「仲良くするべき」という前提に気づく
おはようございます。人生の物語ティールームのゆかです。 自分の人生を紐解きながら、自分を信じて自分らしく進むためのヒントをお届けしています。
今日は、最近の私の気づきから、知らず知らずのうちに握りしめている、こうあるべきということについてお話ししていきたいと思います。
もし今、ちょっとこうモヤモヤを抱えている方は、最後までお聞きいただけたら嬉しいです。
頭では分かっているはずなのに、なぜか心がついてこない。皆さんにもそんな経験ありませんか?
人それぞれでいい、無理に分かり合わなくてもいい、そう頭では思っているはずなのに、気持ちがざわついたり、自分にダメ出しをしてしまったりする。
最近私にも、そんな自分に気づく出来事がありました。 ある人との関係の中で、私はずっと自分と相手は違う人間なんだから、価値観が違ってもいいって思ってました。
同じ考えにならなくてもいいし、必要なことは伝えるけれども、自分が心地よい距離感で関わればいい。
頭ではそう理解はしてたんですよね。でも心のどこかに、この関係性だから仲良くできない私は良くないんじゃないかっていう思いが残ってました。
相手を否定したいわけでもないし、ただ少し距離を置いておきたい。私の領域を守りたい。それだけなのに、そんな自分にどこか後ろめたさを感じてたんですよね。
そこでようやく気づいたんです。私は何かこう、どこかで仲良くするべきっていう大前提を持っていたんだなぁって。
で、自分ではもう分かっているつもりだした。でも距離を置いてもいいって頭で考えることと、距離を置きたい自分を心から認めることっていうのは少し隔たりがあるんですよね。
頭で理解できたから、もうそれで良しではないんですよね。
で、やっぱりそれを実際に体で体感するとか、行動でなんか経験するとか、なんかそうしていかないとやっぱりその頭で理解したことっていうのはやっぱりこう、
負に落ちないんだなぁっていうのをすごく感じたんですよね。
で、好きになれない自分がいてもいい。親しくなろうと頑張らなくてもいい。
なんかそう思えたらふっと気持ちが軽くなったんですよね。相手と違う自分をわざわざ悪いことにしなくてよかった。
挨拶したりとか、必要なことを話したりしながら、自分に無理のない関わり方を選べばよかったんですよね。
過去の経験が作った自分の決まり
この奇跡から、なんかこう子供の頃に見ていた大人同士のやりとりを思い出したりとか、
なんか誰かが強く言われているのを見て、どうしてそんなに怒られないといけないんだろうとかって感じてた記憶がまあ蘇ってきて、
もちろん子供の私にはわからない事情もあったと思うんですよね。
で、記憶もはっきりしてるわけではないんですけれども、なんかただそういう場面を見ながら人には優しくしなければとか、
仲良くできないのは良くないこととか、そういう考えを自分の中にやっぱり作ってきたんだなぁっていうふうに思ったんですよね。
で、それが原点だっていうのは決めつけることはもちろんできないんですけれども、
記憶も曖昧だし、その時の相手の感情とかもわかんないし、でも自分が当たり前にしてきた考えにもやっぱりそこに至るまでの経験があるわけですよね。
誰しもがやっぱりその前提って色々持ってるわけですよ。
人生を歩んでくる中で、いろんな人との関係性の中で価値観っていうものが、人それぞれの価値観があって、
人を大切にしながら距離を守る
その価値観でどう感じたかで自分の前提を作り上げてきたっていうのがすごいあって、
だから、そう思うとその考えを持ってきて自分のことも少し理解ができる気がしたんですよね。
きっとその頃、小さい頃の私は人が傷つかずに済む関係とか、自分が傷つかずに済む関係っていうのを望んでたわけですよね。
だからこそそういう前提を持って今まで自分を守ってきたっていうのもあると思うんです。
でも、その願いももちろん今も大切です。
でもそのために私が誰とでも仲良くしなければいけないっていう決まりまで持ち続けなくてもいいし、
人を大切にすることも自分の心地よい距離を守ることも両方を選んでいいんだっていうふうに思えるんですよね。
私たちはやっぱり生きてくる中でいろんなこうあるべきを身につけてきてます。
親なんだからとか妻なんだから、これが仕事なんだから、その言葉の後ろに自分でも気づかない決まりが続いていることがあるんですよね。
もちろん自分を支えてくれてる、自分を守ってくれてるっていうところもあるんですけれども、
もしその今持っている前提が自分を苦しくしてるなら、少し見直してもいいんじゃないかなって私は思うんですよね。
昔の自分には必要だった考えが今の自分には窮屈になっていることもあると思うんです。
だからといってこれまでの自分が間違ってたっていうわけじゃないんですよね。
その時、その小さい頃の私とか今までの私、その考えで人と関わろうとしてた。
自分なりに一生懸命だった。そして自分も守ってきた。
でもそこも受け止めながら、これからはそのまま進んでもいいし、手放してもいいし。
自分の望みを打ち消さないために
手放したいものに関しては、それに気づいて手放していく。
私にとってその自己需要っていうのは、そんなふうに今までの自分にも今の自分にも認めてあげて、居場所を作っていくことなのかなって思うんですよね。
過去の自分のその前提をなかったことにしてしまうと、今までの自分っていうのは居場所がなくなっちゃうんですよね。
人を好きになれない自分も、少し離れていたい自分も、そう感じたことを認めてから、どんな関わり方をするといいかを考えていいんじゃないかなって私は思ってます。
なんか気持ちまで正しい形に整えなくていいんですよね。
なんかこれはやりたいことを考える時も繋がると思うんです。
自分の望みが浮かんでもすぐに、そんなのわがままだよねとか、普通はこっちを選ぶよねとかっていうふうに、自分の望みを打ち消してしまうこともあるんですよね。
なんかそんな時は答えを急ぐ前に、自分にどんな決まりを課してるのかっていうのを少し見てあげるといいんじゃないかなって思います。
本当は休みたいのに休む自分を許してない。休んだらみんなから遅れちゃう。だから休むべきではないとかね。
本当は挑戦したいのに失敗してはいけないと思ってる。その前提に気づくことで選べることが増えるかもしれないんですよね。
でも私も気づいていながら今回のことも手放すまでに相当時間がかかったんですよ。
だからすぐに手放せなくても大丈夫だと思います。私自身分かったつもりになっていたことに今回改めて気づいたばかりなんですよね。
なんかこれからも誰かと関わった後とかね、誰かの言動にもやもやする日は必ずあると思うんですよね。
お茶を飲んで次の関わり方を選ぶ
そんな時はお茶を飲んで、私は今自分に何を求めてたんだろうっていうふうに、なんでこれにもやもやしたんだろうっていうふうに立ち止まってみるっていうのはすごく大事なんじゃないかなって思います。
なんかまた仲良くなろうって無理してたのかもしれないとか、今日はちょっと疲れていて一人になりたかったのかもしれない。
だからその日の自分の気持ちを確かめて次の関わり方を選ぶ、そうやって一つずつ自分を苦しくしていた決まりを緩めながら大切にしたいものは大切にしていけたらって思っております。
ということでね、今日は自分の気持ち、仲良くするべきを手放したら心が軽くなったよっていうお話をさせていただきました。
ということでね、最後までお聞きいただきありがとうございました。
今日という1日があなたの人生物語の優しい1ページになりますように、また次回のTルームでお会いしましょう。
ゆかでした。