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安岡信一の遠くへ行ったです。 全国津々浦々でライブをしながら、いつもMCでは言いたい放題の信一ちゃんが語るコーナー。
安岡信一の遠くへ行った時の教え子が唄人羽のライブに来てくれた。 全国津々浦々でライブをしながら、いつもMCでは言いたい放題のコーナー。
安岡信一の遠くへ行った時の教え子が唄人羽のライブに来てくれた。 全国津々浦々でライブをしながら、いつもMCでは言いたい放題のコーナー。
安岡信一の遠くへ行った時の教え子が唄人羽のライブに来てくれた。 全国津々浦々でライブをしながら、いつもMCでは言いたい放題のコーナー。
ヘイマクト。今回のワールドハイはすごく感慨深くて、なぜかというとコロナ禍という期間が、やっぱりこの4年間あったじゃないですか。
その間、僕自身もやっぱりすごい音楽をして、ミュージシャン、先ほどゲストの時の話もそうなんですけど、ミュージシャンって歌える場所がなくなった瞬間って、もうたまらないんですよ。
自分が作詞作曲をして、言うたら作詞作曲をして身を削る思いで何かを生み出して、
それが売れているミュージシャンって言い方をすると、ちょっと何か自分を卑下しているように思われるかもしれないんですが、
僕よりもはるかに売れているミュージシャンは、何か発表するとそれに対してお客さんが聞いてくれて反応してくれる。
その瞬間に自分が作ったものを評価されるわけだから、ものすごく救われる気持ちになると思うのよ。
でも僕らって作って、やっぱりライブをして初めてお客さんの耳に、ライブを中心に特にやっているから、
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ライブを始めてお客さんに触れた時に、お客さんの反応で僕らが救われるのよ。
身を削っている部分だから、その場所がなくなってしまうっていうのはものすごく実はミュージシャンにとって、
もう自分が生み出した命の欠片をどこにも出すことができず、誰にも評価されず。
例えばライブハウスでお客さんが僕の曲を聴いてくれて泣いてくれたりとかすると、僕は実はそれだけで救われているのよ。
自分の欠片で聴いて泣いてくれるんだっていうね。そういうので救われる場所があったのが、この4年間でいきなりバタッとライブができなくなって。
ハッと自分が今まで旅をしてきて、音楽といういわば荒波の中をずっと僕らやってきて、
それがいきなりバタッと急激に歌う場所がなくなり、え、俺どうすりゃいいんだろうみたいな。
やっぱり皆さん、しんちゃんも例外なくそう思いますよね。
いやまあ、特にっていうとなんかその、なんだろうなあ、すごくそれを感じて、でも、ご飯は食べていかないといけない。
そうですね。
その中で、ちょっと話したんですけど、前回、ちょろっと前に話したんですけど、
サッカーをしてたからサッカーのコーチをちょっとやってくれないかということのお話をいただいて、
中学校1年生の優十三、ちょうど小学校から中学校に上がった年の子たちを1年間だけサッカーを教える、
クラブチームで教える機会がありました。
1年間。
1年間教えたんですよ。
もちろんその、
しかもクラブチームだからハイレベルなところで教えたんですよね。
そうそう、ハイレベルなところで教えさせてもらって、
もちろんその、僕自身まだ指導とかっていうのもね、もちろんその、やったことがなかったので、
ちょっと昔教えたこともあるんですけど、でもそんな本格的にどうのというわけではないから、
いろんな自分の人脈を使って、プロのね、サッカー選手とかにも、いろいろと今のサッカーのその仕組みだとか、
そういったものを聞いたりとかして、今高校、高校で中学生にサッカーを教えることになったんだけど、
どういうふうにサッカーを指導していけばいいんだろうという話を相談したりとかして、
常に連絡を取りながらこうやって自分なりにさ、1年間サッカーをずっと指導してきて、
やっぱりその指導をするとさ、情っていうかさ、思いが入ってくるのよ。
そうですよね。
で、自分は音楽、今できなくなっちゃったんだけど、子どもたちに何かね、自分がこう、
子どもたちってやっぱりまだ素直だからさ、僕が言うことを本当に真剣な眼差しで聞いてくれて、
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一生懸命学ぼうとしてくれてるわけですよ。
信じてくれてるわけですもんね、それってね。
そうそうそうそう。それをね、教えれたのがすごくよかったなって言って、
で、最後やっぱりちょっと不本意ながらも1年間でね、
もちろん土日がもうライブがゆっくりでき始める頃だったし、
1年間ってあれだったんで、ちょっとやめちゃったんだけど、
その子たちが、なんともう今中学3年生なんですよ。
そしてもう中学のサッカーは引退を迎えて、それぞれ進路が決まり、
高校にどことこの高校の特大で行くとか。
プレイヤーとしても成熟してくる時期ですね。
そうもう本当にそのなんていうの、これからサッカーの青春に向けて、
向かっていくそのキロの時に、実は僕12月18日、
ワンマンライブをやりまして、福岡で。
ツアーの1年間やってきたツアーの最終日がそこだったんですけど、
そこに選手たちが聞きに来てくれたんですよ。
この間。
いい話だな。
いい話だな。
そのなんかやっぱり嬉しい。
嬉しすぎて。
その自分がサッカーを通してなんですけど、
サッカーを通して僕の曲に触れてくれたことがすごく嬉しいわけよ、やっぱり。
その選手たちに送る歌とかもあったりとか書いたりとかしたので。
そうなんですね。
これからサッカーをやっていく上でやっぱり、
僕は高校卒業同時にサッカーを辞めちゃったんだけど、
いろんな道があると思うんだけどっていうことをライブで話して、
終わった後楽屋に来てくれた選手たちが、
安尾コーチ。
俺まだコーチって呼ばれるんだみたいな。
ちょっと待って、俺コーチ辞めても2年経つんだけどみたいな。
安尾コーチ、ライブ感動しました。
って言ってくれたのがすごく、
音楽だけで音楽で救われようとしていた自分の心が、
何か自分がやってきた人生の一部を自分の音楽に触れてもらって、
そうやって何か呼ばれたことによって何か、
自分の中でまた一つ子供たちに救われたなっていう気持ちになったのよ。
人生を見せた感じがしますね。
全部の自分の得意であったりとか捧げてきたものの。
自分で曲を書いて自分の命の一部で誰かの心を励ましたいとかさ、
そういう気持ちで書いてるの。
でも結局書いて、
そういう風に一言、
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お礼を言われたりとかすると、
救われてるのは自分なんだみたいなさ。
もうその時に何かこのコロナの3年間とか4年間とか、
本当に何か結構辛かったこの時期っていうのが、
一気にその一言だけで救われた気分になったんですよね。
もう当時の瞬間もいっぱいバババッとよぎるでしょうし、
信じてくれた姿も蘇るでしょうしね。
何か音楽だけで人と繋がろうとしてた自分じゃない、
コロナがあったからこそ、
出会えた感覚なのかなとかって思いながら、
新しい発見がありました。
その時期を過ごした子どもたちもやっぱり強いですよね。
心も優しいし強い子たちなんだなっていうのも想像できますね。
そうですね。
もう本当にこれからいろいろ進路をみんな進んでいくけど、
高校行ってもサッカーをやめずに。
そしてJ、いくん子いるよ多分。
いますか。
いる、Jもいるし。
もしかしたら日の丸を背負って、
本当ですよね。
4年後のワールドカップス、もっと先かな。
もっと8年後、12年後わからないけどもしかしたら日の丸を背負ってね。
その頃にまた野菜を壊すなんて呼ばれる。
そうそうそうそう。
俺が教えたとか言うけど。
はい、ということで今週の安岡市東京へ行ったワールドファイの話から、
12月18日に行われた僕のライブの話に来てくれた中学生の話でした。
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×少女隊の春野桐名と青井リルマです。
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