1000歳まで生きる可能性
こんな主張があるんです。
人類で初めて1000歳まで生きる人は、もうすでに生まれて、我々と一緒に生きている。
人間の平均寿命はどんどん伸びているんですね。
日本では半世紀で20歳ほど伸びた結果、今では85歳ぐらいです。
さらに老化に関する研究が、この数十年で進んできています。
その研究の成果で、今すぐに人の寿命が伸ばせるわけではないんですが、
今後さらに研究が進めば、寿命を伸ばす方法が開発されると考えている研究者がたくさんいます。
今の研究のペースなら、100年もあれば十分可能でしょうから、
劇的に寿命を伸ばす技術の恩恵に預かる人はもうすでに生きていて、
その人が1000年後まで生きていてもおかしくないっていう理屈です。
この1000歳っていう数字ですが、一定の考えがあって挙げられている数字です。
論拠の一つが、シー・エレガンスと呼ばれる戦虫、小さなミミズみたいな生き物を使って行われた研究から来ています。
特に最初は、戦虫を使って寿命の研究が進んだんですね。
寿命の研究には時間がかかるっていう問題があるんです。
人では寿命が100年ぐらいだから、1回観察するのに100年かかるわけです。
マウスだと寿命が3年ぐらいで、1回の実験にそれだけの時間がかかるわけで、
それでも相当な時間がかかって大変なんです。
でも、戦虫は寿命が20日程度なので、比較的早いペースで実験ができるんですね。
そのおかげで、最初に寿命を伸ばす遺伝子変異が見つかったのが、戦虫なんです。
この時見つかったのが、インスリンのようなホルモン、インスリン用成長因子に関係している遺伝子です。
戦虫の体の中でインスリンのようなものが働いているんですが、
インスリンの刺激を伝えるタンパク質に異常があると老化が遅れて、寿命が伸びるということが分かりました。
逆に言うと、戦虫のインスリンは老化を起こす働きがあるということなんです。
インスリン用成長因子の下流で働く分子の変異体は寿命が伸びるわけなんですが、
中でもエイジワンという遺伝子の変異体では寿命が大幅に増えていて、一番長い個体だと250日以上生きていたんです。
中央値で見ると、時見によってばらつきはあるんですけど、150から190ぐらいで、
普通の戦虫が寿命が20日程度でしたから、10倍近くになっていたんです。
つまり、特定の一つの遺伝子を働かなくしたら、寿命が10倍近くになったということなんですね。
人間の寿命の限界が120日程度だと考えられていますから、もし人間でも同じようなことができれば、
その10倍近く、1000歳まで生きることができるだろうという考えで、1000歳という数字が出てきたわけです。
老化のメカニズム
それから、多くの命に関わるような病気というのは、年を取るとかかる確率が上がります。
だから言ってみれば、病気の一番の原因は老化なんですね。
ですから老化を遅らせることは、最も効果的な病気の予防法ということになります。
このような将来への期待から、現在、老化研究には巨額の投資が行われていて、大きな盛り上がりを見せています。
今日はこのような期待に一石を投じた、戦中での研究を紹介します。
ポッドサイエンティストへようこそ。サトシです。
今日紹介するのは、カリーナ・カーンとデイビッド・ジェムズらによって行われた一連の研究と、そこから来る考察で、論文へのリンクは小ノートに記載しました。
そもそもなぜ寿命があるのか、なぜ生き物は老化して死ぬのかですが、これについてはまだ老化研究者の間でも意見の分かれているところです。
今話したように、戦中は20日、人は100年と、寿命は生物ごとに大きく違います。
さらに、人と非常に近縁なチンパンジーの寿命が70年程度で、進化的に近い生物でも寿命に大きな差が見られることがあります。
種によって違うということは、何か遺伝子の中に寿命を決める要因があると考えることができるわけですね。
そして先ほどの戦中のインスリンのケースみたいに、一つの遺伝子の異常で寿命が伸びるのであれば、もともと寿命を縮めるメカニズムが備わっているということになります。
じゃあ何が寿命を縮めているのかなんですが、何かダメージがランダムに蓄積して老化が起きるという説があります。
以前はよく活性酸素が老化と関係あるということが言われていましたし、DNAとかタンパク質にダメージが蓄積して、それが老化を起こすという話があります。
こういった研究は多くて、この立場の研究者も多いようで、他の生物の寿命では関係しているようです。
でも少なくとも、戦中のインスリンでの寿命の制御に関しては、これらは関係なさそうだということが、長年の研究で明らかになっています。
他の主要な老化の仮説として、奇効的多面発現説というのがあります。
奇効的というのは、相反する作用があるという意味で、多面発現は、一つの遺伝子が複数の作用を持っているという意味です。
だから一つの遺伝子が、生物にとって良い面と悪い面を持っていて、悪い面が老化を引き起こすんだけど、良い面があってそれが強いから、その遺伝子が淘汰されずに維持されているという説です。
インスリン用成長因子みたいなホルモンは、成長にとって重要なんですね。
繁殖するためには早く成長して子供を残した方が有利なので、こういったホルモンの働きが重要なんですけど、年を取った後にはこれらのホルモンが働くことが老化を促進するという考えなんです。
すでにこの考えを支持する結果がセンチューでは報告されていました。シーエレガンスというセンチューは子乳同体、つまりオスメスが一体なんですね。
一つの個体が生子と卵子両方を作っていて、交尾することなしに子供を産むことができます。自家受生するわけです。
成長の途中でまず生子を作って体の中に蓄えておくんですね。大人になってからは卵子だけを作るんですが、蓄えていた生子と受精させて卵を産みます。
センチューが大人になってから3日ぐらいすると、生子がなくなってしまってもう子供を産めなくなるんですけど、受精卵はできなくなっても卵の黄身、卵黄の産生は継続するんです。
この一見無駄な行為なんですけど、体に悪影響があるんですね。
卵黄は体の一部、腸の一部を壊してその有機物を再利用することで作るので、無駄なたくさんの卵黄を作ることで腸に異常が生じて死に至るんです。
この卵黄を作るという作用は、インスリンによって刺激されるということがわかっていて、インスリン関連の長生きな変異体では卵黄の蓄積が減っているんです。
さらに、もしそうやって生殖に関して卵黄を作ることが寿命を縮めているのであれば、生殖器官を取り除けば寿命が伸びるはずです。
これを行った研究というのもあって、生殖器官を除去すると、C. elegansの寿命が伸びることが明らかになっています。
だから、卵黄の成分を作るというのは子供を作るのに大事だから、若い時にはそれがインスリンによって促進されているわけです。
でも、年をとってからはそれが生存に不利で、これが老化の原因になっているという考えなんです。
この考えはまさに、奇行的多面発現説の考えなんです。
しかし、2021年に意外なことがわかります。
この無駄と思われた年をとった戦虫の体内にある卵黄が体の外に分泌されていて、それを子供、幼虫が食べて栄養にしているということが報告されたんです。
戦虫の生殖と老化
だから、インスリンは無駄に働いて老化を起こしているというわけではなくて、年老いて子供を作れない戦虫が、自らの体を壊して子供が食べられる栄養にして母乳みたいに分泌しているということなんです。
これによって子供の生存の手助けをしていると考えることができます。
2023年にはさらにこの考えを支持する結果を示しています。
戦虫シーエレガンスは、子猶同体だから1個体で子供を産むことができるんですが、進化的に非常に近い種で、シーイノピナータというのがいるんですけど、この種ではオスとメスが交尾して子供を産みます。
シーエレガンスのシー猶同体の方では、生殖を使い切ると子供を産めなくなるんですが、オスメスの種であるシーイノピナータは、交尾をすればもっと長い期間子供を産み続けられるんですね。
そうであればシーイノピナータは、体を分解して卵黄を分泌するよりも、さらに子供を産んだ方がいいので、卵黄は分泌しないはずです。さらに卵黄を作って体を壊して老化することもないはずですよね。
で、調べたら実際その通りだったんです。さらにシーエレガンスでは生殖期間を除去すると寿命が延びるっていう話でしたが、シーイノピナータではあまり寿命が延びませんでした。
というわけで、オスメスのシーイノピナータでは子供を産み続けられるので、体を分解するようなことはしてないんだけど、シーエレガンスは途中で子供が産めなくなるので、あえて体を分解して子供に栄養を供給していて、それが体を老化させて寿命を縮めていると考えることができます。
他にも老化に関わっている因子はあるので、これだけではないとは思うんですが、これが寿命を決めている一因となります。そうなってくると、すべてを考え直さないといけなくなってくるわけです。
傾向的多面発現説とも合わなくなってきます。魚の鮭が川を登って卵を産むとすぐに死んでしまうっていうのがあるじゃないですか。むしろ戦中の老化っていうのはこれと似ているっていうことになってくるんです。
鮭のような繁殖をする生物を一回繁殖性生物って言うんですが、卵を一度に産んでそれが終わると死ぬっていうものがいますよね。鮭の他にウナギとか一部の昆虫にもいますし、一年層の植物っていうのはすべてそうなわけです。
こういった生物は生殖のために多くのエネルギーを使って体を再構成して、そのタイミングで急速に老化します。だから生殖によって老化して死ぬっていうことになります。
また鮭がすぐ死ぬことで幼魚に間接的に栄養を与えたり、捕食者への囮になっているっていう説もあるんですね。今紹介した研究の結果からシーエレガンスも同じではないかと考えることができるわけです。
蓄えている精子の分だけ子供を産んでしまって、それが終わったら生殖による死を迎えるっていうわけです。そしてインスリン関係の遺伝子の異常があると、この仕組みがオフになるので寿命が延びると理解することができます。
戦中の死が生殖による死であるのなら、戦中は寿命を研究するモデルとして適しているのかっていうのが問題になります。鮭の寿命と人間みたいに子供を産んでも生きている生物の寿命は別のものであるような気がしますよね。
そうであれば、戦中の研究でわかったことが人に適応できるか怪しいということになります。ただ、すべてが意味ないというわけではなくて、生殖による死とそうでない死に関係があるということも指摘されています。
マウスでもインスリンとか成長因子の異常で寿命が延びるっていうことがわかってますから、生殖による死のメカニズムが他の生物でも働いていそうです。
でも、成長因子の異常でもマウスの寿命は、戦中の場合ほどは伸びなくて、成長因子は寿命の制御の比較的小さな部分を担っていると考えられています。
戦中には寿命が短いという利点がありますから、戦中の研究は今後も重要であるということは変わらないんですが、今まで思われていたよりも小さな部分での貢献ということになるかもしれないということになります。
戦中では劇的に寿命が伸びる因子というのがあるわけなんですが、人では老化を早める病気とか環境要因はよく知られているんですが、寿命を大きく伸ばすものはまだ見つかっていません。
だから、寿命を大幅に伸ばすための標的がそもそも存在しない可能性もあって、戦中のように寿命を10倍にすることはできないのかもしれません。
今日はこの辺で終わりにしたいと思います。最後までお付き合いありがとうございました。