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理科っぽい視点で身の回りのことを見てみませんか? そんない理科の時間B、第453回。
そんない理科の時間B、お送りしますのは、よしやすひとりです。 いつもならメールの会員なんですが、いろいろと事情がございまして、今回は一人喋りとなっております。
あと収録場所もですね、ちょっと出先なところもあって、いつもと音質が違うんじゃないかと思います。
この点末についてはですね、オーディオブックの有料配信のおまけパートでお話をしていこうと思っているので、もし気になる方はそちらを聞いてみてください。
ということで今日は、タイトルにもある通り、 現代抗断写真書の生物はなぜ死ぬのかというのを題材にしてお話をしていこうと思います。
この本、ちょっとね、 新聞とかにも取り上げられて、そこそこ売り行きがいいっていうふうに聞いています。
抗断写にはブルーバックスっていう価格系をメインにした 新書のシリーズもあるんですけれども、この生物はなぜ死ぬのかっていうのは、抗断写現代新書の方なので、
やや一般向けっていうんですかね。 理系の人たち向けというよりは一般向けの書籍になっているんだと思います。
数式とかはほとんどなく、 生物のDNAとかRNAの仕組みを少し語ったところはあるんですけども、
基本的に数学がどうこうとか物理がどうこうという形で進んでいくものではないので、 皆さんご安心をしてください。
オープニングでは、この本がどういう構成になっているかを少し話した後、 本編で私がこんなふうに読みましたというのをお話ししていければいいかなと思っています。
この生物はなぜ死ぬのか。小林武彦さんという方の本なんですけれども、
章立てが全部で5章まであって、
全ての章の頭にそもそもとついているんですね。 第1章、そもそも生物はなぜ誕生したのか。
ということで、生物が誕生したお話。 自分を複製して次の世代に、
遺伝子を受け継いでいくという生物が、
どう誕生したかという話。 第2章が、そもそも生物はなぜ絶滅するのか。
絶滅するってどんな良いことがあるのかというようなことが書いてあって、 第3章は、そもそも生物はどのように死ぬのか。
生物が死に方にいろいろあるよという話をしています。
第4章、そもそも人はどのように死ぬのか。 その中でも人類の死んでしまうという傾向は、他の生物に比べてちょっと特徴的なので、
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どんな特徴があるかというのを話して、 最後、そもそも生物はなぜ死ぬのかというふうな最後の章に行っています。
生物はなぜ死ぬのかというのを期待して読んでいると、結構前置きが長いというか、 最初の方に
生物の誕生とか絶滅とかあるんですけれども、もし
結論が気になる方は4章とか5章のところから 読み始めてもいいかもしれません。
ところどころもちろん前の章に書いてあることを引用して、 こうだからっていうのがあるかもしれないですけれども、
結論早く急ぎたい方は、そんな読み方もあるんじゃないかと思っています。
で、全体的にね、
進化した生物がそれぞれの周りの状況に対応して変化していったということの中に、老化や死ぬということが
ポジティブ、良い方向に働いたんじゃないかというところがいくつかポイントになってきます。
でも、人間っていうのは死んでしまうっていうのは何かしら終わりを感じさせるとか、何かしらの
悲しいこととして捉えられているんですけれども、やっぱり本の中でも最後の最後、死の捉え方は人間だけちょっと違うという話もあるとおり、
生物とか、地球環境という視点から、動物、生物がどうやって死んでいくのか、それはどうして、どんな仕組みで、
というところについて、いろんな視点から捉えられて、私たちは最初から順番に、ちょっとね結論まで時間はかかりますけれども、読むのをお勧めしたいと思っています。
平易な本で1000円かな、税込み1000円で買いました。
皆さんにもお勧めな本です。
ということで本編ではですね、私がこの本の中で気になったところを少し取り上げて、こんなことじゃないか、あんなことじゃないかということをお話していこうと思います。
では本編では、本を読んでみてのお話をしていこうと思います。
まずですね、生物がどう発生したか、ここについてはそんなに一般的と言うと変ですけれども、
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なかなか奇跡のような形で生物、自分を複製して次の世代に遺伝子を残していくというものが発生したのはとても大変だということが書いてあります。
奇跡的なことなんだけれども、少なくとも地球ではそれが起こったということが書いてあるんですけれども、
第2章ぐらいから、絶滅とか死んでしまうというところと、生物の進化について合わせて書いてあります。
一番わかりやすいのは、限りある資源を使って、動物や植物というのは、そのエネルギーを使って自分たちの体を作って、
それを消費して次の世代を残していくということをやっていくということは、
どんどんどんどんエネルギーを使っていって繁殖するというのができる一方で、
変化をさせるためには、環境が変化するだけではなくて、どこかの生物が絶滅するということで、
そこに新しくまたマーケットというか、新しいエネルギー源がこれまでそこに入れなかった動物や植物たちに分け渡されるということがあって、
新しい変化が起こって、というのが絶滅というのの利益と言うと変ですけれども、大きい影響じゃないか。
地球は生物が発生してから、今まで何回かほぼ生物の半分以上、8割から9割が絶滅するというようなことが起こっています。
そのたびに新しいタイプの生物がまた発生して、繁殖して新しい進化を遂げてということが起こっています。
なので、絶滅というのがただ単に消極的なことだけではなくて、新しい生物の範囲というか、バリエーションを広げるということに結びついてるんじゃないか。
一番有名なのは、中世代の白亜紀に隕石の衝突だと考えられている恐竜などが絶滅したときのことが、6,650万年前。
この隕石の衝突であろうというところで、中世代が終わって、新世代に移っていくんですけれども。
例えば、もう2つぐらい前のペルム紀の最後には海外戦の火山活動などが原因と考えられている、生物種の95%が絶滅したような事件も発生しています。
そんな感じで、絶滅が新しい種、新しい生物の繁殖範囲を広げていく、新しい生物のバリエーションを広げていくというのが最初のところでお話をされています。
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たぶんですね、絶滅というのを、種がなくなる、生物がいなくなるというところに注目すると、とても悲しいというか、後ろ向きな出来事に感じますけれども、
絶滅から次のところで再生するというところまで捉えると、リセットして新しく始める。そこには新しいものがあるというのが、この本の最初の3分の1ぐらいのところで語られるというふうになっています。
この本を手に取る方々は、生物は何で死ぬのかという理由的なものを求めている方もいらっしゃるんじゃないかと思いますけれども、生物の大絶滅は、生物が起こしたものではなくて、地球環境が変わって起きたもので、
ものによっては、生物が大繁殖したからこそ環境が変わったというのはもちろんあるにもあるんですけれども、そういった感じの生物の直接的な原因で変わったわけではないけれども、生物が地球上に発生してから、ある程度エネルギーを使うようになって、
生物が地球の中に満ち溢れているという状態は、大きい波を経て動いていくというのを想像してみると面白いですし、新しいことが起こる時がどんな時かを想像するのも面白いんじゃないかと思っています。
生物の絶滅の話は、私がこの本を読んでて、「お!」って思ったところの最初は、そもそも生物はどのように死ぬのかっていうのを読んだところですね。
生物はどうやって死ぬのかっていう時に、人間を考えると、なんとなく病気とかそういうのを思い浮かべがちですけれども、自然界の中で生物が死ぬっていうことは、多くの場合、食べられて死ぬ。つまり捕食者に殺されて、捕食者のエネルギーになって死ぬというのが、とても大きいパターンの一つ。
もう一つ。自分が栄養を取れなくなって、つまり飢えて死んでしまうっていう、食べられて死ぬっていう受け身の食べられて死ぬと、食べられなくて死ぬっていう、濃度受けができなくなるっていう死に方が大きく二つあって、これが外的要因による食べられて死ぬと食べられなくなって死ぬという死に方。
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この分類が、そうやってみると面白いんだなというのが、すごく読んでて面白かったところです。
これとは別に内的なもの、つまりご飯もたくさんあるし、外的もいないんだけれども、死んでしまうっていうところがもう一つあって、それがプログラムされて寿命を計画的に迎えるというのと、弱っていって死んでしまうというのが分かれていきます。
食べられて死ぬっていうようなところの死に方についての生存戦略は、食べられてしまうよりも多くというか、食べられてしまうのは確立的なので、それを子孫が残るぐらいの確立にするために卵を多くするとか、逆に守って外敵から防ぐとかっていう対応がある。
一方で、プログラムされた死に方というのは、一番分かりやすいのは昆虫とか鮭とかっていう動物たちは、卵を産むともう死んでしまうという、次の世代に遺伝子を残したら、もう自分の世代は親子ごめんということでほぼ死んでしまう。
というようなものや、クモの仲間ではですね、母親が自分の子供、幼虫という幼グモですね、自分の内臓を出して栄養として分け与えて、その上、自分の体も子供の栄養にして死んでいくという死に方もあるというので、
次の世代を残すというのを達成したら死んでしまうというようなプログラムされた死に方。
で、最後に残ったのが、プログラムはされているにはいるんだけれども、直接的にではなくて、だんだん細胞が弱っていくように死んでいくっていう死に方があるというのが最後に残った死に方で、
人間に関わってくるのがこれが大きいんじゃないかというふうに思っています。
もちろんね、人間は進化の途中、ある程度のところまでは、進化の途中というかね、日本で言うと縄文時代ぐらいまでについては不良の事故、さっきの食べられてっていうのも含みますけれども、
外適要因で亡くなる方というのがとても多くて、つまり栄養はあって、体も丈夫なんだけれども怪我をする、狩りを失敗する、動物に食べられる、病気になるというような外適要因で死んでしまうのがとても多かったのが、
現代はどんどんどんどん若い頃からお年寄りになるまでっていうところがほとんど死ななくなったっていうのが大きな特徴で、この辺も世の中には食べられなくなって死ぬっていうのと、
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子孫を残したら死んでしまうっていうところとまた別な感じを思い浮かべながら本を読むと面白いんじゃないかと思います。
そんな感じですね。死に方。生物が死んでしまうという死に方はいろんなストーリーがあって、一番最後に死ぬというのを人間がどう捉えるかという話は及ぶんですけれども、
こういった食べられて死ぬっていう不良の自分、または外適要因によって死んでしまう。あとはプログラムされて子孫を残したら命が尽きてしまう。
カゲロウの一種は生中には食べるという機能がなくて、口さえない。つまり褒美をして卵を産んだらそのまま死んでしまうというのが運命づけられている、プログラムされているというような生物がいたときに、
もし心があったとしたら悲しみじゃなくて達成感なのかもしれないなと思ったりもしました。
さて本はその先に、健康なはずなんだけどだんだん弱って生きていられなくなるっていうタイプの死に方の原因を、
今度は体の仕組みのほうに話題を移して、つまり遺伝子が何かしら介在してプログラムされて老いていくっていうほうのお話になってきます。
さっき言ったね、子孫を残したらすぐに死んでしまうというのは、それもプログラミングなんですけども、人間が多く感じているのは年をとって弱っていくっていう感覚なんじゃないかと思います。
ここもいろいろお話があって、人間の体を作る細胞は大細胞っていう細胞、50回ぐらい細胞分裂するともう細胞分裂ができなくなって、細胞はゴミとして処理されるというのがある一方で、それだけだとそんなに長生きできないんで、
幹細胞って言って、その大細胞の元になるものを持っていて、そこから大細胞が作られるんですけども、大細胞になると50回、でも幹細胞は自分は何回分裂しても分裂の回数に制限はないっていうふうに体の構造がなっているんですが、そこの理由とかを本の中で説明しています。
細胞が分裂するときにDNAをコピーするんですけども、そのコピーは100%の精度を誇っていません。
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なぜ100%じゃないのかというのも本の中で触れられていて、100%過ぎると変化がないので状況に対応していけない。
一方で、コピーミスが多いと途中で劣化が激しい。そこの中間をどうバランスをとるかというところが寿命に関係してくるというお話になっています。
どういう解決策をとっているかというと、幹細胞というコピーを何回しても寿命がないという細胞と、大細胞というコピーをある程度したら寿命が終わってしまうという細胞を分けて、体の中で生きて動いているやつは劣化したものがなるべく出ないようにする。
一方で、幹細胞は必ず新しい細胞を作れるんだけど、幹細胞自体はだんだん劣化してしまうというのがあって、幹細胞はゆっくりゆっくり劣化する。
大細胞は早く劣化して使い捨てになっていくっていうような使い分けがあって、そこそこ丈夫な体だけど、少し遺伝子のコピーミスがあってもなんとかなるっていうのをやっていて、
今度、それだけだと年をとって死んでしまうという中に対して、生殖細胞というタイプのものがあって、これはどうやっているかというと、次の世代にコピーを残すというので、自分の遺伝子をつなぐということをやっています。
ここでじゃあどのくらいコピーミスが起きてもいいのかというところがあるんですけども、ここのポイントは、いろんなバリエーションを作ってちょっとぐらいのミスを積極的に使うことで、次の世代がうまく生きていけるかいけないかということで、変化を選択にさらすというポイントがあって、
なので、生殖細胞については、今、哺乳類とかは2つの性があって、オスとメスから遺伝子を持ってきて、それを混ぜてその子孫に伝える。
そのときに混ざるというのと、コピーの間違いがあるというのが続いていくことで、バリエーションが増えていろんな環境に対応していけるというようなことをやることで、最初から言っている、地球の歴史の中で生物がどんどん死んでいくけれども、新しい環境によりフィットしたものができていくという仕組みになっている。
だからこそ、生物は世代を経て、前の世代のものは誰かに食われてしまわなくても死んでいくというのが、一番自然にプログラムされた状態で、もしかしたらどんどんどんどん長生きして死なないという突然変異もあるのかもしれないですけれども、
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そういう可能性が低いのと、そういった生物が本当に長生きしたときに地球上でたくさん繁栄するのかというのをもう一回考えさせられるという本になりました。
人間の体は、先ほど言ったDNAがコピーされていくという中で、幹細胞の劣化を考えると、やはり50歳とか55歳ぐらいがある程度の劣化のポイントで、それより先は良くなることがなかなかなくて、
その後、確率的に体のどこかが悪くなっていく、機能がうまくいかなくなっていくというのが、今の人類の限界で、そういったことを考えると、いろんなところの環境を良くしたり栄養を良くしたりしていっても、その仕組みによって110歳、120歳というのが、今の人間の体の仕組みとしての寿命じゃないかというふうにも言われています。
本の中にはですね、まだ検討中というか、証明はされていないけれども、先ほどの劣化を防ぐとかっていう老化の原因がわかっているんだったら、それを防ぐための方策があるんじゃないかというので、検討中のものもいくつか紹介されていて、
細胞が積極的に劣化する、または劣化する仕組みをうまく回避するという実験とかが行われているという紹介もされています。
ただ、この対策がうまくいったとして、人間の寿命が120歳から150歳になるかというのはちょっとわかっていません。
多くの方が思っていらっしゃるのは、なるべく元気な社会的にうまく暮らせる時間を長くするというのが望むところなんじゃないかと思います。
ただ単に息をして生物的に生きているのではなくて、誰かと交流するとか、自分でやりたいことをやってみるというのが長く続くというのがポイントだと思っているので、
そこがどうなるかということについては、まだまだ研究の途上だというのが今のところの状態です。
少なくとも日本でいうと、昭和の初めに比べれば大人が死ぬ確率がどんどんどんどん減っています。
そこをどう満喫するかという話と、それをどう伸ばすかという話はそれぞれで進んでいくんだと思います。
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最後に、やっぱり死というものをどう捉えるかという話が少しされていて、人間以外の動物は死を恐れていないでしょうと。
さっきもちょっと言ったんですけども、動物によっては、もし心があっても達成感を持って次の世代に遺伝子を移していくっていうのがあってもおかしくないんじゃないかななんて思いました。
人間は死にたくないというのがプログラミングされていて、だからこそ長生きするということも起きてるんじゃないかと思っています。
死にたくないというだけではなくて、自分の遺伝子を残すために社会的に行動するというのも、人間という種を反映させる大きい原動力になっていると思うんですね。
いくつか寿命の長い動物の中に、裸デバネズミというのが出てくるんですけれども、こちらはネズミの一種ですけれども、他のネズミに比べて寿命がとても長い。
数十倍長いという特徴があって、その特徴を参考にすると、人間生活ではこんなことができるんじゃないかというのが本の中に書いてあって。
分業してアクセクせずに暇なときに休むというふうに私は読んだんですけれども、
体に負担はかけないけれども、なるべく効率よく、そして頑張りすぎないというのが、全体の平均寿命を上げることになるんじゃないか。
また、体を酷使せずに死ぬ直前まで元気にいられるということができるかもしれないなというのが、お話の中には出ています。
何だろうな。皆さんがこの本を手に取ったときに期待した結論と同じかどうかわかりません。
知りたいことがわかったという気になるかどうかわかりませんけれども、
やはり死ぬということを、生物学的または地球の歴史というのと合わせて考えたときに、
思うところがあったり、新しい見方を提供してくれる本じゃないかと思っています。
今、ニュースではあちこちで人が死んでしまうというのが映像になって、ここ最近特に出てきています。
日本だと、ちょっとした事故や事件で、人が亡くなっても、一人亡くなっても報道されるという時代ですけれども、
戦争みたいな多くの人がたくさん亡くなるというのは、じゅっぱ人からげで報道されてしまいます。
だんだん死ななくなった人間の世界で、死ぬということ、または殺されてしまうということがどんなことなのかというのを考えるきっかけにもなるんじゃないかと思っています。
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ということで、今日はいつもより短めで早口だったかもしれませんが、この辺にしたいと思います。
おまけではですね、一人廃止になった天末をちょっとお話ししようと思っております。
では今日はこの辺にしたいと思います。
そんない理科の時間では皆様からのメッセージをお待ちしております。
メールの宛先は、
理科atmark0438.jp、rikaatmark数字で0438.jpです。
私たちのそんないプロジェクトというグループでは、
ウェブサイト、そんない.com、sonnai.comから各種の番組を配信しています。
そんない理科の時間のほか、そんなことないっしょ、
そんない美術の時間、そんない作家展などの番組も配信しておりますので、
ぜひそちらも聴いてみてください。
よろしくお願いします。
ということで、今日は一人しゃべりでお送りいたしましたのは、ユシアスです。
それでは次回の配信でまたお会いしましょう。さようなら。