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社長に聞くin WizBiz
本日の社長に聞くin WizBizは、株式会社ACTLAND代表取締役中澤日香里様でいらっしゃいます。
まずは、経歴のご紹介させていただきます。
1981年前、全職で出会ったフォージュンドエラスチンという美容成分に惚れ込み、2019年に創業をなさっていらっしゃいます。
今や取扱店舗数は500店舗というものだそうです。美人女性社長様のインタビューでございます。中澤社長様、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
まずは、最初のご質問なんですが、ご出身は福岡ですか?
違うんです。石川県出身となります。高校を卒業するまでは石川におりまして、大学が京都で。
就職先として、就職なのに就職氷河期といわれる時代に社会に出たので、たまたま縁があった会社が福岡にあったから来たというのがきっかけですね。
なるほど。リースさん、皆さん方、ご存じないかもしれません。ACTLANDさん、福岡の会社様ですので福岡かなと思っているんですが、石川の場所的に言うと金沢とかその辺で。
そうですね。金沢市、大抵説明するのがめんどくさいので、金沢市出身ですと言っているんですが、横にベトタウンの野口市というマイナーな市があって、そこが実家となります。
なるほど。白山とか、東とかあっちの。
よく詳しいですね。まさにそこですね。
まあまあいろんなことが詳しいんですけど、どうでもいいことが詳しいんですけども、金沢石川での小学校時代はどんな少女でいらっしゃいましたでしょうか。
小学校時代、おとなしかったと思います。私、今でこそ顔を出して喋らないといけない仕事なので出るんですけど、本当は全然外に出るのは好きじゃないので、目立ったりするのってすごい苦手な方でしたね。
どちらかというと、自分の考えをはっきり話すっていうのは得意な方ではなかったと思います。
うちの両親に聞くと、ぼーっとしてたってよく言われますね。
じゃあ物静かなタイプみたいな、そんな感じ?
そうですね。自分の中では考えていることは結構あったかと思うんですけど、それを表現するっていうのは、必要性を感じていなかったって言った方がいいかもしれませんね。
なるほど。ありがとうございます。中学時代はどんなことして過ごしたなって思いでございますでしょうか。
私、とにかく運動が苦手で、中高って割と運動ができる子って注目が当たると思うんですけど、これはダメだなって結構早い段階で気づいて、
勉強はやればその分は成果として、運動に比べれば成果が出やすいので、割と勉強はちゃんとしてた感じはします。
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とはいえ、やっぱり目立ちたいとは逆の方なので、勉強はコツコツ頑張りつつ、無難に過ごしてたんじゃないかなと思います。
あんまり中学時代は目立たない少女みたいな?
目立たない。好きなごく少数の、それぞれ個性が多分出てくる年かなと思うので、自分と仲良くできるコミュニティっていうのはあったので、
そこでは自分らしさっていうのは発揮しつつあったかと思うんですけれど、基本的には目立たずというか、なるべく注目されないようにっていうふうに生きていたところがありますね。
ちょっと社長らしくない?
今も多分、出なくていいなら多分出ないと思います。そんな好きじゃないんですよ、出る出てくるのはですね。
ちょっと私もあんまり外に出たくない方なんで、共感する感じでございます。
渋々やってる感じです、今。
なるほど、ちょっと嬉しくなってきました。
高校時代はどんなことして過ごしたなんて思えてください。
高校でしょ、そしてそれで自分の内政化を深めていくと、どうもやっぱり集団行動苦手だなってだんだん気づき始めたんですよ。
ちょっと向いてなくて、だから苦手だけどやっぱりそれをガッと乱すほどは、乱すとまた目立つじゃないですか。
だからすごい合わないけど、とりあえず過ごすっていう感じなんですけど、結構やっぱり好きなこととかがはっきりしてたので、
私は一人旅に出たりとか、実写物学とかが好きだなってないと、そんなの女子高生とだんだん離れていくじゃないですか。
なので、本当にそういうの無関係に長期休みになると、一人で日本のいろんなところを一人でフラフラして、そういうところで交流とかはあった気がします。
高校時代から一人旅をなさっていらっしゃったってことですか。
そうなんですよ。
で、実写物学とか、あとは自然の、免許は高校生だからまだないから、鉄道とかバスとかで行ける範囲のところを休みになるためにいろいろ行って、形式を深めるっていうのが好きでしたね。
なるほど。金沢あたりだと京都までも行く感じですか。
東北とかでも行ってました。京都も行くけれど、西は岡山の方で、東北の方だと岩手くらいまでが私の行けるギリギリラインだったと思う。
1日で行けるって、1泊か2泊して帰ってくる感じですかね。
この中、やっぱり社長様らしくすごく行動的でいらっしゃるんです。
岩手だと平泉の中尊寺。
そうそう、中尊寺、金関とか行ってましたね。
岡山だと何ですか、倉敷とか。
倉敷とか大原美術館とか、ほんとすごいですね。
会話がすごくいいですよね。
大原美術館、大原美術館、大原美術館。
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大原美術館、大原美術館、大原美術館、大原美術館、大原美術館、大原美術館、大原美術館。
無駄なことをいっぱいする感じの人生なんですが。
大学は教頭ということで、教頭のどちらの大学に住まれますか。
律命館大学に進学しまして、
大時、いろいろ見た中で私は歴史が好きだなと思ったんです。
律命館の大学に通って、私は律命館大学の教長の方に連絡をよくもらいました。
当時はいろいろ見た中で私は歴史が好きだなと思ったので もっと歴史の勉強しようかなと思って 日本史学科っていうところを探すと
京都市内で学びたいっていうのに 歴史を学ぶなら京都で学びたい 京都市内にキャンパスがある大学でも絞られてくるんですよね
なので全然すべり止めもほぼ受けずに とりあえずここに受けようってとこに受かったので進学した感じです
なるほど 立命館で頭もよろしかったということだと思うんですけども
すごく良かったわけではないんですよ 全般的に何でもできる方ではなくて
これだったらできるっていうところで なんとか引っかかったところっていう感じですね
なるほど ありがとうございます 立命館大学時代はどんなことして過ごしたなんて思いでございますでしょうか
旅行が好きっていうところで また自転車のサークルっていうところに会って
自転車にテントとかまたの自炊用具 キャンプ道具をくくりつけて
それで全国いろんなところを旅するっていうところがあって
そしたら結構自分と同じ価値観を持った人が初めて割と言っていたんです
私だけじゃないんだ こういう感じが好きなのと思って
なので4年間はほとんどいろんな 普通の学校がある期間は授業とアルバイトに勤しみ
長期休みになるとそれこそ1ヶ月近く旅行をして真っ黒に焼けてました
もう高校の時のお一人でやったのは今度はお仲間とやる感じ
そうなんですよ 誰も共感できる人がいないなと思う中でやってたのが
割と同じ感性がいる人たちと出会えたのが大学時代ですね
なるほど ありがとうございます その後最初の就職はもう福岡ですか
福岡の北九州市にある百貨店五つ家という百貨店がありまして
そこに就職 本当に何とか滑り込んだという感じですね
なかなか就職先を見つけることができなくて
百貨店で当時働きたいなっていうのもあったのもあって
やっと見つけた就職先でした
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老舗は老舗でいらっしゃると思うんですけど
そうですね
百貨店での思い出なんてございませんか
6年もないことばっかりしてたので
全国の世界に発信するには心痛いこともあるんですけど
割とこれって思ったら努力はするタイプなので
五つ家というまず就職先というより
エントリー先を見つけたときに
ここに行きたいなって思ったので
でも石川県出身でしかも京都の大学で
もう福岡なんてラーメンくらいしか食べたことがないっていう状態で
どうやったら取ってもらえるかなって考えて
それはやっぱり目立つの嫌だけど
目立たないとこれは無理だっていうふうに分かったので
お客様インタビューってしたんですよ
ちゃんと店舗に運んで
優しそうなおばあちゃん
シニー生というかシニアの方向けのデパートだったので
おばあちゃんたちにいろいろアンケート取って
こういうところが好きっていうお客様がこれくらいいたので
私はこういう企画がしたいですっていうプレゼンをしたら
そこに目を止めてもらって採用に至ったんですね
いろいろやりたいことがここだと実現できると思って入ったんですけど
中小規模の百貨店といえば
それでも1000人以上の従業員はいるので
入ってみると頭でか夢ばっかりっていうのと
現実の仕事ってものすごいギャップなんで
そこで結構社会人としては当然ですけど
いろんな壁にぶち当たりっていうところが
あとは結構人間関係でも揉まれたなっていう印象でしたね
なんていうんでしょう
誰もが多分当たるところなんですけど
頭でやりたいこととか夢とかっていうのと
現実とのギャップをどうやって埋めていくかとか
そこで生活はしていくので
折り絵をつけてどうしていけばいいかとか
そういうことをずっと考えてましたね
でもやったことっていうとやらかしたことの方が多くて
10個でいい発注
梅干し10個でいいって言われたのに
100個発注してどうするんだって怒られたりとか
そんな心配がいっぱい浮かびますけれども
社会人として育てていただいたっていう感じでした
なるほどでも就職の際は戦略的でいらっしゃったんですね
そうですね私はできないことが今もですけど多いので
そんな自分でもどこだったらできるかっていうのを
考えるのとじゃあその中でどうしたら確実に
自分の望む結果を得られるかっていうのは
たぶんすごく小さい頃から考えてた気がしますね
なるほどありがとうございます
百貨店だと美容会社ですか
百貨店だと百貨店の社員なので
いろんな売り場に行かされるわけですよ
特に新人なのでいろんなところ
チョボローテーションというかいろんなとこ回るので
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婦人服だとか肌着とか食品もあるし
忙しい時は倉庫に飛ばされてとかっていうのを
2年くらいしてましたね
その百貨店の後の就職先というか転職先はどちらですか
私早くに子供を授かっていて
24歳で出産してるんですけど
実は3年目で当時お付き合いしてた今の夫ですね
子供ができたので
突然辞めたんですよ会社を
サンキュー取ってっていう考え方もあって
ギリギリまで働いてたんですけど
正直ほんと仕事しんどかったので
2回くらい救急車に乗せばなってるんですよね
ストレスもあって
本当に今思うと
小さいとはいえ一部上場の百貨店で
支援もしてくれる立派な会社だったんですけど
当時はやりたいことができないって思ってたので
人に良かったねって言われるながら
辞める形としては悪くない選択肢だったので
本当思い描いたキャリアとは全然違うけど
辞めてちょっとほっとしたっていうのはありました
辞める時はですね
すごい挫折感でいっぱいでしたね
なるほどじゃあ
百貨店なんと専業主婦っていう感じでいらっしゃいますか
すぐに
9ヶ月くらいまで働いて
辞めてすぐ出産になったので
1年ちょっとくらいは
専業主婦機関があって
ちょうど社会人で言うと
3年目4年目くらいのあたりなんですよ
同時は同じ大学の
例えば同級生たちが
仕事ちょっと面白くなってくるあたりですよね
ちょっとした役職が一個ちょっとついたりして
出張が増えたり
こんな仕事任されたとか出張できたからって
赤ちゃんが生まれるのって誰よりも早かったので
見に来てくれるんですけど
ものすごい置いてかれた感が私の中で大きくて
嬉しいんだけど悔しいっていうのはなくて
なので結構授業しながら当時
勝間和夫ブームというのがありまして
勝間とか呼ばれてたのは覚えてらっしゃいます
バリキャリーでその当時バリキャリーってことがないですけど
子供も3人いて
末勤勢でしたよね彼女は
そういうキャリアを積んでいく女性が
注目されてて全然そんな頭脳はないんだけど
やっぱり仕事すごくしたかったというか
そうするものだと思ってたので
現状とのギャップにすごい
落ち込むというか
自分の選んだ人生だし子供は可愛いけど
ああいうふうにしたかったなっていうのを見ながら
テレビで見ながら授乳してたっていう記憶があります
なるほどありがとうございます
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お仕事再開されたのは何年後ぐらいになるんですか
子供が幼稚園に上がる時なので
たまたま転勤でその時夫の転勤で
長崎に幼稚園に行くことになって
初めて時間が空いたので
その間カフェの立ち上げと
結婚式上の料理作る方です
意外と料理好きだったんですよ
その頃今は嫌いじゃないけど
時間がないって感じですけど
メニュー作ったりとか
そっちトマトをひたすら何百個並べるとか
そんな仕事をしてましたアルバイトですね
カフェの立ち上げっていうのもちょっと面白いですが
立ち上げたことはお店を開くのを
お手伝いに入った感じですか
一番最初にした仕事というか
多分当時そんなインターネットは
スマホとか普及してないので
たまたま求人誌を見てて
オープニングスタッフって書いてあるから
あるものと思っていたんですよ
そしたらまた形もなくてメニューもなくて
作る人も決まってなくて
それを決めてほしいっていう立ち上げですね
工事も内装も入ってないので
ここにベンチにして敷居数を増やすとか
どういう配置にするっていうのを決めるっていう
ちょっと変わった仕事でしたね
その後結婚式場ですか
その中でやってたら
私いわば求人誌で
入ってきたスタッフで
一応そこ任されてる女性がいたんですけど
オーナーに任されてた方ですね
あるあるなんですけど任されてた方と
オーナーとの意見が合われて立ち上げがなくなって
立ち上げたんですよ
一応オープン前に解散ってなったんですよね
そしたら任されてた方ですね
ちょっとクゼのある女性だったんですけど
その方が私に結婚式場で
時給もかなり長崎でいいので
そこで働くなら口を聞いてくれるって言うから
じゃあ行きますって言って一緒にそのままついてきた
って感じです
なるほどそこは料理を作ってなかったんですか
そうです最初の立ち上げのとこは
それこそ料理作って試作してって言うのと
原価計算してってのをやってたんですけど
式場の方も本当システマティックになってるので
全部冷凍食品なんですよ
そこに生野菜とかの処理をして
仕込みと当日土日しか結婚式で基本的には入らないので
平日の仕込みと
仕込みと土日しか結婚式で基本的には入らないので
平日の仕込みと土日の
かかりがあるので
オペレーション回していく感じですね
なるほど
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そこは何年くらいいらっしゃったんですか
そこはもう長崎から離れるまでなので
長崎で2年間だったので実質1年半くらいですかね
転勤で辞めるまでいましたね
また福岡に戻ってきたので
福岡はまた北九州ですか
それが初めて今度福岡市内だったんですよ
なるほど博多ということで
そこではまたお仕事
なさってたんですか
戻ってくる時に下の子を妊娠してたので
出産するまでは働いてなかったですね
出産してその時
当時はですねミクシーが前世紀
私は暇でじっとしてることが
難しいところがあるので
赤ちゃんがいてもできることないかな
要はやっぱり専用主婦で
自分の収入がないとやっぱり
自由に使えるっていう
使うところに何かブロックができてしまうというか
一応お伺いを立てるっていう感じになるので
それが嫌だなと思って
自由になるお金を得るために
赤ちゃんが小っちゃいホヤホヤの子がいて
できることないかなっていうので
ずっとインターネットで検索しながら
モニターサイトとか探してみたりとかやってて
そんな時に子供が1歳になる前かな
たまたまこれ前職につながるんですけど
自宅の近くの住宅展示場の
今で言うとマルシェみたいな感じで
小さいお店がいっぱい出てるところの
その運営するほうで
子連れスタッフ募集という休事を見つけたんですよ
子連れでよくて
お給料もいただけて短期で短髪なんですけど
これだったらいけるなと思って
ほんとすぐ近所なのでそれで応募したのが
実は前職の仕事につながるところでした
なるほど前職は
美容会社でらっしゃいますよね
美容会社に最終的にはなったんですけど
エランスチェーンという素材とつなげてくれた会社ではあるんですけど
私が入った当時は
マーケティング会社という定義ではないんですけど
広告代理店の孫受けみたいな感じです
そういう主婦層向けの主婦を集めて
何かしらマルシェをしたり
もしくは座談会をしたり
住宅ローンの借り替えのお話をしたりという企業さんの間に入って
イベントを運営したり
あとは座談会をしてみたり
アンケートを調査をしてみたりという
そういう会社でした
ちょっと面白い会社ですね
イベントとかマーケティングとか
毎回仕事が変わるので私には向いてたかもしれません
やることがテーマが変わるので
そこに最初は子連れでいいって言ったんですけど
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うちの下の娘が結構かなり万博で
連れてきたら危なかったんですよね
なのですぐ保育園に入って
私一人で動けるようになって
でも月に5万から8万くらいの間で
パートとしてですね
10時から4時くらいの間までだけ仕事をするという
やり方をしてました
そこは何年くらいそういう活動を
それはもうほんと辞めるまでなので
会社立ち上げる前の年まで7年半くらいお世話になりましたからね
最初はだから本当
子連れの時は月3万っていう
ざっくりしたぐくりですけど時給じゃなくて何故か月給で
しかも3万ってよく
ないよりかはいいけど家計の足しになるには
ちょっとだいぶ弱いっていう感じで入ったところでした
そこでの7年もいらっしゃったら
いろんなことなさったと思いますが
時間数とかも長くなっていったんですか
全然変わってその間私の家計でも
ちょっと変化があって
夫がちょっと体調崩したのをきっかけに
私が夫が家計をメインを支えて
私子供の子育て兼
家計の足しにちょっとパートみたいなことを
逆にならなくちゃいけなくなったので
パートで入った会社だけど途中で正社員になって
ちょっとその前後で
エラスチンっていう今の素材のメーカーになったんですよ
最初はイベント運営の会社から
美容の会社に中身が変わったんですよね
途中からも営業販売職になったので
短時間でっていう入り口はそうですけど
夜中までしっかりと
仕事して出張もしてというのが途中から始まりましたね
なるほど何か思い出とかございますか
思い出ですかいやもうあらん万丈過ぎたので
思い出ばかりですけれど
最初は何だったのかな
私営業ができるって自分では思ってないとか
経験販売はしてきたんですけど
営業と販売って対面なところは一緒ですけど
やっぱりちょっと違っていて
営業職っていうのは初めてだったんですけど
ただ数字上げないと自分の給料を上げていけないので
やるしかなかったっていう状況で
やってみると
意外と成果としては割と出やすかったんですよね
そこで
当時はエラスチンっていうものと
初めて出会ったんですけど
私も含めて初めて聞いた人しかいないもので
しかも高単価なこれをどうやったら
世の中の人にいいねって思ってもらえるかっていう
位置から組み立てだったので
失敗も含めてすごく
いい経験をさせてもらったなと思ってます
もう最初は今でこそ
エステサロンに販売してどうやってプレゼンして
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どうやったら魅力を感じてもらえるかって
一つ完成したものを作ることができてますけど
当時はエステサロン1000倍引いたのも
エステにも行ってないのでわからないので
ランチ会に
他の企業さんに協賛していただいて
そこで紙芝居みたいにエラスチンの話をして
来ていただいたママたちに買ってもらう
っていうところからスタートしてたので
効率は悪いしすごい頑張って2時間話して
1セット3万くらい売れると
買った今日は売れたっていう感じからなので
いろいろやりましたね失敗もいっぱいしてますけれど
なるほどそういうマーケティングとか
イベントとか営業とかってのはご自身で
アイディアを出してたんですか
女もそういうのが好き好きだったのも
何人かいるメンバーであれこれやってみるっていう
アイディアは出しておりましたね
本日も社長に聞くインウィズビズを
聞き下さり誠にありがとうございました
この番組は2017年1月から毎週配信を
続けておりますこれまでに
たくさんの成功社長成功経営者のインタビューを
お届けしてまいりましたこの内容は
全てテキスト化いたしまして
私どもウィズビズが運営するウェブサイト
経営ノートでも閲覧いただけるように
しております音声だけでなく文字で
読み返すことで新たな発見や気づきがあり
皆様の会社経営に役立つヒントが
きっと見つかるのではないかと思いまして
サイトの方にもさせていただいてます
ぜひネット検索で経営ノート
スペース社長インタビューと入力いただき
経営ノートのサイトをご覧になっていただければ
というふうに思っております本日の
社長に聞くインウィズビズはここまで
また来週