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2024-11-27 18:34

みんなYouTubeが情報源になっている。ニュースに興味が持てない理由について


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こんにちは、いわみです。
11月27日の水曜日、いかがお過ごしでしょうか。
前回の配信から多分10日くらい入ってしまったような気がしますが、
元気にはしているんですけど、音声配信はね、気分が一回乗らなくなるとだんだんしぼんでいくので、
今、もうちょっとやっていこうかなと思って、今日は配信していこうと思います。
前回、たぶんあれですよね、兵庫県知事選挙の結果を受けてだから、
ちょうど1週間ちょっと前くらいですかね、先週の日曜日でしたよね、確か。
急に寒くなって、一気に冬になったなという感じがありますが、風邪などひいていませんでしょうか。
元気にいきましょう。
音声配信というのはね、面白いもので、間が空けば空くほどね、話すネタがなくなっていくっていうね。
これやっている人は頷いてくれるような気がするんですけど、
ネタって溜まれば溜まるほど話すことが増えていくような気がするじゃないですか。
音声配信の喋るネタということですけど、でもこれ面白いものでね、逆なんですよね。
逆というのは、いっぱい毎日話している時の方が話すネタがどんどん増えてきて、
配信をやめてしまうとどんどん話すネタがなくなってしまうということなんですよ。
これはなぜなのかどういうことなのかっていうのを今喋りながら考えていますけど、
つまりネタっていうのは別に探そうと思ったら、取りに行こうと思ったらどこにだってあるし、
喋ろうと思ったら何だって喋れるわけですよね。
それを取りに行く力みたいな、取りに行く意志みたいのが強ければ何だってね、
今そこに転がっている、石ころは無理かもしれないけどニュースだろうが、
さっきの家族との会話だろうが、子供の最近の動向とか、何でも話題にはなるんですよ。
そこから広げていけばいいわけですから。
つまり最初の取っ掛かりというよりも、そこから広げていくためには結構なパワーが必要で、
これ筋力みたいなものだと思うんですけど、だから配信をやめてしまうと筋力が衰えてしまって、
話したいこと、なんとなくテーマみたいのはあるんだけど、
それをどこから話していいか分からないという状況に陥るんですよね。
僕、ネタ切れのベテランと言ったらおかしな話ですけど、
この1週間とか10日くらい空いて話すことがないけど、
でも何か話したほうがいいなっていうのを、
本当にこれ100回は言い過ぎですけど、何十回もこの経験をしているので、
だんだん言語化できるようになってきたんですよね。
この現象は何なのかっていう。
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それが話していないときに、話さなければ話さないほどネタがなくなるっていうね。
逆転現象が起きるっていうことなんだなと思いました。
いつもこういうネタが見つからないときには、僕はネットを見て、ニュースとかツイッターとかを見て、
気になるネタを探して、そこを取っ掛かりに話し始めることが多いんですけど、
でもさっきネットニュースとツイッターとか見てたら、
本当に心を動かされるものが何にもなかったんですよね。
いろいろニュースは起こっているし、日々世の中は動いているわけですけど、
その中で、これはちょっと読んでみたいなとか、自分でも話してみたいなって思うものが見事に一つもなくて、
これはなぜなんだろうっていうことを話してみようかなと思います。
結論から言うと、ニュース自体に興味を持てなくなってきたっていうね。
これが大きいんじゃないかなと思います。
そうは言っても、先週の表現知事とか、ピンポイントでというか、
大きなニュースにはもちろん興味を持つし、それについて自分で考えてみたくはなるんですけど、
それ以外の些細というか、何を持って些細かわからないですけど、
興味を持つニュースと持たないニュースの差が、くっきりしてきたなっていう感じがあります。
興味を持つのは、僕の場合はどんなニュースかっていうと、
やっぱり動きが、世の中が根本から動きそうなニュースみたいのは、興味深く見ちゃいますよね。
こないだの表現知事とか、それは別に直接は関係ないけど、
日本の大きなマスメディアとかの情報と一般の人たちの力のバランスの位置が変わってきたっていう、
大きく捉えると、こないだのニュースはそういう象徴だったと思うんですけど、
それとかアメリカの大統領選挙とか、年齢のせいもあるかもしれないけど、
だんだんその社会的なニュースの方に興味を持ってきて、
元々別にそういう世の中で起こっていることとか、
特に言うと芸能人の何とかとか、誰かの不倫とか、
そういうことには元々全く興味がないですけど、
それと同じくらいの興味のなさがどんどん広がってきたなっていうことですよね。
今日の斉藤知事のニュースも、続報というか関連ニュースでいろいろ入ってますけど、
最近ツイッターとか見ると、織田かえでさんっていうんですかね、
この名前がずっと出てきてるんですけど、
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僕ね、この人が何者なのか知らなかったんですけど、
この人が何者なのか知らなかったんですけど、
だいたい斉藤さんを下ろすためのプロバカンだ的なことを
悔長している人なんじゃないかなっていう勝手な先入観があって、
このニュースは僕には不要だなと思ってですね、
それ関連のニュースは一切開かないというか、
このニュースは僕には必要だなと思ってですね、
このニュースは僕には必要だなと思ってですね、
それ関連のニュースは一切開かないようになっているんですが、
この態度はどうなのかっていうのはね、
人によっては思うかもしれませんよね。
先入観でもって何も見ないようにしているのは
いかがなものかっていう人がもしいるとしたら、
それは確かにその通りだなって思うこともあるし、
でもその一方で僕はね、こうも思うんですけど、
別にそんなニュースなんてね、
向こうから入ってくるものだけ撮っていればいいじゃないかとか、
もしくは本当に自分が興味あるものだけ深掘っていけばいいじゃないか
っていうのは思っていて、
多分こっちの方が健全なニュースとの付き合い方だと思うんですよね。
割とその客観的に外側からニュースとそれを喚き立てる
一般大衆といったら言い方が悪いですけど、
ネットとかツイッターとかでそれを散々罵倒したりとか、
避難をするコメントが一緒に見えますから、
大体その一帯としてそのニュースに群がるというか、
そのニュースにコメントをつける人たちのね、
それも本当に興味があって言ってるのか、
ただ今それが燃えてるから自分の承認欲求的なやつとか
自己顕示欲的なものでどんどんね、
今よく見られているニュースに対してコメントとかね、
ハッシュタグをつけて動向しているだけなのかっていう問題もあるから、
興味を本当に持ってやってるのか、
途中からね、そのひだるま的に大きくなっているのかっていうのはね、
これは考えたほうがいいと思いますけど、
でもそれをね、両方とも考えたとしても、
結局そのニュースをね、本当に大事なニュースっていうのは
本当に世の中にほとんどないんだなっていうことを最近よく思うんですよ。
で、なんでそれなのに、なんでみんながこうやってニュースとかをね、
興味深く見たりとか、だいたいね、
若い人はわかんないけど、僕と同じとか30代40代ぐらい以降の人がね、
スマホとかパソコンで何かね、仕事以外のことをやるとしたら、
だいたい多分ね、ニュース的なものを見てると思うんですよ。
本当にニュースサイトかどうかわかんないけど、
ニュース的なね、YouTubeの動画もある意味ではニュースみたいなものに含まれていると考えると、
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だいたいそういうね、社会的とか政治的なものをみんな追っかけてると思うんだけど、
それね、なんでそんなことをするのかなと思って、
僕も人のことは言えないんですけど、
でもこれね、すごく客観的にね、
多分こういうことだと思うんですよ。
自分の頭をね、回転させるための燃料を探しているみたいなところがね、
少なからずあるんじゃないかと。
頭を回転させるための燃料っていうのは、
言ってみればだから何でもいいというか、
別に興味があるからそこにね、頭を使って考えていたり、
自分で発信しているわけじゃなくて、
とにかくね、自分の頭を回転させるための燃料っていうのはね、
とにかく回転をさせていないと気持ち悪いというか、
何かに頭を使っていないと変になりそうだから、
とにかく回転させるための燃料を探しているっていう、
まさに燃料っていうことですけど、
それでちょっとでも興味のあるものに飛びついて、
それに対して言い立てるというか、
そういう構造なんじゃないかなとね、
最近僕は結構冷静にというか客観的に外から見ているんですね。
もちろん中にはちゃんと独自の意見を持っていたりとか、
自分が考えるきっかけになるような意見を持っていることはあるんだけど、
だいたいの99%くらいのネットのコメントとか、
もしかしたら普通のニュースを書いている人だってそうかもしれないけど、
だいたい誰かが言ったことをそのまま言っているみたいなね、
もしくはちょっと変えて言っているみたいなことの方が多い気がして、
原劇のもともとのその1%の部分だけを知っちゃえば、
あとの99%は別に摂取する必要はないって思うんですよね。
しかもその1%にしても別に自分の興味のある部分だけやればいいし、
いろんなことは世の中のことっていうのは結構つながっているから、
本当に自分の興味のある根っこの根っこの方だけ自分でちゃんと分かっていて、
それを取りに行けばね、
あとは勝手に耳に入ってくるニュースなんて基本的に全部遮断するぐらい、
シャットアウトするぐらいのスタンスが僕は健全だと最近は思っているんですよね。
だから頭を何か回転させるための燃料としてのニュースだったら、
本当にそんなのはなくてもいいわけだし、
燃料が必要だったら、回転させる必要があるんだったら、
どうせだったらね、何かしら意味のあることというか、
自分の仕事とか、仕事じゃなくてもお金にならないとしても、
何か積み上がるものはね、
未来に残せるものに対してエネルギーを使いたいなって思いますよね。
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健全な考え方だと思っていますし、多分その通りだと思うんですが、
でも今基本的にニュースというのは、
向こうから入ってくるものというよりも、
自分で取りに行く傾向が強いんじゃないかなと思うんですよね。
興味が本当になかったら全然取りに行かないという人も結構いるだろうし、
僕もどっちかというとそういうことなんですけど、
だから情報は偏りますよね。
今テレビを見ている人はあまりいないとしても、
テレビを見ている人たちが知っている情報を僕は全く知らないし、
僕が見ているような情報をね、テレビを見ている世代というかタイプの人たちは、
僕の持っている情報を全く知らないというね。
本当に隣同士とか、近所とか、もしくは僕の親とか友達でも、
多分接種している情報が全く違って、だから世界観も全く違ってみたいなことが多分結構起こってますよ。
それが良いことなのか悪いことなのかって、僕にはちょっとまだよくわからないんですけど、
少なくとも多分ね、20年くらい前はそうじゃなかったなって思うんですよ。
だいたいね、その良くも悪くもみんな、
自分で取りに行く傾向が強いんですよね。
大体ね、みんなテレビとか新聞とか雑誌とか、インターネットがそこまで発達していない時期は、
大体ね、みんなテレビとかから情報を得ていたわけで、
だから世界観というのが結構だから、均一だったと思うんですよ。
中にはね、そういうちょっと外れた人もいたかもしれないけど、
その中にも外れている人もいたかもしれないけど、
だから結構ね、その世界観の違いがあるんですよね。
中にはね、そういうちょっと外れた人もいたかもしれないけど、
大半の人は同じような情報を持って、同じような世界観を持つことなんですけど、
今はそのね、昔でいうとちょっと外れた人みたいなのは、
それが主流派になってきたみたいなね。
しかもその外れているポイントがいっぱいあるから、
外れだらけの人間が形成された社会みたいな、世界観みたいな、
様相になってますよね、今ね。
で、たまにそのね、多くの人が持っているような、得ているようなニュースっていうのは、
そういう世界的な大きなニュースとかに加えて、
すごいどうでもいいようなニュースとか、
どうでもいいような人の言ったこととか、ネットでバズったみたいなことを、
一部の人だけがなんか、一部というか結構な数の人が、
それを信用しているとか知っているみたいな、
なんか変なね、変な現象が起きているなって思いますよね。
ちょっとこれはうまく言えないんですけど、
なんか最近そういうことを感じることが多いんですよ。
一つね、言えることというか、分かっていることがあるとすれば、
日本もこれからもっとなんか分断していくというか、
僕が今さっき言ったみたいな、
世界観が全く違う人が隣にいるみたいなね、
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この環境が多分当たり前になってきて、
もっとそれが広がっていくと思うんですよ。
だからみんながみんな孤独になっていくっていう面もあるし、
誰とつながるかみたいなのを自分で選んでいくっていうね、
時代にもなると思うんですよ。
で、僕はそういう時代になるときにね、
自分は何をね、どんな情報を得て何を考えたらいいのかっていうか、
何を考えるかっていうのは多分ね、何に興味を持つっていうか、
どこに身を置いているかっていうのに結構直接関係してくると思うから、
その自分の立ち位置みたいのをどこに置くかっていうね、
そこをね、考えるのはね、割と楽しいなと思っているんですよ。
ちょっと例えがあれかもしれませんけど、
すごいね、波がね、いろんな波がいろんな形になってきて、
押し寄せてきている海があるとして、
どの辺にいると遠くに行けるかなとか、
もしくは魚がいっぱい取れるかなみたいなのを、
その船の上から眺めて、よしあっちに行こうみたいなね、
そういう海の上で暮らしている人みたいな、ちょっとよくわからないけど、
例えば、そういうイメージで、
最近僕はこうやって海を見ると、
最近の人の情報とかインターネットの情報を何を得て、
何を得ない、取らないみたいなのを考えていたりします。
あともう一個ね、これ僕の偏見かもしれないけど、
YouTubeばっかり見るのはね、多分やめたほうがいいなって思ってますね。
僕は自分であんまり見ないから言っているかもしれないけど、
でも世の中の人は結構ね、YouTubeを見ているなって思いますよね。
さっきね、ちょっと仕事で見なきゃいけない動画みたいのがあって、
その横にね、わーっとその関連動画とか、もしくは全然関係ないやつとかね、
今バズっているやつとか出てくる中で、
橘さんとか堀江門とかのね、対談みたいなやつがやたらに流れてきて、
しかもそれがね、結構なんて言うんでしょうね、
陰謀論とまでは言わないけど、すごいことをね言っているなっていう、
中にはね、ちゃんと言うと、
でもそれがね、1日前とか2日前のやつで、結構何十万回とか再生されていて、
多分あれでしょうね、これを見ているのは割と僕ら世代か、
もしくは30代40代くらいの人がこういうのを見ているんだとすると、
だから世界の情報源、世界じゃないな、日本の情報源っていうのは
ここになっているんだなっていうふうに思いますね。
だから僕はね、やっぱりね、
情報源、世界じゃないな、日本の情報源っていうのは
ここになっているんだなっていうのはね、結構垣間見えた気がして、
だからね、選挙ハックとかね、多分こういうところで行われてるんだなっていうのを、
それでそう、YouTubeばっかり見るのはね、楽しいものもあるし、
結構なんかね、中毒性があるけど、
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なんかそればっか見ているとね、本当にね、
テレビばっかり見ているよりもYouTubeばっかり見ている方が、
なんか僕はね、毒性が強いなっていうふうな気がすごいしてしまうんですよね。
これに関して何でなのかっていうのはね、今は考えずに、
また今度考えて話してみようかなと思います。
ちょっと長くなってしまいましたが、終わりにしたいと思います。
ありがとうございました。良い1日をお過ごしください。さよなら。
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