2022-10-19 09:56

#234 「ウルトラの母」であるペギー葉山さんが福島県に関係しているという話

歌手のペギー葉山さんというと、自分たちの年代では「ウルトラの母」という印象がとても強いです。そんなペギー葉山さんですが、実は福島県とのつながりがけっこうあるんです。今回はその福島県とのつながりのお話です。

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はい、おはようございます。本日の放送は、2022年10月19日、水曜日です。
本日は、第234回目のお話となります。
このチャンネルは、福島県郡山市在住の特撮アニメ漫画です。
オヤジのピョン吉が響きになったことを、ダラダラと話をしていくという番組です。
そんなオヤジの一言を聞きなりまして、もしもあなたの心に何かが残ってしまったら、
ごめんなさい、悪意がなかったんです。
不幸にもこの番組に興味を持ってしまったら、ぜひ今後もご悲劇のほどよろしくお願いいたします。
ちょっと早いですけどね、来月11月のお話です。
11月9日はですね、ペギーハヤマさんのお誕生日。
ペギーハヤマさんというとね、南国土佐を後にしてたとかね、
ドレミノ唄など数多くの名曲を残した方です。
2017年に亡くなれたので、もう5年経ちますね。
自分たちの年代だとですね、ペギーハヤマさんというと、ウルトラの母なんですよね。
つぶれやプロが作ったウルトラマンタロウ、ウルトラシリーズだと6作目になるんですがね、
そのウルトラマンタロウがね、第1話に登場してくるんですよ。
緑のおばさんとして登場してくるんですよね。
ですけどもしかすると、今と緑のおばさんっていうのもわかんないかもしれませんね。
昔朝にですね、小学校の通学途中にですね、児童の通学における安全確保にあたる職員の方がいたんですね。
交通安全のシンボルからであるね、緑色の制服だとかね、帽子をつけていたんですね。
というので、その女性の方をですね、緑のおばさんって呼んでいたんですね。
今でもこの制度あるんでしょうかね。
篠田三郎さんが演じるですね、主人公のアズマ・コウタロウ。
その前にですね、緑のおばさんの姿が現れるんですよ。
そしてウルトラバッジとですね、白いマフラーを与えるんですね。
コウタロウは亡くなった母親とね、その緑のおばさんがね、瓜二つあった男からですね、お母さんと呼ぶんですね。
その後ですね、アストロモンスという怪獣が出てくるんですが、それとの戦いでですね、重傷を負ったアズマ・コウタロウにですね、
ウルトラの母がね、タロンの入場を与えるってことなんですよ。
それでウルトラマンタロンが誕生するんです。
ウルトラマンタロンにね、ペギン・ハヨンさんはね、レギュラーとして出演というわけじゃなくてですね、
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その後ですね、4回か5回ぐらいですね、登場するだけなんですね。
それでもですね、自分たちの年代はね、ついペギン・ハヨンさんを見るとね、ウルトラの母、緑のおばさんってイメージしてしまうんですよね。
そしてペギン・ハヨンさんというとですね、ペギン・ハヨンさんの旦那さんのね、女神ジュンさんがいるんですが、
その方はですね、同じくウルトラシリーズに登場してるんですね。
帰ってきたウルトラマンのね、イブキ隊長なんですよ。
帰ってきたウルトラマンのね、地球の防衛隊であるマット。
そこでね、非常にかっこいいですね。倒れる隊長って感じでしたね。
その帰ってきたウルトラマンのね、作品中ではですね、
えっと、嫁のね、実家へ里帰りの途中ですね、何気に長くつけたラジオでね、
そこから長くとつはを後にしたら流れてくるんですよ。
それで一緒にね、口ずさむっていうシーンがあるんですよね。
ペギン・ハヨンさんと女神ジュンさんですがね、
押し取り夫婦としてね、芸能界では有名だったらしいです。
とまあ、ここでですね、来月誕生日のペギン・ハヨンさんの話をしているってことでね、
察しの良くてはお分かりなんでしょうけども、ペギン・ハヨンさんってね、福島県と関係があるんですよ。
一つはですね、母方のおじいさんがですね、旧藍津藩市だったそうです。
お名前はね、住吉貞之介っていう方らしいんですよね。
母親戦争があった後にですね、北海道に渡ったらしいんですよね。
そこで、小樽の方のね、学校で校長先生をされていたらしいんですよ。
記念碑がね、立つほどね、有名な校長先生だったらしいです。
ペギン・ハヨンさんの話によればですね、その方っていうのは白虎隊の生き残りってことなんですよね。
白虎隊って、生き残りって井沼貞吉っていう人だけかなと思っていたんですよね。
他にもいらっしゃったんですね。
と思ってたらですね、母親戦争の最後の戦いの時ですね、まだおじいさんはですね、14歳だったらそうなんですよ。
16歳以上はね、白虎隊に入隊できたんだけど、もう自分は入隊できなかったんだよね。
ていうんで、涙を流しながらですね、通賀城の落城を見回ったらしいんですね。
というわけでね、白虎隊は白虎隊でもですね、燃焼隊と呼ばれるですね、人だったみたいですね。
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それからですね、もう一つペギン・ハヨンさんと福島県の繋がりはもう一つあるんですよ。
ペギン・ハヨンさんはですね、戦時中ですね、疎開先が福島県いわき市の四つ蔵だったんですね。
そこの四つ蔵にはですね、白岩温泉というところだったんです。
現在ですね、高速道路の四つ蔵インターチェンジのある地域です。
本当はですね、お父さんの故郷の広島になるはずだったらしいですね。
ところがですね、ペギンさんのお父さんがね、そこは軍港があると、攻撃にさらされる可能性があるっていうんで、
それでですね、学童疎開で福島県になったそうなんですね。
というわけで、下手すると本当に原爆の被害に遭っていった可能性もあるわけですね。
1944年の8月にですね、10歳のペギンさんはですね、母親に見送られてね、30人ほどの児童と一緒にですね、
東京の中野駅で列車に乗ったらしいですね。
そして常磐線の四つ蔵駅に到着。
歩いてですね、1時間のところにある白岩温泉の金馬旅館のところに泊まったらしいですね。
お母さんはね、あのハンカチを振ってね、涙を流していたそうなんですけども、自分たちはね、遠足気分だったらしいですね。
ところがですね、すぐにですね、田舎暮らしになってしまって、
食べ物がなくてね、非常に辛い思いをしたらしいんですね。
だけれどもね、みんなで仲良くね、友達同士助け合ってね、希望捨てない、前を見つめて進め、という感じで発動していたみたいですね。
というわけで、近くの大野第一小学校の方にね、入っていきまして、そちらの方で対立を組んでね、
文化を歌いながらね、よく歩き回っていたという思い出があるそうなんですよね。
東日本大震災の後ですね、その大野第一小学校のところですね、故郷の歴史を調べるときにですね、社会科の歴史でね、
どうも学童疎開でね、ペギンハヤマさんがうちの学校にいたらしいということがね、子供たちが見つけるんですね。
というので、それが冊子になったんです。
それはですね、ペギンハヤマさんのところに届きまして、ではというので、その第一小学校のところでね、ミニコンサートを開いたそうなんですよね。
その際にですね、自分たちがね、生活したキンパ旅館の方、そちらの方にもね、訪れましてね、そして挨拶したそうなんですね。
69年ぶりにそのキンパ旅館、それから大野小学校のところに訪れたそうなんです。
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ちなみにですけどね、そのキンパ旅館もね、現在はですね、営業していないんですよね。
自分もね、一応ね、その白岩温泉キンパ旅館、そちらの方に行ったことはあるんですけどね、非常に良いところだったんですがね、今はなくなってしまって非常に残念です。
まあそういうわけでね、あのウルトラの歯の人間とのペンギン早山さんはね、福島県にね、結構深い関係があったというお話でした。
はい、それではまた次回よろしく、ペンギンさんとお話をお付き合いくださいね。本日もお聞きくださいまして誠にありがとうございました。
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