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2018-05-09 22:50

第70回 早川洋平氏(キクタス株式会社代表取締役)【前編】

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今回はこのポッドキャスト番組の配信をお願いしております、キクタス株式会社代表取締役の早川社長にお越しいただきました。
早川社長は現在プロインタビュアーとしてもご活躍中で、羽生結弦、コシノジュンコ、高田賢三らトップランナーから、国内外のプロフェッショナル、戦争体験者にいたるまでジャンルを超えて取材されています。

少年時代はサッカー漬けの日々だったという早川社長が、広島での新聞記者時代を経て、現在の「聞くメディア」をプロデュースするキクタスの事業をスタートされた物語とは?多くのトップランナーへのインタビューを通して自らをアップデートし続ける、早川社長のお話は大変参考になります。ぜひお聞きください!



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社長に聞く＀in WizBiz
本日の社長に聞く＀in WizBizは、早川社長様です。
実は、このポッドキャストの配信をお願いしている、キクタス株式会社の代表の早川洋平様でいらっしゃいます。
まずは、経歴をご紹介させていただきます。
事業としては、プロインタビュアーをやっていらっしゃいます。
新聞記者等を終えて、2008年時代や場所を超える話を聞き集め、届けるべく、キクタス株式会社を設立されていらっしゃいます。
他人譲りや、腰の巡行、高田建造など、さまざまなトップランナーのインタビューをされたり、または戦争体験者のインタビューなど、ジャンルを超えて取材をされていらっしゃいます。
早川社長様です。本日よろしくお願いいたします。
では、最初のご質問なんですが、ご出身は横浜ということで、小学校・中学校時代、どんな幼少期をお過ごしになられましたか。
そうですね、一言で言うとサッカー付けですかね。寝ても覚めてもずっとサッカーばかりやっていた感じですけど。
プロとかを目指していらっしゃった?
そうですね。まさにちょうど中学生になるときなんですけど、Jリーグが開幕するときだったので、2002年のワールドカップがありましたね。
とにかくプロサッカー選手になってワールドカップに出るんだみたいな感じで、ずっとサッカーしていました。
じゃあ結構お上手でいらっしゃった?
どうなんですかね。一応中学ではキャプテンをやって、高校では進学校に進んだんですけど、上には上がいますから。
高校もサッカーをやられた?
そうです。そのために高校を選んだ。
高校はどちらの高校?
日大藤沢というところです。
サッカーの大変強い高校で、インターハイとかも行かれた。
よくご存知です。
全国大会も出てらっしゃるんですけども。
日大では藤沢を選んだのはサッカーでですか?
そうです。もうそれだけです。
じゃあ本当にプロになろうという感じでいらっしゃったんですね。
高校時代はどんな時代を過ごされましたか?
本当にそれこそサッカー、サッカー、サッカーという感じですね。変わり映えのない答えですみません。
その後大学に行かれていらっしゃると思うんですけど、大学はどちらの方ですか?
大学はその前に日大の法学部に行きました。
そちらを選ばれた理由というのは何か?
これはあまり今まで言ったことがないんですけど、付属からなんで日大に結果的に上がったというのはあるんですけど、
実は別の横浜の公立の大学を受けているんですけど、見事に落ちまして、
高校では結構成績が良かったので受かるよと言われていたんですけど、
まさかの指定高水準に落ちて、それでそのまま付属で上がったという経緯でございます。
日大って結構そういうのを許される学校なんですね。
そうですね。
ある程度なんだかんだ付属なので、成績がそれなりに良ければ付属内で上がれるかなというのがあったと思うんですけど。
でも日大の法学部というと結構成績が上側から法学部という。
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そうですかね。要領だけは良かったので。
法律関係に進もうとかそういうのはあらゆる感じですか?
これが交渉な話をしたいんですけど、全くなくですね、もうそのある国公立のところ落ちてしまったので、
もう意気消沈してとりあえずいろいろ今後幅が広がりそうだなぐらいの感じで法学部を選ばせていただきました。
なるほど。大学時代はどんなことをされていらっしゃったんですか?
大学は本当に今お話ししたように高校まではもう寝ても覚めてもサッカー付け、サッカーバカだったので、
実は高校でレギュラーにもなれなかったんですね。
その時点で正直プロになるのは厳しいというのが見えていたので、
大学入ってからは一点サッカー以外のことで視野を広げたいということで、
やっぱりいろいろ貧乏旅行に行ったりとか、本当に30種類ぐらいアルバイトをやったりとか、
あとは人並みにちょっと飲み会行ったりとか、サッカー以外のことをしてましたね。
なるほど。卒業後すぐ新聞記者を出らっしゃったんですか?
そうです。
新聞記者を選ばれた理由というのは?
それがやっぱりサッカーと紐づいていて、ずっとサッカーが好きだったので、
就職活動を大学3年ぐらいの時にするときにまず考えたのが、
サッカーの前なんですけど、とにかく視野が狭くなるのが嫌だったので、
それで大学もサッカー以外のことをやったと先ほど申し上げましたけど、
就職をするときに何を考えたかというと、やっぱり貧乏旅行をいろいろ行っていたので、
旅に行くと視野が広がるじゃないですか。
シンプルに旅の仕事がしたいと。
今考えるとその時点で視野が狭いんですけど、
一般旅行業務取扱責任者、主任、そういう国家資格があったと思うんですけど、
実は大学3年のときにその資格を取ろうと通信教育の勉強をしてまして、
旅行代理店に入るんだって息をまいていたんですけど、
途中でOB訪問したときに、HISに勤めていたOBの方が
早川君旅行好きなのはいいけど、旅行好きと旅行代理店で働くのは違うよっていう
当たり前のことを言われて、そのときはっと気づいて、
俺辞めようと思って、ごめんなさい、さっきの話でサッカーに戻るんですけど、
じゃあ何したいかというときに、やっぱりサッカーに関わる仕事をしたいということで、
いろいろ考えて、当時先ほど話したように2002年のワールドカップは近かったので、
実は父がずっとマスコミ出版社で編集者を長くやっていたので、
サッカーかけるマスコミで何かできないかということで、
いわゆるサッカーライターみたいなものを目指そうと思い、
新聞社もそうですけどテレビ局だったり出版社を片っ端から受けた。
で、運良く広島の新聞社に拾ってもらった。そういう経緯です。
なるほど。サッカーダイジェストとかサッカー雑誌もいろいろありますけども、
そういうのは受けに行こうとか思わなかったんですか?
思ったんですけど、新田社長ご存知かもしれないですけど、要は募集全くないんですよ。
今考えればもしサッカーを書くんだったらフリーランスからの方が早いと思うんですけど、
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当時そういうことも全く分からないので、それこそナンバーで記事を書きたいので文芸春秋受けようとか、
見事にもちろん跳ね返されて、そういう経緯です。
なるほど。今もサッカー記者はやりたいとか思ってらっしゃるんですか?
実はですね、結論を書いたら記者はやりたいとは思わないんですけど、
ただサッカーに関わる仕事は興味がありますし、
幸運にもこうやってキクタスで会社でもそうですし、
自分の番組でもそうですけど、サッカー選手の方だったりもインタビューできるようになったので、
当初描いてた入り口手法とは違うんですけど、
そういう意味ではかなっているかなとは思いますけど。
なるほど。新聞記者時代のことをお話をいただきたいなと思うんですけど、
新聞記者時代はどんなふうな仕事を中心にやられていらっしゃったんですか?
市政記者クラブと県警記者クラブなので、いわゆる新聞記者って感じですよね。
短い期間だったんですけど、札回り。夜打ち朝掛けみたいな。
24時間365日事件事故が起きたら、家に電話かかってきて、行けみたいな感じで。
なので、個人的にはさっきお話ししたようにサッカーが好きで、
そこから新聞社に入って、いつかサッカーのフリーライターになれたのか、
みたいなちょっと斜めから入っているので、
ジャーナリズムは全く恥ずかしながらないので、
もう耐えられず辞めてしまったというところもあるんですけど。
そうですか。
辞めた後はどんなことをされたんですか?
辞めた後は、しばらくマスコミをやっていた人間って、
みんなそういう方結構多いと思うんですけど、
続けられる方は続けられるんですけど、
辞める方は本当にきつい部分があるので、
その後休養して、実は半年ぐらい休んでいて、
そのときにすぐ僕は極端なんで、
逆張りというか考えちゃうのが、
やっぱり24時間365日じゃなくて、9時5時の公務員になりたいなと。
これ今考えると公務員の方でももちろんもっと働いている方がいらっしゃいますし、
いろいろ大変なことがあると思うんですけど、
そのくらい気楽に考えて、
地元は横浜だったので、横浜に住んでいたんですけど、
横浜市役所の公務員試験受けようと思って、
結構決意してたんですけど、
家族に相談したら、
あなた絶対向いてないからやめなさいって言われて、
後悔するって、はっきり普段うちの家族はそういうこと言わないんですけど、
言われて、そこで奇跡的に踏みとどまって、
やっぱり自分に問うたときに、
そのときが不思議なものなんですけど、
サッカーは好きだったんですけど、
新聞記者はいろいろつらかったんですけど、
サッカーは好きだったんですけど、
新聞記者はいろいろつらかったんですけど、
やっぱりそのときによかったのが、
いろんな人に会って、いろんな場所に行って、
自分の価値観を広げて、
さらにそこで得た情報を伝えることで、
世の中もアップデートさせるみたいな、
そういったものそのものにも興味を持つようになったので、
サッカーじゃなくてもいいかなということで、
もう少し幅を広げて、
マスコミにもう一回再就職の活動をしたんですね。
ただもう2年ぐらいで辞めているので、
サッカーは好きだったんですけど、
マスコミにもう一回再就職の活動をしたんですね。
ただもう2年ぐらいで辞めているので、
本当にまだ当時就職氷河期に近かったと思うので、
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どこも取ってくれずだったんですけど、
某大手新聞社の系列の広告制作会社がまた奇跡的に拾ってくれて、
それでいわゆる編集というか広告制作プロダクションに拾ってもらった、
ライターとして。
なるほど。広告のほうもまだ場でやっていらっしゃるという感じで。
そうですね。
そこは何年ぐらいでしたっけ?
そうですね。
そこでは何か学ばれたことは?
そこではいい意味でなんですけど、
新聞記者のときは短い期間ですけど、
会社の看板もありますし、
本当に1年生、2年生みたいな自分みたいな人間でも、
ある意味名刺一つあれば誰でも会えるということだったんですけど、
広告制作会社はあくまでクライアントさんありき、
あと親会社である某大手新聞社ありきなので、
いわゆる取材といっても記事対広告が多いんですよ。
なので、何て言うんでしょうね、
好き勝手書けばいいわけじゃなくて、
クライアント、新聞社、そして当然読者がいるわけで、
ある意味相反する部分があるじゃないですか、
そこのあたりを全部満たすような記事を書かなきゃいけない、
そこのところの何て言うんでしょう、
やっとある意味社会人というか、
そういう部分を学ばせていただいて、
もちろん取材だったり、
執筆というところでの経験も積ませていただきましたけど、
その辺が好き勝手じゃなくてもやらなきゃいけないことがあるみたいな、
当たり前のことなんですけど、
そこを考えさせられましたね。
ちょっとリスナーのために記事対広告、
タイアップ記事広告といって、
広告なんでお金もらってますが、
記事風に書いて宣伝をするという。
そうですね。
その後、キクタスを創業でらっしゃいますか。
そこからまだあってですね、
プロフィールだと割愛してるんですけど、
そこで3年ぐらいやってるときにですね、
やっぱり自分の中である程度いろんな有名な方にも
取材させていただいたりとかなってたときにですね、
これは僕が個人的に感じたことなんで、
お伝えしていいと思うんですけど、
その会社って編集プロダクションだったので、
ライターとデザイナーの方が20人ずつぐらいで、
結構プロダクションとしては大きい規模で、
お給料もかなり良かったんですけど、
先輩たちになると。
ただ、僕はその方たちをみんな見たときに、
目がちょっとやっぱりキラキラしてなかったんですよ。
それなぜかなと自分なりに解釈したときに、
やっぱり僕が思ったのは、
あくまでクライアントさんだったり、
いろんな意向があって取材しなきゃいけない。
そういう世界は当然必要だと思うんですけど、
僕はそれが無理だなと。
このまま10年、20年、たとえお給料が良くても、
無理だなというふうに思ったのと、
あと何か勘ですけど、
直感としてずっとこの新聞と広告のモデルが続くのかなというのを、
今から14、15年前ですけど思って、
何を思ったか。
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やっぱり地元横浜も大好きだったので、
横浜で何かライターの仕事を書く仕事、取材の仕事をしたいなと思うようになって、
ちょっと転職活動を始めたんですね。
会社に内緒で。
その時に見つけた会社が、
ある横浜のインターネット系の新聞社だったんですけども、
その会社、今もあるんですけども、
とても良い会社なんですけども、
面接に行ったんですよ。
そうしたら、僕みたいなまだ5年ぐらいのライター経験だったんですけど、
やっぱりすごい欲しいって言ってくださって、
いよいよ入るかなという時に、
実は給与の話になったんですね。
その時に、実はそこ母体がNPOで、
結構その辺の給与とかがかなり生活ギリギリかなというところがあったんですね。
僕当時、もう結婚してたんで、
一人だったら多分飛び込んでたと思うんですけど、
やっぱりちょっと踏み留まったんです。
その時に、母体であるNPOの理事をやっているある女性の方が、
早川君、生活が結構心配なんだったら、
うちの主人がやっているイベント会社があるから、
つまり別の会社。
そっちに来たら、
要は独立再産生で自分が好きなことを何やってもいいよと稼げば、
そっち来たらって言われて、
隣の芝生が青く見えるということで、
当時の編集プロダクションをやめて、
飛び込んだんです。
で、そのいわゆるイベント企画制作会社に次入りました。
そのイベントってのはどういうイベントをやってるんですか?
主に横浜市公共事業のイベントだったり、
大手企業からお金をもらって企画して、
その街全体に何かイベントをやったりとか、
横浜ではかなり有名な企画会社なんですけど。
そこは何年ぐらいだったんですか?
そこも3年。
実はさっきから3年と言ってましたが、
厳密に言うと全部3年持ってないです。
西の上にも3年、今大事だと思ってるんですけど、
全部2年8ヶ月ぐらい。
なるほど。
つまり社会的に勤まらないんです。
はい、勤まらないんです。
そのイベント会社さんでは何か学ばれたとかそういうのありますか?
それは今小さい中の企業をしてるとき、
今の基礎は結果としてはほとんど学んでると思うんです。
というのも、その企画会社入るまでは今お話ししたように、
本当に社会人もまともに勤まれませんし、
いわゆる職人としてライターをやってただけなので、
その企画会社に入ったときに、
例えばあるイベントを企画して、
その現価が若干50万円だとします。
例えばクライアントに80万円で請求書を出すわけじゃないですか。
それを社長から指示されたときに、
何で50万円で80万円で出していいの?
みたいな、もうそのレベルなんですね。
なので、稼げるはずもなく、
いわゆる完全ノルマ制なので、
何やってもいいよと言われつつも何もできないので、
どんどん給料落ちていって、
そのままキクタスで、
なぜ創業したかの話に入っちゃいますけどいいですか。
それで2年ぐらい経ったときに、
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自分で結局いろんな場所に行って、
いろんな人に取材したいのに、
俺何やってたんだろうな、
みたいな感じになって、
そのときに、
実はちょうど10年ぐらいまで、
iPodがもう出てたのかな。
出てたと思うんですけど、
いわゆるラジオがすごい好きで、
昔からちょっと遊びで、
高校時代とかラジオを作ってたこともあるんですけど、
ポッドキャストをやってみたいなと、
実はその企画会社に入ったときに、
何やってもいいと言われたので、
思ってたんですよ。
ただそんな感じで、
ポッドキャストどころか、
もう稼げずに、
どんどん会社での立場も悪くなっていって、
というところで、
俺どうしようかなと思って、
しかもそのときに、
結婚先ほどしてるってお話ししましたけど、
しかも子供が生まれる前みたいな、
ビジネスショーみたいな話ですけど、
さあどうしようかというときに、
今でもはっきり覚えてるんですけど、
その会社の近くに、
某大手コーヒーチェーン店のショップがあって、
そこで朝、
本当にもう発砲塞がりだったんで、
やっぱりスティーブ・ジョブズの言葉じゃないですけど、
このままで人生終わっていいのかというふうに、
自分に問うたときに、
やっぱりこのままじゃ嫌だと思い、
何の制約もなかったら何をするかというふうに考えたときに、
そのときに、
後にも先にもある以上、
クリエイティビティというのが出てきたことはないんですけど、
本を読むのが好きということと、
ラジオ、ポッドキャストが好き、
インタビューが好きという、
なぜかその3つが出てきて、
そうだと思ってその3つを掛け合わせて、
本の著者にインタビューするポッドキャストを始めたらどうか、
というふうに降りてきて、
番組を始めたのが、
そもそもキクタスのきっかけ。
初めて聞くお話。
大変新鮮なんですけれども。
3分コンサルティング。
ウィズビズが社長の悩みを解決。
本日の3分コンサルティングは、
経営者様建設会社さんでいらっしゃるそうです。
はじめまして。
私は建設業を経営している経営者です。
経営者は建設バブルの恩恵を受けて、
ここ数年行政化が絶好調です。
ただこの状況が当然続くはずがないので、
現在新企業を検討しています。
ただ、1から2業種の事業を始めるのは時間がかかり、
成功確率がかなり低く迫ってしまうので、
他の方法で事業の立ち上げをできればと考えています。
新企業の立ち上げ方に関して、
お勧めの方法や先手のポイントなどがありましたら、
お教えくださいということでいらっしゃいます。
私がお勧めするのは、
本業に近いところの新企業を
ご検討された方がいいんじゃないかな、
というふうに思っています。
ですので、建設関連の新企業をやられた方が
いいんじゃないかと思います。
というのも、私のお客さんでも、
過去に委託された方で、
飲食店なんかをやられたお客さんがいらっしゃいますと、
18:00
資金繰りが全然違いますね。
建設業の方々は多分、
いろんなものを作っていて、
2回張りとか3回張りで完成すると
お金が入ってくるような形だと思いますが、
飲食業だと先にお金が入ってきて、
支払いは後からというような感じになっております。
ですので、最初は1,000万の月償だったら1,000万、
500万の月償だったら500万分お金が残ってくるので、
儲かっているのかなというふうに
勘違いしてしまいます。
しかしながら、実はどんどんどんどん
お金が減っていって、
あれあれというふうに潰れてしまう
みたいなことがございます。
これは日時PLとか月時決算とかを
しなきゃいけないということなんですが、
棚下ろしなんかも含めてですね、
そういうことをしないと、
儲かっていないのに
儲かっているように見えたりとか、
いうようなことがございますので、
やっぱり事業が違うと、
お金の入り方とかマネジメントの仕方とか
随分違うので、
お金の入り方とかマネジメントの仕方とか
随分違うので、
新しいことをやる場合にはですね、
やっぱり地下業種の方が
まだイメージつくので
いいんじゃないかなというふうに思っています。
一方で、やっぱり全く新しい事業を
やるという場合には、
フランチャイズなんかが
おすすめなんじゃないかなというふうに
思っております。
フランチャイズですとパッケージ化されていますし、
フランチャイズ本部がきちっと指導される
と思いますので、問題なく勉強しながら
進めていけるんじゃないかなと思います。
ただし、フランチャイズの場合も
問題点がございます。
これを見極めなきゃいけません。
いわゆるマルチフランチャイズといわれる
いろんなフランチャイズを
いっぱいやっていらっしゃる方々は、
一番最初に問題出すのは
フランチャイズ本部がしっかりしているかどうか、
フランチャイズ本部の町産オーナーさんが
しっかりしているかどうか、
相性が合うのかどうかなどを
一番気にするというふうに
幾度恩に皆様おっしゃいます。
そういう意味でフランチャイズ本部さんを
きちんと選べるかどうかというのが
第一点目になります。
まずこのビジネスモデルが
しっかり儲かるビジネスモデルなのかどうか、
これを見極めなきゃいけません。
そういう点で業種が違いますので
ちゃんと見極められるかどうかというのが
問題になると思います。
できればお勧めとしては
同じような業種を3つぐらい見比べてみて
このビジネスモデルだったら
儲かるんじゃないかなというのを
選ばれたらいいんじゃないかなと思います。
3点目がフランチャイズビジネスを
やった方々、皆様方、
やっぱり勝負の分かれ目は
マネジメントだというふうにおっしゃいます。
マネジメントを皆さんやっていても
いろんな場所で500社1000社やっても
1位から1000位までは順位がつきます。
その時に1位の店舗を作る人と
1000位の店舗を作る人の違いというのは
マネジメントの差でしかありません。
リッチがどうのこうのという場合もございますが
ほとんどはマネジメントの差で変わります。
逆に言えばリッチが悪くても
マネジメントがいいとうまくいくケースもございます。
昔は私のお客さんでタイル屋さんが
焼肉屋のフランチャイズをやることになりまして
成功された方がいらっしゃるのですが
その方は当初店長に任せていたら
まず下賞のお金が残るのに利益が上がっていない
21:01
という報告になるとおかしいなということで
いろいろ調べたら
夜な夜なその店長は焼肉パーティーをやり
お金もちょっともしかしたら
家持ち逃げしている部分もあったりして
私から店長とにかく首を切れということを
指示されたお客様がいらっしゃいました。
結局お客様がその店長様を切って
ちゃんとやり始めたら
月の営業利益が200万ずつ
毎月毎日に残っていく
というようなことがございました。
そういう点でお店のマネジメント
やはり初めての方は
フランチャイズだったとしても
間違えたり失敗したりするようなこともありましたので
そういう意味でマネジメントというのは
大変難しいし
マネジメントを考えてやっていかなきゃいけない
ということを
ご理解をいただければなと思っています。
そんな点をお気に召し上がりながら
3点をお気に召し上がりながら
新知事を選んでいただければと思っております。
また私もフランチャイズも大変
いろんなフランチャイズもご紹介していますので
もしよろしければ
私の方にご相談いただければ
お勧めのフランチャイズも
ご紹介したいなと思っております。
本日の3分コンサルティングはここまで
また来週
最後までお聞きいただきまして
誠にありがとうございました。
本日のポッドキャストはここまでになります。
また来週お楽しみに。
22:50

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