クシロ出現のメガソーラー問題
絶望カフカの何者かになりたいラジオ、この番組は、元アスリートのカフカが日々の絶望と、些細なヒントをお送りするラジオです。
さて今回はですね、2025年、僕が気になったニュース、これを一つだけ取り上げてお話をしていきたいと思います。
この1年、様々なニュースがあったと思うんですが、皆さん何が一番記憶に残っていますでしょうか?
僕自身はですね、一つ取り上げるならっていうことで、思いつくのは、クシロ出現にメガソーラーを建てたという問題ですね。
これは、ご存知の方がいるかもしれないんですが、クシロ出現という日本最大級の出現の地帯で、複数のメガソーラーの計画が進行していて、
地元や環境団体が問題提起をしていたというところなんですが、
2025年9月頃にかなりニュースで話題になりました。
それは、やはりメガソーラーを建てるということで、自然を破壊しているのではないか。
しかも希少種が近くにいるということで、建設事業者に中止を要請する取り組みがかなり行われていたという報道がなされました。
当時は太陽光の事業者に対してのヘイトというか、実際の工事現場の動画が報道され、
なんでこんなことをするんだ、みたいな感情に身を任せたようなコメントがたくさん寄せられていたのではないかなというふうに思っています。
ただですね、この問題というのはかなり根深いというか、構想的な問題ですし、
僕自身の意見を言うなら、誰が悪いというわけでもないのかなというふうに思っているんですよね。
なので、ちょっとこのニュースをですね、個人的にも振り返りながら、ちょっとこのニュースについて思うところを僕なりにお話をしていきたいと思います。
環境影響評価法とその背景
そもそもで言うと、僕はこの太陽光の事業者は悪くないと思っています。
なぜなら、法律に違反しているわけではないからですね。
かつ競争原理が働く中で、メガソーラーを建てるのに適した場所、そして総伝母が合理的にそこに建てる理由があるというところで言うと、そこを選ぶのが最も合理的だったんでしょう。
もちろんモラル的にどうなんだろうというところはありつつ、それでもそこがルールの範囲内であったということは事実なわけですから、事業者は別に悪いことはしていないと個人的には考えています。
じゃあなぜそんなルールが立てられなかったのか、その生物に対して明らかに悪影響を与えるような場所にメガソーラーを作ることが禁止されているというようなルールができなかったのかというとですね、それは過去歴史を遡って考えるしかないんですよね。
なので簡単にですね、ちょっとそこのおさらいというか、時系列順に何でこんな風になってしまったのかという説明をしていけたらいいなというふうに思っています。
まずこのような大規模工事をするにあたって最も関連する法律としてはですね、環境影響評価法、もしくは環境影響評価制度というものがあります。
これは例えば新幹線とか大規模な廃棄物処理場とかその他飛行場とかですね、それらを新設する際に事前に環境のアセスメントですね、どのような影響を及ぼすのかということを調査し、その適合基準に適合したものしか作ることができないという制度がありまして、
実際にはメガソーラーがそれに該当しなかったということなんですよね。
それができた背景としては、まず太陽光っていうもの自体が比較的新しくできたということなんです。
順を追って説明すると、2012年から14年の間にフィット制度というものが開始されました。
それは太陽光で発電した電力を倍々できるというような仕組みですね。
そして国が買い取るということができるような仕組みですね。
なのでその発電した電力を完全自家消費だけではなくて売ることができるので、たくさんの発電パネルを置いてその電力を売ることができれば、その事業者は儲かるというような仕組みになっています。
当然その仕組みから2015年から2018年にかけて太陽光の大規模工事というのが進んでいきました。
それを踏まえて先ほど言った環境影響評価制度の中に国が太陽光の40メガワット以上という基準を設けて
40メガワット以上は環境アセスメントの対象としたんですよね。
ただしというところで言うと、当然40メガワット未満の太陽光に関しては環境アセスメント対象外となっています。
それが今でも続いているということなんです。
2020年に作られた制度が2025年の今も続いているということで、基本的には新しく新設されているメガソーラーはこの40メガワット未満のもの
つまり環境アセスメントが必要でないものとして各事業者が行っている、新設されているというようなものがあります。
脱炭素と生物多様性保全の対立
それよりかなり大規模なものに関してはきちんと適合したものになっているんですが、要はそのギリギリを狙っている事業者が多いということですね。
もちろんこのような串露出現に関しては国立公園の区域ですし、水鳥を保護するようなラムサール条約の登録区域でもあります。
なので太陽光とは別にそれらが守られている必要があるんですが、それも実際的に部分的なエリアとしてくくられているだけで、今回メガソーラーが建てられたのはその範囲の外側なんですよね。
つまり今回のメガソーラーというのは法的に止める根拠が何も存在しなかったということです。
例えばさっき言ったように国立公園ラムサール条約、そして環境影響評価法ですね。
もちろん生物多様性保全の専門家の方からすれば、そのような場所にメガソーラーを工事・新設するということをすれば、
経験的に出現へ何らかの影響がある。地下水・水循環に何らかの影響がある。あるいは生態系に連続性を立ってしまうような影響がある。
それは容易にわかるんだけれども、それを法的に取り締まるような基準がなかったという、そういう状態だったということですね。
そしてもう一つ重要な要素としては、国が電力を再エネ化しなければならないという国家的なプロジェクトが存在していたということですね。
今日本では原発がほぼ止まっていて、電力としては火力発電所に頼っている部分があります。
その中、いずれ原発を動かす上で再生可能エネルギーの比率を約30%から40%ぐらいにしようという動きがあります。
これはすでに閣議決定されているものですし、国際的にも2050年にカーボンニュートラルを目指すというようなことが言われています。
これは話を戻るんですけれども、フィット制度が2012年にできた当時というのは、再エネ電力を国が一定期間で長期間必ず買い取るという制度なんですね。
それによって大規模案件というのが成立しやすくなったんです。要は安定しているから銀行も投資がしやすいと。
なので土地さえ確保できればメガソーラーというのは事業化が可能になったということなんです。
つまり国はメガソーラーを加速させるような仕組みを作っていたということも一つあるんですよね。
つまりメガソーラーを立てやすくなるような仕組みができているんだけれども、メガソーラーを止めるというかスクリーニングさせるような仕組みが整っていなかった。
そして脱炭素の事業と生物多様性保全の事業が重なり合わなかった。
本来ならいろんなところに波及をするものなのにそれが考えられていなかったというところが問題の根源だと思うんですよね。
というわけでまとめると、クシェル出現にメガソーラーを立てたのは何も事業者だけの責任ではないですし、何かのルールを違反しているわけでもないんです。
その構造というのはもっと根深くて、元をたどれば国が脱炭素に向けてどういう指針で取り組んでいくのか、そして生物多様性保全に対してどういう取り組みをしていくのかという
そういう大元のところをリーダーシップを持って取り決めていかなかったから、このような問題に波及をしていったということだと思います。
言い換えるなら、限りなく現場に近いところから国という一番大きな根っこのところまで関わるような、そこのコミュニケーションがうまくいかなかった結果起こった問題なのかなというふうに思うんですよね。
当然、串浦出現の地域の人たち、そして串浦市、そして北海道、そして国の省庁、それも脱炭素側の省庁と生物多様性保全側の省庁、そこの大きな構造の中でのコミュニケーションの疎後がこのような問題を引き起こしてしまったんだろうなというふうに思ったりするんです。
現実的には既に第三者機関が動いていて、そのどちらか一方に寄った意見ではなくて、客観的事実に基づいてどのような取り決めが適切なのかというのを国に提案をして、それを国が承認をして新たなルールが取り決められるっていう、まあそういう流れに今なりつつあるんですが、
キシロ出現のメガソーラー問題
僕は思うのはどうしてそれが最初からできなかったんだろうなというところですね。そして僕自身の興味もそこにあります。それはどこかなんだろうな、感情的にこの問題を考えることももちろんできるんだろうけども、
どうしてそうなったんだろうなっていう、その両者の意見、太陽光事業者の意見と国の意見と生物多様性保全の専門家の意見と地域住民の意見、それらを統合したときに何が一番いいんだろうということをみんなで一緒になって考えるっていうことがどうしてできなかったんだろうなっていうふうに思うんですね。
それは今回、良くも悪くも良い機会として国民全員が考えるきっかけとなったわけです。
なんかそんなふうに考えるとですね、ここからちょっとやや話が飛躍するんですけど、エイロン・マスク氏がX社に対してフルリモートを原則撤廃して、確か週30時間を出社義務にしたのかな。
ちょっと何時間だったか記憶が定かではないんですが、要は出社会期に方向転換したと。その理由としては、大抵の問題はコミュニケーション不足によって起こるっていうふうに彼は言っていて、つまり彼ってどういう経営者かっていうと、
自分が自ら現場に足を運んで、その現場の問題をトップダウンで解決していくっていうタイプの経営者なんですよね。
あるエピソードでは、現場でニッチもサッチも行かないってなっていたときに、マスク氏が寝袋を持って行って、寝て起きた時間はすべてその現場の課題解決に自ら当たって、やり抜いて、どうだできただろうって言ったっていう、そういうエピソードがあって。
要は、やり方っていうのは何でもいいと。ただ、とにかく現場とコミュニケーションを取って、その相互をなくして、その時間を、ロスをなくしていけば、みんなで知恵を出し合って、課題を解決することができる。
そういう思想を持っているんだなと思うんですよね。今回それは、メガソーラーでは難しかったっていうことだと思うんです。
僕自身として、このマスク氏の考え方っていうのは、めちゃくちゃいいなというか共感したんですよね。
だから、自分自身としてこのニュースもそうですし、マスク氏の言動から思うことは、縦割りで自分に与えられた業務というのが枠組みとしてあったとしても、何か大きな課題があったときに、
その現場を自分の足で行き来をしながら、その課題を解決するということをやりたいなというふうに思ったんです。
つまり、あそこの部署って滞っているから、なかなか課題が解決できないよなって思って、だからダメなんだって言っているのではなくて、
だったらそこで何が起きているのか、自分にできることはないのかっていうのは積極的に足を運んで、現場を見て、実態を見て、話を聞いて、一緒になってその課題が解決できたらいいんじゃないかなっていうふうに思ったりするんですよね。
今回僕が気になったニュースが、そのクシロ出現のメガソーラーだったので、環境に携わるものとして、あとはあれですね、実際に太陽光発電を事業所に入れたことが僕が経験としてありまして、だから気になったというのもあるんですけど、
でも問題の構造を読み解くと、やっぱりコミュニケーション不足なんだなっていうことが、なんとなく僕の中で結論付いていて、なんかやっぱりそこなんだなというふうに思ったのと同時に、課題を解決できる人間でありたいなと僕自身は思ったんですよね。
それはなんか、どこが自分を犠牲にしたとしても、何か課題を解決したいというふうに思ったんです。
もちろん国とか、制度とか第三者機関とか、その融資とか、そういったところまでは全く自分の力及ばずってところだと思うんですけれども、
でも自分が動ける範囲の中で、ここまで動けるっていうのは、その範囲の中であれば、課題が解決できる範囲なのであれば、
僕自身はもう積極的にそこまで行って、自分にやれることは全部やりたいなっていうふうに思っていますし、やって満足ではなくて、課題を解決するというところまでが、
なんか自分がやりたいところなんだろうなっていうふうに、このニュースを見ながら思ったりしました。
はい、というわけで今回は、2025年に僕が最も気になったニュースということで、キシロ出現のメガソーラ問題を取り上げてお話をしていきました。
エイロン・マスクの影響
どうしても感情を揺さぶられるニュースだと、ネガティブな気持ちで見てしまったりもするんだと思うんですが、僕自身もそうです。
だけど、一旦その感情を抜きにして構造的にどうなっているんだろうって考えてみるっていうのは一つ大事なのかなと思いますし、
僕自身は今回のこのニュースを見て、やっぱり自分の仕事はこうありたいなというか、こういう姿勢でありたいなっていうのを改めて気づかせてもらったかなというふうに思いますね。
はい、というわけで最後までお聞きくださりありがとうございました。ではまた。