最近展示も見まして、
これはどうなんだろうな、話題になってる気がすれば。
話題になってる展示。
国立ハンセン病資料館の2026年度の企画展で、
ハンセン病療養所の中の外国人という展示を見てきました。
これは清瀬の国立ハンセン病療養所の家族の資料館ですね。
東京の資料館、ハンセン病資料館ですね。
これはね、面白かったですね。
海外ルーツの人たち。
そうですね。海外ルーツの人たちに光を当てていた。
もともと、私、ハンセン病療養所について興味を持ったきっかけの一つに、
めっちゃ有名な写真で、絶毒という写真があって、
ハンセン病の療養所の入所者さんで視力障害を失明していて、
指先の感覚っていうのもかなり鈍くなってくるので、
目で文字を読むことができない。
点字でね、そういう場合は文字を読むっていうことになるんですけど、
ハンセン病の場合は指の感覚も乏しいので、点字もちょっと使えないということがあって、
それで、絶毒といって舌で点字を舐めて、その感覚で点字で書かれたものを読むというのを手法が、
多分このハンセン病の、日本のハンセン病の人たちから始まったらしいんですけど。
ああ、そうなんだ。
そうらしい、なんか。
その写真を撮ったのがかなり有名な写真で、絶毒っていう、
まさに舌で点字を舐めている写真っていうのがありまして、
これを撮った人も撮られた人も、在日朝鮮人の人なんですよ。
これは撮った人は、チョウグンジュっていうカメラマンで、
撮られた人はキムハイルっていう、ハンセン病の過人ですね。
タンカを読んでた人なんですけど、
なんでその日本のハンセン病資料館、ハンセン病の歴史の中で、
一番有名な写真と言っていいと思うんですけど、
なんでこれが在日朝鮮人によって撮影されていて、
被写体も在日朝鮮人の人かっていうことがあるわけじゃないですか。
つまりほとんどは日本人が入っているわけですよね。
日本にあるハンセン病療養所なんだから。
これなんでだと思いますか。
なんでだろう。
これは私理由を知って、そうだったのかと思ったんですけど、
かつてはですね、めちゃくちゃハンセン病の人たち差別されて隔離されてたわけですよね。
もともとハンセン病の患者が出た家だとわかったら、
社会的にその家族も差別されたりとか、
世間で生きていけないみたいな壮絶な差別があったわけですよね。
そこからいろんな政治的な戦いがあって、今の状況になってるんだけど、
そういうことを反省していこうっていうような雰囲気になってるんだけど、
ハンセン病療養所って入るときに名前を変えてたんですよ。
だからもう自分のもともとの家族の名前を使わないし、
家族には二度と会えないという思いで、
ハンセン病療養所に収容されていって、
実際に会えない人もたくさんいたんだけど、
だから写真を撮るっていうのがそもそもとんでもないことなんですよ。
ああ、そうか。
撮りたくないんですよ。
誰かっていうことを自分で示すっていうのは、やっぱりとんでもないことなんですよね。
撮られるっていうのもすごく勇気いることなわけですよ。
なんで撮るのか。攻撃でもあるわけですよね、ある種。
急に撮られたりしたら。
本当にその信頼環境を築いて理解を得てないと撮れないですよね、普通に考えたら。
これだから日本人は無理だったんですよ。
なるほど。
結構。
で、これなんで大丈夫だったかっていうと、
朝軍寺自体が在日朝鮮人で、いろんなハンセン病療所を回って、
中にいる在日朝鮮人、つまり同胞ですよね。
同胞の吉見で撮らせてもらったんですよ。
同じ朝鮮人だから、あんたのことを信頼するっていうことで撮らせてもらったんですよ。
なるほど。
でも日本人のカメラマン入らないし、日本人の療養所の人たちはほとんど撮られなかったんですよね。
だからたくさん撮られた写真はめちゃめちゃ朝鮮の人が写ってると。
そうか。
そうなんですよ。っていうのを私はもともと知っていたというか、
結構そういうことだよなという前提があった上でちょっと見たんですけどね。
それでも結構知らないことがいっぱいあった、この展示は。
やっぱりこの展示の一番真ん中の部分は在日朝鮮人で、その中で療養してた人たちの話で、
もともとそのハンセン病という病気自体は結構壮絶な非差別の歴史の中にあるんだけど、
その中で在日朝鮮人の人たちがさらに差別されてたっていう話が出てくるわけですよね。
つまり途中で国籍がないような状態になるわけじゃないですか、戦争終わった後ね。
なんで日本人なら受けられてる保障が実際受けられないとか、そういうことがいっぱいあったんですね。
あとは在日の人たちが日本人に認められたいがゆえに頑張りすぎちゃうって話があって、
つまり慢性的に療養所の中が人手不足なので患者作業っていうのがすごいあるって話があったじゃないですか。
自分たちでインフラを整えたりとかしなきゃいけなかった。
例えば道路を作ったり電柱を建てたりってことをしなきゃいけなくて、
そういう作業ってすごく大変だし体力もいるんだけど、
それをめちゃめちゃ頑張ることですごい施設長に褒められたりしてたんですけど、
ミツタに褒められたりしてたんだけど、やっぱあんたがいないとダメだみたいな感じで。
でもそれっておかしいですよね。
そうだね。
いいように使われてたというか。
ある種。
日本人ならやらなくてよかったようなことをやって体を壊したりしてたんですね。
で、ちょっと私が結構衝撃的だったのは、
そうやって頑張って頑張って道路を作りまくったと、療養所内に。
で、ある人がですね、クボンスっていう人がいて、
この人はですね、そのハンセン病療養所内のすべての道路を作ったと。
その人が関わってない道はないと言われるほどめちゃめちゃ働いて道路を作って、
なんかもう作り終えた後、自殺してしまったらしいんですよ。
えー。
俺はすごいショックで、この話が。
えー。ショックだな。
嫌になったんだろうなって思って。
そうだね。
そういう話がね、結構出てきました。
ちょっとね、この悲しい歴史とかね、闘争の歴史のお話もあると。
だけども、その中にちょっと奇妙というか変わった一人の人の話みたいなのもある。
一人ね、なんかその群馬にクリウラクセイエンっていうハンセン病療養所があって、
私ここ行ったことないんですけど、
ここにその戦後直後に亡命ロシア人の少年が入所してたっていう話があって。
えー。珍しい。
この人はですね、コンスタンチントロチェフっていう人なんですけど、
1928年生まれの人だから、生きてたら98歳ぐらいですかね。
もう亡くなっている方ではあるんですけど、
ロマノフ王朝が倒れて、ロシアの貴族がたくさん国外に逃れて亡命したときに、
日本にやってきた家族がいて、
このコンスタンチントロチェフっていう人はロシアで生まれたんじゃなくて、
日本の神戸で生まれてるんですよ。
日本生まれのロシア貴族の末裔の人。
えー。珍しい。
珍しいですよね。
18歳ぐらいかな。
18歳ぐらいのときにハンセン病発病した後に群馬に入所したらしい。
この人はね、ロシアに行ったことないらしいです。
なかったらしい。
なんかすごいですね。
そうだね。
すごい美少年だったらしくて。
でも確かにロシアの人で美しい人ってめちゃめちゃ日本人にしてみたら、
人間マナーにしてただろうと思うから。
確かに。
なんかすごい人群馬にいたんだなって思って。
18歳みたいなすっごいキラキラした年齢のときに来てて。
そっか。
その人の写真とかもあったんですけど、
なんかさ、ちょっと面白かったのが、めっちゃ猫好きだったらしくて。
全ての写真に猫が見切れてるんですよ。
後ろの方に猫がちょっとだけお尻だけ写ってるみたいなのがいっぱいあって。
ちょっと面白かったな。
この人はなんか詩も書いてたんですけど、
なんかね、詩は日本語でしか書かなかったらしいんですよ。
へー。
ロシア人貴族なんで、親からロシア語を習うじゃないですか。
うん。
で、日本にいたので日本語ももちろんできると。
で、あと英語ができるのと、
ロシア人の貴族ってフランス語で話せるらしいんで、
フランス語もできたんですけど。
すごいな。
いろんな言葉できるんだけど、
日本語のひらがなでしか詩を書かなかったらしい。
へー。
すごい人がいたんだなと思って。
そうだね。
全体的にそういう面白さもありましたね。
うーん。
確かに。
この展示で見なければ絶対知らないもんな。
うーん。
こういう人って最近ではすぐ見つかって、
小説とか漫画のネトネタになってそうな気はするんですけどね。
そうだね。
どうなんでしょうか。
これは回帰結構長いんでね。
うん。
行ける人には行ってほしいな。
いいですね。
11月29日まで。
そうですね。11月末までやってる。
注意点としてはね、
夏に行くとめちゃめちゃ暑いんですよ。
駅からすっごい歩かなきゃいけないんですけど。
なので、できればバスで入ってください。
11月とかになったらね、散歩がてらいけると思うんですけど。
確かに。いい季節かも。
暑いうちはバスがいいでしょ。
小春ちゃんは最近何かありました?
なんか、こないだ読書会をした話したいなと思って。
あー、そうかそうか。そうですね。
うん。
しましょう。
私と生物群さんともう一人の友人3人で、
時々読書会をやってるんですけど、
こないだの課題図書が急に具合が悪くなるっていう本について、
ちょっと話したんですよね。
そうですね。これは小文社から出ている往復書館の形式の。
そうですね。
哲学者の宮野真希子さんと人類学者の伊曽野真帆さんの
2人の往復書館っていう構成になっている本で、
すごい短縮して話すと、
宮野さんはがんを患っていて、
ちょっと最後は亡くなる、亡くなってしまうっていう話です。
で、映画もね、公開されてたので、
こっちは浜口隆介監督で、
ちょっと本とは設定が違うんですけど、
そうなんですよ。なんと、舞台がフランスなんですよね。
そうね。宮野さんの役っていうのか、
宮野さん的な存在が、日本人のマリっていう人で、
伊曽野さんが、マリルーっていうフランス人の女性で、
その2人の物語でした。
そうですね。
今年から読書会をしてて、
これは3回目?
3回目かな。
そうだそうだ、3回目ですね。
そう。
読書会と銘打ってたけど、
けっこう映画の話を多くしましたよね。
そうですね。
もともと、わるちゃんが浜口映画が見てる人じゃないですか。
そうそう。今回の課題図書を選んだのが私だったんですけど、
映画になるから読みたかったっていうのと、
1人で途中から読めなくなって、
読書会にすれば読めるかなっていうので、選んだんです。
そうかそうか。
その読書会で、けっこう印象的だったなって思った話があって、
ミアノさんとイソノさん、マリとマリールームの方なんですけど、
けっこう急激に女性同士で仲良くなる話でもあると思うんですけど、
それで人との仲良くなり方みたいな話をしたときに、
私以外の2人は、急激に仲良くなった人と、
その後、疎遠になるみたいなことを言ってて、
私は逆に急に仲良くなった人と、その後もずっと仲がいいみたいな。
そうね、その話出ましたよね。
ちょっと面白いなと思って。
そこはけっこう違いましたよね。
私ともう1人の人と、おわるちゃんとでけっこう違ったかな。
なんなんでしょうね。
でも、これ違う人とも話したことがあって、
女性と女性が出会うときに、めっちゃ急激に仲良くなることっていうのがたまにあって、
私は男性とも何人かなったことがあるんですけど、
あれけっこう面白いんですよね。
確かに。
会ったその日に、急速に話があって、
この人も夜通ししゃべれるみたいな感覚になって。
止まんなくなっちゃうみたいな。
止まんなくなっちゃうみたいな。
それで言ってさ、急に密月的な期間を過ごした後に、
もう離れちゃって、全然もう連絡も取らなくなったりとかね。
そうなんだ。そっか。
でも、なんかね、さっぱりしてるのよ、なんか気持ちは。
そのときに、急な光が光ったみたいな感じで。
花火が打ち上がった。
そう、なんかきれいな光がそのときにあって、
それは今はないけど、なんかそういうものだったなみたいな。
へー、なるほど。
そういうことがあるよね。
映画ではなんか、そこがけっこうすごい描かれてたね。
でさ、この映画って、ケアの軸が複数出てくると思うんですけど、
一つは、マリっていう乳がんの末期がん患者さんっていう、
一つの大きな軸があって、
それ以外にも、舞台となっている自由の庭にいる、
お世話が必要な高齢者、老年、既職、高校、認知症の人たちっていう軸があって、
あと、若年の自閉症の患者、こういう軸が、
いろんな人たちが具体的に出てくるんだけど、
だけど、マリールーっていう自由の庭のディレクターをやってる女性が、
その人はケアギバーであるにもかかわらず、
本人もひどい不眠症があったりとか、ほとんどバーンと寸前だったりとかして、
実はケアしてる側がケアを必要としてるっていうような構造にもなっていて、
それを本当に、本来ケアを受ける一番優先のマリが、
素早く察知して、そこに切り込んでいくというか、差し込んでいくというか、
マリールーにケアを与えようとするみたいな場面があったのが、結構印象的だったかな。
そうですね。確かに。
ケアが必要ない人ってあんまりいないのかもな。
まあ、そうね。
私、結構この本読むの大変だったんですよね。
なんでかなってちょっと考えてみてたんですけど、
私がまず、死とか病気が怖すぎるというか、怖がりすぎているっていうことと、
あと、小説とかエッセイ以外の本をあんまり読まないんですよ、普段。
それもあって、読みづらさをすごい感じて、
一人で読んでたのが続かなかったのも、多分そういう理由かなと思って。
一般的に言うと、あの本ってすごく読みやすいというか、本当にすぐ読めちゃうような本ですよね。
そうですよね、きっと。
だけど、映画のほうがもしかしたら楽だった。
そうそう。
なんか、本なんである程度編集が入ってるとは思うんですけど、
なんかその、物語になる前のなんか原案みたいのを読んでるみたいな感覚があって、
で、まあ別に暗いこととかはあんまり書いてないから、
怖さとか、書いてないってことはないけど、
まあ結構前向きな2人ではあったかなと。
そうよね、確かに。
だから、なんか読みづらい、読みやすい文章でもあったんですけどね、
なんかそれが物語とか、映画とか、絵とか、
なんかそういうものになって、別の表現になってるもののほうが見やすいのかもしれない、私は思って。
そっか、なんかそのリアルさが怖いみたいなところはあったのかも。
ね、そうかも。
なんかさ、ちょっと話がそれるかもしれないけど、
この前その働き者ラジオの工藤文子さんが、
イメージキャストのイベントに出たときに言ってたことで、
女性の人権が認められたきっかけとして、
往復書簡が出版されたっていうことが歴史的にあったみたいな流れの話をしてたんですけど、
つまり、それまで女性がどんなふうに物を考えて行動して、
人に対して気持ちを伝えるかっていうのは公になってなくて、
女性が手紙を書いて人にあてて送って、それだけじゃなくて、
さらに公に公開するような往復書簡の出版のムーブメントが来たことが、
女性がこういうふうに物を考えて、こういうふうに感じてるんだっていうのを、
男性中心の社会に知られるっていう発論になった。
つまり、リアルっていうものがそこに立ち現れてきて、
それを感じた人がいたという話をしてて、
今の話を聞いて、主義っていうものよりも、
もっとさらに往復書簡っていって打ち返してラリーをしていくっていうことが、
病気のリアルさとか患者さんっていう立場のリアルさに思えたのかな。
読みにくかった理由。
そうかもね。
でもなんかすごい、2人は来た手紙に対してめっちゃ考えて、
次のさ、手紙を書いて、なんかすごい気を使い合ってる感じがすごい伝わってきて、
なんかすごいいいなって思いました。
なんか裏にある感情みたいなのが見えるというか。
なるほど。自分はそんなふうにはできないかもと思う?
なんかまあ、ちょっとね、同じ立場ではないからわからないですけど、
例えば自分が同じように、
ミアノさんとかマリーみたいな人と突然知り合って、
そのまま突然仲良くなるだろうかっていうのは、ちょっとわからないなっていう。
なれるだろうか?
なれるだろうかっていうのは考えた?
考えた。
そうね。
なんか私はまさに臨床で、ミアノさんとか映画のマリーみたいな人と会っていって、
緩和ケアという領域で仕事をしてるんですけど、
ミアノさんみたいに若くて、笑顔はずらってて、いわゆるその、
亡くなる時期が近い状態の人っていうのにすごく合うんですよね。
ただ、やっぱり私としては未来のことはあった時点ではわからないと思ってて、
すべてのことは不確実だなと思いながら接してるかも。
ちょっとこの最初の方に話してた、
ハンセン病とかの問題も関わってくるかもしれないんですけど、
死とか病気を自分が恐れるあまりに、
差別を持ってるんじゃないかって思って。
コロナの最初の頃とかもすごい怖かったし。
例えば、ハンセン病っていう病気が差別されてた時代に、
自分がもし生きてたら差別しなかったかっていうと、ちょっと自信が持てないっていうか。
でも、その病気とかってその人本人の本質とは全然関係ないから、
それはおかしいと思うんだけど、
なんか自分でちょっとうまく言えないな。
その病気とか死を恐れてるのは、
究極人に訪れる病気とか死って人のものじゃないですか。
自分のものじゃなくて。
そうですね。
それでも、その人を遠ざけたくなるっていうのは、
そこに起こってることってなんなんだろう。
結構、子供のような恐怖心なのかな。
酒がたいもん。
そうなんだね。酒がたいということはわかっているけど、
なんかまだ知りたくないみたいな。
まだ知りたくないみたいな感じなのかな。
私がやっぱり、がんの患者さんとか、
亡くなるような病気が迫っていると思っている人に対して、
本当に何もわからないよということを結構最近言うことがあったんですけど、
っていうのは、最近個人的な経験としてあったことで、
末期がんですよって言われて、
緩和ケアを受けてくださいって言われてきた患者さんで、
すごく長く見てた患者さんを最近見とったんですよ。
その人はですね、確か夏の終わりとか秋ぐらいに、
前の先生から紹介されてきて、私のところにいらっしゃって、
本人ももう何も治療できることないから、
緩和ケアを希望していらっしゃった。
なんならちょっとさっさと死にたいみたいな感じの、
その時期の人だったんですけど、
その時点で、年内に命は尽きてお別れの時が来るんじゃないかっていう想定で、
前の先生も本人も来てて、
私もいらっしゃった時に、かなりがんの進行自体はそこまででもなかったんですけど、
すごく悪性度の高いがんだったんですよね。
だからそういうこともあるかなと。
あと本人がすごく悲観的だったのもあって、
でも見ていきますよと言って、伴奏始めたんですけど、
それがかれこれ9年間見てたんですよ。
すごい。
そうなの。季節がすごいめぐって。
そうだよね。
でもずっと元気だったね。
いろんなことはあったけど元気だったんでしょうね。
割と最近まで元気だったんだけど、
とあるいわゆる急に具合が悪くなるっていうことが起こって、
もう亡くなってしまうかもなと、
本当に私が覚悟してから2日ぐらいで別れの時が来たんですけど、
まさに急に具合が悪くなるだった、その人は。
急に具合が悪くなるって、もともと2019年だったかな、出版されたの。
2020年くらいに既に結構話題になってた本だったんですね。
特にケアに関わる人たちの中で読まれてて、
私も知った時に、もうその時にその患者さんと見てたので、
宮野さん、めっちゃこの人と似てるなと思っていたんですよ。
その時を経ててさ、映画になった時に、
その患者さんが結構映画とか本とか好きな人だったので、
急に具合が悪くなるを勝手に読んでたんですよ。
私は5、6年越しに、この人、私が最初の宮野さんだってめっちゃ思ったんだよなって思って、
で、どうでしたって聞いたら、なんかね、もう読んでね、すごいかかっちゃってたのよ。
宮野さんがかかってた?
そうそう、すごいめっちゃ宮野さんみたいになっちゃってて、わーって思ったんですよね。
なんかそんなことがあって。
でもなんかその人が宮野さんだなって思ってた部分があったのもあって、
その人の存在はやっぱり私を変えたんですよ。
やっぱり私のとこに来る患者さんっていうのは、みんな残りが少ないと思ってきている人が多いし、
実際にそういうことも多いんですよね。
で、どれぐらいの時間がありますかっていう話になる時に、
私がその予後をどんなふうに伝えるかっていう問題がいつもあるんですけど、
でもその人に会ってから、ちょっと顔分けやと言われてね、
あなたと同じ状態で来てから、もう9年間通ってる人いますよっていうのは、
へちょーの人には伝えてきたんですよ。
でもそういうとね、なんかみんな意外と、えってびっくりするんだけど、
でもなんかちょっと9年間は長すぎて嫌かもみたいなことを言う人もいて、
みんななんかこれぐらいがちょうどいいみたいなのが、たぶんあるんですよね。
なるほどね。
そう、まさに本当にその人に急に具合が悪くなるだったね、本当に。
いや、でも9年ってすごいなぁ。
いや、そうね。
私の立場としては、でももうやっぱりずっと見てきてて、
必要なサポートはしたつもりでいたから、
もうでもできることはやれたという気持ちで、涙も出なかったんですけど。
すごい、すごいな。
なんか本の中で、自分はがん患者だって思っちゃうと、
どんどんがん患者になっていってしまうみたいな話があって、
たぶん最初そういうマインドになりそうな気がするけど、
あーもうがんだ、死ぬんだ、みたいなマインドになっちゃいそうだけど、
でもなんか1年とか2年とかたつと、
あーなんかそんなことばっかり考えなくてもいいのかってなるかもってちょっと思った。
なんかさ、私が最近特に言うようにしているのは患者さんに、
がん患者であることから離れる時間を作ってくださいって言ってるんですよ。
っていうのもなんか私のところに来る人って結構その抗がん剤を頑張ってきて、
抗がん剤をやるたびにこういう副作用が出たりとか、
ここにがんがあってこういうふうにお薬を投与してるんだとか、
毎週のように聞いたりとか治療に向き合ったりとかしてきて、
ほとほとほんとにがん患者として振る舞ってきた人も結構多いんですけど、
そういう治療がなくなっていると、
正直なところその痛みっていうのはすごく今取るのはそんなに難しいことじゃないから、
あなたに何か症状が出たらすぐ言ってもらって、
それは取るからがん患者じゃないみたいな生活が送れれば、
それがすごくいいと思うっていう話をしてるんですよね。
で、結構その話をすると響く人もいて、
忘れて生活できてすごい良かったって言ってくれる人もいます。
そうですよね。なんか痛いと思う。痛い痛いって思っちゃうもんね。
そうそうそうそうそう、そうなのよ。そうなんですよ。
だから痛いのはさ、もう絶対ないほうがいいんだから、絶対なくしましょうと言ってます。
で、なんか映画の話なんですけど、結構あの映画って不思議なとこがあって、
自由の庭でマリが一回急に具合が悪くなった時があったじゃないですか。
で、ソフィーっていう看護師さんに助けてもらって、
ベッドに横になって痛みの我慢をしてもらうっていう場面があって、
あれってさ、実はマリの病態としては乳がんの肝転移なんですね。
肝臓に転移をしてて、だとするとあの時起こった急に具合が悪くなったって、
いわゆる肝臓の中の腫瘍が腫れてしまって、切迫破裂が起こるって言うんですけど、
肝臓って飛膜に包まれてるので、腫れた時とか急にストレス加わった時にピッと飛膜が裂けちゃって、
ちょっと出血することがあるんですよ。
それがすごく痛くて、肝臓に病気がある方に起こるもので急に具合が悪くなると言えばそれなんですけど、
それが多分起こっていて、あの時一回ソフィーに鎮静してもらってるんですね。
つまり痛み止めだけじゃなくて、一回意識を落として寝かしてもらってるんですよ。
一般的にはああいうことが起こった後って、ちょっとリカバリが難しいっていうか、
あの映画で起きたみたいにフライトをして京都に帰って実家に移動してっていうのって難しいので、
さらにその後パリに戻るじゃん。
戻るよね。
そんなことってないよって思うの。
あの辺からすごく夢うつつと言いますか、ちょっと現実味がなくなってくる話になんとなくなってきていて、
だからあの辺から私の解釈なんですけど、肝臓が悪くって肝不全になった時にね、
肝性脳症といって意識の障がいが出てくるんですけど、その時いろいろな夢を見るんですよ。
ここから先は具合悪くなったマリが見てる夢なんじゃないかなってちょっと思ったんですよね。
でも変なのはオアルちゃんも変だと思いません?あれ。
変だと思った。
変だったよね、なんか。
京都に帰るならまだしも、またパリに戻るのは変だと思った。
だから、どっかからわかんないけど、京都まで帰ってきたとこなのかは本当なのか、
でもパリに戻るとこは本当に変だと思う。
パリに一緒に行こうみたいなことを言われて、マリがいやいやまたまたみたいなことを言ってたけど、結局行っているって思って。
そこもなんかちょっと不思議だったし。
不思議だったよね、確かに。
確かにそんな体力がもう残っている状態じゃないでしょうね。
なんかでも、浜口映画ってこういう途中というか後半の方にこれって本当なのかなみたいな話出てくることないのか。
あるかも。
浜口映画って毎回出てくるモチーフとか似通ったシーンみたいなのがあると思うんですけど、
なんか私はやっぱり浜口隆介といえばって、靴下を脱がせて足を揉むシーンっていうのはあるじゃないですか。
なんかあれ毎回出てるんですよね。
私ね、それ全然意識したことなかったんですよ。
生物群さんに言われて初めて気がついた。
なんかさ、また靴下脱がせて足めっちゃ揉んでるじゃんみたいな思って。
でもなんか今回はめちゃめちゃ揉んでるねみたいな。
いつもの10倍くらい揉んでるなと思って。すごかったわ。
確かに。
あれって何かを表してるんだろうか。
ワークショップみたいなやつを揉んだり、マリがマリールーへのケアで揉んであげたりとかしてた。
うん、そうだね。
結構そういう印象的な、これって何なんだろうみたいな引っかかりのあるところもある映画だったな。
そうですね。なんか全体的にちょっと夢っぽい感じでもあったな。
なんとなく地に足がついてるけどちょっと浮いてるみたいな印象がある。
読書会したらちゃんと読めましたか、一応。
そうですね、一応最後まで読みました。
なんかその、恐れていたような恐ろしいこと起こらなかった?
あー。
結構ダメージはあった?苦手なことをしている?
なんだろうな、でも結局そんなに多分ダメージはなかったんですよね。
そうだよね、なんかそんなダメージ受けてる様子はなかった。
うん、なんかあんまり怖くはなかったかもな、読んだら。
結局は。
そう、読む前の想像で怖かった。
そうだよね、そうだよね、そっちの方が怖いんだよね、多分。
そうなんだよね。
だから何かを知らないっていうことが怖いんだと思う。
何かわからないものとか。
そうかも、確かに。
なんかさ、結構最近家族がいないとかそういう人が、
友達関係の中で見とられるみたいなことがたまにあるんですけど、
なんかさ、例えばやっぱ単身女性の友人関係みたいなの置いて、
昔の職場の同僚だった人でそのまま仲いいとか、
それで70代とか80代とか、年金19ぐらいの年になって病気になって身寄りがいなくてみたいな人たちで、
結構ね、友人関係で見とりがあるんですよ。
しかもその人がね、いろんな人を見とってるみたいなことがあって、一人の人が。
すごい。
一応家族じゃなくても、家族がいなくて患者さんがこの人に話をしといてほしいみたいなことを言われたら、
病状説明とかもしてるんですけど、
ちょっとね、お別れの時期が近いからみたいな話をしたときに、
実はなんかこれまでも同じようにね、
関係で友達を何人か見とったことがあるんで、
だいたいわかってますみたいな人がたまにいるのよ。
まあね、どんな気持ちかなと思うけど、なんかね、なれてる。
すごい。そういう関係性の作り方もあるんですね。
あるんだよね。
まあ、そんなに一般的ではないけど。
だから、家族以外でもさ、可能なんだよね、そういうことってね。
なんか、私の知り合いの人も、出会った直後、
なんかすごい急に、たぶんその人たちも仲良くなって、
その後に、たぶんがんが発覚したのか、
マッキーのがんで、
で、結局なんかその人が見とったっていう話を聞いたことがあって、
めちゃくちゃちょっと急に具合が悪くなるみたいな話だなって。
そうだね、確かに。
また、その人たちも女性の友人同士だったみたいなんですけど。
友達でもいいと思うんだけどね。
そうだね、そうですよね。
そうなんです。
何が起こるかわからないし。
ありがとう。読者会の話。
ありがとうございました。
じゃあ、今回はこのあたりかな。
そうですね。ありがとうございました。
ありがとうございました。
さよなら。
さよなら。