思考の枠と読書体験
皆さんこんにちは、やす@衰退国の地方サバイバー魂がお送りするすすめマイウェイラジオ。本日はですね、
無意識のうちに規定される思考の枠組みですね、に気をつけたいなと思ったというテーマでお送りさせていただきます。
内容的には、この間サウナの後に革みの本を読むのがめっちゃお勧めだったという
放送に関連した内容になるんですけれども、
そうですね、その放送の際にはサウナでちょっと
デジタルデトックスじゃないですけど、1時間2時間ぐらいですか、携帯だとか一切そういうのに触れることがなく、
音霊交換浴って言うんですかね、
要は、すごく交換神経、副交換神経のバランスが良くなることに1時間2時間ぐらい、それこそ瞑想みたいなもんですよね。
意識を集中しながら雑念にとらわれることなく過ごした後、
もう頭の中にですね、邪念が一切ない状況の時に、たまたまサウナ上がりの休憩室にあった気になっていたハードカバーの本ですね。
哲学書だったり心理学書として扱われている、1950年代の名著なんですけれども、
めちゃくちゃその普段だったら読めなかった
論文ではないんですけどね、書籍にめちゃくちゃ没入することができて、
ものすごく2時間ぐらい集中して読むことができたということをお話しさせていただいた時に、
やっぱり紙の本だとデジタルのパソコンだとかiPadだとかで文献読むのとは全然違う
理解力と集中力と記憶の中の定着が起こるんだなということをお送りさせていただいたんですけれども、
そこからですね、改めてハードカバーですね、の書籍を
いわゆるメルカリで結構安く皆さん出品していらっしゃるので、メルカリって個人がやっていらっしゃるのが大半なので、
Amazonとか楽天とかで見る中古の書籍の価格よりもだいぶ安いんですよね。
で、これいいなぁと思って、例えばKindle本として持っているものだったり、
まだKindle本すらも書いてない、違うな、あとあれですね、 新書で持っていたりするやつ。
改めてもしかしてこれハードカバーで読んだら全然違うんじゃないかなというところで、
数冊取り寄せてみたんですよね。
昔、大学生の頃ぐらいまではハードカバーで読んでいるのが、
まだKindleがそんなにメジャーじゃなくて、 それこそ僕大学時代の頃に内容スキャンしたりだとか、
自炊するみたいなのが出てき始めたぐらいの時期だったんですよね。 だからやっぱ紙で読むっていうのが結構基本で、
ゼミとかでも、例えばその書籍を、
該当する箇所をコピーしてきて制読替えするだとか、 そういうような時代だったんで、昔はそのハードカバーで読むっていうのが普通だったんですけど、
忘れていたんですけれども、 ハードカバーの本ね、
やっぱりそんなに大きくないように見えて、 それこそ今時のiPadとかノートパソコンに比べたら全然小さいんですけれども、
まずね、やっぱり書籍って見開きのページで読むじゃないですか。 そうした時に紙面のサイズはもう全然、
MacBookだとか、
iPadの大きいサイズの方ですね、ディスプレイサイズ並みぐらいは普通のハードカバーであるのかな。
さらに驚いたことに、 文字のフォントが小さいんですよ。
たぶん9とか8とかなのかな。 結構小さいフォントで文章、8よりも小さいかもしれないですね。
書かれていて、それがその 大きめのiPadだとかMacBookのディスプレイサイズ、
丸々ぐらいの画面サイズの中にバーって文章が書いてあるんですよね。 だから昔はそれが普通だったんですけど、いつの間にかそんなにみっちり
文字が載っているものを読むってことがなくなってたんだな、とか。 やっぱりそのハードカバーで読むと
情報量も、見開きの中に入っている情報量が結構しっかりした量あるので、一つのページに集中して読めるんですよね。
社会人になってたまに読むことがあった新書サイズとは比較にならない情報量だし、
Kindleの本体といいますか、アプリじゃなくて、ああいうもので読む画面も小さいんだなっていうのを改めて認識したり、
デジタルからアナログへのシフト
スマホで読むなんかも論外の画面のサイズ。 この一つの画面の中に映し出される文章量の中で
須諾したり、遂行したり、何回か読みこなしてみる時、やっぱ集中力もそもそも
そりゃ変わるよねっていうのを実感しているところです。 そこから何かっていうとですね、僕たまに
iPadでノート撮ってるだとか
文章を読んでる。 いくつかのファイル開いてバンバン切り替えながら読んだりする時に、なんか狭いなっていう感覚が
たまにあったんですよ。
でもノートパソコンのディスプレイであれれば、そこまでストレスないかなぐらいな感覚にある意味強制されていたんですけれども
そもそも最近、賃貸不動産の業務をやっている
その仕事環境というのは結構紙ベースだったりとかして、机の上に紙広げて 契約書を何枚か広げて修正したりだとか
訂正したりだとか処理したり っていう作業をしていく中で
この会社に移る前までは基本的にパソコンの中で処理が全部完結するような仕事のやり方をしてたんですよね
全部データ出しみたいな からするとやっぱりだいぶ狭く狭く
思考の集中する目の前のスペースだとかね なってたんだな
でそれがなおさらその情報を取得するときの 本とかね読みこなす時にせいぜい画面のディスプレイ
パソコンのディスプレイが一番大きいと思っていた 自分のこのいつの間にか小さい画面の中に表示されているものの中で
物事を考えるみたいな 読みこなすみたいな この環境って
とても肩も凝るんですけれど目も凝るし肩も凝るし さらに
一つの画面の中で表示される分量がすごく少ない 結果
えーと 何なの集中力もそうだけどなんか考えることが
何回かね戻って読んだりするその論理 遂行能力っていうんですかねちょっと言葉が今パッと出てこないんですけども
ものすごく小さい中にまとめられてしまっていたなということを 改めて実感しているところです
でこれってその例えば企画書を書く時とかももう今時パソコンで作ると思うんで あのワードなのかそれこそその資料作成ツールなのかいろいろあるんですけれども
それにしたってその画面の中にしか表示されない レベルの中であーだこーだ考えたりするっていうのがこれ思っているよりも自分の限界値というか能力値ですか
すごくすごく 小さな枠の中に
押し込めているかもしれないなという 危機感危惧を感じたところですちょっとねあの時代にが逆行するのかもしれないんですけれども
目の前に 企画書だったら5枚あるとしたする全部広げて考えてみるだとか
ちょっとデジタルからアナログ逆DXっていうんですかね みたいなことも意識的にちょっと取り入れて
いきたいなとこの2025年のAI元年 もう過ぎたぐらいの時代ですけれどもそんなことを感じた次第でございました
皆さんの中でもですね何か体験談だとか私の場合こういうことをしてますだとか ありましたらぜひコメント等いただけると嬉しいです
ではまた次回もよろしくお願いいたします やす@衰退国の地方サバイバー魂でした