奏でる細胞 SCIENCE & MUSIC PODCAST
こんにちは、タツです。
こんにちは、ゆりかです。
こんにちは、サトルです。
今日はですね、奏でる細胞に非常に嬉しいゲストに来ていただきました。
アラバマ大学バーミンハム校の大塚 サトルさんです。
本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
理由としてはですね、大塚さん非常に発信の方で大活躍されておりまして、
がん研究者として、がんの患者さんをサポートするような発信の中で非常に素晴らしい発信をしている。
そしてもちろん研究への力もある。
そして患者さんとのですね、その関わり合い、発信の中での関わり合いの優しさに僕触れて、
本当にすごいその温かさ、温かい発信をされているというところに感動しました。
で、一緒にやっているのがUJAの活動なんですけど、次世代の研究者を育てていこうということで、
がん分野のですね、UJA論文賞というのを一緒にやってまして、
次世代育成に対する情熱にも触れることができて、
それでいて普段非常に穏やかな姿を持っているということで、
この大塚さんに来ていただいて、ポッドキャストの中でぜひお話しさせていただきたい、
そういった気持ちで呼ばせていただきました。
いやー、あの本当たつさんにはいつもいろいろお世話になってまして、
ちょっと話聞くと一体何者なんだろうというぐらいのいろいろなことをやってますけど。
確かに何人もいるんじゃないかって、大塚さんという人が何人もいるんじゃないかと思っちゃうぐらいの。
ハートルさんいっぱいいますよね。
まあ研究者です本当に、がんの。
UJAの中ではいろいろお二人にはお世話になってて、
今回お招きいただきまして本当にありがとうございます。楽しみにしてました。
去年の2月のキャンサーXでは私たちやり終えましたよね。
そうですよね。去年は2月にキャンサーXっていうがんの患者さん向けの、
というかがんについて語ろうっていう会があって、
そこでがん研究者について話すセッションというのを一緒にやりまして、面白かったですねあれは。
面白かったですね。私は研究者が大好きだと公言している。
そんな公言してる人世界にいます?私は研究者が大好きなんですっていう人、
なかなか見ないでしょ大塚さん、佐藤さん。私唯一と自称してるんだけど。
研究者好きね。
研究者好きとして、前回はがん研究をなさっている方々と共に、
こんな研究があるんだよ、こんな時に研究者になろうと思ったんだよ、
そしてこういう研究者になっていきたいんだよっていうお話をしたんです。
カルロス聞いてる?カルロス、こんな素敵な研究者がたくさんいるんだよ。
本日の企画なんですが、ゆりかさん、がん研究者を含めた様々な研究者が大好きなゆりかさんの願いで、
今回はゆりかさんの部屋ということで、ゆりかさんと大塚さんの、佐藤さんの1対1の対談を前半でお送りしたいと思います。
はい、それではゆりかさん、スタートお願いします。
佐藤さん、ようこそゆりかの部屋へ。
どうもーって、これなんかてつこの部屋的な感じでしょうかね、やっぱりね。
そういう感じなんだけれども。
よろしくお願いします。
あのですね、今日実は夕方に佐藤さんとの約束があることもわかってはいたんですけども、
Amazonのね、話が随分飛ぶんですけど、Amazonで買ったものを返品しなくてはいけなくて、
たまたまアメリカの医療服のお店っていうのかしら、デパートメントですよね、
コールズに行かなくてもいけなくなって、どこにでもありますよね、あれね。
そしたらですね、ちょうどクリスマスが終わって、1月1日が終わって、ホリデーが過ぎたところで、
案の定、アメリカに住んでると想像つきますよね、
ホリデーギフトのリターンの列に並ぶことになっちゃったんです。
時間がないのに困ったなぁ、でもいつも来ないところに来てるから、
今日は並ばないといけないなぁと思って、静かに並んでたんです。
周りの方も静かに、そこでですね、物であふれてるんです。
まず第一にデパートそのものに、ありとあらゆる色、ありとあらゆるサイズ、そして形、
もうとにかく山のように、アメリカの普通の医療、量品店に並んでるんですね、山のように。
そして今度は、ふと片側に目を向けると返品の山なんです。
日本だとなかなか返品っていう感覚はないかもしれないけど、
アメリカには買ったものがレシートがなくても、最近レシートなくても返品できて、
それがギフトとしてもらったものでも返品できちゃうんですよね。
そして今度は並んでる人それぞれが、その山を抱えてるんです。
この山。そしてさらに、ホリデーが過ぎてますから、
売られてるものがほぼ70%オフになって、また山のように売られてるんですね。
で、客層は悪くないんです。
そして静かに自分の番を待っていると、私もその中の一人でした。
そしてこう、売られてるものを見るわけです。
ああ、私に必要なものはないなーって言いながらも、なんとなく探してみたりとか、
あとは、ああ、こっから探すのが難しいなーって思ったりとか。
そして時計を見ると大塚さんとの時間も近づいてきていて、
あら、どうしようって思ったとき、はーっと思ったんです。
これは大塚さんが向き合っているエセ科学と真の科学の情報のものに近いものがあるんじゃないかと思って。
なるほど。
この山、山。
そう、これは。
というのは情報となったりすると、本屋さんで本としてきちっと角が揃えられて並んでいる本、
それとかインターネットの中だと自分でクリックしていくから、
自分で選んでいるよう、クリーンな中でものを選んでいるような気持ちを持っているのかもしれないけど、
在庫と言ったら失礼だけど、売られているものの山山山を見たときに、
ビジュアルで一気に迫るものを感じて、
これは交通整理が大事だし、灯台が必要だし、光を放つ灯台が必要だし、
誰かが導いてくれないと、この中からものを見つけるっていうのはどんだけ大変なことなんだろうかと思って、
そこで佐藤さんを思ったんです、私は。
本当にSNSの中にツイッターとかで流れてくる情報ってのはまさにそういう状況ですよね。
山のように情報が転がっていて、中には明らかに良くない商品だけど、
見た目すごく良くなってたりとかして、思わず手に取ってしまうとか、そういうものですよね。
例えばクリスマスのシーズンだと音楽が鳴ったり、カレンダーの日にちが次々とホリデーに近づいていくと気持ちが焦りますよね。
そうすると手に取ってしまう。そしてたくさん抱えてしまう。
情報、科学というものもそういうものなのかなと思って。
というのは、科学を習ったときには、順番立ててきちっと習った気持ちでいたんです。
なんだけれども、それが自分の手から離れてしまったり、どこか分からないところからやってきたときには、
それが溢れるばかりのものになって収集がつかなくなってしまう。
まさにこの中に私たちは住んでいるんだなと思って。
まさに新型コロナの情報なんか本当にそうですよね。
結局正確な情報というのはもちろんあって、世の中に置いてあるんですけど、
それよりも膨大な数の間違っている情報とか不正確な情報がドゥワーッと流れてきちゃうから、
もう正確な情報が埋もれちゃって、どこにあるのかという感じになって、
結局その中から探すのはめちゃくちゃ難しいですよね。
難しい。
だいたい一目につくものって短絡的で分かりやすくて、
誤解を招くやつが本当のものほど流れてくるので難しいんですよね。
みんなが押し付けてくる情報はそういうものが多いんでね。
前に目立つ棚に置いてあるやつは。
難しいですよね、本当に。
教育でも困ったときに何かつかみたいってなってくるんですよね。
僕ね、生物学でやっぱりこのカナデル細胞でやってることもすごい似てるところがあって、
やっぱり誰かが命の危機にあるとか、誰かが病気になってしまった、子供が病気を持って生まれてきたって言ったときに
突然科学、特に生物学の知識にドーンって触れなきゃいけなくなったときに
準備ができてないとやっぱり取捨選択ができないなと思うんですよね。
難しいですよね。
どうやってもみんな病気になりますからね。
だけど病気になるまではみんなやっぱり興味がないんですよね。
だから難しいっていう。
こういうたくさんたちがやられてるような活動って本当に大事だなと思ってて、
というのは真面目に伝えるとやっぱり届かないところがあるんですよね。
結局私たちみたいな情報発信してる人たちも本当に悩みの原因の一つは、
真面目にやらないと怒られちゃうんですけど、
癌の話とかって特に真剣に真面目に向き合ってる人が山ほどいるので、
あんまりふざけた表現とか、ふざけた姿勢で言ったりすると、
これは結構反感を買ったり怒られたりするので難しいんですけど、
その中でいかにどうやってスタイルを崩してとか、
どうやって平坦な冷たい情報発信に結局なっちゃうんですけど、
医療って真面目にやってくると、
それをいかにして温かみのあって親近感が湧くような情報にできないかっていうところが結構テーマで、
それで何ていうのか、
なんかこの情報面白いなっていうよりは、
むしろこの先生だったら信用できるなとか、
この先生だったら話聞いてみたいなっていうふうに思ってもらうような、
発信こそが多分ゴールなのかなとは思ってるんですけどね。
だから笑いみたいにすんならちょっとやや難しいんですよ。
本当にそれは難しい。
本当に下手すると炎上しちゃうんでね。
どうやってその境界ギリギリまでうまく崩して伝えて、
なおかつ肌感というか温かみが伝わるかみたいなね。
そこが重要かなと思ってて、
お二人のやつなんかまさにそういう温かみが伝わっていいなと思うんですよね。
科学を真面目に平坦に話してもみんな面白くないんで。
カルロスがね。
カルロスさんがすごくやっぱり音楽家なので、
お二人すごく面白い話なのに、
ポッドキャストでみんなの前でオフィシャルな形ってなるとすごく固くなると。
一個でもやっぱり間違っていることを発信したくないっていう気持ちの方が強くなる。
もともとやっぱり研究者の気質の方が強いんで。
カルロスさんがね。
そうそう僕がね。
そうするとカルロスがちょっと間違っててもいいんだよ。
でもみんなに楽しいってことを伝える方が大事なんだよって。
彼が言ってくれるんでそこでね。
そこもね。
研究者には本当にそこが引っかかるところで。
とにかく間違いを許されないっていう感情があるんでね。
だからそれ突き詰めていっちゃうと何も言えなくなっちゃうでしょ。
そうなんですよ。
何も発信できないってなって。
実はお医者さんが発信しない理由が多くはそれだと思うんですよ。
一個も間違えられないっていうプレッシャーがあるから。
そうすると一個のことを簡単に話すだけでもめちゃめちゃ下調べしなくちゃいけなくなって。
そうなんですよね。
今日の教科書で正しいことが5年後正しくないときが結構あるじゃないですか。
ありますし。
まあ難しいのはどこまでで線引きするかって難しいですよね。
例えばこうなんていうのか。
これはがんにを予防するとかいうシンプルな結論ってないじゃないですか結局。
ないですよね。
研究の世界だったらどちらの意見もあってこれは良いっていう意見もあるし悪いっていう意見もある。
だけど今は良いって方がはるかに市長としては多いしデータも多いから今の時点では多分良いでしょうっていう結論になって。
でもこれがYouTubeとかTwitterになっちゃうとこれ良いって言ったらただの一言になっちゃうから。
そうすると一言じゃないと伝わらないですよね。
どちらもありますよなんてこと書いてたら誰も見てくれないから。
結局一言にしないといけないんですけどそれをいかにうまく両方あるんだけどっていうのを語尾で伝えるっていうかね。
細かな文脈の中でそのニュアンスをちょっとだけでも伝えるっていうのは結構難しい工夫が必要ですよね。
研究者の方にはそう言われちゃったりしてそんな結論つけられないでしょうみたいなね。難しいんですよ。
方々で炎上してしまうっていうね。
だから結局誰に向かって喋ってるのかってことなんでね。難しいですね。
そうですね。
よく電車の例えをすることあるんですけど何か伝える時に路線図みたいに伝えるのが医学の情報発信だと私は思ってて。
電車の路線図ってすごいシンプルじゃないですか。
つまり隣の駅と隣の駅また隣の駅って全部が同じ距離で書いてありますけど実際は距離違うじゃないですか。
位置関係も北にあったり南にあったり実はずれてるんですけどすべてを位置関係を無視してシンプルにしてますよね。
ただ電車に乗ってる人にとってあれで必要12分でむしろ北に行ったり南に行ったり長さが違ったりすると訳分からなくなって
乗ってる人たちは2つ目の駅で降りるとか3つ目の駅で降りるしか考えてないわけなんで。
だからそうなるとあの路線図の情報が多分一番ベストな表現なんですよね。
医学も詳細にこだわりすぎて路線図をすごい難しいメルカトル図法で書いたりしたら多分分かりにくくて伝わらなくなっちゃって
それをいかにシンプルに観察の目的に合わせて明確にシンプル化するのかっていうところに多分コミュニケーションのテクニックがあって
科学もそうだと思うんですよね。
微細なところに面白さはあるんですけど、いかに一般の人のニーズに合ったシンプル化をするかっていう
それがきれいにできてる人はめちゃくちゃ面白いっていうことになると思うんですよね。
佐藤さんはそういう能力をどうやって手に入れてきたんですか?
たぶん一番鍛えられたのはやっぱり医者時代に患者に説明するときですね。
脳外科医って結構説明することが多い上に急にクリティカルな状況になっている人たちは結構いるので
例えば脳梗塞とか脳卒中とか蜘蛛膜化出血になってドッと運ばれてきて
昨日さっきまで元気だった人が急にお父さん倒れちゃってっていう状況の中で家族に説明しないといけない
そうなっている状況っていうのは向こうは慌ててるわけですから
相当説明を受け取る姿勢としては難しいわけですよね。
その中でもただ明確に説明して、しかも急いでますから
すぐ治療始めるだけないから短期間で重要な情報をバシッと伝えて
家族に完璧に理解させないといけないっていう
そういう環境を日々日々繰り返していくうちに説明のコツっていうか
どうやったら伝わるんだろうとか、どうやってシンプル化したらいいんだろうかとか
あとは入りのポイントとか、終わりのポイントとか
どうやって入って行って話に、どうやって話を終わらせたらいいのかとか
そういうのがやっぱりすごい勉強になってましたね、その時の医者時代は
相手が持っているキャッチャーミットの場所を的確に見つけて
そこに確かなボールを送るっていうことですね
あとはその姿勢を出すこともやっぱり大事で
なんていうのか、医者としてこの病気に対して
すごい私は真剣に向き合ってますよっていうのをやっぱり
姿勢で示すこともすごく重要ですし
あとはこちらとしてはもうとにかく最善を尽くしてますっていうことを
ちゃんと伝えることとかね
そういうなんていうのか、結構言葉だけじゃない
真摯な姿勢と
雰囲気とかね、そういうのも非常に重要で
そういうなんていうのか、微細なところに実は伝わりやすさって
なんかあるなっていうのは、その医者時代に結構感じたんですよね