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  2. vol.61 あきら後半人生の試み
vol.61 あきら後半人生の試み
2026-04-09 21:53

vol.61 あきら後半人生の試み

あきらさんの後半人生のテーマは聴くをビジネスに織り込むこと。傾聴をただのスキルではなく、当たり前のものにし、ビジネスの場の意思決定においても積極的に使っていきたい。でもそこに難しさも感じ、少し遠慮気味になっている自分に気付きました。もっと在り方として、傾聴×ビジネスを体現している存在になりたい。改めてそんな存在になると自分と約束したこと、何故そのテーマをやりたいのか、などについて話しています。

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サマリー

このエピソードでは、あきらさんが自身の後半人生のテーマとして「聴く」をビジネスに織り込むことについて語っています。傾聴を単なるスキルではなく、ビジネスにおける意思決定プロセスに積極的に取り入れたいと考えていますが、その過程で自身の遠慮や難しさに気づいたと述べています。あきらさんは、傾聴をビジネスの場にどう組み込むかという課題に対し、より「在り方」として体現する存在になりたいと決意を新たにしています。傾聴は、人間の命の可能性を広げるものであり、理屈では説明できない深い部分に触れる体験であると語ります。この「聴く」という行為が、時間の感覚にも影響を与え、人生の密度を高める可能性についても考察しています。また、他者の「火」に触れることで自身の内なる「火」が触発されるように、人との関わりの中で自己の「火」を自覚し、燃え上がらせることの重要性を強調しています。最終的に、あきらさんは、この「火」を自覚し、そのように生きていくことを宣言し、リスナーに自身の「火」を大切にすることを促しています。

「聴く」をビジネスに織り込む後半人生のテーマ
五感でつながる開運ラジオ 始まり始まり
このラジオは聞くだけで運が開けていく 今そこにあるものに気づいていく
人生の可能性を開くコミュニティ ビジョンクエスト主催のココノ
あきら そしてその仲間たちが気づきや学びをシェアするラジオです
はい ということで今日は
あきら会 あきらが話す
ココノ聞くと 会でですね
そう何を話そうかなぁと思ってたんですけど
VQでね、この話す聞くっていうのを大事にしてきていて
耳辺の聞くがあるから
表現できる 表現しながら自分に気づいていく
プロセスがあったり 聞いてる側も
聞きながら自分の中に 起きてくるものにも気づいていくみたいなね
そんなプロセスがあったり 聞くっていうことをとにかく大事にしてるんですけど
私サラリーマン活動
36年目
素晴らしい 長いよ
よくぞここまで
もうそろそろ定年を迎えようとするぐらいの
ぐらいですけども
なかなかでもその仕事ビジネスの世界で この耳辺の聞くっていうのが
最近こそね少し
そういう傾聴とかそういうことが大事だって言われてるけど
なんちゅうかスキルの一つみたいな位置づけ
あるんですけど
でもそのスキルという
次元じゃない
その
なんていうのかな
この命の可能性
命の働き 命の可能性を
こう広げていくみたいなですね
でもこうなってよかったとかこうだとかっていう そういう効能的なことでもないというか
それこそその
人間の小さい頭では意味づけできない何か
まあ
サムシンググレート的なね何か
まあ命
そのものの働きが
なんか現れる
実感するみたいなところが
あるなと思ってるんやけど
それを
仕事とかビジネスの中にどう織り込んでいくかなっていうのは
私の後半人生の
大事なテーマというか後半人生って言っても後半がこれからが本番だと思って
ますのでね私
ここからの大事なテーマなんだね
傾聴の奥深さとビジネスにおける葛藤
でなんやかんやその話すキックの場面を
会社の中でも実はじわじわ作ってるというか
そういう場を持ってきてるんですよね
この間か
まあでもなんかとはいえね
なんちゅうのかなどっかで
遠慮してる感じもやっぱりあって
遠慮し…あきらさんが?
そうそうそうそう
それ入れ込むのにね
気づいて
むすら気づいてたけど改めて
そう自覚したのがこの間あって
なんちゅうのかなとはいえやっぱり目の前の数字
売上を作ることが大事でとかね
目の前の物事を決めて進めるってことが大事だしとか
とはいえみたいなね
売上が利益がみたいなことも含め
そこを大事に
営業畑が長かったんでそういうのが体に染み付いて
それこそ体に染み付いてるんですけど
でもそれはそうなんだけど
この話す聞くの
時間場の中から
立ち上がってくる何かを
言葉とか理屈で説明しきれない部分があるんだけど
でもまさにそれこそが
それこそが
でも
やっぱり大事やと
やっぱり大事なんだね
だから中途半端に遠慮してる場合じゃねえぞ
それは数字をどうでもいいとかそういうことではなく
大事にしながらも同じぐらい
同じ…同じなのかな?
よりなんかもしれへんけど
はっきりと大事なものとして持つと
はっきりとね
うんはっきりと
それをねやっぱり改めて
改めてそこを体現している人でありたいと
存在でありたいと
いうのを
自分と約束したというか
なんかそんな感じがあるんですよ
自分と約束したんだ
もうなんかそんなことで遠慮してる場合じゃないし
そうなんか遠慮してるなっていうことにまず気づいたんだよね
その遠慮はなんかいるのかと
後半人生の大事なテーマで
後半人生って言ってももう60で
まあまあ時間チクタクしてるしね
まあそう
それはね残り時間みたいなところで言うとそうなんだけど
でもなんかねここから始まるって言った時に
多分その具体的な年数とかじゃない
多分
濃さというか密度になりそうな気もするんだよな
そこに立つことがね
物理的な時間って実際伸び縮みするからね
時間って
だから24時間みんな一緒ですよね限られた時間って
時計ではそうかもしれんけど
意外と伸び縮みするので
そうすると話す聞くとかそんな悠長なことやってる場合じゃないんですよ
みたいな話があるんだよねって思ってきたけど
あの悠長に見えるかもしれんけどこの
時間の伸び縮みにものすごく影響することだったりするので
そっか伸び縮みに影響するっていうか
そこを握ってるんだねきっとねその話す聞く
それこそそのこの今この瞬間にすべてが折りたたまれてる
わけですよ多分
今この瞬間の幅が
多分全然違うんやろうね
やっぱりその理屈で考えてる時って
この今この瞬間のこの今ここにある折りたたまれてる何かっていうのは
あんま触れてない
そうだね触れてないし
なんか何層にもなってるとしたら一番上ぐらいにしか触れてないみたいなね
だから
そう
何層にもなってるこの今
にある何かに
触れる
ことの大事さを
やっぱり
そうかこれは不協なんかな
不協で不協っていう感じになるよね
不協っぽいの
なんとなく
だって不協ってさ
こう
本当にこう
じわじわじわじわ
薄いものをこう重ねていくみたいな感じがするしさ
「今ここ」に触れる体験と他者との響き合い
その
時間もかかっていくようなね
感じがあるよね一時にバーッとみんなに浸透するみたいな感じじゃないよねなんか
それはそのね
一緒にその聞く聞いてもらう
話す聞くをしながら
その何かに触れようとしているその触れる体験を
一緒に味わいたいんやろうね結局自分が
教するで何かを伝えるというよりはというか結局自分がそれを味わいたい
しかも自分だけで味わえるもんでもないのでこのね
そうだね
話す聞くね聞いてくれる人がいて
話しながら聞きながら気づいていく
気づき続けるみたいな今ここで起こっていること
それは心地よいことも心地悪いこともひっくるめ
なんかその
前回のねオオロチャの話じゃないけどなんか触れてる何かに触れてる
それを
一緒に味わいたいんやね結局
そこにもう何か強い
思いがあるっていうか
そう
そうなんだ
だからやっぱり俺の中にもそうその触れ触れないように
してる人がいると
無性にこう腹立たしくなるみたいな
エネルギーが高くなるそれは
自分もそういう触れずにいてる自分もやっぱりあるっていうのを
気づいてるから
今ここにある何かに繋がりながらいる
っていう自分と
全然繋がってない自分
いて
まあなんやろね繋がってない自分がダメで繋がってる自分がいいっていうそういう
のもなんかちょっと出ちゃうような気もすんねんけど
でもなんか繋がっている時のその
なんていうのかな
震える
感じというかね
その
それを知っちゃってるから
それだけで生きていきたいってわけでもないんだけど
やっぱそれなしではいられないっていうのがすごい
しみじみ実感してるってことじゃないの
そう
ここにあんねん
あんのよねあんねんけど
リアルに実感できる時と実感できない時がね
あってね
でも実感
できる時を
もうちょっと増やしたいんだよね
そうだね
それはこうなんだろうね一人で
それこそねあの走る瞑想の話とかもしたけど
自分の中に起きていることとかこのね
自然の中でいるっていうことで
なんとなく満たされる感じをね味わう
今ここにあるものを自覚するみたいなことも一人でもあんねんけど
やっぱりでも人との関わりの中で
増幅する
ものの
このエネルギーの
インパクトはやっぱり
でかいね
でかいね
でかいねこれ
でかいね
それをやっぱり味わいたいんだよね
やっぱり人を
人だからこそ
応えてくれるっていうかこう
響き合うみたいなものがあって
それはやっぱりよっぽどでかいんだね
でかいよね
それがこう何やろうな
うまいこと物事が進んでます
いう時じゃなくて逆に
うまいこといけへんなみたいな
葛藤というかね
なんかそのもやもやの
しんどさの奥にこそ何か
こう扉があるというかね
うーん
そうね
強い何かがあるよね
やっぱりそういう時という方がね
内なる「火」の自覚と他者からの触発
そこ
おおそうね
何やろうねそれ
うーん
火じゃないかなでもやっぱり
火か
火だよ
うーん火な
一人一人の中にあるな
うーん
鬼滅の刃でも
なんだっけ
命を燃やせみたいなこと言ってたけどさ
うーんそうね
やっぱり燃えてる何か
っていうやっぱ表現がそういう風になっちゃうさ
そうね
自然となっちゃうそういうなんか熱い
もの
な感じがするよねなんかね
確かにね
あの古事記でね学んでるこの赤塚先生もおっしゃるけど
人っていうのはこの火が体にとどまってる止まってる
っていうことで人ってねおっしゃるけど
そう
火がそれぞれの中にあってやっぱりお互いの火がこう
影響し合うんだよね
もちろんね大きくなったり小さくなったりくすぶったり
上は
そうね
風も必要だしね
そうね空気ってのはねなんか
でもまたそれがね強すぎてもいろいろあるけどね
そうだね
うーん
でもでもなんかその人の火に触れるとやっぱりこっちのにあるものも
なんかこう
触発されたりとかさ
なんかいろいろだよねその自分の日に気がついて自分の日が燃え出すこともあるし
自分の日はなんかまだ全然全然ちょっとなんだか見えないからこそ
その人の日に巻き込まれているうちに何かがこう
見えてきたりとかもするいろんななんかいろんな方法っていうかいろんな
火の
起こし方っていうのはあると思うけど
そうね人の日を見るからこそ自分の日に気づくみたいなね
そうそう
自分の中に起こっていること
人との関わりで出てくるからね
うーん
ね刺激刺激剤だよねなんか人のねなんか
そうそれこそ量子力学でさ
観察するからそこに存在が確定するみたいに観察されてないと存在しないんだよね
自分の中にある日を観察するには
人に聞いてもらいながらあるいは人を聞きながら
自分の中にあるものを観察する
見ることができるわけでね
このやっぱり日を自覚するっていうことのやっぱり威力っていうのかな
可能性というのかね
うーん
やっぱりその日がさ一度出てくるとさそんな簡単に消えないから
その
そこがやっぱり結局
始まりになってくるし
そのなんかちょっと遠慮してた部分
なわけでしょ今まででもそうじゃないっていうさ
そうここにある日を自覚すればするほど
そうでしかないっていうかねだってそれ命のことやから言うたら
命を自覚しないままいるのと命を自覚しているのとはなんかやっぱりこう
地に足ついた感というか迫力がなんか違うんやろうね
なんかね
違うと思う
だからどんなことが現れるかわかんないけど
これはでも
気づいて
気づいて信じている人がそのように生きていくしかないよね
誰かにそうしてもらうことではないじゃない
うん
そう
そういうふうに
私はいますと
何を場を作りますっていうのはそうないけど場を
どんな場でもそういうふうにいますということを
宣言してこのラジオを閉めたと
そのように言いましょうと
そのように言いますよと
はい
「ただある」ことの受容とエピソードの締めくくり
ということで
宣言して終わりましたね
何の話かよくわからんなというふうに感じてる人も多いと思いますけど
そういうことで
火の観点から見たらもう燃えてるからいいんじゃないでしょうか
ただあるということです
ただそのようである
ということを残して
お開きとしたいと思います
はい
今日も聞いていただいてありがとうございました
ご静聴ありがとうございました
ご静聴ありがとうございます
それではそういうことで
それでは
みんなの日は元気かな
そんなかな
ということで
うん
じゃあまたね
はい
じゃあね
ブチ
21:53

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