2023-08-13 33:27

#15 「親ガチャ」について思うこと

1.5倍速推奨。
朝から熱のこもった(熱入りまくった)話。
「親ガチャ」についてのコラムを読んだ私の思いをお話させていただきました。

子育ては簡単じゃないし、誰も自信のある人なんていない

「子どもの幸せを願う」なら、やるべきことはなんなのか?
親ガチャってある意味すごい便利な言葉ですよね。

どうしても伝えたい、話したいと思ったので、朝から思いの丈を語りました。

私が読んだ記事はこれです。
ご興味のある方はどうぞ。
「娘にとって私は外れなのかな」「プレッシャーでしかないです...」 若者言葉「親ガチャ」に苦しむ子育て世代(J-CASTニュース) https://u.lin.ee/djFxuM1?mediadetail=1&utm_source=line&utm_medium=share&utm_campaign=none

#ワーママ
#ワーママの日常
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#子育て
#育児
#親ガチャ
#子どもの育て方

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00:05
みなさんこんにちは、こんばんは、よしこです。
というのがいつものご挨拶なんですけれども、
今日はですね、初めて朝の配信をしたいなと思いまして、
今ですね、朝の6時を過ぎたところですね。
はい、なので初めておはようございますというご挨拶からスタートしたいと思います。
えー、4時半…いや、もう5時近かったかな?
ぐらいに起きてからですね、ちょっと寝れなくなってしまいまして、
で、なんとかちょっと1時間ぐらいは頑張ってみたんですけれども、
どうにもちょっと眠れなかったので、もう諦めて起きました。
はい、で、さっきですね、息子の朝ごはん用のフレンチトーストの仕込みをして、
えー、この配信のための収録をしているという感じです。
もうね、もともと朝早い方々はもう既に起きてらっしゃるかなというふうに思うんですけれども、
えー、今日はですね、初めて朝、今お話をしようかなというふうに思ったのがですね、
ちょっとどうしても話したくなったっていう理由があって、回し始めたんですね。
で、それが何かというと、
そのさっきちょっと目が覚めた時にパッと携帯をチェックしていて、
LINEニュースをちょっと見てたんですけど、
その中ですごく気になる話題があったんで、見たんですね。
で、それは何かというと、親ガチャの話なんですけれども、
えー、その親ガチャということにすごくプレッシャーを感じている子育て世代みたいな話だったんですね。
で、まあね、ちょっと自分も子育て世代なんで、ちょっと読んでみたんですけど、
それを読んでみた感想として、めちゃくちゃモンモンとしてしまって、
というか、もやもやしてですね、
もうどうしても話したいと思って、
このまま、それもね、たぶんあったから寝れなくなったのかもしれないんですけど、
っていうのがあったんで、
もうね、ちょっと時間関係なくとりあえず収録をして、
えー、ちょっと配信をね、したいなと思いまして、
えー、今回ね、回させていただいております。
で、えーと、まあ簡単に言うと、そのLINEニュースのね、内容に関しては、
その今って親ガチャっていう言葉が、
まあある一定ラインもちょっとこうね、浸透し始めていて、
まあ認識されているっていう中で、
その親側がそれをそのプレッシャーに感じているという状況が生まれていると。
で、その子供にとって自分はその親ガチャ失敗なんじゃないか、
っていうことを気にしている人だったりとか、
03:01
っていうなんかこう、まあインタビューみたいなね、のが載ってたんですよ。
で、まあちょっとあの、後でリンクもね、ちょっと置こうかなと思っているので、
気になった方はぜひちょっとそれ見てみていただければと思うんですけれども、
もうね、もう正直私は、
もうその書いてある内容を見て、
どう、なんかちょっとね、うまい表現わかんないんですけど、
もうなんかね、めちゃくちゃモヤモヤしたんですよ、とにかく。
どういうこと?と思ったんですね。
で、一番その何?って思ったポイントとしては、
まずその親ガチャっていうことを言ってる子供自体が、
めちゃくちゃ多責だと思うんですね、私は。
で、あの当然ね、その経済的な環境だったりとか、
例えばそのネグレクトとかね、暴力だったりとか、
っていうことをしている親っていうのはもちろんいるし、
そういう家庭に生まれてしまった人たちに対しては、
本当にね、その恵まれなかったというかね、
生まれてくる環境が良くなかったっていうことはあると思います。
そこに関しては絶対否定はしないし、
そういう状況があるっていうことも私は理解はしているので、
そういうところに生まれてしまったことへの絶望感というか、
っていうのはもちろんあると思うんです。
それは全然いいんですけど、
それで終わりじゃないじゃないですか。
人生って、どこに生まれたかの時点で、
それだけで決まるわけじゃないと思うんですよ。
だけど、それをね、理由に思考を止めてしまうというか、
こういう環境だったから、もうこうでしかない、
みたいなところって絶対違うと思うんですね、私は。
なので、親方失敗したみたいなことを言ってる人って、
それも正直どこまで本気でそう思ってるかっていうのもあると思うんです。
単純にその半分冗談でこういうところが、
ちょっとなんか自分にとってはネガティブマイナスだから、
みたいな感じで言ってるのか、
本気で言ってるのかっていうのによっても、
多少違ってくるとは思うんですけど、
ただ、いずれにせよ、そこで終わりにして、
その多責にして終わるっていう状況をまず作っていること自体が問題だと思うんです。
さらに私が、おいおいって思ったポイントとしては、
それをね、プレッシャーに感じています、みたいな。
それがプレッシャーになってます、みたいなことを、
なんかこう、さも普通のことかのように言っているっていう、
06:04
その親側の話なんですよね。
で、私がすごく思うのは、私自身もそうなんですけど、
その親になることへの不安って絶対誰もが感じることだと思うんですね。
で、それって別に親ガチャっていう言葉がなくたってある話で、
自分がどうやって生きてきていようと、
人の親になるっていうこと自体に、
めちゃくちゃ最初から自信持ってる人なんて一人もいないと思うんですね。
それが当たり前だと思うんですよ。
だって、ほんと周りの人とか聞いてみてほしいんですけど、
普通にね、何もなく生きてきて、いろいろ別にあってもいいんですけど、
自分がすごい、いやもうなんか、
俺すごいいい父親になれると思うんだよね、みたいな人とかね。
いや私絶対子供生まれたらいいママになるわ、みたいな人なんていないじゃないですか。
そんな話聞いたことないですよ、はっきり言って。
だから、みんなそもそもが親になることに対して、
不安もあるし、悩みもあるし、
どうやってその子供を育てたらいいんだろうって、
思い悩むことなんて山ほどあるわけですよ。
でも、そういう中で自分ができることをやっていくわけじゃないですか。
っていう、まず大前提がある中で、
その親方っていう言葉ができたことによって、
勝手に自分でよりプレッシャーをかけてるっていう状況が、
それはちょっと違くない?って思ったんですよね。
で、世間一般的に言われてることを、
まに受けてっていうかね、
いやこうだって言われちゃう、どうしよう、みたいなね。
でも別にそれ言われるかどうかわかんないし、
それを感じ取るのは子供なわけなんで、
勝手にその親側がプレッシャーに感じるっていうのは、
なんかちょっと違うんじゃないかなって思うし、
そもそもやっぱりね、そこの視点として、
それに引っ張られちゃうっていうことが、
まずどうなのよって思うわけですよ。
その精神状態というかね、
そのなんだろうな、その親がちゃって、
言われちゃうかもしれないみたいな、
その思考に陥っちゃうっていうところの方が、
私は問題だと思うんですよね。
でね、当然やっぱり子育てってお金もかかるし、
もちろんお金があった方ができることもたくさんあるので、
その経済的な環境に関しては、
もっと裕福な家庭にしたいとか、
お金がある環境で育てたいっていう思いを持つのは当然だと思うし、
09:03
実際それは事実だと思うんです。
やっぱりお金があった方がいいことの方が多いし、
子供にとって経験させてあげられることっていうのが、
多くなると思うので、
それは絶対間違いではないと思うし、
私は全然それは否定しないので、
経済的な環境として、
貧しいところだったりとか、
なかなか自由にさせてあげられないところに、
子供が生まれてきたっていうところに関して、
申し訳なくなる気持ちというか、
そういうふうに思う気持ちに関しては、
それは素直な親心だと思うんですよ。
だけど、だからといって、
子供が貧しい家庭に育って嫌だなって思うかどうかは、
その後の対応次第だと思うんですよ。
親がそれをどう受け止めて、
子供にどう感じてもらいたいかっていうことを考えた上で、
接し方だったり、コミュニケーションの仕方だったり、
その環境をどうやって表現するかだと思うんですよね。
だから、私はこの記事を読んだ時に、
親も子供もその親がちゃを理由に、
多席にしているというか、
っていうふうにしか正直思えなかったんですよね。
子供側はそれを理由に、
親がこうだったからっていう環境のせいにして、
自分では分かんないですよ。
本当は別にやってるかもしれないけど、
ただ単に言ったってだけかもしれないし、
何の努力もせずにただ言ってるだけの人もいると思うんで、
どっちか分かんないですけど、
ただそういう言葉で逃げてるだけだと思うんです。
親は親で、一方でその親がちゃっていうことを、
理由にして、勝手にプレッシャーを感じて、
こうかもしれないとか、
こういうふうに思われちゃう、どうしようみたいなね。
それは、私自身がこうだったから、
こうできないのはしょうがないみたいな、
思考に転換しやすいと思うんですよ、それって。
でも本当にね、それって言い訳でしかなくて、
だからそこに終始してもしょうがないと思うんですよ。
もう人生って当たり前なんですけど、
自分ではどうにもならないことって絶対あって、
多かれ少なかれあるので、
そこに囚われてもしょうがないわけですよね。
子供にとっては、それがその親を選べないという状況は、
もう変えられないわけじゃないですか。
自分ではどうしようもないことなので、
そこにいくらこだわってもしょうがないわけですよね。
親側もそうで、
例えば、子供が生まれるまでの環境として、
12:03
何かしらのね、そういう状況がね、
ネガティブなふうに思いがちな、
そういう環境があったからといって、
それがね、本当に変えられないことなんだったら、
もうしょうがないわけじゃないですか。
だけどその中で、
どうやって育てていくかっていうことを考えるべきであって、
そうだからそう思われる、
そういうふうに思われちゃうかもしれないみたいな、
思考に直結させちゃうっていう方のが、
私はすごい問題だなっていうふうに思うんですね。
で、それって、
努力はしてるけど変えられないこともあります、
みたいなことをよく言うと思うんですけど、
確かにそれもそうだと思います。
努力が必ず報われるわけでもないし、
これやってたら絶対こうなります、みたいな保証なんかないので、
それはそうだと思うんですけど、
ただ、そういう場合に考えた方がいいのは、
努力してる方向が合ってるかどうかって話だと思うんですよ。
結構、仕事とかでもそうだと思うんですけど、
俺はこんなに努力してんのにとか、
なんかよく言う人いるじゃないですか。
だけど、その努力がまず合ってんのって話もあるわけですよね。
それを親側にね、
例えば転換した時に、
経済的な負担から逃れるために、
こういうふうに努力してるけど、
なかなかそういうふうにできませんってことがあるんだとしたら、
もしかしたら自分が知らないだけで、
他に方法はあるかもしれないけれども、
それを知らずにやってるから、
なかなか抜け出せないだけかもしれないし、
もちろんね、それ分かんないですけど、
だけど、そういうことを考えるっていう、
その、なんていうのかな、
それが全てだっていうふうに思わない方がいいと思うんですよね。
私、もう大前提として、
親がやるべきことって、
そういう心配じゃないと思うんです。
まずは子どもに対して愛をもって接するっていう、
もう本当にそれだけだと思うんですね。
経済的負担とかは去っておき、
まずは心理的っていうか、
心の豊かさを与えられるかどうかじゃないですか。
私はそれに尽きると思うんですね。
さっき言ったように、もちろんお金は絶対あったほうがいいし、
経済的な余裕があるに越したことはないんですよ。
だけど、それとは別に、
まずは心ですよね。
子どもの気持ちとして、
親に愛されてきたとか、
親に愛されているっていう状況を、
まず作り出すことですよね。
どんな環境においても、
15:01
自分が生まれてきてよかったんだっていうふうに、
思ってもらうことがまず第一なわけじゃないですか。
だからそこに力を使うべきであって、
その経済的な負担が何なのっていう、
その養子の話とかもあると思うんですけど、
親が失敗したみたいなことにとらわれて、
そこに引っ張られて、こういう状況だから、
こう思われちゃうかもしれない、じゃないんですよね。
そこじゃなくて、親がやるべきは、
もっと違うことだと私は思っていて、
さっきの、どれだけ愛されているかとか、
どうやって心の豊かさを得てきたかっていうことが、
子どもの人生にすごい大きく影響すると私は思っているので、
まず考えるべきはそこだと思うんですよ。
もちろんね、心配事って尽きないし、
人のお金、どうしようかな、みたいな、
絶対ありますよ、みんな。
それは、どれだけお金がある人も、
そう思うこともあるかもしれないし、
分かんないですよ、本当にね、
石油用とかぐらいのレベルだったら、
何にも心配してないかもしれないですけど、
でも、やっぱりある一定の一般的な暮らしをしている人たちって、
その収入の差がお金少なかり、
収入の差があったとしても、
やっぱり自分以外の誰かを育てていくことに対して、
精神的な不安もあれば、金銭的な不安もあるし、
っていうのは絶対あると思うんですよ。
人間は、どっかのタイミングで、
何かしらが認定を受けて、
100%完璧です、みたいになるもんじゃないわけじゃないですか。
一生未熟だと思うんです。
それは、誰も同じだと思うんですよね。
だから、そんな未熟な状態で、
自分じゃない一人の人間を育てるって、
不安しかないんですよ。
当たり前なんですよ、そんなの。
だって、自分だってできないことあるし、分かんないことあるし、
っていう状況で、教えられることはもちろん限られてるわけじゃないですか。
だけど、別に自分一人が教えなきゃいけないわけじゃなくて、
っていう状況があるから、人って育っていくわけですよね。
だし、自分がそうなのと同じように、
100%完璧な人間を育てなきゃいけないわけでもないわけじゃないですか。
子育てって途中までの話で、
それ以降は人間って自分で生きていく話なんで、
土台を作ってあげるっていうところが、
親の役割だと思うんですけど、
だから、別に全部が全部してあげられなくたって、
むしろそれが普通だと思うんですよね。
だけど、そういう状況にあっても、
十分、幸せに生きられる状況だっていうことを、
18:07
親もそうだし、子供も認識できるっていうことの方が大事だと思うんですよね。
だから、囚われてるところが、
もう全然、そこ違うじゃんって、
私はすごいその記事を読んで思っちゃったんですよ。
いろんな人がいるのももちろん理解はするし、
家庭環境としてものすごい複雑だったり、
壮絶な人生を歩んできた人って、
絶対いるっていうのはもう分かってるし、
みんながみんな同じ価値観で生きてないっていうのも当然分かってるので、
それに関してはもう別に何も言うことはないんです。
そういうお家もあるんだな、
それ本当に大変だったなっていうふうにも思うし、
やっぱりその親の責任として、
それはもうなんか、それは本当にひどい親ですねっていうのも絶対あるし、
そんなところに生まれてきたのは本当に不幸でしたねっていうのも絶対あると思うんです。
だけど、そこで終わりじゃない、さっきも言ったんですけど、
そこで終わりじゃないわけですよね。
親が一生かかわるわけじゃないんですよね。
絶対、普通に言ったら親の方が先に死ぬわけだし、
なんなら別に、どっかで親と離れるタイミングもあるわけじゃないですか。
で、自分からね、その縁を切って親と離れて暮らしていくってことも当然あるだろうし、
っていうことを考えた時に、親が一生ついて回るわけじゃないんですよね。
で、確かにそのスタートラインとして、親の環境ってすごい大きく影響すると思いますし、
それは全然否定はしないし、
私自身もその親の家庭環境とか価値観が今の私の土台を作ってるなって思うことも当然あるので、
それは全然理解はするんですけど、だけどそれが全てではないわけですよね。
私が今まで歩んできた人生で、親が影響しているところって絶対に100%じゃないです。
何十%かはもちろんあるし、根底に流れているものっていうのはもちろんそうだけれども、
私がこういう、例えばね、何かその仕事をしたりとか、その発信をしたりとか、
そういうのって別に親の影響はほとんどないですし、
自分がどういう仕事を選ぶかもそうだし、その子供の教育方針に関してもそうだし、
親がそうだったからそうとかっていうことって全然ないんですよ。
逆に反面教師でね、こういうことされて嫌だったからしたくないっていうのは全然あると思うんですけど、
でもやっぱりそれも100%じゃないわけですよね。
やっぱりどっかのタイミングで親元から離れて、自分は自分なりの価値観を、
21:04
自分が作ってきた人間関係とかにおいて身につけてきたっていう自覚もあるので、
それははっきり断言できるんですけど、
だからその親が影響しているところなんて、絶対ありますよ。
ありますけど、100%ではない。それはもう間違いないと思うんです。
だから自分がそこにとらわれるかどうかってだけの違いだと思うんですよね。
正直だから親ガチャとか言ってる人に関しては、そこにとらわれすぎだと思うんですよ。
それは今回の親ガチャへのプレッシャーを感じる子育て世代っていうのも同じで、
親自身がそれにとらわれてるからそう思っちゃうわけですよね。
でもそこで止まるかどうかが大事で、っていうのがまずあった上で、
私がもう1個言いたいのは、もうさっきもすごい言いましたけど、
親が子供にできることっていうのはそこじゃないと思うんです、まずは。
本当に大事なのは心を育てるっていうことだと思っていて、
どういう家庭環境にあろうが、子供自身が自分が生まれた環境ではなくて、
親と自分とのその関係において、まずは自分の存在を認めていくっていうことが大事だと思うんですよ。
だからそういう環境を作ってあげられるかどうかだと思うんですよね。
まずはそこにフォーカスすべきじゃんって私はすごい思ったんですよ。
っていうのがあって、その記事を読んでめちゃくちゃモヤモヤしたんで、
これはもうどうしても話したいと思って、
もうね、すいません、朝すごい早い時間なんですけど、
今ちょっともうめちゃくちゃ話しちゃいましたけど、
別にね、なんか万人に届かなくても、
とにかく私がこの思ったことを声を台にして言いたいなと思って、
ちょっとね、お話をさせていただきました。
皆さんね、感じ方それぞれあると思いますし、
今これを聞いてくださっている方にも親がちゃ失敗したと思っている人もいるかもしれないし、
別にそれ思うこと自体は全然いいと思うんですよ。
それはもう個人の自由なんで、そう思うんだったら思えばいいし、
それは別に否定もしないですけど、ただそこで終わるかどうかっていう、
もう本当にそこに尽きると思うんですよね。
で、当然そこで終わってない人もたくさんいると思うんですよ。
で、家庭環境を恨んだり、こうじゃなきゃよかったなって思うことって、
少なくともあると思うんです。
だけど別にね、そこで終わるわけじゃないので、
そういう状況を持ってしても自分でどうするかだと思うんですよ。
24:02
で、またね、こういう話をしていると、
あなたはね、知らないだけですとかね、
そうやって言えるのは愛されて育った人だけですよ、みたいなことを言ってくる人もいるんだろうなっていうのも分かっているし、
それ分かった上で喋ってますけど、
でもそれも別にそう思うのは自由なんですよ。
だからそういうふうに思って聞きたくないとか聞き入れたくないだったら別にそれでもいいし、
その受け止め方は自由なんで全然いいんですけど、
私は私がこう思ったっていうことをまずは発信したいなと思ったので、
ちょっとね、そういう話をさせてもらいました。
なんかね、その我が子を本当に思うなら、やることってもっと他にあるだろうって思うんですよ。
で、その、例えば、よくある話ですけど、
貧しい家庭に育ったけれども、自分はそれに対してあまり何も思わずに育ってこれました、みたいな話とかもあったりするじゃないですか。
この間ね、私がちょっと見たのはインスタで出てきたミヤゾンさんの話なんですけど、
お母さんがそういう家庭環境であっても子供に対して声をかけていた内容がものすごいポジティブだったというかね、
その考え方一つで、人の感じ方とかってこんだけ変わるんだよっていうのが分かるようなね、
素敵なお話が投稿されてたんで、私はそれすごいいいなって思って見てたんですけど、
親がやるべきはそういうことなんですよね。
で、そこに対しての努力は絶対にすべきなんですよ。
それは絶対やらなきゃいけないし、それは親の責任でもあるし、勤めでもあると思うんです。
努力なしにできることなんて、私は正直ないと思っていて、特に子育てはそうだと思います。
だって自分一人で生きていくのと、誰かを育てるのって全然違うんで、
そこに対してやったことないこと、知らないままにできないことってすごい多いと思うんですよ。
分かんないからできないっていうだけで済まされない話が子育てにはいっぱい出てくるんですよね。
だけどそれでもやらなきゃいけないわけじゃないですか。
子供を育てるってそういうことだと思うので、そこに対しての努力って絶対必要なんですよね。
ただそれをどこで努力するかっていうのは人によってもちろん違うと思うし、
どれぐらいやるかっていうのはもう自分次第だと思うんですよね。
自分がどれだけ子供に対してやってあげたいかっていうふうに思うかどうかっていう話だけなので、
27:03
それを決めるのは別に自分だと思うんですけど、だけどいずれにせよ努力は絶対必要。
だからそれを投げ出して、子育てできませんとか、こういう状況だからしょうがないですみたいなことを言ってるっていうのは、
それは責任放棄だと思うんで、それはちょっと違うなって私は思うんですけど、
ただいずれにせよこのニュースっていうかそのコラムみたいなのを読んで私がすごく思ったのは、
そこに勝手に囚われて大事なことを見失ってるんじゃないかなっていうことなんですよ。
少なくとも私が今自分が親になって思うことって、
自分が子供だった時に親にしてもらって嬉しかったことをする、もしくはして欲しかったことをするっていうこともそうだし、
あとは自分が生きてきてよかったなって思ってる中で、やっぱりそのいろんなやりたいことをやらせてもらったりとかもそうだし、
だけどまずは自分が頑張れる存在だっていうこととか、いろんなことができる可能性がある人間なんだっていうことを思わせてくれた環境に感謝してるんで、
そういうことを子供にもしてあげたいなって思うわけですよね。
やっぱり親が考えなきゃいけない、まず一番大事なのってそこじゃないですか。
私、やっぱり親方失敗したって思われたくないとか思われたらどうしようって思ってる人たちって、
っていうことはもうすでにその時点で自分がそうだって思っちゃってるわけですよね。
そこがまず問題だと思うんです。
そういうふうに自分自身が思わない環境づくりっていうことをするべきなわけじゃないですか。
みんなそれぞれできないことあって、ネガティブな感情もあって、
あるわけですよ。
私だって毎日笑顔でいる素敵なお母さんになりたいなとか、こんな怒ってるままでいいのかなとかね、
本当子育て向いてないなって思うこともありますよ。
だけど、だからこそ、自分の子供に生まれてよかったって子供に思ってもらうためにどうしたらいいかってことを努力するわけじゃないですか。
だから、こう思われたらどうしようみたいな心配してる暇あったら、
そう思われない、思わせないための努力をするべきで、
家庭環境がこうだから、自分が育った環境がこうだったからみたいな、
そういうふうに言われた時の言い訳を準備してるかのようにしか私は正直ちょっと思えなくて、
30:03
なんかね、すごい複雑な気持ちになったんですよね。
なんか悲しいもそうだし、でもそれだけじゃなくて、悔しい気持ちもなんかあるし、
同じ子育て世代というか、同じ親として、
どうしてそっち行っちゃうかなぁみたいなのがあったんですよ。
別にね、私がやってることももちろん全てじゃないし、正しいとも思ってないけれども、
だけど唯一わかるのは、やっぱりその子供の気持ち、心を育てるっていうことだと思うんですよね。
だからそういう豊かな心を育てるためにはどうしたらいいかっていうところを考えるのと、
あとはやっぱりその子供の幸せを考えた時に、
どういう状態が幸せなのかなっていうのを自分なりに考えた上で、
そこに対しての努力をしていくっていうことだと思うんですよね。
だからなんか、本当にちょっとうまく言えないんですけど、
なんかね、もっと違うところに視点を持つべきだなとも思うし、
なんかそういうふうになってしまうこのなんか世の中っていうんですかね、
なんかその世の中に作られる思考みたいなのを私はすごい嫌で、
なんかね、まあそういうのも含めてすごいちょっと違和感というかね、
なんか悶々とした思いをちょっと感じたので、
ちょっと朝からね、もう30分ぐらいになっちゃいましたけど、
喋ってますけど、
はい、っていうのでちょっと、
もうとにかく私はこれ言いたくて、ちょっと朝撮らせてもらいました。
ちょっとね、なんか臨急中の狭間で、
なんかこんな話ちょっとね、あれなんですけど、
でもすごい大事なことだと思いましたし、
私はすごい言いたいことだったし、
一人でも多くの人に感じてもらいたいというか、
考えてもらいたいことだったし、
だからちょっとね、話したっていうのがあります。
はい、まあね、皆さんもね、ちょっと読んでみていただいて、
どう思うか、いろいろあると思いますので、
私に必ずしも賛同できない人たちっていうのも当然いるとは思いますけれども、
それぞれね、なんかこうちょっと感じることとかがあればね、
コメントいただいたり、ご意見いただけたりしたら、
またそれはそれでね、私も考えるきっかけになるので、
33:03
嬉しいなというふうに思っております。
はい、ということで今日はですね、
朝から親がちゃについて考える回ということで、
お話をさせていただきました。
今回の放送も聞いていただきましてありがとうございます。
また次回の放送でお会いしましょう。
お疲れ様でした。
33:27

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