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#360 表面的な「すごさ」を求めることの危うさ
2026-09-28 20:49

#360 表面的な「すごさ」を求めることの危うさ

先日の五十嵐未知子さんとのコラボライブを振り返りつつ改めて「すごいを求めることの危うさ」について話してみました。
※いつもの収録環境ではないので聞きにくいかもです💦悪しからず。

🔽未知子さんとのライブはこちら
【「凄い」を求める女たち~女たちよ、目を覚せ!カツchannel】
https://stand.fm/episodes/6ab6328989416a35993c02aa


未知子さんとはまたテーマを決めてコラボライブしますので良ければ遊びに来てください♪

#コンプレックス
#他者評価
#自己受容
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stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/648ac3fdb352effb9d3cc0bd

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サマリー

よしこが、みちこさんとの「すごいを求める女たち」コラボライブを振り返り、肩書きや権威性を表面的に信じる危うさを語る。自分のコンプレックスや不足感を外側の評価で埋めようとすると、他人に決定権を渡し、時間やお金、信頼を失う可能性があるという。マーケティング職や弁護士の例を挙げ、肩書きだけでは実際の能力や仕事の中身は分からないと説明する。人を尊敬すること自体は否定せず、実態を見て、自分が何をすごいと思うのかを考えたうえで判断する大切さを伝えている。

「すごい」を求める人と不足感
皆さんこんにちは、よしこです。 今日はですね、先日日嵐みちこさんとさせていただいたコラボライブで、
すごいを求める女たちというタイトルのライブがあるんですけれども、 こちらの振り返りというか、振り返りがてら、私自身が考えていること、思っていることをちょっと改めて
残しておきたいなというふうに思ってですね、 ライブとはちょっと違う形でアウトプットをしたいなと思ってですね、
ちょっと今これを収録しております。 ちょっとですね、余談なんですけれども、いつもとちょっと収録環境が違うので、雑音がね、割とちょっと入っていたりとか、
ちょっと聞きにくいかなと思うんですけれども、ご了承いただければ幸いです。
本題なんですけれども、先週やったライブのメインテーマとしては、すごいを求める人についてのお話だったんですけれども、
まずこのすごいを求める人ってどういう人なのかということで、2パターンいるねっていう話をしたんですが、
1つは周りに対して、自分へのすごいって言ってほしいみたいなところを求めてしまう人。
2つ目は、やっぱりすごい人への憧れがあるがゆえに、教えをこう人とか、ついていく人とかっていうのを、
すごい人にすごさを求めてしまうというか、いわゆる肩書きとか権威性みたいなところですごそうっていうふうに見えるような人に対して、
ついついついていってしまうというか、そういう人を選んでしまうよねっていう、そういう傾向にある人たちのことを取り上げさせてもらったんですけれども、
この2つに共通してるんじゃないかっていうふうに私とみちほさんが考えていることとしては、不足感だったりコンプレックスがやっぱりあるよねっていう話をしました。
これに関しては、ライブでもちょっとお話した通りなんですけれども、
自分が何かしらコンプレックスを抱えているということに対して、それを自分自身で解消していくっていうことではなくて、
それを外側の評価で埋めてしまおうとする行為がすごく顕著に出てしまっているっていうのが、いわゆるすごいっていうものを求めている人たちによくありがちな傾向なんじゃないかなっていう話をさせていただいたんですね。
みちほさんもライブの中でも言ってくださってたんですけど、みんな誰でもコンプレックスはもちろんあるし、
それが全くないっていうのはないと思うんですよね。
だけど、それがあってもすごさを求めるっていう行動になる人とそうじゃない人の違いって何なのっていうふうになると、やっぱりそれを外に求めないっていうことなんですよね。
だから、自分自身が抱えているネガティブな要素というか、こういうところがダメだなとか、本当はもっとこうだったらよかったのになっていうふうに思うことを、
自分ではそこに対してアプローチしない代わりに、外側に安っぽいですねっていうふうに言ってもらうことで、ある種自分を慰めているというか、感じだなっていうのが感じでいたので、
そういう話をさせていただいたんですけども、私たちが今回その話をした、今回はそのテーマとしてすごいっていう話だったんですけど、それだけじゃなくて、
お話ししていきたいなっていうふうに思っているのは、なぜかというと、やっぱりそういう外側の評価とか、
自分の本当の意思とか気持ちではない部分で決めてしまっていることで、結果的に自分がすごく本来であれば得られるはずのものを得られなかったりとか、逆に奪われてしまったりとか、
その損得区の話だけじゃないんですけど、でもその結果を見るとすごく損をしてしまうとかっていうこともあったりするので、
そういうことにやっぱり気をつけた方がいいよねっていうことだったりとか、やっぱり本人が本当に納得して自分で決めてるっていうのであれば全然いいんですけど、
やっぱりそうじゃなくて、周りに流されてしまったりとか、自分の意思とは別のところで、
あの人もやってるからとか、すごそうな人が言っているから正しいことなんじゃないかみたいな感じで、
決定権をある意味で他の人に渡してしまっているっていう状態なのがすごく危ういことなんだよねっていう話をしたくて、
そういうところにある種の警鐘を鳴らす的な、私たちが別に何かそういう影響力を持っているわけではないので、
あれなんですけど、ただそういう身近なところからでもそういうことをちょっと発信していけたらいいかなっていうふうに、
これはちょっと今私が思っていることなんで、飯子さんがどの辺まで思われているかどうかはちょっとわからないので、
一括にはできないんですけれども、少なくとも私はちょっとそういうふうに思って、今回お話をさせていただきました。
肩書きや職種だけで人を判断する危うさ
ライブで話したことはさておき、私自身がこのすごいっていうものに対して思っていることっていうのが、
やっぱり、型書きとか経歴とか、一般的に権威性と呼ばれるようなもので判断することの危うさの一つに、
本来のその人が持っているものっていうのをちょっとやっぱり見えなくさせてしまうところもあるんじゃないかなっていうふうに思ってるんですよね。
例えば何かというと、そのままある大企業の会社でここで働いてましたっていうふうに言われたときに、
それだけで、なんかすごいなって思ってね、すごい人なんだっていうふうに判断してしまうことで、
その人の本来持っているもの、いいところも悪いところも含めてですけれども、
なんかそういうところにすごくフィルターがかかってしまうような気がするんですよね。
だからその、本来であれば一対一の人間対人間というか、ところの話なのが、
その型書きとかそういう権威性というもののフィルターを通してその人を素人するっていう行為に変わってしまうんじゃないかなっていうふうに思っているんですよね。
私自身もちょっと経験があるんですけれども、
私が例えばなんですけど、本業のお仕事でこれまですごく長い期間マーケティングっていうお仕事をしていたんですけれども、
結構ですね、その仕事の話で何されてるんですかっていう時に、
マーケティングのマーケやってますみたいな話をすると、それだけですごいですねって言われることってあるんですよね。
で、私はそこにいつもすごく違和感があって、なんかね、ちょっとやっぱり変な感じっていうか嫌だなっていうのもあるんですね。
っていうのもやっぱりその、私自身がやってきてるマーケティングの仕事って本当にねすごく泥臭い仕事が多かったし、
一般的なマーケティングっていうこの横文字の職種に対して皆さんが思い描いているようなキラキラしたものとかね、
なんかすごくかっこいい職種みたいなイメージを持たれている人も中にいらっしゃると思うんですけど、
もっとね、なんか全然違うんですよね。
例えば営業とSEの人とかがやらないこと全部みたいな感じだったりとか、
なんかその実態って本当はね全然違うんですね。
だし、マーケティングって一口に言ってもいろんな種類のマーケティングがあるので、
どんなことをやってたかってやっぱりちゃんと聞いていかないと、
その人の本来持ってるスキルとか能力とか、どんなことができる人なのかっていうのがやっぱりわからないんですよね。
で、それは私がマーケティングという職種を経験してるから言えることかもしれないんですけど、
でもそれって多分他の仕事もそうだと思うんですよ。
例えば、お仕事何されてるんですか?ってなった時に、
あ、弁護士です。弁護士やってます。って言われた時に、
すごいですねって多分結構いろんな人が反射的に言ってしまう気がするんですよね。
もちろん修行って、その仕事に就くこと自体がすごく難関な仕事なので、
それは確かにすごいことだと思うんですけど、
でも、私も別に全てを知ってるわけじゃないんですけど、
弁護士の仕事も別に、本当はすごく努力される仕事もあったりするじゃないですか。
別にすごいって言われるようなことは何もしてませんって、
多分弁護士の人は思うかもしれないじゃないですか。
それと同じで、職種だけとか型書きだけとかっていうので、
判断してしまうことへの危うさというか、
ちょっと真実というか、実態をちゃんと理解しようとするっていうことが
置き去りになってしまうような気がしているんですよね。
だから私も自分自身の経験としてなんですけど、
やっぱりそれをマーケティングって言っただけで、
すごいですねって反応されることが、
私はちょっと、ん?って思ってたことが結構あって、
だから別にそんな大したって言い方変なんですけど、
もちろん仕事は仕事としてやってるんですけど、
でも別にすごいって言われるようなことってそんなにないっていうか、
なんですよね。
だから私はそこにちょっと違和感があるなって思っていたので、
だからそれを裏返すと、
さっきから言っているように、
なんかすごそうとか、響きだけでそういう風に聞こえるとか、
そういうのってあるじゃないですか。
だけどそれだけで反射的にすごい人なんだとかすごそうとか、
すごいですねみたいな感じで反応してしまうのは、
ある意味でその人の本質とか中身っていうものを見ていないっていうか、
ちょっとこう、
そうですね。
なんか真っ直ぐ向き合ってないというかね、
感じが私はちょっとしてしまうなって思っていて、
だからその反射的にとか、
瞬発的にね、
なんかこう、
うわすごいみたいなね。
でも確かにその誰もが知っているような大企業とか、
さっき言ったような私業だったりとか、
そういうものってね、
本当に確かにそこに行き着くまでにね、
大変な苦労もあると思うので、
まずはそこにいるっていうこと、
その事実がすごいっていうのはもちろん私も理解するし、
私自身もそれは尊敬を含めてすごいなっていうふうに思うんですけど、
ただなんていうのかな、
なんか本当にその実態を見ずに、
それだけ手放しでなんかすごいって言っちゃってるとか、
やっぱりそこに惹かれてしまってるとか、
なんかそういうこととはやっぱりちょっと違うかなっていうふうに思うんですよね。
表面的な評価で失うもの
やっぱりそういうことを繰り返していると、
どんどんどんどん本当のね、
その実態ってどうなんだろうっていうふうに考える根も、
ちょっとやっぱり失われてしまうんじゃないかなっていうふうにも思うし、
自分でやっぱり考えるっていうか、
自分が見て感じて体験して得たものって、
感覚的に得られるものって絶対にあると思うんですよね。
それがあった上で、
この人ってこういうところがすごいんだなっていうふうに思って、
次の一歩を決めるだったりとか、
それはいいと思うんですけど、
逆に言うとそういうことがないまま、
表面的な部分だけで判断して行動していくっていうことの、
ちょっと言葉を選ばずに言えば、
軽率な行為によって、
いろんなものを結果的には失ってしまうっていうことがね、
時間とかお金だったりとか、
場合によって信頼みたいなものも失ってしまう可能性もあるわけじゃないですか。
それがちょっと危ういなっていうふうに思っていて、
私自身はそこに問題意識を感じているので、
そういうところで、
今回ね、
みちこさんとそういう傾向にある人たちの危険性みたいなことをね、
ちょっとお話をさせていただいたっていう感じなんですよね。
だからその、
なんていうのかな、
この人すごいなとかね、
お互いを尊重するとか、
認め合うっていう意味での、
そういうものっていうのは全然いいと思うんですよね。
実際私も、
この人すごいなって思う人たちってたくさんいるし、
だけどそれって中身を伴っている話なので、
その肩書きがすごいからすごいと思ってますみたいなことでは全然ないんですよね。
だから、
そういう本当にやっぱりちゃんと中身を見た上で、
そう感じてやるっていうのが、
すごく大事だなっていうふうに思っています。
あくまでもこれは私の考えなのでね、
別にそうじゃないなっていう人もいるでしょうし、
私はそこには賛同しませんっていう人もいるかもしれませんけど、
ただやっぱり自分の身の回りでね、
いろんな人を、
お仕事でもプライベートでもいろんな人を見てきて、
やっぱり自分の意見とか肌で感じたことっていうのを、
全く見ずに周りの反応に流されてしまうっていう人、
そういうふうになってしまっている人たちを見たときに、
結果としてこの人って、
それを経てどうなったのかなとかどうしたのかなっていうのが、
やっぱりわからなかったりとか、
で、実際に、
なんていうのかな、
点々とするっていうか、
あれっていうふうに思うこともあれあったりするので、
なんかそこはね、
私がこれまで経験してきた中では、
一つの傾向としてやっぱりあるなっていうのを感じているので、
やっぱりそれってもったいないじゃないですか。
せっかくね、自分の時間を使っているわけなので、
本当にね、自分が、
自分で実態を見て決める
ここに時間を使いたいと思ったものに対して、
使ったほうがいいと思うんですよね。
だからこそ、
本当にそれって自分で決めているものなのかなっていうのは、
やっぱり考えたほうがいいだろうなと思うし、
私自身も、
やっぱりね、周りの声として、
この人のこういうのいいらしいよとかね、
そういう口コミだったりとかね、
噂も含めてですけど、
そういうのってもちろん参考にもするし、
そうなんだって思って、
そこで興味を持って見に行ったりとか、
っていうことももちろんあるんですけど、
でもやっぱりなんか、
ちょっと自分に合わないなとか、
自分とは違うなとか、
私が求めるものとは違うなって思ったときに、
ちゃんとそこで、
ブレーキをかけられるかっていうか、
ちゃんと自分の頭で考えて、
やめとこうっていうふうに思えるのか、
なんかすごいたくさんいろんな人が
事故をしてるから、
なんかすごいんだとかね、
なんか良さそうだなって、
きっと大丈夫だろうなとか、
そういう感じで決めてしまうっていうのは、
やっぱりちょっとこうね、
そこから得られるものとか、
学び取れるものっていうのは、
結構やっぱり差があるんじゃないかなっていう風に
思っているので、
やっぱり外側のことだけで
判断するのではなくて、
やっぱりちゃんとね、
実態を見た上で、
これはライブの中でも言ったんですけど、
すごいって言う別に、
すごいって言うなって言ってるわけじゃなくて、
それを例えば本当に言語化できる、
実態を伴っている、
こういうところがすごいと思っている
っていうことだったりとか、
何を持って自分はその人のことを
すごいと思っているのかっていうものを
しっかりね、
言えればいいと思うんですよ。
別に人に言わなくても、
自分の中で持っているものがちゃんとね、
あればいいと思うんですけど、
そうじゃなくて、
とりあえずなんか過ごそうっていう、
いわゆるそういう虚像みたいなものに
惑わされないように、
そこはちゃんと自分で見た方がいいよねっていうね、
そういうちょっとお話をさせていただいた
っていう感じですね。
ちょっとごめんなさい、
思い出しながら話をしていたら
長くなってしまったんですけれども、
そんな感じでですね、
そうそうだからすごいっていうことを
言うなとかね、
っていうことじゃなくて、
そのすごいっていうのは、
何を持ってすごいなのかっていうのを
ちゃんと自分で持ってるかどうかっていうのと、
体感しているかとか、
自分で考えているかっていうことが
ちゃんとそこにあるのかどうか、
それがすごく大事だなっていうふうにね、
思っております。
ということで、すいません。
すごく長くなってしまったんですが、
前回のコラボライブの振り返りを兼ねての
アウトプットをさせていただきました。
みちこさんとはですね、
また同じようにテーマを決めて、
コラボライブをする予定になっておりますので、
もしご興味を持っていただいた方がいらっしゃれば、
みちこさんのチャンネルをご登録いただいて、
遊びに来ていただけると嬉しいなと思います。
ということで、
今日の話は以上になります。
最後までお付き合いいただいた方ありがとうございました。
また次回の放送でお会いしましょう。
20:49

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