません?
そうですね。
大統領ですとかね、選挙カー、選挙ポスターとか目にする機会も多いとは思いますが、
そこに書かれている言葉を即列するのではなくて。
あ、そうそう。即列はダメだよ。
即列はダメなので、一旦自分の中に入れた上で、これってどういうことなのかなって一瞬、一旦考えますよと。
で、即列ではなく、それで選挙に臨みましょうということですね。
やっぱり急ぎすぎなんだよね。
そうですね。