具体的なお話はできないんですけれども、似た例を日本企業さんの例で言うと、
例えばある業界の歯磨き系を作られているある会社さんが、
ある原料について、その製造から日本への輸出、場合によっては世界への輸出、統計をできるだけ早く入手したいと。
一般の国、日本が作る統計よりも早く入手したい。
それはなぜかというと、日本への最終的な輸入量を予測できれば、
競合の一番の試合をとっている会社が何千万本歯磨きを製造するかが予想できる。
それに対して自分たちは何本にするんだということも決められる。
のように、一見最終製品とは関係のないような情報をうまく使うことで自分たちの政策に活かしていく。
ほとんど同様のことを鉄骨会社の方もやられていて、
一般に使われる統計なんですが、それをできるだけ日本で発表される前に海外で取りたい。
これによって競合の動きがわかる。
というようなことを、今日本企業さんの例を出したんですが、
米国の中の調査機関はそれを突き詰めてやっているというような、
そういうようなことが、情報って大事なんだなということを知るきっかけになりましたね。
なるほどですね。
私の妄想だと、情報ってある意味そういうところの世界では、
すごく頻率的な取得情報を扱ってというようなイメージだったんですけれども、
今のお話だと、もっと統計情報とか一般情報を論理的に組み立てて、
それから価値を作っていくというところがお話で、すごく私的には新鮮でしたね。
そういったところがマーケティングのところにつながってくるということですかね。
そうですね。申し上げられるところだと、先ほどの機関も、
当時は新聞で人を募集しているぐらいだったんですね。
簡単な仕事、例えば川で水を採取するみたいなことが書いてあって、
ああ、なるほどと。ちょうどルートもあったものですから、
新聞で募集しているけれども、どういうことなんですかね。
怪しいみたいですね。
ただ、川の水を見れば上流にある工場がどういうものを作っているかとか、
1代目には別の苦労は持ってますと。
もっと大きい車、あるいは他人数乗車ができる車も持ってますと。
2代目、3代目、例えば息子さんや奥さんが買い物に行くときに、
小さめの車が欲しい。
だったらデザインのいいものがいいや、みたいな形で、
エンジンにほとんど開けないような人たちが、
例えばBMWのスポーツカーを持っているけれども、
自分でボンネットを開けたことがありません、みたいな答えが
数多く出てくるんですね。
そういうような最初のイメージと調査によって、
明らかになる結果、そこから予測される自分たちの方針との
適合性、最終的にはエンジンの設計を決めていくというように、
様々な情報を集めることで、一つの試験で行うというところは、
アメリカの工程機関でも日本の企業でも、原点は同じですね。
ありがとうございます。
もう一点、商社自体は、販路開拓というか、
お取引先さんとの関係を作るとか、
そういったところもいろいろポイントはあると思うんですけども、
何か思い出話というか、そういったところで何かご苦労であったり、
何かあればですか?
もともと、君は英語ができるんだねと言われて、
日本にいた頃ですね、もちろんできますと言ってアメリカに行ったわけなんですが、
実際の英語経験というのは、中学・高校・大学で英語を習ったというだけですので、
何とかなるだろうと思って行ったんですけども、ほとんどわからないと。
空港でコーヒーを頼んだらクッキーが出てきちゃいますし、
これはダメだ、マクドナルドに行こうと思って、
マクドナルドに行ったら、何かいっぱいいろいろ聞いてくるんですね。
ここで食べるのか、外に持っていくのか、コショウはいるのか、ピクルスは乗せていいのか、
それもできないような状況だったので、結局仕事に入っても電話も取れないんですね。
難しいアフリカ系の苗字とか、いろんな方がおられますから名前一つ取れない。
その時の情緒から、もう帰るかと言われて、1ヶ月でですね。
勉強はもちろん、いろいろボランティアの方々や学校に行ったりしながら、
勉強もしたんですけれども、まずは、私にできることは何かということで、
自分は日本語が得意だということで、ニューヨークにある、当時リストがあって、
500社くらいのリストがあったんですけれども、全部連絡して、
とりあえず応募をして、何かビジネスチャンスがないか確認してみると。
それは法人の企業ですか?
法人の企業ですね。
法人の企業ですね。
一部は、レストラン、ホールディングス会社とか、そういう会社さんもあったんですが、
とにかくやってみようということで、毎日毎日電話をかけてですね。
電話で終わらずに実際に行くということ。
ニューヨーク自身はマンハッタンだったので、マンハッタンの中野という地域を限定しましたので、
実際にお会いするという形で、結局500社といっても300社もなかったんですね。
生きている連絡先が。
結果的にリストが正しいかどうかということも分かってきちゃったんですけど、
その中には大きな電気会社さんや、日本のトップレベルの企業さんがほとんどマンハッタン、
そういう視点を持ちのところが多いので、そういう方々を回っていくうちに、
自分たちではできないけれども、アメリカ企業からこういう話があるよというような情報が入り始めてきて、
半年ぐらい経ったところから形になり始めたんですね。
それが僕自身がやるというより他の部門に言うような情報だったり、ありがたがられるようなところがあって、
結果的にそのうちにだんだん英語もできるようになって、
今度はアメリカ企業に対して、例えば雑誌なんかに出ている新しい技術だとか、
あるいは面白そうな商品があったら、飛び込みで電話をかけて、話をして日本側に紹介する。
やっぱり最初に電話をかけまくるという、今だったらメールなのかも分かりませんけれども、
やや力づくなコミュニケーションの取り方が自分を随分鍛えてくれましたし、
なかなかここでは取れない情報が集まってくるなというのを実感しましたね。
そんなような状況、決して褒められた話ではない。
先生はとてもジェントルマンで、お話も素敵で落ち着きがあるんですけれども、
そこからは想像できないような経験かなと思いました。
半年経って形になったというのも、半年くじっけずにやられたというのがすごいなと思いましたね。
そういったバイタリティが先生の原点というのがすごくお話を聞いていて、意外と言えば意外で、
とても素晴らしい話が聞けました。ありがとうございます。
今日はですね、ワークライフランのテクノロジーの進化がどういうふうに私たちの生活に影響を与えているかというところなんですが、
情報産業の業界にいらっしゃったり、あとはマーケティングのアカデミックなところの知見等も踏まえてですね、
何かこう最近気になるところとかございますでしょうか。
日々の生活の中でこういった技術の変化が私たちの生活に影響を与えているというようなご視点なんですけれども、
すみません、少々お聞きください。
今の時代もそうですし、これ歴史的に振り返っても、やはり技術が人々の仕事や生活に与える影響って、
とてつもなく大きいなというのは感じていたんですね。
今ももちろんAIであったり、AI分析したりですね、それを使って制御したり、
そもそも元にデータを取るセンサリングを含めて、これから社会を変えていくための技術がそれぞれ成長している段階で、
我々はそれをどう向き合うんだろうというのを考えていた時に、割と昔も一緒だなって感じたんですね。
これはもうかなり昔15年、もっと20年くらい前の話なんですけれども、
もう引退される方から、メディア業界で引退される方から、
昔はね、テレビっていうのは電気紙芝居って言われて、すごくバカにされてたんだよっていうことをおっしゃってたんですね。
その方はテレビ局の役員になられた方だったんですけれども、どういうことかというと、当時ラジオ先生だったので、
ラジオっていう媒体を主にしている方から見ると、電気的に絵が動いているだけじゃない。
そういう時代がありました。
それがラジオと単な逆転が起こって、テレビの時代になっていった。
今またテレビはネットとどう向き合うかっていう課題があります。
テレビがどうネットと向き合うかっていうのは、ほぼ同じような構図で、
ラジオがどうテレビに向き合うかっていうような技術的な変化が起こり、
そういう場の時には技術を軽視したり、無関心だったり、拒絶だったり、ある時には恐れっていうのもあるのかな。
そういう無関心に近いフェーズがあって、そのうちに導入のフェーズがあって、
興味・関心のある人は前向きに自分から取りに行くし、あるいはいやいや新しい技術を使いなさいって配備されて、
それを自分で学んでいかなきゃいけないような状況があるかもしれない。
そういう導入の段階があって、その導入の段階が終わると普及段階があって、当たり前になってしまう。
抗議の広い意味でのプラットフォーム、それがあって当たり前っていう状況になると、
そこからどんどん社会が変わってくるなというふうに感じたんですね。
それは先ほどアカデミアンでお話いただいたので、
その街ってどんなふうに生成されていくのかっていう論文を見ていたところ、
電車の搭乗によって街の作り方が全く変わったっていう研究があったんですね。
それは電車ができる前には、みんな歩いて行けるところが職場だった。
電車ができてそれが普及して当たり前のインフラになり、
当たり前のプラットフォームになって通勤という行動対応が発明されたっていう観点なんですね。
乗り物ができる前は通勤っていう行為そのものが歩いて行くとか、
自転車で行くみたいになったのかもしれませんが、電車で通勤するっていう対応はなかったわけですね。
これによって住むところと仕事をする場所がすごく離れて、
古い言葉ですけどドーナツ化現象みたいなことが起こって、
子どもたちの学校が街の中心部でいらなくなってしまって人口減少して、
その周辺部に集まっていく。
これは日本だけで起きたことではなくて、アメリカでも起きているんですね。
なのでアメリカの研究もその論文の中に入っていて、
今はどうなっているかというと、また不動産の行動は上がりますけれども、
職場接近の考え方も戻ってきていますし、
あるいはリモートというような技術が普及することによって、
そもそももっと離れているところに住んでもいいじゃないか、
鎌倉に住んでもいいじゃないかというような考え方も出てきたと。
その電車という一つの発明が、技術の複合的な成果が、
街全体を変えていき、もちろんそこで働く人々の行動も変え、
場合によっては家族関係も変え、
お父さんはいつも帰ってくるのに時間がかかるみたいなことも含めて、
とてつもない影響があるなと。
いうことをまず、原点といいますか、
最初にご質問いただいて感じるところですね。
ありがとうございます。
今のお話はすごく面白いお話だなと思って。
電車が搭乗して住むところと職場の距離感が変わったというのは、
コロナでリモートワークが広まったところとすごくシンクロしているというか、
というのを感じましたね。