地域とのつながり
一生懸命でもないし、無関心でもないし。
どこかこう、気にかけ合ってる方だよね。
気にかけてくれてる方は多いかな。
朝のひとくちめ 夜の仕込み時間。
この番組は、広島の真ん中、東広島で野菜をもっと楽しんでほしいと願う
あっちゃんこと、たのみあつよと、社会をもっと良くしたいと願う
せりちゃんこと、なべしませりの、明日に向けた仕込み時間です。
良ければしばらくお付き合いください。
朝のひとくちめ 夜の仕込み時間。
初めて会ったのは、いつだっけね。
私の頃、2020年にこっちにUターンで戻ってきたから。
割と来てすぐじゃないかな。
私も協力隊になってたぶんすぐで、市役所ら辺で、
そうだよね。
もう何か覚えてないけど、そっからせりちゃんがすごいね、いろんな県庁行ったりとか、
それこそ選挙出たりとかして、あるよあるよみたいな感じだったけど。
環境はいろいろ変わったけど、
そうだね、この5年ぐらいか、そう考えたんだよね。
でもなんか一貫してるよね、いろんなところにいて、いろんな活動してるけど、
街のことを考えるみたいなのはすごい一貫してるよね。
そうだね、確かに手段としていろいろ仕事だったりっていうのは変わってきたかなと思うんだけど、
割と見てるところは、地域を元気にとか、
それこそさっきの話で言うと、本当に東吉島っていろんな頑張ってる方が多いから、
なんかこの人とこの人つなげたら、いい形になるんじゃないかなっていうのは結構あって、
社会貢献活動の背景
なんか人をつなげることに楽しさを覚えて。
だって今、なんかそれは仕事なのかなみたいなこといっぱいやってるよね。
本当だよね。趣味みたいなね、ライフワークみたいな感じでやってるね。
仕事を超えたところでいろいろやってるよね。
そうだね、でももうありがたいことにというか、今そうだね、市議会議員としてこうやって地域を、
何かの形でちょっとでも良くしたいなとか、前進させたいなと思って活動させてもらってるけど、
毎日やりがいを持って生きてるかなって。
でもその思いを支えてるのは何なのかな。
生まれた瞬間から持ってたものなのか、なんかこう体験があってそう思って活動してるのか。
うんうんうん。何だろうね、改めて問われると何だろうなって。
そうだね、割とその関心がこう、すごい主語が大きくなって申し訳ないんだけど、
割と関心がこう社会みたいなところに向いてたのは、もう学生の頃からだったかなって思って。
なんだろう、今パッとかもなと思うのは、親戚で本当にこうなんだろうな、
ある東京の大きい会社に勤めてる方で、その人が社会貢献活動、仕事でずっとやられてたのね。
学生の時に、私大学東京に行ったんだけど、18歳の時にその親戚のおばちゃんの話を聞いてて、
唯一東京にいる親戚だったから、その人の話を聞くことが多くて、
社会貢献活動として、例えばアフリカの貧困の子どもたち、貧困の状況にある子どもたちの話とか、
海外はこうなってるんだ、みたいな話を割と学生の頃に聞かせてもらって、
そこからなんか関心が、そういう世の中になってるんだとか、
日本になかなかいて、身の回りのことだけに触れてると、そういったことって気づけなかったので、
割とその親戚のおばちゃんの存在って大きかったかなって。
身近にいたんだね、そういう世界を教えてくれる人が。
その後、3.11で震災があって、学生ながらできることないかなっていうので、ボランティアにいろいろ出かけたりとか、
やってく中で、学生1人、ほんとに小さな存在だけど、ちょっとでも何かできることあるかもな、みたいな経験を重ねていってたのは、
今の延長に今があるかなっていう、ほんとに延長にだけど、なんかつながってるかなって思うね。
留学経験と地域貢献
確かにね。
私、すごい好きなのが、せりちゃんが留学行ってたじゃない?
で、その時に広島好きすぎて、広島ステッカーをパソコンに貼って、なんか広島を背負った気持ちで海外に行って、
なんだっけ、あの歴史の…
長州ファイブ?じゃなくて。
あ、そう。
それに感化されて、なんかアメリカに、アメリカだよね?
イギリス?
イギリス、違かった。イギリスに行って、みたいな。
どんだけチンキ好きなんだよと思って、なんかそんなエピソードはすごい好きなんだよね。
よく覚えてくれてるね。長州ファイブのこと話したよね。
話したよね、そうそうそう。
なんかね、それもそれこそ学生の時にかな。
長州ファイブって聞いたことある方、どれぐらいいらっしゃるのかわかんないけど、むちゃニッチだと。
そう、長州藩って、あったんだけど、あったらしいのです。山口にいて、
吉田松陰のもとで学んだ5人の若者が、当時だからもちろん飛行機もない中で、
どんぶらこって船に乗って、遠い遠いイギリスに学びに行ったと。
そんなエピソードを学生の時に本で目にして、すごいなって、よく行くなと。
で、その学んだ5人が日本に戻ってきて、鉄道の父とか、
それぞれの建築の父とか、今のこの日本の石杖を築いた人たちになっているっていうエピソードを聞いて、
そんな若者がこの近く山口にいたんだなっていうのは、学生ながらにすごいなって思ったわけ。
感化されてね。
感化されたんだよ。
18、19の、
セリガネは。
すごいと思って。
それで、いつか私も留学に行ってみたいなって、外で勉強したいなっていうのを、長州ファイブの話を聞いて思ったのね。
で、そうだね。
なんかこう、海外に行ってみたいとか、日本の外に行ってみたいってなった時に、
わかんない、それは意識してたのかわかんないんだけど、なんかすごい、海外に行くと、すごく日本のことが好きになるというか、
客観的に自分の住んでた地域を見れるし、なんかそうだね、そういう意識はあったよね。
ちょっとその、アイラブ広島の話に戻ると。
そうだ、広島じゃないわ。アイラブ広島だね。
アイラブ広島だね、ステッカーね。
アイラブ広島ステッカーは確かにパソコンに貼って、イギリスの図書館で、そのパソコンとともに勉強してたよね。
東京にいたら、広島県人愛があふれて、アイラブ広島ステッカー貼ってたよね。
ひどいね、そんなこともありましたね。
そうだね、そこからなんだろう、海外にいたら、日本のことを客観的に見て、自分の国のことが好きになるし、関心もてるし、
東京にいたら、広島という場所が客観的に見れるし、
私、県庁にちょっといたんだけど、そのときは県全体を見つつも、地元東広島のことを、こういう立ち位置なんだって、客観的に見れるし、
常にちょっと一歩離れたところから、外の視点で地域を見るみたいなことは、好きだしやってたかなって、あっちゃんが聞いてくれて思ったね。
そこはなんか、一貫してるよね、ずっとね。
こういう話をするのが、たぶん楽しくて、出会ったころから、なんとなくそういう話ができる界隈みたいなので、仲良くなってったのがあるかもね。
そうだね、それはそうかも。
なかなか、私もこっち戻ってきて、結構同級生も県外に行ってることも多くて、あんまり同世代で話す人っていないなっていう中で、
あっちゃんにね、人の紹介で出会って、なんかすごい意気投合して、かといってすごい頻繁に会うかって言ったら、そうそうじゃなかったわけじゃない。
でもなんか、ことあるごとに連絡を取り合って、めっちゃしようみたいなね。
今や、ボードゲームをただやる中にもなれたね。
ほんとだね、やったよね、もう。
でも、せいちゃんとたぶん話せてるから、私もその活動を街みたいな視点で見るとか、
私は自分で自分を観察してて思うのは、結構自分自身が、その事象に対してネガティブだったりするのを解消したいからみたいなのが、活動のスタートに結構なってるなと思うんだけど、
それをやっていく上で、街全体を考えるようになれたのは、せりちゃんとかからいろんな話を聞いたりとか、そういうやり方があるんだなとか、色々知ってたからこそ育まれたことな気がする。
そうだね。
結構自分本位でやってきた気はするんだよね。
そうなのかな。私はすごくあっちゃん見てて、それこそ地域おこし協力隊やっていく中で、常に地域の方と二人三脚で歩んでるように思えてて、すごく素敵な活動だなって思うんだよね。
それこそ豊坂のお野菜を使ってポタージュしたりとか、菜の花ソルト作ったりとかって、地域とともにある活動じゃない?
地域との関わり
あっちゃんのそういう活動は、わりと私も刺激になってたなと思うね。あっちゃんの話を聞くことで、そういった形もあるんだなっていうのは印象になってたよね。
やっぱり私は食のことだから、野菜を使わせてもらうか、食べ方をみんなと学んでいくか、商品をみんなで一緒に作っていくか、ぐらいしかなかなかできないなと思っていたから、それをやってたのと、もともと人と何かをやるのもそんなに得意じゃなくて、
でも協力隊だから、コーチみたいな立場でいてくれてる人が、地域とやる設計にちゃんとしようねみたいな、言われたわけじゃないけど、地域のためになってる設計にちゃんとしようねみたいなのをちゃんと言ってくれて、
じゃあちょっと地域の人と作ってみるかみたいな感じで、全然得意じゃないけど、やってってみて、やっぱ得意じゃないからいろいろ大変だったけど、菜の花を摘んできたりとか、みんなで洗って乾燥させたりとか、
なんかその、慣れない、なんだろう、みんな気持ちでやってくれてるからこそ関わり方が難しいというか、
そういうことね。
そう、仕事だったらさ、時給いくらでお願いしてるからこれやってねみたいな、なんかシンプルな関係なんだけど、みんな結構気持ちでやってくれてるからこそ、大変なことさせちゃ多分ダメだし、楽しむことも大事だけど商品も作んなきゃいけないしみたいな、バランスもちょっと大変だったなと思ってて、
でもそう、そういう立場に置かれたからこそやってみて、やってる最中はすごい大変だったんだけど、終わったら、なんかあの経験はできてよかったなってすごい今は思ってるというか、
その関係性も今もみんな続けてくれているから、それはよかったなってすごい思うけど、そんなふうに見えてたんだね。
そうそう、だからこそ協力隊、今もう終わってるわけだもんね。だけど今でもそういった緩い関係性が続いてるし、1年連絡取ってなくても突如としてお米を届けてくれる方ともいい関係が続いてるっていう、すごくいいなと思うよね。
そのメンバーのうちの1人のおばあちゃんがすごくて、自分でマルシェを主催して開催したんですよ。去年かな。
そのおばあちゃんが?
自分で主催して、チラシもなんか仲間に作ってもらって、自分家を開いて、シャミセンの方とか呼んだり、それこそマルシェだから出店者呼んで、家の中でブース儲けたりとかして、マルシェを主催してて。
素晴らしい。
すごいと思って。
元気ですね、パワフル。
パワフルですごいよね。
でもなんかそれも、私とか他の若い人とかとも結構交流ちゃんとしてて、そこからエッセンスを得てやってるのもあるんだろうなって思うと、なんかは生まれるんだなって。
なんか世代間全然違うところで一緒になんかやるとか、その馬鹿切りになってる感も、その瞬間は見えるけど、なんかになってるかもなって、なんかそのおばあちゃんのその活躍ぶりを見て、すごい思った。
素晴らしいね。確かになかなかおばあちゃんでマルシェ主催しますっていうのは聞いたことがないよね。他の地域でも聞いたことがないなと思って。
マルシェの成功
なんかやるってなって、本当にどこでやるの?って。家で。家で?って言ってみたらなんかちゃんと賑わってて。
そうなんだ、素晴らしいじゃない。
すごいよかったのが、その方が妹さんかなと一緒に着物のリメイクみたいなのをされてて、その場でも着物のリメイクした、本当洋服になってるもの売ってたりとかしたんだけど、
なんかそのおばあちゃんの隣の家のおばあちゃんがそのマルシェに遊びに来て、その着物がリメイクされてる様子を見て、あ、こんな風になるんだっていうのに気づいたらしくて、
そのマルシェが終わった後、家に帰って、それまで淡々と日々を過ごしてたらしいのね、その娘さんから見たら。
でもその日を境に、なんかこの着物も何かにできるんじゃないかみたいな感じですごい引っ張り出してきて、なんかすごい今元気なんだよねみたいな話をしてて、
なんかいいこと地域に起きてるじゃんと思って。
いいね、連鎖が生まれてるよね。
なんか思いつきもしなかったけどさ、誰かがリメイクしてるのを見て可能性を見つけ出すみたいな。
素晴らしい、そのおばあちゃんがマルシェしなかったら、そういったこと生まれなかったわけじゃない。
そうそう、それまで通り淡々と暮らしてたんだろうけど、それが変わってったんだよね。
娘さんから見ても、じゃあお母様がすごいハツラツと生き生きと今暮らされてるっていうことだよね。
変化があったっていう。
いいですね。
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ではまた次回の仕込み時間に。