こんにちは。創業期のスタートアップ投資に特化したベンチャーキャピタル、ANRIの代表、さまたANRIです。
この番組では、毎回様々な起業家精神を持った方をゲストの呼びし、その人を突き起こす熱について深く掘り下げ、熱くためになる話をお届けしています。
今回のゲストは、新興益連盟共同代表で、NPO法人クロスフィールズ代表の小沼大地さんにお越しいただきました。
本日は小沼さんがクロスフィールズ、そして新興益連盟の代表になられるまで、NPOってそもそも何なの?
スタートアップとどう違ってどんな役割を持っているの?みたいなことについてお話を伺えればと思います。
じゃあ、大地お願いします。
はい、よろしくお願いします。
何から聞いていこうかな。
ソーシャルセクターの人、うちのさんはエティックの人というか、もはやメーカーの人なので、NPOの人でも2人目かな。
なんだかんだスタートアップの人と、あとは非常に偏った番組なので、漫画家ガスに耐えてるっていう。
みんな起業家精神を持った人たちが出てくる。
そうそう、いろんな産業でちょっと普通じゃないなってことをやってる人。
ノットアホテルにいる林さんという、世界で一番星を取っている、この前また星3つ取ったんで、という特殊な人で、
特に僕が好きなのは、あんまりみんな出てこないタイプの変わった人、うちのさんとかも含めて。
にね、ほりはほり聞いてるってことで。
第一が僕的にすごく面白いなと思うのは、ソーシャルセクターのNPOの代表をやってるってことと、業界団体のリーダーをやってるってこと。
あとは、僕的には結構ビジネスセクターと共通プロトコルを持ってるタイプの第一世代なんじゃないかな、個人的には勝手に思っていて。
僕はほぼ同い年、同世代でやってるし。
ビジネスセクターにバキバキやっていたが、ソーシャルセクターもいて、両側と会話ができる、同友会かな?の会話とかも含めて、結構両側話せる人って意外とレア。
そうね、やっぱりソーシャルセクターはどうしても目の前の課題にとにかく向き合うという、これは素晴らしい特性でもあり、なんかもう癖みたいなところがあって。
ゆえに違う世界の人と話す暇がない。話す暇があったら目の前の課題をっていう、それが素晴らしいところでもあるんだけど。
ゆえに翻訳しないと価値が世の中に伝わっていかないっていう、そういうところがあるなって常に思いますね。
目の前のニーズにものすごい向き合える。
企業家も結構いろんなタイプがいて、そういうタイプの人もいるんだけど、どっちかというと対局を見に行くタイプの人もいるので、対局見に行くタイプの人は結構いろいろ話せる。
スタートアップ側だと多分ソーシャルセクターと比較的近しいのは、リブゼンスの共同創業者のカズラさんとかケンスとかが比較的ソーシャルセクターの中でも近い。
あとラクスルの共同創業者のトネカさんは今ソーシャルセクターにいるし、スピーの創業者の北田さんは今ソーシャルセクターもやられている。
結構クロスオーバーしている。リボリビングドアじゃないけど、行ったり来たりできる人たちがいて、僕的には自分の世代の行ったり来たりできる人たちが結構貴重だなと思っているので、行ったり来たりできることのきっかけとかを含めていろいろ聞ければなと思っております。
ってことで、児玉さん何者なんですか?
そうですね。たぶんこの番組聴いている方は全く知らないと思うので、ちゃんと自己紹介をさせていただくと、もともと大学はひとつ橋大学社会学部になるところを出て、ただもう大学時代はラクロスというスポーツをやっていたんですけど、ずっと体育会系でやっていて。
ラクロスガチ勢。
ガチ勢でやっていて。U21日本代表とかだったのよ。そのレベルまでやっていて。
かなりガチ。
そう、かなりガチでやっていて。そこから何を持ったか。青年海外協力隊でシリアに2年間行き、シリアの田舎の村で人口2000人ぐらいのところでアラビア語で生活をするっていうのをして、
今度また何を持ったか、今度は六本木のマッキンゼルという経営コンサルティング会社で働き3年間。
そしてある意味でいうと、さっきの話と重ねると、国際協力とかの世界でやっている人たちとビジネスセクターっていうところをつなぎたいっていうふうに2つのところに身を置いた自分だったらできるんじゃないかと思って立ち上げたと。
なので、クロスフィールズという団体名にも込めたんだけれども、いろんなフィールドをクロスするっていうのが必要なんだと思ってやったのよ。
初めてですか?
そういう感じ。
なるほどね。クロスフィールズっていう団体はまず何者なんですか?怪しいんですか?
怪しいですね。今のところあんまり炎上はしないですね。極めて精錬な団体としてやってるかなと思っているんですけど。
大企業の社員の方々をいろんな形でNPOだとかソーシャルセクターに触れてもらうきっかけを作ることをやっているという形かなと。
創業からずっとやってる取り組みでいうと留職っていうふうに名前つけてるんですけど、留学じゃなくて留職、留まって職務に当たってくるっていう形で。
例えばパナソニックのエンジニアの人を半年間インドのNGOに行ってもらって、そこでエンジニアの人がエンジニアの力を使って現地のNGOの製造プロセスを変えたりすると。
例えばこういう企業の人の専門知識を使って課題解決をするっていうのを日本企業にとってみれば人材育成だろうというふうに言い張って、人材育成のフィーを日本の人事部からガッとMBAよりもこっち行きなさいって言って取りながらそのお金を元に国際協力をしまくるっていうそういうモデルを作ったり。
これ結構長くやってる。
これもう15年ぐらいやってるので。
多分この5年ぐらいでプロボノとかのワードとかと若干クロスオーバーしてきたのかな?
そこだけじゃなく、例えばローンディールというところがレンタル移籍っていう形でスタートアップと大企業を繋いだりだとか、こういういわゆる越境的な学びっていうものの先駆け的な動きとして2011年から始めているという感じかな。
ある意味でちょっとした産業みたいな形になっていって思った感じだったり。
だいぶメジャーになってきた。
単純にMBAとか、僕今年MBA行ってますけど。
単純にMBA行くとかよりもそういう本当に現地で学んだりとかするし、それは文脈的な研修という文脈と社会貢献的な文脈と混ざってる。
2011年当時で言うと、当時グローバル人材って言葉がめちゃくちゃバズワードだった時があって、そこに乗っけてこのプログラムをやっていったっていう感じで。
そこを本音とは立て前みたいな感じで、立て前としてグローバル人材って言って、本当にやりたいのはソーシャルなことを関心を持っている人たちをスパイ的に大企業の中に増やしていくっていうのが僕がやりたいこと。
そういう感じの活動をやってて。
確かにね。大企業側にプロトコルが通じる人がいるかいないかっていうのは結構ありますね。
両側にバイリンガル的に話しできる人が必要で。
まさにリボルニングドアで行ったり来たりできる人が。確かに僕も多分両側に行き来させてもらったというか、すっかりお世話になっている新小池連盟の合宿、何回行ってんだろうと思って。
そうだよね。一番来てる人だと思う。
一番合宿最高さんの近くに来て、毎回なんで登壇してんだろうと思いながら。
それをさせていただいているからこそスタートアップ側に対しても、ソーシャルセクターで今こういう世界観がありますと。
スタートアップでもこういうことをやっていて。
今度僕ら、うちのファンドのメンバーで子ども食堂の見学をさせてもらったんですけど。
合宿がきっかけでね。
そういうことをやっていくと、僕らはいつも言ってるのは社内で、社会課題っていうのはいろんな場所にいろんなものがあって。
営利組織、さらにスタートアップで解決できるのはものすごいなろうだから。
別に僕らはそれでいい。
けど社会課題がどういう場所があって、それを解決するのにどんな人がどういうふうに頑張ってるのかはちゃんと知っておこうね。
じゃないとスタートアップで何でも解決できるって勘違いする野郎が生まれて、これは寒いからって話をよくしてる。
ちなみにちょっとだけクロスフィールドの話に戻ると、最初は今みたいな人材育成的なモデルでやってたところが。
2015年ぐらいから普通にビジネスセクターの割と大事な言葉として社会課題って言葉とか。
大企業で言うとESG、SDGsというものだとかが大事な言葉になってきていて。
これなんかビジネスのキーワードとしてちゃんと知らなきゃまずいらしいぞというようなそういう潮流が出てきて。
そこに合わせて僕らは今クロスフィールドのメインの事業としては、大企業の役員とか役職者の人たちに1週間か数日間で社会課題の現場に来てもらって。
大企業が一体どういうことをやっていくと本当に社会に良いことができるのかっていうことを考えてもらうっていう。
そういう学んでもらうフィールドサビって呼んでるんだけど、そういった事業を展開していて。
そういう本当に今はなので本音と当たり前が一致してきていて。
社会課題をしっかり深く見た上でちゃんと大企業が経営をしていかないと社会がおかしくなっちゃうでしょって話を言うと。
それに対して企業がそうですねって言ってそれを学びたいんでって言ってPを下さるっていう。
そういう時代になってきたなっていう感じ。
結構いいことやってますね。
そうそう結構いいことやってるんだよ。
これだからそういうワードとか産業になってくる前だから本当に結構無理くりそういうワードとか世界観を作ったわけだよね。
そうだからこの後NPOの価値みたいな話もするけどやっぱりまだ価値と認知されてないところ価値だっていう風に社会に提示するのがNPOの役割だと思っているので。
今もうだからそれが当たり前になってくるとますます難しいところに行きたいっていう風に思っちゃうっていうのが自分だったりNPOとしてのあり方。
普通だったら稼げるモデルできたらそこを量産すればいいじゃない。そうしないっていう。
私が第一に企業化するお金はそういう部分ですね。
そういうのをやりたくなっちゃうしコスパ論じゃなくてこういう世界があった方がいいじゃないかってなっちゃうんですよね。
これちょっと小沼さんの追い立ちのあたりを若干掘ってきたんですけど
体育会からの協力体に文脈がなさすぎてエネルギーが余っていることは間違いないんですが何があったんですか?
もともと教師志望だったのよ。中高の社会科の先生になるっていうのが大学ぐらいの夢で。
人に一番影響を与える仕事は何だろうって言った時に今まで会った大人が中高の博士だったからそうなろうと思ってそれで教師になろうと思っていて。
それで社会科の教師になるのに社会見たことないのはねえだろうと思ってどうしようかなと思ってみんなが就活してる間に電車乗ってたら
吊り革に青年会が協力体のシーンって書いてあった。
あの吊り革効果あるんだね。
あれで説明会行ったらむちゃくちゃ面白い人がいて俺こっちだなってなってそっちに行ったっていうほんと出来心。
なるほどこれは出来心ですね。
ちょっとバックパッカーでやってたみたいのはあるけどもう一段突っ込みたくなったのは本当に吊り革。
この吊り革でブロフィレに大学院も出てるじゃない?
大学院に在籍させてもらいながら行ってる。
これは僕のキーワードとしては弱いところかもしれないんですけど割と保険は取るタイプで。
大学院とか留学とかも選択肢も横で並べていろいろやった結果大学院行きながら協力体に行ける選択肢が最強だという風に思って行ったという感じですね。
大学院は出たことになった?
なったなった。行ってる間も社会学の勉強団みたいな感じで教授に行ってもらって。
企業家にもいます。自分の分野を論文に仕立て院に行きながら企業をする人っているんで。
そういう感じで一応院に取ったかだって別になんでもなかったんだけど。
でも一応院に3年でね。
学生来る時そういうの必死だよね。
そうね。だからオール院するっていうよりは少し報道力を組むみたいな感じのことは昔からやった気がする。
私も大学1年卒論出した後にダブルっていう大技を使って。
そうなんだ。すごいね。
1年だからまさにギャップイヤー。
ただ日本でギャップイヤーって認められない。今は変わったかもしれないけど。
だから卒論出し終わって2月に卒業しないって決めて卒論だけ落としてもらって。
なるほど。
翌年あげてもらう。
あれですね。よくない団体が言ってた積極的休学ってやつ。
僕らがお世話になってるエティックさんが僕らが学生の頃から積極的休学の勧めっていうね。
どんどんダブルオーみたいな活動をやったっていう。
どちらかというと俺はエティックコミュニティ全然知らなくて。
帰国して帰ってきたら自分がやってるような生き方みたいなのに名前つけてくれたなって思って
エティックコミュニティにその後出入りしたっていう。
そういうパターンだった。
確かに。そうなんですよね。
そういうギャップイヤー的な自分の中で一直線で繋がっちゃうんじゃないですか。
受験して大学はってやったら就活始まって就職してっていう。
ここに挟むっていう。僕ら世代だとそんなにまだ多くなかった。
あと常々ちょっと変わった方に行くの好きで
天野ジャック精神みたいなのが常にあって。
普通4大で体育会やってたら大企業行くじゃないっていうところで
なんか嫌だと思って教師になろうと思ってたのも天野ジャック精神だし
協力といったら普通その後イギリスの大学院とか行くだよね。
だいたい賢い系の人は。
なんだけどあえてビジネスの真ん中に戻ってみるみたいな感じで。
今もスタートアップじゃなくてNPOに自分いる理由って結構そこかなと思ってて。
今メインストリームなものよりもこっから跳ねるかもしれないとか
まだ誰も知らない場所にいるのが超好き。
なるほど。これで行ってみたシリアはどうだったんですか?
そうですね。いろいろあって一つには今クロスフィールドを創業するに至る
いわゆるソーシャルビジネス的なものに現地で触れることになって
それが大きかった。
マイクロファイナンスあるいはマイクロクレジットって言われているものが
ちょうど世界でオハマドユヌスさんっていう今のバンガラディッシュの大統領が
ノビル平和賞を取ったタイミングぐらいに僕は現地に派遣されて
そしたらNGOがマイクロファイナンスだってなってて
グランディ銀行が出来上がってアプライズしてるって。
それが世界的に流行っててその中に僕はマイクロファイナンスのプロジェクトを
現地でやらせてもらって
ビジネスと社会型開発って一緒にこんな風に出来るんだっていうのを
多分みんながチェンジメーカーって本とかで読んでるときに
僕はシリアの村で現地現物でソーシャルビジネスってこんな感じかっていうのを
知っちゃったんだよ。
あれはもう抜けられなくなるようなハマり方だった。
一方で僕ら5条さんも投資させてもらってるんで
5条さんは世代に僕らも近いし
ソーシャルセクターに近いサイドからスタートアップ化していった
ああいう風に自分もやろうとかなんなかったの?
でも時代じゃないかな。
新手順も僕仲いいんですけど
彼も最初マイクロファイナンスをNPOでやってたんですよ。
Living in Peaceって。
彼の場合は最初はやっぱりあれって
稼ぐモデルにしていくというよりはNPOでかかるものだ
っていうもので最初始めていて
どっかでティッピングポイントを超えて
これはマネタイズして資本資金の力でやっていった方が
広がるぞってなって5条ってなったと思う。
っていう風にこの間も話をしていたので
時代的に僕が起業した2011年っていうものは
そんなに社会課題解決型ビジネスがスタートアップでやるよりも
NPOでやってた方が自然な流れで
NPO側にビジネス的なメソッドを使うっていうのが
ほぼブルーオーシャンだったので
こっちやってた方がインパクト出るぞっていう時代だったのよ。
そっちをやっていくっていうので
割とマーケットってわけじゃないけど
トレンド的にそっち側を自然と選んだ感じだったかなっていう気がする。
面白い。
ここでシリアでいろいろ見て
東京戻ると。
これずっとシリアにいるとなすがないと。
そうね。やっぱりさっき言ってたね
大学院を保険にかけてるくらいの男だから
そこまでの弾力がなかったような気がするなというのはあったかなって。
これ協力隊って基本2年だった?
2年。
みんな帰ってきて
一般的には留学とかしていくのが多い?
協力隊の中に技術系の人もいるから
技術系の人はそうしたら現場に帰るって感じもあるし
あと国際協力に絶対入る人もすごく多い。
楽しい仕事。
国連に行くとか。
国連育ちじゃいかに行くとかってのはすごく多い。
あとシリアで
もう1個今のソーシャルビジネス的なものに出会ったってことと
もう1個は
これ今にも繋がる価値観なんだけど
経済的に成長していくっていうことと
社会として幸せかとか
個人として幸せかっていうのが
せひれしないなってことを結構感じたようなところがあって
綺麗な相関にはなってないな。
ちょうどシリアが中心国って言われる国
当時内戦の前で
一人当たりGDP1000ドルぐらいになるぐらいのタイミングだったのよ。
それってちょうど中心国って言われるところで
一番幸せな状態で
経済が発展するとその分社会が良くなっていくみたいなところだったので
僕からするとGDPで数万ドルあるっていう
日本っていう国から見たときに
経済的には数十倍日本の方が豊かなはずなのに
精神的な豊かさとか社会の豊かさみたいなところで言うと
全然シリアの方が豊かに見えたのよ。
僕から見ると。
これ何?みたいなのが
ずっと23歳ぐらいの時から
そのクエスチョンマークが
灯り続けて20年経ってる気がする。
それを追い求め続けているっていうのが
もう一個の
ソーシャルビジネスっていうのは
テクニック的なものじゃなくて
自分の探求する問いみたいなものとしてあるような気がしている。