Keiwa Peace Projectの設立と活動
宇賀田雛帆
敬和キャンパスレポ、この番組は、柴田市富塚にある敬和学園大学の大学生が、
大学に関わるイベントや人、柴田のことなどをテーマにお届けします。
敬和キャンパスレポは、実践するリベラルアーツ、敬和学園大学の提供でお送りします。
皆さん、こんばんは。この番組は、敬和学園大学から、大学のことや、新発田、新潟のことを伝える30分番組です。
今日の進行は、国際文化学科4年の宇賀田雛帆と、
坂爪海友
国際文化学科2年の坂爪海友です。どうぞよろしくお願いします。
宇賀田雛帆
今日は、「Keiwa Peace Project」から、石井由希さんと若月美羽さんにおいでいただきました。どうぞよろしくお願いします。
石井由希
よろしくお願いします。
宇賀田雛帆
ではまず、私、宇賀田から、手元の資料に基づいて、お二人のプロフィールを紹介します。
石井由希さんは、阿賀野市の出身で、
敬和学園高校を
ご卒業後、
敬和学園大学の英語文化コミュニケーション学科に入学され、現在4年生です。
益谷ゼミに所属され、英語教育、児童英語教育、キリスト教教育を学ばれています。
続いて、若月美羽さんは、
新発田市のご出身で、
第一学院高校をご卒業後、
英語文化コミュニケーション学科に入学され、現在4年生。
主濱ゼミに所属され、
文学文化コースで学ばれています。
坂爪海友
続いて、KPPについてです。
KPP、keiwa peace project〜祈り・つながり・希望〜 は、2021年8月に設立された、比較的新しいサークルです。
広島・長崎に投下された原爆を中心に、平和について考え、活動しています。
事前に頂いた資料によると、石井さんがこのKPPを立ち上げられたそうですね。
石井由希
はい。
高校3年生の時に、
英語特攻という平和について、英語で学ぶ授業を履修していました。
3年生の英語特攻の授業で学んだことを元に、
KPPの活動を行っています。
高校3年生の時に学んだことは、
石井由希
8月の原爆投下の日に合わせて、実際に広島を訪れて、
石井由希
その後、1月に英語特攻の学びの集大成として、
豊栄の公民館で、
原爆展を開きました。
原爆展を開いた時に、
敬和学園大学の先生が見に来てくださって、
そこで繋がりができて、大学に入ってから、
石井由希
サークルを立ち上げて、継続して学んでいます。
宇賀田雛帆
KPPは、メンバーが集まって、平和について学び、
広島風お好み焼きの販売とオリゼルプロジェクト
宇賀田雛帆
考えて、さらに様々な活動を展開されているということでしょうか。
若月美羽
はい。平和について考える活動としては、
広島や長崎、それから原爆のことを学ぼうということで、
学習会を行ったりだとか、ニュースや記事などを、
グーグルクラスルームやLINEに共有したりしています。
宇賀田雛帆
メンバーというのは、今どのくらい人数がいるんですか。
若月美羽
今は8人で活動しています。
宇賀田雛帆
それは、サークル内で共有し合うという。
若月美羽
はい。
そうですね。
宇賀田雛帆
それを外に
発信とかは、特に。
若月美羽
あまりないんですけど、インスタグラムもやっておりまして、
そこでストーリーで共有したりというのは、
ちょこちょこですけれど、ありますね。
宇賀田雛帆
はい。ありがとうございます。
石井由希
はい。具体的なKPPの活動としては、
一番最近あった大きな活動は、
敬和祭への参加です。
敬和祭は10月の末に行われて、
今までは展示部門で、
広島や長崎のことを紹介するという活動をしていたんですけど、
今年は、新しいことに挑戦しようということで、
屋台部門で参加しました。
屋台部門では、広島との関係をどうしても断ちたくなかったので、
ただ参加しているだけにはしたくなかったので、
広島風お好み焼きを作って販売しました。
販売するときに、KPPの紹介や、
広島風お好み焼きというものができたルーツを、
リーフレットにして、一緒に皆様にお渡ししました。
石井由希
継続的にしている活動は、
石井由希
折り鶴プロジェクトです。
折り鶴プロジェクトは、
皆さん知っているか分からないんですけど、
佐々木禎子さんという方が、
被爆された方なんですけど、
被爆して
すぐは元気に過ごしてたんですけど、
小学校6年生の時に、
白血病になって、
亡くなってしまった方なんですけど、
その方が入院しているときに、
自分で、お菓子の包み紙などで、
折り鶴を折って、
早く病気が良くなりますように、
という願いを込めて、折り鶴を折っていて、
それを知っていたお友達が、
禎子さんが亡くなった後に、
広島に原爆の子の像っていうのを、
作りました。
その原爆の子の像の周りには、
世界中からたくさんの折り鶴が送られてきて、
石井由希
折り鶴で溢れてるんですけど、
石井由希
KPPもそこに折り鶴を送ろうということで、
千羽鶴を作る活動をしています。
8.6平和学習プロジェクトと活動の説明
石井由希
去年の敬和祭の時に、
石井由希
千羽を達成して、
今は、皆さんから折っていただいた折り鶴を、
石井由希
メンバー全員で繋げる活動をしています。
石井由希
他の大学との繋がりで、
石井由希
8.6平和学習プロジェクト、
というものも行っています。
石井由希
この8.6平和学習プロジェクトは、
石井由希
広島女学院大学さんが主催の活動なんですけど、
毎年お声掛けいただいて、
石井由希
証言の視聴であったりとか、
広島女学院大学さんの平和記念式典に、
石井由希
参加させていただいたり、
石井由希
オンラインではあるんですけれども、
広島平和記念公園の周りの日を、
案内していただいたり、
石井由希
そういうことをしています。
宇賀田雛帆
すごい
たくさんの活動をされているんですね。
話の中で、
敬和祭で広島風お好み焼きを発売して、
その時に、
リーフレットをお渡ししていた、
という話があったんですけど、
そのリーフレットは、
どんな内容が書かれているものだったんでしょうか。
石井由希
リーフレットは、
広島風お好み焼きの歴史について書きました。
広島風お好み焼きは、
生地や野菜、
石井由希
お肉を混ぜない重ね焼きが、
石井由希
特徴です。
石井由希
広島風お好み焼きは、
石井由希
大正時代がルーツになっていて、
駄菓子屋さんなどが、
おやつとして、
安く提供していたことから、
石井由希
その名がついています。
原爆投下で、
石井由希
焼け野原になった広島で、
食糧難に苦しむ人々の、
空腹を満たす存在になりました。
なるべく、
安くお金をかけずに、
お腹いっぱいになるためには、
どうしたらいいか、
ということを考えた結果、
だったんですけど、
最初は、
キャベツとかの野菜を入れて、
焼いていたんですけど、
今は、
石井由希
お肉とか卵を、
あと焼きそばとかも入れて、
今の形になりました、
石井由希
っていうような歴史を入れて、
リーフレットを開封しました。
宇賀田雛帆
最初は、
野菜だけだったんですか?
石井由希
そうですね。
なるべく、
安くっていうところが、
一番のポイントだと思うので、
石井由希
なるべく、
石井由希
安く手に入るものを、
どうやってかさ増しして、
どうやってお腹を満たすか、
石井由希
っていうところが、
石井由希
ポイントかなって思います。
宇賀田雛帆
今はもう、
ボリューミーなイメージが、
すごいあるので、
知らない人って多いから、
すごいなんか、
でも知ると面白い、
面白いっていうか、
なんか、
ためになるっていうお話ですね。
石井由希
そうなんだ、
って思いますよね。
宇賀田雛帆
うん、思いますね。
敬和キャンパスレポ。
坂爪海友
太平洋戦争が終わってから、
78年が経過し、
戦争を知る世代が減ってきています。
私たちにとっても、
戦争のことというのは、
かなり昔のように感じます。
KPPは大学の中で、
平和を考える活動をされているわけですが、
学内で、
さらには地域の人々が、
平和について考えていくためには、
石井由希
どのようなことが必要だと思いますか?
若月美羽
はい。
そうですね。
戦争って聞くと、
過去のことっていうふうに、
思いがちなんですけど、
今でも実際には、
世界各地で、
戦争が起きています。
戦争が起きているっていう、
事実を身近に捉えてほしいっていうのが、
私たちの思いとしてあって、
やはり平和について考えると言うと、
どうしても難しく考えてしまうというか、
ハードルが高いというイメージがあると思います。
そこをいかに、
関心を持ってもらえるように伝えるか、
例えば難しい単語を並べすぎないとか、
あまり深い、
ディープな内容じゃなくて、
まずは基本的なところを伝えるようにするか、
そこが結構難しくて、
試行錯誤しながら活動しています。
坂爪海友
なるほど。
どうやって、
このKPPサークルから、
みんなに伝えていますか?
若月美羽
そうですね。
文字というか、
言葉だけで伝えると、
イメージしにくいっていう部分があると思うので、
発表の機会をいただけたときは、
スライドを使って、
写真だったりも盛り込みながら、
伝えやすくしたりとか、
あとは、
インスタグラムですね。
インスタグラムの投稿で、
こう、
写真にちょっとこう、
編集というか、
コラージュ風に作って、
みんなが見やすいように、
分かりやすいように、
っていうのは心がけています。
坂爪海友
なるほど。
ありがとうございます。
宇賀田雛帆
さて、ではここで1曲お届けします。
今日の曲はこちら。
ホルキーズ ルートビア
ホルキーズは、
沖縄出身の4人組バンドで、
同じ中学校の音楽好きの先輩・後輩で、
2014年に結成されました。
ルートビアというのは、
ノンアルコールの炭酸飲料で、
アメリカに起源を持つ炭酸飲料です。
沖縄の人々には、
日常的な飲み物として、
親しまれています。
今日は後半、
沖縄の話題になりますが、
沖縄に行かれた若月さんは、
このルートビア、
飲まれましたか?
若月美羽
お恥ずかしながらですね、
飲んだことがないです。
宇賀田雛帆
それでは聴いてみましょう。
ホルキーズ ルートビア
坂爪海友
お届けした曲は、
ホルキーズ ルートビアでした。
敬和ピースプロジェクトの紹介
坂爪海友
今日の敬和キャンパスレポは、
平和について考え、
活動するサークル、
Keiwa Peace Project、
KPPについて、
設立メンバーである石井由希さんと、
若月美羽さんにお話を伺っています。
後半もよろしくお願いします。
お願いします。
後半は、
若月さんが、
8月26日から29日にかけて参加された、
沖縄県での平和学習についてです。
この平和学習では、
沖縄キリスト教学院大学の先生が、
案内をしてくださったそうです。
沖縄戦に関する場所、
具体的な場所は、
平和記念公園や、
姫百合記念資料館、
第32軍司令部の壕などに行かれたそうですが、
宇賀田さん、ご存知のところはありますか?
宇賀田雛帆
私は、
小学校の時に、
平和記念公園と、
姫百合記念資料館に、
行ったんですけれども、
ちょっと記憶が、
曖昧なところも、
あるので、
若月さんに、
ちょっと詳しくお話を、
うかがって
いきたいんですけれども。
若月美羽
はい。
まず、
沖縄平和記念公園にはですね、
平和の礎っていうものがありまして、
その平和の礎には、
石井由希
慰霊碑というか、
若月美羽
沖縄に、
全国から沖縄に来た日本兵や、
アメリカ兵、
それから沖縄住民、
約24万人の名前が、
彫られたものが、
宇賀田雛帆
私も見ました、それ。
若月美羽
見ましたか。
宇賀田雛帆
もう、すごい量ですよね。
若月美羽
そうなんですよ。
新潟の、
新潟から来た方の名前も、
結構多くありました。
それから、
やっぱりこう、
幼い子供だったり、
赤ちゃんの中には、
名前がわからない子も、
いたので、
〇〇の子とか、
〇〇の孫っていう風に、
表されているものもあって、
ちょっと驚きましたね。
宇賀田雛帆
ちゃんとそこも、
ね、書かれているんですね。
〇〇の子。
若月美羽
そうなんです。
〇〇さんの子、
みたいな感じで、
名前がないから、
わからない。
もう多分、
知ってる人が、
いなくなってしまったから、
そう、
表さざるを得なかった、
かなと思います。
沖縄戦に関する場所の訪問
宇賀田雛帆
姫百合記念資料館は、
どうでしたか。
はい。
若月美羽
姫百合記念資料館は、
兵力不足がどうしても、
沖縄戦あったので、
それを補うために、
県内にあった、
すべての中等学校が、
師範学校っていうところから、
学生が動員されたんですね。
で、その中でも、
主に看護活動に当たったのが、
15歳から19歳の女子生徒、
ということで、
この姫百合学徒隊っていう言葉は、
聞いたことが、
皆さんもあるかなと思うんですけど、
主に、
沖縄師範学校女子部、
沖縄県立第一中学校、
240名の生徒と、
教師が、
日本軍の病院に動員されて、
そのうち、
227名が、
命を落とす、
ということになったんですけど、
どういう出来事があったのか、
っていうのを、
伝えているのが、
この姫百合記念資料館、
になります。
宇賀田雛帆
女性が、
看護してた?
石井由希
はい。
そうです。
宇賀田雛帆
のために、
病院に、
若月美羽
ってことですか?
宇賀田雛帆
沖縄、
石井由希
陸軍病院第3外科、
宇賀田雛帆
っていうものがあって、
陸軍病院第3外科、
若月美羽
っていうものがあって、
陸軍病院第3外科、
っていうものがあって、
それは、
すごく大きな穴、
掘って、
その中に、
看護活動してた、
っていうので、
なので、
暗い中で、
でも、
宇賀田雛帆
建物とかじゃなくて、
若月美羽
そうなんです。
宇賀田雛帆
下?
下に、
地下っていうか、
若月美羽
木の地下?
下?
はい。
宇賀田雛帆
それが、
若月美羽
今でも、
宇賀田雛帆
残ってるってことですか?
残ってました。
若月美羽
暗くて、
そして、
狭いので、
衛生環境も、
悪い、
っていうところで、
暗くて、
そして、
狭いので、
まだ10代だった、
若者が、
そうやって、
宇賀田雛帆
恐怖と、
若月美羽
向き合いながら、
死とも、
向き合いながら、
戦っていた、
っていうのが、
イメージというか、
浮かんできて、
すごく胸が、
張り裂けそうに、
なりました。
宇賀田雛帆
すごい、
今、
知識を、
持っていらっしゃって、
いろんな話、
していただいたんですけど、
今回、
訪問前に、
事前学習を、
されていったと、
伺っていますが、
石井由希
はい。
宇賀田雛帆
何か、
何か、
何か、
若月美羽
何か、
宇賀田雛帆
新潟で、
勉強していた、
内容と、
現地に、
実際に、
行っての、
印象っていうのは、
だいぶ、
違いましたか?
若月美羽
だいぶ、
違いましたね。
やっぱり、
その、
戦争の、
沖縄戦の、
概要だったり、
そういう、
姫百合、
学徒隊の、
話とかも、
お聞きし、
学んではいたんですけど、
やっぱり、
実際、
その場に、
行って、
例えば、
壁、
に、
掘って、
砲弾の跡が、
こう、
すごく、
くっきり、
残っていたりとか、
あとは、
さっきも話しに出た、
平和の石地、
の、
近くの、
海、
ここが、
真っ赤に、
当時、
染まったんだよ、
とか、
お話を聞いて、
あ、
今、
私が、
立っている、
この場所で、
実際に、
起きていたんだな、
って思うと、
こう、
より、
残酷さというか、
宇賀田雛帆
その、
その場に、
自分がいる、
って考えると、
やっぱ、
若月美羽
ここで、
ってなると、
宇賀田雛帆
気持ち的にも、
だいぶ、
変わってきますもんね。
若月美羽
はい。
坂爪海友
お二人は、
4年生ということで、
卒業される、
わけですが、
KPPの活動から、
得られたものや、
今後、
どのように、
活動が、
続いていってほしいか、
後輩への、
メッセージを、
お願いします。
若月美羽
はい。
KPPの、
活動を、
通して、
平和への、
一歩として、
今、
できること、
っていうのは、
何なのかな、
っていうのを、
常に、
考える、
ようになりました。
また、
平和を、
考える、
には、
一つの視点から、
こう、
だけではなくて、
こう、
もう一つの視点で、
もう一方の視点で、
見たら、
あ、
全然、
この出来事、
全く違って見えるな、
っていうことも、
あったので、
その背景を知った上で、
多面的な視点を持って、
考えることが、
重要なんだな、
と、
いうことが、
できました。
後輩への、
メッセージ、
ですよね。
後輩への、
メッセージ、
はい。
やっぱり、
学内は、
もちろん、
なんですけど、
こう、
もっと、
こう、
外というか、
外部の人たちとも、
こう、
繋がり、
交流を持ちながら、
もっと、
広が、
この活動が、
広がっていって、
欲しいな、
と思っています。
坂爪海友
これを機に、
KPPのメンバーが、
さらに増えると、
いいですね。
だそうです。
ぜひ、
入ってください。
石井由希
えっと、
私は、
石井由希
えっと、
KPPの、
石井由希
まず、
名前のお話を、
したいんですけど、
はい。
KPPは、
石井由希
あの、
石井由希
正式名称みたいに、
使われてるんですけど、
KPPの正式名称
石井由希
実は、
違って、
えっと、
KPPの、
正式名称は、
Keiwa、
Peace Project、
祈り、
繋がり、
希望、
と、
石井由希
言います。
石井由希
ちょっと、
長いので、
えっと、
覚えてください、
って、
石井由希
いつも紹介をしています。
石井由希
Kは、
Peace Project、
祈り、
繋がり、
希望、
の、
石井由希
その、
3つのキーワードには、
それぞれ、
石井由希
意味が込められていて、
石井由希
祈り、
というのは、
石井由希
この、
キリスト教教育を、
えっと、
中心に据えている、
敬和学園大学から、
始まった、
石井由希
学びなんだ、
っていうことを、
石井由希
表しています。
この、
祈りは、
メンバーだけの、
祈りではなくて、
石井由希
平和に向けて、
平和な世界を、
望んでいる、
石井由希
祈っている、
という意味も、
石井由希
込められています。
石井由希
繋がり、
というのは、
人と人との、
繋がりを、
大切に、
活動を、
石井由希
続けていこう、
という、
えっと、
石井由希
意味が、
込められていて、
最後の、
希望、
っていうのは、
私が一番、
石井由希
好きな言葉なんですけれども、
えっと、
石井由希
希望って、
石井由希
みんな、
石井由希
それぞれ、
違う、
希望を、
石井由希
持ってると思うし、
石井由希
望んでいる、
平和な世界って、
みんな、
石井由希
それぞれが、
別のものを、
石井由希
望んでいても、
石井由希
おかしくないけれども、
石井由希
それぞれが、
持ってる希望に向かって、
一つになって、
活動したいな、
石井由希
っていうことで、
石井由希
この、
石井由希
名前が、
石井由希
付いています。
KPPの活動と繋がり
石井由希
私は、
平和ピースプロジェクトの、
活動で、
たくさんの人との、
繋がりを、
感じながら、
活動をしました。
石井由希
自分は、
石井由希
思っている以上に、
たくさんの人に、
支えられて、
たくさんの人と、
石井由希
繋がって、
石井由希
今を生きているんだ、
ということを、
実感しました。
石井由希
KPPも、
石井由希
最初は、
私が、
友達に、
声をかけて、
友達から、
友達から、
石井由希
始まった、
石井由希
サークルです。
でも、
石井由希
今は、
KPPを、
石井由希
知ってくれた、
石井由希
後輩が、
石井由希
一緒に、
活動したいって、
石井由希
集まってくれたりとか、
後輩の、
石井由希
友達が、
石井由希
入ってくれたりとか、
敬和祭では、
石井由希
たくさんの人に、
リーフレットを、
石井由希
配って、
石井由希
たくさんの人に、
繋がって、
折り鶴も、
千羽、
石井由希
たくさんの、
石井由希
いろんな人に、
折ってもらって、
本当に、
自分は、
今まで、
思っていた以上に、
たくさんの人と、
繋がっているんだな、
ということを、
石井由希
実感しました。
後輩へのメッセージ。
石井由希
えっと、
私が、
この、
サークルを、
立ち上げてから、
ずっと、
言っている言葉が、
あるんですけど、
それが、
石井由希
小さなことの、
積み重ねが、
石井由希
大きな希望に、
っていう、
石井由希
言葉なんですけど、
石井由希
それが、
石井由希
大事だと思うんですけど、
えっと、
石井由希
KPPは、
石井由希
まあ、
メンバーも7人、
今7人だし、
石井由希
大学のサークル、
石井由希
なので、
石井由希
できることは、
石井由希
たくさん、
石井由希
あるけれども、
石井由希
そのひとつひとつは、
石井由希
大きくなくて、
石井由希
限られている、
ってところが、
石井由希
あって、
石井由希
だけど、
石井由希
その小さなことを、
たくさん、
積み重ねることで、
大きな希望に、
石井由希
なるんだよ、
石井由希
っていうことを、
後輩にも、
石井由希
そのことを後輩にもずっと胸に留めながら、小さな活動でもいいから、何でもいいから、活動を少しずつつなげていってほしいなというふうに思います。
坂爪海友
すごい、心に刺さりました。ありがとうございました。
宇賀田雛帆
ありがとうございます。
今日の敬和キャンパスレポは、平和について考え、活動されているサークル、Keiwa Peace Projectの石井由希さん、若月美羽さんにお話を伺いました。
どうもありがとうございました。
若月美羽
ありがとうございました。
坂爪海友
さて、エンディングです。若月さん、平和学習で沖縄に行ったという話をお聞きしましたが、平和学習以外に何か沖縄での思い出とかありますか?
若月美羽
琉球舞踊を見ながら、アグー豚を食べるという贅沢な経験をしてきました。
坂爪海友
アグー豚って何ですか?
若月美羽
アグー豚って何ですか?
アグーっていう沖縄の豚さんがいまして、その豚さんを、私は焼いたアグー豚を食べたんですけど、すごく身が引き締まってて、ジューシーでした。
宇賀田雛帆
普通の豚肉と違うんですか?
若月美羽
やっぱり違いますよね。
だから、口に入れた瞬間に、なんか旨味というかが、ふわーって広がる感じ。
皆さんも食べられてみてください。
宇賀田雛帆
食べられてみてください。
若月美羽
食べてみてください。
坂爪海友
沖縄でしか食べれないんですかね。
若月美羽
はい。
坂爪海友
聞いたことないですもんね。
若月美羽
そうですね。ここら辺では多分あんまり流通してないんじゃないかなと思うので、ぜひ沖縄に行かれた際には食べてみてほしい。
一品ですね。
坂爪海友
わかりました。
若月美羽
はい。
坂爪海友
ありがとうございます。
宇賀田雛帆
はい。では、今日の放送はこの辺で。
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番組名、敬和キャンパスレポで検索してみてください。
今日の敬和キャンパスレポ、終了の時間です。
皆さん、おやすみなさい。
敬和キャンパスレポは、実践するリベラルアーツ。
敬和学園大学の提供でお送りしました。