シーズン2「柳田國男の『遠野物語』をおもしろがる人々」
柳田國男の『遠野物語』(1910年)について、遠野出身のささきる(@sasakill)と遠野在住の宮本(@cfyhdvj)が4回連続でお送りします。シーズン2エピソード1のテーマは、「遠野物語の内側 ✕ 遠野市の外側」の領域である「社会派」。グローバリズムのなかの『遠野物語』、文学史のなかの『遠野物語』などについて語っていきます。
番組で取り上げた話題
100分de名著 / 河童 / オシラサマ / 遠野市 / 奥州市 / 1910年 / 第一次世界大戦 / 『平和の経済的帰結』(ケインズ) / 此書を外国に在る人々に呈す / 第99話 / 明治三陸大津波 / 『怪談前後 柳田民俗学と自然主義』(大塚英志) / 『布団』(田山花袋) / 願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ / 雑誌『民族』/ 『社会をつくれなかったこの国がそれでもソーシャルであるための柳田國男入門』(大塚英志)
さらに詳しくはこちら https://sasakill.substack.com/p/episode-008
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制作ノート
企画: ささきる / 出演: ささきる, 宮本 / 編集: ささきる, 宮本 / ディレクション: tel / アイコン制作: CHACO
制作協力: 株式会社Next Commons
2022年2月8日収録
00:00
スピーカー 2
[読み取り]
「塔の物語」って、読んだことあります?
スピーカー 1
いや、知ってるんですけど、まだ読んだことはないですね。
スピーカー 2
じゃあね、あの、ぜひ読んでくださいって言いたいところなんですけども、
もうね、そういうこと言うのやめようと思いまして。
読まない?
いや、もういいですいいです。
今回はね、もう読まなくていいっていうことにしようと思いまして。
でもね、例えば、読まなくても話せることって結構皆さんあると思うんですよ。
例えば、マルクスの四本論を読んだことなくても、
それに関するものを聞いたりとか、見たりすることってありますよね。
あとは、ドストエフスキーの「罪と罰」とか、
マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」とかね。
なんか、あの、なんかこう、知ってて、あ、なんかなかなか手つかないな、
でもなんか、それの解説本とか、こんな本だよとかっていうのをね、世の中いっぱいあるんで。
例えば、塔の物語でも、あの、NHKの「100分で名張」とかね。
ああいう動画のシリーズなんか、シリーズとか、あとは本の解説シリーズなんかもあるんで、
それを見ればね、わかるっちゃわかるんですよ。
スピーカー 1
なるほど。
まあ、じゃあ、ちゃんと知らなくてもいいっていうことなんですね。
スピーカー 2
いや、何しろね、あの、もう出てね、100年ぐらいしてる本なんで、
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
あの、紹介なしでね、パッと読んでね、楽しめるかっていうとね、全然楽しめないと思うんですよ。
あの、実際に、ほんとに。
そう、で、そんな思いをね、されるぐらいだったら、もう最初から解説を聞いていただいて、
で、もうそれで満足してもらってもいいんじゃないかと。
へぇ~。
ちょっとね、そんなことを思いまして、今回は、もう中身の紹介をほとんど飛ばして、
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
その、柳田国王の塔の物語を面白がる切り口だとか、
まあ、それを実際に実践してる人なんかを紹介して、
まあ、この現代において、今この瞬間において、塔の物語ってこんな風な面白がり方がありますよっていうものを、
ちょっと紹介してみたいなという風に思ってるんです。
はい。
でね、具体的なトピックで言うとね、例えばね、4つぐらいキーワード出そうと思うんですけど、
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
えっと、ソーシャルメディア、二次創作、気候変動、デザイン、なんかのね、話をすることになると思います。
スピーカー 1
はい、すごい、なんか全然イメージと違いますね、出てくる言葉が。
スピーカー 2
あ、でしょ、なんかあの、カッパとかね、お白様とか、なんかそういうこと言うと思ったでしょ。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
もうね、一切言わない。もう、今、今カッパって言ったらもう二度と言わない。
たぶん。
スピーカー 1
もう出てこない。
スピーカー 2
もう、もうね、もう、もう言わない。もう言わないっていうかね、もうそういう中身の話はしないっていうかね、書いてあるんですからね。
03:01
スピーカー 2
へぇ~。
はい。
♪~
~♪
メディアヌップ
~♪
~♪
~♪
~♪
このメディアヌップがどういうポッドキャストかというと、私が偏愛するコンテンツをですね、メディアとかビジネスの観点から紹介していくプログラムです。
ヌップというのはアイヌ語で、丘、原の意味でですね、どはまりした沼から出てきて、ちょっとだけ高くて平らなヌップからお届けしようという趣旨の番組です。
はい。
というわけでですね、シーズン2に持ってきたテーマが、私の中でもいきなりの本命のですね、柳田国夫の塔の物語なんですけども。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
あの、かれこれね、20年ぐらいハマっておりますね。
すごいですね。
もうね、なんかこう、これについてね、こう、喋る相手があまりないんですよ。
スピーカー 1
おぉ~なるほどね。
スピーカー 2
喋る、あまりにもね、僕はね、ハマってるんで、こう、その普段その情熱とね、その、あとはこう、最近覚えたこんな話みたいなものをね、こうぶつける相手がいなくて、こう、寂しい思いを吹い飛びしてるんですけども。
スピーカー 1
すごい、それを20年も。
スピーカー 2
20年も。でもね、たまにね、たまにこう、いい友達に出会うんでね、あの、もちろん、その友達がいないってことじゃないんですけど。
まあ、こういうテーマこそポッドキャストに向いてんじゃないかと思って、ちょっと今回取り上げてみたんですけども。
はい。
もちろんその、塔の物語をご存じないっていう方がね、あの、多いと思いますんで、あの、聞き手にね、宮本さんをちょっと今回選ばせていただいたんですけど。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
そもそも、あの、宮本さんなんですけど、あの、その塔のっていう土地と、
はい。
あるいは塔の物語っていう作品と、なんか、ご関係というかですね、出会いみたいなものをちょっと教えてもらってもいいですか?
スピーカー 1
はい。
えっと、塔のとの関係で言うと、今まさにあの、僕は塔のに住んでいて、ちょうど住み始めて、ちょうどというかそうですね、2年半ぐらいになるんですかね。
もともとは岩手県の大州市っていうところが出身なんですけど、そこから、あの、今は塔の市に引っ越してきて、えっと、地域おこし協力隊っていう制度も活用しているんですけど、
06:05
スピーカー 1
うん。
その、はい、仕事の関係もあって、今は塔のに住んでいます。
スピーカー 2
じゃあ、今まさにお住まいってことなんですけども、
はい。
じゃあ、そこで塔の物語が身近かっていうと、まあ、読んだことないっていうのはね、先ほどお伺いしたんですけど、
はい。
身の回りにそれを好きな人はなんかいるでしょう?なんか僕知ってるんですけど。
スピーカー 1
なんか、いや、そうなんですよ。まあ、仕事柄っていうのもあるかもしれないんですけど、塔の物語をこう、口にしてる人たちは確かにこう、多くて、
よく言葉としては聞くなぁと思ったり、まあ、こう、博物館があったりするので、そこでの展示とかで、塔の物語が扱われてたりするっていうのはもちろん知っているんですけど、
まだ持っているだけで、しっかり開いて読んでいないっていうような状態です。
スピーカー 2
ちなみに、塔のに来る前、その、欧州市にいたときは知ってました?塔の物語って。
スピーカー 1
名前は知ってましたね。
名前は聞いたことある?
名前は聞いたことありました。
昔話みたいな感じっていうイメージでしかないですね。
スピーカー 2
カッパを知らそうでしたね。
そうですね、まさに。まさにそうです。
今日ね、その話しないんで。
スピーカー 1
そうですよね、出てこないんですもんね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
そのイメージしか、100%それでした。
スピーカー 2
まあ、100%そうですよね。
スピーカー 1
佐々木いるさんはどうですか?塔のとの関係性。
スピーカー 2
僕は出身岩手県東野市というところで、小中高とそこで過ごしたので、
学校教育の中でも出てくるんですよね。
その学校の中の文化祭っていうのか、演劇を演じるとか、歌とおどりみたいなものの中に、
塔の物語を題材にした作品があったりだとか、
あと、学校の先生なんかが退官した後に、教度誌なんかを研究して本にしたりする、
まあ、歴史の先生とかいらっしゃると思うんですけど、
そういう先生の中に塔の物語を研究している先生なんかもいて、
ちらちらの聞くっていうか、読むってことはよくあったんですね。
でも、本格的に土幅割りするのは20歳過ぎてぐらいからで、
その時にはもう東野高出て、大学に行ってたんですけども、
その時にいろんな解説本なんかを読むようになって、
こういう本だったのかっていう読み方がわかってから、
いろんな研究本とか関連本とか読むようになって、ハマってったって感じですね。
スピーカー 1
読み方があるんですね、そもそも。
スピーカー 2
何しろ今で言えば112年前の本なんで、どういうつもりで書かれたかとか、
どういうことが書かれているかっていうのを解説なしでほとんどわかんないんですよね。
09:00
スピーカー 2
なるほど、はい。
なので、読まなくていいっていうのはちょっと大げさだけど、
読むより前に解説から聞いた方がいいですよってお勧めするのはそういう理由なんですけど、
ほとんどわかんないと思うんですね、読んでもね。
そうか、そもそも読んでもわからない。
多くの人が買いましたが挫折しましたって思って、
ササキルがしょっちゅう遠の物語って言ってるから、
付き合いで買ったけど、よくわからんからみたいな、よくあるんでね。
だから僕もあんまり進めるのよくないなと思って、
進めれば進めるほどオリジナルを手にするじゃないですか。
でもね、その進め方じゃもうダメなんだと思って。
というわけでね、いろいろ今回、
ポッドキャストをプログラム作るにあたって、
スピーカー 1
考案したやり方がありまして、
スピーカー 2
こういう風に説明したら、説明しきれるんじゃないかって、
フレームワークを考えてきたんですね。
スピーカー 1
すごい気になります。
スピーカー 2
ちょっと聞いてもらってもいいですか?
まずね、4証言に切り分けると。
4証言というのは、軸が2つあってってことなんですけども、
その1つ目の軸っていうのが、まず作品的な軸。
つまり、遠の物語の内側か外側か。
つまり、遠の物語っていう作品そのものについて語ったものなのか、
それに関連する外側の関連情報について語ったものなのか。
それの内側外側っていう分け方があるなと思ったんですね。
あともう1つが地理的な意味での遠のの内側と外側。
遠のの中で起こっていることと、
あと遠のの外側で世界中で起こっているようなこと。
この内側と外側。
こうやってこの2つの軸を持ち出してみると、
だんだんとここからややこしくなっていくかね。
言葉で言う限界が近づいてくるんですけど、
その内々、地理的にも内側で、作品的にも内側でっていうのが、
今回名付けたんですけど、原点派。
原点というのはオリジナルということですね。
作品としてもオリジナルだし、土地的にもオリジナルだっていうその原点派っていう切り口が1つあると思います。
あともう1つ分かりやすいのは外外。どっちも外だと。
遠の物語の外だし、地理的に遠のの外で起こっていること。
これをちょっと僕は創作派って名付けたんですけども、
インスピレーションを受けて、外側で新しい作品を作っていくような切り口。
これもかなりあるんです。
もう1つが外内と、あと内外。この辺がややこしいんですけど。
12:04
スピーカー 2
どっちがどっちだねっていう感じなんですけども、
つまり地理的に外側で、作品的に内側。
だとどうなるかというと、僕これを社会派って名付けようと思うんですけども、
あくまでもその作品からスタートしながら、それが地理的な広がりを持っている。
日本で、世界で、あるいはどのように受け止められたんだろうかってことを研究していくような社会派。
最後もう1つが地理的な内側で、作品の外側っていうのが観光派って名付けてるんですけども、
これが今例えば塔の中で行われているような観光に広げていく、その魅力を広げていくみたいな、
そういうプロジェクトもいっぱいあるんですけども、これも切り口の1つなんだろうと思うんですね。
これね、口で言うと非常にややこしい。
ニュースレターの方なんかで図にしてね、わかりやすいものにしようと思うんですけども、
とにかく作品の内側か外側か、地理的な内側か外側かっていうのを使って、4つに分類して、
その1つ1つをエピソード1つずつ取り上げて、その最新の取り組みをしている人たちとか、
最新の面白がり方みたいなものを紹介していこうというのが今回の狙いということなんですけども、
あの、なんか、なんか、わかりやすく言おうとしているつもりが、
かえってややこしくなってんじゃないかみたいなのがあるんですけども、
あの、そう、例えば宮本さんなんか身近なんじゃないかなと思うのは、観光派?
観光派の活動をしている人たちの多分身近にいるんじゃないですか?
スピーカー 1
そうですね、近くにいますね。
塔の中で塔の物あたりを題材にしたツアーだったりとか、
そうだね、みたいなこととかがあったりしますね、確かに。
スピーカー 2
そうなんです。だから実はこうやって見ると結構身近だし、
あの、あ、本読むとこから始めなくてもいいんだ、みたいなことがね、結構あると思うんで、
ちょっと今回はね、そんな話をしたいなというふうに思ってます。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
♪~
はい、というわけでですね、エピソード1ではこの後続いてですね、
社会派と先ほど名付けた領域について語っていきたいと思います。
社会派というのは作品の内側、ただし地理的な外側という位置づけです。
柳田九尤が描いた「塔の物語」という作品を足場にしながら、
15:00
スピーカー 2
それが持つ広がりみたいなものをこう話していきたいなというふうに思うんですけれども、
そもそもですね、先ほど「112年前に出た本だ」ってことを言ったんですけども、
112年前というと1910年なんですね。
1910年って、どんな年にこんなことがあったとかってわかるものありますか?
スピーカー 1
いや、めちゃくちゃ歴史にも疎いですけど、全然イメージがないですね。
きっと戦争とかがあったのより前なのかなとか、結構前ですね、1910年って。
スピーカー 2
大雑把に当たってますね。
そうですか。
つまりね、第一次世界大戦の前なので、
戦争の前かなっていうのは、世界大戦の前という意味では当たってますね。
すごい。
それがどういうことかというと、
第一次世界大戦の前なので、
つまりこんな風に言われるんです。第一次グローバル化のピークというか、真っ只中。
近代化がいろいろどんどん進んで、国と国の間の人とか物とか金の交流というのが、
どんどん加速していってる。
それをグローバル化って言うと思うんですけども、
今起こってるグローバル化っていうのは、第二次グローバル化って言われていて、
この時、1800年代後半から起こったものっていうのが、第一次グローバル化って言われていて、
そのほとんどピークの時なんですね。
このピークがいつ終わるかっていうと、
第一次世界大戦によってトーンダウンしていくんですけども、
1910年というのは、そういう人、物、金がいろいろ移動するタイミングなんですね。
例えば当時日本はどういう状況に置かれていたかっていうと、
例えば1894年、それよりもちょっと遡りますけども、
日清戦争の後、日本は台湾を譲り受けるというのがあります。
次に1904年に日露戦争の後、カラフトの南半分を譲り受けるというのがあります。
1910年というのが、韓国を併合というか、朝鮮半島が一時期日本の領土になるということが起こったという時ですね。
なので実は日本の半島というか領土というのが、
いろいろ戦争とかによってどんどん広がっていっている時代なんですね。
かつ世界的にもグローバル化がどんどん進んでいる。
なのでこの時代にすごい面白い話があって、
18:00
スピーカー 2
1914年に、本が書かれたのは1919年なんですけども、
ケインズの「平和の経済的季節」という本があって、
その中にこんなエピソードがあるんですよ。
これをちょっと読み上げますとですね、1914年に終わりを告げたこの時代は、
人間の進歩の中で何という異例のエピソードであったことか。
ロンドンの住人は、ベッドで朝、紅茶をすすりながら、電話で全世界のさまざまな産物を注文することができた。
同じように彼は自分の富を世界の天然資源や新事業の投資に好きなように振り向けることができたし、
少しも心患わせることなくその果実や利益の分け前に預かることができたと言っているんですけども、
あくまでもイギリスの風景なんですけども、電話一本で投資とか色々注文できたと。
へぇ~、そっか、もうこの時代からそんなことができたんですね。
これが1914年ですよ。
なので、当然ながら東京にいて、かつ海外の情報をどんどん手に入れた柳田国をというのは、
この時代というのは、古い時代の、みんなが文明的な暮らしをしていない時代に描かれたものなんかじゃ全然なくて、
今と変わらないぐらい、人物の金が移動する、グローバル化が進んでいる状態にあって描かれたものなんですね。
へぇ~、全然イメージと違いました。
1910年前というとまるで未開の時代みたいなイメージがあるかもしれないんですけど、全然そんなことないわけですね。
なので、この「塔の物語」というのが有名な言葉があって、開いて1ページ目かな、「賢治」という捧げる言葉ですね。
こんなことが書いてあるんですね。
この章を外国にある人々に提出、ということが書いてあるんですけども、この外国というのは後に柳田国を自身が解説しているんですけども、
この時、海外に不任してたというか、行ったり留学だったり仕事だったりしてた友人たちのことをイメージして、
彼らにこの本を読んでもらいたいというような、簡単に言うとそういう意味で書いているんですけども、
これを書いている時点で、そういう海外にいる友人とか、日本の位置づけみたいなものとか、そういうものを意識しながら書いているわけですね。
なので、カッパの話ししないって言いましたけど、
21:00
スピーカー 2
いかにも東北のすごく田舎の、そこで話されている噂話とか、あるいは古い話が書かれてあるんだろうというようなイメージが思われるんですけども、
まず書かれてあるのは、その1910年当時というか、それより数年前の実際に起こった出来事だし、
ただそれにしたって、これを書いている柳田君与自身は、こういう今日的なというか、現代的な見方によっては、今の我々とどんどん変わらないぐらいの、
変わらないと言ってもいいのかな、そういう情報空間の中で、これを書こうと思って書いているということなんですね。
なんかちょっとこの時点でだいぶイメージが違うでしょ?
スピーカー 1
全然違いましたね。なんかやっぱりそういうカッパとかが出てくるっていうのを聞いていると、
スピーカー 2
全然本当に想像しているのが、本当に昔桃太郎の世界みたいなイメージがすごいあったので。
そうね。もちろんね、そのエピソードだけ読めばそういうことが書いてあるんだけども、
それを書いた動機っていうか、なんでこれを書いたかってこと自体は、もうちょっとその時のグローバルな環境の中での立ち位置とかっていうものが、
すごく強く影響しているわけですね。
はい。
だから、なんて言うんだろう、不思議っていうかすごく古いんだけれども、実はそこで起こっていることって意外と現代に近いっていうのが、振り返ってみるとすごく面白いことで。
そうですね。
スピーカー 1
それだけ聞いていると、もしかしたら今と少し重なるような話とかも何か読んでいると出てきたりもするんですかね。
スピーカー 2
話自体は重なるというか繰り返すというのに近いかもしれないんですけど、すごく有名な、第99話っていうのがあって、津波で、津波のエピソードが出てくるんですね。
明治の時の大津波の話なんですけども、釜石とか大土とかであったすごい大きな被害があったんですけど、その被害にあった人のエピソードが出てくるんですけど、
それを読むとどうしても東日本大震災の津波のことを思い出すわけですね。
その100年ぐらいの間に繰り返し、その災害の記憶みたいなものがその中に入っているんですね。
だから今のグローバリズムの中の話はちょっと違うんですけども、現代に繰り返し出てくる話みたいなものはあったりはするんです。
24:01
スピーカー 2
僕がこの「トノマタリ」にハマった理由の最初のきっかけでもあるんですけど、大塚英二さんっていう漫画原作者、評論家の方がいるんですけど、ご存知ですね?お名前聞いたことあります?
スピーカー 1
名前は聞いたことあります。
スピーカー 2
有名なタイトルだと「多重人格探偵サイコ」とか、僕だともっと古い「猛霊戦記マダラ」とか子供の頃に読んだもののそういう漫画原作をやっている方なんですけども、
その方がいろんな評論活動をされているので、そういう著作を読んでいった時に「トノマタリ」とか民族学の話をよくされる方なので、それ自然と手に取ったんですけども、
その大塚英二さんが紹介されている内容っていうのが、自然主義文学の中のそういう文脈で捉える「トノマタリ」なんですね。
自然主義文学って何か覚えてます?高校の国語の教科書で何か…
スピーカー 1
えぇ、習ったんですかね?
スピーカー 2
習ったとか?どうなんだろう?僕と宮本さん年が離れているから、習ってないまであるかもしれないんですけど、そういう文学運動みたいなものがあったんですね。
これどういうものかっていうと、一番代表的な作品に挙げられるのが「田山家帯の布団」っていう作品なんですけど、これは聞いたことあります?
聞いたことあるのかな?どうなんですかね?全然何も知ってないですね。
「田山家帯の布団」っていうのは、詩小説の元祖みたいに呼ばれているもので、自分の実体験を小説に書く。
しかもその時の実体験っていうのは、詩小説っていうと、みっともない自分をそのまま書くみたいなニュアンスが、そういうものを書いたものだっていうイメージがちょっとあるでしょ。
気取ったかっこいい自分を書いたものっていうのにかは、自分の情けないところを含めてさらけ出す。そういう作品を通じて詩小説みたいなことを掃除で言ったりすることがあると思うんですけども、そういうものの元祖と変に呼ばれている作品で、
今読んでも、文章も現代的だし、話も面白いんですけど、すごいね、なんていうかな、みっともないシーンが出てくるんですよ。
「布団」ってタイトルにもなってるんですけども、出て行った女性に未練を持って、その布団の匂いを嗅ぐっていうラフトシーンがあるんですけども、その匂いを嗅ぐ布団のことなんですけども、
27:12
スピーカー 2
それがなぜ自然主義っていう風に言うかというと、あるがままを書くって、サイエンスの考え方っていうんですかね、事実を事実として捉える、データをデータとして捉えるみたいな、あるがままで捉えるというような、自然主義って簡単に言うとそういうことだと思うんですけども、
そういうものだということで元祖ってくくられるんですけども、これをね、あるがままにっていうものを自分の実体験に向けて書いたものっていうのが、その詩小説になったってことなんですよ。
なるほど、はい。
まあそれ言ってしまえばすごい簡単なことですよね。あるがままに書くんだっていうそのスタイルがあって、それを自分の内面とかね、自分の私生活の身の前のことに当てはめて、それを文章にしていったら詩小説って呼ばれるものになるっていうことなんですけども。
スピーカー 1
客色を加えたり何かをするっていうこととはまた違うってことですもんね、詩小説は。
スピーカー 2
そうそうそう、客色はあったかもしれないんだけども、まあそういうのはともかくそして本当に身の前にあったものを書くんだから、それ自然主義だっていうことなんですけども、
ここからが面白いんですけども、柳田国雄はそれに対して反発というかですね、そんなものは自然主義ではないっていう考えを持ってたってことなんです。
はい。
柳田国雄がその時に田山課体に向けて言ったと言われてることっていうのは、彼、田山課体がやってるようなことっていうのは、カメラを手にした少年が、身の前のものにレンズを向けてるだけみたいなね、そんなようなもんだと。
幼稚なもんだってことだと思うんですけども、そうじゃなくて、本物の自然主義文学っていうものを見せてやるっていうものをやったのが、東の物語だって言われてるんですね。
スピーカー 1
へぇ~はい。
スピーカー 2
そういう何が何かっていうと、あるがまま怒ってることをそのまま映し取るっていうことを自分の内面に向けるんじゃなくて、この場合、東の物語の場合は、東本、岩手県の東野っていうところに怒っている、怒った話とかね、そういうものを採集するというか集めて、それをそのまま文章とかね、記録にしていく。
自然主義っていうこのスタイル、考え方を自分の内面じゃなくて、外側に向けていく。これが自然主義だぞっていうことを見せつけるっていうかね、そういうために書いたって言われてるんですよ。
30:00
スピーカー 1
へぇ~。もともと書いてるキックがそこにあるんですね。
スピーカー 2
そう。っていうのはね、本の受け売りなんで、僕今ドキドキしながら喋ったんですけど、僕研究者でもなんでもないから、好きでね、そういうのをよく読んでね、あれなんですけども。
ちょっと僕、あんまりうまく喋れたかどうかわかんないんですけど、とにかくね、そういうものの見方ができるって知ったときに、これは面白いなと思ったんですよ。
スピーカー 1
へぇ~。
スピーカー 2
それまであの「塔の物語」っていうと、作品の中のことだけ考えて、カッパが出てくる、おしあさまが出てくる、三人が出てくるみたいな、そういうことばっかりなんかしてたんですけども、こういう世界史、あるいは文学史とかですね、そういうものの中で、
柳田国雄っていうのが、強烈な、なんていうか、イメージを持って、あるいはもしかして反発を持って作り上げたスタイルであり、作品である、とかいうのを思ったときに、これ、すごい色んな見方ができる面白いものだな、とかって思ったんですよ。
へぇ~。
スピーカー 1
そうですね、本当に聞いてると、だから最初の、本当にあった、まあその外国にある人たちに、みたいな部分だとか、本当にまあ「戦日せしめよ」みたいな部分って、なんかすごいことを包括してる言葉なんだなって、聞いてると思いますね。
スピーカー 2
あっ、今さらっと言いましたね。これを語りて、平治人を「戦日せしめよ」って言いあったんですね。
あっ、そうですね、はい。唯一聞いたことある、序文の部分です。
かっこいいの。
かっこいいですね。
もうね、かっこいいのよ。読まなくていいって言ったんですけどもね、読んでほしいなと、思うようなね、力のある言葉がいっぱい載ってて。
さっきその「自然主義文学」っていう風に「文学」ってつけたんですけども、やっぱりね、こう詩小説に対抗して、自然主義をこういう使い方がいいんだってことを示すために書いたんで、やっぱり自然主義文学なんですよね。
だから、この拡張高いんですよね。すっごく。
単に古くて読みづらいとか、時間が経ってるからわかりづらいっていう風な思いがちなんですけども、このものすごく拡張高い文章を味わう能力を失っているみたいなところがあると思うんですよね。
でも、有名なところは何個あるんで、さっきの「平地人を戦日せしめよ」とかね、よく出てきますけども。いや、そうなんですよね。
スピーカー 1
もしかしたら、なかなか読み進められないみたいなのが、やっぱり拡張的な部分で追いつけてないみたいなところもあるのかもしれないですね、もしかしたら。
スピーカー 2
まあそうね。読みやすい現代語訳とかいっぱいあるんですけども、一回話の筋を頭に入れてから、もう一回最初の柳田君のものに戻ると、本当にこう、これすごい良い文章だなって思うと思いますね。
33:15
スピーカー 2
ちなみにそれで言うと、さっき自然主義文学みたいな切り口で紹介したんですけども、もう一つ面白いのが、よく誤解されがちというかね、私も誤解してたんですけども、
これは日本の民族学の礎となる最初の本だ、みたいな。そういう紹介のされ方って聞いたことあるんじゃないですか?
スピーカー 1
聞いたことあります。
スピーカー 2
民族学のっていうふうに言われるんですけども、考えてみれば当たり前のことなんですけども、これを書いた時、東の物語っていうのが出て柳田君は35歳の時に書いたんですけども、その時ってそもそも民族学ってのはないんですよね。
ないので、石杖って言われても、作った時にはないから、なんでもないんです。
そっか、なんでも確かに石杖でもないですね。
後から振り返ってというか、この作品がそういうふうに振り返られることっていうのは当然あったと思うんですけども、これを書いた時はそういうつもりじゃなかったってことなんですね。
はい。
僕もいろいろ本を読んで、特に面白いなと思ったのは、この近代化が進んでいく中で、国民国家ってのはどんどん生まれていくんですよね。
国民国家って何かって言ったら、王様がいて治めている国ではなくて、国民が主権を持っている、その国民国家みたいなものですよね。
それが生まれていった時に、なるほどと思ったんですけども、自分がその国の国民だって思うための、それを信ずるに値すると思うための、幻想っていうのは必要になるんですね。
スピーカー 1
幻想っていうのかな。それは幻想っていうか、歴史っていうか、民族学とかっていう。
スピーカー 2
みんながここの国民であるっていうことを自覚できるような何かが必要。
そう。それがないと、例えば何か一丸となって、戦争、国を守りますとか、攻めますというか、近代化の時に戦争、侵略されないとか、守りのこともあったと思うんですけども、
国民国家っていう単位で、その総力を集められないと、世界史の中でいい位置を築けないみたいなことが、かなりの切迫感を持って考えられていた時に、
国民国家として信ずりにたる歴史とか、伝統とかがあるのかって求められた時に、柳田国王とか、歴史学者とか民族学者ってそのつもりはなくても、こういった研究っていうのが自然と国民国家の意思統一に使われるみたいな流れがあったようなんですよ。
36:26
スピーカー 2
日本だけじゃなくて、ヨーロッパとか、ドイツとか、まあそういうはっきりとした特徴を持っているところがあるんですけども。
なので、何が言いたかったかというと、唐の輪あたりが生まれた時そのものは、自然主義文学とか、文学として成立したものが、
後々第一次世界大戦、第二次世界大戦とかっていうふうに、国民国家の総合力が問われる時代に世の中がどんどんなっていった時に、国力の戦いの中で歴史とか民族とかっていうものに対するニーズがね、後から出てきたと。
本人の狙いとは別にね。っていうのは見方があって、もちろんその民族学そのものは、そういうものに利用されるためにあったわけではないんだけど、そういうのが見方があるということね。
だから、民族学の元祖とか言われますけども、一番最初にこれが生まれた時には特にそういう感じでもないっていうのもね、言われてみて、なるほどなっていうね。
スピーカー 1
柳田君は意図してないところまですごい作品の意味とか意図みたいな、意味みたいなのがどんどん広がっていってるですね。
スピーカー 2
いや、そもそもね、いやそうなんですよ。これ出たの1910年なんですけど、たった350冊しか印刷されてなくて。
で、その後これがこう、一般に普及するバージョンが出るのは、その25年後の1935年なんですよ。
その間25年って世の中に350冊しかないんですよ。
だから、もちろんね、それが静かに読み継がれたり、その手にした人の中にすごいインパクトを受けて、そのやり方を広めたりした人たちがいたからね、当然こうなっているし、
柳田君自身がこれ以外にもたくさんの著作と活動がある人なので、それに限らないんですけども、今とだいぶイメージが違うんですよね。
スピーカー 1
そうですね、全然違いますね。
スピーカー 2
この話をそろそろエピソード1の最後にしたいなと思うんですけども、
柳田君よってのはね、その生涯を通じて民主主義国家を成立させる社会の構築に興味を持ち付けた人なんですね。
39:05
スピーカー 2
へぇ~。
へぇ~でしょ?
そんな言葉で。
自然主義文学って話をしたりね。
あと、若い時には松岡君よって名前の詩人だったんですね。
柳田県に養子に入るので、元々松岡君よって名前で詩人だったので、
ロマンティックな詩を書いたり、自然主義文学を書いたり、そういうことがよく知られているんですけれども、
柳田君よがやろうとしたことっていうのは、民主主義国家を成立させる社会の構築に興味を持ち付けたって。
その方法の中に民族学もあるし、その他いろんな社会的な取り組みもあるっていうことなんですね。
だから、このエピソード1の「塔の物語」の内側で、地理的な外側っていうのを社会派っていうふうに名付けたのは、
ちょっと社会、柳田君よが見つめた社会っていうのは地理的に閉じているものじゃないんですよ。
日本とか世界とか、そういうものを見ているので、ちょっとそういうふうな名付け方をしたんですけども、
その中で僕も、これは大塚維持さんの解釈というか、ご紹介されている方法の中で、なるほどと思ったことがあって、
柳田君は民族っていう名前の雑誌を作っていた時があったんですね。
それ、結論を変えると、今でいうとソーシャルメディアみたいなもんじゃないかっていう解釈があるんですよ。
つまり、日本全国にいる読者からの投稿によって成り立っている雑誌、
日本全国各地の風習とか民族とかを集めて書いてもらって、それを雑誌掲載するっていうことなんですけども、
それってなんとなく今でいうとブログとかツイッターとかが…
はいはい、そこみんなが投稿したものが集まるような雑誌を…
それをちゃんと記録として、自然主義というかサイエンスというかデータとして、ちゃんと使えるものにしよう、データベースにしよう、
みたいなことを考えて、実際にメディアでそれをやった人なんですね。
へぇ~。
ね、なんか…
面白いでしょって言った。
いや、面白いですね。
なのでね、東の物語も実に面白いんですけども、
東の物語っていうのは柳田国王のキャリアの中で序盤っていうのかな、35歳だから中盤っていうんですかね、ものなんですけども、
それを、その後にっていうのかな、それと並行してっていうのかな、
すごいね、社会に働きかけるエネルギーというかね、アイデアというか思想があってね、
42:04
スピーカー 2
そこまで興味を持っていくとね、面白がり方が無限にパターンがある。
(笑)
それがね、面白いんですよ。
スピーカー 1
そっか、それがそうですね、20年続いているモチベーションみたいなところはやっぱりそういうところから…
スピーカー 2
20年…(笑)
いや、もうね、そうですね、つまり僕、東の物語だけ面白がってるわけじゃないんですよ。
現代のね、社会の成り立ちとか、どこで今の制度というか世の中の在り方がつまずいてしまってるんだろうとかっていう、
そういう問題設定がね、なんか面白いんですよね。
はいはい、へぇ…
これやばいな、こう、メディアネップシーズン2にしてなんかいきなりこういう話して、
誰が聞いてくれるんだろうっていう、もう…(笑)
スピーカー 1
いやでもすごい、佐々木さん熱量はすごい伝わってきます。
スピーカー 2
いや、いやね、しかもね、誰が聞いてくれるんだろうっていうのとね、しかもあんまりうまくしゃべれてないんですよね、これ。なんていうの。
あ、ほんとですか?
いや、そうなんですよ、たくさん読んで頭に入ってるつもりではあったけれども、
やっぱね、しゃべるとなるとね、こう、もどかしいですね、こう、なんていうか。
今までこれ、本でしか読んでない。人としゃべったことない。あまりしゃべり慣れてなくてね。
はいはい。
あの、なんかこれ奇妙なシーズンになりそうだな、これ。
いやでも、少しずつ、いや、ほんとにこう、ほどいて出していって、もしかしたらそれこそ後の25年後ぐらいに、みんなが聞き始めるものになるかもしれないですね。
やばいね、それ。25年後は、まあまあ、いいか。こんな感じでいいか。とりあえずやるか。
そうですね。
[音楽]
[音楽]
今日までのお相手は、ササキルと宮本でした。
それでは次回、お楽しみに。
[音楽]
45:01
スピーカー 2
まあ、ちょっと、これやばいな、これ。
やばいですか。
スピーカー 1
もう、あれだね。エピソード2はね、ポップな話になるんじゃないかなと思うんです。
スピーカー 2
そうですね、今度は、捜索に向かっていく話。
そうね。
はい。でも、観光の話なんかも返すかと思うんで。
はい。
確かにすごい始まりですよね。
そうね、なんか。
まあ、いいか。
(笑)
45:40
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