息子の成長と悩み
おはようございます。ティールームのゆかです。 このチャンネルでは器と静かな時間を通して自分の人生に夢中になれるヒントをお届けしています。
今日は少し息子のことから感じたことをお話しさせていただきたいと思います。 息子、今小学校3年生なんですけれども、以前の幼稚園の頃からですかね、
なんか少しね、周りの子と比べてとか、お姉ちゃんと比べてとか、 比べるつもりはないんですけど、少し成長がゆっくりだなっていうふうに感じるところが結構いろんな場面でありました。
でもね、本人が困ってないのであれば、こちら大人側もそんなに困ることもなくて、 今すぐ何かをしなきゃいけないっていう感じでもなかったので、
なんかこれまでずっと様子は見てきたんですよね。 学校で漢字の書き取りが苦手とか、
版書が追いつかないとか、まあいろんな場面でね、 ちょっとね、みんなについていけてないなっていうところはあったんですけど、
でも3年生になって特になんか目立ってきたのが、 一学期の間ね、お友達との関係ですごく悩むことが増えてきて、
なんか学校を休む日も少しずつ多くなってきたなっていうふうに感じてたんですよね。 なんかそれで学校だけではなくて、
習い事の場面とかでもやっぱり人間関係で息子が悩むっていうことが増えてきて、
本人が困ってるっていうわけではないんですけど、 お友達との関係の中でこう嫌なことがあったんだっていうふうに話すことが増えてきたんですよね。
なので、今までの発達がちょっとゆっくりだなって思うところも含めて、
そろそろね、ちょっと病院で1回検査をしてみようかっていうところで、 夫とも相談して病院で発達の検査を受けることにしました。
発達検査の結果と親の気づき
その検査の結果、うちの息子には自閉症スペクトラムとADHDの特性が強く見られるっていうことで、検査の結果が出たんですよね。
いくつかの検査の結果から、やっぱり言葉を理解したりとか、その言葉の背景にある相手の気持ちを読み取ったりするってことが、
息子にとっては難しいことがあるんですよね。必ずしもじゃないんですけど。
なので、だからこそお友達から言われた言葉をちょっと少し違う意味で受け取ってしまったりとか、
そこからすれ違いが生まれていた可能性もあるなっていうのをすごく感じましたし、
なんか先生からもそういう話があったんですよね。
納得したっていうかね、ああそうだったんだって、やっぱり息子にはなんだかあるかなと思ってたんですけど、
やっぱりそうだったんだなっていうふうに納得したというか、今まで起きていた出来事、本人が苦手だって思ってた出来事とかの
点と点が少しずつつながったような感覚が私の中でもあって、
これまではどうしてお友達とうまくいかないんだろうとか、どうして学校に行きたくないんだろうとかっていうふうに、
そうやって見えていた出来事にも息子なりの発達の段階だったりとか、いろんな事情、
脳の機能の問題だったりとかもあると思うんですけど、いろんな息子なりの理由があったんだなっていうところで、
もちろん診断名がついたからといって息子自身が変わったわけでもないですし、
昨日までの息子と今日の息子は同じ、何も変わらないです。
ただ私たちが息子を見るための眼鏡というか、それが一つ増えたんじゃないかなって私はそんなふうに感じてるんですよね。
子どもを信じることの意味
今回改めて考えたことがあって、それは子どもを信じるってどういうことなんだろうっていうことなんですよね。
私は最近自己信頼っていうことについてすごくよく考えるんですけど、
自分自身を信頼するっていうのは、私は絶対失敗しないとか、きっと全部うまくいくとか、
そうやって信じることではないと私は思っていて、
迷うこともあるし、失敗することもあるし、人とうまくいかないこともあるし、できることもできないこともいろんなことがあるかもしれないけれども、
それでも私は私の人生を歩いていけるっていう、そうやって自分の力を心から信じられることっていうところなんじゃないかなって私は思ってるんですよね。
そしてそれは子どもに対しても同じなんだと思っていて、
親だから子どもが困らないようにしてあげたいとか、傷つかないようにしてあげたいとか、できることなら歩きやすい道を用意してあげたいとか、
そんな気持ちを持つことって、親だったらあるんじゃないかなって思うんですけれども、
でも息子の人生を歩くのは息子なんですよね。
息子の人生を親が代わりに歩いてあげることはできないんですよ。
なので、だからやっぱり必要な支援につなげることと、息子自身の力を信じること、その両方を大切にしたいなって思ってるんですよね。
これから先は支援学級だったりとか、デイサービスっていうところもね、これから考えていくことになるんですけれども、
でもそれは、できないから助けてもらうっていうことだけではなくて、
この子がこの子のままで自分の力を使いやすくするために環境を整えていくこと、
そんなふうに私自身が受け取っていけたらいいなって思ってます。
人生を物語として捉える
私、人生を物語として見ていきましょうってお話、いつもさせてもらってるんですけど、
人生を物語として見ていると、出来事の瞬間にはどうしてこんなことが起きるんだろうって思う出来事とか、たくさんあると思うんですよね。
でも、その地点から少し先まで歩いてみて、振り返った時に、
あの出来事があったから自分のことを知ることができたとか、あの時立ち止まったからこの道に出会えたとか、
なんかそんなふうに出来事の意味が変わることがあるんですよね。
なので、息子は今まだ小学校3年生。
この先どんな自分の人生の物語を歩いていくのかっていうのは、息子も分かんないし私自身も分からないんですよね。
でも、だからこそ今の時点でこの子はこういう子っていう、
そういう物語をもう決めてしまうっていうのはやっぱりしたくないなって思っていて、
今回診断を受けたことも息子の人生そのものではなくて、
これから息子自身が自分のことを知って、自分に合った歩き方を見つけていくための、
一つの出来事に過ぎないんじゃないかなって思ってて、
皆さんの中ではどうですかね、大切な人を心配するあまりに、
その人が本来持っている力まで自分が背負おうとしてしまっていることはないですかね。
手を差し伸べること、環境を整えること、そして信じて見守ること、
どれか一つではなくて、その間を行ったり来たりしながら、
私も母親として息子と一緒に成長していくんじゃないかなって思っています。
いつか息子自身が自分の人生を振り返った時に、
あの頃はいろいろあったけど、これも僕の人生だったな、
そんな風に受け取れる日が来たらいいなっていう風に思っています。
私はね、先回りして息子の人生へのレールを引くこととか、
息子の物語を書いてあげることはできないけれども、
息子が自分の人生物語を自分で紡いでいく力を信じていきたいなって思ってますし、
自分自身を信じてるからこそ、そうやって子供の力も信じてあげられるのかなっていう風に私はすごく思っております。
まとめとメッセージ
今日は息子の発達の検査から気づいたことというところで、私がお話をさせていただきました。
今日も最後までお聞きいただきありがとうございました。
今日という一日があなたの人生物語の優しい1ページになりますように、また次回のTルームでお会いしましょう。
ゆかでした。