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#9 テクノロジーの進化と働き方についての対話/ゲスト:後藤啓一さん(前編)
2024-10-07 28:00

#9 テクノロジーの進化と働き方についての対話/ゲスト:後藤啓一さん(前編)

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第9回は、初めてゲストをお招きしての対話の回になります。ご出演いただきましたのは知的財産アナリスト認定講座(コンテンツ・ビジネスプロフェッショナル)のマーケティング講座をご担当されている後藤啓一先生です。後藤先生とテクノロジーの進化が私たちの働き方にどのような影響を与えているかについてざっくばらんに対話しています。


知的財産アナリストは企業経営・ファイナンス・知的財産に関する専門知識を有し、企業の戦略的経営に資する情報を提供できるスキルを持つ職種/後藤先生のキャリアの話/最初は商社勤務/3年目でアメリカに駐在/アメリカに5年間、イギリスに2年間駐在/その後調査会社に移る、経営企画・法務を担当/海外は情報を使う頻度が多い/一般情報を論理的に組み立てる/川の水からも情報は取れる/ユーザとプロダクトの関わり方から調査する/様々な情報を集めて意思決定を行う/アメリカ駐在初期の苦労・自分にできることを見つけて愚直に実行/力尽くなコミュニケーションの大切さを発見/新たな技術の登場に対する人の認知の変遷/無関心や軽視、恐れから興味・関心に変わる、その後技術が普及すると社会が変わる/電車が普及したことで通勤という行動が生まれ生活圏が変わった/電車の登場とリモートワークの普及は社会に与える影響と変化が似ている


『ワーク・ライフ・ラン』

これからの時代を健康的に、そして前向きに生きるためのヒントと問いをお届けする番組です。

過去・現在・未来の働き方(ワーク)、社会生活の変化(ライフ)、ランニングを通しての心身の健康(ラン)をテーマに話しています。


パーソナリティ

宮﨑晃(Miyazaki Akira)

⁠⁠株式会社actenable⁠⁠


⁠お便りはこちらから⁠

感想

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ワーク・ライフ・ラン。この番組では、テクノロジーの進化が私たちの働き方や生活にどのような影響を与えているかを考えたり、
ランニングを通して得られる心と体の健康を共有していき、リスナーの皆さんが健康的なライフスタイルを築き、前向きに生きるためのヒントや問いを考える番組です。
こんにちは。パーソナリティを務めます株式会社アクテナブルの宮崎昭也です。
今回は初めてゲストをお招きしての対話の回になります。
ご出演いただきましたのは、私のマーケティングの先生でもあります後藤啓一先生です。
後藤先生の職業人生の歩みや、テクノロジーの進化が私たちの働き方にどのような影響を与えているかについてザック・バランに対話をしています。
2回に分けて配信しますが、今回はその1回目です。それではお聞きください。
ワーク・ライフ・ラン始まりました。今回はゲストにご出演していただいております後藤啓一先生です。
後藤啓一先生は知的財産アナリスト認定講座コンテンツビジネスプロフェッショナルのマーケティング講座を担当しております。
後藤先生、今日はご出演ありがとうございます。
よろしくお願いします。
本当に嬉しいです。ご出演していただいてありがとうございます。
簡単に私と後藤先生のご縁ですが、今お話しした知的財産アナリスト認定講座コンテンツビジネスプロフェッショナルを
私の方も受講させていただきまして、そこのマーケティング講座を担当されているご縁がきっかけで、その後交流をしているところです。
知らない方にも補足ということで、この知的財産アナリスト認定講座は
一般財団法人知的財産研究教育財団が運営されている講座でございまして、
企業の経営ファイルや資産に関する専門知識を有して、
企業の情報収集・分析・確保を行いまして、企業の経営戦略に資する情報を提供できる専門スキルを持つ職種のことといいます。
知的財産アナリストのコンテンツの方なんですけれども、
こちらは特にコンテンツを活用したビジネスで、
事業や企業に新たな価値を創造して経営に貢献するための提案をする専門人材ということで、
私も受講させていただいて、大変日々勉強しているところでございます。
それでは、後藤圭一先生に簡単に自己紹介をお願いいたします。
はい、後藤圭一です。よろしくお願いします。
現在は市場調査会社、調査会社におりまして、
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ホーム担当ということで、業務職員と契約を挟んで、
戦略といいますか、事業の進め方を考えたり、契約書を考えたりしています。
ざっくり経歴なんですが、もともと新卒で小さな商社に入りまして、30名程度ですね。
当時まだバブル時代だったので、いろいろな就職先がある中で、
一番早く海外に行かせてくれると、
2、3年後にはアメリカに行けるんじゃないの、というような言葉に惹かれまして、
情報を輸出にすると、例えば世界のカントリーリスクを日本に持ってくるとか、
逆に日本の情報を海外に販売するとか、そういうようなところに入りました。
実際に3年目入るぐらいですね、アメリカに駐在ということになりまして、
実際に親会社の商社に出向という形で入りまして、
そこから結果、5年間アメリカ、その後2年間イギリスと、7年間駐在経験を経て日本に戻ってきて、
そこで今の会社に、調査会社に転職をしたと。
転職理由をここでご説明するのもどうかと思うんですが、
どちらかというと海外のサービス商品を日本に持ってくるというような役割が多かったので、
やっぱり日本の商品を海外に紹介したり、日本市場の中で戦っていけるようなものはないかなということで、
ちょうど国際化を目指していた今の会社に入ったと。
今の会社に入ってからは大きく2つに役割分かれまして、
最初は調査をしていました。
自動車会社さんとか、メディアの会社さんのある種の取り組みを成功させるために事前に調査を行うということですね。
その後、経営計画管理部門に入りまして、最終的には経営企画、法務、経費を見る役割になって、
今は法務担当になっているという形です。
どうもありがとうございます。本当に素晴らしいご経歴で、私もすごく尊敬しておりまして、ありがとうございます。
今日の番組なんですけれども、後藤先生のご経歴のところももう少し記事しながら、
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途中からは番組がワーク・ライフ・ランということで、
番組のコンセプトでテクノロジーの進化が私たちの働き方や生活にどのような影響を与えているのかというところで、
先生とそういった身近な事例であったり、過去の歴史を振り返るところなんかもざっくばらに話しながら、
何かヒントや気づきがあればなとは思っております。
そういう形でございます。
ご経歴ありがとうございました。
そうですね、ちょっとお聞きしていければ、少しお話できる範囲でと思っているんですけれども、
小社時代の方で、一貫して情報産業の方で働かれていたと思うんですけれども、
アメリカやイギリスで駐在しているときに、どういったことが印象に残っているかとか、
あと情報で何かビジネスをしている上で、今までなかった気づきとか発見とか、
そういったところって何かありましたでしょうか。
なるほど、今お聞きいただいてポンと思い浮かんだのが、
日本の情報、日本の情報といっても誰でも取れる公の情報ですけれども、
それは新聞であったり雑誌であったりある種のデータベースであったりなんですが、
この辺りを米国の調査を行う公的な機関に農業をしたと。
あまり詳しくは申し上げられませんけど、農業をしたときに、
その利用頻度が、活用度合いがとても頻繁というか、
本当に情報を使うんだなという印象。
それは何かの結論を導いたり、あるいは何かを予測するときに、
裏情報といいますか、特別なルートを使った情報ももちろんあるんでしょうけれども、
大半は一般情報を論理的に組み立てて、それで自分たちの施策に活かしているというのを繰り返しおっしゃっていて、
そういうような話も、当時は昔の話で恐縮なんですけれども、
クリントンス政権になって、ソ連もロシアになって、
軍事的なものも、情報的なものも、民間と共にとか、民間の力を借りてというようなところがあったので、
比較的緩やかにコミュニケーションができたんですね。
そのときにずいぶん情報の大切さというのは教えていただきました。
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具体的なお話はできないんですけれども、似た例を日本企業さんの例で言うと、
例えばある業界の歯磨き系を作られているある会社さんが、
ある原料について、その製造から日本への輸出、場合によっては世界への輸出、統計をできるだけ早く入手したいと。
一般の国、日本が作る統計よりも早く入手したい。
それはなぜかというと、日本への最終的な輸入量を予測できれば、
競合の一番の試合をとっている会社が何千万本歯磨きを製造するかが予想できる。
それに対して自分たちは何本にするんだということも決められる。
のように、一見最終製品とは関係のないような情報をうまく使うことで自分たちの政策に活かしていく。
ほとんど同様のことを鉄骨会社の方もやられていて、
一般に使われる統計なんですが、それをできるだけ日本で発表される前に海外で取りたい。
これによって競合の動きがわかる。
というようなことを、今日本企業さんの例を出したんですが、
米国の中の調査機関はそれを突き詰めてやっているというような、
そういうようなことが、情報って大事なんだなということを知るきっかけになりましたね。
なるほどですね。
私の妄想だと、情報ってある意味そういうところの世界では、
すごく頻率的な取得情報を扱ってというようなイメージだったんですけれども、
今のお話だと、もっと統計情報とか一般情報を論理的に組み立てて、
それから価値を作っていくというところがお話で、すごく私的には新鮮でしたね。
そういったところがマーケティングのところにつながってくるということですかね。
そうですね。申し上げられるところだと、先ほどの機関も、
当時は新聞で人を募集しているぐらいだったんですね。
簡単な仕事、例えば川で水を採取するみたいなことが書いてあって、
ああ、なるほどと。ちょうどルートもあったものですから、
新聞で募集しているけれども、どういうことなんですかね。
怪しいみたいですね。
ただ、川の水を見れば上流にある工場がどういうものを作っているかとか、
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あるいはダムの放流した市内はちょっと別の情報だったかもわからないんですが、
いずれにしても川の水そのものを使って、そこに影響を与える産業だとか、
公的な、ダムなんかそうだと思いますけど、電源に関わることを情報収集し、予測を立てていく。
これが今ご質問いただいたように、マーケティングリサーチの世界でも、
よく情報を使いこなせる企業さんはそういうようなことをやられているなという印象ですね。
水からマーケティングにつながるというところは、その視点がやはりすごいですよね。
そうですね。
日本企業さんですと、例えばあるスポーツカーを開発される自動車会社さんが、
アメリカでの販売を中心といいますか、もちろん日本でも販売するんですが、
アメリカでの普及を狙っていると。
その時にエンジンのデザインをどうするか。
自動車を製造するときにかけられる費用が決まっているので、
どこに厚みを掛けるかというバランスが自動車会社さんによって変わる。
それが個性になっていくわけですけれども、
エンジンのところを今流行っているような蓋をかぶせて、
まるで綺麗に見せないような、
ガソリンエンジンの時代の話ですよね。
見せないようにするのか、あるいはメカをしっかり見せて、
その力強さだったり、性能を形で見せていくのかということをデザインする。
そのために、1週間のうちボンネットを何回開けますかということから聞いていくんですね。
車とどう付き合ってますか。
誰かを連れて行くとかドライブする以外に、
車の機能にどう関わりがありますか。
タイヤの空気圧を見てますか、みたいなことから始めて、
車への関与を調べていく。
結果的にエンジンをしっかり見せた方が、
このスポーツカーのターゲットに対しては、
効くのかどうかということを調査していく。
結果的にはエンジンを見せなくてもいいという話になって、
スポーツカーを持っている主な層の方々は、
2代目、3代目だったんですね。
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1代目には別の苦労は持ってますと。
もっと大きい車、あるいは他人数乗車ができる車も持ってますと。
2代目、3代目、例えば息子さんや奥さんが買い物に行くときに、
小さめの車が欲しい。
だったらデザインのいいものがいいや、みたいな形で、
エンジンにほとんど開けないような人たちが、
例えばBMWのスポーツカーを持っているけれども、
自分でボンネットを開けたことがありません、みたいな答えが
数多く出てくるんですね。
そういうような最初のイメージと調査によって、
明らかになる結果、そこから予測される自分たちの方針との
適合性、最終的にはエンジンの設計を決めていくというように、
様々な情報を集めることで、一つの試験で行うというところは、
アメリカの工程機関でも日本の企業でも、原点は同じですね。
ありがとうございます。
もう一点、商社自体は、販路開拓というか、
お取引先さんとの関係を作るとか、
そういったところもいろいろポイントはあると思うんですけども、
何か思い出話というか、そういったところで何かご苦労であったり、
何かあればですか?
もともと、君は英語ができるんだねと言われて、
日本にいた頃ですね、もちろんできますと言ってアメリカに行ったわけなんですが、
実際の英語経験というのは、中学・高校・大学で英語を習ったというだけですので、
何とかなるだろうと思って行ったんですけども、ほとんどわからないと。
空港でコーヒーを頼んだらクッキーが出てきちゃいますし、
これはダメだ、マクドナルドに行こうと思って、
マクドナルドに行ったら、何かいっぱいいろいろ聞いてくるんですね。
ここで食べるのか、外に持っていくのか、コショウはいるのか、ピクルスは乗せていいのか、
それもできないような状況だったので、結局仕事に入っても電話も取れないんですね。
難しいアフリカ系の苗字とか、いろんな方がおられますから名前一つ取れない。
その時の情緒から、もう帰るかと言われて、1ヶ月でですね。
勉強はもちろん、いろいろボランティアの方々や学校に行ったりしながら、
勉強もしたんですけれども、まずは、私にできることは何かということで、
自分は日本語が得意だということで、ニューヨークにある、当時リストがあって、
500社くらいのリストがあったんですけれども、全部連絡して、
とりあえず応募をして、何かビジネスチャンスがないか確認してみると。
それは法人の企業ですか?
法人の企業ですね。
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法人の企業ですね。
一部は、レストラン、ホールディングス会社とか、そういう会社さんもあったんですが、
とにかくやってみようということで、毎日毎日電話をかけてですね。
電話で終わらずに実際に行くということ。
ニューヨーク自身はマンハッタンだったので、マンハッタンの中野という地域を限定しましたので、
実際にお会いするという形で、結局500社といっても300社もなかったんですね。
生きている連絡先が。
結果的にリストが正しいかどうかということも分かってきちゃったんですけど、
その中には大きな電気会社さんや、日本のトップレベルの企業さんがほとんどマンハッタン、
そういう視点を持ちのところが多いので、そういう方々を回っていくうちに、
自分たちではできないけれども、アメリカ企業からこういう話があるよというような情報が入り始めてきて、
半年ぐらい経ったところから形になり始めたんですね。
それが僕自身がやるというより他の部門に言うような情報だったり、ありがたがられるようなところがあって、
結果的にそのうちにだんだん英語もできるようになって、
今度はアメリカ企業に対して、例えば雑誌なんかに出ている新しい技術だとか、
あるいは面白そうな商品があったら、飛び込みで電話をかけて、話をして日本側に紹介する。
やっぱり最初に電話をかけまくるという、今だったらメールなのかも分かりませんけれども、
やや力づくなコミュニケーションの取り方が自分を随分鍛えてくれましたし、
なかなかここでは取れない情報が集まってくるなというのを実感しましたね。
そんなような状況、決して褒められた話ではない。
先生はとてもジェントルマンで、お話も素敵で落ち着きがあるんですけれども、
そこからは想像できないような経験かなと思いました。
半年経って形になったというのも、半年くじっけずにやられたというのがすごいなと思いましたね。
そういったバイタリティが先生の原点というのがすごくお話を聞いていて、意外と言えば意外で、
とても素晴らしい話が聞けました。ありがとうございます。
今日はですね、ワークライフランのテクノロジーの進化がどういうふうに私たちの生活に影響を与えているかというところなんですが、
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情報産業の業界にいらっしゃったり、あとはマーケティングのアカデミックなところの知見等も踏まえてですね、
何かこう最近気になるところとかございますでしょうか。
日々の生活の中でこういった技術の変化が私たちの生活に影響を与えているというようなご視点なんですけれども、
すみません、少々お聞きください。
今の時代もそうですし、これ歴史的に振り返っても、やはり技術が人々の仕事や生活に与える影響って、
とてつもなく大きいなというのは感じていたんですね。
今ももちろんAIであったり、AI分析したりですね、それを使って制御したり、
そもそも元にデータを取るセンサリングを含めて、これから社会を変えていくための技術がそれぞれ成長している段階で、
我々はそれをどう向き合うんだろうというのを考えていた時に、割と昔も一緒だなって感じたんですね。
これはもうかなり昔15年、もっと20年くらい前の話なんですけれども、
もう引退される方から、メディア業界で引退される方から、
昔はね、テレビっていうのは電気紙芝居って言われて、すごくバカにされてたんだよっていうことをおっしゃってたんですね。
その方はテレビ局の役員になられた方だったんですけれども、どういうことかというと、当時ラジオ先生だったので、
ラジオっていう媒体を主にしている方から見ると、電気的に絵が動いているだけじゃない。
そういう時代がありました。
それがラジオと単な逆転が起こって、テレビの時代になっていった。
今またテレビはネットとどう向き合うかっていう課題があります。
テレビがどうネットと向き合うかっていうのは、ほぼ同じような構図で、
ラジオがどうテレビに向き合うかっていうような技術的な変化が起こり、
そういう場の時には技術を軽視したり、無関心だったり、拒絶だったり、ある時には恐れっていうのもあるのかな。
そういう無関心に近いフェーズがあって、そのうちに導入のフェーズがあって、
興味・関心のある人は前向きに自分から取りに行くし、あるいはいやいや新しい技術を使いなさいって配備されて、
それを自分で学んでいかなきゃいけないような状況があるかもしれない。
そういう導入の段階があって、その導入の段階が終わると普及段階があって、当たり前になってしまう。
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抗議の広い意味でのプラットフォーム、それがあって当たり前っていう状況になると、
そこからどんどん社会が変わってくるなというふうに感じたんですね。
それは先ほどアカデミアンでお話いただいたので、
その街ってどんなふうに生成されていくのかっていう論文を見ていたところ、
電車の搭乗によって街の作り方が全く変わったっていう研究があったんですね。
それは電車ができる前には、みんな歩いて行けるところが職場だった。
電車ができてそれが普及して当たり前のインフラになり、
当たり前のプラットフォームになって通勤という行動対応が発明されたっていう観点なんですね。
乗り物ができる前は通勤っていう行為そのものが歩いて行くとか、
自転車で行くみたいになったのかもしれませんが、電車で通勤するっていう対応はなかったわけですね。
これによって住むところと仕事をする場所がすごく離れて、
古い言葉ですけどドーナツ化現象みたいなことが起こって、
子どもたちの学校が街の中心部でいらなくなってしまって人口減少して、
その周辺部に集まっていく。
これは日本だけで起きたことではなくて、アメリカでも起きているんですね。
なのでアメリカの研究もその論文の中に入っていて、
今はどうなっているかというと、また不動産の行動は上がりますけれども、
職場接近の考え方も戻ってきていますし、
あるいはリモートというような技術が普及することによって、
そもそももっと離れているところに住んでもいいじゃないか、
鎌倉に住んでもいいじゃないかというような考え方も出てきたと。
その電車という一つの発明が、技術の複合的な成果が、
街全体を変えていき、もちろんそこで働く人々の行動も変え、
場合によっては家族関係も変え、
お父さんはいつも帰ってくるのに時間がかかるみたいなことも含めて、
とてつもない影響があるなと。
いうことをまず、原点といいますか、
最初にご質問いただいて感じるところですね。
ありがとうございます。
今のお話はすごく面白いお話だなと思って。
電車が搭乗して住むところと職場の距離感が変わったというのは、
コロナでリモートワークが広まったところとすごくシンクロしているというか、
というのを感じましたね。
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つながっているなというような印象です。
リモートワークも、多分私が思うに最初は、
関心ない人は関心がなくて、
その頃からリモートワークのテクノロジー自体があって、
でも導入はしていなくて、
それが徐々に導入していっても先駆けの企業で使うようになってきて、
それでコロナがあり、
いやいやながらにも皆さんがリモートワークに接してきて、
アフターコロナではそれが普及して当たり前に喋ることができているという、
そういう流れをイメージしましたね。
ありがとうございます。
大変勉強になりました。
ではですね、ちょうどそろそろお時間になりましたので、
まず1本目はこの辺りにしまして、
また次回お話の続きをしたいと思います。
一旦どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
28:00

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