機能的だが魅力のない構造の謎
あの、完璧なマニュアル通りにやったはずなのになぜか魅力がない。機能的でルールにはしっかり従っているのに、どうにも心に響かない。
あなたもプレゼン資料の作成とか、プログラムのコード、部屋の模様替えなんかで、そういう経験ありませんか?
こんにちは。今回もじっくり紐解いていきましょう。
はい、よろしくお願いします。日常の中でよく直面する、すごくもどかしい問題ですよね。
今回じっくり紐解いていくテーマのソースは、建築家クリストファー・アレグザンダーの思考をたどる読書会のメモと録音データです。
機能的で完璧なルールに従ったはずのものが、なぜ無機質になっちゃうのか。
料理と建築における失敗からの学び
そこから抜け出して、生き生きとした構造を作るためのアプローチを探っていきます。
早速なんですけど、これって料理に例えるとすごくわかりやすい気がして。
成分データと手順だけ完璧にコピーして作っても、三ッ星シェフの料理にある魂とか温かみがすっぽり抜けちゃう現象と同じじゃないですか?
ああ、まさにその通りですね。実はアレグザンダー自身も、最初はレシピさえ完璧ならうまくいくって本気で考えていたんですよ。
彼は建築を、まるで機械の部品を組み立てるように、重さとか寸法みたいな計測可能なデータ、いわゆる第一次性質だけで体系化しようとしました。
パターンランゲージと呼ばれる客観的ルールの構築ですね。
なるほど。でもソースを読むと、そのアプローチって結局失敗に終わったとはありますよね。それ、なんでうまくいかなかったんですか?
共通する感情と「事故を写す鏡テスト」
えーと、ルール通りに部品を並べるだけじゃ生きた効果にはならないからなんです。
デカルト敷きな機械論、つまり全体は部分の足し算に過ぎないっていう考え方ですね。
これに従うと、ただ規則的に窓が並んだだけの無機質で退屈なオフィスビルが出来上がってしまうんです。
彼は、機能とか寸法だけでは、私たちが空間に感じる温かさや美しさといった第二次性質を生み出せないと気づいて、自らの失敗を認めたんですよね。
そこからが本当に面白いところなんですけど、彼はそこで突然、人間の感情の90%は共通しているっていうかなり大胆な仮定を打ち出します。
いやでもちょっと待ってください。人の好みがこれだけ多様化している現代で、90%同じっていくらなんでも乱暴すぎませんか?美しさって完全に主観的なものですよね。
いや、その反論は最もだと思います。実際の読書会の参加者たちも全く同じ疑問を抱いていましたから。
ただ、彼の言う共通する感情っていうのは、モダンなデザインが好きみたいな表面的な好みのことじゃないんですよ。
もっとこう、生物学的で根源的な安らぎのことなんです。これを証明するために彼が提唱したのが、事故を映す鏡テストというものです。
事故を映す鏡テスト、それ具体的にはどうやるんですか?
やり方はすごくシンプルで、2つの異なるデザインとか空間を見比べて、どちらがより自分自身に似ているか、どちらを見ている時の方がより本来の人間らしい自分を感じるかって問いかけるんです。
どちらが綺麗か、ではなくて、どちらが自分か、を問うわけですね。
「全体性」の概念と構造の創造
えっと、綺麗かどうかじゃなくて、自分と結びついているかですか?それは斬新ですね。
そうなんです。例えば、自然の波打ち気合をただ眺めている時って、人は共通してストレスのない安らぎとか、世界との繋がりを感じますよね。
アインシュタインも支持したスピノザの神、つまり、宇宙とか自然の背後にある圧倒的な法則に触れた時のような感覚です。
アレクザンダーの言う客観的な美しさっていうのは、この深いレベルで私たちが共通して感じる命の連続性のことなんですよ。
なるほど。機能的なルールじゃなくて、その深い繋がりが必要だと。それがソースで議論されている全体性という概念に繋がるわけですね。
でも、その全体性ってどうやって作ればいいんでしょうか?
ルールで部分を切り張りするんじゃなくて、常に全体から始めるんです。
読書界で語られていた真っ白な紙に点を一つ打つ例が非常にわかりやすいですよ。
点を打つと言いますと?
何もない真っ白な紙の中心から少しずれたところに点を一つ打つと想像してみてください。
ただの点なんですけど、それを打った瞬間、紙の上の空白が単なる無ではなくなるんです。
点と紙の縁の間に引っ張り合うような空間の力関係、つまりサブシメトリーが生まれるんですよ。
たった一つの点が、紙全体というシステムに地場みたいな領域を作り出して、劇的に構造を変えてしまうんです。
日常生活への応用とAI時代の考察
わー、わかります。それってつまり、静かな池に落ちた一滴の水滴ですね。
単なる点が追加されたわけじゃなくて、波紋が広がることで池全体のシステムが連続して変化していくんだ。
いやー、その表現素晴らしいですね。まさにそれです。
一つ一つの要素は切り離されたブロックではなくて、波紋のように全体と干渉しあって繋がっている。
これが全体性であり、生き生きとした構造の正体なんですね。
なるほど。ではこれがリスナーのあなたにどう関係するのでしょうか。
プレゼン資料、プログラムのコード、部屋の模様替え、私たちはつい近接とか整列といった機能的なルールばかりをこなして部品を並べようとしてしまいます。
でも本当に大切なのは、一滴の水滴を落とすように、全体として生き生きた波紋が広がっているかを意識することなんですね。
本当にその通りです。機能的なルールは基盤としてもちろん大切なんですが、その先にある全体性に目を向けることで、初めて人の心に深く響いて、本当の意味で機能するものが生まれるんだと思います。
そうですよね。さて、ここで最後に一つ考えてみたいことがあります。
もしアレクザンダーの言う通り、私たちが美しいと感じる深い根源の90%が共通しているのだとしたら、現在AIが効率とルールだけで大量生成しているデジタル空間やコンテンツは、果たして生き生きとした構造になり得るのでしょうか。
それとも、永遠に続く無機質なビルの窓になってしまうのでしょうか。
ぜひ今日、あなたの身の回りのデザインを見渡して考えてみてください。
