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2025-10-23 10:21

#2-12 2022年9月11日/尼崎/杭瀬/Iさん

#2-12 2022年9月11日/尼崎/杭瀬/Iさん

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物心ついたぐらい、景色とかでもいいですし。
小学校までですか?
いつでも、本当に原風景みたいな。
要は神社の境内のところで、ビー玉とか団子を作ったりとかっていう。
そういうのを必死でやってた時期は、すごく覚えてますね。
友達として団子の固さを競い合っている。
もう自分で目的を決めて、そこまでいけるようになったのは結構あるんですか?4歳とか。
いや、もうその頃は小学校の1年、2年、3年みたいなところですよね。
物心ついた記憶の中では、一番覚えているのは、田舎にコリー飼ってたんですよね。
犬の。
そのコリーを最初に行ってみた時に、怖かったんだけども、何か触りたいような。
で、頭撫でてあげると、お尻を引いて下げたんで、乗れって言ってるからって。
で、またいだら、上あがって、見てくれって。
その時に子供の心がすごい感激して、それで帰るのが嫌だったっていう。
コリーの背中に乗ってるのは、みたいな。
歩くとこまでは落ちるから、犬自体も分かってた。
上がって。それで帰るのが、もう泣いて帰るのが嫌だって言って、泣いた記憶がありますね。
それいくつぐらいの時でしたか。
2、3歳、そんな感じですね。
そうですね。僕らの時は、ビー玉で遊ぶっていうのは、結構主流で。
穴を1、2、3、4、5、5つ掛けて、一番遠いところの穴に、一番近い人からその穴に入れたら、
そしたら次に相手のビー玉を狙って、当てて吐き出すという。
そしたら勝つからそのビー玉をもらう。
そういう、子供の時って真剣にやってましたよね、遊びはね。
他に覚えてた遊びっていうのは、今何をしてたかなって、悪いことばっかりしてたような気がします。
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石を、鉄鋼のように板を置いて、それを踏んで遠くへ飛ばすみたいな、考えたら危ない話ですけどね。
原始的な大砲みたいな話ですね。
今ではあまり言われへんようなことを結構してた気がします。
その話はまた、はい。
あのね、淡路島の桂の松原っていうところがあるんですよね。
そこへ釣りしに行く途中に通ったんです。
それをずっと通って、信号を曲がって、何回行ってもそこの桂の松原もそこの松林に戻ってくるんですよ。
で、ぐるって道が回ってるんやったらそれはそれで恐るんですけど、
もう行って曲がったら次、違う方向へ行くのに、それが5回ぐらい続いてみんな怖くなって、
で、その曲がったところで明るいのを待って、
じゃあ明るいのを待って、明るくなったら全然真っ直ぐ逃げれたんですよ。
なんかそれは怖かったですね。
車で?
車で。
で、景色をこう見て、一回回ったらあれ?っていう感じで。
いや、一回目はなんか、あれ?まあまあ、うん。
もう2回3回ってなったときのもの。
それがちょうど僕が中学校の頃ぐらいで、
それで親戚のお兄ちゃんがもう免許も受けてね、それで車で。
それはちょっと今でも。
不思議ですね。
ね、動いてます。
なんかそういう場所も場所だし。
うん。
淡路島も。
何かか。
何か。
不思議なことが起きましたね、それは。
ただ単に、そこの道に入ったらずっとぐるぐる回るよって地元の人にもしかしたら言われた。
かも分かれへんけど、まあそれは多分なんやろうっていうのはね。
なんか昔ってナビがなかったから、結構道に迷ったりとかしたりしましたよね。
今って何でもナビでこう。
そうですね。
ナビで行くと実際にもう道を覚えないのかな。
だから僕もできるだけナビでは行かないようにちょっと地図を見てて。
だから遠出するときってやっぱりナビのままやったら何も考えないでしょ。
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確かに。
言われたままってことですね。
そうですね。
で、意外にもう遠回りさせられてる人が平気でするんでね。
だからまあまあ今のああいうシステムはあんまり好きではないですね。
地図見る面白さっていうのもありますよね。
そうですね。
行く前に調べる。
そうですね。
意外にさっき言うとそれを見てたら、その道中にここあるかここよろかっていうことも普通にあるけども、
ナビの場合はもうその目的地にたたつくための手段。
過程はもう省かれちゃう。
何回も見る夢は結構こう、自分だけこう取り残されてみんな先にゴルフをみんなスタートしてしまって自分だけ、
何本そこのスタートの場所へ行こうと思ってもそこにたどり着けなくて、
行ったらみんなが行ってなかったみたいなやつが何回か見ますね。
まあ仕事が仕事柄なんで、木はやっぱり人の心を癒してくれるんで、
知らず知らずのうちに近くに置いてることによって、
気持ちが見た木と嗅いだ微妙な匂いが人の心を落ち着かせてくれるっていう部分は、
実際に強烈に感じることはないけども、
やっぱり一つこういうのを置いておいてあげると、
気持ちがちょっと安らぐ。
コンクリートばっかりのところよりも、
こういう所々に気があるっていうことは良いんじゃないですか。
安堵多堂に行きたいですよね。
新建材とかで家の匂いが化学的な匂いしますよね。
塗装の匂いなのか何なのかクラクラするような。
実際に木だけで作られてる家にできた時に入った時は、
すごく家っていうような。
この家を住んどったら病気だよみたいな。
そういう家を建てさせてもらった時に感じたことはありますね。
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最終的にはそれは日本の風土に合ってるからなんかわかる。
結果的には隣にどんな人が住んでるのか知らないわっていう付き合いになってるんじゃないかな。
だから覗かれたくないわっていうのもあるだろうし、
近くに高層マンションがあったらそこから見えるのを防ぐために
窓を小さくしたり窓の角度を変えたりっていうのはね、
それは設計の人らもそれに今度どういうことを考えながらやっぱりするんだけど、
実際にやっぱり光が入ってくるっていうことは人間にとっては絶対にね、
僕のとこは正直窓は一回窓をたくさん付けましたよね。
別に覗かれる、中はカーテン閉めたらそれで仕舞いやから、
とりあえず日差しが確実にたくさん入ってくる。
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