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のみ
確かにそう考えるとそうだよな。
どら
そうだね。分かんないもんね、そこまで。
なんかそういう歴史、よくほら、ドラマとかでね、歴史的にそれが正しいのか正しくないのかとかあったりするけど、
そのインディアンの話はでもまさにイメージがもう、なんかインディアンは馬に乗って、みたいな感じっていうのは、なんかイメージとしてついちゃってるから、
難しいよね、でもなんかもうこれがイメージとしてついちゃってるから、それを、あれは実際に、もちろん今の人たちネイティブアメリカの人たちは馬乗ってるんだろうけど、
馬使ってるのかもしれないけど、でもなんか本当はヨーロッパから来ました、みたいな話とかあって、確かにちゃんと知っておくべきなのか、
のみ
まあ、so what だけどさ。 そう、so what なんだけどね、確かに。
どら
なんかでもそのステレオタイプみたいになってくると、なんかそれは正しくなかったっていうのはなんか、ああって思ってちゃんと知っておいた方がいい気もしないではないし。
のみ
でもそう、今ドラちゃんが言ったように、そう聞いたところで、理解したところで、知識になったところで、でも自分の気持ちが変えれない。
そう。 どうもそうは思えないというか、なんていうのかな。
そういう時であるよね。あるある。 そっち怖いよね。 すごいもう。なんかでも最近はね、ちょっとそこはちょっとね、なんだろう、諦めを感じていて、
どら
その知識としてとか、その理性ではわかるんだけれど、感じ方ってやっぱり変えられないよね。
なんかそこを感じ方を、なんだろう、調整するというか、それってやっぱりめちゃめちゃ難しいし、
いや、もしかしたら不可能なんじゃないかなっていう気がね、最近はやっぱりして、なんかじゃあどうしようっていうのをなんかすごい考えてるんだよね。
なんか言わないようにしようとか、わかんないけど、その感じたこととかを、言わない方がいいのかなとか、なんかすごいね、自分でも悩み、悩みじゃないけど、なんかね、最近ちょっとある。そういうのが。
のみ
そう、だからね、もうリンゴが好きでみかんが嫌いだったら、どう言われてもみかんを好きにならないといけない。 そうそうそう。それはもう変えられないもんね。
どら
いくらさ、みかんがじゃあ、今どっちか忘れたけど、例えばね、食べたら健康になるよとか、そういうなんかすごい理性的なことで、こっちが、こっちの良さをすごい語られたところで、自分の好き嫌いは変えられないよね、やっぱりね。
のみ
ね。 みかんが登場しない限り、みかんの味がしないみかんが登場しない限り。
どら
だったら食べる意味があるのか、くらいの感じになってくるもんね。 そう、好みって、しょうがないよね、なんかね。
のみ
いやなんか、なんだろう、アメリカという国をよくわかっては、正直ないけど、留学してたり、アメリカ側の映画とか文学好きだったし、アメリカのジャーナリストの本読んで感動した新聞記者になりたいな、みたいな、
なんかそんな風に生きてきたから、アメリカがどんなに仮にクズな国であっても、もう大好き嫌いは変えれないっていう、なんていうの。 そうそうそう、そうだと思う。
誰が事実をこう言われても、いろいろ、映画なんか見て、わー面白かったみたいなのが政治的なことだったり、こんなことを隠してたのか、それ自体が事実かどうかわかんないけど。
なんか別にトランプになろうが、どうなろうが、こう自分がアメリカというもやっとした全体として国を好きなことは一生変わんないんだろうな、みたいな。 そうだねー、そういう感覚って多分、なかなかやっぱり変えられないような気がする。
どら
思想。 しかもなんかアメリカって別にね、すごい複合的なものであって、なんかそのアメリカ政府がアメリカなのかとか、アメリカ国民がアメリカなのかとか、
カルチャーがアメリカなのかとか言い出すと、何に対して自分が好きだって感じてるのかって総合的に決まってるから、なんか、大統領が変わったから嫌いになっちゃうみたいな、そういうのともなんか違う気がするよね。
だからそれは国、アメリカの場合はそうだし、いろんなものが、個人とかだったらこの人好き嫌いっていうのはもしかしたらガラッと何かがあったせいで変わるかもしれないけど、
複合的にそのアメリカっていう例えものだったらアメリカっていうものが決まってるから、それとそういう場合は得より難しくなっちゃうよね、さらに。
のみ
そうだね。だからそう考えると別に好き嫌いという言葉に意味がないんだろうね。なんか簡単に使っちゃうけど。
どら
そうだね、確かに。
のみ
まあ別に嫌いでもみかん食えと言われれば食うし。
どら
そういう時もあるよね。
のみ
そこまでそう死ぬほど嫌いなことはあるかと言われると。
どら
死ぬほど嫌いなものもあるけど食べたくないものは、自分も。
のみ
アレルギーが出るとか。
どら
まあなんか、じゃあ本当に味が嫌いっていう、なんか味とかいろんな歯触りが嫌いとか、そんなないけど。
だからそう、そのレベル感は、好き嫌いのスペクトラムは結構、すごい細かいよね。
すごい本当にダメって、完全にダメってところから本当に好きで毎日食べたいって、食べ物の場合だけど例えば、そこまで。
のみ
そうだよね。
これなんかだから、好き嫌いっていう言語に騙されてるというのか。
どら
そうだと思う、確かにそうだね。
のみ
そういう、育っちゃうよね、やっぱりこういう言葉って大切だよね。
どら
そう。
のみ
好き嫌いっていう言葉がなかったら、私はみかんは食べない。
食べるとアレルギーが出るから食べないとか。
どら
そうだと思うよ。
のみ
見るのはいいし、むくのはいいけど別に。
1個まではいいけど。
どら
だから上司、部下もそうだしそうなんだけど、その言葉によってなんか自分の考えが勝手に当てはまってしまうということが良くないなと思っているので、でも好き嫌いみたいなのはすごい究極的に1か0かみたいな、白か黒かみたいなのは、
なんか二元的な、二元論的なのはね、危険なことが多いよね。
それこそだから、差別とかもそうだし、男女みたいなのもそうだし、なんか多様性とか言ってる時代なので、なんかいろんなことがそういうふうに1か0か、白か黒かみたいなことに関しては、なんかめんどくさいんだけど、ちゃんとなんかそれ、そうなんて言うんだろう、
1か、本当に1か0の話なのかこれはっていうのはなんかね、普段から意識してるともしかしたらなんかもう少しなんかいろんなことが楽になったりするのかもしれないね。
のみ
そうだね。01なことってそんなに。
どら
そんなないんだよね、実はね。
ないよね。
そう、なんかそれはなんか、経験というか年を重ねてくるというよりさらにそれを思うよね、やっぱり。
のみ
なんか反省とか後悔とか、政治家や経営者がなんかの時に謝罪してる言葉、本当はどういうことなのかよく分かんないね、なんていうの。反省って僕は自分で人生でしてるのかよく分からない、なんていうの。後悔とか。
どら
そうだね。
のみ
ちょっとこれ反省してんだよな、あんなミスしちゃってって言ってるけど別に、反省ってなんだ?とかちょっと習慣的にみんなが言ってるから言ってるけど、挨拶みたいなもので。
どら
そう、そういう言葉ってあるよね、挨拶みたいに使っちゃう言葉って。
あんまり意味もなくっていうか意味を考えずに、本当本来の意味を考えずに使ってる言葉ってあるかもね、確かにたくさん。
のみ
言葉が多いとすごい軽いな、この人ってなんか。
どら
うんうん。そうね、確かに。
そう、だから最初の話に戻るけどさ、なんか自分が言ってたことをさ、後で聞いたら、こんなこと自分が言ってたんだっていうのを感じると、
あーなんか自分もすごい口から出まかせまでは言わないけど、いろんななんか適当なことをその場に思いついたことを適当にいろいろ言ってんだなって思うときがちょっとあって、なんかね、それは良くないね。
のみ
それは反省。
どら
反省しないといけない。それこそ、それこそ反省しないといけないよね。
なんかまあ、自分でもそう思うし、いろんなところでそういうことを仕事的なところでは言うんだけど、やっぱりなんか一挙手一投足、ちゃんと意味付けで、ちゃんとこれはこの言葉を今言うことが正しいのかとか、この行動を取ることが正しいのかとか、
本当はこう、一時もそういうなんていうのは油断せずに生きていかなくてはいけないんだと思うけど、それってやっぱりめんどくさくてというか、そんな緊張してずっと24時間生きていけないので、まあそういうふうに言うは言うけれど、実際にはやっぱりできてはいないのかなっていうのはあるよ。
もちろん頑張って、なるべく頑張りたいと思うけど。
のみ
自分だけが原因で何かが起きるってことが全くないとは言えないけど、大人になるとなんか限定されるような気が。
仕事でミス?いや俺のミス?いやそうも言えるけど、でもそれってこれがあったからだったんじゃないの?みたいななんていうのは言い訳なのか、何だろう。
なんかその、今みたいに自分の発した言葉を後から聞いてみて、あ、これちょっと自分的に好きじゃないから反省は確かにあるなと思ったけど、なんかあんまりそういう思考が良くないのかな。
会社の社長なんてそれは当然社長だから謝る、プレーをするのはあなたの責任というか役割だけど、そこで反省しますって言葉を言うけど、本当に反省なんかしてないよね、たぶん。
知らないけど本当に反省してない人もたくさんいるだろうし。 いやしてないよ絶対。よく会社、うちなんか社員何万人もいるからさ、それ何万人が何かしたってそれは知らないよしょうがないよねって言ってるの実際に聞いたこともあるし、
まあ実際そうだと思うよ。実際そうだと思う。 ただ謝るのは役割だから。そうそれは役割だからね確かに。だからやっているだけで。
改善しないとまたペナルティ評判にもないし売り上げも落ちるから。 心の底からやるべきだと思っている、わけではないけどもやる。
どら
そうそれはさっき、さっきのというかさっき話したようなその会社の一員として、会社の社長としてのその人の役割であって、個人としてどう思っているかっていうのは全然また別の話なので、それはそれで正しいと思うんだよね。
のみ
そうだから本当の反省、本当に反省するほどの悪行をあんまりしてないだけか。
どら
そうだねそうかもしれない。 まあそもそもでもさ、会社が謝るって、社長が謝るのはわかるけど会社が謝るって声はなって、意味がわからないというかね、会社として謝るってどういうことって感じになっちゃうから、
それでしょうがないから顔としての社長が謝らなくてはいけないっていうことだと思うから、まあしょうがないそれは役割として。
のみ
まあでも確かに。 社長はアバターにしちゃえばいいんだね。うちの会社はアバターこんな外見です。
どら
でもなんか会社のメッセージってさ、なんかほら僕のもう一個やってるあのポッドキャストなんかまさにそうなんだけど、
会社、昨日そうまさにまあこれ自分たちの方が先に出ちゃうかもしれないんだけど、
どら
会社の人間性みたいな話をちょっとしてて、そのなんかメッセージを最近持っている会社って多いじゃない、そのミッションであるとかこういうふうになりたいとかパーパス的なことで、パーパス系的な。
会社のやっぱりなんか顔っていうかさ、なんかあるじゃん、この会社はこういう性格ですっていう、なんかまあ人間的な言葉で言えば、
こういうことを目指しているので、こういうことをバリューとして大切に思っていますっていう、人間的なことを言うじゃん会社ってやっぱり人格がある、
法人って言い方があるくらいで、人格化されていると思うのね、ある程度。だから、
それってやっぱりもっと人間化させていかなくちゃいけないよねっていう話をしてたんだけど、なんか、
もしかしたら本当キャラクター的なものになって出てくる可能性もあるのかなというのは確かにあるかもしれない。
のみ
ああいうパーパス、最近ね、流行り、昔から、アカデミアの人もなんかキャッチーな言葉で。
どら
そう、あれ言葉が変わってるだけだよね、基本的には。
のみ
そうそう、中身は、結構ね、そういうのを何十年も本読んでると、これ昔で言う、こういう流行った言葉よねって流行りになるからさ。
どら
いや、本当そうだと思うよ。
のみ
パーパスなんて多分3、4年したら消えてっちゃって、また違うみたいなのがどこかで出てくると思うんだけど、
まあね、アカデミアの人もお金稼がないといけないから、
どら
新しい言葉で。
のみ
しょうがないんだと思うんだけど。
まあね、ビジョンだったり存在意義だったり、何でもいいと思うんだけどね。
どら
そうそう、経営理念とかね、昔から別にそんなの言ってるからね。
のみ
それはもうちょっと、本当にそう思ってんのかっていう。
どら
そっちの方がずっと大切だからね。
のみ
で、コングロマリットになってくると、そういうのも難しいんだよみたいなことになっちゃうからさ。
どら
そうだね。
のみ
でも、今何に注力したいのっていうのを、そういうメッセージにすべきかなと。
会社の問題なんてね、いろいろあるけど。
どら
いや本当、コングロマリットみたいになってくると、本当そのコングロマリットとしてのミッションとかパーパスって何ですかってなってくると、
いや、資源の最低、資源というか利益の最大化ですよって言われちゃうと思わそうかなって気がしちゃう。
それになっちゃうよね、そっちになっちゃうよね。
コングロマリットになってくると難しいと思う。
何かそれが世界を前進、良くするとか、人類の幸福がとか、そういう話なのかもしれないけど。
本当にそうならばいいけど、本当にそれでそれをやってるならいいけど、
後付けでっていうか単純に聞こえが良くするためにつけるようなパーパスなんだったら、本当にやめたほうがいいと思うし。
のみ
ね、勝手に社長が考えてやるならいいけど、それにどっか代理店でも絡ませて何千万も払ってんのはおバカとしか思えない。
どら
バカバカしいよね。っていうかむしろ逆でさ、なんかよくわかんないんだけどさ、そういうの作ってみたいな感じで投げて、完全に投げて、
何か言われた通りにやって、別にそれとは会社は全く関係、そんなことを日々考えないで経営してるみたいな会社があるような気がしないではないから、
そういう会社は本当に反省してくださいっていう感じがするけど。
のみ
儲かってるならいいけど。
どら
儲かることがね、必ずしも儲かっていいことしてるかわかんないから難しいけど。
社員はハッピーだろう。社員とか株主はハッピーかもしれないけど。
そういう時代じゃないじゃない?やっぱりなんか、それでやっぱりね、他の問題起こしてるんだったらやっぱりちゃんとそこもチェックされる時代にはやってきてると思うけど。
のみ
たまに大金かけるかどうか別にして、ロゴマーク変えます、キャッチコピー、タグライン変えますってやると、なんとなく新しさを感じる?
どら
そうだね。
のみ
みたいな、だからフル、東芝とかああいうちょっと困った状態になったような時とかにちょっと変えると。
どら
イメージを変えたい。
のみ
イメージを、そうそう。社員に対して、外部はどうでもいいけど、社員に対してちょっと、後、新たに頑張ろうね、
どら
うん。
のみ
ことを視覚的に表現したいという気持ちはわからなくなるけど。
どら
そうだね、確かに確かに。
それでお金を取ってた人がよく言うよねっていうのかな。
いやーでも、すごい一大プロジェクトだからね、ロゴ変えるとかね、大変だよね。
のみ
ソニーのロゴ、あれ、昔は、なんていうの、Sのサイズがちょっと細くなるとか、それが圧倒的に細くなるわけじゃなくて微妙に変えてるみたいな時代があって。
どら
うん、あったね、なんか。
のみ
こだわりを持って、そのデザイナーさんが語ってくれてた時によくわからないと思ったけど、今はちょっとはわかる気がする。
それを社内で
そんな細かいところに、誰もわかんない、何バカなことやってんのっていう細かいところにソニーの商品はこだわるんですっていうのを伝えるためって説明を受けたら、
どら
ロゴとか書いて別にロゴの部門の人が勝手に書いてるんじゃなくてさ、
そこに思いがあってどうしてこれはこうなってるのかって、
もちろんロゴ部門だけで完結する場合があるのかもしれないけど、
会社全体の話だからね結局。
のみ
そうだね、会社の課題があってそれを表現する、
なんていうの、手段というか視覚的に訴える一つのツールで、
そっちが先じゃないもんね、会社の今直面してる、
いろんな課題あるけども特にここを重視したいって思ってる課題を表現した形で。
どら
そう、それの現れの一つだからね。
のみ
変えるならね、そうね。
どら
そもそも僕ずっとなんかもうマーケティング、
まあマーケティングみたいな仕事にずっと関わってるから特にそういうところに敏感なんだと思うんだけど、
なんかマーケティングってすごい勘違いされがちでさ、
なんか広告っていうのがすごいまた強いから広告に引っ張られるのがあるんだけど、
マーケティングってなんかさ、本来あるものをもっとよく見せるために、
時には誇張したり嘘をついたりしながら、
なんかもっと物を売るようにする活動だと思ってる人が結構多いんだよね。
なんかね、それがすごい悲しくて、
いやマーケティングはむしろ全く真逆ですっていうか、
嘘つくとか誇張してるんでしょとか、
売るために適当なことを足して、
華美にお化粧してるんでしょみたいなイメージかな、
なんかそういう風に言われることがあって、
すごいね、がっかりするとか残念に思うことが結構あって、
広告のせいっていうか、
広告のせいですとまた広告業界の人に怒られるけど、
マーケティング全体がそういう風にね、
なんか勘違いされていることがすごく多いような気がして、
とっても悲しい気分になります私は。
うさんくさいと、要は。
未だに思ってる人がなんか多いんじゃないかなという気がするんでね。
悲しいです私は。
のみ
例えば商学部とか、あるいは大人になってからもいろんな、
グロービスじゃないけどそういう学びの場で、
会計とか財務とかは分かるけど、
マーケティングって勉強するもんなんですかっていう人がいた。
どら
そうだよね。
のみ
金儲けしてキャッチコピー作りの勉強ですか?
どら
そうなの、そうなの。
マーケティングってそう思われがちなの。
本当に嫌だ。
そこがなんかね、
マーケティングの社会的地位がね、
すごい低い気がする。
勘違いされている気がする。
すごい嫌だ。
のみ
知的な会社を、あるいは商品を、サービスを、
適切にやってもらいたい人たちに伝える知的作業というか。
どら
いや、そうなんだよね。
まさにだってさ、マーケティングって言葉がまさにそのままなんだけど、
市場、マーケット、市場じゃないだってっていうか、そこをなんかさ、
市場のことを理解して市場に対して市場が欲しいと思うものを生み出し、
それを届けるという活動、そしてそれを正しく伝えるという活動がマーケティングなわけだけど、
なんかね、マーケティングって本当、
うん、なんか言葉がカタカナなせいなのか知らないけど、
なんかうまく伝わってないなっていうかね、
なんかよくわかんない、ふわっとした、
人によってはマーケティングって広告のことでしょとかキャッチフレーズのことでしょとか、
なんかそういう風になっちゃうから、
いや、マーケティングってもっと奥深いんですよみたいな、
製品の価格付けの戦略とかもマーケティングの一部なんですよみたいな、
なんかそういうのって、
勉強、やっぱり体系的に勉強しない人にとっては全くきちんと理解する、
しかもマーケティングって会社によってやってることがだいぶ違ったりするんだよね、
で、範囲とかもだいぶ違ったりとかするから、
いや、本来はそれはマーケティングの仕事ですっていう仕事が全然違う部署に入っていたりとかするから、
もちろんそれ自体は別にいいんだけど、
なんかもうちょっとマーケティングという言葉をきちんと正しく理解してもらう活動が必要なのではないかという気がしてきました。
マーケティングとは。
のみ
今出来上がったものをいかに売り上げを伸ばすかに、
その狭い範囲での定義になりがちだよね。
どら
すごい狭い範囲になりがち。
本来はそれこそプロダクトマーケティングという言葉があるくらいで、
市場が欲しているというか市場に投入したら人々の生活が良くなるだろうなとか、
人々の問題が解決できるだろうなと思うものを作っていくのもプロダクトマーケティングの仕事だったりするから、
なんかそれってもっとすごい全然上流の話ですよっていう、
のみ
商品企画とか。
どら
会社の方が理解していないから、
商品企画とかマーケティングだからね、ある意味広い意味で考えると。
どら
そもそも同じ会社で働いてるんだからさ、目的は一緒なわけじゃない。
それなのにそういう部門間の何かいざこざがあるのってすごいもったいないなと思う。
のみ
そうだね。構造の問題かリーダーの問題か。
どら
そう両方多分ある。
のみ
時効果の問題か。
まあそう文句言ってても成り立つから大企業でありがちなのかもしれないけど。
どら
まあね。
のみ
まあでも営業って売れないわけだし。
どら
まあそれもでもまたちょっと変わってきてたりはするじゃない。
なんかやっぱり。
のみ
まあね。ネットで売っちゃえとか。
どら
ネットで売ったりとか。
のみ
B2Bでも。
どら
そう。インサイドセールスみたいな感じで向こうからやってくるのをどんどん取っていくみたいな会社もあるし、
でそこをそれこそマーケティングオートメーションで回して向こうからインカミングで入ってくるのを取っていくみたいな会社も増えてると思うし。
なんかそこもなんか営業は俺らが食わしてやってるみたいな。
俺らが注文取ってくるからお前らが仕事ができてるんだろうみたいな感じの。
それこそ上下関係みたいな仕事会社の中での。
そういうのほんと無駄だと思うので。
お互い会社が向かってる方向性は一緒なのでお互い同じ方向向いて働きましょうよっていう感じができるといいかな。
わかんない。実際僕はそういうなんかそこまでのギスギスした会社で働いたことがないから。
本当のところとか実際どうなるかちょっとわかんない。
イメージで語らせてるところは多々ある気がするけど。
のみ
なんか同じ会社の中でも競争環境があって、本当にお互いの利益になるときにしか組まないっていうのもあるのかな。
どら
うーん、そうだね。
いい競争だったらいいんだけどね。お互いを高め合っていけるような競争だったらいいんだけど。
本来の会社の向かおうとしてる先がわけわかんなくなっちゃうみたいな戦いならばやめた方がいいし。
それは上層部がそれこそ経営層が気が付いてちゃんと改善しないとダメだと思うし。
のみ
なかなか俯瞰的に見れないからね。
どら
そうそうそう、現場はね。
のみ
サイロに入っちゃうからね。
リーダーの仕事です。
どら
そういうのって会社の中で部門間の連携がうまく取れないとか、仲がうまくいっていないみたいな相談とかって、
経営層の中であったりするの?コンサルとかをやってみて。
のみ
僕は個人的に経験ではないけど、あるよね。
やっぱり組織の構造を変えるか、
マーケと営業部が違う部署で、上司も違って、
同じ部門とか部の中で、同一の評価される組織になる。
人事考課とかも、自分たちのことだけじゃなくて、こっちを手伝ったら同じだけ評価がつくなら、
それはそれでありがたいわけだし、
売り上げをそれぞれに半々でつける、ダブルだったら、
それは両方で協力しないと、どっちかが失敗したらこっちも失敗するみたいに。
リーダーシップももちろんあるけど、組織の構造とか人事考課とか評価の仕組みを変えるみたいな方向になる。
みんなと本当に交流させる。