00:02
始まりました、志賀十五の壺。 皆さんいかがお過ごしでしょうか。志賀十五です。
いやー、カラオケ行きたいですね。 まあ、いろんな人が言うてますね。カラオケ行きたい、カラオケ行きたいっつってね。
僕はまだこのコロナのね、こういう状況になってから、 カラオケは行けてないですね。
ただ、以前もですね、人からとか言って、一人で平気でカラオケは行ってた 立ちなので、まあ行こうと思えば行けるんでしょうけど、
まだちょっと自分の中では再開に至ってないって感じですね。 一人で行くカラオケも好きですし、
大勢で盛り上がるみたいなね、そういうカラオケもまあ嫌いではないんですよね。 これ結構人によりますよね。
カラオケは盛り上がってこそなんぼだって人もいれば、 まあ自分で
歌いたいものを歌いたいとか、あまり人に聞かれたくないとかね、 まあそういう方もいらっしゃると思うんですけど、僕はどちらの気持ちもわかるというかね。
なのでそれぞれの、なんていうんですか、楽曲リストみたいなのをちょっと想定して、
みんなで行くときはなるべくみんな知ってて盛り上がりそうなものを想定して、 一人で行ったりあるいは親しい友人と行ったりするときは、
まあそういうのあんまり考えず自分の歌いたいものを歌うっていうね、そういうリストみたいなのを想定しています。
まあでもね、それでもちょっとね古めの歌っていうかね、 昭和歌謡曲とかそういうのが個人的に好きなんですよね。
聴くのも歌うのも好きなんですよ。 例を挙げればね、まっきりはないですけど、
井上陽水とかね、井上陽水の氷の世界とかはね、よく歌うんですよね。
あと尾崎清彦のまた会う日までとかね、 あとは川島英語の
時代遅れとかね、知らない方いたら、 あのちょっとねググってみてもらいたいんですけど、
例を挙げればこんな感じで、割と昭和の歌を 歌いがちなんですよ。
で今日のトークはですね、別に昭和の歌謡曲に限ったことではないんですけど、 そういう歌からですね、まあ歌謡曲とかJ-POPから言語学をちょっと学んでみようみたいな、
そういうことをやってみようと思います。 で今日取り上げるのはですね、
松田清彦さんの名曲ですよね、赤いスイートピーですね。
皆さんもこの曲のタイトルぐらいは聞いたことあると思うし、 世代的にドンピシャって方もいらっしゃると思うし、カラオケで絶対歌うっていう人もね、
03:00
いらっしゃると思います。 今日はこの赤いスイートピーで、
日本語の和と和の違いを学ぼうみたいなね、まあそういうことにしたいと思います。 和と和の話はね、過去に結構やってるんだと思うんですよね。
多分ね、複数回やってるんじゃないかと思いますが、 ちょっとリンクは
概要欄に貼っ付けておこうと思いますけど、 まあその和と和の違いっていうのをね、赤いスイートピーでよりわかりやすくなったらいいかな
っていうことでね、やろうと思います。 和と和の違いって何なんだって聞かれた時にどう答えるかってことですよね。
まあ普通というかね、 ニュアンスが違うとかね、そういう言い方をしてしまいがちなんですけど、
ニュアンスが違うのは当然なんですよ。 その言語の音とか形が違うんだったら、それは意味とか表しているものっていうのが異なるっていうのは
当たり前なので、ニュアンスが違うっていうのは何も言ってないのと同じなんですよね。
まあ逆に、和とが別に入れ替えてもそんな意味変わらないよ、通じるよ、みたいな言い方を
する人もいるかもしれません。 私は食べた、私が食べた、ね意味は一緒一緒。
ニュアンスがちょっと違うだけだけど、そんな気にしなくていい、みたいなね、まあそういう言い方する人がいるかもしれないんですけど、
まあちょっと甘いですよね、その認識はね。 で、その和とがの違いを実感していただくために、赤いスイートピーからね、ちょっと引用するとですね、歌詞を。
なぜあなたが時計をちらっと見るたび泣きそうな気分になるのっていうところがあるんですね。
まあこれサビ前のところなんですけど、このなぜあなたが、でここでがが使われてるんですよね。
で、当然これ日本語母語話者だったら、 泣きそうな気分になるのは
私ですよね。まぁセイコちゃんっていうか、 まあ歌っている人ってことですけど、
これを和に変えたらどうなりますかね。 なぜあなたは時計をちらっと見るたび泣きそうな気分になるの。
これね、あなたがあなたはになると泣きそうな気分になるのも あなたっていう解釈になるはずです。
もう一回言っておきますね。元の歌詞は、なぜあなたが時計をちらっと見るたび泣きそうな気分になるの。
これは、ちらっと時計を見るのはあなた、当然あなただし、それに対し泣きそうになるのは、
まあ私ってことですよね。一方このがを和に変えると、 なぜあなたは時計をちらっと見るたび泣きそうな気分になるの。
これは、時計を見るのも泣きそうな気分になるのもあなたって解釈されます。
こういうふうにね、がとはって違いがあるんですよね。 ここはどうなっているかというとですね、イメージですけど、
06:05
がよりも和の方が力が強いっていうか、 最後まで影響力を持っているみたいなイメージなんですよ。
これがを使った元の歌詞の場合だと、なぜあなたが時計をちらっと見るたび、ここでね、
がの力が終わっちゃうというか、あなたがかかっているというか、関係している動詞っていうのは見るまでなんですよね。
ここで切れちゃって、泣きそうな気分になるのところは、また別の主語、ここではまあ私ってことで、別の主語として解釈されるってことなんですよね。
一方、和をここで使った場合、なぜあなたは時計をちらっと見るたび、泣きそうな気分になるのっていうことで、
このあなたはになった場合、関係してくる動詞は、ちらっと見ると泣きそうな気分になるっていう、この最後の動詞まで関わってくるってことなんですよね。
ここでね、ちょっとね専門的な言い方をすると、「が」っていうのは、その従属説の中でしか力を発揮できないって感じですかね。
一方、「は」っていうのは、その従属説を飛び越えて主説の方まで関わってくるということなんですね。
ここでいう従属説っていうのは、この旅っていうのがついているところですよね。
ここは旅っていうのが使われていますけど、他にも見る時とか、見る前とか、見た後とか、そういうものですね。
こういうのを従属説って言うんですよね。
主説っていうのは、日本語の場合、普通は文末に現れるものですね。
これを主説と言います。
これはまあいろんな例で確かめられますよね。
例えば、彼が帰ってきてから肉まんを食べた。
これは彼が帰ってくるのを待っていて、私は肉まんを食べたみたいな感じだと思うんですけど、
これを彼はにすると、彼は帰ってきてから肉まんを食べた。
肉まんを食べたのも彼になるってことなんですよね。
だから、「は」っていうのは、支配力が強いって言ってもいいかもしれないですね。
おそらく、今回例として赤いスイートピーを挙げましたけど、他の歌謡曲とかJ-POPの歌詞でも似たようなことはあると思います。
そういうことで、今回は赤いスイートピーで和とがの違いを説明しましたけど、
おそらく皆さんこの話を聞くまで、和とがにそういう違いがあるっていうのは知らなかったんじゃないかと思います。
そっちの方が面白いですよね。
知らないくせに使い分けているってことの方が、よほど面白いと思います。
09:03
和っていうのは最後の動詞まで関わっていて、がっていうのは途中で切れちゃうんだみたいなことを知らなくても、我々平気で使い分けているわけですよね。
で、聞いたときには適切に解釈していると。
それこそね、言語の真髄だと思うんですよね。
知らないくせに使いこなせているみたいなところが面白いところだと思います。
今後ね、J-POPとか歌謡曲で何か説明しやすいようなものがあれば、こういった感じでまた解説みたいなことをねやってみようと思います。
もしリクエストとかあったりしたら、こういう歌詞ってどうなってんのみたいなのがもしあれば、
お便りとか送っていただけたらと思うんですけど、どうですかね。なかなか気づきにくいですよね、そういうのもね。
まあそういうわけで今回はね、赤いスイートピーで和と和の違いを学ぶということで、興味のある方は関連トークも聞いていただけたらと思います。
というわけで今回はここまでということで、また次回お会いしましょう。
よろしかったら番組フォローをお願いいたします。ではまた次回。ごきげんよう。