1. XCrossing
  2. ep63 「ビルの谷間」に違和感!..

「笑う」「心配」など顔の微細な表情は、言語によって違うらしい。それどころか翻訳した情景が、違和感がありすぎて納得できないレベルになることも


01:20 ニューヨークで行われたユーザーグループに参加し、指示される大げさな表情を作り続けた

02:20 言語によって表情の出し方や筋肉の使い方が違うため、そのデータを取っているらしい

05:17 「かなり後悔した感じでむせび泣いて」という指示だがなかなかできない

07:22 自然な人間の表情の教師データとしては使えないが、アニメや派手なアクションが求められるものには使えるデータ

08:36 顔の表情のDepthをとても意識していたのでアバターやメタバース用途かも

09:53 「龍が如く」最新作のストーリートレーラーでキャラの顔の動きが一気に人間っぽくなった

14:44 初見でアテンションをひくためにタイトル付けは重要

15:23 XCrossingの各エピソードのタイトルとDescriptionの作り方(関のやり方と上野のやり方)

19:10 ドリカムの英語歌詞の作り方は最初から英語で作る

19:54 ”ビルの谷間”という表現に英語ネイティブが感じる違和感「ビルは地上から上にはえているものだから谷間じゃない」

21:30 違和感があっても歌詞であれば使うのも手かも

23:22 "Long time no see"は完全に中国系のオリジン

25:09 ”ビルの谷間”というときの視点はどこにあるか、発想はどういうところにあるのか

27:06 ”ビルの谷間”と聞いて思い浮かべる情景が上野、及川、関で全然違う

30:47 ドイツ語はテーブルにのっているのを表すだけで7つの表現がある

32:55 アジアや欧米では住所の表し方やモノの見方の表現が逆(近 → 遠か、遠 → 近か)


エピソード内で取り上げた情報へのリンク:


テック業界で働く3人が、テクノロジーとクリエイティブに関するトピックを、視点を行き交わしながら語り合います。

及川卓也  @takoratta

プロダクトマネジメントとプロダクト開発組織づくりの専門家

自己紹介エピソード ep1, ep2


関信浩  @NobuhiroSeki

アメリカ・ニューヨークでスタートアップ投資を行う、何でも屋

自己紹介エピソード ep52


上野美香  @mikamika59

マーケティング・プロダクトマネジメントを手掛けるフリーランス

自己紹介エピソード ep53


Official X: @x_crossing_

https://x-crossing.com

Summary

XCrossingの一月年明けのエピソードでは、ユーザーテストと顔表情の教師データを収集し、アバターやアニメーションで表情を活かす話がされています。ビルの谷間という表現に違和感を持つ英語話者と、ビルの谷間を理解する吉田美和さんの意見が対立し、歌詞の表現方法が議論されています。日本人と英語圏の人の視点の違いや、ビルの谷間のイメージについても議論されています。日本語で話すと逆になるんですね。僕たちがビルの谷間という表現を想像できるということです。

Table of Contents

年明けのエピソード
Mika Ueno
XCrossing 英語でスクランブル交差点を意味します。
趣味も世代も住んできた町も違う3人がスクランブル交差点で出会うように、
様々な話題を聞かせるおしゃべりの交差点です。
今日のXCrossingであなたが出会うのはどんな話題でしょう?
Takuya Oikawa
最近へこんなんですよ。
明けましておめでとうございます。
今年もやらしくお願いします。
って言ったら、それってセクハラですよって言われて。
凹みました。ヒロシです。
及川です。よろしくお願いします。
Nobuhiro Seki
2024年があけまして
おめでとうございます。ニューヨークでスタートアップ投資をしている
関でございます。
Mika Ueno
今年辰年ですね
日本では辰年ですけど
西洋寄りのドラゴンと東洋寄りの龍っていうのが違うっていうね、そういう話をこの間ゲーム実況を見てて知って、確かにそうだなと思って、いろんな違いがあるなと。
ちなみに私は東洋寄りの龍が好きです。
普段はマーケティングやってる、マーケティング、プロダクトマネジメントをやってます。よろしくお願いします。
Nobuhiro Seki
今話をしてて、すごい大げさにならないように気をつけたんですけど、それは何かというと、
昨日ユーザーグループに行ったんです。ニューヨークにいるんですけど、日本語ネイティブスピーカーであること、条件がついて、
ガジェットとかウェアラブルとか、日本語のユーザーインターフェースもあって、それをチェックしてほしいとかいう、フォーカスグループみたいなことなのかな、もしくは日本語で言うとグループインタビューみたいなやつ
と思って行ったんですよ。そしたら全く違って、スマホで基本的に言われてるように、表情を作ったり喋ったりしてください
という内容なんですけど、10秒間笑ってください。
ここにいる少女が悲しい顔をしてるんですけど、彼女になりきって悲しいという表現を20秒間してくださいとか。
何をするのかというと、それをずっと撮ってるんですけど、顔の表情の写真、ビデオと、多分デプスだから、顔の凹凸とか表情の奥行きを撮ってるっぽくて、
おそらく画像、要するに言語ごとに笑った時の表情の出し方とか、喋ってる言葉によって筋肉の使い方が違うじゃないですか、きっと。
それをひたすら撮ってる。僕2時間なんですけど、ずっとひたすらこれやってください、これやってくださいってずっとやらされて、それずっと全部撮られたんですよ。
カメラで自分を見ながらずっとやるんですね。最初キャリブレーションして、ちゃんと自分の位置に合わせて、顔、頭に動かさないように表情だけ変えてください。
少し大げさに笑ってくださいとか、叫びながら何とかを言ってくださいとか、ここに書いてること喋ってくださいとか、そういうのを2時間やったんですね。
すんごい疲れたんですね。やっぱり顔とかの表情とかそんなに使わないじゃないですか、普段そこまでって。言われてるようにはいやって、これダメだからもう一回やり直しとか何回もやらされないようにしてっていうのをやってるんですね。
こうやってデータを取って、それこそ覚えさせるんだなって思って。
よく日本の感覚でグループインタビューみたいなやつをやって、新しい機械とかを見て、NDAがあるから話せないけど、何かそういうの見れたら面白いなと思ったんですけど、単なるフェイスエクスプレッションの2時間労働でした。
Takuya Oikawa
教師データですね
Nobuhiro Seki
2時間ぶっ続けじゃないですけど、基本的に2時間ちょいコースされて、それやってると、結構大げさにやってくださいとか言うと、顔の表情を作るときに見てると左右対称じゃないときと左右対称のときがあるんですね、表情の出し方によって。
これって左右対称じゃないときって結構歪んだ感じになって、それこそ俳優さんとかやってるのを見ると、それってすごい違和感になることが多いと思うんですけど、やっぱりなかなかそれを言われてできないもんなんだなとか、言うのはフォトキャスティングしててずっと喋ってて自分の声を聞くって慣れていくじゃないですか。
でもやっぱりその自分の極端な表情をひたすら見させられながら、違います違います、もう一回とか言われてるっていうのは結構な重労働で、すごい久しぶりに夜もう9時ぐらいに精根尽き果てて寝たっていう、そういう状況でしたね。
Mika Ueno
顔を動かしてるだけでも疲れるんだ。
顔表情の教師データ
Takuya Oikawa
違うって判断はどうしてできるんですかね。
Nobuhiro Seki
多分ね、ディレクションは全部英語で来るんですよ。
アメリカ人がいて、次はこういう気持ちでこういうの喋ってくださいって言われるんだけど、やっぱりパッとすぐにできないんですね。
いきなり言われて、かなり後悔してるような感じでむせびながら喋ってくださいとか言われてもパッとできないじゃないですか、なかなか。
Takuya Oikawa
それを訓練されてるのが役者ですからね。
Nobuhiro Seki
どういう感じで言った時に、例えば眉を少し上げる感じでとか、眉をしかめる感じでとか言われて、それで笑ってみてとか言われて、はははって笑うと、そうじゃなくてもう少し大げさにここを上げてみたいと普通の人に言われるんですけど。
やるとできるんですけど、だいたいすごい大げさにならないといけなくて。
Takuya Oikawa
やっぱりそうすると不自然なデータになると思うんで、それで得られた教師データは何に使うんでしょうね。
Nobuhiro Seki
ただね、きっかけにすごいなるんですよ。
笑ってくださいとか言われても、結構いきなり笑えないじゃないですか。
でも、こんな感じで喋ってみてって言われると、その人が言ってくれた通りにはやらないんだけど、それをきっかけに、こうじゃなくてこうだってわかるんで、何とか少しやって、ちょっと大げさにやってくださいって言われてやって、
やり始めた瞬間に、ちょっと違うけどこんな感じって言ったら、それそれって言われる。
防音の部屋じゃなくて、隣の部屋とかでいろんな国のやつがやってて、隣の人はスペイン語でやってたんですけど、だんだん近くなってきたり、大声で笑ってくださいとか泣いてくださいとかいろんなやつがあるから、
偶然、一回やって、次との間とかに向こうの方でスペイン語がすっごいバカ笑いしてるとか来るとこっちも笑っちゃうみたいなのもあったりとかして。
Takuya Oikawa
それはでももしかしたらあれかもしれないですね。本当の何の用とかって聞いてないのかもしれない。聞いてても言えない、NDAで言えないのかもしれないんですけれども、
想像するに、自然な人間の、もし僕だとしたら、自然な人間の教師データとして使うならば、やっぱりそういった指示においてある種恣意的に表情を作るものってのは必ずしも自然な状態じゃなく、
普段の人間のコミュニケーションのところの教師データとしては使えないと思うんですよ。ただ何に使えるかっていうと、やっぱりアニメだとか派手なアクションを求められるもの。
要は例えば今の理由ならば、いわゆる西洋人の方が東洋人に期待するリアクションを作るためのもの。
例えばやっぱりハリウッド的な日本映画、日本人をフィーチャーした映画って日本人からするとすごい違和感があったし、もしかして今でもあるかもしれないんだけども、でもそれがアメリカ人や西洋人が求めるものだとしたら、そういうふるまいをすることが役者に期待されるじゃないですか。
というような形で、例えばアバターだったりアニメーションだったりっていうところで、AIが自動的にあるキャラクターの表情を作るときの、それの元にされるっていう可能性があるんじゃないかと思いました。
Nobuhiro Seki
表情、要するに奥行きとかを考えないと、3Dじゃないと映像とかで作れるじゃないですか。
ただやっぱり撮ってるのが深度というか深みというか、そのところをすごい意識してたポイントで、やっぱりそれは角度を変えるときに必要になるじゃないですか。
だからやっぱりアバターとかメタバースみたいな話って、世の中的に言うとちょっと終わったみたいになってますけど、本当はそっちの話なんだろうかなとかね。
ちょっとあんまりこれ以上だんだん込み入って言えなくなってきますけど、ニューヨークという場所でやってることも含めて、さっきの舞台とかもアバターでやりましょうとかね、いろいろ考えられるじゃないですか。
今回やってたのはほとんど西洋系の言葉で唯一日本語だけだったんですよ、アジア系の言葉。
というのもなんかちょっと面白いなと思ったり、単にそれは日本人って結構アメリカに少ないんで、積極的に撮らなきゃいけないとかいう理由があるのかなとも思ったりはしたんですけど、
その辺が日本でこれ、結局読ませるスクリプトとかも全部日本語なんで、日本で丸投げしてやってもいいんじゃないのかなと思ったんですけど、やっぱりそういう、もしかしたらやる組織がないのかもしれないなと思いましたね。
すごい大量にワンフロアとか借り切って、ちっちゃい部屋に呼んでずっとやってましたからね、いろんな部屋で。
Mika Ueno
私ゲーム好きなんでよく見るんですけど、
龍が如くっていう最新作がこれから出るんですけど、あれのストーリートレイラーで人間の形を模したキャラクターがいっぱい動くんですけど、今までの作品も本物の俳優さんをキャプチャーしてモーションやってもらってっていうのでキャラクターもあるし、
想像上の、完全なCGっていうのもあるんですけど、両方ともそこそこリアルになっていくんですよね、見た目は
でも今最新作8で、今まで7だったんですけど、7まではものすごいディテールまで人間っぽいんですけど、表情の動きっていうのはやっぱりガチって固まってる感じはするんですよね。
表情系が動いてないっていうか、目の動きとかやっぱり人の表情っていろんな細部の動きをとってんだなってそれ見てすごい思うんですよね。ものすごくよくできてるんですけど。
8の最新作のトレーラー見たら、人物の表情が一気に人間っぽくなったんですよ。人間っぽい表情と動きと多分眉間の動きとか目のちょっとした動きとかあと頬とかいろんなところだと思うんですけど、なんかパッと最初見た初見ですごい人間っぽいと思ったんですよね。
それが、もちろんオリジナルのエンジンなのか分かれちゃったんですけど、新しいのを使っているんだろうなっていう感もあるし、口とか本当に細かい動きが人間の生きてる感を作ってるんだっていうのをそれを見て思ったのがちょうどあって、今関さんの話聞いてデプスとかね、いろんな表情とかっていうのをとっているのはそういうの裏にもあるんだろうなっていうのはちょっと思ったりしました。
で、その表情の人間っぽさ、声の人間っぽさは声優さんがやってるし、その人間っぽさっていうかその表情がいかにっていうのを感じましたね、すごくね。
その2時間でね、やったデータがどういうところに活かされるかっていうのは、ゲームとかアニメとかなんかシミュレーションとかそういうのありそうですよね。
Takuya Oikawa
これ撮影はどういう機材だったんですか。
Nobuhiro Seki
そこまでは言えないです。言えないかどうかわからないんだけど、たぶんさっきまで言ったところはわりと公開情報に近いとかはいいんですけど。
Mika Ueno
それは大丈夫ね。こういうのやったっていうのは大丈夫なのね、言って。
Takuya Oikawa
僕結構微妙かなと思って聞いてたけど、面白いからいいやと思って。
Nobuhiro Seki
たぶんこれ自身はそんなに大した、そういうことをやってること自身、ホスティングに出てるから。
だからどんな機械でどんなとこまで見ましたかっていうのはちょっと難しいと思います。
Takuya Oikawa
結構特殊なやつだったんですか。
Nobuhiro Seki
特殊ないですよ。
だから言っても、もしかしたら特定できないように言えば差し支えないかなって思うレベルの話ですね。
だから今のお話聞いて、どういう機材だったら取れそうかって考えたら、わりと今時だったら取れちゃうんじゃないですか、民生用のデザインボードっていうような。
Takuya Oikawa
普通のスマホにLiDARが載っかってる時代ですからね。
Nobuhiro Seki
ほとんど最近のスマホってそういういろんな機器として使えるじゃないですか、専門機器としてね。
Takuya Oikawa
大体わかりました。
Mika Ueno
なるほどね。実体験の面白いな。私もそういうの受けてみたい、やってみたい、協力してみたい。
Nobuhiro Seki
クソ忙しいのに、つい誘惑に耐えかねてしまいました。
Mika Ueno
そういうの大事ですよね。
Takuya Oikawa
僕も明らかに、ユーザーインタビューみたいなやつもそうだし、明らかに営業の電話とかメールとかってあるじゃないですか。
断るんですけど、この企業の話聞いてみたいなと思ったら聞いてみて、どんな感じだったかっていうのをすごい体験してみるっていうのはやることありますね。
Nobuhiro Seki
その回があったじゃないですか、昔。
確かにありましたね。すっかり忘れていた。
定期サブスクリプション解約する話と、あとはネットプロモータースコアの話は、もしかしたら同じ回だったかもしれないですね。
Mika Ueno
そうでしたっけ?
Takuya Oikawa
僕も何話したか忘れてました。
Mika Ueno
そっかそっか。私と関さんあれ見るからね。復習というか。
Nobuhiro Seki
ここまで出してみたっけ、考えますからね。
見出し、一応ね、そういう企業名は見出しにこだわるようにとは一応考えてますけどね。
Mika Ueno
出していいやつはタイトルにあるとね。おって思うのもあるけど、出さない方がいいものもありますね。
タイトル付けっていうのはね、すごく大変。めちゃくちゃ重要ですけど、すごい時間かかりますよね。
関さんはサクッとやるけど。あれめちゃめちゃすごいと思う。
記事にしても、YouTubeにしても、いろんなものってやっぱり最初の初見で人のアテンションを引くっていうのあるじゃないですか。
サムネイルだったら画像とかだし、そこに入っているテロップというか文字で
パッと引きがないとっていうのもあるしね。
いろんなコンテンツとかプラットフォームが変わったとしてもそうですよね。
このPodcastだって音は目に見えないわけだから、タイトルとかディスクリプションで聞いてみようかなとかっていうのってあると思うし。
Nobuhiro Seki
タイトルって付けるときはそのときにほとんど時間かかんないですけど、
1日経ったりすると、なんでこんなの付けたんだっけって思うときも結構あります。
割と一過性なものですね、そのときの。
頭のモードによります。
全然思いつかないときとかはもうやるのやめます。
Mika Ueno
一晩寝かすっていうのはそこそこ意味があるんですね。
Nobuhiro Seki
やり方もだから、最初の頃は実は積み上げ式でやったんですよ。
積み上げ式ってどういう風にやるかって言うと、最初概要みたいに長く書いて、ちょっとずつ削っていくんですね。
もうちょっと制限があるじゃないですか。
これを言い換えたらもっと短くまでやっていって、削っていって、
本当にこれがエッセンスですみたいな感じに短くしていくタイトルの付け方と、
どっちかっていうと全体見てザクッと頭の中に浮かんだキーワード3つみたいなやつで作るみたいなパターンだって。
初期の頃は短くしてたんですけど、
最近は短くしていくのをやってるときってAIで作れないかって僕はちょっとやったじゃないですか、一時期。
過去のやつを学ばせて。
それはもしかしたら短くしていくみたいなアプローチの究極はAIとかにあったほうがうまくできるんじゃないかと思ったんですけど、
あまりできないうちに自分のやり方もだんだん短くしていくんじゃなくて、
僕のあの時に話したことってなんだっけっていうのをスクリプト見せてもらって、
そっからキーワード3つ4つくらい思い浮かべて、それを散りばめてちょこちょこと直すのかな。
その後にディスクリプション作って整合性が取れてるかどうかチェックするみたいな感じに変わったんで、
最初はディスクリプションから作ってタイトル作ってたのに、今はタイトル作ってからディスクリプション作ってます。
製造方法変わりました。
Mika Ueno
へー面白い。
そういうプロセスがあったんだ。
私も聞いてなかったからそれは面白い。
確かにその、私が前タイトルとかディスクリプションを考えた時も、
でっかいもうめちゃめちゃ書き出すんですよ。
書き出した中でそこからこう取ってて削いでいくっていうのは同じなんですけど、
まずソーシャルメディアに出す時にどういう紹介するかっていうとこから書くんで、
私ディスクリプションみたいなとこだったんですよね。
200とか140文字とかその以内の中で書けるもの。
ずっと編集してるから聞いてるから、
ここでどういうところが伝えたいかなっていうすごく個人偏重のものになりますけど、
それを書いて、それをタイトルに凝縮するなっていうやり方をしてたんで、
めちゃくちゃ時間かかったんですけど、
人によってやり方違いますね。
Nobuhiro Seki
たぶん僕最初の頃って引き継ぐ時に、
その上野美香的出しをつけるのにすごいこだわったじゃないですか、最初の頃。
Mika Ueno
そうですね、上野が言うんだったら何て言うかみたいなね。
Nobuhiro Seki
たぶんそれがプロセスに反映されされて、
だんだんエッセンスにしていくみたいなやつ。
たぶん僕自身のやり方はどっちかというと逆で、
最初タイトルを決めてから書くみたいな感じが多いんで、
たぶんそっちに切り替わったっていうか、
切り替えちゃったっていう感じですね。
Mika Ueno
素晴らしい。
どっから関さんに切り替わったかはたぶんわかんないと思うんですけど、
タイトルの付け方とかね。
私は見てて、こういうふうに関さんに使われるんだ、
こうやって表現するんだとか、こういうふうに書くんだっていうのが、
もちろんアップデートしていくので、
それがすごく面白いし、自分の勉強にもなるし、
こうやって言葉を取り出すのか、
こうやって表現するんだっていうのはね、毎回ほーっと思いますね。
言葉の表現として今思い出したのがあって、
英語と日本語っていうか、言語の違いのやつで、
これも去年末のテレビ番組、
私が大好きな関ジャム完全燃SHOWっていうのがあって、
あそこで見たやつなんですよ。
いろんなアーティストが、
自分の今年のネタみたいなのを話してるダイジェストだったんですけど、
その中でDreams Come True、
ドリカムの中村さんと吉田美和さんがインタビューを受けてるやつで、
彼らの英語で歌詞を作ってる作品いっぱいあるんですけど、
英語で歌詞を作るときはどうやって作ってるんですかっていう話だったんですよ。
その時は最初から英語で作るらしいんですね。
日本語で作ったものを英語に書き換えてっていうんじゃなくて、
最初から英語の発想で作るっていうふうに言ってたんですけど、
でもかといって別にサラサラとできるわけではなくて、
ビルの谷間という表現の違い
Mika Ueno
その時に、ビルの谷間っていう表現をしたいと、吉田美和さんがね。
ビルの谷間がうんたらっていうそういう歌詞があって、
その表現をしたいんでこういうふうにっていう英語の歌詞で書いたんだけど、
それをもちろんネイティブの人とかこの音楽歌詞を書ける人、
ニューヨークの人らしいんですけど、
その人にチェックをお願いしたら、
ビルの谷間っていう言い方はすごい違和感があると。
ビルは地上より上に出てるもんだから谷間じゃないっていう英語圏とか英語話者の感覚があって、
上に出てるんだから谷間じゃないからそこはどうしても納得できないっていうので、
でも吉田美和さん的にはビルの谷間という表現したいと、
言ってることはわかる、ビルは地上から生えてるんだねわかる。
でもそれは谷間として表現をしたいっていうのがあって、
そこで結局いろいろ平行線だったらしいんですけど、
その歌詞がどうなったかちょっとわかんないけど、
それを聞いた時に、私はビルの谷間の表現めちゃくちゃわかるから、
山だって地面から上にあるもんだし、谷間って言うじゃないですか。
だから同じような表現なんだけど、英語話者からしたらこういう感覚があるんだって、
そのほんの数十秒のインタビューをやったんですけど、
衝撃を受けて、そうかーと思って。
外資系企業に行って仕事することも多かったから、
その時にも英語と日本語の表現の違いとか、
それぞれの言葉を母語にする人たちのこの表現とかやり方の違いっていうのが
いつも思っていることがあったので、すごく面白かったです。
そんな表現の話が今思い出しました。
違和感がある表現の意義
Takuya Oikawa
違和感があるものは詩だったならば、
あえて使うっていうのもあるかもしれないですよね。
別に英語、日本語に限らず、我々日本語話者の中でも、
これをこういう表現するんだっていうのが、
詩として非常に魅力的になることってあるんだと思うんですよね。
例えば文化圏のそういったコンテキストとか背景がないまま、
何もそういったしがらがみがない子供がパッと何かの場に行った時に、
それを何て表現するかっていうのと同じだと思うんですよ。
大人たちがそれをどう表現してるかっていう、
そういった背景情報がない時に、その子供が発する一言っていうのが、
こういうふうに見えるんだ、こういう見方もあるんだっていうふうに繋がることもあるんで。
なので、その歌詞の流れ次第ですけれども、
あえて違和感がある表現を使うことが、
すごい心に残るようなこともあるのかもしれないと思いますね。
Mika Ueno
そうですね。言葉って新しく生まれていくのってそうですもんね。
こういう表現する?みたいな、例えばぬるっとしたとか映像に使ったりするんですけど、
ちょっと昔の人からしたら、え?って思うかもしれないけど、
そういう表現ってどんどん新しいところが生まれてきますよね。
Takuya Oikawa
だって英語でクールっていうのだって、
普通にいいこと、かっこいいことをクールっていうのを、
そのまま寒いとか冷たいとかっていうふうに言われた時に、
日本語ではそう言わないよって言うけれども、
でも英語ではクールっていうのはそういう意味なんだってなって、
僕らカタカナでそのままクールって言っちゃうけれども、
でももしかしたら冷たいっていうのも面白いかもっていうふうに判断するかもしれないし。
Nobuhiro Seki
まあね、形容詞はね、フィーリングの説明だからそうなりがちってね、
翻訳しづらいってなりますけど、さっきの違和感っていう意味で言うと、
よく挨拶の時にLong time no seeって言うじゃないですか、英語で。
これってもう英語じゃないですよね、みたいな。
もう完全に中国語じゃんっていう感じなんですけど、
やっぱりこれって中国系の人のオリジナルですよね。
まさに4つに分かれるというか、
これ絶対中国語の四文字だろうなっていうふうに思うみたいな感じのところがあるんですけど、
多分今ってすごい普通のアメリカ人とか普通に使ってるんですけど、
多分すごい英語話者からちょっと違和感があると思うんですよ、ロングタイムノーシーって。
英語っぽくないですよね、全然ね。
すごい片言の中国人の人が喋ってるっぽいような、
それをわざとかっこいいと思って使ってるっていう、
まさに他人の話と近いのかなって思ったりしました。
Mika Ueno
そんな違和感あるって言った方も音楽業界の人だし、
多分作詞家とかそういう人だと思うんですけど、
それでもあるんだろうな。
一方、及川さんが言うみたいに、
芸術的表現とかいろんな新しい革新的な表現っていうのは
どんどんそういうとこから生まれてくると思うし、
自分が母語の言語で考えてみても、
こういう新しい言い方ってないかなとか、
自分がこう感じてることをどうやったら伝えられるだろうっていうのって
どんどん変わっていくんだろうな。
Nobuhiro Seki
それってやっぱり日本語とか英語とかって
そういう柔軟性がすごい高いですよね。
新しい信語とか新しい表現とかがすごい生まれやすい。
逆に言うとすごい勢いで沈黙化するみたいなところがあって、
他の国の言葉をすごい平気で取り入れちゃうっていうのは
多分日本語も英語も極めてそういう傾向があるんだと思いますよね。
Takuya Oikawa
ビルの谷間、
なぜそういうふうに表現するようになったかっていうのも
面白いと思いますよね。
視点がどこにあるんだろうとかね、例えば。
多分視点は上にあるし、
かつ谷間っていうからには少なくとも
2つの高い大きいビルがあるというところなので
ビルの谷間っていうふうに言い出したのは
例えば日本発ならば
日本のどこを見てそういったのかっていう話であったり
ビルの谷間の意味とイメージ
Takuya Oikawa
その人はどこに立っていたのかですよね。
もしくは逆に日本人からすると地上から見て高いビルを見たときに
自分が今いるところが谷間だっていうような
そういった発想があるのかもしれなく
さっきの話で言うと英語圏の人にはその発想はないと
これは山なんだと、我々は地上だと、ここは谷と呼ばないと
そう考えると英語表現の話かもしれないですね。
さっき言った山があってその間にあるのを谷間って言うじゃないですかって
美香さん言ったと思うんですけど
英語だとすると谷間って言わないのかもしれないですね、そもそもが。
Mika Ueno
自分が立っているところより下?
Takuya Oikawa
いや違います。自分が地上にいたとします。
2つの山に囲まれているところを英語では谷って言わないんじゃないですか?
もしかしたら言うのかな?
もしかしたらそういったバレーなんですかね、谷って。
でもそれが実は日本で言う谷と違うニュアンスがあったりするのとかっていう
そもそもの言葉の持つ意味が違うのかもしれないし
もしくはさっき言ったみたいに同じだとしたならば
視点が、人がどこの視点を持つかによって
それを谷と呼ぶか何と呼ぶかっていうのが違うのかもしれないとか
全然わかんないけれど、なんかそういった文化的に
なぜそもそもビルの谷間を我々は谷間と呼んで
英語圏の人は呼ばないのかっていうところを
考えてみると面白いなと思いましたね。
Mika Ueno
なるほどね。今、及川さんが話しているときも
ビルの谷間って確かに自分の中でどう捉えてるだろうと思ったら
浮かんでる絵はあるんですよ。ちょっとした夕暮れで
左右にでっかいこの高層ビルがあって
ちょっと寂しげな感じなんだけど
自分がそこの中にいて見上げてる感じで、私視点が下だったんですよ
いう感じで捉えてて、もう一個は明るい日中なんですけど
自分がビルに360度囲まれてて
周りに山があって自分がこの中に沈んでるというか
ここに覆いかぶされそうなビルがいっぱいあって
そういう感覚もあったんですけど
一番最初に浮かんでたのは
夕暮れのビルの中のところに見上げてる感じで
めちゃくちゃでっかいビルがあるっていう感じだったので
Takuya Oikawa
なるほど。
Mika Ueno
人によって感覚違いますね、確かにね。
Takuya Oikawa
もうビルの谷間って言葉が日本語では自然に受けられるようになったとしても
そこで浮かぶ風景が違うっていうのは面白いですね。
僕は完全に視点上にあったんですよ。
Mika Ueno
上にあったんですね。
Nobuhiro Seki
山によく登ってるからですよ、きっと。
Takuya Oikawa
いや、違います。その前から。
僕は昔サンシャイン60っていうところに勤めてて
34階とか5階にいたんですけれども
その会社は54階とか55階っていうほぼトップのところにもフロアを持ってたんですよ。
そこから下を見たりするときに
人々が虫けらのようだと思いながら仕事してたんですけど
冗談です。冗談です。冗談です。
でも上から見て下を見たときに
これ谷間だなっていう感じがあり
今でもやっぱり高層ビル
特に高層ビル外に行ったときに
そのビルとビルの間の下が谷間だなっていうような
そういう風景を私は思い出したんですね。
下にいるときにそこ谷間だっていう意識はあまりなかったんですよ。
なのでもしかしたらやっぱり上と下の視点があるのかなと思ったんだけども
美香さんの今の説明でこれは日本人の間でも
視点は全然違うなっていうのがわかって面白かったですね。
Mika Ueno
関さんどう思います?ビルの谷間って言って何が浮かびます?最初
Nobuhiro Seki
ビルの谷間はやっぱり僕は地上からの視点ですね。
あんまりビルの谷間って言われてそんなに浮かばないんですよ。
ビルの谷間の位置関係と言語
Nobuhiro Seki
そもそもがね。あんまりその表現に何かこう
こういうのが浮かびますかっていうときにビルの谷間
やっぱりビルを上から見るっていう視点があんまりなくて
ビルって見上げる視点なんですよ。自分の中で言うと。
だからその谷間って言うとビルが遠くにあって
そこに結構空いてる場所があるのかしらっていう感じですよね。
でも冷静に谷間って言われるとこのビルの谷間って
屋上から見せたらそこが谷だよねって思うじゃないですか。
隣のビルの間が谷ですよ。
Mika Ueno
及川さん的な視点ですよね。
Nobuhiro Seki
でもその視点は言われるまで。
ビルの谷間って何ですか?客観的に説明してくださいって言われたら
多分そうなると思うんですよ。
でもあくまでもその時でも視点は地上にいる視点なんですよね。
地上にいてこういう谷が見えてますっていう。
だから谷の形状のことを谷と思っていて
いわゆる溝みたいなもの。谷って溝みたいなもんじゃないですか。
谷を溝とは思ってないですね。
というのが分かりました。
Mika Ueno
地上にいて見上げてるってのは似てる感覚ですね。
Nobuhiro Seki
特にビルに引っ張られてるとは多少は思いますけど。
Mika Ueno
やっぱりその現体験とか印象的な体験とかね。
そういうものが人の感覚を作ってるんだなっていう。
今なんか分かった気がする。面白いな。
Nobuhiro Seki
英語とか特に極端なドイツ語ですけど
前置詞があるじゃないですか。いっぱい。
前置詞って全部位置関係を表してるんですよね。
上にあるとか隣にあるとかくっついてるとか離れてるとか。
だからポジショニングはすごい重視してる感じがするんですよね。
英語とか。
ドイツ語ってテーブルの上に載ってるだけで七つ表現があるみたいなことを誰か言ってましたけど
要は真ん中に載ってるものと端っこに載ってるものとなんとかみたいなのが全部違うんです。
だからそういうのを厳密に捉えるから
異常に厳密にいろんな物事をきっちり説明しないと気になる、気に入らないみたいな。
そういうところがあるんですよみたいなことを昔言われたことがあって
僕はドイツ語やってないから知らないんですけど
そんな話をしていて、確かに英語でもやっぱり
なんでここはonなんですかとかinなんですかとかっていうのは
一部を除いてやっぱり意味がすごいあるわけですね。
図示するとこういう位置だから絶対これはinにはならないんですよとか
なんかそういうのってやっぱりポジションで結構考えてるっぽくて
実際前置詞って英語で言うとプレポジションと言うんじゃないでしたっけ。
だからまさにポジションを表す言葉なんですよね。
相対的な位置を表す言葉だから。
その時にやっぱり物がどこに置いてあるんですか。
それは上に向かってるんですか下に向かってるんですか横に向かってるんですかっていうのは
結構厳密に英語はその頭の中では意識があって
それがずれてると気持ち悪いっていうのは多分あると思うんですね。
Mika Ueno
大変面白いですね。
いろんな国の人に聞いてみたいですねこのビルの谷間表現とかね。
ドリガムのどの歌なのかわからないけど例に出して。
Nobuhiro Seki
全部日本語のバイリンガルの人に聞かないとなかなか翻訳の時点でわからなくなっちゃう。
説明する時にさっきの話なんですけど
ノンネイティブの感覚で説明して
それに合わせたフェイスエクスプレッションは使えないですねって話と一緒で
バイリンガルの人はどう思うかっていうのはちょっとある気がしますね。
英語系のやつと東アジア系って主体客体の見方も結構違うじゃないですか。
住所の表記とか年号の表記とかも英語とか西洋の方が
割とオブジェクトから始まってだんだん引いていくみたいな感じ。
東アジア系のやつってまず全体像からいってそれをだんだん狭めていくみたいな。
そういうこと一つとってもそういう表現によった形での婚約ができないなみたいなことって結構あったりするよねって感じで。
この話をしていいのかわからないけど
うちの子供はよく言葉の音楽でYouTubeのビデオとかで音楽が流れてるんですけど
その中でだんだんだんだん海のボートにキャプテンが乗ってます。
その人が水中を見たら何かが見えました。
海中の中に木がありました。
木の中に枝がありました。
枝のところに何かがついてましたみたいな。
だんだんちっちゃくしていくんですけど
それ英語の歌詞によって言うと最初に物を言ってだんだん引いていくわけですね。
だからそこにのみがいました。
のみは木に登っていました。
その木は海の中にありました。
その海は何とかですって感じでだんだん引いていくっていう歌詞でしゃべるんですけど
言葉の表現と違和感
Nobuhiro Seki
日本語でしゃべると逆になっちゃうんですね。
海からずっとだんだん下げていくじゃないですか。
これに字幕つけられないなと思ったんです。
画面がどんどん切り替わっていっちゃって
だんだん引いていくアニメが流れていくんですけど
もし字幕をつけると逆じゃないですか。
引いたところからだんだんちっちゃくしていくから
字幕と絵が全く合わない状況が
その歌のほとんどで起きることがあって
これもこの時点で子供が
どっちを頭の中のロジックとして使うかっていうのは
この子供の小学校に入る前ぐらいのところで
かなり決められちゃうなーみたいなことはちょっと思いました。
逆の人からすると住所の時に
ストリートのビルディング番号から言ってくれないと
どうして行けるの?みたいな話になったりとか
それは慣れの問題もあると思うんですけど
やっぱり一時が万事そういう違和感になっちゃう。
それがさっきのビルの谷間っていう表現
そのものは僕らが想像できる
僕らが想像するビルの谷間ってのがあると思うんですけど
それがやっぱりもしかしたら
脳の中で全く違うものになってて
だからすごい違和感があるっていうことなのかなとも思いますよね。
言葉によって結構違うんだろうなと思います。
Mika Ueno
今日は表現とか言葉とか
視覚も言葉も含めて表現の話でしたね。
36:07
7 Stars

Comments

母国語が違うことによる解釈の差はあると思いますし、同じ母国語話者でも頭の中に入っている辞書や認識の違いは多くあるんだと思います。だからコミュニケーションの齟齬が発生するわんだろうなぁ、と感じます。

Mika Ueno

それぞれが前提にしている感覚や情報が違うことがコミュニケーションの齟齬生みますよね。同じバックグラウンドだと思っていても人それぞれ本当に違いがあるなと思いますね。

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