1. from 雑談
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2024-05-11 1:02:39

#53|BLACKPod「奪う人」byトリビア&メチクロ

from雑談 -特別編-【BLACKPod】は、トリビアとメチクロが音楽を語ることのややこしさをややこしく語らう番組です。※本編は SoundCloud にてお楽しみください。〈収録2024.04.21〉

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【本編はこちら】音楽をダベる番組『BLACK Pod』

BLACKPod Vol5 LgC Breaks|https://x.gd/imWfg
BLACKPod Vol6 PsT Breaks|https://x.gd/G7Lmx

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[PLAYER] ───────────────────

【毎日映画トリビア/PODCAST 深めるシネマ】

映画情報発信アカウント運営者『毎日映画トリビア』と、その幼馴染『Tomohee』の二人が、毎回一本の映画について語らい、映画の見方を深めていく “徹底対話型” ポッドキャスト番組です。作品の魅力はもちろん、映画から見えてくる人生観まで、じっくり話し合って深めていきます。映画は見るだけじゃもったいない!<火曜日夜更新>https://linktr.ee/eigatrivia

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【Mechikuro】

マンガ・オーディオ・アート・クラブミュージックなどの第一線で、分野横断的に活動するクリエイティブディレクター。グラフィック&プロダクト両面のデザインのみならず、編集&ライティングからブランディング&プロデュースまで多様なスキルセットを駆使する。これまでの経験と知見を活かし、『JAPAN PODCAST AWARDS』では創設メンバーとして、2019年創設〜2021年まで3年に渡り理念&審査レギュレーション設計、選考委員選定、ノミネート作品選考、グラフィック&トロフィー造形など中核業務の全てを担当。作品選考作業においては、年間平均2000作品・2000時間強に及ぶ聴取・リサーチ・分析を行い、アワードという一つの基準において、国内ポッドキャストシーンの可視化とクオリティの定性評価に寄与した。 現在、自身のポッドキャスト作品としては、ぷにぷに電機と共に制作する『LAUNDRY AM』を配信中。 『雑談』では、より広く、より深く、音声作品の可能性と魅力を伝えるべく、さらなる能力を解放する。@maticlog

00:08
トリビアさん、あなたが、絶対に奪ってはいけないものと、ギリこれは奪っていいんじゃないかっていうもの2つあげて欲しいんです。
あげて欲しいんだけど。
どういうことだ?
奪ってはいけないものって何ですか?絶対にこれは奪っちゃいけない。
これ、僕自身がってことですか?
あなたの哲学、あなたの人生観において、これは絶対奪っちゃいけないんじゃないかって思う。
人の命ですね。
命は絶対に何があっても奪っちゃいけない。
奪っちゃいけないですね。
じゃあ、ギリこれは奪っても許されるんじゃないかなっていうものって何がある?
ギリ?
あなたの中のギリ。
ギリギリのないんですか?
じゃあ、ギリ奪っちゃいけないものでもどっちでもいいや。
ボーダーにあるものを教えてほしい。
えー、なんだろうな。
むずいな。
えー、物とか、何でもいいんですよね?
何でもいいですよ。質量の有無は関係ないです。
えー。ざまぁみ。
もうむずいよ。いきなり。
でもさ、あなたは何年生きたのか、俺詳しくは知らないんだけどさ、いろんなものを奪ってるからあなたは生きてるわけじゃないですか。
そうですね。
だから、奪うことに関しては常に主作選択や意思決定をしながら生きてるわけですよね。
何も奪ってないとは言えないですからね。
ですよね。
奪っているはずですもんね。
だからそのギリ奪っちゃいけないと思っているもの、その淡いにあるようなものって、トリビアらしさが出るんじゃないかなと思って聞いたんだけど。
人のプライドとかですか?
プライドはギリ奪っていいのか、奪っちゃいけないのかっていうことを常に主作選択を迫られているような感じがするってことか。
そうですね。なんか目的があるときに奪わないといけないときもあるかなっていうのと、奪っちゃいけないよなっていうのの葛藤はあると思うんですね。
03:04
いいね。
以前どこかで僕話したんだけど、宮台真嗣さんがアートのことをちょっと語った回で、アートというものは根源的に人を傷つけるものだと。
その傷つけられた傷が修復する過程に起こることや考えることっていうのに意味があるんだ的なことを彼が語ってたのに感銘を受けたことがあって。
っていう意味でいくと、アートっていうのも根源的にさっきの僕が奪うっていう意味でいくと、人のプライドを奪ったりとかするような可能性があったりするものなのかもしれないよね。
あー確かに。
いいね。なんかすごくいいスタート。
いいことですか。
トリビアを表すものな気もしますね。
人のプライドっていうものがギリギリのボーダーラインにある、奪っていいもの悪いもの。
どういう印象を持たれるのかちょっとよくわからないですけど。
思いついたのはそれだったんですね。
ちょっとナルシストだなって感じる人もいるだろうし。
そっか。
もうちょっと物欲的なものでイメージする人もいるだろうし。
だからちょっと概念的だよね。
物はだって。
なんぼ奪ってもいいですか。
いや。
金。最初になんか金とかかなと思ったけど。
いやでもなんか金を盗みたいと思ったこともないから。
人の物が欲しいとかも思ったことなくて。
だから盗む、盗むというか。
奪う。
でもなんか自分が悩むのはなんかそういうこれ言った方がいいのかな悪いのかなみたいなことは結構悩むから
人のプライドかなってなったんですよ。
でまぁ今回のブラックポッドの本編では
ブレイクスっていうものをテーマにして前後編で収録したんだけれども
ブレイクスの歴史もいわゆる音楽史においてあるボーダーラインのところで戦った人たちの歴史でもあるんだよね。
いわゆる録音された音楽っていうものをサンプリングしたりとかして自分の音楽にするっていう
当時法制のようなものもなかったストリートから生まれた音楽だったりもして
その影響下にあるものが今の現代のポップミュージックだったりもするっていうのも考えると
ボーダーで戦った人たちのアートの歴史でもあるんだよね。
なので、じゃあ彼らは奪ったのか奪ってないのかで言ったら
ある瞬間誰かの何かを奪いながら
06:00
そうですね。
著作権というものだったりっていう瞬間があった人たちではあるんだよね。
やっぱりこの辺って面白いなと思うし、いかにもアート的だなっていう事象だなって感じるんだよね。
確かに。
なので今日はグレーと呼ばれるものとかボーダーにあるものっていうお話をしていけたらなと思うんだけど
前回前々回はさ、いわゆるビジネスの人たちっていうのを槍玉にあげてさ
あなたに全問答を問い続けてたじゃないですか。
そうですね。
いわゆるビジネスにおいてイノベーションをする人たちも
ある意味グレーゾーンのところで
白寄りのグレーだったりとか黒寄りのグレーだったりとかっていうところの
淡いのところで自分たちの活動を広げていって
世の中に白と認められていく戦いをしてる人たちでもあったわけじゃない?
はい。
これってビジネスだろうが理系だろうが文系だろうが左だろうが右だろうが
あらゆるものに通じることだなって思うんだよね。
グレーのものに対する人の佇まい立ち位置みたいなものって。
なのでじゃあちょっともう一個次の質問。
トリビアという存在は黒白グレーどの存在ですか?
グレーだと思ってますけどね。
じゃあ白寄りのグレーですか黒寄りのグレーですかあなたという存在は。
白が何を表すかによるなっていう感じですけど。
善悪みたいな意味ですか?
解釈含めて。
含めて。
黒寄りかな。
黒寄りなグレー。
トリビアが惹かれる存在っていうのは魅力的だと感じる存在は
今言った中だとどういう存在?
やっぱグレーを惹かれますね。
どっち寄りの?
黒寄りのグレーですかね。
だよね。
グレーのボーダーに立ちながら黒の方に軸足を少し置いてるような人って魅力的に感じるよね。
じゃあ何自分が魅力的ってこと?
ナルシストみたいな印象操作を私しようとしてないですかこれ。
09:03
さっきも言葉を出して。
でもそうありたいと思ってるからかなっていう。
自分の中の理想がそうだからそうありたいと思ってると思ってますね。
やっぱ白って一回も黒にまみれてなさそうじゃないですか。
なるほどね。
でも黒には白は含まれてる気がするんですよ。
だからそっちの方が魅力的だなと思うし、
そっちになりたいって思ってるかもしれない。
面白いね。
じゃあトリビアのイメージでは真っ黒というものはなくて、
黒の最大値のところでもやはり白が含まれてるというか、
ダークグレーの頂点みたいなものが黒っていうイメージなのかな。
そうですね。
でも真っ白もないと思ってるんですけど。
なんか本当に概念の話ですけど色に対する。
白側から黒の視点は得られなさそうだなとか思ってますね。
スタートが白だからみたいな勝手なイメージがあるのかもしれないですけど。
生まれたばかりの赤ちゃんってどっちだと思う?
白ですね。
そこかなと思ってるんだよね俺。
無垢である赤ちゃんっていうものに魅力を感じるようには思うんだけれども、
やはり大人になりにつれて黒に寄ってく人間というのは。
色々悪いことしていくみたいな。汚れていく。
僕はちなみに今の段階で、
悪いとかいいとか善とか悪いっていうワードは一言も使ってないので。
これはトリビアの会社。
ナルシストとかもどんどん操作されて。
何なんだこの収録っていう。
多分今聞いてる人は前回前々回今回を通じて、
俺がすごく黒の人だと思う。
存在するとしたら真っ黒な人だし。
なんでアートが現代においても必要なのかっていう話をずっとしてきてたりもするんだけれども、
その何かこう黒いものっていうものが人間っていうものにおいて、
どういう意味を持つのかって話なのかなとも思っておいて。
さっき本編を撮った時に登場してたアーティストたちも、
ある意味音楽ジャンルっていうものとかその時代の流行りっていうものの中でいくと、
12:06
結構皆さんグレーゾーンにいる。
大衆に全て受け入れられたようなアーティストでもなく、無視された人でもなく、
ちゃんと音楽史上に残っていた上で、
アルバムのセールスとは関係のない形で重要な存在って思うようなアーティストだから、
それってある意味音楽史においてグレーな、ボーダーにいる人たちみたいなものだったと思うし、
あと前回前々回扱ったアーティストに関してもみんなそのボーダーのところで活動してる人だなと思ってて。
そうですね。
とはいえさ、法令遵守とかっていう言葉があるじゃない。
あと前回トリビアが語っていた、
規範というものは弱者が作るものであるっていうエブエブの1エピソードを扱ったりしたのもあって、
でも人っていうのは他者、社会に対しては、
白であることを求めるような気持ちもあるじゃない。
はい。
トリビアにもそういうとこってあるんですか。
人に対してですか。
はい。
白を求める。
あんま人に何かを期待してないという。
いいですね。
求める。
グレーを求めてる気はしますけどね。
求めてる。
あんまり。
SNSのような場で石を投げている人たちって、
グレーを求めてますか。
その人たちがですか。
そう。
いや、求めてないと思います。
彼らにとっての白を求めてるから、
相手を黒という存在にして、
石を投げて自分たちの白っていうものの正当性を小裸に叫んでる。
とも解釈できると思うんだけど。
はいはい。
その人たちって白なんですか。
どちらかというと真っ黒だと思いますけど。
白だと思いたいんだと思うんですけどね。
で、面白いのがさ、
彼らもさ、はっきりとした白と黒で何か戦ってるかのように見せておきながらさ、
SNS上で側面にしたりとかさ、
法令遵守的にここはコンプラ的に地雷踏まない程度の攻撃だとか含めてさ、
彼らなりのさ、
グレー寄りの白みたいなフリをしてやってるじゃない。
15:02
確かにそうですね。
多分石を投げてる自覚は必ずあるはずなんでね。
攻撃をしてるっていう自覚。
攻撃をしてる自覚がありながらこれは人に怒られなそう捕まらなそうみたいな言葉を選んで、
SNSで発言してるってことは、
彼らなりの白寄りのグレーみたいなつもりで何かやってるんだと思う。
そうですね。
なんかでも先に手に出されたと思ってる。
なるほど。
だから自分たちが白なのに黒にされちゃったから頑張って漂白しようとしてる気はする。
じゃあやっぱそこにはグレーっていう意識がないのかもね。
やられたんだからやり返して何が悪い、白いんだみたいな気持ち。
自分が汚れちゃったじゃないかっていう。
ここで石を投げないとグレーになっちゃったじゃないか。
投げることで白くするっていうことのような気はします。
結構いいかもねそれ。
じゃあ僕らの言っていたグレーな存在に魅力を感じるっていうものとは、
違う価値観のようにも聞こえるね。
そうですね。
グレーでいいと思ってるし、黒よりのグレーでいいと思ってる身からすると、
大丈夫だよって気になるんですね。
ちょっと汚れても。
白か黒かで極端に活動しなくても大丈夫だよみたいな。
てかもう汚れても大丈夫だよっていう気はしますけど。
なんでそう思えるの?汚れても大丈夫だよって言葉としては優しそうじゃん。
なんで汚れても大丈夫だよっていう気持ちになるのか。
僕自分自身がそうだと思っているからじゃないですか。
汚れても大丈夫だと思っているから。
汚れても大丈夫?
僕自身が汚れても大丈夫だと思っているし、だからあなたもそうですよっていう。
そんなパニックにならなくていいよっていう気には。
白であり続けようって頑張らなくていいよって。
てか無理だよっていう、諦めようよっていう気はあるかもしれないですね。
僕の中で諦めがあるのかもしれないですね。
白くあり続けることの限界とか脆さとか。
じゃあ白くあり続けたいと思ったことがあったりとか、他者に対して白くあってほしいっていうような時代があったんだ。
あったのかな。
18:00
でもさ、思春期とかさ、社会に出る前のさ、ティーネイジャーってさ、
その正義とか社会正義とか、その正しさみたいなものについてさ、結構無垢に信じたりとかさ、発言したりする人も多いじゃない。
あったかもしれないですね。
自分にはそういう時期あった。
あったと思いますね。
一時期だけかな。
割と早かったと思うんですよね。
そうじゃないってなるのは。
じゃあトリビアンティーネイジャーの頃って、
衝動的な自分と理性的な自分でいくと、比較的そういう思春期の頃も理性的な自分っていうものの方が優位だったタイプだったのかな。
他の人になったことがないからよく分からないんですけど。
自分がどっち傾向かって言うとどっちに勝つ。
衝動的ではなかったですね。
でもさ、思春期ってさ、衝動の方が勝っちゃうタイプの人もいたりするじゃない。
周りのクラスメイトにも。
そういう人を見た時には自分とは違うようには感じてた。
そうですね。
なんかそれがちょっとコンプレックスあった時もあったというような気がします。
でもさ、思春期の頃で行使できる理性ってどっちかっていうとその無垢なさ、
正義とか正しさみたいなものを自分でコントロールできてるみたいなところがあるからさ、
さっきまでのお話の言い方でいくとすごく白い。
白い理性だよね。
そうですね。
だって何も知らないですからね。
それこそ黒のこともよく知らないから。
白側から見た理性みたいなものなのかな。
だからなんか理性的な正しさっていうのを行使できてる時点で、
それって多分親も先生もそこは絶対起こることないし社会から否定されることもないさ。
ある意味絶対的な真実のようにも捉えられるじゃない。
それができてたトリビアってある意味ね、
なぜそれだけじゃないというか。
そのまんまでもよかったわけじゃない。
ある意味人生、人間としてそこで完成されてたとも言えるんじゃない。
理性的に振る舞える自分っていうののまんまが完成形って当時思い込んでもよかったはずだよね。
だって不良に誘われて何か踏み外しちゃったとかさ、
21:03
女性に興味を持つようになった時に何か、
そんな自分の衝動っていうものを相手にぶつけてしまったみたいなものとかに苦しむのが思春期だったりも本来するんだとしたら、
そこは比較的抑えられてたっていう印象を受けるんだけど、
そういう存在だったんだよね。
そうですね。
ある意味ちゃんと白い。
他人からも別にとやかく言われるような、
はみ出しもしない、
そうですね。
理性的ないい子なわけじゃない。
その白い、白トリビアは。
白トリビアは。
完成形じゃないのかな。
完成形では、今の視点から見たら全然ないですね。
どういうとこが違うんだ。
やっぱり、それはその視点からしか見えてないからじゃないですか。
なんか自分でその、
理性的に振る舞える自分っていうものに不満を持った記憶とかってある?その当時。
そうですね。
それはだから一種のコンプレックスでもあったし。
コンプレックスってことは比較する対象がいたってことだよね。
周りが。
どういうものと比べて自分がコンプレックスと感じた?
他者全員みたいな。
全員が、自分が無垢な存在に感じちゃったってこと?
つまんないのかなっていう。
つまんない、自分はつまんない存在だって感じるようなコンプレックスってこと?
そうですね。
なんかまあ、別に一応踏み外したりとかもしてこなかったし、
だからなんか、
つまんないなって感じてた時期はあったと思います。
そっから抜け出したいなっていう。
思ってた。
思ってたんですね。
いいね。
いいね。
悪い顔してますね。
いいねって言いながら。
いいよ。
いいんですか?
いいよ。
分からんな。
でさ、そこから何か自分のアクションを変えていくわけじゃない。
つまんないな、自分のことつまんないなと思ったトリビアは、
なんか徐々にどういうことをやりだした?
でも一番大きいのはやっぱアメリカに行ったことですね。
日本つまんないなっていう。
自分をつまんないを日本に転化した。
24:00
さっきの石を投げてるような。
基本は自分と国家を同一化してみたいな。
主語をでかくした。
意義あり。
自分という存在に自信がないトリビアは、
自分という存在を全部を包括してくれる日本という国を自分に当てはめて。
裁判長。
よく言うよね、石を投げる人って主語がでかいよねっていう。
裁判長。
はい、どうぞ。
それは日本が変わらないといけないっていう主張じゃないですか。
自分のために。
自分のために。
僕、日本がつまんない。
僕がつまんないのは日本がつまんないから。
僕のために日本は面白くならないといけない。
っていうのが主語がでかい人の主張では。
トリビアがじゃなくて。
僕じゃなくて。
僕は諦めの方だったんです。
自分が変わらないと面白くないんだっていう方に向いたから、
一旦外に出るという。
ということは矢印を自分に向けることができたからこそ、
自分が変わらなければいけない。
変わるためには環境を変えることっていうのがベターだと感じたから。
そうですね。
で、やっぱ知らないといけないなっていうことがあった気がします。
で、アメリカに行った。
そうですね。
で、実際行ってみて変わったっていうのは実感がある?
ありますね。
その時は分からなかったです。
行ってる時に何か変わってってるなみたいなのはやっぱりなくて、
普通に楽しいし、
でもやっぱり自分が日本にいただけじゃ経験できないようなことにいっぱい触れて、
あとはやっぱり最初に親元から離れるっていう時期でもあったから、
自分の責任で何かをするみたいなことになった時に、
やっぱりいろんなことが変わった気がしますね。
で、それで自信もついたっていうのがあると思います。
じゃあアメリカに渡ったトリビアは、
それまで培った、
理性的に振る舞える自分っていうのは、
結構通用しなかったみたいな瞬間はあった?
常にアメリカでの新しい体験の中でも、
どこか理性優位で動き続けたって感じがする?
それとも少し理性よりも自分の直感とかワイルドな、
野生的な本能みたいなものが優位になった瞬間とかってあった?
あったと思いますね。
比率的には明らかに野生優位みたいな感じになった?
27:04
それこそ10-0とかじゃなくて、
6-4とか7-3ぐらいまで持っていけるようになって、
意外といけるなっていう感じになった気がします。
そっちの方が、さっきの言い方でいくとつまらないじゃない?
逆の楽しいとかイケてるみたいな実感があった?
そうですね。
大学時代のトリビアとさ、
日本に戻ってきてから数年、同じ4年間としようか、
グレーゾーンの幅って変わった?
アメリカ時代が6-4とか7-3の黒寄りのグレーみたいなものをできるようになってたトリビアって、
日本に戻ってからその比率って変わった?
変わってはない気はします。
じゃあ戻ってきてからも、その7-3とか6-4を自分で調節できるスキルは変わらず?
前よりも器用になった気はしますね。
1回その出たことによって、それが7-3、6-4とかで戻ってきても、
日本でそんなに出せないなっていう時でも、
白寄りを作ろうこともできる感じになったけど、
中身はあんま変わってないはずです。
TPOを間違わないようになったが器用ってことね。
白-7-黒-3もできるし、
7-黒-白-3も場所によってできるみたいな。
それができる人って多いのかな?少ないのかな?
少ないようですね。
どういう時感じる?それ。
それこそ規範みたいなものを必要としている人を見る時かな。
確かに前回もさ、弱い人っていう比喩でさ、
その規範みたいなものとかを欲しがる人のことも言ってたもんね。
そういう人を大衆だったりマジョリティ側の方によく見るってことなのかな。
それこそその、白くないといけないって思っている人。
で、ちょっと汚れちゃったっていうことに慌ててる人とかを見てる感覚ですね。
そんな、慌てなくていいのにって夢でずっと見てるかなって感じですね。
なんかだんだんちょっと今輪郭が見えてきたんだけど、
30:05
失敗するのが怖いみたいなのよくあるじゃん。
はい、ありますね。
ちょっと今言った苦労寄りに寄ってくアクションって、
失敗の可能性の高さのゲージな気もするよね。
合理的に振る舞ったり法令遵守するっていうことは、
失敗っていう事実を極力減らすのに役立つじゃない。
人からもそこでチャッチ。
悪い方にチャッチされないし。
苦労い方に近づくってことは失敗の可能性が上がってく。
はいはい、そうですね。
そこに近づけた人間ほど距離感をつかめるようになるみたいな。
そうですね。全体像が見えてくるっていうか、
限界もそうだし、行ったことあるかどうかっていう感じですよね。
なんかプールとかで深さがだんだん深くなるやつあるじゃないですか。
で、どこまで行けるかわかんないけど、
ある程度行って足がつかなくならないと、
わからないじゃないですか、最大の深さとか。
で、どこまでなのかみたいな。
そうだね。溺れるかもしれないボーダーラインみたいなものがあるよね。
ありますね。
それがきっと一番最初に話したグレーの真ん中にあるラインなのかもなと思ってて。
確かに。
だから魅力的に見えるのは、少しだけ溺れるかもしれない方に踏み出せる人みたいな。
で、足がついているところのグレーゾーンから少し白い方に立つ人って、
絶対溺れないけれども溺れそうなとこに立ってるみたいな。
まあまあダサく見えるな。
そうですね。
いざ足がつかなくなった、
推移が変わったときにどうしようもなくなっちゃう気はしますね。
ってことは、さすがトリビアさん、アメリカ生活によってたくさんの失敗を経験して、
強くなったみたいな印象を受けるかもしれないんだけど、
実際失敗しまくったっていう記憶はある?
ありますあります。
行ってすぐ、まず友達作んないといけないじゃないですか。
行ってすぐ語学学校みたいに行ったんですけど、
まあ友達できないんですよね。
33:00
それも失敗。
それも失敗。
実際何?
友達になろうとするアクションをするんだけれども、
支障対応されるみたいなこと、現象としては。
いやもうなんか、思い描いた生活と違うじゃないですか。
まあ当然なんですけど。
アメリカンスクールライフみたいな。
ビバリヒルズ青春白書みたいな。
本当の?
いやなんか、別にそこまで具体的にイメージをしてたわけではないけど、
まあてかほぼ本当に何も考えてなかったんですよ、行くまで。
パンって飛び込んでみるしかない。
ただやっぱ案の定溺れるじゃないですか。
あれ、これこのまま続けてても友達はできないし、
毎日一人で飯を食うみたいな。
で、お店に入るのもやっぱり怖いわけですよ。
一人で英語を使って物を買ったり。
なるほど。
これやばいなってなってたからやばいぞってなって、
ちょっとずつ自分で色のこと変えたり話しかけたりみたいなことをし始めるとかもそうだし、
大学行ってからもやっぱり勉強についていけないとかって全然あって、
授業の内容がわからないみたいな。
テストの点がやばいみたいな。
とかもそうだし、
単純に自分の計画性のなさとか。
自分一人で生活したことはそもそもそこまでなかったから、
世の中の仕組みとか全然わかってないまま行って、
知り合いもいないみたいな中で、
自分で何とか色んなことをしないといけないっていう。
英語っていうのに関係なく日常生活の中でもそもそも。
そうですね。
日本じゃなくてアメリカなんで、
便利なものとかあんまなかったりするんですよね。
だから、やっぱアメリカ人って結構適当だから、
迎えに来てくれる人がいるはずだけど来ないとか、
一人でスーツケース持って途方に来れるみたいな。
これどうにかしないとみたいなことをいっぱいしてきましたね。
なるほど。
じゃあ何か他社とか社会とかって大きい話じゃなくて、
普通に自分が日々生きるっていうだけでもチャレンジだったり、
失敗の可能性のあることをし続けなければいけないっていう、
強制的にそれが発動する環境だったってことなんですね。
そうですね。
今ほどインターネットとかスマホとかもない時代だから、
何か調べるとかもない時代で、
36:00
なんとか自分でしないとっていう環境にはいましたね。
どうやって友達で来たの?
普通に話しかけたりとかし始めたんですよ。
自分から?
自分から。
その前って怖かった?
みんなグループで来てるんですよね、そういう学校って。
一人じゃない?
一人の人もいるけど、
グループで来てたりとかして、
だから一人だけど、
一人で来てる人とかに話しかけたりとかし始めたって感じです。
それまでは、今考えたら普通なんですけど、
行っただけじゃそれは友達はできないじゃないですか。
それまでの学校生活では学年で上がっていくみたいな、
同じクラスがあってみたいな。
まあそうだよね。
社会に出たらそうじゃないんだっていうことにそこでやっと気がついたから、
そうだよなっていう感じでしたね。
それってアメリカに行って体験した失敗とか、
いろんな体験をもって調整していったんだろうけど、
その時のいくつかのトリビアが自覚している失敗は、
他社から指摘されたものじゃなくて、
自分で感じた失敗なんだ。
そうですそうです。
他社から完全にあなたは失敗ですよみたく言われたりとか、
そういう評価を受けたっていうのはそんなに多くないのか、
アメリカ時代でも。
失敗だって。
明らかに無視されたとかさ、
明らかにあなたはそれダメですよと言われたとか、
お前は踊ってると言われたとか。
あんまりないですね。
それが不安でもあるっていうのはあるかもしれないですね。
ちゃんとバッテンつけられたことがないから、
自己評価すらもちょっと正しいかどうか不安みたいな。
そうですね。そうなんですよ。
これでも結構世代的な悩みでもあるのかなと思ったりしてたんですけど。
何世代だっけ?
ゆとり世代。
やっぱりこう、
要は挫折を味わってないからダメだって言われる世代じゃないですか。
そうなんだ。
一生懸命やって挫折を味わって、
こそ一人前だみたいなことを言われる世代だし、
僕もそうだなっていう。
上の世代から聞くことは過去の苦労話みたいなのが多いから。
そういう挫折みたいな、大いなる挫折みたいなのは、
39:04
確かに経験してなかったから。
ゆとり世代の子って挫折しないから半人前だよみたいな圧が上世代からあった。
当時のそのゆとり世代って、それでもいいじゃんと思ったのか、
上の人たちの言ってるのはその通りだと思ってたのかだとどっち?
では、挫折っていりますっていうのがマジョリティな世代なのか、
挫折を味わえるものなら味わわせてくださいよって思ってる世代の中でどっちだと。
前者かな。
挫折なんていらないですよね、みたいな世代だったってことか。
多分みんなで手繋いでド競争とか、僕よりちょっと下ですけど、
それでいいよねっていう無理はしない世代みたいなのはあった気がしてるんですけど、
僕はそれに結構不安は感じてたみたいな。
なんかでも前回でも感じたけどちょいちょいさ、
ぬるま湯に浸かってると進んだ先で絶対痛い目見るぞみたいな、
なんかそういう呪いかかってる人だよね。
基本構造ね。
そうかもしれないですね。
でもさ、社会で起こってる事象を俺眺めてる限りはさ、
油断してて晩年痛い目にあった人ってあんま見たことなくて、
むしろ欲望だったりによって自分の器を越えて何かやった人が痛い目に見るとか、
そういう事例の方が世の中のニュースとか周りで見られる噂話からすると、
そういう事例が多いような気がするんだよね。
油断して困った人あんま見ないんだよね。
本人の悩んでるとか幸福度と別だよ。
他社から。
そう。
勉強しろって言われたのに勉強しなかったとか、
健康以外でね。
歯磨きしろって言ったのにしなかったから虫歯になったみたいなのは別だよ。
なんとなくそんなプレッシャーかけられなくても、
なんとなく規範を見外さずに、
言い方的にはちゃんとふわふわ生きた人が罰を受けるっていうシーンあんま見たことないんだよね。
確かにないですね。
なのになんでこんなに人って過剰に、
42:00
その年金の話とか貯金の話とかさ、将来2000万なければ生きられないみたいな、
必ずこの先には罰が待ってるみたいな。
サボってる私っていうのを許せない。
サボってたらサボってたら絶対ひどい目に遭うはずだみたいなのって、
なんなんだろうね。
確かになんなんですかね。
でもトリビューは経験者だよね。
そうですね。
確かに普通の人っていう平均的な人を見てちょっといいなって思ったりもするわけですよ。
自分もそれを手に入れられるかもっていう。
でもやっぱり嫌なんですよね。
それは最近僕仕事で基本フリーランスなんで、
土日休みとかじゃないんですよ。
だから休みの日にどっか行くって言って、
土日にどっか行くことないんですよね。
でも仕事でたまたまここ最近立て続けに、
土日、週末の表参道とかに行かないといけなくなって、
行ったらすごい人なんですよ。
みんな普通の人っぽいんですよ。
平日仕事頑張って土日に遊びに行く。
でも平日の仕事も多分満員電車とかに乗るじゃないですか、朝。
それでリラックスするために土日にとんでもない人のいる表参道に行く。
すごい行列を並んだりとかしてるのを見て、
なんでなんのっていう。
でもそういう国にしたかったじゃん、きっと。
そうですね。
だし、そういう社会人の正しい姿を、
ちゃんと疑いなく演じるというか行動してくれる人がさ、
これだけ増えたってことはさ、平和だろうし。
それって素晴らしく、素晴らしい成果なんじゃないの?
それは国の視点から見ればそうかもしれないですけど、
僕の視点から見れば地獄なんですよ。
歩くのも大変なところを、
平日あんなに疲弊して頑張って仕事して、
満員電車に乗って生活して、
息抜きするためにこんなまたギュギュのところに行ってっていうのを繰り返してるって考えただけで、
もうノイローゼになるかと思って。
だったら自分はやっぱ少数派でいたいっていう気持ちが強いのかもしれないです。
なるほど、なるほど。
45:00
の方が得だって思ってるのかもしれない。
だからそういうちょうどいい人たちにはなりたくないって思ってるのかな。
ちょうどいい人たちにはなりたくない。
もう悪ですね。
今ね、休日に表参道行く人たち全員的に増した気がするけど。
でも主観としてはそうってことだもんね。
でもその人たちも好きでやってるわけじゃないと思うんですけど。
好きでやってるでしょ。
マジっすか。
メチクロさんは違いますよね。
僕は望んでもそういうことはできない。
できない?
と思うというか。
だから無理なんだけど、
そっちの方が人類が望んだ方向には見えてるっていうか。
要はちゃんと働くっていうことも、
ちゃんと可もなく不可もなくやりつつ、
適度な不満も持ち、適度なストレスも万人電車に乗ったりして与えられて。
適度なストレス。
適度なストレスっていうものがあったから、
その反動によって休日また小行為が行われる資本主義の集まる場所のところにストレスを発散しに行って。
買い物の博愛みたいな。
また程よくストレスをそこで受けて、
また程よく平日みたいな。
そうやって、ちゃんとある程度のレンジの中での不満や幸せっていうのを繰り返しながら、
常にはみ出ずに。
要は社会的に不確定な行動。
変数として予想ができないような行動を取らない人民って最高じゃないですか。
岸田さんにとっては。
具体的には。
岸田何さんかは言ってない。
って言いながらなんだけど、
別にトリビアの今の大衆じゃない自分になりたいっていうのも、
特別な感覚じゃないと思うんだよね。
今僕らは別なものとして言ったような、平均的な活動をしている人たちも同様に、
僕だって個性的なことをしたいみたいなものをそれぞれ持っていて。
そうだと思います。
だよね。
でもトリビアはそっちの人じゃないっていうぐらい思いたい人ってことだよね。
48:06
平均的な会社勤めをして平均的な休日を過ごすような人には、
なりたくないって思うぐらい強く外れたいって思う人ってことだよね。
トリビアの性質上、このまんま変わらずにいると将来えらいことが起こるみたいな漠然とした何か。
それって俺結構個性だと思ってて。
変わらずあるわけじゃん。
変わらずある。
そんな世界を手に入れたのに変わらず変わらないと痛い目に遭うみたいな何かがある。
じゃあそのトリビアってさ、における変わらない停滞してるってどういうこと?
それは対か。
対?
対か。
対か。
衰えてるって気がする。
ああ対か。
そうなんですか。
ああ衰えるんだ。
いやなんか衰え、その場に留まるってことは本当にその場に留まってるわけではなくて、やっぱ落ちていってるっていう気になる。
僕はやっぱりと今までの人生でも何回もこの環境を変えてきてるのはそういうことなのかもしれないです。
じゃあ安定した状態っていうのは常になくて。
ないですね。
止まるっていうことイコール下がってるとか衰えてるっていう認識なんだ。
要は基本的に上がっていくのが普通だと思ってるのかもしれないですね。
人は成長したり上がったり変化イコール上がっていくっていうベクトル的には上を向いてるんだ。
でもそこで上がらないっていうことはその差分がどんどん広がっていくじゃないですか。
だからそれに不安を感じるのかもしれない。
なるほど。そこのフレームって多分ずっと変わらないでいいものなのかもしれないよね。
でもこれさ共感できる人としない人がいるだろうからきっと個性なんだと思うんだよね。
なんでそういうふうに思ってるのかよく自分でもわかんないですけどね。
なんかこう全部今話して共通するのが止まるイコール悪いことが起きる予兆みたいな。
そういう宗教というか概念を持ってる人だよね。
そうですね。
これ聞いてる人でそっちに共感する人もいるだろうし、それが全く意味がわかんないって人もいるだろうねきっと。
やっぱり割と心配性なのか、要はさっきの他者からの評価とかにも通じるんですけど、
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ちゃぷちゃぷしてたり上がってるって自分が思っている、自己認識でそこだって思ってるってことはもっと下なんだって思っちゃうんですよ。
褒められてもそんなわけはないと思う子みたいな。
そうですね。
そういう自己認識があるんだ。
下に見といた方が便利だと思ってるかもしれないです。
ずるい意味で。
ずるい意味でじゃなくて、過剰にやる分に悪いことはないよなって思ってるっていう。
低く見積もっておいた方が安心しないから、自分のポテンシャルをフルで発揮できるだろうみたいな。
そんな感じです。
リミッターを外すためにもっていう話か。
僕はなんかそのボーダーラインみたいな話を低欲しようと思ったけど、あなたが面白いからいいっすね。
大丈夫なんですか?
全然全然全然。このまんま切ったって言うよ。
そうだろう。
まあまあ面白いと思う。
本当ですか。
ここで今のトリビアの変わらなければいけない、変化しなければいけないっていう言葉を言ったトリビアにもう一回質問するんだけど、ギリ奪っていいものってなんだと思う?
最初の問いに変えるわけですか?
最初の問いにあなたはギリ奪っていいものじゃいけないものがプライドだった。
プライド。人のプライド。
ギリ奪っても自分の変化に寄与したりとか、社会の変化に寄与すると思えるものなのかなってある?
ルール?破っていいもの?
破っていい。あ、奪うじゃないか。破るでもいいか。破っていいものだとルール。
ルールとかですかね。
例えばバンクシーってアーティストいるじゃん。公共の壁や私有物としての壁に落書きをするっていういわゆるグラフィティーから派生した落書きをする人が、今や現代美術のマーケットの中でものすごい額で取引されるような市民権を得たアートになったじゃない。
あれも要はルールを破った人じゃない。あれはもう結果的に小池都知事もバンクシーっていうぐらい。壁に落書きした人なのに、あれは素晴らしいっていうぐらい社会的認知を得たわけじゃない。
54:20
でいくとトリビアの今自分が過ごしている活動の中で、ギリ破って良さそうなルールってなんだと思う?
破って良さそうなルール。僕の活動。
あなたの変化。あなたが今58点の存在、自己認識だとした場合、あなたが59点60点70点になる未来に進む上で、今トリビアが守っているルールの中で破っても良いルールがあるとしたら何がある?
守っているルールあるんですかね。
そんなアナーキーなの?
それは
生活とかに関することですね。
生活もそうだろうし、自分の経済観にしろビジネス観にしろ恋愛観にしろ、何か世の中の規範と言われているようなものを守りながら生きてはいるんじゃないの?
それをあんまり意識せずにやってるの?
多分。
炎のままに。
動物じゃないんで。
バランスとってるわけでしょ。
ルールがあることによってのプラスの方が僕は好きだったりする。
その縛りがあることって、それに合わせにいっちゃう体質なんで、だからルールを守るということ自体を捨てた方がいいのかなっていう気はしてますけど。
なるほど。要はゲームがあるから攻略にモチベーションワークタイプだけど、そもそもゲームっていう物字がない真っ白なキャンパスみたいなものを与えられた方が次に進めるのかなみたいな話?
かもしれない。この中でっていうものに窮屈さをあんまり感じないんですよ。そのルールの中で何をするかっていうことを真っ先に考えるようになってしまってるんですよ。
だからこの質問に答えられないのかもしれないんですけど、そっから抜け出したらなんか違うのかもしれない。
今回選曲した中でも、僕も自分の選曲でその流れと全然違うものを入れたりするのもそういう意味ではあるんですよね。
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60年代の実験音楽を入れてみるっていうのも、ある意味そのルールみたいのは外してしまうっていうことなのかもしれないし、だからそういうのを、もっとそういうことをした方が自分もいいのかなっていう気はしてるんですけど。
ルールを作るまでのオリジナリティっていうのは、ルールメイキングをするほどの才能はないとか、そういう能力っていうものは自分の個性ではないと思っている人でも、ある新しいルールを与えられたら、それを破ったりして楽しむようなことはできるみたいな、そういうことかもね。
ルールメイクしたいと思ったことない? ないですね。
感じる感じる。 感じます?
今回もさ、ブレイクスで行こうって言ったのは俺じゃん。このゲーム、今回のゲームはこれですっていうのを、ゲームルールとか一切書かずに、今回のルールはこれですぐらいのすごく抽象的なものを与えると、トリビアってそこの中でいろいろ読んだりしながら、ちょっと外したりしながらっていうのをすごく楽しむタイプでしょ。
そうですね。
やっぱそういうのが好きだし、そういうのが一番当てはまるっていうふうに、そこを一番楽しめるってタイプなんだろうね。
かもしれないですね。
そうですね、あんまりだからそういう意味のゼロから1を生み出すみたいなことを本当にやってきてないから、わからないのかもしれないです。
でもそれは本当にいいよね。ちゃんと自分がそっちがこっちの方が楽しいと思えてるっていうのが自覚できてるわけだから。
別にそれができてない自分が良くないっていう評価はしないわけじゃん。
どっかのタイミングでそれも良くないって思ってたけど、考えてないのかもしれない。
ずっとなんかさ、どっかで何かが起きるっていう呪いかかり続けてるよね。
そうなのかもしれないですね。
だから今ぐらい僕はこっち側ですって言えてる人ってもうそのまんまさ、いられるような気もするんだけど、
でもやっぱどっかでこれがひっくり返るかもみたいな。期待というよりはそこを不安と結びつけて考えてるタイプなのかもね。
起きてほしいと思ってるのかもしれないし。
なるほど。期待でもあるんだ、その不安っていうのは。
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罰せられて自分がめちゃくちゃになってしまうことをどこが期待してるようなところもある。
だからさっきのゆとり世代特有の挫折を味わわないとみたいな。何かが起きたら何かが変わるかもしれないっていう。
いい。
もうどっかにあるのかもしれない。
いいかもいいかも。
全部ひっくり返ったら、それはそれでまた次に進めるんだっていう。出来上がりかけると全部嫌になるんですよね、結構。
やっぱりリセット願望みたいな。
願望みたいなのもあるのかもしれないです。
よかったよかった。多分これ僕は違うタイプなので共感が全くなくお話できてすごく良かったと思うんだけど、
これ多分聞いた人どこかそのトリビアの部分に何か俺もそんな気がすると思う子もいそうな気がするというか。
いるんですかね。
トリビアにかかってる呪いの話だもんね。
そうですね。
呪いっていう言い方もできるし、特性っていう言い方もできるし、今回はこの本編とフロム雑談のこっちのブラックポッドでは全く違う価値観の話はしてるんですけれど、
こんなトリビアとメチクロがちょっと音楽史的にもすごく大事なジャンルとしても曖昧なブレイクビーツっていうものをセレクトして選曲してミックスを2種類作ってみたので、
ちょっとそれサウンドクラウドの方で聞いてもらえればと思います。
ぜひお願いします。
こうやってあなたがデジタルタトゥーを増やし続けていくのに、僕は加担しようかなって。
次回もまた増えるのかな。本当に何も考えずにしゃべるとこうなるんだなっていう。
そして編集権は自分にないんで。
ない。どうなってるのか怖いなって。
まあじゃあちょっとまた次も。次もちょっと面白そうなジャンル思いついたのでやってみたいと思うので。
ちょっと来月もまたお願いします。
お願いします。
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
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