デジタルアーキテクトで千葉高大の学長、Joyさんこと伊藤穰一が、最も関心を寄せる分野に迫るJoy Ito's Podcast。
今週も先週に引き続き、真田紐師・江南、15代当主、和田伊三男さんにお話を伺っています。
まずは、和田さん自身のバックグラウンドからお話いただきました。
Joy Ito's Podcast
うちのチームが2人のバックグラウンドをチェックして、いろいろ事前に読んでたんですけど、思わぬ接点がいろいろあるんで、
最初、江南さん、自分の自己紹介をしてもらっていいですか。
真田紐師・江南の15代名を扱っております。和田伊三男と申します。よろしくお願いいたします。
和田伊三男氏が1966年ということで、同じということで、日の絵馬で貴重品です。
今年、歓歴です。
そうなんですよね、歓歴なんですよね。困ったことにもね。
で、生まれ育ったところも少し話してもらっていいですか。
生まれ育ったのは、昔の旧店舗のところに家がありまして、それが京都でいうと六条通りの高倉というところなんですが、
ちょうど帰国亭という東本街の別亭があるんですが、そのすぐ近所になります。
で、そこにいてまして、一旦堀川の方に移転をして、で、今の川端五条のところの店に移転して、という形になります。
でも、アメリカにいたんですよね。
そうですね。
それどういうきっかけで。
中学時代にね、荒れまして、登校拒否ですね、今でいうことなので。
それでアメリカ行けって。
で、学校行ってなかって、1年落とされたんですよね。
で、うちの学校って進学率いい学校なもんですから、どっかに進学ささないといけないと。
で、うちの父親と学校の先生が話しましてね、で、うちの先輩が昔行ってた学校があって、で、そこ行きませんかみたいな話があって、
で、僕が聞いたときには、うちの父親がちょっとそこ座れと。
パスポートから、入学許可書から、税関のあれから、全部ダーッと書類並べられて、行ってこいって一言言われて。
で、英語も何にも知らないわけですよ。
え、これ何歳?
16歳ですかね。
すごい。
で、そっから1週間後にもう飛行機に乗って飛んでたんですね。
いきなり言われたの?
いきなり言われたんです。
でもまあ別に何もないし、行ってもいいかな、今家から離れるのも一つの手かなっていうので行ったんですよね、最初はね。
高校1年生かな。
で、あのクリスチャンの学校、まあうちクリスチャンじゃないんですけど、クリスチャンの学校の男子校の全寮生ですね、セントフランシスプレパラトリスクールで、まあプレパラトリスクールですね。
地域どこでした?
地域はペンシルベニアのヨークっていうところが近所なんですけど、まあ本当に麦畑のど真ん中に一軒だけポツンとあるようなところなんで、逃げ出してもすぐ捕まるっていうところなんですね。
で、そこいてて、で、まあ3年そこでおりましてね、で、その間に美術昔から得意だったんで、絵を描いてたんですよね、いろいろね。
で、学校の先生がいろいろ、まあ賞レースに勝手に応募されてて、一旦全米一になったんです。
で、ホワイトハウスとかアメリカのゲインのところとかで展示会をするっていうので、作品出したりとかしてて、で、まあそういうのがありましたんで、ポスト美術館の付属の大学が当時ありました。
で、そこにまあお話ししたら是非入ってほしいということでしたんで、で、大学はそちらに行ってですね。
で、大学は。
まあポスト美術館のその付属の美術大学。
今その学校がね、タフツ大学に編入されてるので、タフツ大学なんですよ。
僕もタフツ行ってる。
そうですよね。
タフツ中大下です。
あれ見ててタフツ大学だと思ってて。
で、ポスト美術館って日本美術がすごくたくさんあって。
すごくたくさんありますよね。
で、こないだこのポッドキャストに出た戸田さんがすごい縁で、彼のおじいちゃんかなんかが有名な絵を売っちゃって、それがポスト美術館に行って、それで日本の物価資産輸出の規制法ができたっていう経緯もあるみたいな。
戦後ね、皆さんやっぱり生活が苦しいので。
そうですね。
家にあった美術品をすべてやっぱり売られたらしいですね。
で、それはリサモターっていう方が、向こうの方がおられて、全部買い取って横浜から船乗せてアメリカに持って行ったと。
その美術品とかを見る機会もあったんですか。
うちの学校の学生証を持って行くと全米の美術館の収蔵庫入れるんですね。
そうなんですね。
で、ポスト美術館の収蔵庫もちょこちょこ行ってて、ロッカーガーッと開けると中から風神雷神が出てくるとか、いろいろガラス前のロッカーがあって。
ラクジャワンがですね、中身だけこうやって積んだって。
で、あれって思ってこうやって見たら中にラクって書いてあるんで、これいつのラクさんって聞いたら、それ初代に第三代のラクさんですと。
で、箱どうしたんって言ったら、やっぱり彼らは箱の重要性を知らないので、包装材だと思ったんですよね。
でも一回お隠れ天神全部整理したはずじゃなかったんですか。
なんですけどね。で、邪魔だからっていう意味で。
あ、捨てちゃった。なんで重ねちゃったのかって。
船の上から捨てたって言うんですよ、横浜はに。箱書きとかね、いろいろあったとは思うんですけど。
一つまた話が前後するんだけど、今カリフォルニアでお茶室を作っていて、である事前事業者と一緒にやってるんだけど、
一つ考えてるのが、アメリカでちゃんとしたお茶会を年に何回かやって、で、日本美術を測った切れたたちをアメリカのいろんなコレクション見て、
そしてちゃんと鑑定してちゃんと分かるものを箱書きして箱作って紐作ってカタログに載せて返してあげると喜んでくれるかなと思うんだけど、どう思います、それ。
そうですね、そこがだからちゃんと捨てれば多分その方がやっぱ価値出ると思うんで。
僕も話聞いてほんと箱がないって言ってるのがあるので、箱をちゃんと作れる人と伊沢さんの紐とそれとちゃんと分かる人でいいお道具集めてお茶会やったら、
これ結構アメリカにすごい貢献することになるような気がする。
そうですね、だからあの時もだから楽山の茶碗だけがあったので、すぐに楽山を呼べと、予算つけて。
それ江波さんが高校生で言ったの。
それも大学生でしたけどね。
あ、そっか大学生で。
で、向こうの種族の方に楽山をとりあえず呼べと。で、読んで箱作ってもらって憧れしてもらって、
極めがありますよね。で、うちでちゃんと作った本物ですよっていうことであれば、箱書きしてもらえるはずだから楽山に極めをしてもらったらどうですかと。
っていうので一応進言はした。だいぶ後らしいですけど来られたような話は聞いてるんですけど。
え、じゃあ大学は何の専攻でどのくらいいたんですか。
あのうちの学校ね、そのボストンビュース館のところで専攻がないんですよ。
で、自分でプログラム作れるので一週間のプログラム自分でクォーターで一個とかハーフセメスターで一個とか作るわけですね。
基本アメリカってミックスドメディアっていうのが主体なんで、例えば写真の上にペイントするとか何かのカテゴリーをこう一緒にするっていう技術が多いですね。
ですから月曜の頭は油絵、昼からは水彩画、で次は写真やって映像やって、で陶芸やって木工やってみたいなことを自分でこう組み立てられるんですね。
で、まあ本当にいろんなことをやらせていただいたんで。
で、戻ってきたきっかけは何ですか。
戻ってきたきっかけはちょうどあの伊勢神宮さんの御前宮があったんですね。
で、うちの父が刺し物師っていう木の方の仕事をしておりましたんで、中の御前宮の時のやたの鏡みたいなものとか、ああいうものを入れる箱ですね。
それを作ってまして。
この間も結構箱すごい詳しいから、ちゃんと箱もやってらっしゃって。
で、それを見とけっていう話で、屋内箱って言うんですけどね。昔だと三角柱を糸で止めて、一個の板の状態にしてそれで箱作る。
隙間が空いてるんですね。で、それでベンチレーションができてるっていう、まあちょっと特殊な箱なんですけど。
まあそれを見とけっていうので帰ってきて、まあそのまま着いちゃったような感じですね。
それ何年前に出したっけ。
それが1998年かな。
それからも真田紐をずっとやってるんですか。
そうですね。
あ、じゃあもっと前だ。87年だから90年か。
1990年に帰ってきたんですね。
そしてここからは数百年前から存在する日本の暗号技術、真田紐についてさらに掘り下げていきます。
前回お届けした和田さんによる鑑定、お茶道具に特化した探偵みたいで面白かったですよね。
IDやパスワードにも通ずる真田紐の世界、一体どういう仕組みで運用されているのか。
ベールに隠された真田紐の世界についても伺いました。
これは中央集圏じゃないんですよね。真田紐屋さんごとにあれを持っているんですかね。
基本的に昔は看板を上げてもダメだし見本帳作ってもダメだし人に売ってもダメっていう商売だししてたんで、
表向きは普通の例えば京都の街やですね。
旗で真田紐を織るんですけれど、京都の家って奥が深いんですね。
一番奥の部屋で織ってると旗の音が表に出ないのでそこで織ってるってわからない。
でもこれ本物かどうかっていうのは、家元に行って家元が真田紐さんを巻き込んで話をするとかそういう流れなんですか。
作る時はまず草書とお話をして、どういう形のものを作りたいかってお話を聞いて、
でご相談してまず試作品が5つくらいできて、その中からまた選ばれたり、
それにまた付随してね赤線入れたいとかいろんなご要望がありますので、
そういうようなものでつけていくと。ただあの僕らは草書に対して売るわけではないので茶道具屋さんに対していくんですよね。
決められるのは草書なんですけれど、使われるのは茶道具屋さん。
道具屋さんに行くんですよね。でこれが本物かどうかっていうケースっていうのは、
これは誰かが誰かに売ろうとした時に調べてくれって言った時にこれ家元にその話が行って、
で家元が伊沢さんのところに行ってこれどんなのってなるんですか。
例えば箱書っていうのがありますよね。魚飴とかって。
あれを頼みに行く場合、まあ線形さんでしたら利休箱っていう利休さんの好んだ形の箱があるわけですね。
で利休箱をまず作りまして、でこれもあの決まり言葉はいろいろあります。
蓋の例えば右側が木目洗い、左側が細かいとかいろいろあるんですね。
でその箱をまず作って、で紐を例えば浦線家さんに持って行きたいんであれば浦線家さんの紐をかけて、
で完全な形にして倉庫のところに持って行ってお願いをするんですね。
で玄関さんがそれをチェックされます。で違う紐をかかってたらこれ違うんで帰ってきてくださいって言われるんですね。
でただどこが悪いとは言ってくれない。なるほど。違うんで帰ってくださいって言われるだけなんですよね。
でその持って帰ったお茶道具屋さんは誰かにまた聞いてこれ誰々の紐じゃないじゃないかと帰ってきなさいって言って、
で僕らのとこ行きはるわけですよ。そうかそうかそうか。
じゃあその箱書きに行った時に必要な紐はもう道具屋がどっかから調達しとけなきゃいけない。
そうもう完全な形を作っとかないといけないですね。だから一番知ってるのがお茶道具屋さんでないとダメなんです本来は。
ただ今はもうほとんど知られてないのでやっぱりそういうミスってるものがやはり草書のところへたくさん行っちゃってるんですね。
で最初はそうやってあの追い返したかったんですけどもういいやって向こうも打ち替えてきちゃって通るようになっちゃったんですね草書の方が。
ああなるほど。
である程度その例えば理休箱っぽくてもいいで紐はまあまあある程度ちゃんとしていればいい。
ただまあ通してもいいかっていうレベルまでちょっと下がっちゃったんですね。
だからそうするとやっぱお茶道具屋さんが真剣に学ぼうっていうことがなくなってきちゃうので。
なるほどね。でもそれを何かえなみさんとしてこれをもう一回戻そうっていうそういう気持ちがある。
まあそういう気持ちでちょっとねあのオープンにはしたんです。
前よりね。そうかそうか前秘密でも全然回ってたけど。
全くした。
みんなわかんないと恥も知らないでどんどんやっちゃうっていう。
だからできたものをお客さんのところへ届けるだけの仕事やったんですね昔は。
楽さんなら楽さんにお届けするっていうだけの仕事をですね作って。
でそれだと今例えば全国にまあいろんなお茶の流儀っていうのがあって草書がおられるわけですが
全くほぼほぼ知らないってことだよね。
でご自分とこの紐っていうのはずっと使ってられるので見慣れてられるので使ってはおられるんですね。
でもどういうふうになってるかがもう理解できてない人もいる。
その紐の柄っていうのは何かを意味する柄っていうのが多いですね。
例えば真ん中の線が太いと重いものが入ったように注意しなさいっていう意味があったり
今浦仙家さんで使われているあの金茶に緑の耳がついてるのですね。
これはあの短短祭草書が決められた紐ですので今4代から続けて使われてるんですけれども
短短祭草書の時に財政難がかなり続いたらしいんですね。
でそれを徳川さんがかなり助けられたので徳川さんっていうのが金茶色の無地なんですね。
でその色をいただかれて金茶色を真ん中に入れてで緑っていうのは松の葉っぱの色ですので
松の葉っぱは紅葉しないですからその家が永遠に続くという意味があるんですね。
でそれを耳に使いまして徳川さんのおかげでこの家が永遠に続くという柄なんですね。
そこはじゃあ短短祭からそうなってその前は違うんですね。
また違うのがあったんですね。
ただそれが4代とか続いてくるとそれが何の柄なのかっていうのがうやむやになってきちゃうんですよね。
でそうするとまあ例えば浦仙家さんなんかそうですけど浦仙家さんの場合は黄色なんですが
桃目になると紺になるんですね。
色が変わるわけですよね。
で今の現在の科学とか工業で言えばモメンテ黄色って作れるんですよね。
で表参黄色っていうイメージがありますから黄色で安くあげたい場合はモメンテってなっちゃうわけですよね。
でそうすると紐屋さんがモメンテ黄色を作っちゃう。
でそれが箱に乗っかる。でそうするとこうやって箱書きに使われる。
で向こうもマイカーになっちゃうということになるとじゃあ紺っていうのは意味をなさなくなってきちゃいますよね。
ただそれはやっぱり知っていてほしいのでこれはまあ蔵の中で見渡した時に
モメンの紐がついているもの、モメンの袋裏がついているものっていうのは重いものが入ってるんですね。
で絹がついているものはお茶席開いた時のメインって言いますかね。
お茶碗、なつめ、工房、一番目を引くところ。
まあそういうところのもの、重量もあまりないですから絹を使うわけですよ。
で蔵で見渡した時にどこにその重たいものがあって、どこに軽いものがあって、
次お茶会やる時の工房で探しているものがあるかっていうのを紐の色を見たらわかったものが出たわけですけど
それが全部黄色になっちゃうとわかんないんですよね、その辺がね。
だからそこはちょっと実際そうされるされない別として、知っておくだけでも知っておいてほしいなと。
真田紐にはお家の成り立ちや箱の中身の内容、血縁関係など様々な情報が織り込まれた技術があり、
これは約束紐と呼ばれているそうです。
情報漏洩を防ぐため約束紐の決まり事は一切文字では残されていないとか、
和田さんの一家は長らく茶箱などを作る差し物師としての看板だけを掲げ、奥でひっそりと約束紐を作成していたそうなんです。
いつまで秘密で、いつからこう話せるようになったんですか?
私の代からです。話せるようになったのは。
それは業界一般それともエナミ系だけ?
今は機械織りで真田紐を作っているのが日本に3軒ほどあるんですね。手織屋というのはもううちだけなんですけど、
ほぼほぼの真田紐屋さんというのは戦後で来たところなので、約束紐に関しては全く知らないんです。
例えばお客さんの方のご要望で、私黄色がいい、黄色の紐作ってって言ったら作っちゃうわけですよ。
表線系とぶつかっても。
ぶつかってもね。どっかで見たんだけど切り箱に付いてた黄色がすごく華やかで可愛いんで作ってくれ。
作りますわね、その違う業者さんがね。
で、買った方がそれを犬の首輪にして売っちゃうということが起こってきてるんですよ。
これはまずいと。
で、これは何を意味するのかはその真田紐屋さんも知って欲しいし、他のお茶道具屋さんのあった方に知って欲しい。
本とかは書いたりしてるんですか。
そのね、言われるんですよく。
で、僕が例えばなんかでパタッと死んじゃったら日本からこの文化なくなっちゃうので、書いとかないといけないよねと思うんですけど、
それを悪用する人が出てくるかもしれない。
だからある程度のことまでは書けるんですけど、
例えばさっきの隠し糸みたいなことまで書いちゃうと、ちょっとこれはまずいかなっていうね。
最後の見分ける術っていうのはやっぱり必要になってくると思うので。
ただまあそういう歴史であったりとか、武士がこういうので使ってたとかね、そういう部分では書けるかなと。
来週は海外から見た真田紐について取り上げます。
お楽しみに。
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