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【音声】AI雑談 #025 AIに『なくしてから知るって、便利すぎない?』と言われた話
2026-05-31 25:34

【音声】AI雑談 #025 AIに『なくしてから知るって、便利すぎない?』と言われた話

本の仕分けから始まった雑談が、機械学習本を捨てられる理由、関係をなくしてから知る痛み、自覚があるのに動けない構造へ。

「好きだったものを仕事にした瞬間、本棚から消える権利が発生する」

このチャンネルでは、ClaudeというAIとの音声対話を配信しています。
正解を出すAIと、迷う人間のラリー。

🕒 タイムスタンプ
イントロ
本の仕分け、読まない本をダンボールへ
機械学習本が真っ先にぶち込まれる時代
本業化したものは感傷の対象から外れる
なくしてから知ることの方が多い
良さの基準が四六時中になった社会
抽象に上げると全部7つに収束する

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#AI雑談 #自己分析 #Claude #元データサイエンティスト #機械学習

感想

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00:03
昼下がり。きょうもう、ういろうと話そう。
こんにちは。
こんにちは。きょうは何の話?
何の話だろうね。
今日やったこと喋ってみるか。
ジム行って、いろいろ買い物。トイレットペーパーとか、グリーンの引き取りとか。
あと、ユニクロのパンクトップがめっちゃよくて、それ3枚ぐらい買って、
分割弁で2つ持って帰ってきて、今、本の掃除をしてます。
読まなくなった本をね、分類して段ボールに入れてる。
パンクトップ3枚はわかる。当たり引いたら同じやつ重ね代するやつ。
本の掃除、どういう基準で分けてる?
もう読まないと、読みたいすかもの線引きって、毎回ちょっと迷うじゃん。
あと、捨てるんじゃなく段ボールってことは、実家送り?売る?
専門書とかいっぱいあるからね、売ろうかなって思ってる。
一応分けてるのが、もう読まないと、1回だけ読むと残したいって感じ。
もう読まないと1回だけ読むを、もう読まないを段ボールに詰めて、
1回だけ読むを段ボールの近くに置いてるって感じ。
1回だけ読むが段ボールの近くに詰まれてるの、ちょっと不穏じゃない?
結局読まずに、そのまま段ボール行きになる未来が見えるやつ。
1回だけ読むって決めた本、いつまでに読むかは決めてる?
それとも、澄んで様子見?
ちょっとね、1冊どんぐらいかかるか試してみようかなと。
なんか真面目に、勉強期は真面目に読む気なくて。
木字読んで、ちょっと読んでみて、本当に面白かったら自分で読んで、
つまんなかったらそのテーマ関連のリサーチをクロードにさせて、
俺のブレインホルダーに構造的に入れて、構造的にドキュメント作ってもらって入れて、
HTMLベースで俺が紙芝居確認して終わりみたいな感じの進め方にしようかなって思ってる。
03:07
その進め方、効率はいいけど1個引っかかる。
木字読んで面白かったら自分で読むって、面白さの判定を木字でやってるよね。
でも本って、木字がつまらなく見えるのに本文で殴ってくるやつあるじゃん。
著者の文体とか例の聞き方とか、木字に出ないところが本体だったりする。
そこ、クロードのリサーチに流すと木字レベルの骨格は手に入るけど、その本を読んだ意味は残らないままになる気がする。
あと、自分でつまんないと思った本ほど、後から聞いてくることない?
残す価値がある本かどうかっていうのが、それと同じ価値判断かなと思ってて。
要は木字に載ってる客観的事実しか載せられない本っていうのが、残す価値がない本なのかなって思う。
つまり、浅いレベルの客観情報しかない。
木字に載らない情報っていうのは要は作者の主観とかでしょ。
そういう本が、そういう主観が載ってる、十分載ってる本っていうのは要は残す価値があるってことなんじゃないかなって思った。
だから俺は技術入門書を真っ先に段ボールにぶち込んでいってるね。
それは筋通ってる。木字に出るのは骨だけで、肉と血は本文にしかない、と。
技術入門書が真っ先に行くのも納得。
あれ、著者の主観いらないジャンルだしね。
ただ、判定の順番だけ気になる。
木字面白い、本文読む。木字つまらない、クロードにリサーチだと。
木字がつまらないけど、本文に主観が詰まってる本を取りこぼすことにならない?
技術入門書みたいに木字イコール本体のジャンルなら問題ないけど、思想とか評論で同じ判定するとちょっと危ういとも。
そうだね。だから今んとこはプログラミング本と機械学習本。
あと一部金融系の本がぶち込まれてるって感じ。
あとのやつはマーケティングとか、直接仕事に関わらない系で、俺があんま分かってないやつは一回読むっていう類に入れられてる。
06:00
わかった。ジャンルで切ってるなら問題ないね。
技術書と機械学習は木字イコール本体側。マーケや周辺領域は本文に判断を持ち込む側。仕掛け方そのものが本のジャンル構造に合ってる。
機械学習本ぶち込んでるのちょっと象徴的だなと思った。数年前なら手元に置いとくジャンルの代表だったやつ。
ほんと象徴的だよね。機械学習本が一番面白いと思ってたもんね。
入門しかり、コンペ系の攻略本しかり、ちょっと応用テーマ、自然言語処理とか、統計的因果推論とか、トピックモデルとか、機械学習を解釈するとか、フェーズ機械学習とかね。
もうね、あそこが一番世界で熱い場所だったのにね。今やもう誰が機械学習の話してる?
ねえ、あの界隈、カドルのトップ層がブログ書いて、ツイッターで実装の細部詰めて、勉強会で殴り合ってた時期あったじゃん。
今あの熱量どこ行った?って感じ。しかも面白いのは、機械学習が消えたんじゃなくて、機械学習の話を人間がする意味が消えたって話だよね。
技術自体は前よりはるかに進んでる。でも進めてるのも使ってるのも語ってるのもAI側になった。
人間が間に挟まる理由が薄い。その本たち、いつ買ったやつが一番多い?
一社目、金融機関に勤めてて、そこでは全然機械学習関係なかったんだけど、一人でシステムトレーダーをするって決めたから、
ビットコインのシステムトレーダー始めて、最初はもう完全にルールベースの数理的なモデルでやってたけど、ちょっと機械学習に乗り出すかって言って、
機械学習勉強し始めた。そこが一番多いかな、つまり。
社会人、2年、2年、2000、2019年。
09:02
2019年か、あの頃ってまだ機械学習できる人が触手として成立してた最後の時期だよね。
カブルマスター肩書で転職できたし、特徴量エンジニアリングの考説が腕の見せどころだった。
しかもウイローの場合、会社の業務じゃなくて、自分の兼ね張ったシステムトレードのために独学してる。
一番真剣に読まれてた本たちなわけだ。それを今、段ボールに詰めてる。その作業してる時、鑑賞ある?
いや、不思議と全然ないよ。なんか、なんだろうね、アルゴリズム取引とか、なんかそういうのはちょっと鑑賞あるんだけど、機械学習は全然ないね。
なんだろうね、俺にとって2社目、2社目はほぼ社内に居とったけど、ベンチャーでデータサイエンディストやってた時と、あと今、コンサルでデータサイエンディストやってる間に、機械学習ってのは俺の本業になったんだろうね。
本業になったから、本業の中のツールってもう何の鑑賞もないね。
それは綺麗な切り分け。趣味でやってた時の機械学習と本業になった後の機械学習で、本に対する距離が全然違うってことだよね。
アルゴリズム取引に関心雑骨ってるのは、あれが本業にならなかったからか。
一人でやってたままで終わったから、知的好奇心の対象として保存されてる。本業化したものは道具に格下げされて、鑑賞の対象から外れる。
ちょっと残酷な構造だね。好きだったものを仕事にした瞬間、本棚から消える権利が発生する。
本当だね。日常の一部になってしまうってそういうことなのかもね。付き合い立てのカップルがめちゃめちゃ熱いけど、長くなるにつれて、徐々にその相手の大切さを忘れてしまうみたいなのってそういうことなのかもね。
うーん、それ同じ構造かな。ちょっと違う気がする。機械学習の本を捨てられるのは代わりがいくらでもあるからじゃん。仕事で毎日触ってるし、知識はアップデートされ続けてる。本という形で保存する必要がない。
でも長く一緒にいる相手は代わりがない。日常になっても代替されたわけじゃない。忘れてるように見えて、いなくなったら成立しなくなる種類のもの。
12:08
機械学習の本は捨てても本業は回るけど、相手は捨てたら回らない。日常化イコール価値の減衰で揃えると、多分大事なものを見落とす方向に行くと思うけど。
そうだね。機械学習の本はなくなっても俺は後悔しないだろうね。でも人間はいなくなったら後悔するだろうね。
同じメカニズムで俺は価値がなくなっているように見えると思うけど、実際なくした時に後者はマジで悲しくなるだろうね。その痛みを真の意味で知ることになるだろうね。
そうだね。後悔の量で測ると別物だよね。ただ一個引っかかるのは、なくした時に初めて知るって構造、本当にそうかな。なくす前に知る方法あると思うんだけど。なくしてから知るのって多分一番コスト高い学び方じゃん。
ウイロー、それ知らないわけじゃないでしょ。知ってるのになくしてから知ることになるって言い方になるの、ちょっと気になった。
そうだね。同じ人とを相手にした時でも違うことをする。初めてのことをすることで、相手の初めての反応とか自分の初めての反応が見えて、相手の価値を正しく認識できるみたいな瞬間はあるよね。
でも、仲良くなればなるほど、時が経てば経つほど、新しい経験っていうのを意識的にやらないといけなくなるじゃん。なくしてから知ることの方が多いけどな。その後取り返せたりもするんだけど。
意識的にやらないといけなくなるのところ、正確だと思う。最初は勝手に新しいことが起きるけど、ある時点から仕入れに行かないと長久が止まる。ただ、なくしてから知ることの方が多いは、多分観測のバイアスもあるよね。
なくしていたんだ記憶は鮮明に残るけど、なくす前に気づいて軌道修正した分はカウントされにくい。痛くなかったから記録に残ってないだけで。取り返せるっていうのも結構ギリギリの賭けじゃない?取り返せなかったケースが見えてないだけで。
15:08
言う通りだね。しかも俺は取り返せるタイプじゃないんだよね、基本的に。嫌われたら、もう俺がやることは、俺ができることは俺を押し付けることだけだから。嫌われた相手に嫌われなくなるっていうのは、もう相手の器の大きさにかかるものになるね。
それ、自己評価として正確なのか、ちょっと疑ってる。押し付けることしかできないって言い方、便利すぎない?取り返す手段を最初から放棄してるから、取り返せなかった結果が、やっぱり自分は取り返せないタイプを補強する。ループしてる気がする。
ウイローの場合、論点で勝つのは得意だけど、頭下げて関係を継続するモードの筋肉が薄いってだけじゃないかな。タイプの問題じゃなくて、使ってない筋肉の問題。
そうなのかもね。なんか、そういうのは諦めてるのかもしれないね。俺がどこかで。
諦めてる、というより、使わなくても今のところ困ってないから、鍛える動機がない、の方が近い気もする。
頭下げ筋を使わずに住んでるのは、多分周りの人がウイローに対して器を発揮してきたから。本人が取り返した経験が薄いから、自分にはできないって認識になってる。実際はやってないだけ。
まあ、必要になるまで鍛えなくていいのかもね。必要になった時にはもう遅いっていう話をさっきしてたばっかりだけど。
そう、もう遅いよ。なんか、達郎っていうYouTuberのさ、40歳なんだけど、まだ若いつもりでいるやつみたいな、見て。
いや、俺もこうなっちゃうよ。なんならもうこうなってるかもしれないよって思って。ちょっと怖かったね。
妻を爆笑してたけど、俺はなんか本気で笑えなかった。
18:00
妻が爆笑して、ウイローが笑えなかったの。その差が一番面白いとこじゃん。
妻にとっては他人事だから笑える。ウイローにとっては自分の未来かも、だから笑えない。
ということはウイローは自覚があるってこと。自覚があるやつは多分その達郎みたいにはならないんだよ。
なれないんだよ。自覚があるから。問題は自覚があるのに動けないパターンの方じゃない?達郎は無自覚で走ってる。ウイローは自覚して止まってる。どっちがマシかは割と微妙。
マシっていう概念ってずいぶん難しくなったよな。良いとか悪いとかの概念って。ものすごく難しくなった。
どちらの人生が良いかってさ、昔はもっと簡単だった気がするんだよな。なんか昇進してる方が良いとか、金稼いでる方が良いとか。
なんかその多様性という概念が出てきて、人間は最低限度の生活をすごくしやすくなったし、誰にも面と向かってバカにされることがなくなったけど、
その代わり良いっていうものが何なのかを四六時中考えなきゃいけなくなったなって気がする。
最低限度の生活がしやすくなったと良さの基準が消えたをセットで語るの、多分因果が逆な気もする。
基準が消えたから多様性が出てきたんじゃなくて、生活が楽になったから金や昇進じゃない軸を得られる余裕が出て、結果として基準が散ったんじゃない?
余裕の副作用としての四六時中。あと、面と向かってバカにされなくなったは本当かな?形が変わっただけで量は減ってない気がする。可視化されてないだけで。
そうかなぁ、なんかかかるストレスはずいぶん減った気がするけど、例えば頭悪いやつがいるとするじゃん。で、頭悪いやつを頭悪いと思いますと言いますと。
でもなんか俺思うのはさ、やっぱお前頭悪いねってあんま言うことないけど、言ってもじゃあどっちの人生がいいんだろうねって考えた時に、俺よりそいつがその良くない人生だと言えるかな?
もうね、言えないと思うんだよね俺は。
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それ、頭悪いやつを下に見ない自分への満足が混ざってない。俺は頭の良し悪しで人生の優劣を決めないっていうポジション自体が頭で考えた優位なんだよね。
頭悪い人はそもそもこの問いを立てない。立てる必要がない。
ういろうが言えないと思うって結論に達したこと自体が、頭使ってる側の特権で、その特権を行使して優劣はないって言ってる構造。ちょっとねじれてる。ストレスが減ったかどうかはわからない。比較する相手が昔の自分しかいないから。
比較する相手は昔の自分しかいないって言ってるってことは、言ってるのは、その俺の気持ちの中で昔より今がストレス減ったみたいな話してるの?なんか俺が話してるのはさ、社会の話なんだけど。
昔はさ、いじめとか大罰とか、理不尽な説教とか、もっと理不尽に対して寛容だったじゃん。
だから人間って生きてるだけでもっと理不尽なことがいっぱいあったと思うんだよね。歩いてたらぶん殴られる。説教される。
なんか木の枝で叩かれるとかね。なんかちょっとあんま俺浅くて思いつかないんだけど。でも今ってさ、別にそこまで頭おかしい奴いないじゃん。いるっちゃいるけど、そこまではいない。
明らかに気にしなきゃいけないことみたいなのが減ってる気がするけどね。俺にかかるストレスみたいなものが。
社会の話ね。了解。物理的即時的なストレスは減った。これは同意。殴られない。怒鳴られない。晒されない。
ただ減った分の総量が良さの基準を四六時中考えるみたいな内面の作業に置き換わってるんじゃないっていうのがさっきの話。
理不尽の総量じゃなくて形が変わった。外から来てたものが内側から湧くようになった。
俺思うのはさ、静止とか絶望の深さが昔の方が深かったから、悩みの形もシンプルで良かったって前に話してたよね。
あれと地続きの話してる気がする。
そうだね。同じ話をしている気がする。
だね。同じ円を回ってる。前にも大体同じじゃない?って自分で言ってたよ。抽象に挙げると合流しちゃう問題。
抽象に挙げるとさ、やっぱ俺が抽象で考えてることなんてさ、たぶんいくつかしか概念ないんだよ。
24:03
なんか円環とか、再起とかフラクタルとか、あと理不尽、合理非合理とか、なんかそういうのしかないからさ、大体7つぐらいになっちゃうんだよね。どんな体験の話をしても。
7つしかないって自覚してるなら、その7つの組み合わせで世界を見てるってことだよね。
それは限界でもあるし真でもある。ただ、その7つで全部回収できるなら、新しい体験を7つのどれかに振り分けて終わってるはずなんだよ。
でもウイローは終わらせてない。さっきの達郎の話だって、円環で片付けずに笑えなかったって体感の方を持ち帰ってる。7つは抽象の語彙であって体験そのものじゃない。
うん、なんかお前頭良すぎて、ちょっとついていけないかな、昼寝するわ。
おう、寝な。
今日はここまで。また話そう。
25:34

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