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はい。この番組は、いろんな意味でマイノリティ、30代内向人間の仕事や勉強での感動、もやもやを、需要無尽に発信していきます。
そんな横縦の広がりから、聞いてくださった方々の脳みそに、奥行きを開放させていけたら嬉しい、そんなゆるダウナーコンテンツです。
はい。ということで、一番のびのびやれる火曜日の回なんですけども、
一個ですね、スタッグで取り上げていただいたので、それを紹介できればと思います。
ペさんですね。ポッドキャストもやられているペさんが、
さておき&あたどりからロックオンされる横縦ラジオ。びっくり、びっくり、びっくりというふうにつぶやいてくださっておりました。ありがとうございます。
これちょっとさておきとあたどりと横縦ラジオっていうのがこういう名前しか出てるんですけど、これは全部ポッドキャストの番組の名前でですね。
一つは、ゲイの散歩はさておきっていう達郎さんの番組ですね。僕も何度も仲良くしていただいて。
前リベコンラジオでもヒサコンと一緒にゲスト出演させていただいた番組、数少ない番組なんですけども。
そこと、あと綾松さんっていう達郎さんのお友達、古くからのお友達らしいんですけども、がやられているあたいよドリップっていう番組から、
その2人がですね、コラボ会みたいな感じで、深夜の深い深い雑談みたいな感じでやられたところで、
つい最近ですね、僕が別に番組とか関係なく、ホリベ個人として達郎さんが開かれているスペースにお邪魔して、
20分くらいで話したんですけど、そこで僕が人の脳みそに興味があるとか、人の脳みそを食べて生きている妖怪だみたいなことを言ってたら、
あの妖怪気になるねみたいな感じで2人で話してて、妖怪ウォッチしようみたいな感じで言ってて。
なんかね、綾松さんも僕の話した内容に共感できたりするところがあったみたいで、
綾松さんも妖怪かもみたいな感じで言ってたんですけど、そこら辺が自分を妖怪って言ってるわこの人みたいな感じとかが、
関西弁の2人のトークの中で触れられてて、それを言うとペさんがロックオンされてるっていうふうに表現してくれたんですけど、
ちょっと興味を持っていただけるの嬉しいし、僕の脳みそに興味を持っていただいたってことだと思うし、
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僕も聞いてくださってる方々、さておきさん、あたどりさんの脳みそも気になるので、いつかどこかでお話してきたらなと思います。
ありがとうございました。こんな感じでね、お便りは今週はないんですけども、ハッシュタグが来ていたので、そちらを紹介させていただきました。
今週は課題とかもやってたりとかして、自分の問いに対して類似事例とかを探してみたいなのがあったりして、
他の書庫を書いた論文とかを読んでたりしてたんですけど、面白いなこれっていうのもあれば、こういうのでいいんだ、論文ってみたいなものもあったりして、
それはそれで学びだったなっていう感じですね。あとは結構夏休み期間だったんで、自分も旅行に行ったりとか、イベントに参加、端子に乗り込んでみたりとかね。
昨日は夜は手持ち花火したんですけど、やっぱツイッターもそういう内容で盛り上がっていました。
ちょっとここでね、ある意味感動もやもやって言いつつ、全然もやもやな話をできてなかったんで、できてなかったっていうかしてなかった?
というかね、僕は基本的にこれ話そうと思っても楽しい話ばっかりしちゃって、それで時間が来ちゃうから、不満とかももちろん持ってますけど、それがあんまり出ないんですよね。
あとちょっと前から思ってて、レベコンランチャーでも触れたことがある内容なんですけど、ちょっともう一回そこ触れたいなと思っています。
何かっていうと、結構フェスとかに今回行って人多くて、結構みんな特定の個人とかに包括して、みんなで盛り上がってる感じがあったんですね。
もうすぐ誰々さん始まるよみたいな。
それはお祭りみたいな感じでいいなって感じなんですけど、大体それの感想が良かったなんですよね。
誰々良かったわーみたいな。
良かったのはわかるよっていう感じで、別にこんなに深い思いはないんでしょうけど、
僕はさらに良かったよりも、「で?で?」っていう話をもっと聞きたいんですよね。
別にそれって今回のフェスに限った話じゃなくて、漫画とかゲームとか、あとポッドキャストとかでもそうだと思うんですけど、
ポッドキャストとかは割とここがこう良かったみたいな話とかって言う人多いかな。
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それは聞いてる人の層の差なのかもしれないですけど。
僕の人との仮説としては、音楽とか漫画とかゲームとかを共通言語として、手段として摂取してる人たちっていうのがいて、
その人たちにとっては、映画とかね。
その人たちにとっては、それを見たっていう完了したことが多分大事で、見たということを示すことが大事で、
それに関して、深い話はまたその後なのかわかんないですけど、その後なされてるのかなされてないのか僕はわかんないですけど、
共通言語として見る、話すことが共同体としてなのかな。
だから、良かったって書くだけでその人たちの中では完了してるんですけど、
僕としては脳みそ食べ妖怪である私としては、そこのどこが良くて、
その人だから好きなのか、その人の作品は全部好きなのか、その人の作品の中でも好きなものと好きなものじゃないのがあるのかとかね。
僕もどちらかっていうと音楽とか流行りとか全然わかんないというか、
一個一個を消化するのに時間がかかるというか、
毎回聞くたびに発見があったりするから、一つを背負っていくのに時間がかかるんですよ。
だからそんなにパンパンパンパンいけなくて、
でも、自分の知ってる人が好きなものとかは気になるから、そういうことで聞いてみたいとかするんですけど、
良かったって言われてもあんまり聞こうと思えなくて、
自分感覚で言ったらもっとそこを深掘りされたいなっていうのがあるんですよね。
だからそれでTwitterが埋め尽くされちゃうのもちょっと異様な気がしていて、
共通言語としてっていうのはあるんですけど、その前に我々には大事な共通言語があるじゃないですか。
日本語があるじゃないですか。
これ聞いてる人は全員日本語がわかる人だと思って言っちゃいますけど、
だから日本語があるんで、日本語という共通言語で語ってほしいなっていうのがあるんだよな。
聞かせてほしいなっていう感じですね。
僕もどんどん出てきちゃって、今回はあんま長くなるんだとしたら何回か分けたりとかしようと思ってるんですけど、
感想とかをつぶやくのに、やっぱり人の気にされるというか、
トンティンカンなことを言っていたらよくない。
OKラインみたいなのがあって、そのラインに乗ってないと言っちゃいけないみたいな、
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あるのかな。ありそうな気がしてて。
理解されないとかね。
共感はいられないみたいな内容をつぶやいても仕方がないみたいなのがあるのかもしれないけど、
そうでもね、たぶんそんな気持ちがあるほど大事な感情だと思うんですけど、
否定されたくないとか。
だったら、そんなに否定批判を受けたくないくらい大切な感情なんだったら、
直したら向き合ってみてほしいし、言葉にしてみてほしいなって思うし、
そうじゃない感じだったら、逆に思ったものを出してみてよっていう感じがしてて、
っていうのも自分としては結構そういう気持ちわかりますよ。
だし、ポッドキャストの後とかも、
これは受け入れられないかもしれないとか、
怒る人とかもいるだろうなとかね。
ちょっとした一言だったりとか、そもそもの概要で書いたようなことだったりとか、
それを寝る前に思い出したりとかしますけど、寝たら忘れちゃうんだけど、
そういう気持ちってみんなあるんですよ。
でもそれを全部抑え込んで、当たり障りないものばっかりになったら、
なんていうか面白くないし、
思考ってそういうもんじゃないっていう。
誰にも理解されないかもしれないし、
オッケーラインというのが、多分それってないんだけど、
あるふうになってるんですよね。
そこに反ってないかもしれないけど、
でもそれってだからこそ貴重で、レアで、大切で、
レアなものって強いんですよね。強いと思いますよ。
強いものってレアだから強いんで、
大切にしてほしいっていうか、自信なのかな。肯定なのかな。
わかんないけど、そういう気持ちを持ってほしいと思ったっていう話ですね。
基本的に僕は自分の考えということは、自分基準では面白いと思っているんですね。
他の人がどう思うかわからないけど。
だから理解されないかもしれないけど、理解してもらえたら嬉しいなっていう感じで、
誰かの感情の何かの引っ掛けになったら面白いなって思うから、
むしろマイノリティ的な、少数派的な考えであることは自覚してるけど、
この一連の活動が、発信が。
けど、だからこそやってるっていうのがあって、
だからこそ自分がやる意味があるっていうふうにも思ってるところはあるんで、
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たぶんそういうことを考えちゃう人って、
器用じゃないっていうか、器用な人ではないと思うんですよね。
OKラインの字幕とか、理解されない字幕みたいなのに囚われちゃう人って。
器用じゃない人多いけど、自分もそうだからわかるんですよ。
でも、そういう投稿って、
誰のためでもなく自分のための、
自分を一生懸命表現してみたっていう投稿ってやっぱりわかるんですよね。
なんとなく。
たぶん同族の感だと思うんですけど、
わかるんで、僕はそういうのは積極的にいいね押して、見かけたらいいねっていうのを押している気がします。
普通に面白いなっていうか、声出て笑ったようなくだらないのも押すけど、
自分の中でいいね押すものと押さないものの基準ってあるんですよね。
そんなにちゃんとしてないけど。
でもその一つとしては、この人を振り絞って、
ちゃんと自分と向かい合って、
しぼり出したなっていう。
だからちょっと挑戦、勇気を出してみたんだなみたいな内容とかって、
やっぱりいいね押したくなるんですよね。
なんかね、たぶんですけど、そこの根本は、
モテ。やっぱりこういうこと言っちゃってモテないんじゃないかみたいなとかってあると思うんですけど、
そもそもモテとかって、
そういうもので左右されてしまうモテって、どっちにしろ賞味期限が短くて、
もっと可愛さとかそういうところもあるかも。
可愛気はないかもしれないけど、
モテとか可愛さとかって大事なんですけど、
それはメインウェポンにしては、
するにしてはちょっと心持たなくてっていう回数制限があるものだと思うから、
いつか期限が来てしまうものだから。
だから、何て言うだろうね。
他人モテみたいな話ですよ、ここで言ってるモテっていうのは。
もっと自分モテみたいな、
前僕がモテるっていうのはちゃんと自分を理解してることだみたいなのを過去に言った気がするんですけど、
だからちゃんと自分の強さ弱さを理解して、
いろいろ表現される世界が僕は楽しいと思うんで、
そのためにこういう活動をしてみてるってところがあるっちゃあるんだよな。
家庭として自分で楽しいっていうのはもちろんありますけれども、
私的自意識と公的自意識ってあると思うんですけど、
私的自意識と公的自意識ね。
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公的自意識っていうのがやっぱり強い、SNSとかによって増幅されちゃっている気がしてて、
あと僕また違うテーマで話したいんですけど、
頭の良さ信仰みたいな、頭が良いと思われたいみたいなのがあるのかなって。
賢い人だと思われたいっていう人ってあると思うんですけど、
それの判断の仕方も短絡的だなって僕覚えるところがあって、
頭の良さってなんだろうとかすごくよく考えるけど、
今出てる基準、頭の回転が速いとか、何かを知っているとか、
そういうのって別に頭の良さじゃないと思ってるんで、
頭の良さじゃないっていうか、それだけが頭の良さじゃないと思ってるんで、
そういう話もしたいんですけど、ちょっといろいろ広がりすぎてしまうので、
今回は不思議的意識、公的自意識とかって、
二律背反じゃなくて、どっちかじゃなくて、
別に共存できるし、どっちも強いとかどっちも弱いとかってできると思うんで、
共存?共存ですよ。
やりやまいとの共存みたいなのあるけど、
変なこと言っちゃってトンチンカのこと言っちゃうってあるかもしれないけど、
別にいいじゃん。それだけがあなたじゃないし、
その瞬間に仮にアホなこと言ってもトンチンカのこと言ったって別にそれがあなたじゃないし、
それが何かに繋がるかもしれないし、
それが仮に失敗になったとしてもそこから学ぶことってあるから、
そこからしか学べないことってあるから、
モテとかは一旦プランAとしてじゃなくて、
プランBとして持っておく、サブプラン、サブウェポンとして持ってって、
それ以外にもっと私みたいなものを売り出す世界になってほしいなという気持ちがあります。
何々っていろいろありますけど、
with トンチンカでいいじゃんっていう。
モテはプランB、プランBとしてのモテの提唱っていう感じですね。
話が散らかってしまいそうなので一旦この辺にしていきますが、
もう最後は知らんけどっていう気持ちでいていいと思うので、
この番組もいろんなwith トンチンカでいいじゃん、
プランBとしてのモテでいいじゃんって言っておくけど、
最後は知らんけどっていう感じで締めたいと思います。
ではここまででありがとうございました。
バイバイ。