1. 自分を大切にする小さな暮らし(仮)
  2. #130 一つひとつの行動が評価..
2024-04-23 08:49

#130 一つひとつの行動が評価されている気がする

誰かの視線を感じながら過ごしている
誰かに良いか悪いかをジャッジされている

そんな気持ちになる人はぜひ聴いてみてください🌿

#毒親育ち #毒親育ちの子育て #アダルトチルドレン #視線を感じる #他人からの評価 #他人の目が気になる #他人の目が怖い #嫌われたくない #良く思われたい #自己決定と行動の大切さ #毒親育ちの悩み
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こんにちは、みおです。
このラジオは、自分を犠牲にしない暮らしや子育てをもとに、
旅行や育ちの私が好きだと思える一日を積み重ねるための考え方や生き方をお話ししています。
最初の冒頭の、このチャンネルの説明なんですけど、
何度も話しているせいか、もう何も見ないで言えるようになりました。
最初の方はずっと下書きを見ていたんですけど、
もうだいぶ慣れました。
それもラジオをコツコツと続けているせいかなのかなと思いますので、
今日もゆっくりとやっていきたいと思います。
今日は、一つ一つの行動が評価されている気がする、というテーマで話をしたいと思います。
これは私が、1年前までは外で仕事をしていたんですが、
その時にいつも思っていたことです。
私は何をするにも、誰かの視線を感じながら仕事をしていたっていうのがとても辛かったんですよね。
だけど実際は、誰も見ていないし、気にしていないことがほとんどなんだけど、
言ってみれば自意識過剰な状態ですよね、誰かに見られているっていう感覚の中で仕事をしていました。
だから私がすることが、他の人はどう思うか、どう思われるかっていうのをすごく気にしてしまって、
その反応っていうのがすごく怖いなって思っていました。
今は家で仕事をしているので、仕事の底の負担というのは軽くはなったんですけど、
でも生きていく上では、いろんなやっぱり人と関わる機会があるので、
そういう時は未だにその感覚が抜けていないなーって思いますね。
子供のことで言えば、保育園とか学校のそういう関わりっていうのは避けられないですし、
あとテーマパークとか、どこか商業施設とか、なんかそういうところとかに遊びに行ったりする時も、
通うわけじゃないからその場だけの関係性ではあるんですけど、
そういう時も、たまに緊張してしまったりすることがありますね。
この間は私、長男の懇談会があって行ってきたんですけど、
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その時も久しぶりに緊張してしまいました。
懇談会自体が私にとって初めてっていうのもあったと思うんですけど、
でもなんかね、やっぱり初見の人も多かったし、
他人の目を気にしてしまって、無理に力が入りすぎていたんだと思いますね。
今終わって振り返ってみれば、実際に警戒するようなこともなければ、
そんな人ももちろんいなかったし、大したことはありませんでした。
だから今ね、この立場で言えば、
取り越し苦労だったなっていうふうには思えるんですけど、
なんか冷静になれば無駄なエネルギーを使っていたんだなって反省したりしています。
そう、本当に他の人の目を気にするっていうことは、
自分に対してちゃんとしろとかっていうプレッシャーをずっとかけ続けているんですよ。
だからそういう疲れっていうのがすごく自分にも溜まってしまいますね。
でも、その一方でこんなに他人の目が気になる私なのに、
なんかね、顔とか名前っていうのがなかなか覚えられなかったりするんですよ。
なんか嫌われたくないとか、誰かによく思われたいとかっていう気持ちはある。
そう、他の人のことですごく敏感にはなっているのに、
でもね、やっぱりそういう自分から他の人、人として興味を持ったり関心を持ったりっていうのは、
あんまりしない方なんだなっていうのも思っていて、
だからその塩梅っていうのが自分でもよくわからなくなる時があります。
でも私がそう思っているように、
きっと他の人も、思っているほど他の人のことってきっと見ていないし、
興味がないというわけではないにしても、
そんなにいちいち一つ一つの行動を見ている暇もないと思うんですよね。
やっぱり私もそうだけど、結構自分の生活で精一杯なんだと思うんですよ。
だから、それはね、頭ではわかってはいるのに、いざ自分がその場所に行くとやっぱり緊張したり、
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つい萎縮してしまったりとか、そういうことが起こりますね。
それが何かこう長年の悩みでもあります。
で、こういう誰かに良いか悪いかっていうのを評価ですよね。
ジャッジされている感覚っていうのがあるのも、
何かこう、独児や育ちの人の一つ特徴というか、
何かよくある悩みなのかなっていうふうにも思いました。
小さい頃から何かするたびに、いやこうしなさいとか、あれはダメだとか、そういうことを言われて、
で、身近な存在である親にそういうことを言われてきたからね。
だからそういう、なんか窮屈さっていうものが今でも抜けないのかもしれないなって。
親は今側にはいないけど、でも結局自分がその代わりに、
自分自身にそうやって何か負担をかけてしまっているなっていうのも改めて感じています。
本当は自分で決める、評価することなのにね、
何かそういうのが自然にうまくできないのがやっぱり辛いし、
何か当たり前にそうやってやってる人もいるだろうから、
何かそれができないっていうところに、何かすごい悲しさっていうのを感じることも増えてきましたね。
なので自分で決めて行動するっていうことが、
どれほど大事なことかっていうのが身にしめて感じるというか、
どれほど大切なことなのかっていうのが大人になって改めて分かるというか、
何か他人のせいにしているようで、結局は自分が自分自身をただ想像で縛り付けているだけだっていうところも、
少しずつやっぱり認識をして、もっと自分を楽にさせてあげられたらいいなっていうふうに最近思っているので、
今日はそういう話をしてみました。
では今日はこれで終わりにします。
いつも聞いていただいてありがとうございます。
皆さんも今日もいい1日をお過ごしください。
またね。
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