2024-04-22 39:08

Lap1 近藤真彦さんとヨコハマタイヤ

Lap1は、スペシャルゲストにお越しいただきました!近藤真彦さんとヨコハマタイヤについてお届けします。


 <ゲスト>

近藤真彦 (Kondo Racing監督・JRP会長)


<メインパーソナリティ>

勝又智也(モータースポーツMC)


<トークテーマ>

  • JRP(日本レースプロモーション)会長になった経緯
  • JRP会長とKondo Racing監督の両立の大変さ
  • ヨコハマタイヤのサステナブルタイヤ「ADVANレーシングタイヤ」
  • KONDO RACINGの選手に対する期待
  • ヨコハマタイヤとの取り組み・エンジニアとの関係
  • 横浜ゴム「アドバンスポーツ」の魅力



<番組情報>

この番組はクルマ好きの皆様に向けたタイヤにまつわる情報をお届けするポッドキャスト番組です。


普段何気なく使っている車のタイヤは、実は命をも預かる重要な役割を担っています。 そんなタイヤについて、タイヤの専門家やプロのレーシングドライバーをお迎えし、有益な情報からマニアックなタイヤ情報までタイヤにまつわるお話を展開していきます。



<リンク>

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ヨコハマタイヤ

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横浜ゴム株式会社

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サマリー

本エピソードでは、ヨコハマタイヤの提供で、車の走りを支えるタイヤの秘密について近藤真彦さんがゲストとして登場し、スーパーフォーミュラーの会長になられた経緯やスーパーフォーミュラーの改革について語られます。近藤監督の横浜ゴムとの出会いから始まり、横浜ゴムのタイヤ開発によってスーパーGTのドライバーのタイヤ評価が向上しています。横浜ゴムのエンジニアは真面目で仕事に向きすぎていますが、プライベートでは少し話しやすいという特徴があります。監督は芸能界からレーシングドライバーになり、レースの中で感動し、成績も残すことを目指しています。彼のお気に入りのサーキットはオートポリスと富士スピードウェイです。近藤真彦さんは自身の車でドライブし、横浜タイヤのファンであることを明かしています。

00:06
きくタイヤ タイヤにまつわるエトセトラ
こんにちは、勝間田智也です。
この番組は、車の走りを支えるタイヤの秘密について、ヨコハマタイヤの提供でお送りいたします。
記念すべき第1回目は、スペシャルゲストにお越しいただきました。
さて、本日のゲスト、近藤レーシング監督の近藤真彦さんです。よろしくお願いします。
こんにちは、よろしくお願いいたします。
めちゃくちゃ緊張してます。
いやいや、第1回のゲスト、僕大丈夫でしょうかね。
全然大丈夫ですよ。
ファンのハートをしっかり掴んでいきたいと思いますので。
ということで、ヨコハマタイヤさんの提供ということで、主には今日はレースの話をいろいろとしていきたいと思いますが。
スーパーフォーミュラーの会長になるきっかけ
まずは、近藤さんはスーパーフォーミュラーの会長ということで。
これ、中島さとるさんから命名されてということで会長になったんですが、これどういった経緯で会長になられたんですか?
これはですね、日本レースプロモーション、いわゆるJRPという会社があるんですけども。
この後、やっぱりモータースポーツはいろいろとデジタル化されていくだろうと。
もっともっとおじさんにとっては難しいカテゴリーになるということで。
中島前会長はですね、もう俺はギブアップだと。
これから若いやつに任せなきゃいけないということで、僕のところに話がありまして。
近藤だったら、これからモータースポーツを盛り上げてくれるだろうということで。
中島さんの一言ではさすがに済まないので、JRPに携わるヨコハマタイヤさんもちろん、
トヨタ自動車さん、ホンダさんと皆さんにいろいろとご相談したということで。
万情一致で、もうNOとは言うなと。
NOとは言うなと。
もうYESでいけという話でいただきまして。
僕もスーパーフォーメーター大好きだったし、これからますます僕チャンスがあるし、
何か一川向けると化けるカテゴリーじゃないかなと思ってたんで。
だからそこに本当に1ミリでも力を貸せるのであれば、
多少の僕はいろんな仕事をしてますんで、忙しさというリスクはありますけども、
ぜひ僕も引き受けさせていただいて頑張りますということで、
去年の4月ですか、丸1年経ちましたけど、会長に就任させていただきました。
スーパーフォーミュラーの改革
いかがですか、1年経って。
我々のレースを見させていただいて、スーパーフォーミュラってすごく見せ方変わりましたよね。
そうですね。
あそこはこんな感じでやっていきたいと最初に思ったことと、今一緒ですか?
もちろんレースの内容としては、僕はF1よりもかなりピーキーで、
面白いんじゃないかなと思う内容もあるんで、
ただレース以外のエンターテイメントを考えたときに、
もう一つ足りなさを感じてたんですよね。
それはもちろんファンサービスであったり、
メディアとのやり取りもちょっといまいち、
僕が入る前は、JRPという会社とメディアたちとのコミュニケーション不足というのが、
JRPはブラインドにしていたりしている部分をもっとオープンにしようよと。
見えない部分があったんですね。
そこをメディアの人にも分かってもらえたということで、
メディアの方も、よし今度がやるJRP、スーパーフォーミュラ、
俺たちもやっぱり盛り上げなきゃいけないなという気持ちになってくれたということも大きかったと思いますね。
そうですね。
でも本当に1年間でいろいろなその見せ方、
SFGOのアプリがあったりとか、
遠くにいてもそのレースを楽しむこともできますし、
そのアプリを使うことで会場にいてもレースの状況がすごく分かりやすくなってきたじゃないですか。
ああいうところもやっぱりレースを知らない人にとっては素晴らしいところだと思うんですが、
でも近藤監督としては、今会長の話をしましたけれども、監督としてもスーパーフォーミュラに賛成をされてるじゃないですか。
その気持ちの切り替えって大変じゃないですか。
僕はチーム監督でもありながらチームオーナーでもあるんですよね。
そうするとチームオーナーとJRPはある時戦わなきゃいけなかったり、
ある時は仲良しお手伝いでもつなげっていうところもあるし、
その辺のバランスの方が難しくて、
監督業は戦略ミーティングであったり、
あとはドライバーだったりメカニックエンジニアの選択をするっていうのは監督。
だからそこは偏れるんですけど、
チームオーナーとなるとやっぱりJRPの方に物申さなきゃいけないことがあったり、
JRPとしてはチームオーナーに物申す時もあったり、
その合間に入ってて、
よく中島さん16年以上やってたなと。
なるほど。
この立場をね。
だからそういう意味では今、
そうだな、僕はチームに戻るとチームのマネージャーだったり工場長に、
監督少し変わったんじゃないですかって言われると、
どっち寄りですかとか言われることがあったりするんですけど、
まあでもね気持ちはやっぱりチーム寄りで、
僕はスーパーフォーミュラーに携わるチームの一番の味方だと思ってるんですよ。
だからある意味、
今後の将来の未来のスーパーフォーミュラーを支えていかなきゃいけないのは、
やっぱり各チームがもっともっとやる気になってもらえるように僕らが努力して、
モチベーションをあげる。
モチベーションをあげるにはまずファンを増やす。
いいレースをする。
そうすると各チームも、
いろいろ予算の問題とかあるじゃないですか。
ありますね。
この新しくなるスーパーフォーミュラーをどういうふうにやっていくかというと、
チームに負担がかかったりするんですよ。
でもチームは負担をかけないで、
スーパーフォーミュラーを戦いたい。
僕はチームの代表の時にはそういう意見でJRPに、
なんで私たちのチームばっかり負担かけるんだって訴えてたんですけど、
JRPの人間だと逆で、チームさんわかってくれと。
その合間で今ね、将来のね、
要するに2028年ぐらいに向けてのスーパーフォーミュラー、
車両の問題であったりとか、
エンジンの問題、燃料の問題、タイヤの問題、
いろんなこと考えるとコストはさすがにかかってくるんですよね。
そこの理解、解釈の難しさ、
ちょっと今白川が増えてますね。
そうですね。
そのミル側の環境っていうのは変えるのは簡単ですけど、
今までずっと競技をやってきた、レースをやってきた皆さんの環境を変えるっていうのは大変ですね。
いや大変。
だって今年だってダンパー一つ取ったって、
統一ダンパーにするのが何年かかったかって話ですよ。
ショックアーム相場ですよね。
それだって、僕が入る1年、僕は1年経ったんですけど、
その前の年から、もっと前の年くらいからやってるんですけど、
僕が入って、もうとにかく決定って言うしかなかった。
いいですね。
アブソーバーを、ショックアーム相場を統一にすることで、
要はよりワンメイク化をするっていうのが。
ワンメイク化はもちろんなんですけど、やっぱりコストカットですよね。
開発の。
開発の。
なるほどなるほど。
蓋しちゃわないと、各チームごとにお金かけていじるチームもいれば、
そこまでお金かけられないといじれない。
かといって、うちなんかそうだったんだけど、
もうちょっと一昔前のダンパーつけた方が早かったりとかすると。
なるほど。
それは各チームごとに、やっぱりセッティングだとかエンジニアで随分違うんですけど、
ただやっぱりここに来て一回統一化しないと、
やれあそこがこうやった、やれここがこうやったってなると、
お金かかってくるんで。
でも大変でした、やっぱり統一化するのは。
でも統一化するって言うとやっぱり反発する声の方が多かったんですか?
それともそうだねっていう方が多かったんですか?
7-3で反発しない方が多かった。
やっぱりそうなんですね。
で、その3はやっぱり、いや待ってください、新しいダンパー買ったばっかですよとか。
なるほど。
そういうチームだったりとか。
だから全員の意見を聞いてたら統一化されないんですよね、きっと。
そうですね。
ここはちょっとご利用しで、JRPの上野社長と僕といろいろ話をして、
ここはもうちょっとおっしゃおっしゃって。
でもみんな最終的には納得していただいた。
そうですね。
あと今ダンパーの話がありましたけれども、
横浜タイヤのワンメイク供給
横浜ゴムはですね、スーパーフォーミュラの足元タイヤをですね、
ワンメイクで供給をしているんですけども、
サスティナブルなタイヤということで今供給をされてますが、
そのタイヤについては、監督はいかがですか?
僕はスーパーフォーミュラに横浜タイヤがワンメイクになるときからずっと携わってるんで、
多分一番初めのタイヤのテストってうちのチームでやったんじゃないかなと思うんだけど、
それこそスーパーフォーミュラのダウンフォースで富士スピードウェイ走る初めての横浜タイヤからスタートしたんで、
まずはとりあえず300キロ以上出さないほしいっていうところからスタート。
なるほど。
タイヤがどういうふうに作動していくかわからないんでっていうところからやってて、
あれが何年前かな、横浜ワンメイクになってから。
もう恐ろしいくらい進歩したなと思う。
だからドライバーも最初はギクシャクしてたんだよね。
他メーカーからいきなり横浜のワンメイクになったんで。
でも今や横浜タイヤのグリップだとか、信頼度みたいなことに関しては、
もうみんな絶賛してますよね。
そうですね。
一時期ね、ソフトとミディアム2種類分かれてましたけど、
どんどんタイヤの性能が良くなってだんだんその性能差もなくなってきたみたいなね。
ソフトで最後までいけちゃうみたいな。
それはね、本当に横浜さんの技術の努力だったんですけども、
今シーズンはね、1種類のタイヤでやられてますけれども。
JRPとしても横浜さんにはエコ寄りのタイヤを作っていただいたりとか、
まあ今燃料もね、色々と頑張ってやってるんですけど。
やっぱり時代がそうなってるから、そこは僕たちもね、
この業界ってやっぱり割とそこを疲れるじゃないですか。
そうですね。
ガソリン使ってるだ、タイヤ消耗してるだ、ギア使ってるわっていう風に言われるんで。
だからこの業界こそが、やっぱりそういうカーボンニュータラルに
目を向けていかなきゃいけないねっていう話をしてます。
向こう50年続けることができるようにっていう感じですからね。
あとはですね、監督、先ほどね、コンドレーシングの監督をされてるという話がありましたけれども、
ドライバー、山下健太選手と小高和也選手で参戦されてますが、どこですかお二人は。
えっと、健太はもう先がないの自分わかってるんだよね。
ここで何とか勝負かけなきゃいけないっていうのはすごくわかってて。
で、うちの持ってる全部の一番いいとこ取りを健太に渡してるんで、
ここで開幕2位に入ったんで、それなりの成績が取れたと思ってる。
で、僕もちょっとこれいいんじゃないか健太今年いけるぞって話はして、
彼はもう本当にどん底味わってるんでね。
だからまだまだエンジニアと話し合わなきゃいけないこともたくさんある。
で、小高に関してはやっぱり若さということと、
僕は可能性はあるドライバーだと信じてるんで、
もう少し何かが変われば化けるドライバーだと思ってるんですよね。
そこには小高ってわりと外見の評判が悪いんですよあいつ。
そうなんですか。
生意気だとか、どうにもなんないな、礼儀知らずだとかって言われてるんだけど、
僕のチームに来て、僕がコントロールすると、
わりと礼儀正しくきっちりいい仕事してくるんですよ。
なるほど。
だからそういう意味ではね、信頼関係はすごくできてる。
だからもう少し小高は育てたいなと思いますね。
開幕戦もちょっと焦ってね、あの順位で国本選手とぶつかっちゃったりとかしたら、
あの順位でぶつかるなんてありえないんで、
もっと前の方でやってぶつかるならいいんですけど、
13位、14位アラストってぶつけてレース1、2周でパーンにしちゃってるわけだから。
その辺もまだちょっとキャリア浅いなっていうか、
でもまあ育てますよ。
まあでも今シーズンまだ始まったばかりですけどね。
チームとしてはスーパーフォーミュラ監督の目指すところというのはやっぱりシリーズチャンピオンですか。
ですね。
チャンピオン獲得とは言い切れないんですけども、
やっぱりチャンピオンアラストに最後まで残っていられるような、
そういう環境にしたいなと思ってますけど。
あとはじゃあスーパーフォーミュラの会長としての、
2024年の目標をここまで持っていきたいっていうところはどういうところにありますか。
去年より若干盛り上がればいいなっていう気持ちです。
若干でいいんですか。
もう会長に就任して、
なんかあまりにも皆さんの期待が大きすぎて、
僕もちょっと鼻息荒かったかなと思うぐらい一年目頑張っちゃったんですよね。
でも僕会長に就任したときに、
スタートダッシュを決めたくないってことを言ったんです、会長としての。
それはもう将来的に、
スタートは良かったけど、
もう5年経ったらちょっとあれだったねって言われるのも、
尺なんで。
だからスタートダッシュは決めませんよ。
じわじわじわじわやりますよって言ったんだけど、
これまで1年目は本当にいい会長としての仕事ができたので、
じゃあ2年目またホップステップでいくかっていうと、
3年目ジャンプしなきゃいけないんで、
ホップステップまではいかない。
若干良くしていく。
徐々に徐々にやっていこうかなと思ってます。
でも今度会長が作り上げた1年間の上に、
今シーズンはジュージュ選手っていう新しい選手がまた来て、
要はJRP発信でなくても、
自ら選手からいろんなものが発信できるような選手も生まれてきたりとか。
そうですね。
やっぱりこれって海外の選手の影響力が強い。
あとやっぱり海外で鍛えられてきた日本人選手が、
日本に戻ってきた時の影響力が強い。
それにその刺激で日本で頑張っている日本人選手が、
やっぱり発信力。
SNSでいろんなもの発信して、
やっぱり人気選手にならなきゃいかんぞという気持ちになって、
くれたことが大きかったと思う。
そうですね。
僕も見ていて、
多分他の選手もすごい刺激になってるんじゃないかなって思いました。
あとやっぱりF1に乗る予定で、
そのレールに乗ってたけども予備軍でまだ終わっちゃってる選手が、
スーパーフォーミュラーに目を向けてる人が多いんですよね。
それもわかってるんですよ。
自分が人気なかったら、
外国人にこのシート取られちゃうよっていう気持ちも、
今の日本人ドライバーに焦りもあるんで、
それはすごくいい刺激になっていいことだと思います。
僕なんか古い人間だからあれですけど、
昔はフォーミュラー日本時代は、
フォーミュラー日本乗ってるとF1に行けるみたいな、
そんな流れがあったじゃないですか。
ありましたね。
今ちょっとそういう、
またスーパーフォーミュラーでそういう位置になってきたのか、
それからスーパーフォーミュラーっていうカテゴリーに魅力を感じてきてくれてるのか。
もちろんF1を目指すドライバー、
F2にいるよりもスーパーフォーミュラーの方が乗りやすいんじゃないかと思ってる人もいる。
もしくはF2の方がやっぱりF1の下でできてるんで、
FIAでできてるんで、そっちの方が早い。
両方ともやっぱり魅力のあるカテゴリーなんですよね。
でも、なんていうのかな、
F1のシートの、
1シート1シートが、
やっぱり価値観が上がっちゃってて、
高くなっちゃって。
F2のシートも高くなっちゃってるんですよ。
でもスーパーフォーミュラーも高いんですよ、すでに。
1シート1シート。
だから、僕はこれはすごくいいことだと思って、
価値観をつけていくのはすごくいい。
だから日本に行ってスーパーフォーミュラーすぐ乗れるよっていう外国人がいないんですよ。
あそこも相当難しいよってことになってるんで。
そのスーパーフォーミュラーのシートの価値観みたいなものもちょっと保っていかなきゃいけないなと思ってます。
そうですね。
そういった意味では本当に注目を集めているスーパーフォーミュラーですから、
ぜひ今シーズンもご覧いただきたいと思いますのでよろしくお願いします。
さあそして今ですね、横浜ゴムさんのお話、タイヤの話に出ましたけれども、
近藤監督と横浜ゴムの出会い
そもそも近藤監督の横浜ゴムとの出会いってどういうところから始まったんですか?
僕はもともとGT500をやりたくて、
まずその日産さん、トヨタさん、ホンダさんという選択肢から始まって、
横浜さんもそうなんですけども、他のタイヤメーカーの選択肢始まって、
で、一社一社訪問したんですね。
そうなんですね。
一社一社訪問して、それで中には厳しいこと言われるメーカーもありましたし、
中にはお互いやっていこうぜっていうメーカーもありましたし、
その中で一番の僕の組み合わせが日産と横浜さんだったんですよね。
それでGT500は日産でタイヤは横浜さんだっていうことになって、
一番お互いみんなで勉強しながら、いい成績を取りに行こうよっていうパッケージがそこだった。
だから2006年だよね。2006年からGT500、横浜さんとお世話になって。
それで僕もちょっと欲張りなんで、横浜さんにトントンとノックして、
GT500と横浜ゴムのタイヤ開発
ルマン行きません?つって。
ルマン24時間行きません?
コンドレーシングで車を全部用意しますよって。
で、タイヤを横浜さん作ってもらえませんかって。
横浜チャレンジしたいって言ってきたんですよ。
じゃあこれはいいねって話になって、
僕は最初の年はドームと無限とコンドレーシングと横浜でルマン行ったんですよね。
で、どうだったかな。
まあ感想ぐらいはできるようなスタンスだったんですけど、
とにかくルマンでアドバンカラーで走りたかった。
ルマンでアドバンカラーの車がユノディエールのストレート走ってるの見たら、
ほぼほぼ涙が出ましたから。
やったーって。
伝統のアドバンカラーですね。
そうですね。
なんで最近アドバンカラーなくなっちゃったんだろうね。
やりたいですよね。またやっていただきたいですよね。
かっこいいよね、アドバンカラー。
コンドレーシング24号車をアドバンカラーに。
ちょっと高いけどね、アドバンカラー。
まあでもね、そういった形で横浜ゴムさんとのきっかけが。
もう長いです。もう信頼関係ですね。
もうそれこそ何年行ったかな。
セパンのサーキットに1000本ぐらい横浜さんがタイヤ用意してくれて。
それで500のタイヤで。
で、2人のドライバーで。もうヘトヘトになるまで。
はい次これ、はい次これって言って。
ただやっぱりドライバーにはニュータイヤのテストができるんですごくいい勉強にもなったし、
あとタイヤの勉強にもなる。
ちょっとこっち側の方が柔らかかった、構造側だった、コンパウンド側だったっていうと、
ドライバーもどんどんどんどんタイヤを研究して吸収していくんで、
横浜タイヤさんのおかげで本当にうちのスーパーGTのドライバーは、
タイヤを見る目がすごく良くなったと思う。
監督はタイヤの評価っていうのは得意でした?
僕は得意じゃなかったけど、割と横浜さんとエンジニアが黙ってても割と当てる方でしたよ。
さっきよりこっち寄りですよねって言うと当たってる方でした。
やっぱり言ってくれないんですね本当に。
言ってくれないですよ。僕も言わないです。
しれっとタイヤ変えられて、その性能を素直にエンジニア方に伝えて。
そうですね。じゃあ次のタイヤってAの1番、Aの2番、Aの3番って言って。
で次Aの4番行くよってドンって投入するだけで。
でどうだった?って聞くと、いや今までの中で一番硬いですねって言ったら間違え。
いやいや今までの中で一番柔らかいんだよっていう。
まあいろいろとドライバーも試せるしね。
そうですね。やっぱりタイヤ開発っていうのはドライバーとしても一つ目標としてやりたいということですね。
もちろんですね。自分の腕も上がるし。
タイヤってやっぱりそんな安いもんじゃないから、どんどん投入できるのは本当にセパンのそのテストぐらいで。
そうですね。
うちは今年ナトリーが新人で入って、セパンのそのニュータイヤの1000本ノックみたいなのを受けて、やっぱ成長しました。
やっぱ違うんですね。
横浜ゴムのエンジニアとの関係
ちなみにどうですか横浜ゴムさんのエンジニアの皆さんっていうのは常日頃から接することが多いと思うんですけど、
その人となりというか、どういう人たちなのか。こういうリスナーの皆さんが聞くと、
違う意味でファンが。
そうですね。仕事に向きすぎちゃってるのかな。
もうちょっとさ。
それ褒め言葉です。
もうちょっと、なんていうのかな、お話ししてほしいわけ。
プライベート。
はいはいはい。
いやー監督昨日釣り行っちゃってさーとかって話とかね。
あそこの寿司屋がうまいんですよとか言ってくれればいいんだけど。
いや、今回のコンパウンドはですね。
何々と何々と何々方向を持ってまいりましたみたいな話で。
もう仕事が好き。
あーなるほど。
うん。
真面目、真面目。みんな真面目。
そうですね。
歴代のタイヤエンジニアですよ。真面目。
真面目なのね。
コンドレーシングはちょっと真面目じゃなさすぎるかもね。
逆に。
そんなことはないですけど。
まあでも長く一緒にやってお互いの目標はやっぱりGT5001回2回の優勝じゃなくてチャンピオンだねって話もしてるんで。
やっぱり真剣勝負するところは真剣に勝負しなきゃいけないな。
もうウエットなんてすごく良くなりましたよ。
そうですね。
この間の合同テストの時に僕タイヤのパターン見て変わりましたね。
まあそうですね。
そうですね。
GTのウエットのタイヤ。
良くなりましたね。
ドライパッチが出た時なんかはすごく発熱もしっかりするし、タイムもしっかり出る。
あとは持久力だとか耐久力だとかっていう問題にもなってくるけど。
温まりがいいっていうのはやっぱりいいですよね。
そうですね。
ちょうどこの収録の週がスーパーGTの開幕戦で。
この放送されてる時はもう多分開幕戦が終わってる時だと思うんですけども。
レインタイヤに関してはやっぱりそんなに雨量が多くない時の方が発動がいいですね。
いいです。
やっぱりまだまだやっぱり課題はあるし、
ただ多分皆さんあまりよくわからないけど横浜ゴムとうちのチーム、
まあよそのチームも一緒なんですけど、
割とウエットテストやってるんですよ。
はいはい。
3水車で。
バラ撒いてずっとコースを濡らして。
だから割と地道にウエットテストをやってたのがここに来て効いてきたかなっていう感じです。
しっかりと結果が。
だから今シーズン2024年は雨が降っても。
ですね。
まあそう言いたい。
言いたいんですけどね。
まあ本当にどのタイヤメーカーもそうだけど、
雨量とあとはその雨の温度、水の温度がやっぱり冷たすぎない。
冷えすぎた水だとやっぱり温まんないですよね。
そうなんですね。
だから夏の雨の日の方が強いかもしれないですね。
なるほど。
もう夏を雨漕いするしかないです。
でもドライもね、普通のスリックも。
もう早いです早いです。
ただ、今収録してるときはいいけど、オンエアされたら終わってるわけでしょ、1レース目が。
今年のスーパーGTの予選方法に問題があると思う。
あ、問題がある。
問題があるって言ってるのは、こんな予選方法じゃいかんって言ってるわけじゃなくて、
どのチームも頑張り甲斐がある、逆に言うと。
僕もそれプラスに捉えてる。
そう。
ビル側としては。
僕もそうです。
これをプラスにできるチームがやっぱり今シーズン持っていきますよ。
監督そこ深掘りしたい。
これはやっぱり、1本目のタイヤの使い方ですよね、きっとね。
そうですよね。
そこが問題。
ただ、これはやってみないと分かんない。
いや自分たちが思ってたほどしんどくなかったねっていうことになるか、
想像以上にこの予選方法って、もっといろいろ研究しなきゃダメだねっていうのか、
その辺が蓋開けてみないと分かんないけど、各チームシミュレーションもしてます。
うちもしてるんで。
だから、これは蓋開けてみないと分かんない。
そうですね。
僕らビル側としては、当然最初に行くドライバーはニュータイヤで行くんですけど、
2回目、今までだったら予選通らなかったら2人目って走んなかったじゃないですか。
まず皆さんが走るとこはまず楽しいのと、
あともう一つは、1回熱が入ってまた冷めてしまったタイヤで滑りやすい、
グリップがそんなにしないタイヤでどこまでタイムを出せるかっていうところは、
逆になんかセカンドドライバー職人みたいな人がいるんじゃないかなと思って。
そうですね。そこで逆にタイムを出し行くためにタイヤ削っちゃって終わらせちゃうと、
今度スタートタイヤで使わなきゃいけないわけでしょ。
そうですね。
だからそうするとレースが厳しくなる。
だからそういう意味では、
じゃあ予選頑張らなくてもいいんじゃないのっていう意見が出てきたりする。
ただ予選は今度上のほうがポイント付くようになったんで、
頑張ったほうがやっぱりポイント欲しい。
人参ぶら下げて予選やれって言われてると思うんで。
だから本当にちょっと、
このオンエアあれじゃなかった収録、
1レース目終わってからの方が良かったんじゃないの?
1レース目が終わる頃には近藤監督忙しくなっちゃうんで、
今しかないんですよ。
予測で喋ってますからね。
でも本当にですね、監督にはいろいろと横浜ゴムのエピソードをお話いただきましたけれども、
ただ監督ってやっぱり、
芸能界からレーシングドライバーになられてるじゃないですか。
レーシングドライバーってことじゃないですけどね。
レーシングドライバーですよ。
ルマーしてるんですよ。
監督のレース経験と感動
でも、あんだけ忙しい芸能生活の中でレーシングドライバーになりたいって、
もともとレーシングドライバーは夢だったんですか?
夢じゃないです、全然。
じゃあどうしてレースをやりたいと思ったんですか?
僕はレースっていう職業があることすらあまり知らなかったんで、
僕は日産のマーチのコマーシャルさせていただいて、
そのおかげでご褒美で富士スピードウェイに日産の広報の人に連れてってもらった。
そこで星野さんと会った。
星野さんの走りを見たりとか横に乗っけてもらったりとかして、
うわ、すごい世界だなって。
もし興味があったら、週末いつもここでレースやってるから見に来ないって言われて。
で、どっか空いてるとこ見に行ったんですよ。
本物のレース見ちゃって。
でも刺激がガーンってあって。
こんなにレースが好きだったら、アマチュアの草レースみたいなのあるよって言われて。
それから僕フレッシュマン出させてもらって。
そこからなんですよね、レースって。
デビュー戦いかがでした?
デビュー戦は多分予選落ちぐらいです。
30代中30位ぐらいで。
いや、僕絶対にそんなわけない。
普通の人より多少運転も上手い人だなと思ってたんだけど、
予選終わってこんなお腹の出たおじさんたちが車から出てきて、
俺あのおじさんに負けたのかと思った。
本当にぷっくぷくのおじさんたちが降りてきて、
こっちは汗びしょびしょなのに、向こうの人はそうでもないんですよ。
レースってこんなんだって思って、すごくショックを受けたんですよ。
それで次やった時には26番手ぐらいまだ。
20番手ぐらいってこんな感じで少しずつ上がっていったんですけど。
コントロール監督がレースやってる時はまだエントリー台数がものすごく多いから、
そうですね。
大変ですよね、上に上がることが。
僕F3やってた時に60代ぐらいいました。
60代。
AグループBグループでレースやってましたからね。
ちなみに監督がフレッシュマンに出た時は3万5千人ぐらい富士スピードウェイに来て、
多分今富士チャンピオンレースって名前が変わってるんですけど、
いまだに抜かれないでしょうね、3万5千人は。
でも客席が黄色とピンクだったって言ってました。
まあでもそんな芸能界からレース、レーシングドライバーデビューをされて、
一番監督が記憶に残ってるレースってどんなレースですか?
どこかな、GT500で関谷さんとかペドロだったかな、
都合でやり合った時に抜けなかったのかな、ペドロがミスして抜けたのか覚えてないんですけど、
その時にその一流選手と都合で順位争いをしてたんですよ。
結果じゃなくてその時にちょっと涙が出そうになったことがある。
あーなるほど。
俺ここまで来れたんだって。
その時はねGT-Rのクレ556の車に鈴木敏夫さんと組んで乗った時だと思うんだけど。
グルーペですかね?
GT500です。
で、敏夫さんからバトンを受けて都合でバチバチ戦ってる時に、
たぶん3位4位5位争いくらいを関谷さんとペドロと僕とでやってた時があって、
その時に、すごいことやってるな俺って思った。
ならたるドライバー達と。
そう、昨日までベスト10歌ってたのになみたいな。
今日はもうここでプロと戦ってるよとかって思ったことがあります。
その時の方がね、優勝したとかそういう時よりインパクトあった。
あーそうなんですね。
まあでもやっぱりそのドライバーとして結果も残したいっていう気持ちもあると思いますけど、
やっぱりその周りの環境にまずは、一緒に戦ってる人たちに感動していた。
そうですね。やっぱり今も言ったけど、
昨日までテレビで歌歌ってて、今日サーキットに来たら、
マッチ昨日まで歌ってる人いるよっていう。
だからちょっとこう、斜めに見られたところもあった。
入りたての頃はねさすがに。
でもだんだんだんだんその成績とかバトルとか見てて、
あ、なんかこいつ今まで来た芸能界の人とちょっと違うなみたいな、
そういうスタンスで見られたっていうのがやっぱり一番嬉しかった。
そうですね。でも事務所の反対とかなかったんですか?
反対はあったんですけど、
事務所の上層部が許可しちゃってたんで。
なるほど。
だからそこはもう気をつけていくしかなかったっていう感じですね。
なるほど。じゃあご自身の監督の当然芸能界のスケジュールの中でも、
レースのスケジュールっておのぞと決まるじゃないですか。
そこだけは仕事はいらないと。
そうですね。最初の頃は本当にフレッシュマンなんか半年に一回ぐらいしか出てなかったんですよ。
でもF3に出るようになってからはやっぱり月一ぐらいにレースがあったんで。
そこからは結構スケジュールの調整が忙しかったけど、
でもその時ぐらいには芸能界の方はちょっと暇になってきたんでちょうどよかった。バランス的には。
まあでもね新しいものを見つけてっていうレースを転向してきたわけですけれども。
好きなサーキット
ちなみに監督が走ってみて一番楽しいサーキットってどこなんですか?
僕実は得意なサーキットがあって、そこはオートポリスが僕は割と早かったんですよ。
オートポリス?九州の?
はい。
何かあるんですかね?
どうなのかな?オートポリスって割と好きな選手多いんですよ。
でもそうですね、最後の方の山岳とちょっと上りの区間が楽しいっていう方もいらっしゃったりとか。
それもあってなのか、僕オートポリスは割と自分が思ったよりもタイムが良かったりとかしてて。
タイム的にはそうですけど、サーキットで好きだと言うとやっぱ富士が好きですね。
富士スピードウェイ。やはり育ったところというか。
そうですね。
始まったところですもんね。自分のレーシングドライバーの歴史が。
富士でずっと育って育って育って、鈴鹿に行ってショックを受けて。
富士は割とシンプルですごく難しいサーキット。鈴鹿はテクニカルで難しいサーキット。
鈴鹿に行った時は衝撃的だったよね。
近藤真彦さんの車と横浜タイヤ
やはり富士スピードウェイと鈴鹿サーキットはだいぶキャラクターが違いますからね。
そうですよね。
というわけで、今までその話も伺いましたけれども、
僕ね、ずっと近藤監督に聞きたかったのは、
近藤監督って運転手の方に乗せてきていただいてってイメージがすごく強いんですけど、
近藤監督自身はお車って持たれてるんですか?
これは持ってますよ。
持ってますけど、本当にいやらしいこと言うようですけど、
もう車主どうせ聞かれるから言いますけど、
本当にラッキーなことに僕が買えた車は、
2024年モデルのGT-Rでございます。
そうなんですね。
みんなに本当にくじが当たったんですか?って。
ラッキーだったなって言うんですけど。
今GT-R持って、たまにやっぱり乗ってます。
そうなんですね。自身で運転をされて。
ドライブする時にGT-Rで、仕事行く時は僕どうしても用事があったりとか、
電話しなきゃいけなかったりとか、仕事があるんで車の中で。
だから後ろに乗ることが多いんですけど。
なんかやっぱりいいですね、自分の車持ってるって。
自分の車でドライブをしながら、近藤監督はいつも曲って聞くんですか?
ラジオですね。
ラジオ。
操作の仕方がわかんないね。
ラジオの操作できるんですけど。
皆さん器用に、自分の携帯に入ってる音楽を飛ばして聞くじゃないですか。
あれがなかなかできなくて。
ちょっと今イメージダウンですね。
歌手なのに。
そうなんですね。
でもやっぱりそのGT-R乗って、一番最近遠く行ったってのはどこなんですか?
GT-Rで遠くに行ったっていうのは、富士スピードウェイとか鎌倉とか湘南方面とか。
あの辺では結構行きますね。
タイヤは?
アドバンスポーツ。
いかがですか?
もうアドバンスポーツ、歴代僕車全部アドバンスポーツ書いてますから。
そうなんですね。
そのこだわりはなんですか?
僕はあそこの浜崎橋の左側のコーナーで決めてます。
絶対Xでトレンド入りしますよ。
浜崎橋のレインボーブリッジから降りてきて、左側のコーナーでやっぱりアドバンスポーツ決めました。
アドバンスポーツ決めたんですね。これだと。
これだと決めましたね。
なるほどね。でもやっぱり普段だけに履いてもアドバンはいいですね。
僕は好き。
どういったところが好きですか?
なんていうのかな。やっぱりちょっと贅沢なんですけど、やっぱりグリップが好き。アドバンスポーツのグリップの仕方が好き。
消耗はしますけど、さすがにね。
でも僕はやっぱりそんなに毎日毎日乗るわけじゃないんで。
だからやっぱりスポーツ信用してる浜崎橋のあのコーナー。左のコーナー。
ハンドルから伝わってくる感覚ね。
ちょい濡れでも行けちゃうところ。
ちゃんと法定速度でね。
もちろんですね。もちろんもちろん。
なるほど。そういうのがあるんですね。やっぱりね。
でも僕本当に横浜育ちなんで、横浜タイヤ大好きだから、こんなこと言って横浜の人喜んでくれるんだろうなと思うんだけど、本当に泊まってる車でも見ちゃう。
いい車泊まってるでしょ。どのタイヤ履いてんのって見ちゃう。
要するにメーカーだと横浜の社員みたいな感じでちょっとがっくりきて、ポルシェとかでいいポルシェ泊まってるなと思ってパッて見て横浜タイヤ履いてると、できてるねこのポルシェと思っちゃう。
本当にそう思っちゃう。
さあ監督。そろそろお時間のほうがですね、参りましたので。
ありがとうございました。
近藤レーシング監督のメッセージ
最後にリスターの皆さんに一言。
そうですね、横浜さんと一緒にずっとお仕事させていただいてきて、いい時も悪い時もずっと一緒なんですけども、もちろんどのタイヤメーカーさんもそうなんだけど、いい時も悪い時もある。
でも今年は絶対いい時にしたいんで、そのためにセパンに行ってガンガンテストしてきましたし、岡山でもやりましたし、だから皆さんの本当に期待に添えるようなレースしますから、
ぜひぜひ近藤レーシングとGRPの会長の近藤雅彦をぜひ温かく見守っていただければと思います。
ありがとうございました。
さあというわけで本日のゲストは近藤レーシング監督の近藤雅彦さんでした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
今回は近藤雅彦さんと横浜タイヤのテーマについてお話しいただきました。
まあ皆さんいろいろとですね近藤監督の普段見れない姿を見ることができたと思います。
僕もですね昔からこう憧れている方だったので、今日は本当に夢のような時間でした。
さてこの番組では皆様からの感想や質問を大募集しております。
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それでは次回のエピソードでお会いいたしましょう。
お相手は勝又智也でした。
さようなら。
39:08

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