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2022-04-20 41:52

若宮和男さんとザッソウ第3回|「集まりたい組織」って、いいよね

倉貫と仲山(がくちょ)が、2人の友だちをゲストにお招きし、ゆるーくおしゃべりするザッソウラジオ。

4月のゲストは、株式会社uni'que代表、アート思考キュレーターなど、新規事業開発や起業支援と幅広く活躍されている、若宮和男さんです。


「雑談苦手なんです…」からスタートした若宮さんとのザッソウも、いよいよ最終回。
何度でも聞き返したくなる、「なるほど!」がたっぷりの回となりました。


[今回のザッソウ]

マニュアルのためのマニュアル?/ルールのデザイン/自律と他律/自律と自立/セルフマネジメントと自己管理は違う/「良いかんじ」にするのがマネジメント/よりどころとして集まりたい組織を目指したい/いつでも解散と集合ができる/いろんな道、好きな道を行こう


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00:07
くらぬきです。
中山です。
ザッソウラジオは、くらぬきと学長こと中山さんで、僕たちの知り合いをレッスンにおよびして、雑談と相談のザッソウをしながら緩くおしゃべりしていくポッドキャストです。
今回のシリーズは、若宮和男さんに来ていただいています。最終回第3回となります。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
前回はルールとマニュアルとテンプレート型っていう話で、結構盛り上がってしまって、ここをもうちょっと喋りたいなっていう感じになったので、続きとしていきたいんですけど。
ちょうどインターバル休憩中に若宮和男さんに感想をいただいてたんですけど、マニュアルの話がちょっと面白かったなという話、今回ちょっとしてもらっていいですか。
さっき蔵野さんがおっしゃってたマニュアルのやつ、めっちゃわかるんだけど、すごい逆説的だなっていうのが面白いなと思ってですね。
マニュアルってもともとは手仕事とかの手の話で。
手でやることをマニュアルって言ったの?
オートマとマニュアルだとマニュアルって手で動かすやつじゃないですか。なんだけど、さっきの話でマニュアルのことは機械に任せればいいことだからっていう風になってるのが、どこからそうなったみたいなのが面白いなと思ってですね。
いやー面白い。それ言われて気づいて、あれ確かにそうだ、マニュアル車って手でやるやつなのに。だから僕の中ではもうマニュアルって言ったら完全に機械に任せられるんだなって思ってた。
多分飛行機とかでもオートパイロットモードとマニュアルモードって多分あるじゃないですか。マニュアルモードになったら人が運転するんだけど、でも多分失敗しちゃいけないからマニュアルモード用のマニュアルってある気がしていて。
オートパイロットモードはそれを気にしなくても誰かがやってくれるんだけど、なんかでもそういうマニュアルモードのためのマニュアルみたいなのって多分ちょっと二次性的だっていうことなんでしょうね。もう機械に任せれる。
どうなんだろうね。でも今のさっきの話だった飛行機も車もマニュアルモードにしたってことは自分の判断を入れてるってことですよね。
スピード出すにせよ、曲がるにせよ、クラッチ踏み直すとかも、ギアを上げる下げるとかも自分の判断でしたいからマニュアルにするってことだから。
03:10
だからやっぱりマニュアルモードっていうモードと、ドキュメント的なマニュアル手順書っていう、僕が言ってるマニュアルは手順書のこと。
で、車とか飛行機のマニュアルは手で操作するっていうことのマニュアルだから、言葉は一緒なんだけど言ってることが違うのかもって思った。でも同じ言葉なのがちょっと不思議な感じするね、そう言われてみると。
確かに。マニュアルモードは自由な感じですもんね。
なんか自由な感じです。言われてみて僕の中でマニュアル感がだいぶ変わったよね。
くらねきさんの言ってるやつは、プログラミングできるものは機械で済むよねってことですよね。
そうですそうです。一挙手一投足、全部手順が決まって、かつさっきの前回の話でいくなら、型はあるけど人によって違うではなく、結果を全部揃えたいっていうのが必要な手順書とかマニュアルとかっていうのが僕はイメージしてて、
結果を揃えるってことはプログラムが作れるってことなので、プログラムが作れるってことはコンピューターに任せられるって発想でしたね。
でももしかしたら、だからマニュアルっていうのも規定されてるわけじゃなくて、要はマニュアルモードのためだからマニュアルって必要なのかもって思うと、
自由になるための、もうちょっとテンプレートに近いさっきの感覚も出てくるかもしれないですね。逆に言うと大企業とかだとオートモードになっていて、自由度はなく人が変わっても、
私ね、今も言われるかもしれない。仕事は俗人化するなってなると、みんな標準化されて同じことをやっている。そこに思考の余地が入らないから再現性は高いし、予想外のことは起こらないっていうのが大企業とか行政とかの仕組みとして整える。
それがオートモードって感じするよね。
なんかね、そうですよね。
マニュアルモードというオートモード。マニュアル通りに動いているオートモード。
ややこしい。
今ちょっとマニュアルっていうのを検索してみたんですけど、そしたら広報の中にマニュアルと手順書の違いっていうワードが出てきて、
今ちょっと見た。ちょっと見たんですけど。
手の動かし方を決めるやつは手順とか手順書って呼ばれてるみたいですね。
06:02
マニュアルの方は、社員が自律的に業務を行い、高品質な結果を出すことを目的として、手順だけではなく概要や背景について記載し、って書いてある。
ディシプリンじゃないですか。
なるほど。
そうですね。
だから、マニュアルって言ってる方が本当は広いってことなのかな。
広い。
マニュアルだからに手順書、競技というか細かくやったやつを手順書と呼ぶっていうことなのかな。
マニュアルの概念の中に自律的に動けるためにっていうのが入ってるんですね。
入ってますね、この上に出てきたやつ。
面白い。
それこそ、しろまきさんのときに出てきたドクトリンみたいな話。
ドクトリンか。
ドクトリンね。
背景も含めてってさっき書いてましたもんね。
僕のマニュアルの使い方が変わりそうです。
すごい今日勉強になった。
何でもちょっとマニュアル悪みたいになってたけど。
手順書はプログラムにできるからなっていう。
そういう意味だと、前回もちょっと話しました。
会社のルールどうするって話が、一応僕らの会社で若い人向け、
肩を守る人向け、支配の種の人向け、下限条例の下限向けの人のルールをどう作ろうかって考えたときに、
これも1ヶ月ぐらいずっと悩みに悩んで、いろいろ考えた結果、
結局やっぱり最小限になりました、僕らの会社。
言語化しきったときに。
今まではむしろ会社としてのルールがなかった。
なくても良いっていうぐらいにしてたのは、本当に完全に良識に任せてたから、
OBラインを超えたときも、お互い超えちゃいけないの分かってるから絶対超えないってやったし、
問題は超えたときに、これ超えてしまってるって分かるようにするだけだから、
本当に最小限で良いんだなって。むしろ国の法律にほぼニアリーイコールぐらいで良いようなもので、
例えば本当に副業に関しても、禁止するとかではなく、
例えば産業スパイみたいなことをしちゃいけないじゃないですか。
業務上知り得たことを他のところに流してしまう。
それは副業でしちゃいけないよっていうのは、それはルールですよね。
でも、こんな言わなくても当たり前だなと思ったからなかっただけで、
それをあえて原稿化するっていうだけだから、やっぱり最小限になるなっていう感じなんですね。
09:07
その代わり、副業に関しても人によっては考え方として、
場合によっては他の仕事で働きすぎたことによって、
労災的な問題が起きてしまうことがあったりするときに、
それが起きないようなちゃんと仕事を選びましょうねとか、
もしくはご実家がラーメン屋をしてたら、
ご実家に手伝うことが副業になるのかならないのかみたいなことって、
それは都度判断しなきゃいけないよねみたいな話になってくるから、
必要なのは、そういう判断をするときの原理原則とか哲学とか考え方だけを記載をして、
ルールは最小限で良かったんだな、良いんじゃないかなっていうことを考えていて、
その原理原則のところに関してはしっかり言語化していこうっていうのをやってたら、
これドクトリに作ってるってなんか思った。
思って今作ってる感じですね。
うちもそういう感じです。よく旗と外縁っていうのを両方定める感じなんですけど、
旗っていうのはコアバリューみたいなことだったり、
今のドクトリに近くそれぞれがそれこそ自律的に自分の行動を照らしてみたときに、
判断基準になるようなものっていうのをやってると、
なんとなくそこにみんな旗が立ってると人が自然に集まってくるみたいな効果が起きて、
アウトライン、外縁は本当にアウトのラインなので、
うちもすごい、そこはもう本当に最小限っていうか、
いう感じのルールっていう風になってる感じですかね。
そうなんですよね。
そこが、ルールがあったらよいっていうのが逆に間違いだったっていうか、
短絡的だった。
なんでそれがあるのかなって。
最初作ったときに、ルールごとに目的を用意しようと思って、
このルールはこの目的のためです、このルールはこの目的のためです、
この目的が生まれたのはこういうことがあったからです、みたいなのを書いていったときに、
背景とか、そこに至った流れとかのほうが全然重要で、
ルール本文全然いらなかったみたいな感じ。
ガイドラインみたいな感じですかね。
12:01
そうそう、ガイドラインみたいな。
そっちのほうがよいなっていう。
ルールの作り方はやっぱり、
他立と自立の立がルールですけど、
他立型ルールと自立型ルールで全然デザインが違いますよね。
自立型はやっぱり、
結局、前回楽天大学作るときにフレームワーク作って、
自分で考えて動ける店舗さんを増やしましょうっていう方向性でやったっていう話は、
自立的っていうことになると思うんですけど、
自分で考えて動くって、
自分ルールで動ける人を増やそうっていうことなので、
他立っていうのはさっきの手順書的な、
誰かが定めたやつをきっちり守るみたいな感じです。
大企業でもいろいろあるから違いには言えないけど、
昔のそれこそ、
手順書通りに仕事をするとか、
決まった通りにやることで成果を出していくみたいな時代があって、
大量生産の時代ってそういうことが大事だったし、
労働力ってそういうためにあったときには、
労働力を増やすことによって生産性を上げる。
生産性を上げるために、みんな同じ動きをしなければいけないみたいなことをしてきて、
それで一定経済は成長してきたし、
戦後の時代ってそれで急成長できたっていうのがあるけど、
今になってみるとそれが本当に人間がやらなきゃいけなかったことなのかみたいなことは、
技術の発達も含めてちょっと考え直したくなってきたなっていう感じがしてて、
結果だけを全て統一するとか、
結果を揃えるためにプログラムに従って仕事するっていうのって、
それこそ、もしかしたら昔は食うことが、
食うためにとか、生きていくためにそんなこと言ってる場合じゃなかったっていうところが、
いって豊かになったことで、そういう仕事って結構人間性を失わせてきてるんじゃないかっていう、
そんなことを考えるぐらいの余裕が出てきた感じはちょっとあるし、
時代もちょっと変わってきたのかなっていう感じはしてますね。
また脱線するんですけど、
技術で効率化とか便利になってるはずなのに、
15:00
一向に豊かにっていうのは時間も余ってこないし、
要は昭和の時代と比べたら同じ作業だったら3分の1とか4分の1でできるようになってるはずであるのに、
全然仕事時間って3分の1、4分の1にならないじゃないですか。
なんかここが結構ジレンマっぽいところがあるなと思って、
この間Amazonがですね、Amazonエフェクトっていうのがあって、
Amazonが大量に人を雇用するのでその地域の人件費が上がってしまいますと。
人件費の基準が上がると、
他の中小企業が人を取れなくなったり、
人件費が上がってコストが高くなるので、
みんなRPAとか自動化をめちゃくちゃ進めて、
人減らしが始まるみたいなので、
逆に雇用が不安になるみたいなことがあったりとかして、
結局便利になって人の手がいらなくなると、
収入が得られない不安みたいなのが襲ってくるから、
ブルシットジョブじゃないですけど、
いまだに機械に仕事取られるっていう感じになっていたりして、
便利になったはずの時間はどこにも減っていかずに、
相変わらず働いてるなみたいなのも不思議な感じがするんですよね。
自社でも機械に置き換えていくと、
人がいらなくなってくるみたいなことって、
起こるのは起こるのか、
本来であれば3分の1で働いてよければ、
そのまま3分の1抱えて、
メンバー変わらず楽になるはずなんだけど、
そうならないですよね。
それね、
人類の歴史はそれを繰り返している感じはありますよね。
圧倒的に生産性は、
クワで農業をやってた時代から考えても、
圧倒的に生産性が出てるけど、
労働は変わってないっていうところもある気がするね。
最初の頃の話に戻るとですね、
しはりとかも含めてなんですけど、
自立的になっていったりした時に、
チームとしての一体感、
これちょっとまだうまく言えないんですけど、
ロシアの話ばかりすると、
今デリケートなんであれなんですけど、
それでしか例えようがないので、
言うと、
ロシアってもともといろんな国の集まりだったのが、
ある一つのイデオロギーで集まりましたと。
18:00
ちょっと裕福になってくると、
自分たちで行動できるよっていう人たちが出て、
自立的にある意味では考えるってなった時に、
それがこう、
理反みたいなものに思うと、
もともとの共同体、
共同体っていうか、
外縁っていうか、
ロシアっていうのを保とうっていう意味でし続けると、
自立的になることって、
一見マイナスに働くような感じがするじゃないですか。
日本でも多分、
それが豊かになるために、
みんなで一致団結しての時は別にいいと思っているんですけど、
一致団結って本当に一致してある方向に動くっていう時はいいと思うんですけど、
その後に本当に自立的なものになって、
来た時に、
変容とか卒業せざるを得ないのではないか、
みたいな感じがしていて、
それぞれの人が。
だから、
ソニックガーデンさんでいうと、
前もちょっとこの話したかもしれないですけど、
エンジニアで、
それぞれが自立的に考えるってなると、
組織に依存的な意味で、
もう別にいなくてもいいみたいな状態になっていくんですよね。
どうなんですか。
自立的になるほど、
組織にいなくてもよくなるってこと?
組織に依存する必要がなくなる。
自立する人を求めて、
かつ自立できるようになってもらえばならうほど、
組織にいなくても、依存しないので、
組織にいなくてもよくなってしまうという、
そのジレンマってことですね。
それはそうですね。
すごくある話だなという気はするけど、
その上で、
何のために一緒にいるのかっていうところが問われるんじゃないかなって感じはしてくるなと思ってはいる。
今の自立すればするほどっていう時の自立って、
自分で立つ方の自立ですよね。
依存したいってことだから立つってことですね。
ルールの時の他立と自立の自立は、
自立する方の。
今のクランクさんの話でいうと、
そこに集まっているメンバーはみんな、
セルフマネジメントができるっていうのは、自立してるっていう表現もできると思うんだけど、
みんな自立はしています。
でもここにいるメンバーでこういうルールで動くと、
パフォーマンス上がりやすくなるよねっていうのが、
自分たちルールである自立の状態。
21:01
なので自分で立つと自分たちルール、
自分たちがうまくいくときってこういう約束ごとで動くとうまくいくよねっていう自立は、
結構混同して使われている気もするんですけど、
全然違うことだよなって思うんですよね。
そうですね。
なんかそれが混同されている理由もというか、
混同されて使われてきたからかもしれないんですけど、
昔のこの組織って、
自分で立つ方をあんまりできないようにするために、
他立的、それリゾーンさせた方が、
そうそうそうそう。コントロールしやすいし、
集まっている理由もあるから、
なんかこう就寝雇用とかもそうかもしれないですし、
あとなんかすごいさっきの手順書みたいなのがあると、
手順書なしにはとか、この手順書じゃないところに行けないっていうことで、
転職できないようになっていたりとか、
自分で立することができないから自分で立つこともできないように結構されてきた。
それがある種、理想的なまでは言わないんですけど、
マネジメント的にノウハウとして、
そんなに悪いこととされてなかったんじゃないかなみたいな。
必然性はあったんですよね。
別にそれでうまくいってたんだろうし、
働いている人たちも別に不幸だったかっていうときはそんなことはなくて、
それはその時代においては、
幸せな働き方は当然大変な人の中にはいただろうけど、
多くの人が満足して生きているっていう状態はできてたっていうのは、
それは時代感としてはあったのかなっていう感じはありますけどね。
でもそれが今にそぐうかっていうと、
そこがいろんな面から変わってきているのは、
テクノロジーもそうだろうし、
みんなの考え方っていうか、
イデオロギーみたいなところも変わってきているというか、
世の中のことはみんなたくさん知れるようになってきたっていうのがあったりとか、
昔はそれこそ自社の中だけしか情報は知らなかったけど、
他の会社の中のこととか、
インターネットのない時代は全然わからなかったですよね。
転職しようと思うぐらいじゃないと。
なので情報の流通性とかも含めて、
やっぱり自立することが大事だし、
自立していかないと企業もね、
いつ潰れるかわからないみたいな時代になってきた中で、
インディベンティブな方の自立が求められるというか、
みんなそうしないとやばいって思ってきているっていうのがあるなっていうので、
24:03
会社経営している僕らも、
自立した人が言ってくれた方が良いよねって思っているところもあるし、
自立できるようになってもらったら良いなと思っているんですよね。
だから僕の会社でよく言ってるのが、
自立って立する方じゃなくて立つ方なんですけど、
自立できる人を作っていくことがある意味会社の経営の目的かなっていう風に思ってて、
もう一方で経営の目的は、
自立できる人を作りつつ、自立した人たちがいたいと思える環境を作る。
この両立が難易度高いんですけど、
やりたいことだなっていう。
そこを志向してやってきているっていう感じはありますね。
あと、くらぬきさんの用語法で、
セルフマネジメントと自己管理って違う意味で使ってるんですよね。
そう使ってる。
普通一緒ですよ。
一緒なのかな、一緒なのかって。
自己管理を訳したらセルフマネジメント、
どっちかというと逆なのかな。
セルフマネジメントを訳したものが自己管理。
そこは多分あれですよね。
管理とマネジメントの意味の違いですね。
そうそう。
管理とマネジメントは僕はイコールじゃないと思っていて、
マネジメントは、もともとの英語だと、
なんとかするとか、うまくする。
いい感じにする。
僕はいい感じにするっていつも訳してるんですけど、
マネジメントっていい感じにすることが目的なんですよね。
管理は管理することが目的なので、
コントロールすることが大事だったり、
把握するってことが大事なので、
マネジメントと管理でいくなら、
僕はマネジメントの方が上位概念で、
いい感じにするためには、
時には管理することも必要だけど、
いい感じにするためには、
別に管理なくてもいい感じにできることもあるなっていう風に思ってるので、
セルフマネジメントっていうのは、
自分で自分のことをいい感じにするっていうことなので、
自分の体調を管理するとか、
例えば、今だとコロナで毎日体温計測るとかって、
それ管理するってことなんだけど、
そんなの目的じゃなくて、
それはいい感じにするために、
必要だったら、ちょっと熱っぽいなと思ったら、
毎日熱測るぐらいのことを管理すればよいってことなので、
管理って僕にとっては手段、
マネジメントの手段だなと思ってる。
さっきのマニュアルと手順書の違いみたいなのにも近いかもしれないですね。
そうですね。
27:00
僕の用語で言うと、
管理じゃなくて活用って訳すようにしてるんですけど、
人材管理とか資産管理も、
管理だけだと減らないようにコントロールするんだけど、
それを増やそうとしないといけないから、活用。
セルフマネジメントも自分のスキルとか時間とかを、
一番活用してパフォーマンスが出るようにすることを、
みたいなふうに思っていたんですけど、
活用するみたいなので、
思っていたときに、
それってある程度自分のスキルとかが、
分かってる人だとそれができると思うんですけど、
くらなきさんのいい感じにするのマネジメントには、
それも包含されてる気がするのは、
そもそも開花するみたいなフェーズが、
僕も割とうちの会社、
もともとさっきの手張りで言うと後半の人たちと付き合ってたんで、
それって自分たちとか組織のリソースを最大限活用することの方が、
管理じゃなくてマネジメントで自立的にでいいと思ってたんですけど、
それがまだ見えてない人たちっていう言い方はちょっと、
上からかもしれないんですけど、
気づくきっかけみたいな意味で、
開花させるみたいな部分、
組織にいることで開花して、
両方の意味で自立にいけるみたいなのが、
あるかなという気がしまして、
大元に戻ると、組織の、
だから倉抜さんの今目指してるところはめちゃくちゃ僕、
共感するし、どうなっていくのか興味があるんですけど、
もうそこを必要としないんだけれども、
それでも集まっていたいみたいなのが、
今の世界情勢でも、
出ていくって言うんだったら起こるぞみたいなことじゃなくて、
それでもそこに、
物理的にいるかどうかは別にしても、
よりどころとして、
必要ともわれる組織をやっぱり目指したいなっていう。
作りたいですよね。
僕もそこをそうしたいなと日々やってるけど、
どうすればよいのかどうなるのかはまだまだ、
僕らも実験を続けていくっていう感じなので、
答えがないからね。
簡単にできることではないですけど、
気持ちとしてはそっちに向かってやっていきたいなっていう感じですね。
30:02
そうなんですよね。
最近、
よく、
早く行きたいなら一人で行くといいっていう、
遠くへ行きたいならみんなで行くといいって、
ここまでの段階はその通りだと思っているんですけど、
その先にもっと遠くに行きたければ、
それぞれ行くといいみたいな段階がある気がしてて、
なんて言ったらいいんですかね。
分かる分かる。
羽ばたいていくことで全体の総面積が上がっていくみたいな、
その時にはみんなで、
物理的に集まっていることとかももはやもしかしたらあまり必要ではないのかもしれないので、
かもしれないのだがみたいな、
そんな気がちょっとしていて、
そういうふうに思えたらあんまり争いとか、
うちの組織が大きくなるとか、
ちょっとこの辺はまだもやっとしたんですけどね。
ずっと考えていたりしています。
これは第3回通じて、
でも第1回でお話ししたことに、
なんとなくつながったのかなという感じはしますけど、
どうですか。
第1回って雑談が苦手ってことですか。
いや違う。
コミュニティとはどうあるべきかみたいな話になった気がする。
もやもやしてるって言ったやつですよね。
僕も会社って今まで一致団結でチーム的なものっていう、
そういうタグがついてたと思うんですけど、
コミュニティ化していくんだろうなって思ってます。
コミュニティって、
例えば町内会とかもコミュニティですけど、
例えば火事が起こりましたって言ったときにチームが結成されて、
火消しチームが結成されて、
それで火事消して、
仕事が終わったらプロジェクトはチームが解散する、
コミュニティに戻っていくじゃないですか。
平常時は別にみんなで一致団結っていう感じはないんだけど、
何かが起こったときにはすぐチームが作れる。
そこにいる人たちが関係性もある程度あって、
共通言語とか共通の価値基準みたいなものがあるから、
いざチームを作ろうと思ったときには
早くチーム化できるみたいなのが、
コミュニティに所属をしている価値、メリット。
なので会社って世界中探しても、
33:00
こんだけ共通言語とか価値基準が似てる人たちって、
ここに、一番ここに集まってるような、
確かに。
思える場所っていう、
一番チームがコラボがしやすい人たちが
ここの枠の中にいるみたいな、
そんなイメージなんですよね。
その感じは好きですね。
多分僕の違和感は、
チームをまとめるときに、
どうしても仮想的みたいなのを作った方が
団結しやすいじゃないですか。
それにずっとそれがあるっていうか、
結局競合との競争とか、
どっちを取るみたいな話をしてるのって、
やっぱりもう時代的に合わないなっていう感じがしていて、
それはあるときに一致団結するためには、
便利なやり方ではあるんですけど、
やっぱりそれが変質したときに、
ちょっと全体主義っぽくなるなとかが、
もうそれで鼓舞するのがちょっとどうもな、
みたいに思ってたんですけど、
世界でこの何十人何百人って何千人かわかんないですけど、
ここに集まっているのがそもそもすごくないですかっていうことの中から、
そうやって都度都度協力できるってすごい良いですね。
そっちはやっぱり目指したいな。
だから僕らの会社だとコミュニティっぽくしてて、
コミュニティの中心にあるものが型というか流儀なんですよね。
仕事のやり方というか。
僕らなりの仕事のやり方がみんな揃ってるから、
一致団結しなきゃとかなったときに、問題起きたときに、
何人かが集まってプロジェクト組むときに、
めちゃくちゃすぐパフォーマンスが出る。
パフォーマンスが出やすい。
これがいきなり身も知らない人同士で、
やり方もバラバラの人がいきなり集まっても、
すぐにはなかなかパフォーマンス出ないけど、
パフォーマンス出やすくするために型があるし、
僕ら自身が極めていきたい、
それこそ茶道、武道じゃないけど、道みたいなものがあって、
同じ道を極めようとしてる人たちの集まりのことを、
僕らは会社と呼んでるっていう感じ。
いいですね。
同じ道を極めようと。
そうですね。
そう思えると、僕は何ていうか、
組織っていうのもいいなっていう感じが、
またやっと思えてきたなっていう感じがします。
本当ですか。
一致団結してる状態が理想っていう風に思い込むと、
おかしくなりますよね。
だって平和になって、問題が何もなくなったら、
別に解散できるわけじゃないですか、チームって。
でも平和になると、
じゃあ一致団結が崩れた感じがするって思って、
36:01
ちょっと危機感を煽らなければって言って、
仮想敵作るみたいな、
おかしな活動になりますよね。
平時は平和である。
ありがとうございます。
僕の迷子雑談に。
ちょっとだけ光が見えたというか。
雑談の効果を。
本当に、僕も若干そこら辺がウニョウニョしつつ、
二言論っぽくなってた気がするんですよね。
組織であることとか、集団であることで、
弊害がいっぱい見えてきた20世紀で、
その果てに今みたいなことが起こってると、
いやー、やっぱりそこかなと思っていたんですけど、
道?同じ道?
同じ道っていうのも、この同じっていう言葉が難しい。
深い意味で共有できてないと、
保室制の方に向かっちゃうと思うんですけど、
この3人の意味では、
ちょっと腹落ちしつつあるっていう感じで、
目指したい組織が。
世の中いっぱい道、それぞれいっぱい道があっていいんだなと思ってる。
1個だけじゃなくて。
そうですよね。
だから僕はたくさんたくさん道があった方が、
大きな1個の道だけみんなで築きましょうより、
細い道、小道、太い道もそれぞれいっぱいあった方が、
世の中平和だなと思っている。
好きな道行こうよっていう気持ちでいますね。
今日も3回通じていろいろお話させてもらったけど、
なんとなく最初どこにたどり着くのかなってわからなかったけど、
話してみると良い話が聞けたなというふうに思いましたので、
また若さまと別途話はしたいので、
定期的に呼ぶ可能性があるのでまた来てますかもしれない。
いつでも。
ぜひぜひまたお話できたらなと思います。
このお二人とは雑談苦手でも、
心理的安全性があるので怖くないです。
よかったです。
よろしくお願いします。
今日のところはこの辺で終わりたいと思います。ありがとうございました。
お疲れ様でした。
今回も割と最初はどうなることかと思いましたけど、
自己紹介してもらい忘れてね。
まさかの第2回で自己紹介入るっていう。
雑談迷子の人が急に迷い込んできたっていう。
スタートになりましたけど。
でも面白かったな。
面白かったですね。
最後の方が結構怖いね。
39:00
学長的にはどの辺でした?
僕最近ルールとか自立みたいなキーワードがだいぶ気になってて。
この辺どういうルール設計をするとみんなが自由に動きやすくなるのかみたいな。
あの作り方っていうのをもうちょっと解像度を上げていきたいなっていう。
まさに思いっきり最近考えてるテーマに寄っていきました。
寄っていきましたね。
あとあれですね。
1回目のゲストと2回目のゲスト、しのまきさんとあおきさんの回が
どっちも3回目の話が1回目の話に繋がるっていう。
螺旋一周したねっていうのが続いたので。
くろみさんちょっと強引に回そうとします。
最後ね、なんとか繋がんねえかなって思ったけど。
今回はどうか。
結果的に繋がった感じがありますね。
そうですね。近からず遠からずみたいな感じにはなったし。
あれじゃないですか、でも一番最後にお話しされた
この3人だったら雑談喋れますっていう雑談苦手な人が
雑談大丈夫だったっていう螺旋が繋がってきました。
確かにそこ一周してるかも。
くろみさんどうでした?
僕はマニュアルの話が面白かった。
マニュアルモード、オートモードって言われたら
確かにオートモードの方が機械だし
マニュアルって別に悪くねえなみたいな感じで
これから手順書って言わなきゃなと思って。
解像度が上がりましたよね、マニュアルの。
解像度上がりましたね。
僕はやっぱり機械的に結果を出す仕事があんまり好きじゃないかもしれないですね。
機械を操る仕事ですもんね、プログラマーは。
そっちは機械にやらせたいって思っちゃう派なので
かなり思考が深まったというか解像度が深まったので
良い雑草でした。
いやー面白かったです。
雑草ラジオは毎週水曜日午前中に公開です。
Spotify、Apple Podcast、諸々のPodcastで配信しておりますので
よかったらごフォローしてください。
あと皆さんのお便りを読むことがあるかもしれないので
フォームが概要欄にリンクが貼ってありますので
そちらからぜひお便りもいただけたらと思います。
お待ちしております。
お待ちしてます。
ということで若さま会、若宮さん会、これで終わりたいと思います。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
41:52

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