018 - 創作と生成AIの関わりについて、退屈だけど大事な話
2026-09-16 18:52

018 - 創作と生成AIの関わりについて、退屈だけど大事な話

前回エピソードでは「CursorでAIコーディングも可能」までで当時は制作未着手 / 制作開始後のいまLuaコーディングは全部AI任せ / AIは使い方次第、で止まる話は退屈 / コーディングは自分にとってコスト、企画と書き直しは本体 / ヴァイブ・コーディングと自動運転 / 自分で手を動かしている最中にしか出てこないものがある / 書く・コード・ゲームを同じルールで扱えると思っていたのは昔の自分の残滓 / 環境が先に熱いことへの自己ツッコミ / 人は過程を模倣しAIは結果を模倣する / Luaコーディングは守破離には入らない / 同じRoblox制作に楽器とインスタントコーヒーが同居 / 答えがある領域と問いを発明する領域 / フクセイ・消費財化・五条件・言語の限界・Astra・音楽はNewsletterへ

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サマリー

このエピソードでは、ポッドキャストホストのRyoTaが、創作活動における生成AIとの関わりについて自身の経験を語ります。Robloxのゲーム制作において、コーディング作業をAIに任せる「ヴァイブ・コーディング」を採用し、企画や世界観構築といった「本体」に注力する姿勢を明らかにします。AIは使い方次第で「毒にも薬にもなる」としつつも、プロセスを手放すことは創作そのものを放棄することに近いと述べ、人は過程を模倣しAIは結果を模倣するという違いを強調します。自身の制作においては、楽器のようなAIとインスタントコーヒーのようなAIが同居している状態だと分析し、答えのある領域と問いを発明する領域の区別についても考察を深めます。

はじめに:Robloxゲーム制作とAIコーディング
こんにちは、RyoTaです。 余生、余ってません。 〜リベラルアーツをまとって旅暮らし〜第18回です。
今は、2026年9月13日、日曜日のお昼頃です。 今日もタイのジョムティエンからお届けしています。
タイの雨季は10月頃が一番雨量が多いんですが、 ジョムティエンも徐々に雨の量が増えてきた感じですね。
食料の買い出しに困るような寒水とかがなければいいんですが、どうなんでしょうね。 前回、9月中にロブロックスのゲームを1本出すといった手前、
制作の方を進めています。 今はミニマートの中に謎解きの仕掛けを一つずつ作っているところです。
思ったほど難しくなくて、今のところは順調に進んでいます。 前回のニュースレターの最後に、読んでいる本が面白いのでそのあたりの話でもと書いていました。
その予告通りに本の話をします。 ただし書評会ではありません。
自分の制作の話です。 前回のポッドキャストでは、ロブロックスならMacだけで制作できるし、
使い慣れたカーサーでAIアシスタントも使いながらコーディングできるといったところで止めていました。
あの時点ではロブロックスでの制作はまだ始まっていませんでした。 今は始まってて絶賛制作中です。
実際にメタバース空間を作ったり、AIにルアーのコードを書いてもらったりしている。 その話を今日はします。
テーマは創作と生成AIの関わりです。 以前の回でも似たような話をしているので重複した話も出ると思います。
ただ今日の切り口は、前に話した文章の出自でもAI検出ボタンでもない、作る過程を自分はどの程度手放しているのかという話です。
退屈だが重要な結論:AIは使い方次第
結論から言うと退屈すぎることを先に言っておきます。 AIは使い方次第で毒にも薬にもなる。これです。
なんて言っちゃうとここで聞くのはやめる人もいるかもしれませんね。 自分的にもこれだけだと今日やる意味がない。
なのでもうちょっとだけ先に行きます。
何かを作る行為において、そのプロセスがその人にとって退屈で無駄な時間なのであればAIに任せればいい。自分はそうしています。
一方で創作という行為においては、作る過程こそが確信なんですよね。
それを手放すことは創作という行為そのものを放棄することに近い。
今日一番言いたいのはそこです。
ヴァイブ・コーディングの実践と理由
具体的な話をします。いわゆるViveコーディングです。
英語のVive、雰囲気とかノリみたいな言葉を使った呼び方で、コードの中身を自分で組むよりAIに任せて動くものを先に出すやり方です。
自分もやっています。
英語学習アプリをはじめ、自分専用の小さなアプリをいくつか作っている。
Robloxのゲームも今実際に作り始めてみて、ルアのコードは全部AIに任せています。
これを良しとしている理由は単純で、コーディング作業は自分にとっては省略した方がいいコストでしかないからです。
実装する過程よりゲームの企画に時間を使いたい。
世界観、テーマ、謎の難易度や配置、部屋の順番、プレイヤーがどこで詰まるのか、そっちを考えるのが自分の仕事だと思っています。
そして今の作り方より効率の良い方法があれば積極的に取り入れるつもりです。
ソフトウェアエンジニアを40年やってきた人間が、こう言うとちょっと裏切りみたいに聞こえるかもしれない。
自分でも最初は抵抗がありました。
一方でコーディングそのものを楽しむ文化もある。
そこにいる人から見れば、Viveコーディングなんて論外だろうと思います。
家庭としてのコーディングが目的なのだ、という考え方です。
自動運転がこれから主流になるとして、運転する楽しさを手放したくない人は少なくないはずです。
道具が上手くなっても手放したくない過程がある。
その感覚は創作の話と地続きだと思っています。
制作のきっかけとAI利用への見立て
正直に言うと、今日この話をしようと思った直接のきっかけは、本を読み直していた時間そのものなんですよね。
徳井直さんの作ることとAI、生成と複製の間で、という本です。
2026年7月に発売されたばかりの本です。
このエピソードの台本を書くために、Kindleでつけたハイライトを読み直して、自分の言葉で要約を足していた。
その作業をしている最中に、このエピソードの骨子が固まりました。
プロセスを手放さなかったから、今日の話が出来上がった。
本の結論を先に受け取って、それを上手く話そうとしたら、多分もっと薄い回になっていたと思います。
ちょっとメタな話になっちゃいましたが、要するに自分で手を動かしている最中にしか出てこないものがある、ということです。
この本を読み終える前の自分は、AIを利用することに対して割と雑な見立てを持っていました。
3つくらいあります。
まず1つ目。
AIの話は結局のところ、使い方次第という結論になるだろうと。
毒にも薬にもなる。
だから自分は正しい使い方をしている側の人間として話せばいい。
以前の回で間違ったことを言った時と同じように、また訂正すれば足りるだろうと。
でも使い方次第で止めてしまうと、聞いている側から見れば何も言っていないことと同じです。
自分でも退屈だった。
2つ目。
文章を書くことと行動を書くこととゲームを作ることは同じ一本のルールで扱えるだろうと。
効率化できるところは効率化する。
それが自分の40年の現場感覚でした。
道具が変われば仕事の形が変わる。
そのナラティブに創作も載せられると思っていた。
前々回のニュースレターで比べる相手を間違えたと自分で訂正した直後なのに、また同じ癖が出ていた。
効率化という一語で全部が繋がって見える。
その見え方自体が過去の自分の残志なんですよね。
3つ目。
環境整備と都合の良い線引きへの疑念
家庭を楽しむと口では言える。
でも実際の自分は環境を整えている時間が好きなだけかもしれないと。
これは前回も少し言いました。
ロボロックススタジオがMacで動く。
プレイテストが一瞬で始まる。
カーサーでコードが書ける。
制作環境が自分にぴったりだと。
家庭を大切にしているつもりが家庭の周辺をいじっているだけ。
という可能性は今もある。
そこは美化したくないところです。
この3つに共通しているのは自分に都合がいいということです。
コードはAIに任せればいい。
でも企画は自分の仕事として残すし、
AIに書かせた文章は最後に自分で書き直す。
その線引きが本当に創作の確信を守っているのか。
それとも面倒なところだけをAIに渡しているのか。
本を読む前の自分はそれをあまり疑っていませんでした。
制作の中の地図:領域ごとのAI利用
本を読んだ後に残っているのは、
綺麗な一本のルールではなくて、
自分の制作の中の地図です。
ロブロックスのゲームで言うと、
ルアのコーディングはAIに渡している。
ここは自分にとってコストです。
渡すことに今のところ矛盾はない。
一方でゲームプレイの本質部分は自分で作る。
そこを渡したら自分は何をしているのかわからなくなる。
文章の方は第15回エピソードで話した通り、
AIに倉庫を作ってもらい、最後に自分で書き直している。
同じ人間が創作の領域ごとに違う行動をとっている。
それが今の自分の状態です。
で、創作の領域に効率化という基準を持ち込むと、
それはもう創作ではなくて、
ビジネスとしてのものづくりになるんですよね。
得意さんも近いことを書いています。
ビジネスの効率化から見れば、
家庭は省略すべきコストでしかない。
創作に関わる者にとっては家庭こそが核心であると。
もし自分のゲームづくりが報酬のための生産になったら、
コードだけでなく企画もAIに渡した方が合理的です。
今はそうしていない。
まだ創作の側に足を置いているつもりだからです。
つもりです。
過程の模倣と結果の模倣:人とAIの違い
出してみてオーディエンスに届かなくなったら、
そのつもりも揺らぐかもしれない。
フォートナイトの時は実際に揺らいでしまいました。
本の中で自分が一番印象に残ったのはこの区別です。
人は家庭を模倣する。
AIは結果を模倣する。
人が誰かの作り方を真似しようとすると、
真似しきれないところが残る。
そこに生じる差が個性になる。
AIは出力の平均に追っていく。
学習データのパターンから最もらしいものを出す。
だから、生成AIの生成という言葉は、
未知の新しい何かを生むというより、
複製の性格が強いと得意さんは言っています。
ちょっと意地の悪い言い方をすれば、
上手い具合に壊れたコピー機ではなくて、
精度の上がったコピー機になってしまった、と。
手張りの話も出てきます。
型を完全に自分のものにした上で、
その型を崩していく。
体を通した繰り返しから新しい表現が出てくる。
自分にとってゲームのコーディングは
種にも入っていない。入るつもりもない。
そこは自分の型ではないと決めています。
決めているというより楽しめていない。
楽しめていない過程を
修行として残す必要は今の自分にはない。
一方で、文章作りやゲームの企画は
楽器のようなAIとインスタントコーヒーのようなAI
まだ体を通したい側です。
事故やエラー、偶発的な寄り道から
自分でも予想していなかった形が出ることがある。
それを効率化して潰してしまうと
残るのは平均的な出力だけになる。
もう一つだけ本から借りておきます。
得意さんは今必要な生成AIを
インスタントコーヒーのようなAIと
楽器のようなAIに分けてみています。
フロンプトでそこそこの答えを
巨大な効率で出す方と
入力の結果が即時に返ってきて
適度に予測できなくて
想定外の使い方ができる方です。
詳細はニュースレターに回します。
今日ここで言いたいのは
自分のゲーム制作の中に
その両方が同時にあるということだけです。
プレイテストがほぼ即時に動くのは楽器に近い。
待っている間に熱が冷めるということが
フォートナイトでは何度もあった。
即時に動くと
試して直してまた試すが途切れない。
一方でコードを言葉でAIに出させる作業は
どうしても平均の方に重力がかかる。
同じ一本の制作の中に
楽器とインスタントコーヒーが同居している。
その同居を自分は今のところ許容している。
許容しているという自覚があるかどうかが
答えのある領域と問いを発明する領域
多分分岐点です。
生成AIがカバーできるのは
答えが存在する領域に限られる。
とも本人はあります。
答えがあるかどうかわからない問題や
問いとして成立するのかがわからない問いを
発明することは範囲外だと
GPT-6、Astraが出てきて
パソコン仕事のほとんどが
AIに代替されるという話題で持ちきりです。
今日はそれについては話しません。
ただ答えがある仕事と
問いを立てる仕事は違う。
絵画も小説も音楽も
そして自分の小さな脱出ゲームも
正解のない側に足がある。
というわけで
結論:創作における過程の重要性
今日の革新をもう一度だけ言います。
AIがあることで
人は創作の過程を楽しめているか。
ビジネスでは過程はコストです。
創作では過程が本体です。
自分はコーディングという過程を手放している。
上流工程と最後に宙を通わせることは
まだ自分の側に持っている。
その線引きが正しい保証はない。
ただ線を引いているという事実だけは
自分の中に残しておきたい。
そういう話です。
まとめと今後の展望
というわけで今回は創作と
生成AIの話でした。
前回はCursorで
AIコーディングもできると言っただけでした。
製作はまだ始まっていなかった。
今始まってみてLuaでのコーディングは
全部AI任せになっている。
自分にとってはコーディングはコストで
規格が本体。
使い方次第で毒にも薬にもなる。
で、止まる話では足りない。
過程を手放すことは
その領域の創作を手放すことに近い。
人は過程を模倣し
AIは結果を模倣する。
同じゲームの製作の中に
楽器のような部分と
インスタントコーヒーのような部分が
同居している。
それが今のところの
自分の製作の中の地図です。
連動するニュースレターでは
今日はしょった方を書きます。
得意さんが言う
カタカナの複製の話。
創作が消費に近づいていく話。
楽器のようなAIの条件。
それから、言語で指示すること自体が
削ってしまうもの。
本の中では
音楽製作の話が特に安いので
そちらも書けたら書きます。
全方位的にお勧めできる本なので
今日の話が引っかかる人は
実物を当たってもらった方が早いです。
次回はロボロックスの製作が
どこまで進んでいるか
途中経過を話せるかもしれません。
9月中に出すといった
自分への宿題でもあります。
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それでは今回は以上になります。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
また次の街でお会いしましょう。
りょうたでした。
18:52

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