第二百六十三話『守りを大切にする』-【岡山篇】棋士 大山康晴-
2020-09-12 13:01

第二百六十三話『守りを大切にする』-【岡山篇】棋士 大山康晴-

藤井聡太棋聖が牽引する将棋ブームは、とどまるところを知りません。
その勢いは、アスリートを取り上げるスポーツ雑誌の老舗『Number』が、創刊40年で初めて将棋特集を組んだことでも明らかです。
藤井聡太が棋聖戦に「短めの袖」の着物でのぞんだのは、あるレジェンドの哲学を継承したからだと、話題になりました。
そのレジェンドこそ、岡山県倉敷市出身の昭和の大名人、大山康晴(おおやま・やすはる)です。
公式タイトル、なんと80期。
一般棋戦優勝回数、44回。
通算1433勝。
昨年、羽生善治が、この最多勝記録を27年ぶりに更新しました。
彼は語っています。
「私がこれまで対戦した棋士で最も印象に残っているのは、やはり大山康晴十五世名人だ」。
羽生が初めて大山と対局したのは、羽生17歳、大山64歳のときでした。
その威圧感、鬼気迫る迫力に、驚いたと言います。

「大山将棋のすごさの一つは、指し手そのものの良しあしではなく、相手を見て手を選んでいる点だ。悪手もためらわず指している。相手を惑わすためだろうが、洞察力や観察眼が優れていないとできない芸当だ」。
後に、大山将棋をそんなふうに評しています。
大山の凄さについて誰もが口にするのは、69歳で亡くなるまで、順位戦最上位のA級の座を守り続けたことです。
生涯現役。
晩年は癌と戦いながら、どんな相手にも全身全霊で挑みました。
彼は幼い頃から天才だったのでしょうか?
華々しく妙技で攻めるタイプではありませんでした。
むしろ、地味な「受け」の将棋。
彼はこんなふうに後輩たちに言いました。
「守りの駒は、美しい」
将棋界の至宝・大山康晴が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

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