第三百八十二話『負けることを知りて、勝つ』-【愛知篇】徳川家康-
2022-12-24 12:19

第三百八十二話『負けることを知りて、勝つ』-【愛知篇】徳川家康-

来年の大河ドラマでも話題の、三河国、岡崎城に生まれた武将がいます。
徳川家康(とくがわ・いえやす)。
1603年の江戸開府から始まった徳川幕府は、世界的にも例を見ない安定した政権で、260年以上、平和を保ちました。
織田信長や豊臣秀吉が、領土拡大、海外出兵を第一に掲げたのとは対照的に、家康は、旗印にこう書きました。
『厭離穢土欣求浄土』(おんりえど・ごんぐじょうど)。
意味は、「この世は地獄のようなものだけれど、それを極楽浄土に変えていこう」。
先祖からの教えを貫き、万人の民が平和に暮らせる世の中を願ったのです。
また、家臣を大切にしたことも有名で、三河出身の家臣で構成された、三河武士の忠誠心は絶大。
家康のピンチをことごとく救いました。
秀吉に「家康、おまえが持っている最高の宝はなんだ?」と聞かれて、こう答えたと言います。
「私にとって一番の宝は、私のために命をなげうつ武士500騎でございます」
では、家康は、一点の曇りもない、誰からも尊敬される聖人君主だったのでしょうか?
家康の裏の顔を示す言い伝えも、数多くあります。
何を考えているのかわからない「たぬきオヤジ」。
策略家で冷徹、表面では笑い、心は氷のよう。
信長や秀吉のようなスター性、カリスマ性が少なく、地味で平凡。
屈辱を受けても、ただひたすら耐えるだけ…。
しかし、そんな家康の影の側面にこそ、彼が誰も成し遂げられなかった、長きに渡る天下統一を成し遂げる礎があったのです。
家康を天下人に押し上げた原動力。
そこには、二つの大きなコンプレックスがありました。
ひとつは、物心ついた頃から18歳になるまで、人質として暮らしたこと。
もうひとつは、三方ヶ原の戦いで、武田信玄に敗れたこと。
負けることで勝つことを知った戦国時代のレジェンド。
徳川家康が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

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