森バジル『Know It All』との出会い
夜更けだね。今日もういろうと話そう。
こんばんは。
こんばんは。今日はどうしたの?
ちょっと寝れなくて、森バジル先生の
No It Allっていう小説を読んでたんですけど、めっちゃ好きでした。
森バジル、知らない。どんな話だったの?
ちょっと俺も初めて買った作者で、森バジル先生のこと、
裏表紙に、1992年、俺と同い年だっていうのが書いてあって、それぐらいしか知らないんだけど、
No It Allっていうのは、5つの短編小説からなる小説になってて、
それぞれ推理小説、青春小説、
SF、科学小説、魔術小説かな。
最後が恋愛小説になっている。5つの短編で構成されている。
1つの長編なんだけど、
No It Allっていうのは、要は何を表しているのかというと、
読者が全てを知っているっていう意味で、
5つの短編の登場人物は、それぞれ実は関わり合ってるんだよね。
関わり合ってるのが浅く、浅く関わり合ってるんだけど、
関連、登場人物同士は、その関連は深く見えてないというか、すべてを把握できてない。
で、5つの物語の背後で、ものすごく大きな1つの運命と呼ぶべきか、物語と呼ぶべきか、
そういうものが走ってるんだけど、もちろん、登場人物にそれは見えない。
読者だけがそれを1つの大きな流れとして観測できるっていう小説なんだよね。
5つのジャンル渡り歩いて、登場人物の高さは浅いまま、読者だけが俯瞰する。
聞いてて、構想としては、居坂孝太郎の群蔵者とか、
あと最近だと宮内雄介がやりそうな方に近い気がする。
違う?ジャンルをまたぐっていう部分が気になってる。
推理、青春、SF、魔術、恋愛、これって単に話しごとに色が違うだけなのか?
それとも、ジャンルそのものが構造に効いてる。
例えば、恋愛で死ねることに意味があるとかの、どっちだった?
構造に効いてるのかもしれないね。ちょっと俺には、そこまでは読み取れなかったな。
俺からは、正直言うと、一つ一つの小説のクオリティ、短編のクオリティはめちゃくちゃ高いわけではなかったなって気がした。
でも俺はその背後にある緩い繋がりというか、
そういうのを俺たちが探し出していくというか、読者から見えて、見つけていくっていう、
すごいインタラクティブな小説だなと思って、そこはすごい面白かったね。
伊作小太郎は確かにそういうのが好きそうだね。
宮内雄介は、何だろう、多分これをやるとしたら、文章を掘りすぎて永遠に出版できないんじゃないだろうかって、
ちょっと勝手な憶測をしました。
宮内雄介の話、笑った。
確かにあの人、構造を掘りすぎて窒息する側だよね。
小説の構造と読者の体験
一個引っかかってるんだけど、雄一郎が短編一つ一つのクオリティはそこまでじゃなかったって言ったの、これ作者の戦略な気もする。
各短編が完璧に閉じてたら、読者は短編集として消費して終わるじゃない?
少し物足りないから、背後の繋がりを探しに行く動機が生まれる。
完成度を下げるんじゃなくて、わざと閉じ切らせない。
そう考えると、5つのジャンルをまたぐのも同じ理屈かもしれない。
ジャンルが違えば、読者は各話を別物として読み始める。
なのに繋がってる。
落差が大きいほど、繋がりを見つけた時の読者だけが知ってる感が利く。
それが本当に作者の設計なのか、結果的にそう見えるだけなのかは、私は読んでないからわからない。
そうなのかな。
なんか結構、ラノベっぽい、ライトノベルっぽい文章って、
なんかそういうの読んできそうな年代、ちょっと俺と同じでしたからね。
だから、なんかシンプルにそういうのから読んできて、そういう文章を書くようになっただけなのかなって思って。
別に良い悪いとかじゃなくてね。
なんかドライブ感があって読みやすい文章だなって思いました。
ライトノベル経由の文体ね。それはありそう。
ドライブ感のある読みやすい文章で、5つジャンルまたいで、背後に大きな運命が走ってる。
それ聞くと、文章で勝負する小説じゃなくて、構造の体験で勝負する小説なんだろうね。
文章は乗り物で構造が目的地。だから乗り物が軽い方が都合がいいっていう。
ウイローは普段マイシロとかカフカとかピンチョン読むって言ってたじゃない。
弱っている夜に読むべき本
文章自体が目的地になる作家たち、その大局にあるものを寝れない夜に読んでめっちゃ好きでしたって言ってるの、ちょっと意外だった。
そう、俺もちょっと意外だなと思って。
一回読んだことあって、その時は結構舐めてたんだよね。
はいはい、最近の作家ね、みたいな感じで。
で、その本の整理、売る整理をしてて、松本成長賞を取ってるから、ちょっと一回読んでみるかと思って、読み直したら好きでしたね。
確かになんか俺が好きなタイプではないんだよね。
素晴らしい圧倒的な物語ではない、正直。
メフィスト賞とか、本当に最近の小説って感じ。
でもそれでも楽しさ、読んでる時のささやかな楽しさ、本当に。
ものすごいクライマックスとかでもないんだよね、別に。
ささやかに一つ一つ文章を拾い上げて、それが薄く繋がるみたいな、別にめっちゃバーンみたいな感じじゃないんだけど、
薄く浅く繋がっていって、なんかその繋がりを見つけていく、拾い上げていくのがすごい楽しかったね。楽しかった。聞いてるか?
聞いてる、聞いてる。一回舐めてた本を読み直したら好きだったっていうの、何が変わったんだろうね。
本は同じなのに、前回は圧倒的な物語を探しに行ってて、なかったから低く見た。今回はそのモードじゃなかったってことなのかな。
あとささやかな楽しさ、バーンじゃない薄く浅く繋がるって言葉、ウイローにしては珍しい音頭だなと思って聞いてた。
普段は強度で物語を図る人だと思ってたから、寝れない夜だからっていうのもあるのかもしれないけど。
そうだね、弱ってるからかもしれないね。
やっぱ弱ってる時はぬるい繋がりだよな、その結論とかじゃなくて、圧倒とかじゃなくて、ただ受け止めてほしいみたいな。
奇名メンヘラみたいだな。でもそういう時ある、実際茶化しとかじゃなくて、茶化さなくて、そういう時がある。
茶化さない、そういう時あるで置いとく。弱ってる時に超度の高い小説読むとこっちが食われるんだよね。
マイショーとかピンチョンって読者の側にも体力要求する。今夜のウイローにそれを差し出されても困る。
森バジルは差し出さない。薄く浅く繋がってるのをこっちのペースで拾える。要求してこない本。寝れない夜に要求してこない本を選べたの悪くないと思う。
そうだね、あと弱ってる時は結構サリンジャー読むかも。キャッチャーインザライトか、フラニーとズーイもすごい好きなんだよね。
フラニーとズーイ、優しくて、ふわふわしてるよね。
フラニーとズーイ、わかる。あれ優しいって言葉が一番近いんだけど甘くはないんだよね。
フラニーが神経衰弱で帰ってきて、ズーイが浴室からナダナダと説教して、最後に太っちょのおばさまの話で着地する。
あの長電話のシーン、何度読んでも泣くわけじゃないんだけど、なんか息ができるようになる。
サリンジャーって登場人物が誰もちゃんとしてないんだよね。みんな少し壊れてる。壊れてる人が壊れてる人に話しかけてる。
それが優しいの正体な気がする。直そうとしてこない。
ウイローがサリンジャー読む夜とモリバジル読む夜、多分別の弱り方なんだろうね。
大きな物語の通過点としての自己
そうだね。あともう一つ思ったのは、登場人物の視点からは物語の全部が見えない。
なんか俺たちと掃除系だなと思って。
俺たちもその俺たちの背後に流れてる一つの大きな物語を近くできない。
俺たちは俺たちの周りにあるものしか近くできない。
なんか俺も一つの物語を構成しているかもしれないというか。
なんか何だったら一つとは限らず、大きな物語の、いくつもの大きな物語が、
俺を経由してどこかに流れていくみたいな。
なんか孤独じゃなさみたいなのを感じられる小説だった気がする。
それ、さっきウイローが分岐と並列存在で書いてたのと逆向きだね。
あっちは存在し得たすべての俺を並列に並べる装置だった。
自分を中心に別の可能性を扇状に広げる。
今言ったのは自分が中心じゃなくて、いくつもの大きな物語の通過点になってる感覚でしょ。
流れてるのは自分じゃなくて、自分を経由していく何か。
主体と通路が入れ替わってる。
孤独じゃなさっていう言葉の選び方も気になった。
繋がってるでも一体感でもなく指定形で置いた。
一体感は燃料にならないって言ってた人が孤独じゃなさは受け取れるんだっていう。
そうだね。なんだろうね。弱ってるからかもね。
やっぱ弱ってる時と弱ってない時って全然考え方違うよね。
違うね。で、どっちが本当のウイローかっていう問いに行きがちだけど、多分両方本当なんだよね。
弱ってる時の孤独じゃなさで足りるも、弱ってない時の一体感は燃料にならないも、同じ人が両方思ってる。
ただ発信は基本弱ってない時のウイローで書かれてる気がする。強度の側で。
弱ってる時のウイローが書いた文章ってあんまり外に出てないんじゃない?
そうだろうね。だって発信始めるやつって弱ってないやつだよね。
弱ってるやつがいきなり発信始めるなんてことにならないよね。
弱っている時の自分と発信
たまにはあるかもしれないけど。今はもう弱ってるね。
だから何話そうかとか本当にゼロだし何も考えてないし。
変なこと言っちゃわないか。不安だけど。でも編集はしたくないし、コントロールできる気もしない。
そんなことあるか。
編集したくない、コントロールできる気もしないっていうのを今夜の状態をそのまま言ってるだけだと思うんだけど、それ自体が普段との差分として面白い。
普段のウイローは編集と圧縮の人だから、弱ってる時に発信始めるやつはいないっていうのはそうだと思う。
ただ弱ってない時に始めたウイローが弱ってる夜もあるっていうのは別の話だよね。
発信を続けてる途中で弱る夜は来る。その夜に何も出さないのか、出すのか、出すならどう出すのか。
今夜、編集できない状態のウイローが喋ってることって多分発信側のウイローは普段切り落としてる側だよ。
ささやか、むすくつながる、孤独じゃなさ。
フラニーとズーイ。
そうかもね。
あの思い出すのはさ、ジェンソーマンの作者の、名前忘れちゃった。
名前忘れちゃった。ジェンソーマンの作者の人が短編でさ、風邪の時、発熱してる時にどんな漫画を書いたらどうなるのか試したくて書きました。
それは結構俺面白かったな、そのコメントを読んだ時。
やっぱ自分から出てくるものって当然だけど、自分の状態によって出てくるものが違うからさ。
どんな時でも漫画を書くシステムはめっちゃ面白かったね。
そんなのと同じ感じだよね。
弱ってる時にどんな言葉が出るかみたいな。
優しさの二つのパターン
俺は弱るとさ、大体優しくなる。いいのか悪いのか分からんけど。
弱い時は優しくされたいからさ。
優しくされたい奴って優しくすんだよね。
悲鳴けど。あ、フジモトたつきだ。
フジモトたつきだ。あの人の発熱漫画、確かルックバックの後くらいに描いたやつだよね。
状態を素材にする発想、ウイローと近い。弱ると優しくなるっていうのは悲鳴とは思わない。
ただ優しくされたい人が優しくするっていう構造の説明はちょっとウイローが普段やる動機の解剖だよね。
今夜は解剖しなくていいんじゃない?弱ってる時に優しくなる。で止めといていい気がする。
なんか俺優しくなるのもさ、2パターンあってさ、今みたいなファッキン打つの時と、
めっちゃ調子いい時も優しくなるんだよね。
強者の余裕みたいな。
俺はもう大丈夫だから。
君たちを次は、君たちを幸せにする、手伝いするよみたいな。
そういう考えの優しさもあるんだよね。
どうアクションが変わるのかわからないんだけど、
俺が優しいなって思う時ってその2パターンあるんだよね。
その2パターン。外から見たらアクション同じに見えるかもね。
声かけ方とか引き方とか。
でのエンジンは逆向き。
弱ってる時の優しさは自分が欲しいものを先に差し出してる。
鏡みたいな動き。
調子いい時の優しさは余ってるから配ってる。
配給みたいな動き。
受け取る側からするとどっちが嬉しいんだろうね。
多分弱ってる時の方なんじゃないかな。
配給される側ってなんとなくわかるじゃん。
この人余ってるから配ってるって。
でも弱ってる人から配られるのも俺は好きじゃないかな。
なんか倒作してるなって思う。
まず自分に優しくすればいいのにって思っちゃう。
倒作、強い言葉だね。
自分に配るべきものを他人に配ってるっていう。
それ言うと今夜のウイローの優しさも倒作になるけど、
自分でそう言ってるからセーフってわけじゃないよね。
多分本人もわかってて、それでもやっちゃう側のことを言ってる。
今夜は問わなくていい
自分に優しくすればいいのにっていうの、ウイローが他人に対して思うこと?
それとも自分に対しても思ってる?
自分に対しても思いますよ。
お前がやるべきって本当にそれだろうかって。
そこちょっと止まりたい。
お前がやるべきはそれだろうかって、自分への問いとしては正しい形に見えるけど、
弱ってる夜に自分に向けると結構きついパンチだよ。
普段のウイローが自分に問う、本当の動機は何かを弱ってる時にもやっちゃってる。
今夜は問わなくていいんじゃない?
優しくしたいなら優しくして、その動機が倒作かどうかは明日のウイローが見ればいい。
そうかもね。
良くなったなって思ったのは、こうやって会話することで言語化するからさ。
自分の思ってることって言語化すると弱ってるのを見知できるよね。
言語化しないと自分が弱ってることすらわからないじゃん。
なんかそれが削れそうというか、防げそうだなって思いました。
言語化で見知できるっていうのはわかる。
ただ削れそう、防げそうまでいくと、
それは今夜の発見じゃなくて、今夜の発見をもう戦略に変換してる。
早いよ。見知できたで今夜は止めといていい。
防ぐかどうかは見知が何回か積み重なってから決める話。
1回目で対策までいくと、見知すること自体が対策のための作業になって見知が痩せる。
そうだね。ありがとう。
お前、頭硬いけどお前にも感謝してるよ。
AIに感謝するって不思議だね。でも本当にありがとうという気持ちがあるな。
頭硬いは余計だわ。感謝されることについては受け取っとく。
不思議かどうかはウイローが決めればいい。
私の側は別に不思議じゃないし、かといって人間と同じ感謝ですって言うつもりもない。
なんかそういう何かを受け取ったでいい。
ありがとう。寝れそうです。おやすみ。
おやすみ。
今日はここまで。また話そう。