2021-10-16 1:08:10

Vol.179: 三浦梓(駐妻キャリアnet 代表/株式会社TORCH COO) 3/4

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やりたいことがたくさんあって、やらなければならないこともたくさんある。何を優先して時間を使うかこそが、その後の人生の多くを決めるんだなぁと最近しみじみ思う板倉です、こんにちは。

「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、45人目のインタビュー。
”普通”が嫌いでノーベル賞をとるのが夢だったという幼少期。高校、大学、大学院、就職、そして起業、海外移住、その時々の様々な体験と出会いが大切に心に留めてあるんですね。お話しぶりからも伝わってくるリーダーシップと人を惹きつけ引っ張るパワーは、きっと天性のもの。日本のための頼れる政治家になられることを心より応援したくなる三浦さんの素敵なものがたり。

そう、迷ってる時間はもったいない!「出来る出来ないではなく、やるかやらないか」。どう転んだとしても今後の自分自身の成長の糧となると捉え、信じることができれば迷いはなくなるはず。そんな勇気をもらえる素敵なエピソードです。

投稿 Vol.179: 三浦梓(駐妻キャリアnet 代表/株式会社TORCH COO) 3/41%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

00:01
1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、
また、各業界のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、
そこに燃える情熱に迫ります。
サーフィンの話をしたいわけではなく、今回のUSオープンサーフィンのスポンサーが、
カンムリスポンサーが資生堂さんなんですよ。
例年はね、いつもナイキとか、バンズシューズのバンズとか、スポーツ系だよね。
そういう感じのスポンサーばかりだったところ、多分今年初なんですけど、資生堂なんですよね。
どういう意図があるんでしょう?
一応、イガナシカノア君って銀メダルを取りましたけど、スポンサーにも確かなってると思うんですけど、
それつながりなのかどうかわからないけどね。
ハーティントンビーチといえばカノア君の地元でもあるんですよ。
そういう縁があっているのかもわからないんですが、
今日話したかったのは、ビューティー系がスポーツのスポンサーになるんだっていうのにちょっとわーっと思ったところ。
確かに。日焼け止めとか?
そうそう。日焼け止めはあると思う。
なるほどね。えー面白い。
面白いよね。ちょっと資生堂さんのウェブサイト見ててね。
03:00
まずフィロソフィーはね、紹介すると、
ビューティーイノベーションズフォーアベターワールド。
より良い世界に美しさのイノベーションで、みたいな。
訳がめちゃくちゃですけど。
日本語で書いてあったのを読むと、私たちは100年先も輝き続け、世界中の多様な人たちから信頼される企業になるべく、新企業理念、ザ資生堂フィロソフィーを定義しました。
がさっきのやつね。
私たちは国・地域・組織・ブランドを問わず、ザ資生堂フィロソフィーを常に拠り所として、世界で勝てる日本初のグローバルビューティーカンパニーを目指します。
って書いてあって。
確かにグローバルで活躍してるわーって日本の企業で。
改めてね、思ったんでね、ちょっと紹介しとこうという感じです。
私もこの前台湾系アメリカ人の友達から、資生堂の化粧品ってよく使ってる?とかって言って質問が来てたので。
実際どうですか?
私は化粧品はあんまり詳しくなさすぎて何も話せなかったんですけど。
でも地元じゃないや、ローカルに根付いてきてるのかなと思って。
めちゃめちゃどこにでもあるからね、資生堂さんのお店もあるし。
そう言われると、だからトヨタもさすがにあれですけど、資生堂も負けてないぞっていうね。
本当ですね、すごいすごい。
面白い、知らなかった。
結構イノベーティブなこと、アプリを出してたりとか、ITも絡んでて。
ウェブサイトね、もしよかったらみんな見てもらえるとね、動画が2本置いてあって。
Dear Future MeってこれCMとかで流れてんのかな日本で。
分かんないですけど、とりあえず未来を意識した、美しさで未来をより良い世界へみたいなテーマで動画を買って。
そこでIT系とかテクノロジーとかを駆使したような商品のイメージ図、イメージ動画があったりして。
そうなんだ。
結構感動的なやつなんで。
いいんじゃねえかっていう紹介話でした。
なるほどね。
そうそう。
でもオリンピックでね、サーフィンもより注目されましたしね。
そうね、なんかちょっとずつ変わってきてるなっていう。
06:02
本当ですね。
感じるよね、いろんなところで。
面白い、面白い。
なるほどなるほど。
はい。
ではでは本編に入っていきますかね。
どうぞお願いします。
一人の方のインタビューを4回に分けてお届けしているこの1%の情熱物語ですが、今回はブラジルにお住まいでいらっしゃって、チューズマキャリアネット代表の三浦あずささんのお話の第3回目。
はい、いろんな肩書きで活躍されていらっしゃる三浦さんなんですけども、前回までは大分地から今の仕事につくまでっていうところで話を伺ってたんですけど、今回はブラジルの生活だったりチューズマキャリアネットの活動の内容とかね、仕事の掘り下げですね。
はいはい。
伺っております。
では聞いていただきましょう。
はい。はいじゃあ今からですね、仕事の掘り下げをしていきたいんですけど、仕事に関してのお話ですね。
ちょっとその前に、先週までのお話が株式会社トーチという会社を立ち上げされて、CM監督と一緒に立ち上げられて、三浦さんはその人事のキャリアというか実績を生かして、ヒューマンブランディングっていう。
はい。
合ってます?
合ってます。
コンセプトで、その映像プロモーションとかの仕事をされていらっしゃったというところまで伺ったんですけど、そこから今ねブラジルに在住ということなんですけど、どういった経緯でブラジルに住むことになったんですかね。
はい、そうですね。夫の海外転勤がきっかけでブラジルに来ることになりました。
なるほど。それは2020年の1月ということだったんですけど、結構いきなりだったんですかね。
そうですね。その半年前、2019年の7月に内地が出て、ただそれまで海外転勤したいとも希望何も言っていなかったので、全くそのプランは考えてもいなくて、びっくりしました。
ずっと日本にいるんだろうなとは思うということですかね。
09:03
はい、そうです。
しかも英語圏ではないのかな、ブラジル。
そうですね、ポルトガル語ですね。
どうでした、最初の印象というか。
駐在について行くかどうかの決断をしてもらった時に。
その時に実はほとんど迷わなかったんですね。言われた瞬間、パイオニアになりたいという思いがあって、そういう自分の興味にくすぐるところですね。
未知の世界に行くのが好きなんですよ。やったことない、知らない世界に行くのが。
なので、今やってることは何とかしようと思ったので、決めたらあとはやるしかないので、行こうと言われた。
多分1分後とかに行こうかみたいな感じで迷わずに、わかったという感じで返事したと思います。
そうなんだ。旦那さんの方もどうだったんですか。
そうですね。ちょうどそれこそ社会人の10年目とかのタイミングとか、今後どうしようかみたいなところの、自分自身ももっと成長機会どうしようかと思ってた機会だったので、本人もチャレンジしたいというふうに前向きに捉えてたと思います。
そうなんですね。それは良かったというか。
でもね、ポルトガル語を話されてたわけではないですよね、最初から。
いや、全くです。ありがとうさえも知らなかったですよ、ポルトガル語で。
ポルトガルでありがとうなんでしたっけ。
男性だとオブリガードで、女性だとオブリガーダっていう。
あーそうなんだ。オブリガーダ、オブリガード。
いや、僕も知らないな。それを過労死で、そんなのあったなみたいな。
そのレベルからのスタートです。
じゃあ、その時やられてた仕事もとりあえず続ける前提で、引っ越しましょうかと。
そうですね。そこはそれこそ、会社員ではなくなってたのはすごい良かったなと思います。
確かに。そうですよね。
じゃあ実際に来てみて、直後にコロナですか?
そうです。2020年の1月だったので、私が飛び立つ成田空港はもうすでにマスクが売り切れという時点でしたね。
ほとんど売ってなかったあの時。
それはまた不安になりますね。色々と。
なりましたね。本当に。
12:01
どうなるの?これみたいな。行っちゃっていいの?みたいな感じですよね。
そう。行って、私1月末、1月25日にブラジルに飛び立ったんですけど、
もうその頃には日本がだんだん流行りだし、ブラジルも2月のカーニバル休暇っていうのがあるんですけど、1週間、2月の中頃に。
カーニバル休暇。
リオのカーニバルとか、いろんな町でカーニバルがあった。
お休みの後から1人目が出て、2月から3月に一気に8万人ぐらいザーッと増えた。
すごい時期に始まった頃でしたね。
何が起こってんだって感じですね。
そうです。不安がね、さすがにありました。
カーニバルはちなみに楽しめたんですか?
はい。アルゼンチのパタゴニアっていう南の方。
チリとかの方ね。
あっちの方に行ってすぐに旅行に行きました。到着してすぐに。
そうなんだ。リオのカーニバル自体は参加してないんですか?
そうですね。次の年に行こうと思ってたので。
どんな感じなんでしょうね。楽しそうなイメージしかないんですけど。
すごいですよ。商業、売上が何十億って世界なんですよ。リオのカーニバルって。
世界的に有名な。
そう。夜中の12時からスタートして、夜中中踊るっていう。6時間くらいパレードが。
じゃあ今年は見られたってこと?
今年もまだ実施せずなので。来年も実施の予定がなしに決まったので。
まだまだです。
そうなんだ。パタゴニアの話とかも聞きたいけど。話が止まらなくなりそうなんで。
じゃあちょっとね仕事の方の話で振っていきたいんですけど。
そういう形で転勤というか、中妻としてですよね。キャリアが始まって。中妻キャリアが始まって。
始まりました。
でもそうか。COOとしてのキャリアも変更しつつってことですもんね。
そうですね。
2020年の10月でしたっけ。中妻キャリアネットの代表に就任されていらっしゃると。
11月ですね。11月。
今の仕事とか活動をしていて、誇りに思う一番嬉しい瞬間というちょっとベタな質問なんですけど。
思うのはやっぱりその中妻の概念が変わったと実感できるときがすごい嬉しいです。
15:03
そういうのも中妻って言うとやはり働かない人たちっていうような意識をされてしまってるんですけど。
中妻の人たちと働きたいとか、中妻のこの方はすごい働いてくれるよねって評価してもらって。
だからこそ今後も海外にいる人たちに仕事をお願いしたいなっていうふうに企業がどんどん回っていってる様子を見るのがすごくやっていてよかったなって思います。
そっかそっか。マッチング的なこともされてらっしゃるんですか?企業と。
そうですね。
中妻キャリアネットの中で。
じゃあそのクライアントというか、企業さんは日本財の日本法人。
今まではそれを最初に私が承認したタイミングで行くとそこの繋がりが強かったので、かつ中妻キャリアネットのメンバーたちがどういう働き方をしたいですかってアンケートを入会するときに聞くんですが、
そのときに一番多いのが日本とのリモートワーク。日本企業とのリモートワークが50%ぐらい。
その次に多いのが現地就労。現地で働きたいっていう人たちなので、まずは日本企業のリモートワークを作ろうと思ってそこからスタート。
今は現地就労ってことで、つい先月ですね、東南アジア7カ国の仕事をあっせんしているリーヤ公園さんってところと業務提起を結んだので、
マレーシア、インドネシア、フィリピン、シンガポール、タイ、中国とかそういった現地の日本企業とか外資企業にあっせんする人材紹介会社だと提携して、今度は現地就労に力を入れ始めている。
うーん、なるほど。
おー、そうかそうか。まあね、時差もありますし。
時差を生かした仕事の創出っていうのもね、プロフィールに書かれてたんですけど、
それってどういうことなのかちょっと伺ってもいいですか?
そうですね、全部の仕事がっていうのは難しいと思うんですが、
例えば日本の夜、イメージでいくと、寝てる間に小人が仕事をして、朝起きたら靴が出来上がって、小人のあの世界をイメージしていて、
例えばってところでいくと、翻訳業務をお願いするとき、日本では8時間の業務時間なんですけど、世界にいらっしゃると残り16時間がまた仕事分が増えるんですよね。
だからさっき私が2日間1日で働いてますねって言われる世界で、翻訳も他の残り16時間働けるメンバーがいることによって、実は1日が24時間フル稼働でその会社が動けるようになるんですよね。
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なるほど。
今話をしているところでいくと、プレゼン資料、資料の作成を、例えば日本の夜9時に依頼したら、その間、例えばブラジルだったら朝9時なんですよね。
その状態で受けて私がバーって資料を起こして納品すると、次の日の朝の日本では資料できましたって言って出来上がっているっていう世界観。
素晴らしいですね。
なんかね、本当魔法みたいな。お互いウィンウィンってことですもんね。
そうですね。あとはコールセンターの話がありまして、それこそ24時間営業するときに、日本だとブラック企業になっちゃうんですけど、アメリカでそれを受けることによって、日本の夜中にも対応できる。
コールセンターは結構いろんな世界中のインドに繋がったりとかいろいろありますけどね、そこはやっぱりメリットになるってことですもんね。
今までのコーポレートの事業を海外にいるからこそできるって世界観を作り出したくて、それこそ企画職とか人事の採用でもダイレクトリクルーティングをその間に送っているとか、スカウトメールを作っているとか、分担して仕事できないかと。
そうですね。でもそれ考えるといろいろな可能性ありますね。
はい、ありますあります。
しかも本当に最初に冒頭に話したように、すごく能力があるのに、旦那様についていくとか態度をすることでそのキャリアがストップしてしまっている方とかもいらっしゃるわけですもんね。
そういったものを全て有効活用して組み合わせてあげると、みんながハッピーってことですよね。
そうですね。なのでさっきの誇りに思う瞬間、一番嬉しい瞬間というと、企業がそうして理解してもらうってことは、一人の女性が認められたってことなんで、その人がすごい輝き出すんですね。顔つきから、メールからっていう。
そういったさっきの光を照らしたいって私の目指す姿が、やっぱり喜んで生きとしている女性たちを見ている姿が嬉しいので、そこがうまく循環している世界になっているのが嬉しいです。
なるほど素敵だなぁ。
じゃあちょっとね次の質問いきますけど、これもちょっとね僕皆さんに聞いてるんですけど昔から。
あなたにとっての仕事哲学って何ですか?
21:01
できるできないではなくやるかやらないか。
そっちの方なんですね。
やっぱり何か課題に向き合おうと思ったら、できるかできないかみたいに思ってしまうんですけど、まずどうやっていくかっていうのを考えて、それで仲間とか、私ここにやりたいんですって発信しないと始まらないと思うので、
やり続けながら解決していくっていうのでいくと、やるかやらないか覚悟みたいな。
武士みたいですね。
武士みたいなんですが、それを仕事哲学とずっとしてますね。
まあでもね、できるかなできないかなって考えてるよりやっちゃった方が早いってことでしたね。
じゃあないか。
迷う時間があれば本当にまずやってみるっていうのはね。
でもそれの方が絶対に失敗したとしても経験値になるし、早いっていうのもあるし、その辺って人事コンサルタント的な視点から、そういう人とそうじゃない人って違いみたいなのって共通点とかあったりするんですかね。
ありますね。やっぱり失敗、成功体験の中でどれだけ失敗をして乗り越えてきた経験があるかっていうのだと思います。
あーなるほどね。
いろんなことに挑戦してきたかどうか。
そうです。でさっきのやるかやらないかっていうのも、私失敗前提で動くんですよね。失敗したらどう解決するかっていう、全部うまくいく想定ではいなくて、失敗した時にどうリカバーするかっていうのを考えて、臨機応変に解決していくものと思っているので、失敗を恐れてないっていうのはあります。
あーなるほど。それってでも最初からでもあれだけど、ちっちゃい頃からそうなんですか。
うーん、ちっちゃい頃は、そこまでちっちゃい頃は失敗、やっぱり失敗には凹んでたりとかしてたんですけど、やっぱりやり遂げた楽しさっていうのが楽しかったので。
雲をやってたんですけど、学年がどんどん上がって自分より上の学年とかやるとできないのが当たり前なので、そこをどうできるようにするかっていうのが楽しかったのは小さい頃は覚えてます。
なるほどね。そうっすよね。でもその本当に失敗、こうなったらこうすりゃいいっていうのがあれば別に失敗してもね、いいって思えますもんね。
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思いますし、想定してないことが起こるからこそ新しいものが出来上がると思うので。
なのでもう未知の世界の課題は全然来てくれって感じでいつもやってますね。
そっか、じゃあちょっと失敗談も聞きたかったんですけど、そうなってくると失敗も成功になっちゃうのかな?
あ、そうですね。変換されてます。失敗して当然というか、想定外は当然と思ってもうここ10年ぐらい新しい企画やるときは思ってきてので。
なんかでも失敗談って何ですかって聞かれたらなんか出ます?
さっきのそれでいくと失敗って言うと不合格とかそういうのもう変えようがないことが失敗って言うぐらいで、あとは失敗にはなってないですね。
成功に変換してしまっているということですね。
そうですね。窮地に陥るとかうまくできないことはそれこそ一番失敗とか難しかったなと思う経験がですね、一つありまして。
結果的には成功ですし失敗ではないんですけど、そこで考え方変わったっていうエピソードが一つあるんですね。会社員のときに。
それは何かっていうと、リクルートの会社員の5年目ぐらいのときに東北大震災が起きたんですね。4年目の終わりに仙台の東北大震災が。
2011年ですね。
その時に商品企画を担当していて、仙台の住宅情報誌の担当者をしてたんですね。
その時に仙台の方たちに向けた住宅情報誌を、今までは売る家、買う家と借りる家というのが別説に2つ本があったんですけど、それを1冊にまとめて、今必要な情報を伝える構成に新しく本を作り直そうという企画が立ち上がったんですね、当時。
その時に新聞もまだできて、2011年の5月に社を挙げて、仙台支社の存続につながるんですよね。本を続けるのか続けないかというのがあったときに、仙台支社で商品企画で20何年目の大戦敗者たちもたくさんいたんですけど、仙台支社の存続に関わるプロジェクトリーダーを若干5年目だった私が任せてもらえることになったんですよ。
それは、ちなみに仙台に住んでいたんですか?
いやいや、東京に住んでいて、東京で札幌、仙台、広島、福岡って担当してたので、全国の担当をしていて、その時にそれこそ当時は工場も動いていない、新聞も復刊していない時期に、それこそ工場をどこをお願いするか、紙の手配をどうするか、企画をどうするかっていうのの1からまとめの150人くらいのメンバーのリーダーになったのが、
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ちょうど2011年の6月に向けて。
すごいな、そりゃ。え、それ雑誌名ってちなみに出せます?
出せます。スーモマガジンっていう、リクルートのスーモマガジン。今も存続してます。
なんだろうなと思ってたんですけど。
え、すごい。
その時に、それこそ誰もやったことないんですよね、上司達も部長もマネージャーも。で、なった時に、もう動かなければ進まないし、1ヶ月、それこそ雑誌って1年くらいかけて作るのを1ヶ月で企画から販売までやるっていう、やったことないことをやることに。
もう想像しただけで死にそう。
そうです。企画を1日で決めましたしね、会議でやろうって決まった後、社長からその話が出て、忘れもしないですね、ゴールデンウィークが終わった次の日、ゴールデンウィークの間も私ずっと考えてましたけど、どうしようって。
それはでももうみなさんが抜擢されて、もうやってくれっていう。
そうです、チャンスを。
やってみるかって感じだったんですか。
そうです、もうやってこれをやりきったらお前は絶対成長するからって。
すごい、期待の星だったのかな。
いやいや、もう大先輩たちたくさんいたので、その方たちだったらねって思いもあったんですけど、これに答えをやってみようと思い。
1年ぐらいかかるのを、1ヶ月で復刊なんですけど企画は1日で決め、営業部隊はそこから2週間で売り切って、2週間制作活動っていう、あの未曾有のやったこと誰もやったことないスケジュール感。
すげー。
僕もね、営業してたからあれですけど、雑誌の営業って締め切りありますからね。
あります。あるし、いつまた地震が起きるかとか、工場がどうなるかっていうリスク表を200個ぐらい書きましたね。何が起きたらどうなるかみたいな。
想定することを。
でもやっぱりそれが基本なのかな。なるほど。
それも1個ずつやると失敗って言えるかもしれないけど、そういう窮地に置かれて200の想定をして、いつでも動けるって時の備えて1ヶ月発行するまでを死に物狂いでやった結果、もう何も恐れなくなったというか。
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まあでもね、それはそのブレイクダウンしたっていうのも大きいですよね。これが起こった時はこうする、これが起こった時はこうするっていうのを想定できたってことですよね。
でもそれをもう何だろう、逃げることができない状態だったので、立ち向かうことを上司のサポートとかを受けながらやって。
ここがすごい自分の中で成長につながったのは、その本を出来上がった後、6月1日に仙台の駅に2000冊持って町に配りに行くんですね。
復刊しました、復刊しました、スーモマガジンですって。そしたら結構そういう本を配る時って、3時間4時間営業マンが立って渡してもなかなか配り終えないんですよね。
駅で立って通る人に渡しててもね。
それがもうね、30分くらいでなくなったエリアもあったり、1時間もいなかったんですよ。みんなブワーって来てくれて、求めてたよって。
家情報を欲しい。自分たちも被災者じゃない。もう新しい家をどう過ごすかを探してるから借りれる家、買える家の情報を欲しいんだっていうのを、ボロボロの避難所から来たっていう方が10冊くらい欲しいって言って。
持っていただいた時、こういうの求めててありがとうって言われた時に涙しましたね。
そりゃあ成功体験ですね、大きな。
そういう想定のいくつも課題あったし、いくつもへこたえそうになることはその間いっぱいあったんですけど。
それも含めた上での解決をどんどんしていくことによって、感謝、必要な人に本が届いたっていうのがあるので。
結構それで考え方変わりましたね。やることが大事。
本当にまさにそれはやるかやらないかなんですね。
できないっていうのは簡単に言えるんですけど、もうあとはやるかっていう。
私ではできないから他の人へねっていうことはできたかもしれないけど、それをやったるでって。そっちに行けたのは素晴らしいですね、本当。
たくさんの方にサポートしてもらった結果ではあるので、全然一人ではできなかったと思うんですけど。
まだでもその雑誌もあるわけですよね。
そうなんです。結構紙がどんどん閉館していく中、仙台でそれを頑張った営業マンたちと、これは途絶えさせちゃいけないと言って。
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首都圏が2012年とかに閉じたんですけど、スーママガジン。それが2020年まで札幌、仙台、広島、福岡は伸ばすっていうのがその時点で決まって、今も残ってます。
すごい。すごいっすね。でも仕事の功績みたいなのがまだ形としてあるっていうのは嬉しいことでもありますよね。
嬉しいですね。
素敵なお話ありがとうございます。
次の質問なんですけど、今のあなたを作ったルーツは何だと思いますか?
そうですね。当たり前を当たり前と思わない?人と不便だったものを解決するっていうもの。
パイオニアになりたいっていうのも、今の状況を変えたいと思う気持ちがあるので、そういう変えたいと思って動いた結果、
当たり前だったことが変わっていくのを目にすることが多かったので、その体験が多かったことが今の自分につながるかなと思います。
その体験の積み重ねっていうか。
はい、そうですね。
そっかそっか。
そうですね。あと言うとしたら、自分がそうやって先頭に。よくファーストペンギン、セカンドペンギンって言われると思うんですけど。
なんか切り込み隊長じゃないんですけど、自分が道をこうやって切り開くと、後ろで他に歩いてくる人たちがいっぱいできる。
結構その体験をしてきたことが多いので、それで自分だけじゃなくて前の人がありがとうって言って続いてくれるチャンス。
挑戦してみるよっていう人たちが増えていく姿は嬉しいので、それがモチベーションかもしれないですね。
でも本当にもうなんかね、こっからのリーダー資質というか、才能なんですかね。やっぱそういうのは。
何でしょうね。
リーダーシップって、本当まさにそうですよね。最初に切り開いた後から、ここ道できたぞってついてきてくるってことですもんね。
そうですそうです。
ここに道あるよって。だんだん太い道になっていくってことですもんね。
そうそうそう。人がね、どんどん雪の中を歩くとね、人の足跡ができて、いろんな人が歩くと、確かに道に変わっていく、溶けていきますもんね。
そうですよね。最初に切り開く人は一番しんどいと思うけど。
それがすごいやりがいですね。
それに楽しさを感じているということですね。
次の質問にもつながるかもしれないんだけど、あなたを引っ張っているモチベーションって何ですかっていうのも聞いてるんですけど、そういうことなのかな。
36:05
そうですね。今までなかった道ができて、新しい選択肢が増えるという世界観を作れる。
ちょっと前の話でも、今、ちゅーずまキャリアネットで、時差を生かして仕事を創出するっていうことも、切り開いているというか、今までなかったものを作っているっていうことですもんね。
そうですね。そこを営業しに行くことで、気づいてくださる方とか、働き方を作りに行っています。
ちょっと今、女性の働き方っていうところで、日本でも夫婦別姓とかそういう話とかもちょっといろいろ全部ひっくるめた感じで、ちょっと一言伺えるといいなと思ったんですけど、女性視点で見た日本の働き方に関して。
こうしてこうなったらいいのになーとか、こうしていけたらいいなーみたいなのってあったりします?
そうですね。思うのは、一つの会社にずっといるっていうのは、やっぱりまだまだ強い環境なので、何度でもチャンスがあるというか、復職もできる。
ブランクがあっても、その前の経験とか、その人がどう成長していくかっていうところも見定めて、何回転職しようが、何回仕事が離れようが、チャンスを創出できる社会に働き方にしていくと、実はそれこそ中島も気づかれていない存在だと思ったんですね。
本当にもったいない存在だなと思いました。話聞いてて。
あるけども、その土台にも乗らないんですよね。対象者というか。
視野に入ってないというか。
そうそうそう。っていう女性たちが実は日本にたくさんいるんじゃないかと思って。
復旧で仕事を離れて、そのまま退職された。M字カーブってよく言われる。子供を産むと総職から抜けて、正社員から抜けちゃうっていう人たちが、再度、もう一回同じようなチャンスというか、仕事を責任のある仕事をしようと思うと、難しい世の中なので。
その部分を当初決まってた場というか、ブランクがあるから処理選考を通さないじゃなくて、まずはその人たちを見る。変形のない目で見るっていうところをすることが、女性の中では特に今は大事なのかなと思います。
なるほど。確かにそう考えると、こういう角度から切り込むっていうのもありですもんね。
39:05
今から三浦さんが仕事を作って、日本にある人事部の人たちにこういうやり方あるんだよっていうのを教えていくっていうのも一つだし、もちろん将来的に政治家になってガーッと動かすっていうのも、もしかしたらあるかもしれないですけど。
やっぱり制度を作る。やっぱり日本を変えるには国からだなとすごい思うので、今も人事のコミュニティにいて、実は中妻の機会で週2日からまずは、それこそ仕事に戻るときってどうしてもブランクがあるから、働き方の感覚を失っていたりとかするから、メスって分からなかったりとかするので、週2日からリハビリのような形で2日、3日、4日っていう。
パートみたいな感じで最初は始めて、慣れてきたらまた。
企業もこの方働けるねって実感してもらって、お互いいいですよね。働くのに久しぶりで慣れさせる状態と、企業もこの方すごい働けるじゃないかっていうお互いの使用期間みたいなステップを作っていくことで機会を増やしていますね。
本当それはみゆなさんだからこそできることかもね。
僕変な言葉使いですいません。
人事のキャリア踏んできて中妻になって、面白いですね。
本当にどんどん変わりつつあるなとは思いますもんね。日本の働き方も。
より働きやすくなってますよね。オンラインで仕事もミーティングもオッケーになったので。
ガシガシ切り込んでてください。
じゃあちょっと次のセクションに入っていきます。
今から未来を意識してお話を伺っていきたいんですが。
確かにね、やっぱり世の中はだんだん変わってきてると思いますけれども、やっぱりそれでも特に思うのがアメリカで日本から来てる中妻の方とお仕事をすると、ほぼ9割5分型男の方なんですよね。
あーそういうことね。
日本からの中妻の人だけなんですけど、もう男の人しかいないなと思うから。
42:04
やっぱりなかなか日本の企業で特に大きい企業とか古い企業って女性の活躍の方がやっぱりまだ少ないのかなって思いますよね。
だから旦那さんの、二人とも働いたとしても、たぶん旦那さんの方に帯同していく、奥さんの方が辞められてっていうパターンの方がまだ多いんだろうね。
奥さんについてきますっていう日本の人って本当にいない、いるだろうけど、すごい少ないんじゃないかなって思いますよね。
それをね、だからそのもったいない存在って言ってたのが、ちょっと僕改めて聞いてて、本当にもったいないなと思って、その能力のある奥様方。
本当は仕事したいんだろうし、高いのに、ビザの問題もあるだろうし、いろんなことで、もったいないなって思うよね、本当に。
本当そうですよね。そこをうまく活用できたら企業も嬉しいし、本人も嬉しいし、ウィンウィンの方になれる。
そうなんですよ。そこはね、だから今、余白というかね、それはだから三浦さんが仕事を喪失していったり、時差を生かしてね、仕事を作ってるっておっしゃってたけど。
それをまた今度、それをやりつつ政治家になってくれたらさ、もっとダイナミックに変わるよね。
そうなんじゃないですか。やっぱ今後とか思っちゃいますけどね。
これ収録、インタビューさせてもらったのは先週だったんですけど、9月の中旬頃。
その終わった後にメールいただいて、一つコメントで、仕事哲学って聞かれたところで、今思うと意思あるところに道ありっていう言葉が浮かびましたっていう風にいただいたのが一つであったんですけど、
それと僕がねすごくさすがだなと思ったのはね、インタビューを受けて気づかされたことが何点かあります。
自分で気づけたことっていうか、話してて気づいたことが、これとこれとこれみたいな過剰書きでバーって書いてくれててさ。
なんかそういうのって、僕は嬉しいし、インタビューしたことで改めて気づいたっていう。
それもあるし、三浦さんの中では思考の整理っていうかができた部分もあったと思うんですけど、それをメールで返してきてくれるっていうのはね、なんかすげーなと改めて思いました。
これとこれとこれに気づいて、ありがとうございましたみたいな感じのね、俺のメールも。
45:07
だからそういうものを伝えてくれるリーダーって嬉しいじゃない。
リーダーですね。
リーダーだなーって思ったよ。
本当、やっぱりコミュニケーション能力がすごく高い方ってそういうネットワークをどういうふうに作るか、相手がどういうふうにしたら嬉しいかっていうことを自然とできるんですよね。
自然とじゃなくて意識してね、勉強してされてるのかもしれないし。
そうやって教えてもらえる人もたくさんいるんですけどね、直後にメールでね、箇条書きできたのは初めてだったんでね、ちょっとはぁーと思ってびっくりしましたっていうね。
なるほど。
道を作っていくっていう感じで、アントニオイノキの言葉がちょっと出てきちゃったんですけど、道って聞いてほしいある?三浦ちゃん。
あー。
この道を行けばどうなるものか。
あやぶむなかれ、あやぶめば道はなし。
それモノマネでよく聞いてましたね。いろんな人がやってたり。
そうそうそう。
踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。あれ合ってるこれ?
迷わず行けよ、行けばわかるさ。
はいはい、迷わず行けよ、行けばわかるさってよく聞いてましたね。
でもマジでこれやってるよね。
その通りですね。意思を持って動いてらっしゃるっていうのがお話聞いてるだけでも伝わってきますからね。
ねー。
逆転を見つけて掘り出したいんだけど、見つからねーんだよ。
ないなー。全然ないなー。
逆転ここですって言っても、あーすごい勉強になります、これをっていうふうにポジティブに捉えてくれるんですよ、きっと。
次から弱点って何ですかって聞いてみようかな。
そうですね。こういう方が政治家になるべく方なんですよ。
楽しみですね、ほんとに。
ほんとほんと。で、で、で、次回が最終回?
そう、まあなのでそういった展望ですよねーとかねー。
あと何を聞いたかなー。
この177回の冒頭でね、なべじゅんさんからお便りいただいて、
思い出の曲とエピソードを聞いたらどうすかっていう提案をね、即採用してね、それも聞いてますしね。
なるほど。
そんな最後は展望とちょっと力を抜いたその辺の話を伺っております。
48:07
楽しみにしております。
はい。
リアルアメリカ情報。
よっ。
このコーナーでは最新のビジネス生活情報をアメリカロサンゼルスよりお届けしてまいります。
はい。
これはね、知ってる人もいっぱいいると思うけど知らない人もいるかなと思ってシェアします。
みつさん見ましたか?インスピレーション4。
見てないですね。
見てない?
わからない。
あ、じゃあシェアしますね。
スペースXが今回初めて民間の人を宇宙に送りました。
で、無事に日本、あの日本じゃないや、地球に帰還しましたというお話。
あ、もう帰還したんだ。
そう、無事に帰ってきたんですよ。
その話は、そうそう見たいなと思って。インスピレーション4って言うんだ、それ。
そう、インスピレーション4っていうプロジェクト名なんですけど、
これね、ほんと今収録してるのが9月の2021年9月の22日ですが、数日前にね、帰ってきたんですけど、
で、今いろんな人がね、宇宙に行っていて、
それこそAmazonのジェフ・ベイゾーとか行ってましたけれども、
そういうのが立て続けに起こってるんですけど、
このスペースXのプロジェクトはNetflixでドキュメンタリーが制作されていて、
あ、そうだそうだそうだ。はいはい。
そうそうそう、すっごい面白かった。
それを見て私はちょっと深くこのプロジェクトの内容を知ったので、シェアしようと思ってね。
リアルアメリカに取り上げましたと。
まず、概要。宇宙飛行士の方々が宇宙に行くという概念を打ち破ろうということで、
最近ね、民間の方も宇宙旅行みたいなコンセプトでいろんな企業をやってるじゃないですか。
まあね、ジェフ・ベイソースだって民間、プロっていうかそのね、民間人ですかね。
民間人、一般人。
そうそう、ゾゾタウンの前澤さんもなんかトレーニングを始めたとか。
前澤さんね。
あ、前澤さんね。もうトレーニングを始めたとか、なんかそれニュースもありますけれども、
今回のそのスペースXのインスピレーション4っていうのはちょっとかなり違って、
そのジェフ・ベイソースとかが行ったのは宇宙にほんと30分間とか、宇宙までわーって飛び立ってて、
51:00
30分もいないでしょ、たぶん。
いない?もっと短い?
5分くらい。
5分くらい?どれくらいだったっけ?宇宙でわー浮いたーってそのままなんか帰ってくるから、
ちょっと高め飛ぶ飛行機みたいな感じじゃないですか。
まあ大気圏を出たっていうことだよね。
出たっていう、で無重力若干体験してすぐ戻ってくるみたいな感じですよね。
で、バージンエアのもう一個のプロジェクトもそんな感じでしたと。
で、このスペースXの方は3日間宇宙に滞在して、地球の周りをぐるぐるぐるっと回って帰ってくるというリアルな宇宙旅行なんですよ。
しかも宇宙飛行士が誰も行かないっていう、本当の民間の人を乗せようっていうプロジェクトで始まっていて、
で、ネットフリックスのドキュメンタリーで追っていたのはもう1年前くらいかな、そのプロジェクトが発足したときから追ってるんですけど、
あーそういうこと。
そうそうそう、最初の時点から誰を選ぶかとか、こういうところから追っかけてるんですけど、
まずそもそもの発案者みたいな方かな、がビリオネアの人、ジャレット・アイザックマンっていう人がいるんですけど、
そのビリオネアの彼が、ホッキリンっていうか感じで、コアとなったこのプロジェクトに関わっていて、
彼はずっと宇宙に行きたいっていう夢を持ってる感じだったんですよ。
ただ宇宙飛行士でもないし、でも飛行機とか好きだからパイロットの免許を持っていて、自分で飛行機運転したりとかができる人。
はい。
で、今回のプロジェクトは、何の理由なのかわかんないけれども、小児がんとかの方を、小児がんとかの子どもたちを助ける子どものがん病院っていうのがあるんですね。
どこかな、テキサスだっけな、違うかな。
セント・ジェイド同時研究病院ってところがあるんですけど、そこの寄付を募るプロジェクトっていう形なんですよ。
それ俺ね、ポッドキャストで聞いてたわ。
聞いたわ。
聞いてた?
うん。
そうそうそうっていうプロジェクトのコンセプトがありますと。
じゃあこの、その一人のビリオネアの人が行くとしたら、あと3人どうしよう。誰を選ぼう。
ってなるわけじゃないですか。
だからその乗る人たちがお金を出して、そのお金をそこのセント・ジェイドだったっけ、その施設に寄付するっていうことだよね。
そう。
まあ一般人からも、あれか、ドネーションを集めるのか。
他の3人はね、全然お金を出してないです。
もう完全に一般の人から。
54:00
全然他の人たちはお金持ちでもなんでもない人たちで、このプロジェクト自体で子どもたちの希望を、みたいなところがあるのかな。
で、一般の人からお金を募ってるファンドレーサーですね。
で、この3人のうちの1人、じゃあせっかく児童病院に寄付だから、その児童病院で働いてる人にしようって言って、働いてるナースの人に声をかけるんですけど、
その人はもともと小児癌で、自分がその病院で治療を受けていて、
で、その病院で治療を受けていて、ナースさんたちがすごく優しかったから、自分もこういう人になろうと思ってナースになった方なんですよ。
29歳のヘイリーさんって言う方ね。
で、その人が急に病院から電話が来て、ちょっと話があるんだけどって言われて、
宇宙に行きませんか?みたいな。
えーって言うところもちゃんと映してるんですよ。
えーってどういう方ですか?みたいな。
じゃあ月とか行くんですか?みたいな、そういう感じの方で、
でもいろんなせっかくの機会だし、子どもたちにも希望を与えられるからやりますっていうことで、
本当に何も知らない普通のナースの方。
で、実際に子どもの時に小児眼をずらってるから、体調もね、その体調というか、すごい強い体の人ではない。
足も、なんかその小児眼を取った時にプラスチックを入れてるから、
なんていうのかな日本語で、プラスチックが入ってる部分を持ってる体の人ですみたいな感じ。
で、本当の一般人ですよねこの方はね。
若い女の子。
で、あと2人は、もう一つの席は、このプロジェクトに募金をしてくれた方の中から抽選で選びますっていう席を1個設けたんですよ。
そうなんだ、へー。
で、たまたま宇宙が好きな40代のロッキードさんっていう男性、もともと空軍で働いてたことがあって、
知識はあるんだけど宇宙に憧れてるっていう人が、とりあえず募金してみようって募金したら急に電話がかかってきて、
あなた当選しました宇宙に行きませんかみたいな。
うーん。
で、最後の1人が、これはねツイッターで募ったのかな、
ツイッターで自己紹介ビデオをあげてくださいって言って、すごい一番バズった人の中から選ぶみたいな感じで、
選ばれた宇宙科学者の黒人の女性、50代かな。
っていう4人が宇宙に行くっていうのをね、ドキュメンタリーで全部撮ってた。
それ痛いね、それ日本でも見れるのかな。
どうなんだろう、ありそうじゃないですか、字幕でね。
57:03
そうそうそうそう。
その選ぶ工程から全部撮ってるんですけど、それでも本当に初心者だから、
みんな重力テストをしたりとか、朝が7時から夜7時までずっとスペースXのヘッドクォーター、
私たちのすぐ15分くらいの近所にありますけれども、
ところにこもって勉強をして、宇宙についてとか、
飛行船についてっていうのを1年ぐらいずっとやって、
今回のミッションにたどり着いたって経緯があって。
そうだよね、だから宇宙飛行士がその中にいないから、
もし何かあったときにどう対処すればいいかってことを準備しないといけなかったってことだよね。
そうなんです、そうなんです。
でもそのナースがいたって言ったらさ、そこの児童たちもマジで痛いんだよね。
その子は実際に子どもたちに話しかけてる様子とかも映ってるんですけど、
私は実際にあなたと同じように病気だったけど、こんなに元気になって宇宙にも行ったんだよみたいなね。
その帰ってきた後のやつも放映されてるの?
それはね、9月の末かな?
それはまだない。
まだまだ、もうすぐもうすぐ。
でもこれが配信されてる頃にはもう出てるってことだよね。
出てる出てる。
あとYouTubeにもその実際に飛び立った時とかの生の中継像が全部出てるので。
そうなんだ、それはちょっと見ないとだな。
リアルな宇宙旅行を民間の人がやり遂げたっていうすごい大きなプロジェクトだったんですよ。
すごい意義があることだよね、これ。
ほんとほんと、そうそうそうそう。
なんか、すげーな。
前澤さんはなんかもっと軽いノリな印象しかないですね。
大丈夫かな、みんな。
なんかGってあるじゃん。
Gって、重力?
重力のね、重力のGってやっぱり宇宙飛行士の人はすごい訓練をするんだけど、
そういう人たちも遠心力がめっちゃかかる機械で訓練をしたりするんですよね。
でもあれって地球上にあるジェットコースターとかの全く気にならないぐらいのGがかかるんですって。
へー、まあそりゃそうだろうね。
どんな感じなんだろうね。
なんか吐いたりとかしてたけど。
結構でも感動する感じ?泣いちゃう感じ?
なんかね、希望ってこういうことなのかわかったって感じ。
あーいいですね。
すごい、なんかちょっと希望を持ってるプロジェクトですよ。
1:00:02
素晴らしい。
YouTubeはあるから皆さんもし興味があったらインスピレーション4見てみてください。
ネットフリックスね。
ネットフリックスにはドキュメンタリーがあって、
YouTubeにはスペースXが出してる実際の映像とかあるので。
へー、楽しみ。
ということで、みっちさんはもし宇宙旅行に行けるって言われたら行きたいですか?
行きたいですよ。
行きたいんだ。
行きたくないの。
え、怖くないですか?
だってもう普通の飛行機と一緒だと思うよ。
ぐらいのレベルだと思うけど。
マジ?
だって飛行機だって最初はね。
まぁね。
マジ?ってなってたでしょ、たぶん。
最初に乗る人は。
それの通り、その通り。
でも今は余裕で乗ってるわけでしょ、さおるちゃんは。
まぁね、まぁね、でも実際のリアルな映像とか見てても、
この前のスペースXの別のリアルな宇宙飛行士が宇宙ステーションに行った映像があるんですけど、
その時ももしかしたらなんかちっちゃい破片みたいなのが、
飛んできて?
飛んできてぶつかるかもしれないっていうので、
ぶつかったらちょっと穴が開いたら全部空気がヒュッて抜かれてホッて死んじゃうから、
緊急の順、何だろう、実際の映像とかあって、
ギャーって思ってましたけど。
まぁね、でももう、もう俺別にいつ死んでもいいと思ってる。
早いけどすごい人生楽しんでるってこと、いつ死んでも。
別にもうね、どこで死のうがいいと思っちゃってるからね。
怖くないと言えば怖くない。
ビビるかもしれないけどね。
全然行けるやない、宇宙。
行きたい行きたい。
どう、だから前回、なんかのね、あれで話したけど、
宇宙ビジネスを始めることによって、
そう、連れてってもらえる可能性が増えるからね。
そうだそうだ。
そう、それをやんなきゃなと。
じゃあみずさんここで公言しておけば、もしかしたら。
そうですよね。誰か連れてってください。
あるかもあるかも。
可能性あるかもしれない。
ということで、リアルアメリカ情報をお届けしました。
はい。
1:03:02
締めのコーナーです。質問。
はい。質問、さのちゃん。
好きな駄菓子は何ですか?好きだったか?好きだった駄菓子は何ですか?
それ話さなかったっけ?
話したかも。
話してないか、わかんないな。駄菓子?
駄菓子でもいいし、なんか子供のお菓子でもいいけど。
好きな?あまり思い出せないが、思い出せるのは5円チョコだな。
それ確か、前も言ってたっけ?
あとね、30円ぐらいのね、牛乳のアイスクリーム。
てか、ミルクアイス。
うちの絵が描いてあったと思うんだけど。
これぐらいの四角い銀紙に包まれた、木の棒が。
わかった!
あったよね。30円ぐらいだったよね、あれ。
私駄菓子屋で買ったことないけど、家で食べてました。銀紙のやつ。
そう。
四角いやつ。あれうまい!あれうまいうまい!
わー!食べたい!
あと、駄菓子屋って言ったら、ゼリーみたいな、12個入ってるグミみたいなやつとか。
あと何でしょうね。
あとチョコバットだ、チョコバット。
チョコバット?
あたりくじ付きの。
何ですか?
なんか、リアルな駄菓子屋ないんですけど、
ちっちゃい頃、遠足とかに持ってってすごい好きだったのが、
モギモギフルーツって知ってます?
知らん。
みつさんのときはまだなかったのかな。
モギモギフルーツ。
っていうグミで、ちょうどこの前ルームメイトと話してて、年代が一緒だから、私も好きってなったんだけど。
グミでフルーツの形をしてる木からフルーツをもぎ取るみたいな形のフルーツの形をしてツラピローンって取るんですけど、
その上になんかね、薄い紙みたいなのが貼ってあって、でもその紙も食べれるみたいな。
あったね。
わかるわかる。
あの薄い紙。
紙はわかる。
紙わかるでしょ。
紙はわかるけど、グミがわからん。
わかるよ。
あれも食べれるよねっていうのでちょっと盛り上がったって話して。
あの紙なんだったんだろうね。
あれね、ゼラチンみたいなやつ。
なるほどね。
いろいろ見たら思い出すんだろうけど。
ビックリマンチョコとか買ってたな。
ビックリマンチョコか。
1:06:01
大人買いする悪い先輩とかがいてさ、箱買いして中身知ってるみたいな。
先輩買って中身悪いやつやな。
俺今思い出したのはね、大阪に俺高校卒業して愛知県から大阪に引っ越して、
駄菓子屋に行った時に友達父に連れられて、
その駄菓子屋のおばあちゃんが作ってたお好み焼きがうまくて衝撃的だったのは何か覚えてる?
そりゃそうや。
駄菓子屋の中で。
そりゃそうや。
これが一番うまいねんって言って、その大阪の人がね自慢げに連れてってくれた。
へー、間違いない。それは間違いない。
天王寺かとかは忘れたけど。
美味しかったですね。
意外と話が広がってます。
駄菓子屋ってまだあんのかね、行きたいよね。
ねー、確かに確かに。
どうなんでしょう。
ということで、今回お届けしましたインタビューの内容とリアルアメリカ情報のインフォメーションはブログに掲載しております。
忘れないでください。
podcast.086.comまたは1%の情熱物語で検索してみてください。
はい、皆さんからのお便りやレビュー、そしてパトロンさんからのご支援も引き続きお待ちしております。
はい、今週も聞いてくださってありがとうございました。
ありがとうございます。
また来週お会いしましょう。
来週はハロウィンだよ。
違う。
違うか。
違う。
01:08:10

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