村長
なるほどね。
で、思い出したらに思い出したのが、あの屋根裏ハイツの初期2作品ぐらいって、
あの、なんか想像の犠牲も客席に向かって話しかけるタイプだったんですけど、屋根裏ハイツの初期2作ぐらいって、もうなんかこう、
屋根裏ハイツ
客席に向かって基本ずっと喋りかけ、ずっとじゃないけど結構喋りかけて、なんかそして自分のことを渡辺はぁとか、村岡はぁとか、
なんか妙に言う。
トム(中村)
メタペーのね。
屋根裏ハイツ
そうそう、メタな構造のやつやってたじゃないですか。
それで、あの、またみんな知ってる仙台のベテランの俳優さんから、屋根裏ハイツの芝居にはムカつく若者しか出てこないっていう。
トム(中村)
竹原さんね。
屋根裏ハイツ
竹原さん、ちょっと隠したな。
ツイッターにつぶえてる。当時ツイッターにつぶえてる。
村長
当時、10年前ぐらいのツイッターの投稿を見れば、まだあると思うんだけど、
屋根裏ハイツ
そのね、今ではなんかゆるふわの全校庭、全校庭おじさん、人間、おじさんじゃない、全校庭人間しか出てこないゆるふわ会話劇をお届けしている屋根裏ハイツが、
村長
初期作品では、ムカつく若者しか出てこないと評されていたなと思ってて。
トム(中村)
そうね。結構言われてたしね、竹原さんに限らず。
村長
不機嫌。不機嫌も言われてた気もするよ。
屋根裏ハイツ
でもなんか、こっちとしては別に不機嫌ではもちろんなかったんですよね。
トム(中村)
でも、今思うと想像の犠牲を見て、それのことをすごい思い出して、不機嫌に見えたのってこういうことなのかもみたいな。
屋根裏ハイツ
やっぱり渡辺はとか、私はとか、妙に主語がはっきりしてたり、その状態で客席に話しかけるとかって、
なんかある種、やっぱ威圧的とまでは言わないんだけど、なんか距離を感じさせる態度なんだろうなって思ったんですよね。
村長
それを単純に、それって書き言葉なんじゃないか、そしてってちょっと思ったっていう。
トム(中村)
なるほどな。
村長
書き言葉の特徴なんじゃないかっていう気がしたんですけど、どうですか?
どうだろう。書き言葉。でもなんか、
トム(中村)
あの、それ聞いて思ってたのは、やっぱでもその文章に、主語が誰でみたいなことって、そもそも線引きがしっかりしてる。
うん。
村長
線引きがしっかりしてるっていうのがある種の威圧っていうか、ある種なんかこう、
つけ入る隙のなさみたいなのは感じるのかもなとは思ったけど。
それは書き言葉がその、で私はこう思うみたいな、自分、
屋根裏ハイツ
なんか触れていい範囲がはっきりしているみたいな、自己開示がはっきりしているみたいな。
トム(中村)
なんかそれがこう、なんていうの、そのそれ以降、それの向こう側で何を思ってるかみたいなことがあんまりこう、
推察させようとはしないみたいなことは、ちょっと今聞きながらは思ったけど。
村長
うんうん。
トム(中村)
言ってる範囲がここまでなんで、どうぞここの中で押し量っていただけないでしょうかみたいな。
村長
うん。
トム(中村)
なんかそういうことは。
村長
書き、それって書き言葉だからってこととは違うのかな。どうなんだろう。
屋根裏ハイツ
まあ書き言葉はもうまあ、若干雑なワードではあるが。
トム(中村)
でも断定気味になるよね、書き言葉の方は多分。
村長
そうそう、まあ断定気味になるし、それこそ主語も必ず含まれる。
屋根裏ハイツ
完全になる、文章が。
だからその今大地さんが言ったように、なんか表明した以上の言葉の意味を読み取らないでほしいみたいなことがコミュニケーション、
なんか話し言葉のコミュニケーションにおいてはちょっと冷たく感じるというか、
なんかもうちょっと弦外の意味みたいなものがない状態で、意味が伝わるかもなっては思いました。
村長
うんうん。
屋根裏ハイツ
全然ピンときてない。
村長
全然ピンときてない。
トム(中村)
村岡は書き言葉で話してる人の話、基本バッテリー状態になるって返信してますけど。
村長
なんですか?
屋根裏ハイツ
言われてるときは全部聞き取れてるのに、何言ってるかわかんない。
いや、それも多分わかる。
村長
処理中ですってことですか、バッテリー状態って。
いや、だから処理した結果何も残らない。
わかんない。
でもなんかね、書き言葉、なんか返信はしたけど、書き言葉への解像度が私がないかもしれない。
どういうこと?書き言葉って。
いろんな、僕のニュアンスだと、そうですね。
形式的な特徴としては、さっき言ったように、なんか手話がはっきりしてるとか、断定的であるとか、手話がはっきりしてて断定的で。
なんとかであるみたいなこと。
屋根裏ハイツ
まあ、完全、なんていうの?
村長
なんとかだ。
屋根裏ハイツ
あと、もうちょっとざっくりした意味としては、この脚本を書いてる人、本いっぱい読んでそう、みたいなことを感じることがあるっていうか。
村長
なんて言うんですかね。
屋根裏ハイツ
いや、文体が多分ね。
トム(中村)
日常で用いる語彙ではない。
ないものをいっぱい使ってるとかもあるし、やっぱ言葉として聞いたときに、普通常の話し言葉ではないなとわかる。
村長
僕の感覚では。
屋根裏ハイツ
だなって思ったんですね。
で、そういう喋り方を、そういうセリフだなって、想像の犠牲を見たときに。
台本に書かれている言葉だ、みたいな感触がすごいあって、さらにそれが、いわゆる交互的なものというより、
なんか、結構普通に会話劇、会話調のシーンとかもあるんだけど、全部書き言葉だなって、なんとなく思ったっていう感覚がある。
それはもちろん、意図してもいるだろうから、別にそれが良いとか悪いとかではないんだけど、全然。
村長
でもなんかその、作家が持っている文体というものが明らかにそういう感じやなっていうのをすごい感じたんですよね。
トム(中村)
なんか、見ながらも、これ日本語字幕あったらすごい見やすいなって思った。
村長
字幕で見たい部分も結構。字幕を見ながら体を見ると、すごい良い感じに見れる瞬間とかめっちゃありそう、みたいなことは。
屋根裏ハイツ
なんかやっぱ音で聞くには、それこそちょっと分かんないな、何言ってるか。
村長
まあ理解して、全部を言葉で理解してもらおうとしてない感じも多分あると思うけど。
トム(中村)
でも、これは作り手がどう思ってるか分かんないけど、作り手がそういうことを認識してない場合もあるなって思いますっていうことも一つ、問題としてあるなと思っていて、問題ではないんだけど。
屋根裏ハイツ
いや、なんかその、オタクの早口みたいなことですね。
例えばバッテリー状態の人になる、人がいると作り手が想定してない可能性もある、みたいな。
村長
うんうんうん。
村岡に全然ピンときてる、さっきから。
屋根裏ハイツ
でもね、ごめん村岡、村岡に謝っとくと、僕も今はね、書き言葉で喋ってます。
村長
そうだよね、絶対そうでしょ。そうだと思ったもん。
屋根裏ハイツ
そうそう、絶対ごめん、ごめんやけど。
この人だって書き言葉の説明してくれてるのは分かるけど、本当に何言ってるか分かんないって思って聞いてる。
だからこれは、ごめんやけど。
村長
いや、そうだと思った、良かった。それは分かったわ、じゃあ。
屋根裏ハイツ
それを意識、僕も前に意識はしたというか、多分それは単純に僕がそう、何だろう、なんか本読んでるのが良いとか悪いじゃなくて、それなりにその、何だろうな、なんていうの。
口調だった?
口調なのよ、ただの。口調のレベルでもあるのよ。
ブロークイングリッシュみたいなことがあるじゃん、アメリカだったら貧困層の人たちが喋る英語みたいなさ、その属性の人たちの喋り方みたいなものが存在するように、話し言葉で話してしまう人という。
トム(中村)
書き言葉で話してしまう。
屋根裏ハイツ
書き言葉で話してしまうという特徴、癖を持ってる人。
トム(中村)
で、書き言葉で多分考えがち。
村長
そう、だから想像を言葉でしてるかイメージしてるかみたいな違いがある。
屋根裏ハイツ
そういうのも違いがあるし、だからその人本人がどういう言葉に触れてるかでしかないっていうことなんですね、多分。
でしかないなって僕は思うなって思ったんですよ。
なんかそれ良いとか悪いとかじゃなくて、単純に本いっぱい読んじゃってたら、本で出てくるような語彙を使っちゃうとか、そのぐらいのレベルで、
本で書いてあるように主語もちゃんと入れるとか、なんかもうちょっとこう、まあもっといろいろあると思うんだけど、
村長
だからもしかしたら別の言葉ぐらい離れてるのかもしれないっていうことですね、それの良いとか悪いとかではなくて。
違うなーって。
屋根裏ハイツ
だから、おそらく村長は話し言葉中心で話す人に書き言葉の人がしゃべって、日本語伝えようとしても、
うまく伝わらないことがあるんだろうなって思うというか、あるいはなんかモードが変わっちゃうっていうか、
モードにチューニングが合わない状態がずっと続くみたいな、なんとなく。
でもそれはなんとなく意味がわかんないなみたいなことにしか多分知覚できないんだけど、
村長
なんか実はもっといろんな分断を生んでるんじゃないかなっていう気がするっていうか。
なんか日本語だからちゃんと、日本語聞いてればちゃんと伝わるでしょみたいな感覚にお互いになっちゃうというか、
なんかそういう不和を日本の語における。
トム(中村)
なんかだから方言ってことなんじゃない?
トム(中村)
何の話?ちょっと迷子にはなってきたけど。
村長
いや、なんかその、つまり日本語の、日本の話し言葉と書き言葉ってそれぐらい結構違うんじゃないかなっていうこともあるし、
屋根裏ハイツ
とかく多分作家とか、そういう人は多分書き言葉中心で生きてたりするだろうから、
そういう人たちが話す言葉として書いたセリフであるとか、あるいは当人の話し方とかも含めて、かなり理解が難しくなる可能性ってあるんじゃないかなっていう。
トム(中村)
難しいのが悪いとかじゃなくて、何だろうな、理解が難しいじゃないんだよな。
マナーが違う?となくとも、マナーが違うものなんじゃないかなって思ったっていう。
作家当人も意識してないこともあるんじゃないかなっていう。
村長
自分が喋ってることが人に伝わるかどうか。
トム(中村)
自分が話してることが人に伝わるかどうかで言うと、僕は曖昧文法すぎて、自分が思ってる2倍ぐらい断定した方がいいっていう日常で。
屋根裏ハイツ
全部すぐに、おそらくとか、たぶんってめっちゃ口癖なんですけど、このたぶんに意味はないですって傾向で言うことがたまにあるんですけど。
いやと一緒だね。
トム(中村)
やっとにたぶんじゃないの。
村長
全然たぶんじゃない。
トム(中村)
たぶんじゃないけどたぶんって言っちゃう。
100思ってるけどたぶんって言っちゃう時がすごいあって。
これコミュニケーションによって問題だなって思うて。
思ってる数倍ビジョンをはっきりさせないといいように取られてしまうし。
屋根裏ハイツ
そうそうそう。
村長
真逆なのかもしれないけど、会話編長すぎて。
たぶんとか、曖昧語をめっちゃ使って無意識なんだよね、ほぼ。
トム(中村)
自分の人生の文脈がたぶんあると思うんだけど、なぜかは知らんけど。
屋根裏ハイツ
あと聞きながら思った人は書き言葉、仕事とかで書類とか書くじゃん。
村長
書類とかが戯曲ずっと書いてるとめっちゃ下手になる。
僕めっちゃ書き言葉ってか話し言葉をさ。
屋根裏ハイツ
かつあと結末のないさ、あんまオチとかもないことを良しとして書くから、
構成が下手になるの、文章の。
村長
戯曲書いてると。
屋根裏ハイツ
本当たぶん、ある意味それだけなんだよなって思うんですよ。
書き言葉に慣れてる人が話し言葉も書き言葉に影響されてしまう。
話し言葉に慣れてる人が書き言葉の時のマナーで苦戦してしまう。
それだけの違いなんだなって思うんですよ。
でもそこに政治性とかも乗っかってくる時があるじゃないですか。
村長
論文だったら書き言葉で書かないといけないとか、
屋根裏ハイツ
企画書だったら人に分かる文章で書かなきゃいけないとかさ。
そういう社会からの要請みたいなもので、
コンフリクトが起きる時があるなっていうこと?
トム(中村)
混乱?コンフリクトって何?
屋根裏ハイツ
これじゃ伝わんないよとかってなるわけじゃないですか。
トム(中村)
その企画書が。
屋根裏ハイツ
こういう書き方じゃダメってなるっていう。
トム(中村)
そこのコンフリクトが起きてるんだよなって思うんだよなっていうんだよな。
村長
それが何ででも不機嫌に見えるだろうね。
方言は別に不機嫌には見えない。
でも方言も不機嫌に捉えられたりとか。
屋根裏ハイツ
まああるよね。
村長
確かにあるわ。
屋根裏ハイツ
まあなんか書き言葉の持つ不機嫌さみたいなどっちかというと、
村長
やっぱ私とかな気がするけど。
トム(中村)
でも方言ユーザーと喋っているとさ、
村長
自分が一番こうなんか、
屋根裏ハイツ
方言ユーザーと喋っているとさというの主語は超でかいけど今。
何の方言?
トム(中村)
ちょっと畳みまして。
ちょっと畳みますが。
なんかでも自分がむしろ一番不機嫌っていうのがわかんないけど、
断定のニュアンスをすごい持って喋ってしまう空間とかもあるなと思って。
それがなんか結構今思い出したのは、
東北の田舎でジジババとかと喋っているときに、
あらそうなの?みたいなときに、
僕はこう思うんですよみたいなときに言っている言葉が、
多分なんか日常その同世代と喋っているときは伝わらない、
てかなんかより以上になんかいろいろ伝わってしまう。
村長
そのニュアンスみたいなのが。
トム(中村)
この例えが合っているのかわかんないけど、
最近サングラスを買って、
最近というか去年買ったんですけど、
サングラスっていうか土付きのメガネで紫外線が入るとサングラスになるやつ。
色変わるやつ。
奥の間と戻るやつあるじゃん。
あれってわかんないっていうか忘れているときやろうけど自分がサングラスのこと。
でもなんか子供とかが歩いてきて、
わーとかやるとビビられるみたいな。
でも俺サングラスだったみたいなさ。
屋根裏ハイツ
なるほどね。
トム(中村)
そのくらい使っている日本語がさ、
あれ?みたいな思ったより警戒されたみたいな。
そういうのはすごいあるなと。
村長
自分も誰と喋るかによってかなりその、
トム(中村)
なんかホワホワしすぎて何言ってるかわからないんで、
ちょっと都合よく解釈しますねみたいなパターンもあるし、
なんか断定的で強いわねみたいなことも結構あるなと。
村長
なんか思ったりした。
屋根裏ハイツ
そうですね。なんか主体性、書き言葉と今一応こう鍵かっこつくで言っとくが、
ちょっと主体性が、なんか主体性増しにはちょっとなる気はしますね。
あと単純に話し言葉では使わない言葉を口に出してしまうことが多いです。
なんか例えば、いい例かわかんないけど、
話は変わるんですけどとか普通に話してたら言うけど、
なんか書き言葉だと漢和九大とかさ、
四字熟語であるじゃん。漢和九大ですがとか、なんか漢和九大とかだけ使ったりする。
それは話が変わりますっていう。
村長
それってなんか書き言葉でしか使わない単語みたいなのがやっぱりあって、
屋根裏ハイツ
それを普通の会話でも使ってしまうとかは時々あります。
トム(中村)
なるほどね。漢和九大はかなり超レベル高いというか、
相当ビビるけどね、漢和九大って日常で言われたら。
屋根裏ハイツ
なんか読めるけど書けないみたいな言葉を使いがち。
読めるけど書けないみたいな言葉を普通に口に出していってしまうとか。
トム(中村)
カタカナ語とかね。
屋根裏ハイツ
カタカナ語とか、なんか漢字、熟語?
トム(中村)
熟語。
屋根裏ハイツ
熟語使いがちみたいな。
多分それは語彙がそっちに馴染んじゃってるからっていうだけで。
村長
なるほどね。
それってさ、書き言葉ユーザー同士で話しているときでもさ、
相手不機嫌だなって思ったりとかってある?
いや、あると思います。あると思いますね。
っていうのと、書き言葉ユーザー同士で話している話はわかるの?
屋根裏ハイツ
後ろについてはある程度はわかると思う、多分。
なんか馴染めないなって思ってる人よりはよっぽど。
村長
わかるんだ。
屋根裏ハイツ
わかると思う。なんならわかりやすいなと思ってるかもしれない。
それはなんか、実際僕が思ってるというよりは想像でね。
今思ったのは、60年代の学生運動の映像とか、
集会の映像とか見るとさ、みんななんかすごい喋り方するじゃん。
あれが起きてるっていうか、なんでああいう喋り方してるのって多分、
そういう本ばっか読んでるからっていうか、
トム(中村)
万国の労働者を団結せよみたいな、そういうものを読んでるっていう。
だからその人たちが摂取してるものが普通にその日常会話に出てきてるだけで、
屋根裏ハイツ
それがすごい特殊なことではないというか、昔だからそうなってたというよりは、
村長
単純に今食ってるものが口から出てきちゃうっていうだけで。
屋根裏ハイツ
なんだよなっていう。なんか昔の人の喋り方って不思議だなみたいなことってあると思うんですけど、
それってそうだったんだろうなっていう。
普段摂取してる文章とか、それこそアナウンサー、ニュースの音声とかが、
トム(中村)
それをある種模倣してるだけみたいな感じなんですよ、単純に言うと。
屋根裏ハイツ
それを良いと思ってるとかじゃなくて。
一番影響を受けてるものに自分の言葉を自然と親しんでいくということですね。
トム(中村)
それだけなんだけど、日本語って書き言葉と、原文不一致?
村長
書き言葉と話し言葉がすごい違うっていうのが、
こういう形でさらに出てるのかなみたいな。ただ同じ日本語だけど、
屋根裏ハイツ
文獄帳と公獄帳みたいなものがきっとあるなって思って、
気を付けようって思ったっていうことですね。
トム(中村)
気を付けられる原因で通じてない可能性があるときはあるよなってことですね。
屋根裏ハイツ
そうそう、だからこっちとしてはどちらかというとでもないんだけど、
村長
分かりやすいと思ってる言葉、主語がはっきりしていて。
トム(中村)
ただ逆にそれで分かりにくくなってる人もいるかもしれないみたいなことですね。
屋根裏ハイツ
それを聞いたことでね、それを聞いてる受け取り手として逆に。
村長
逆に何かチューニングが合わない人もいるのかもみたいな。
トム(中村)
なんか今60年代の学生運動のアジテーションっていうか、
集会とかで喋る言葉ってさ、
その人たちが普段の生活での言葉遣いどんなものだったんだろうなっていう想像を、
屋根裏ハイツ
たぶん近しいものだったりするじゃん。
トム(中村)
そうですね。
思想の談義はもちろんその言葉でやるだろうし、
でも告白とかもその感じでいくのかな。
屋根裏ハイツ
ある程度はそうなんだと思いますっていう。
トム(中村)
なんかでもそういう、きっと使い分けでもあるじゃん。
言葉だから。
このタイミングで、だからそれこそちゃんと会議とかの場面では私もたぶんとか言わない方がいいし。
屋根裏ハイツ
そうそうそうそう。
トム(中村)
そうじゃない体制として望むみたいな。
村長
選択をして喋ることを変えてる。
トム(中村)
変えれてない時もあるけど変えた方がいい時。
村長
変えた方がいい。
トム(中村)
そういうのもありそうだなとは思いますし。
屋根裏ハイツ
でもやっぱりパキッとは変えられないよねっていうことなんだと。
トム(中村)
その上でさらに滲み出るってことですね。
村長
そうそうそうそう。
トム(中村)
なんか作家とか書き手ってもしかしてそれをわかってないこともあるかもなって思うっていうことか。
村長
こんなにちゃんと書いてるのになんで伝わらないんだろうみたいなこともありそうだなって思いました。
屋根裏ハイツ
確かにある。あると思います。
村長
あると思います。今もあったし。今も起きてるし。
屋根裏ハイツ
何ですかね。何て言うんだろうな。
村長
いいとか悪いとかではないんだけど。
なんかない。なんか。
トム(中村)
何が今詰まってるんですか。
どうしようもないのかこれって。
屋根裏ハイツ
どうすれば。
村長
言葉って通じた方がいいんね。
屋根裏ハイツ
ええやんみたいなさ。
トム(中村)
でもなんかあれだよね。前回の手話の時もさ。
手話以前みたいな。
屋根裏ハイツ
身振りをどうにかすることで通じる量が増えるみたいな話をしてた。
そうそう。言語そのもののことちょっと考えてしまう。
日本語ってこれ日本語不便じゃねみたいなことというか。
前回手話の話があって、その感想が出てきたから、想像の犠牲を見て。
なんか日本語ってそのやっぱ日本語が特殊かもみたいな。それがいいとかじゃなくて。
トム(中村)
なんか悪いとこめっちゃある気がするみたいな。
村長
日本語のせいで悪いことが起きてる気がするみたいな。
トム(中村)
不便じゃね。
屋根裏ハイツ
なんか悪いこととは不正義ではないんですけど。
普通に単純にコミュニケーション上のすれ違いが起きてる気がするみたいな。
なんで英語とかだと起きないんだろうかみたいな。
トム(中村)
でもなんかさ、英語でも多分その単語でこれは話し言葉ではマジ使わないみたいな。
屋根裏ハイツ
何だっけ、なんかだからI'm fine thank youって誰も言わないよみたいな。
トム(中村)
レベルの多分文体の違いは結構ありそうだなとか。
屋根裏ハイツ
あとは多分それをカルチャー的に言うと多分その黒人の作家が黒人のスラングをこう意図的に小説の中に入れていくとか。
トム(中村)
なんかそのレベル、それはありそうだなみたいな。
村長
そのレベルとこの私たちの書き言葉、話し言葉とのどんくらいニュアンス、体感違うんだろうとかは結構、どんくらい違うんだろうねって思う。
トム(中村)
そう、なんかあとその英語のオックスフォード大学とかだとさ、英語の発音を学び直させるみたいなことがあるらしくて。
村長
だからそのよくフィクションとか見ててもオックスフォード大学でのやつはなんかこう発音でバレるみたいな。
屋根裏ハイツ
だからなんかそういう社会性ももちろん現れたりするんだよな、言葉にはって思う。
し政治性もあるし現れることがあるなって思うんですけど、それがなんか日本語とか外国語の状況で、
標準語だってもちろんすごい政治性あるじゃないですか。標準語という言葉自体がさ、すごい政治的な枠組みだったりするなって思うわけで。
なんかそういう言葉の事情がすごい気になったな。
屋根裏ハイツ
なんですよね。
村長
結構言語として違うんじゃね?みたいな。
トム(中村)
言語構造も話し言葉と書き言葉でちょっと日本語って変なんじゃない?
確かに。
村長
特有のものなのかどうかっていうのが気になりますね。
トム(中村)
なんか言文不一致というのは日本語の特徴って言われるけど、
村長
なんかそういうものが思考にどう影響してるんだろうなって思うっていうことですね。
トム(中村)
言語学だね。
屋根裏ハイツ
言語学のほかが。
村長
でもなんかあとよく言うじゃないですか。
屋根裏ハイツ
漢文と古文みたいな。
なんか日本の多分いつまでだかわかんないけど漢文。
漢文が正式な多分社会の政治的なとか、
村長
政治とかでは男たちが使うのが漢文で、女性たちが平仮名を生み出したみたいな。
屋根裏ハイツ
なんかそこにジェンダー差とかもあるのかみたいな。
今はもうないような気はするけど。
でもやっぱり今もさ、法律の文章とかはさ、やっぱりそのザ書き言葉。
あと言ってしまえば漢文的だなって思う。
USB、電磁的なんとか、媒体とかさ、
村長
なんかそういう法律の文章とかってやっぱまだ全然硬いっていうか。
屋根裏ハイツ
それと漢文、こういうのも漢文がまだ生きてるのかなとかって。
トム(中村)
なるほどね。
屋根裏ハイツ
硬い文章みたいなものになった時は漢文的というか。
トム(中村)
まあその書き言葉度が超上がってるよね。
屋根裏ハイツ
そうそう上がるし。
トム(中村)
あれ何なんだろうね、法律の文章って確か。
誰向けの文章、誰のためにあんな難しくしてるのかっていう気持ちはあるね。
屋根裏ハイツ
なんか正式な文章になる時の硬いみたいなものの硬さみたいなものが、
なんか日本語特有のものの、なんだろ、フォーマルとはなんか別の違いがある気がする。
全然違うけど、全てどう?
マゼコゼに言うと、オックスフォード大学とかも男子校なんだよなとか。
トム(中村)
マゼコゼだねそれは。
屋根裏ハイツ
言語のジェンダーとか、そういうのを統制するのって男だよなとか。
絶対そうだよね。
そういうのも言語には影響してるのかみたいな。
村長
してんじゃない?
なんか、それでも確かに思う。
なんか、わかんないんだけど、なんかそのポッドキャストとかでさ、
男女のペアで喋ってるやつとか聞いてる時にさ、
これ、なんかそれは個人差なんだと思うんだが、
なんかその女性の話のほうがすごく曖昧というか、
掴み切れなくて、男性側がずっと、
それを刺していくわけじゃないけど、
それをこう、めっちゃ。
屋根裏ハイツ
詰めていく、詰めていくみたいな。
村長
詰めていく。
トム(中村)
詰めていくみたいなポッドキャスト、やだな。
村長
それを聞いた時に、やだなって思ったの。
やだなって思って、
トム(中村)
それって個人差なのかなって思ったっていう。
個人差の部分もあるし、性差の部分も。
社会的な、あれもありそうな気もするけど。
村長
やだなって思った。
屋根裏ハイツ
性差によって触れる言葉のマナーがそれこそ違うみたいなところは、
ちょっとあるんだと思いますね。
やだなって思った話。
そう、だから今ももしかしたらそうなってたかもしれない。
村長
今とかね。
屋根裏ハイツ
それはごめんやけど、でも僕もごめんやけどって感じ。
村長
ごめんやけどって思うんだよな。
屋根裏ハイツ
ごめんやけど、たぶんこれは、たぶん真似をしてるだけなんだなって思うっていうかな。
このしゃべり方が正しいと思ってるとかでもなくて。
自分と、
村長
お互いの言語に擦り合わせようと、
自分で紙砕こうとしているのがさ、
そうしても詰めてるように見えたりしてしまうんだろうなみたいな。
屋根裏ハイツ
そのくらい無意識かどうかだよね。
トム(中村)
実際はでもマウンティングの可能性も別にあるじゃん。
全然あるけど。
村長
でもたぶん無意識の、それが無意識の、
トム(中村)
いやー。
ニュアンスが、今の話だけ聞いてると相当嫌な感じって思ったけど、
いざ自分がよくわかる解説みたいなしゃべり方してる、
翻訳を噛み砕いているみたいな瞬間もきっとあるんだろうな。
屋根裏ハイツ
個々人のコミュニケーションに、ちょっとやっぱり翻訳的な作業がやっぱり、
村長
必要で求める。
屋根裏ハイツ
必要はある。
だろうなと。
それが男性から女性に一方的になってたりしたらちょっと嫌な感じが申し出されるのも、
村長
わかる。
トム(中村)
お互いに翻訳し合ってる感がね。
村長
そうそう。
屋根裏ハイツ
あるともっと、