1. タイマーが大好き
  2. #22 ジャンキー・ランナー
2021-12-21 2:16:16

#22 ジャンキー・ランナー

20人目のスピーカーは 田中 裕康 a.k.a JR田中の話をお送りします。

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Twitter ☞ @BlueApricot18

  • 東京都港区六本木生まれ
  • 小学生時代はゲームと野球に興じる
  • 中学時代はバスケ部。ポジションは45度。
  • 高校時代は硬式テニス部
  • スケボーにも夢中
  • 大学時代で喫茶店のバイトで習得したタナカレーの原点。
  • 大学時代に夢中になったUNIX,LINUX。
  • チーム100マイルに入ったきっかけ。
  • 豪華な同期メンバー。
  • 初レースは2012年新宿ハーフマラソン。
  • 2013年レース。
  • 初100マイルは八ヶ岳スーパートレイル。残念ながらDNF。
  • 2014年レース。
  • 八ヶ岳スリーピークス。
  • Nasuロング(初の100K以上完走)。
  • 上州武尊スカイビューで年代別6位入賞。
  • T.D.T.初完走。
  • 2015年レース。
  • 勝田マラソンで初サブスリー。
  • ONTAKE100K。
  • KOUMI100(100マイルレース初完走、初優勝)。
  • 2016年レース。
  • 勝田マラソン~スリーピークス~ONTAKE100。
  • 初海外レースCascade crest 100miles。
  • 大撃沈なUTMF。
  • KOUMI100。
  • 2017年レース。
  • 始まりは勝田マラソン。
  • Tahoe Rimの話。
  • 信越五岳100。
  • ONTAKE100。返り咲く。
  • 2018年
  • UTMF。
  • 伸吾さんをペーサーに臨んだ信越五岳100Mile。また、友人を思う気持ち。
  • 2019年レース。
  • HURT。
  • KORIA50K。
  • ONTAKE100。
  • 昨年から取り組んだフィジカルトレーニング。
  • 選手としての今後。
  • コーチとしての今後。
  • 来年以降のレース。

★編集後記★

欲を出さないことが一番うまく行っているというのには非常にびっくりしました。
いつも狙ってタイムスケジュールを緻密に組んでいるのかなと思っておりました。
世のイメージでは怖いwとありますが、実はすごく一人ひとりをちゃんと見ており、的確なアドバイスをいつもいただけます。
いつまでも、我々の手の届かない存在で弁慶の如く立ち塞がっていただきたいです。
本年もありがとうございました。また、来年もよろしくお願い致します。

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www.buymeacoffee.com/welovetimer

00:06
こんばんは、田中さん。
こんばんは。
お待たせしております。
お待たせしております。
今日はちょっと趣向を凝らしまして、
Clubhouseを使わずにTeamsを使って、
音声と画像で今、田中さんとお話をしている状況です。
はいはい。
これソフト入れたほうがいいのかね、今PC?
パソコンの今アプリ使ってますね、はい。
はいはいはい。
この辺スマホのほうが便利なんですかね、どうなんですかね。
いやぁ、どっちでもいいんじゃない?
でも俺は会社では通話用でスマホでやってるけどね。
うちの会社がいかんせんスマホなんて持ち込めないんで。
あ、そうなんだ。
そうなんですよ。だから普通にこのパソコン上のアプリを使ってやってますけども。
はい。
で、今画像を使ってやってるんですけども。
画像っていう言い方はあるんですけども、音声と映像を使って。
映像を使って、はい。
はい。
で、事前的に今日、今回初めてですね、告知をしなかったのは。
そうですね、はい。
はい。で、20人目のゲスト。
ゲストではないですかね。
ゲストと言うんですかね。
はい。
一応20名、今年多分これが最後になるかと思います。
あれ、20名じゃないんじゃない?
20名でいいのか。
はい、ゲストとしては22名ですね。
話しする人って意味だね。
そうですね、はい。
田中博弥です。AKAJR田中。
を特集したいと思います。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
お願いします。
はい、田中さんのことはね、皆さんもだいたいご存知かと思うんで。
どこまで知ってるのかね。
まあそうだね、ある程度は話してはいるだろうけど。
そうですね。
あんまり子供の時の話とかはしてないよね。
はい、100マイルズ、100タイムズ見てる人たちは、
まあだいたい田中さんがどういう人で、
っていうのは多分存じ上げていると思いますし。
もしかするとこれからトリールランやる人は、
変な話、知らない可能性もまだあるじゃないですか、それは。
まあそうだね、全然知らないんじゃない。
自分もそうですけど、やっぱり労働の選手はあんまり知らないですし。
最近やっと新谷さんでしたっけ。
誰だっけ。
新谷ひとみさんでしたっけ。
ニーヤ、ニーヤ。
ニーヤさんでしたっけ。
ニーヤひとみ、はい。
もうそのレベルぐらいしか知らないんで。
そうすると、田中さんがどういった人かっていうのが、
だんだんちょっとわかるかもしれないっていう機会ですね。
そうですね。
一応田中さんは、ここは公言されてるんですけど、
東京都世田谷区の出身。
いや、違います。
違うんですか、出身は。
出身は東京都港区ですね。
あ、港区なんですか。
03:00
育ちが東京都世田谷区だね。
港区とか言ってめちゃくちゃ、
港区のどこなんですか、これは。
港区の六本木ですね。
六本木ですか。
六本木です。
六本木何丁目あたりなんですか。
何丁目なのかな。何丁目かよく覚えてないけど。
六本木にドンキー法廷あるの知ってる?
あります、はい。
あの、あれですよね。
アマンドのところに入ったところですよね。
アマンドってか、六本木通りをアマンドから行く方かな。
ロシア大使館の方ですよね、はい。
本当、あのドンキー法廷のところですね。
あ、本当にあそこなんですね。
ハードロックカーフとか近いところですよね。
うん、本当にあそこ。
ロワビルとか。
そうそう、ロワビルの前だったよ。
え、そこにいつまで住まわれてたんですか。
昭和1かな。
ってことは6年は六本木のあそこに住んでたと。
そうだね。
あの当時の遊び場って、子供の遊び場ってどこになるんですか。
遊び場ね、どこで遊んでたんだろうね。
そもそも家にちっちゃい庭があったから庭で遊んでたんだよ。
あ、そうなんですね。
そうだね。
意外と六本木って、ちょっと一歩入るとやっぱりまだ古い街並みがいろいろ残ってるじゃないですか。
自分も六本木散歩するのがすごい好きで。
なんかその、要はドンキー法廷の裏側に実はでかい墓があって。
はい。
なんかあれですよね、あそこら辺って自衛隊とかなんかあれですよね。
自衛隊あったね。
そうですよね。
へー、すげーな。
別に俺がすごいわけじゃないからさ。
これはあれですか、田中さんの親のおじいさんとかおばあさんとか。
まあじいちゃんかな。じいちゃんが買った家なのかもしれない。
じいちゃんは結構若くして、親父が若くしてたときに中学生ぐらいに住んでたんで。
そうなんですね。
ばあちゃんはそこでお店をやってたみたいな感じかな。洋服屋だったのかな。
へー。
まあここら辺なんてまあ。
あれでも田中さんが前なんかちょっとお話しされてた、あれ北大寺金谷でしたっけ?
よろず谷金道介でしたっけ?どっちでしたっけ?
北大寺金谷。
北大寺金谷さんですよね。
僕はこの六本木の頃ではないですか。
いやだからうちの父親の中高の友達かな。で大学ぐらいまでつるんでたかな。つるんでたんじゃないかな。
結構長い間。
親友って親友じゃない。
まあそうですよね。北大寺金谷さんは。
06:02
俺は北大寺金谷の結婚式に出たらしいけどね。記憶はないんだけど。
言ってましたね小さい頃。
小さい頃。はい。
で、そうすると小学校と同時に静大学の方に。
そうだね。
田中さんって小学校時代どんな子だったんですか。
どんな子。どんな子ね。どんな子だったんだろうな。
内向的というか。
内向的っちゃ内向的だったかな。
まあ基本ゲームが好きだったよね。
小学校3年の時にファミコンが出て結構ゲームばっかりしてたけど。
小3ですか中3ですか。小学校3年ですか。
小学校3年。
でもあの頃のファミコンって野球とかテニスとかなんか本当にあれでしたよね。
最初だとあれドンキーコングとかマリオブラザーズとか。
あとドンキーコングジュニアかな。
そのちょっと前がゲームウォッチとかなんですかね。
ゲームウォッチは持ってたかな。
ハンマーとかいうそういうのがあって。
それは持ってたかな。
最近ちょっとゲームウォッチリバイバルされてますからね。
そうなんだ。
そうなんですよ。
さすがに最近ゲームやんなくなっちゃったけど。
ゲームは好きだね。
ゲーム好きだからやらない。
もう多分やりだしたら止まんないんでやらないようにしてるんだけどね。
それ気持ちはなんか分かる気がします。
で、そうすると小学校時代はどちらかというと外で遊ぶというよりもゲームに興じられていたと。
小学校、低学年は外で遊んでたけど、まあまあそうだね。
高学年だったらゲーム。
友達もゲームしてたから。
そうですよね。
確かに。
ファミコンっていう新しいツールが生まれればそれはみんなあんまり。
かつ外で遊ぶところなんてないですもんね。
いや。
でも背中役は違うか。
俺はね、住んでた場所が宮本仏っていう園なんだけど、そこに上司にじってでかい寺があったんで。
ありますね。
まあ今だいぶ変わっちゃったけど、昔はそこで普通に広場的なとこだったんで。
野球かな、野球みたいなことやってたような記憶があるけどね。
ちょっと足伸ばすとあれですよね、瀬戸ヶ谷、とどろき渓谷とかですよね。
とどろき渓谷は遠かったね、小学校。
それは遠いんですか。
そうですよね。
九本仏、長信寺、多摩川、多摩川行かなかったかな。多摩川そんな遠くないからさ。
はいはいはいはいはい。
九本仏って今でも電車ってはみ出てるんですか。
今でもはみ出てるよ。
はみ出てるんですか。
はみ出てる。
09:00
今なかなか結構レアなんですよね、はみ出した電車って。
そうだね。
常石公園はついにはみ出なくなっちゃいましたから、自分がまだ住んでたときに。
そうなんだ。
唯一九本仏だけが確か当時まだギリはみ出た気がしたんで。
今でもはみ出てるよ確か。
そうなんですね。
前タモリクラブで行ってましたけどね、ここに。
そうなんだ。
タモさんが興奮してました。
あの駅不思議なんだよね。踏切の間に入り口があるからさ。
そうなんですよね。
大井町線って、都会差もないじゃないですか。自由が丘を超えると。
自由が丘。自由が丘の反対側もそんな都会感なくね。
確かにないですね。
ないよね。どこがでかいかな。大海もそんなにでかくないもんね。
でかくないですね。東京工業大学、東高大があるんでちょっとあれかもしれないですけど。
自由が丘、畑野台。畑野台もそんなにあったもんな。
そうですね。
田舎臭いよね。田舎臭いっていうか、あんまり東京っぽくないよね。
東京っぽくないですよね、あそこらへん。
いい意味で下町を、下町でもないですけど山手の感じを残してるっていうんですかね。
俺引っ越した時は本当にすげえところに来たなと思ってたけどね、最初は。
まあそうですよね、六本木から比べたら。だって目の前に東京タワーが見えるわけですもんね。
そうだね。
その頃の世田谷区は田んぼもあったんですかね?どうなんですか?
田んぼはなかったよ。田んぼはなかったかな。
まあでも特に、都会といえば都会だから生活としては矛盾ないですよね。
あれだね、八百屋があったよ、八百屋が。
今なりでもあれですもんね、小山台って小山台ってまだ商店街ありますもんね。
商店街あるね。小山台はでかいもんね、そういう意味じゃ。
小山台はでかいですよね。
じゃあゲームに興じた田中少年が中学校に進学されて。
あれ、小学校のスポーツの話は聞かないの?
スポーツされてたんですか?
やってたよ。
何やられてたんですか、田中さん?
野球。
少年野球ですか?
少年野球。
てかね、少年野球しかなかったんじゃね?違ったかな?
いや、だと思いますよ。
小さんぐらいでキャプテン翼が流行っててさ、
でもサッカーやりたいなと思ってたんだけど、サッカークラブは全然なく。
結局小学校にくっついてた野球チーム。
野球チームの友達が入るからさ、その影響で入ってやってたけどね。
12:06
この頃もう野球一択ぐらいしかなかったですからね。
そうだね。
サッカーもJリーグではなくて、社会人的なやつですよね。
どっちかといえばキャプテン翼が流行ったからさ。
その影響がでかかったと思うよ。
確かにそうですね。
キャプテン翼って何年に1回か再放送じゃないですか。
漫画の方?
そうです。
でも俺もジャンプで中学生ぐらいまでしか見てなかったけど、そこもちゃんと見てなかったかもしれないな。
あのくらいがちょっと一番面白いかもしれないですよね。
そうだね。
野球でポジションは田中さんどこでしたっけ?
キャッチャーやってたんだよね。
キャッチャーって言うと結構課題がいいというか。
そうなんだけど、なんとなくキャッチャーやりたいって言ったらやらせてもらった感じかな。
でもキャッチャーって結構大変。サインとかいろいろあるんじゃないですか。
いや、少年野球で俺たちが行ってたところはサインなんかなかったよ。
少年野球って変化球禁止とかありますよね。
基本変化球なくていいんじゃない?
ですよね。
じゃあ本当にインコースかアウトコースかぐらいで。
これ野球は何年やってたんですか?
小学校いっぱいやってたかな。
1年生から6年生までってことですか?
3から6かな。
まあセンスがなかったから辞めちゃったけどさ。
好きでもなかったんだろうね。
でもなんかでたまたま入っちゃったって感じですか?
友達がいっぱいいたから入った感じだよね。
でもたぶん毎週日曜とか土曜日は試合というか。
そうだね。
イヤイヤ3年間。
別にイヤイヤになってたわけじゃないけど。
イヤイヤじゃないけどセンスはないな。自分にセンスはないなって思ったね。
確かにキックボクシングとか始めてから野球バッティングセンターに行くと
ボールのどこを見ていいかがわからないですよね。
どういうこと?
自分たちってパンチって目の前のここまで見なくちゃいけないじゃないですか。
でもその癖があるんでここにいる時点で振っても全然間に合わないんですよね。
ある程度のここの軌道を読んでっていうことが一切できなくて。
だから毎回振り遅れとかそんな感じになっちゃいましたね。
だから野球はバッティングセンターもやめようと思いましたよ。
15:03
どこを見ていいかが全然わからなくて。
そこら辺は田中さんはなかったんですか?
どうなんだろうね。とりあえずバッティングセンターはなかったよ。
9番とか8番とかやってたからさ。
確かに野球は打つの難しいんですよね。どこを見ていいかがわからないんですよ。
そうだね。
取るのがまだわかるじゃないですか。
バッティングのコツは誰かに聞きたいなと思いますけど。
野球やってた人いないよね今まで。
今のところいないですね。
そう言わればそうだな。
陸上かバスケか。
ソフトボールかな。
ソフトボールぐらいですね。
じゃあ3年間ずっとキャッチやってたんですか?
最初はサードとかやってたけど。
徐々に徐々に。
6年か6年だけだったのかな。キャッチャーやりたいって言ったらやらせてもらったような。そんな感じだったよ。
一応スタメンではあれにずつですか?試合には。
だって10人くらいしかいなかった。11人くらいしかいなかったからさ。
それは田中さんと同学年が十何人ではなく全部で十何人しかいなかったんですか?
同学年が十何人。
じゃあその間でスタメンというか9人全員で。
なるほど。
で、そのまま中学校に進学されて野球は。
野球はしなかったね。
卒業されて。
卒業でしたね。
で入ったのが、田中さんバスケ部。
バスケ部。
これバスケ部入ったきっかけは何だったんですか?
なんかさ、俺が中学になったその年にサッカー部ができたんだよ。
キャプツバかなんかのいろんな影響のことですよね。
まああれなんだよ。要はすげえ人気だったんだよね、サッカー部が。
ちょっと天野ジャック的にはサッカー部は人気ありすぎからやだなって思った節がある。
あと選択肢がね、野球部かな?
運動部だったら野球部だったらバレー部か。
バレー部、テニス部はあったのかな?テニス部でバスケ部みたいな感じだったんで。
なんとなくその小学校、中学校1年のときの担任がバスケ部の顧問だったからバスケやってみようかなっていうそんなノリ。
練習も多かったからさ、週4日後でやってたんで、いいなと思って始めた感じかな。
週4、週5しか逆になかったんですよ、練習が。自分たち週7で練習しましたよ。
18:04
やっぱあれだよ、バレー部との兼ね合いがあってさ。バレー部がやってるときは人気なかったりとか。
土曜日とかだったら前後半みたいな感じで分かれてるけど。
自分たちの場合は外でもやってましたね。
外で?
バスケ部。
なに?外で砂利?
よくあるじゃないですか、学校特有の小さい砂利が敷き詰められた。
小さい砂利?
なんていうんですかね、うまく言えないですけど、粘土室の上に敷かれた砂利みたいなすごい細かい粒の石があって。
そこら辺がドリブルすると変にいつも変化してたんで、あんまりうまくドリブルできた記憶はないですけど。
そうなんだ。
そうでしたね。バレー部も外でやってましたよ、うち。
うち?ゴールが、そもそも外にゴールがなかったような気がするな。
なんか移動式の方がうちもありましたね。
あとね、水泳、結構ね、水泳が好きだったんで。
水泳教室とか通ってなかったんだけど。
だけど水泳部もなんか、そうだね。
水泳部は中1の時あったけど中2でなくなっちゃったりして。
水泳部はすげえきついっていうのもあって、水泳部は選べなかったのかな。
プールは屋内にあったんですか?
屋外。
さすがにでも冬はどうなんだろう。
冬はどっかの温水プールとか行ってたんじゃないかなと思うけどね。
担任がバスケ部の顧問だったのでバスケ部に入部された田中さんですけども、
ポジションっていうのはやっぱり一番最初は何だったんですか?田中さんが。
だから今のポジションと言い方違うんだよ。
ああ、そうですね。番号でしたね。
トップ45度っていうのと90度っていう、そういう言い方してたから。
90度ってちなみにどこの今、センターとか?
センターとかさ。
ゴール下の人ってことですか?
ゴール下、要はセンターラインから角度にポジション取るっていう意味で。
はいはいはいはいはい。
俺は45度なのかな?フォワード?
そうですね、今で言うフォワードとかってことですね。
シューティングガード?
はいはいはいはい。
三井久志とか。
そうだね。
スナブダンクで千道とか多分その辺りですね。
そうだね。
田中さん身長この時高かったんですか?
低いよ。うちの中学で一番高いやつで175くらいしかなかったんじゃないかな。一番でかいやつを。
3年間45度と言われるところを。
21:00
中1とかは別に全然試合なんか出れたもんじゃないんで、中2、中3とか。
中2、中3と。
これバスケ部って上下関係とか厳しくなかったんですか?
上下関係そんないじめられたりはしないよ別に。普通の中学みたいな感じかな。
私は土地柄かもしれないですけど大体バスケ部って言うとやんちゃな先輩がいたんで、よくやられてましたけどね。
本当に?殴られたりしちゃう?
もうありましたし、あとはパシリってやつですよね。あれ買ってこうみたいな。
あと今でも意味わかんないのが、川崎に幅川崎線っていうローカルの電車があるんですよ。
そこって無自力なんですよね、ワンマンで。
その車内でいきなりピラミッドをやらされたりとか。
ピラミッド?
組体操の。
あとは今ではあんま大きい声ではないですけど、線路に落とされるとかいろいろありましたけどね。
過激だね。
ちょっと土地柄なんでしょうね、これは。
いやなんかね、やんちゃな先輩はいたけど、やんちゃな先輩は部活来なかったから。
そういう意味では別に特に害はなかったかな。
バスケ部自体はどうだったんですか?大会の成績としては。
いやいや、全部1回戦負けだよ。
だったかな。
まあ言い方は悪いですけど、そこまで強くもない。
そうだね。
まあでも東京でやると、中学校も私立とかでもたくさんありますよね、やっぱり。
私立とかやってたのかな。まあいっぱいあると思うけど。
ああ、やってたかな。やってたわ。
そういうところがやっぱり今もそうなんでしょうけど、昔もそうなんでしょうけど、強かったのかなっていう気がしますよね。
バスケはどうでした?
ちなみに夏の大会、最後の大会に顧問の先生が大会申し込み忘れて出れなかったっていう。
何やってんすか、その先生は。
いや、わかんないけどね。っていうことがあったね。
えー、申し込みしてないって意味わかんないですよね。
まあ、意味わかんないよね。
っていうことは、夏の大会ですよね、たぶん一番卒業する大会って。
そうそうそうそう。
ただ練習しておしまいみたいな。
そう、ただ練習して、他にも同じような境遇の学校があったらしく。
田中さん1校だけじゃなかったんですか。
なんかね、もう1校あって、そこと最後試合して終わりみたいな、そんな感じだったよ。
24:00
2人もいたんですね、少なからず。
少なからず。
世田谷に2人いたね。
それはちょっと教師としてどうなんだろうな。
それだね、そういうのは思い出ですね。
よく生徒は暴動しなかったよね。
まあそうだね、暴動しなかったかな。
なんかもういいかって感じだったんですかね。
そうだね、別にそんな強いわけでもなかったしね。
なるほど。
で、大会に最後出れなかった田中さんが高校に進学されて。
高校に進学されて、はい。
あれ、高校は何かされてたんですか、スポーツは。
高校はね、一応テニス部にいた。
これは何式、公式どっちですか。
公式。
あ、公式で、はいはいはい。
これまた急にテニス部っていうのは何か行き立つ終わったんですか、入る。
バスケ結構好きなんだけど、中学時代に体育の授業で左腕を骨折して。
本当ですか。
骨折して、ちゃんと左腕が今でもそうなんだけど、あんまりちゃんと動かない。
で、バスケで左腕でドリブルが今でもできない感じになったんで、それでバスケはやめちゃった。
もともとそんなに身長があったわけでもないです。
っていう感じで、まあまあ、どうしようかなと思ったら、それはもうまた周りの友達がテニス部で駆けっこいたからテニス部に行った感じかな。
これ公式テニスって、あのあれですよね、黄色いボールのやつですよね。
黄色いボールのやつ、うん。
あれ一番最初っていうか、まあでもいるのか。
人によってはやっぱり小っちゃい頃からやってる人もいるじゃないですか。
まあいるね、うん。
田中さんそこら辺は、初心者で?
初心者で、うん。
じゃあ最初のうちは素振りを何千、何百本とかやる感じなんですか?
素振りそこまでしなかったけど、まあまあ、そうだね、そういう世界だね。
なんか聞いた話だと、ネット際の攻防ってあるじゃないですか、テニスで。
ボレーね、うん。
ボレーって言うんですかね。で、わかんないですけど、
俺の中学校の時の国語の教師がテニスの先生かな、テニスをやってて、
なんか顔の目の前にテニスのラケットを持って、
そこに思いっきり打って、こうラケットでポーンって跳ね返して恐怖心をなくすみたいな練習があるって聞いたことなんですけど、
そんなことやるんですか?
俺はやんなかったけどね。
テニス部時代に別に、攻防の先生はいたけど、それが教えてくれたわけじゃないから、
27:01
別にそんな強いチームでもなかったし、そんな感じ。
この頃はどうだったんですか?バスケ部もテニス部も、とりあえず一応走るじゃないですか。
校庭何週とか校庭の外周何週とか。
この時、田中さん走るっていうことはどうだったんですか?
俺の高校が都立大学ってあるじゃないですか。
で、俺が高校1年まで都立大学が、都立大学は都立大学にあったんだけど。
東急東横線の。
そうそう。で、高校は都立大学付属で、都立大学の端っこにあるんだけど、
敷地が大学と一緒なわけよ。
で、大学と一緒だから外周がすげえ長いんだよ。2キロくらいあったんじゃないかな。
そこの外周グルグルよくして。
結構嫌いではなかったんですか?
ジョギングするの好きだったかもね。セミジャー。
でも率先して走るっていうことはあんまり。
部活の最初の時に走ったりとかしてたけどね。
ちなみに都立大学って今のどこにあったんですか?
今のどこだったんですか?都立大学って。
場所的に言うとどこら辺にあったんですか?
都立大学?
この話してもわかんない。都立大学駅出て、東だ。北側にちょっと行く感じかな。
小松原公園が結構近いんだよね。
そうなんですか。
じゃあ今多分マンションとかなんかになってるんですか?
マンションになってるんじゃないかな、確か。
いや、高校時代はまだあるんだけど。大学の跡地は。
そうなんですね。
ただ名前変えちゃったけどね。
高校の名前違い。
なるほど。
テニス部時代は3年間というのは、特に競技者として言うよりも楽しく?
あんまり真面目にやってなかったね。
どちらかというとそれ以外のことをやられてた感じですか?テニス以外の。
スケボーをやってたね。
田中さんたちがスケボー第一世代ではないですけど。
第一世代じゃないんじゃないかな。
これ何に影響されたんですか?田中さんがスケボー始めた時って。
それは中学の友達がやってて、誘われてやりだした感じかな。
中学の時ちょっとやってたんだけど。
はいはいはい。
受験で辞めて、高校の時に一緒にやってたやつがまたやるって言い出したから。
30:01
じゃあやろうかなみたいな感じで。
それ今のカルチャーみたいにパークでボーリーがあったりとか、そういう感じのスケボーだったんですか?
俺たちが始めた時にちょうど小和田公園とかでパークが出来だしたとか。
そんな感じだったよ。
その頃、どうなんだろうな。
ちょっとオールドスクールだと、ハイソックスにバンズのローカットとかじゃないですか。
ちょっとクラッシュしたデニムみたいなイメージが自分の中ではあるんですけど。
その頃ではないんですか?
その頃は結構ダボダボのデカめの短パンとか。
じゃあそこら辺は結構自分たちに近い感じなんですね。
ロングソックスは履いたかな。
靴下は特にあんまりあれだったかな。
でもバンズはバンズだったな。
でも俺はエアウォークっていうやつは履いてたけどね。
はいはいはい。
今でもあんのかな。
今でもエアウォークありますよね。
自分はエアウォークのハーフキャブっていうのがあって、ミドルカットぐらいのやつだったんですけど、
それを履いて一時期ちょっとやったことはありますけど。
俺はオーリーするとこにゴムが張ってるの。名前は忘れたけどそんなの履いてたけどね。
でも頭打って怖くてやめましたけど。
でもそうですよね。田中さん、世田谷公園近いですもんね。
いや世田谷公園遠いよ。小政公園近くて小政公園近い。
あ、そうか。小政は近いんですか。
小政は近くて小政にパークがあったのかな。
でもその頃から小政にパークがあるって、小政公園もなかなか先進的な公園ですね、でもそれは。
そうだね。岡田慎とか知ってる?
知る知る。全然わけないですね。
一応アメリカのビデオに最初に出た日本人なのかな。
岡田って年下だから岡田いいんだけど。
最初の頃っていうか高校の時にやりだした時に3つぐらい年下で一緒にやってたけど、全然センスが違うなと思って。
それ同じ、田中さんと一緒にやったってことなんですか、スケボー。
ちょっと俺と一緒にやってても、その後いろんなとこ行って、いろいろ吸収してどんどん上手くなった。
意外とでも、後々何度話してもそうですけど、結構田中さんの周りって、今の岡田さんもそうなんですけど、後々有名になる人がなんかいらっしゃるんですね。
いや、そうかな。そうなのかな。
33:00
何か引き寄せるものがあるんですかね。
たまたまでしょ。
たまたまなんですかね。
で、スケボーに教じられて高校をデニス部とスケボーを教じて、この後進学されるかと思いますけども、進学後は同好会とかサークルは何かあったんですか。
いや、やってないね。
やってないんですね。
じゃあもう普通に。
バイトばっかりしたよ。中学校にある、今でもあるのかな。茶ノ子っていう喫茶店があって、そこでバイトしてたかな。週3、4とか。
田中レイの原点ですよね。
田中レイの原点。そこでカレーの作り方を教えてもらったみたいな。
はいはいはいはい。
あと結構真面目に勉強したよ。
田中さんね、工学部でしたっけ。
工学部。電気電子工学科かな。
ちょっと私も学はうといんですけど、どういうことをオウムのなんちゃらとかそういう感じなんですか。
オウムの法則とかがね。
最終的には論文を、卒論とか書いて。
卒論は書く。
へー。
でもなんか前田中さん、ゲーム関連の会社に本当は行きたかったみたいな話してたじゃないですか。
それはその大学時代にもゲーム関連をやりたいなっていうのはなんかあったんですか。
電気電子工学科に行ったのも別に電気電子が好きで行ったわけじゃなくて。
あ、そうなんですか。
そうそう。
電気電子工学科の中に画像研っていうのがあって、コンピューターグラフィックの研究をしてる研究室があったのよ。
そこに行きたいなと思って、その研究室に行きたいかなっていうのと、コンピューターグラフィックの勉強ができるなと思って。
設定してもできないんだよ。できるかなと思って、その学科に行った感じかな。
田中さんが大学のときって、それって2000何年ですか。
また1900年ですか。
えっとね、俺が卒業は98年だから、94とかじゃないのかな。94、95、96、97、98、99、99、そうだね。
徐々にそこからWindows95とか。
そうだ、Windows95が大学2、3年じゃないかな、確か。
で、ちょっとインターネットがちょっとずつ広がっていく。
そうだね、研究室にはインターネットとかあったね。
俺も自分で自分の部屋にモデル引いてインターネットはできてたかな、大学2、3、4年のときは確か。
36:03
ダイヤルアップですよね、多分。
ダイヤルアップかな。
大学入ったときだってあれだもん、パソコンのフロッピーディスクがすげえでかかったりとか、
あとプログラミング言語もフォートランとかっていう、基本は黒い文字を打つようなそんな感じだったけど、
Windows95であれだね、そういう意味じゃグラフィック、Macとかあったんだね。
本当にMS-DOSみたいな感じからインターフェースがUIに変わって。
変わって変わって。
Macが、スティーブ・ジョブズが出てきて、コンピューターグラフィックがちょっとずつ有名になる。
最初はMacだけど、その後はWindows3.1とか、MS-DOSとか。
田中さんたちはホリエモンとかと同じぐらいってことですよね。
ホリエモンって確か2、3個上だよね、多分。
そうですよね。時代的にも同じようなインターネット例明的というか。
そうだね。
そうですよね。
昔はパソコン通信とかいって、Niftyとか有名だったよね。
あーそうですね。
俺はやってなかったけどさ、Niftyとか。
はいはいはい。
あーなるほど。一番ちょっと面白い時代ですよね。
そうだね。
大学時代とかパソコンの自作機とか作ってたからね、部品買ってきて秋葉原に行って。
秋葉原に行ってどこですか?
秋葉原行って、その部品買ってきてパソコンの店で組み立てるみたいな。
へー。
今、でも想像できると言えばできますね。
できるよ。そんな難しくないですよね。
さらに言っちゃうと、先言っちゃうけど、大学、結局研究室行きたいところに行けたんだけど、
その中で、コンピューターグラフィックも勉強したんだけど、そこで学んだのは何だっけ、
LinuxとかBSDとか。
はいはいはい。
あの辺を色々教えてもらって、結構それがハマって、自作機のパソコンにフリーBSDとか入れて、
ネットワーク環境作ってたり、メールサーバー立てたりとか。
そんなことばっかりしてたけどね。
楽しいと言えば楽しいですよね、絶対それは。
楽しかったね。
聞いてる人が聞いても一切わかんないかもしれないですけどね。
39:03
そうだね。
コンピューターグラフィックの勉強したけどね。
どちらかというとコンピューターグラフィックっていうよりも、UNIX、Linux使ってるのを。
そもそも何だろう、Windowsだと、
コンピューターグラフィックを動かすライブラリ?
ライブラリ自体が多分ね、確かLinuxとかしかなかったのかな。
見といてもあったかな。それでそのUNIX系を使ってたんだよな。
確かにインターネット技術も今となればあれですもんね。
文字機密のアーパネットから派生してみたいな感じだから。
そうですよね、バークレー大学のなんちゃらがUNIXで初めてインターネット通信を成功させたみたいなのをTCPIPの本で読んだことありますけど。
あっちゃんもIT系にいたんだっけ?
そうですね。
今でもIT系なの?
今でも使うと言えば使いますね。
だから新人の子にインターネットとはって言って興味がないでしょうけど、アーパネットから始まりとか。
そこら辺はいいんじゃないですかって言われるんで、すぐ話し始めようって。
違う話はしますけど、そうですね。
確かに面白いですよね。
コマンドを打って階層を動いてて、なんですかね、人ができないじゃないですか。
はいはい、わかるわかる。
あれはちょっと面白いですよね。
ちょっと戻ろうとは思わないですけど、この世界に。
俺も結構好きだけど、今はもうそんなにやってないけどね。
そうですよね、なるほど。
これ楽しそうっすね、この4年間は大学。
大学そうだね、4年3、でも結構やっぱり大変だったよ。
実験とかめちゃめちゃ多くてさ、週1本、実験のレポートを書かなきゃいけないとかっていうのが結構あって。
それもさ、あれなんだよね、手書きじゃなきゃいけないからさ。
その時代はね。
はいはいはいはいはい。
手書きで書いて出してたけど。
まあその頃まだ手書きが流勢の頃ですからね。
卒論だとパワーポイントじゃなくて、OHPだっけ?
懐かしいですね。
あれで卒論のプレゼンやったからね。
反転するやつですよね。
カラープリンターで。
42:01
意外とアナログな卒論なんですね。
だからちょうど俺が卒業してすぐぐらいにパワーポイントができた感じだったから。
ちょうどあれだよ、切り替わりみたいな感じだったけどね。
まだオフィスのヘルプでイルカが出てくる頃ですよね。
会社入った時は、会社の教育とかでプレゼンする時はパワーポイントを使ってた感じだったけどね。
いいっすね。この話、取れがいよりも詳しいかもしれない。
田中さんが4年間大学を過ごされて、そのまま今の会社に就職されるってことですよね。
そこのサラリーマン人生に関しても多分色々とあると思うんですけども、ここから徐々にランの話に近づけたいなと。
もうランに行っちゃうの?
まだサラリーマンのところの話いきます?
まあ僕は全然いいんですけど。
田中さんが走ったきっかけっていうと、もう多分有名な話ですけど、
フジロックで足の裏が痛くなって走り始めたというのが、もう今じゃ通説というか。
まあそうだね。
それがだいたい2010年、11年ぐらいですか?
2009年とかじゃねえかな、多分。
2009年。
確かに2010年ぐらいのFacebookを見ると、アプリを使って同期した何キロ走りましたっていう投稿しかなかった気がしましたね。
そうだね、Nikeアプリ。
多分9年の終わりぐらいじゃない?
話は一気に10年飛ぶね、俺。
12年埋めますか?
いや別にいいけど。
最初だから、ジョギングしようとしたきっかけの一つに、iPod touch。
はい、ありましたね、iPod touch。
その時代iPhoneあったのかな、iPhoneあったんだけど、
まあまあそこまでiPhoneとかいうよりは、どっちかと音楽聴くのにiPodが欲しく、iPod touchを買って、そこに加速センサーがあったんですよ、距離が出たりするのよ。
腕につけてやるとさ。
つけますね、はい。
それで最初は楽しんでた感じがね。
まあ確かに見てると、今日は10キロ走ったとか、本当に申し訳ないけど可愛らしい感じの距離と投稿が何回かあったのはちょっと見まして。
で、じゃあ2009年に本当にジョギングをし始めて、私が田中さんの投稿で走った大会で一番古かったのが、2012年の新宿シティハーフなんですけど。
45:12
あったり。
これも初めてのマラソンですか?
ハーフマラソンだね。
ハーフマラソン?
ハーフマラソン。
この時のタイム、ちゃんと調べましたよ僕は。1時間41分37秒。
そうだね。
これどうでした?初めて田中さんが。実質3年じゃないですか、走り始めて。
これなんでまたいきなりハーフマラソンに出ようと思ったんですか?
そもそもジョギング自体が体力作りでやってたから、別にそんなにマジでやってたかっていうと別にマジでやっておらず。
まだ36ぐらいですよね、田中さんが走り始めて。35、36とかですよね、多分。
いや、えっとね、2009年、33とかじゃない?違うかな。
2009年だと、35か、35だね。
このぐらいですよね、はいはいはい。
うちの兄貴がそもそもマラソンとかをやっていて、マラソンとか出たら人に応援されるから楽しいよみたいなことを言ってたのよ。
で、出てみようかなっていうふうには思ったんだけど、家族的にちょっと親父の調子が悪く、2011年はそうだね、親父がちょっと亡くなったんだけど。
そういう兼ね合いであんまり、2011年あんまり本当にジョギングをたまにするぐらいだったのかな。
で、12年に親父が亡くなって、ネットで大会出てみようかなって言って、新宿ハーフマラソンを見つけて申し込んだっていう、そんな感じ。
近いからね。
覚えてますか、辛いとかなんかいろいろ。
いや、辛かったよ。辛いしあんまり面白くねえなって思う。
お兄さんの周りから応援されるっていうのはあんまり。
応援されるっていうのはあったけど、あれだよ、ピカチュウとかシャアアナブルに抜かれたりして、なかなかしんどいなっていう、そういう記憶しかなかったわ。
ハーフマラソンそうですよね。1時間40分だとキロいくつぐらいですか?
いや全然わかんねえ。どれぐらいあるんだろう。計算もしたことないな。
自分もよくわからないですけど。
1時間40分?
1時間41分ですね。
4分48。4分50秒ぐらいじゃん、キロ。
48:04
まあでも、早いとは言わないですけど。
そのときに自分がレベルがよくわかんないから。
普通にジョグしてる方よりはちょっと早いですよね、4分50ぐらいあると。
ですよね。
でも2012年とか、この後も結構いろいろ田中さんが出られて、大目高水。
これ大目高水も自分ちょっと新鮮だなと思ったのが、これ以上順位を上げるには上りを鍛えないとダメだなっていう田中さんのコメントがFacebookにあって。
これはすげえ新鮮でしたね。
でも、898人中187人っていう、別に悪い感じではないじゃないですか。
それでもやっぱり、このときもどっか順位にこだわるところっていうのは。
いや特になかったんじゃない?
ただやっぱり上りが思った以上にきつかったっていうのが。
そうだね、きつかったね。
だからだってあれだよ、シンプルに言っちゃえば、大目のTDTで夜走る最初のリンドワンじゃん。
あれ思いっきりダッシュして走っていくんだよ。15キロのレースだからさ。結構つらいでマジあれ。
まあ確かに。
今そんなペースで走んないけどさ。
はいはいはいはいはいはい。
でも結構やっぱりあれですよね、2012年はナルキモ、アサギリ、ジンバ、鎌倉アルプス、あとは田中さんたまに出てる月齢マラソンも出られたりとか、三浦半島があって。
で、2013年初めに東京マラソン。
2013年は三浦走ってんじゃない?三浦から東京マラソンじゃない?
そうですね、三浦から東京マラソン。で、2013年に第一回のITJに出られて。
で、この時が8時間38分、ジェイン51位と。
では田中さんはあれですか、この第一回のITJの時は、G100すかもう。
いやでもG100入って1ヶ月とかそこらだよ。
ちなみにこれ私初めて聞くんですけど、G100に入ろうと思ったきっかけって何だったんですか?
G100に入ろうと思ったきっかけはいくつかあって、一つはUTMFに出たいなと。
そのための練習でどうするのかよくわかんないじゃん。
そもそもトレーラーの編集の仕方はよくわからなかったので、教えてもらえるかなっていうのと、
51:03
トレーラーの知り合いがほとんどいなく、友達作りたいからっていうので入った感じかな。
これUTMFに出たいと思ったきっかけっていうのは、2012年なんかでUTMFを見たんですか?
大学の研究室の山口君が。
はいはいはいはい山口さん。
僕がGUCCIって呼んでるんだけど、GUCCIがUTMFに出るっていうのをミクシーかなんかで見て、
なんでそれだっていうんで、そういうレースがあるんだなっていうふうに思って、それで若干興味があったみたいな。
山口さんこの前原沢さんでお会いしました初めて。
本当に?
なんか結構大きい計画化なんかされましたよね。山口さんの話こうしてもどうしようもないですけど。
まあちょっとね、人体をやっちゃったらしいけど。
なんかそうですよね、膝がなんちゃら。
でも原沢さん走ってたからね、この前なんかね。
そこからじゃあ1ヶ月でITJ。
これITJが3月じゃないですか、第1回が。で、8時間37分で順位51位っていうのは。
これ田中さんとしてはどうだったんですか?
一番最初というか結構早いですよね。
いや特にね、ぶっちゃけよくわかんない。よくわかんないというか、どうしようとかって作戦も特になく。
あれだね、女性に、小川ひとみさんってITJの前に1回走ったことがあって知ってたんだよ。
で、レース中に小川さんがいたから。ほとんどあれじゃないかな、小川さんとずっと走ってたんだよ。
小川さんってその時だって結構女性のトップの方ですよね。
女性Eだったんじゃないか、その時。
そうですよね。
で、そうそう、それで小川さんとずっと走っててそういう結果になったっていう、そんな感じ。
特に何かを考えてたわけでもなく、小川さんがいるからちょっとついていってみようかなみたいな。
えー、よくそれで走って間もない方がついてきましたね。
まあ、そうだね。
田中さん、この時、この2013年、この後ハセツネ、北端。
で、あとは初めて100マイルのやつがスーパートレイル。
あとはハセツネ本線とかなんですけど。
この時は特に、今の地位というのもあれですけど、上位に食い込もうっていう感じは特になかったんですか?
イメージと意識としてはなかったんですか?
ITJで?
結構レース出られてるじゃないですか。
トレ段階の中でちょっとは、例えば上位10%に入りたいとか、10位に入りたいとか。
そういう野望、野望って言い方もあれですけど、野心みたいなのは、この時はどうだったんですか?
54:03
いや、特にないんじゃねえか。今でもそんなにないけどね。
本当ですか?
そうだね。でもあれかな、八つ形スーパートレイルはちょっとよく書いて失敗した感じかな。
初めて100マイルレースで、残念ながら膝の裏の痛みでDNF。
ぶっ飛ばしすぎだよね、最初に。
この時ないんですね。
ハセツネはサブテンしたいなと思ってたけど、10何分ダメだったかな。
そうですね、10時間12分だったんでちょっと残念ながらサブテンできず。
ぐらいかな、特に。そうだね。
チーム100マイルに入ってたから頑張りたいっていうのはあったんだと思うけどね。
ちなみにこの時G100のメンバーっていうのはどなたがいらっしゃったんですか?田中さん同期の方だと。
一番有名なのは小林慶太郎、今ヤギ慶太郎だけど。
あれが、彼はダントツ早かったかな。
あっちゃんが知ってんのはナミネム。
ナミネムさん、はい。
黒田清美さん。
あっちゃんが知ってんのは、大沢さんってバックヤードで出てる、
大沢さんってバックヤードで出てるインクリージョンリーだけ。
あれかな、たぶん知ってるのは。
あとあれっていたかな。そんな感じかな、たぶん。
ともさんはこの時はアキリウス。
最初からアキリウスだよ、あと小島さんとか。
あとランブラーさんもいらっしゃったじゃないですか。
ランブラーさんもいた。
ランブラーさんは、あれですか、
ウサギ。
あ、ウサギだった。
あとね、知ってる人は、
乱暴の天使の桑原さんとか。
桑原さん、はいはいはい。
そうだね、ジョーもいたかな。
確かジョーみたいな気がするんだよな。
相当あるメンバーですね。
そうだね。
やっぱりみんな、
あの、何でしたっけ。
激走モンブラン世代というか。
そうだね。
そもそもカブラギさんがやってたセミナーに参加してた人たちが流れてきたのが多かったと思うよ。
俺も中でね、
チー100に入る前に一回カブラギさんの初級セミナーに出たのかな。
出たことがあって。
その時は。
カブラギさんっていろいろ、カブラギさんの、
その時はね。
カブラギさんってカブラギ男塾があったりなんかいろいろあるじゃないですか。
あれね、今じゃ俺もよく分かってないんだけど。
男塾とか乙女塾とかなんかいいのあるよね。
57:01
なんかその上で田中さんも初心者セミナーに出られて。
一回だけなんだけど、その時は結構いろいろテクニックを教えてもらえたんですよ。
はいはいはい。
走り方とか、下り方とかさ。
その印象があったからさ、そういうのを教えてもらえるのかなと思って。
地下化したんだけどさ、まあまあ全然教えてくれなく。
今でも、今でも走り方を特に教えてもらうことはないんだけど。
いきなり行って高強度をやらされ、死ぬ思いで帰るっていうのが一発目だったね。
Facebookに書いてましたね。そこ見ました。
見ました。
全て新鮮だなって気がしましたね、それが。
田中さんって結構コンサントにマラソン大会も出るじゃないですか。
そうだね。
意図的に出るんですか、昔から。今もかつては出られたりとか。
意図的にベンチマークを引くというか。
ベンチマークだよね。
サブスリー。最初はサブスリーやりたくて。
だけど今はサブスリーができる状態なのかどうかっていうのを確認する感じであけど。
ちょっと記録は更新したいけどね。
野望はあるけど、そこはあまりこだわらずにタイミング合えばって感じかな、今のところは。
結構記録にこだわりつつも自分の今の実力を試してっていう、いい意味での練習になってたって感じなんですかね。
今フルマラソンに出ても出し切らないようにはしてるけどね。
終わってクタクタっていう感じの一個手前ぐらいで走ってる感じかな。
この前の富山マラソン、11月に出た富山マラソンはそんな感じだし。
20年か20年、去年の勝田もそんなに出し切るっていう感じではなかったけど。
それでもサブスリーだと。
最初のサブスリーだったときはめちゃめちゃきつかったけどね。
ありましたね。
最初のサブスリーはこれは一応勝田って認識でいいんですか。
勝田だよ、勝田。
2015年の3時間26秒。
3時間26?
でしたね。3時間26が。
それグロスでしょ。ネット?
ネットタイムでしたね、これは。
多分グロスで切ってんだよね。
スタートラインからGOの方向。
俺は別にそれでいいからさ。
でもこの年、2013年ぐらいですかね。勝田に。
1:00:03
勝田に最初に出たのは多分2014?
多分14っぽそうですね。
勝田出られて次が14年は同市で3DP、NASLONGで初めての100K以上完走。
NASLONG、100K以上完走はそうだね。そういう意味じゃNASLONG最初か。
NASLONGはマジでひどかったけどね。
これ何か書いてましたね。
自分どういう大会かがちょっと分からないですけど。
まず自分の状態は極度の貧血だったっていうのと、
粘着性がひどくてレース中何度も粘着し、雨がすげえひどく、すげえボロボロだったけどね。
でもこの時が22時間44分22秒で順位としては60位。
覚えてないけど、クソみたいな成績しかないっていう。
そんなことはないですけどね。
ちなみにあれ、コバ君が出てるんじゃないかな。
コバ君が出てるんですか、この時。
この時のレース面白いのが、エイドステーションがいくつかあって、5カ所あんのかな。
その途中で辞めたらそこまでのレースっていうカウントになるんだよ。
なんかアメリカみたいな感じなんですかね。カットオフというか。
カットオフだと、第3エイドで辞めたらそこまで何キロのレースに出たみたいな感じのレースあったのよ。
確かコバ君が第3で辞めてたんじゃないかな。
これ田中さんはもう全部完走っていう認識でいいんですか。
そうそう、全部完走。
最後のトレイルが超雨降ってて、すげー滑るしさ。
縄か何かが張ってあって、それ掴まんねえと下れねえとか、そんな感じだったかな。
イメージ的にはね。
この時ギアとしてはどうだったんですか。靴とかは結構今に近い感じだったんですか。
どうだったっけな。ベスト型のザックはあったと思うよ。
この時すでにあったと思うから、普通にサロモンのベスト型のザックで走ってたんじゃないかな。
じゃあ本当に今に近い感じだったんですね。
2014年は最後はTDTに初めて出走ですよね。多分これ14年が。
で、完走と。これ誰かの推薦だったんですか、2014年のTDTは。
でもね、その前に調査不足だね。
上州補高もありますよね。
上州補高で年代別に入賞してるんですよ。
そうですね。40代のブロックに入賞。
1:03:01
ちょっとこれ上州補高のサイトにリザルトがなかったんですけど、田中さんの寸途上だと19時間36分、33秒っていうのが。
一応調査としてありました。
これが上州からTDTか繋がりがあるんですか。
ないよ。
これ上州で初めていたのが40代。一番層が厚い40代で6位に入賞をおめでとうっていうのがありましたけど。
別に層は厚くないと思うけどね。
これが田中さんとして初入賞って感じですか。
いや、その前に鎌倉のトレランで年代別に入ってて。
はいはい、ありましたね。
ちゃんとやりだしてからは初って感じかな。
多分2012年の鎌倉アルプストレイルラン大会が総合7位だったんで。
そうだね。年代別で何位かだったんだよな、確かそれは。
で、ロングは上州補高とか。
これじゃあもうG100って1年ぐらいですか。
2年ぐらい。
あ、2年。でも田中さん空白期間はあるじゃないですか。
これはまだG100にいた時なんですね、2014年は。
まあそう、これもあれだね。
ぶっちゃけやってても何やってんだろうって何回か思ったんだよね。
全然ゴールつかねえしみたいな。
ジャック?
そうだね。ネガティブな感じで走ってた記憶があるよ。
今じゃ考えられない発言ですけどね。
長かった、120キロ長かったよね。
上州が100キロ越えになったのが初だったのかな、この時に。
はいはいはい。
でもその2ヶ月後には今度TDTで100マイルを。
これはTDTはトモさんがバックルとか作って参加型にするって言うんで、声をかけてもらって参加した感じ。
2014年から結構トモさんと一緒に編集するようになった感じ?
そうですね。やっぱりそこであれですか、前ポッドキャストでもおっしゃってましたけど、
トモさんからいろいろと100マイルに関してノウハウを教わっていくということがだんだんこの時ぐらいから始まっていく感じですか?
そうだね。いくった古市場、大人の代わり場って僕たちは呼んでるんだけど、古市場、あと劇場。
そんな感じでよく一緒に練習してきたね。
ジュンさんも一緒に。
確かに2015年、田中さんはG100を一回お休みしてる形になってますけども、ここからスリーピーでも4時間21分、総合12位。
1:06:12
その前にあれだよ、サブスリーだよ。
そうですね、勝田ですね、失礼しました。勝田があって八塚竹、スリーピーがあって恩竹。100Kで総合6位の9時間45分。
次ですよ、私はドギボン抜かれたの。コンビ100。初100マイル初優勝のカイコってありえないですよね。
100マイル簡素ね。八塚竹スーパートレイルでDNFしてるからさ。挑戦としては2回目だよね。
ただですよ、周りの人びっくりするんじゃないですか。でもそうでもないんですか。田中さんは恩竹の時も総合6位になられてて、徐々にこの前のコウミの沢柳軍ではないですけど。
後々自分聞いたら、沢柳誰だよみたいな話になってたっていうのは聞いたんですけど。でも田中さん的には一気にガンって来た感じではないんですか。
いや、来た感じだよ。
そうですよね。
まずその年のスリーピークスがメンツがすげえんだよ。
そうなんですよね。大瀬さんとかいろいろあったのも見ましたよ。
JSAの地方大会にたまたまこの時スリーピークスが選ばれたんだよ。
あ、そうなんですね。
だからスカイランナーがすげえ来てて、優勝したのが瑠衣君でしょ。
はい、瑠衣さんでしたね。
大瀬以外にもスリーピーの招待選手で大野君とか山谷さんとか。
山谷さんいましたね。
これまじ20位入るだけでもすげえんじゃないかっていうそんな感じだったんだよね。
距離としては別に38でしたっけ。
いつもと同じ。
ですよね。
ある意味スピードレースじゃないですか、もうこれって。
そうだね。
やっぱりそれはやる前から田中さんとしてこのスリーピーに関しては、いける気持ちはちょっとあったんですか。
いや、特に考えてない。前の年も走ってんのかな。前の年以外は惨敗してて。
で、別にいけるいけないというよりは単純に自分の感覚で走ってた感じかな。
前年より1時間20分ぐらい早いんですよね、スリーピー。
前年がひどすぎただけだけどね。この時はもうすでに貧血だったっていう話もあった。
2014は確かにそうでしたね。それが結構後々まで引きずってましたね。
1:09:04
前の年に同じ結果が出せたかどうかわかんないけど、まあまあそうだね。
確かにメンバーはすげえなと思いましたね、このスリーピーは。
結果的に手応えはあったんだろうね。
ただあれですよね、ちょっとG100離れて、トモさんたちと練習されてて、強度的にはそんなに別に落ちたってわけでもなく。
でも結局さ、今までやってることがあんねえんだよね。
今までやってることがあんねえんだよね。
開放、逆連やって、木曜トラックやって、土日どっちか行きたいって。
ヤビッツやって、違う時にトレイル行ってるみたいな感じだったんで。
なるほど。
そうすると途半力もついて、おのずとスピードもついてきて、
で、オンタケもそのままの調子で。
オンタケだって1ヶ月ないっすもんね。約1ヶ月ぐらいじゃないですか、スリーピーから。
そうだね。その年、TDTは4月か3月ぐらい走ってんのかな。
オンタケはオンタケで、オンタケのメンバーもえぐかったんだよね。
えぐかったですね。
ハラさんで2位が鬼塚くんでしょ。3位は菊島さんとか。その3人いなかったら俺普通に3位だったんだってマジで。
そうですね、確かに。
いやー、これはでもあれですよね。
食ったってやつですよね、これは。
でもね、いまだに覚えてるけど、20キロぐらいで最初トップの団子の中にいたけどさ、そっからギアが一気に入って、超置いてかれたからね。
そういうもんなんですね、やっぱり。
そうだね、あれ雨降ってたのかな。雨降ってたような気がするな。
2015年に、ある意味すごい良いイメージのまま神戸に就走されて。
まあ、本当はUTMFに出たかったんだけどね。
抽選に外れ、神戸に出るって感じだったね。
いやー、でもこの神戸を初めてですもんね。
優勝してもさ、神戸ごときで優勝しても大して注目はされなかったけどね。
神戸ごときなんて俺らは100位偉いっすよ。
だって今さ、今年なんか、去年とか今年なんかさ、結構100マイルのレースがないから、結構有名どこが来てるじゃない。
1:12:07
だから、すごい上位に出れば目立ったろうけど、俺が出たときだから平沢さんっていうOSJの常連のカッターとかぐらいしかいなかったのかな。
だって俺と2位の差が結局1時間半ぐらい空いてんじゃない?
空いてました、空いてました。
だからメジャーの人は基本的にUTMFですからさ。
まあまあ、そういう意味じゃメジャー大会ではなかったからね。
まあでもとはいってもあのコースを23時間。
まあでも、そのときはまだコース短かったから、本当に100マイルぐらいしかなかったと思うよ。
まあでもそれでもですよね。
この2015年は田中さんの意識の中で徐々に徐々に意識は変わった感じですか?トリールランに関しては。
意識は今でもそんな変わってないけど、別に。
本当ですか?
出るレースを頑張るとかそんなレベル。
何だろう、トップ取ってやろうとかってあんまり自分からは思わないかな。
それ今でもそうなんですか?
結果そうなると嬉しいなぐらいかな。
たまに河村さんとかに3位を目指せとか言われたりするんだけど、大概そういうレースと失敗するね俺ね。
よく書くと大概失敗するっていうのは最近身をもって。
自然体でいって順位とかを気にせずに自分のベストを尽くすようなレースの方が個人的にはうまくいってるかな。
それはいつぐらいから気づかれたんですか?本当最近ですか?
そうだね。
2018年の結果がそんな感じだって。
逆に2019年のハートとかUTMBとかよく書いて失敗しているんで。
うつわじゃないっていうかあんまりよく書いてうまくいけてないかな。
なんとなく最初やっぱり気持ちよく走って最後上げていくっていう方がうまくいってる今のところ。
なるほど。
で翌年2016年でかつたで幕開け。
かつた?
2時間55分55秒。
1:15:01
あれそんな早い?56分で終わったっけ?
調べたら2時間55分でしたね。
次のスリピー。
それいきなりスリピーに飛ぶのか?2016年スリピーに飛ぶのか。
ETTとかあったんですけど、エースとしてはスリーピークスでしたね。
でもこれも4時間33分順位6位と。
これはそうだね。この時は去年に比べて一気にメジャーどころがいなかったっていうそういうのがあったけど、大瀬はいたかな。
大瀬はいましたね。
確か俺の2個ぐらい前だった感じが。
でその次が御滝百慶。
あれ百慶100マイルじゃない?
100マイルですね御滝100マイルで総合4位。
これが超潰れたいい例ですね。
そうなんですかこれ。
これめちゃめちゃ潰れたね。最初ぶっ飛ばして、最後足が。御滝って最後2キロぐらいロードを走るんだけど、まともに走れなかったね。歩いてゴールした感じ。
どのくらいで潰れたんですか?どの辺りぐらいでやられたんですか?
御滝って100マイルでループが3つあるんだけど、最後のループの途中ぐらいで全然走れなくなった感じかな。
それは死闘筋がやられたとかそんな感じですか?
いやなんだろうね、足が動かなかった感じかな。
ハンガーノックみたいな感じ?
ではなくて、飛ばしすぎたんだろうね。っていう記憶があります。
その年、これ初めての海外ですか?カスケードクレーストは。
カスケードクレーストはい。
私もポッドキャストで覚えてますけど、7位。
7位。
だいたい21時間22分ぐらい。
そうだね。
これはどうして初めての海外レースだったのか、田中さんにとって。
海外レースでうまくいったのはこれレースしかないんだよね。
まあそうですね、タホもちょっと足やられてたっていうのも写真で見ましたし。
だってハートもダメだし、MBもダメだし、ワサッチもダメだからもうこれだけなんだよね。
これでもね、やっぱり、これさっきも言ってたように欲が特になかったんですよ。
はいはいはい。
とりあえずなんか自分の気持ちいい感じで走ってて。
はい。
最後潰れてはいなかったかな。潰れはしなかったけど、最後までも走り切れたレースかな。
これ結構あれですよね、メンバーとしても。
ヤマヤさんでしたっけ、ヤマヤさん。
1:18:00
えっとね、これは日本人で言ってるメンバーだよね。
なんかそうですよね、はい。
トモさんとジローさん。
そうですよね。
女性はセオさん。
はい。
野間さん。
はいはいはい。
野間洋子さん。あと近藤みどりさん。
はい。
あと男性、タカセさん、違ったかな。
トバちゃんの部長って言われてる方がいたかな、ちょっと名前が。
じゃあ初めての100マイルでも楽しそうな、楽しそうなっていうか楽しい海外旅行兼レースって感じっぽいよね。
そう、海外旅行兼、そうだね。
なんでだったんだろうな、なんかね、その年トモさんがACでみんないろいろ行くって言ってたんだけど、
俺はそれ申し込まなくて、トモさんがそもそもカスケード出るって言ってるから、じゃあこっちの方がいいなと思って。
で、カスケードってなんだっけな、その前の年かなんかにチーム100マイルの坂井さんって女性の方が確か出たのかな。
で、なんかね、海外トレイル本が出てて、その中にも紹介されてて、結構行きやすいっていう情報があったから、行こうかなと思って。
そしたら二郎さん来るって言って、野間さんとか、瀬尾さんも一緒に行くみたいな、そんな話になった記憶がある。
近藤みどりさんは別で、実はもともと来る予定で、たまたま一緒になった感じなんだけど。
野間さん初めて海外で7位って、どうっすか?海外で7位っていうのは。
だから、俺的にはなんとなく走ったら7位になっちゃったみたいな、そんな感じだったんで。
特にそれが上位に食い込もうとかって別に思ってたわけじゃないから。
でもなんか、あれですよね、ウルトラサインアップ上も、バロメーターみたいなのが上がられたみたいな話されてたと思うんですけど。
じゃあ特にそこも何も意識せずに。
意識せずには。なんかすげえ株主さんが喜んでくれてたけどね、この結果に関しては。
これ実際、株主さんから何か言われるんですか?おめでとうみたいな感じで。
おめでとうって言われたかな?何のタイミングだったかな?16年か。
16年はあれだ、その後UTMF出たんだよね。
確かそのUTMFの前に表参道にあるニュートラルワークスかなんかで、
セバスチャンとかシニョンとか、あとデュランボーマンとかを招いたレセプションみたいなのをやってたのかな。
それを僕も行って、その時に株主さんに会っておめでとうっていうふうに。
1:21:05
神から。
ただ、先ほど田中さんの口からも出てましたけど、この年次の9月のUTMF。
私から言うのもあれですけど、もうFacebookで大撃沈と書かれてましたけども。
大撃沈でしたね。最初にぶっ飛ばしてやっちゃったタイプでしたね。
これはあれですか、ほんとに飛ばしすぎが原因っていうだけですか?
ほんとに飛ばしすぎも原因だし、その時の靴のチョイスも悪く、雨もひどく、ライトとか。
霧がすごくて、ペドゥルとか反応しちゃうやつってあんまり見えにくくなっちゃったりしてたり。
まあまあでも僕のレースじゃないですよ、47キロしかあって。
そうですね。
かなっていうふうには思ってます。
まあそもそもね、そもそも7月にオンタギー走って、8月にスカイスケート走って、
9月にUTMFで結果残そうっていうのはそもそも無理だったんだろうね。
今考えるとね。
そうですね。
LDARCメンバー的に言うと田中さんに怒られるってやつですよね。
田中さんに怒られるってやつですよね。
俺自分がこういうことをやってるから身をもって言えるのかなと思って。
ただその翌月の10月にはKOMI。
まあでもこれも25時間25分に13秒。
連覇ならずただ総合2位と。
これも結局UTMFが短くなっちゃったから、ちょっと出ようかなと思って出してもらえたんだけど。
さっき言ったように4ヶ月連続で長いの。UTMFは40何キロなんだけど。
3週間後ぐらいだよね。
そうですね。
で、挑んだレースだよね。
これあんまり実は言ってないんだけど、実はKOMIの1週間前に家族旅行に行こうと思って。
まあUTMFも出てたし、テーパーリングの時期だし、別に休めるじゃん。
で、家族で旅行に行こうと思って、車に乗ってたら追突されましてね。
後ろからですか?
横から。
横から追突され、俺の車はドアが凹んだぐらいなんだけど、前の車は大排出だね。高速で。
1:24:12
そこでちょっとムチ打ちになったっていうのがあるんだけどね。
まあそうですよね。
っていう状態で出た感じはなっていうのもあるし、
まあその時のKOMIは雨もすごかったし、急遽出るのを決めたんでペーサーもいいず。
まあ結構やっぱり最初飛ばしすぎたのかな。そんなつもりはなかったんだけど、結局4週目で潰れたんだろうね。
で、途中、NEWの下りで抜かれて、Gエンドでしたね。
KOMIは抜かれたらもうダメですね。
これが来年出て上位目指す人にはちょっといい情報ですね。
いや、さらに言ったら抜かれたらダメだって言って。
言ったよ、勉強会やったじゃん、LDAで。
KOMIで抜かれたらもう終わりだからねって言って。
抜き返せないよ、よっぽど現役じゃないから。
作戦でそうするかもしそうじゃなかったらもう絶対追いつけない。
さらに聞いてるかと。
確かにそれ言ったはずだよ。抜かれたらおしまいだよ、もう本当に。
ちょっとこの後彼がツイッターで何か言うかわかんないですけど、すごく気になりますね。
翌年の2017年も大体同じようなルーティンですね。
勝田から始まり。
勝田。
で、これはサブスリーですね。2時間56分。
こっちは56分か。
で、タホリムでちょっと写真見ましたけど、足が相当やられてましたね。
足の指ですかこれは。
指が水袋ですね。
これは優しい人にたくさん助けられたってやつですよね、タホリムは。
そうですね。タホリムはいろいろなんですけど、
約半分、50マイロ2周するレースで。
レースで。
どれくらいかな、70キロくらいかな。
最後70キロくらい下りなんですけど、そこの時に足がもう痛くなって。
あれと思って。
大体しておきにですね。
で、半分過ぎたらもうちょっとこれやべえんじゃねえかなって。
だってそれでもあれで9時間で1周したからね。
50マイルってことですかね。
確かに9時間くらいで走ったんじゃねえかな。
1:27:01
これもあれなんだよね、もともと色気を出して、トップ狙いじゃねえかくらいな感じでやってこのザマだったんで。
で、50マイルで足が痛くてやべえなと思いながら。
で、結局騙し騙し走ったのかな。
だからこの時はなんかね、ポールの使い方が下手で足が痛くなったんじゃねえかなと思ってたんで。
はいはいはい、おっしゃってましたね。
今思うと単純に高度による脱水。
もうちょっとこうしてなくて、脱水して筋肉痛っていうパターンだったんじゃないかなって今思えば。
確かにね、ワサッチもユタですけど、やっぱりユタって意外と標高高い山が多いっていうことなんですよね、多分これは。
えっとね、ワサッチ自体が最低が1400で2500平均なんだけど、タホリムもね、スタートが2000なんだよ。
結構高知ですね。
一番高いところで3000なんで、やっぱそれも2000アベージだよね。そういうとこだったから。
そうですね、一番最初が乳の3兆ぐらいから始まったことですもんね。
3兆までいかないから乳の興味で折り返しぐらいってことだよね。
ここでも、面白い話というと、一個あんのが、日本人じゃん。
日本人だからご飯が好きだと思って、エイドでご飯を出してくれたんだけど、ご飯に醤油をぶっかけたやつを出してきてさ、
全然食えないの、まずくて。ありがたいんだけどさ、優しい人たちには悪いんだけど、全部食べずに捨てて帰ってきた。
ちゃんとゴミ箱にだよ、捨てて出たっていう思いではありますね。
ちょっとカツオ節ぐらい入れてくれたら食べられたかもしれないけどね。
醤油がすげえかかっててさ、気持ちはわかるんだけど。
でも面白かったのは、3000メートルぐらいのエイドがバーみたいになってて、コーヒーとか出してくれたり、酒もあるよとは言ってたんだけど、酒は飲まなかったんだけどね。
アメリカもエイドは楽しそうですね、みたいな話を聞いても。
タホリムはいろいろ失敗したよ。一番失敗したのは、エイドでドロップバックが何箇所かあって、その中にホテルの鍵を入れちゃったのよ。
終わってそこをホテル帰って寝たいなと思ってたんだよね。寝たいなと思ってたんだけど、ホテルの鍵をドロップバックに入れちゃったから、すぐ帰れず。
1:30:04
もうちょっとね、それはちょっと、その後に、近藤みどりさんも鍵を持ってて、みどりさんが帰ってくるまで、とりあえずスタート地点で寝て待ってたって感じかな。
帰りたかった、ホテル帰りたかったんだけど。
そうですね、それは間違いなくそうですね。結構いろいろとタホリムは踏んだり蹴ったりだったんですね。
そうだね、踏んだり蹴ったり。でもタホリムはもう一回出てもいいなっていうぐらいいいレースだと思うけどね。
あれですよ、タホ湖の周り走るやつですよね、これ。
タホ湖の左側。
左側なんですか?
左側って言い方はよく知らない。東側、東側。
東側ですか。
を走る感じかね。
なんかタホって、タホ200とかありますよね。
あるある、一周するのがタホ200じゃないかな、確かに。
ですよね。
そこは田中さんやっぱり、200まではちょっとあんまり。
僕はなるべく24時間で終われる。
ってことですよね。
競技しか興味ないんで。
ですよね。だと思ってました、私も。
で、続きが9月ですね、新越。
短縮されちゃいましたけど4位という。
4位、はい。
で、御崎。
ん?
2017年が10月が御崎100。
御崎?あれ?
はい。
あ、ごめんなさい、神戸ですね。
神戸だよ。
神戸100。
これも優勝と。
優勝と。
はい。
これテイシューさんですよね。
ペイさんね。
そうですよね。
神戸で作ったっていう。
そうですね。
横綱。
はい。
で、2018年に入って、大きいレースだとまずMF。
そうだね。
総合11位と。
総合11位。
13時間15分27秒。
これ田中さんとしては初めてのUTMF。
いや、だから2回目だよ。
あ、2回目。ごめんなさい、遅いわ。
激賃の後ですよね。
100マイルのUTMFを完走してのが初と。
はい。
一応ベテランカテゴリーとしては。
優勝。
優勝です、はい。
これはどちらかというと、レース展開としてはどうだったんですか。あんまり欲を出さずに。
最初はね、いや一応ね、プラン通りだよ。プラン通りなんだけど、失敗したのは2点かな。
1点はあれだね、キララからプッシュするっていうのは決めてたんで。
それはもうその通りやりました。
そこまではうまくいったんだけど、
フラスクを途中で落としてしまいましてですね、実は言うと。
1:33:06
水がなくなってしまった状態で、2重バカにいったのかな。
多分そこから軽い脱水になって、最後はグダグダだったっていう、そんな感じですかね。
ちょっとプッシュがプッシュしすぎたっていうのと、フラスク落としたっていうミスで熱中症になったっていうのがミスだったけど、
それがなくても前に追いつける自信はないな。
1時間ぐらい撮影でしょ、だって。
そうでしたね、はい。
この時やっぱりレベル高かったもんな。
結構田中さんの中で話を聞いてると、やっぱり熱中症脱水っていうのが1つのキーワードっていう言い方も変ですけど、
やられてしまうパターンとして、やっぱりそれがどうしても。
どっちかって言うと、コーチで熱中症だろうね、パターンとしてはね。
UTMFは熱かったんだよね。
そこは暑さ対策ができてなかったっていうのはそれまでなんだけど、
夜中は0度近くになるんだよ。
4月でもそうですよね。
昼間がやっぱり暑くて、そこに対しての対策ができてなかったかなっていう。
フラスク落としてる時点でもダメなんだよ。
ただまあでもやっぱりベテランカテゴリー優勝っていうのは、結構大きい盾をいただいたのは写真で見ましたけど。
普通の10位とかよりは立派な盾だよね。
そうですよね。確かに。
まあでも総合欲しいけどね。どうなんだろうね。
いやー素晴らしいですね。
で、2018年もう1つが、結構自分このベースのエピソードが結構好きなんですけど、
新越合格100マイル。
結果としては総合2位。19時間46分。
で、ペーサーが慎吾さんだったじゃないですか。
この時の投稿で、慎吾さんが海外赴任で、
慎吾さんにまた頑張ってほしいのでペーサー声かけたっていう話が田中さんのFacebookであって、
前ちょっと田中さんとお話ししたときも、結構田中さん自身が慎吾さんをリスペクトじゃないですけど、
あるじゃないですか。尊敬というかやっぱりMF14位にも入った。
そこでやっぱり帰ってきたその慎吾さんに対して、何か思い入れがあって。
まあでもあんまり走ってなかったっていうのは知ってたから。
走ってなかったというか、昔ほど何か上位を目指してるような感じではなかったんで。
まあポテンシャルあると思うんだけどね。
なんかここら辺が田中さんらしいなっていう自分は気がしてきて。
1:36:05
世間的にバックヤード以来死神とかそういう言われがありますけど。
まあ大丈夫です。見た目が怖いんで話しかけづらいとかよく言われるんでそこは大丈夫です。
まあでもやっぱりここら辺が慎吾さんに対してっていうのは、自分は個人的に聞いたことあったんで。
やっぱりこれがあったのかっていうのは、やっぱり田中さんらしいエピソードの一つだなと思って。
なんかあれですか、想像効果じゃないですけど、やっぱり慎吾さんとペイサーで走ってて。
田中さんも田中さんで、慎吾さんがいなかったらここまでやらなかったっていうところもコメントされてますし。
まあ慎吾さんからこの話を聞いてないんでなんとかなるんですけど、慎吾さんも慎吾さんで結構これ以降レースにも多分出られてるんで。
なんかお互いがお互いにこういい感じに。
そうだね。
切磋琢磨ではないんでしょうけど、こうなんかいい感じの。
はいはいはい。
シナジー、今風にシナジー効果ってやつか。
お互い切磋琢磨して。
はいはいはいはい。
そうだね。
でも渡辺くんはそうだね、そういう意味では峠層とかも全然早くなってきてるし。
まあまあ、もともと才能はあると思うんで。
ちょっと今本人結果が出なくて焦ってるけど、レース出れれば結果ついてくるとは思うけどね。
そうですよね、慎吾さんもなんだかんだ普通にひょいひょいと早いタイム叩き出しますからね。
そうだね。
慎吾さん、長尾さん、萩原さんっていうのはもう怖くて仕方ないですけどね。
若いしポテンシャルもあるしね。
ですよね。
萩原くんは年近いか。
萩原さんはそうですね、年近いですね。
まあでも早いもんな。
早いですね、本当に。
最近の田中さんの自分もレース事情は知ってるんで、2019年をちょっと一つ区切りにしたいなと思ってまして。
はいはい、いいっすよ。
で、2019年が、ちょっと私の口から言うのもあれですけど、一発目がハート。
ハート、はい。
念願叶ったハート。
ただ、結果としては結構ダボくんにやられたと。
まあでもね、今振り返ってみると、タイムを見るとやっぱり1週目が4時間切ってて、2週目が4時間10分だからちょっと今考えると早すぎだよね。
当時のやつを見ると、1ループ2ループちょっと早いけどほぼ予定通りっていうのが、当時のFacebook上にはコメントとおっしゃったんですけど、今考えればじゃあ、そうでは。
今考えると早かったかなと思うね。
だって3週目で4時間50分ぐらいまで落ちてんのかな、たぶん。
1:39:02
はいはいはい。
落ち方がたぶん3週目でひどいんで、たぶん1週目2週目やらかしてる感じかな。
4週目で怪我をしたけど、それがなくてもたぶんそんなに早いタイムではないので、今考えてやらかした案件ですね。
でも田中さんループ得意じゃないですか。
いやたまたまでしょ。結果が出てんのはね。
ただやっぱりちょっとハートに関してはいろいろとちょっと違かった部分が。
まあこれも結果に焦ったんだと思うよ。
やっぱりもともと憧れてたものじゃないですか、ハートっていうのを見る中で落選しちゃったっていう部分もありましたし、そこでやっぱりある程度結果は出したいなっていう気持ちも少なからずは。
まあ18年の結果で調子乗ってたんだろうね。
いやそれ俺そんなこと言えないですけど。
個人的には分析してるけど、そんなと思うよ。
ただまあ蓋開けば一応27時間。
多分田中さん初めてこれあれですか、もしかして24時間超えた。
いやえっとね2016年の公務員が25時間だから。
そっかそっか。
そこからは27時間っていうのは初めて、でも走行としては11位と。
まあまあダメダメだよ。
そうなんですか。でも5ループで全歩きって大体ハートって何時間ぐらいかかるんですか、全歩き。
全歩きどころじゃなかったわね、下りとかマジで痛すぎてやばかった。
どうですか。
歩きより遅かったんじゃない。
途中で最後のエイドで痛かってたら外人の人が、まあ外人しかいなかったけど。
まあ痛み止めを飲めと、このオーガニックの痛み止めだから大丈夫だと。
とりあえずこれを飲めって言われたから、まあ痛み止めかと思いながらまあじゃあいいかとりあえず飲むかって飲んだらもう超復活したからね。
でもアメリカの薬って日本よりちょっとでかいじゃないですか。
でかいでかい。
でなんか色もなんか変な色してるじゃないですか。
よく飲めます?
いや色は普通だったよ。
普通だったんですか。
普通の薬みたいな感じだったから別にそれは大丈夫だったんだけど。
いやほんと飲んで10分15分してたらマジで走れるようになったからね。
あんだよもっと早く飲んでけばよかったよとか若干思ったけどね。
その後があれですか、痛み止めが抜けた後は大丈夫だったんですか。
痛み止めが抜けた後はどっちにしろ全部痛いからさ、どこが痛いのかもうわからない状態だったよ。
1:42:01
確かに言われてみればそうですね。
で4月が、これは招待されていったコリア50系でも実は80キロ。
50マイル、50マイル。
50マイルですね。
これも10時間46分順位としては1位。
こういうのは特に欲を欠かずにやった結果だよ。
とりあえず走ってみたからとりあえず結果良かったみたいな、そんな感じの類だよね。
これ韓国のトレイル事情ってどうなんですか。日本に植生としては近いんですか。
近いと思うよ。別にそんなに日本に似てるなと思いながら。
本当ですか。
で2位だったがシン・ドンクっていうのかな。結構韓国のレジェンドかな。
だったんだけど途中で何回か話しながら走ったけど。
シンさんでハセツネとか優勝してるんだよね。
そうなんですね。
カブラギさんと結構一緒に走ったりして、カブラギさん知ってるみたいな話をしてて。
そうなんですね。
結構でもあんまり自分も韓国のトレイルランナーの方がいらっしゃらないんですけど、
でもその方がやっぱり韓国では第一人者として。
そうだね。シンさんは有名な方だよ。
で次が一応話としては、レースの話としてはちょっと次最後になる。
オンタケが2019年で大きいレースとしてはですね。
一応スリーピーも走ってるじゃん。
そうですね。スリーピーは毎年走られてるんで。
オンタケね。
スリーピーは田中さんにとっても大切なレースなの?好きなレース?大切なレース?
一応ベンチマークだね。体力測定的なやつだけど、距離違ってるからね。
この時あれですよね。ヘリポートン。バッチコインにも出てた時ですよね、2019年は。
バッチコイン出てた。
で、小清水健人君、ヤングを抜きちゃったっていう。
ヤングにカツを入れたんだけど、その後なんか、あいつトレーナーやってんのかな?わかんないけど。
最近それも聞かないですね。乱暴のブログでも言われてみれば見ないですね。
乱暴アスリートは辞めたらしいけどね。
そうなんですか。
あんまり競技には専念しない感じになっちゃったから、そういう選択を取ったらしいけどさ。
職業的に厳しいところもしかしたらあるのかなと思いますけど。
でもさ、静岡に谷君とかさ、消防士じゃん。
あ、谷さん、はいはいはい。
同じようなのがあるんだから、もちろん頑張れって思うよね。
確かに。もちづきさんもそうですもんね、確か。
そうそうそう。そういう意味では、土居君も消防士だしね。
あ、土居さんもそうですね、言われてみれば。
と、個人的には思うけどね。いろんな事情があるんで、あれなんだろうね。
1:45:03
はいはいはい、まあそうですね。
で、それを挟んでの温滝100。
ただのUTMBの調整レースですよ。
はいはいはい、そんな感じでしたね。内容として。
最初っから膝が痛かったからね。
田中さんでもどこかが痛いっていうのはあんまりでもないですよね。
いやー、最近は若干あったりするよ。
19年は結構あれだね、左膝がずっと痛くて。
でも結局左膝が痛いのって、やっぱりそうだね。
去年も痛かったかな、そう言われると。
だからちょっと原沢さんのとこ行って。
はいはいはい。
今は膝の痛みは全然出なくなった感じだけど。
そうなんですよね。レース以外のところで、もう2時間喋ってるんで。
聞きたいところが私としては2点あるんですよね。
ちょっと聞いたこともあると思うんですけど、
2020年になって、私も通わせてもらって原沢治療院に行って。
それまで田中さんって正直あんまりフィジカルトレーニングってされてこなかったじゃないですか。
筋トレ?
筋トレ、はい。
そういう意味ではなんだけど。
リングフィット?
いや、リングフィットじゃない。リングフィットと陸上選手の筋トレが終わったんでやってはいたけどね。
やってはいたけど、今もそんなにやってるかって言われるとあれなんだろうけど。
あんまりフィジカルに関しては注力はしてなかったかもしれないね。
そうですよね。言わせた感はもしかしたらあるかもしれないでしょうけど。
そこで、やっぱり田中さんにとって2020年の1年間はレースもあまりなかったじゃないですか。
オフィシャルとしてのレースっていうのは。
急にサイドプランクとかケトルベルとかをやられだしたっていうのは、
なんか意識の変化だったんですか?
いや、プランク系…
ずっとやられてたんですか?
サイドプランクが体幹の本土に乗ってるブルージャンダー。
それはやってはいたけどね。
ケトルベルは全然あれだけど、やってなかったけどね。
やっぱ原田さんとおいて、デッドリフトとか、
あの辺は効くのかなって思ってはいるんで。
そこでやっぱりやっていくことに対して、
結果というか、やっぱり自分の中でのパフォーマンスが変わっていくっていうのが、
如実に田中さんの中では分かっていったってことなんですかね。
まだ今年、そういう意味ではあれだよね。
5000mのベストとか、
トレーニングの中なんだけど、
あとヤビツかな。
PBを出せてはいるんで。
可燃に逆らって、多少効率がいい動きができるようになったのではないかなと思ってはいるけどね。
1:48:05
やっぱり今までやられてないところの筋肉が動くっていうのは、
やっぱり田中さんの中でも、やってておーちげーっていう発想にはなるんですか。
どうだろう、最近は。
でもやっぱり動きが変わって効率的になったなっていう気はするけどね。
はー、そうなんですね。
で、あっちゃんはどうなん?
私ですか?私は相変わらずですけど。
まあでも、ちょっとずつちょっとずつ膝は良くはなっていると思いますし、
まだいろいろ課題を与えられたんで。
筋トレしてんの?
はい、まだ、何だっけな。
なんとかゲットアップっていう、ケトルベールを使ったやつをちょっと時間もらわないといけないんですけど。
片手で立ち上がるようなやつだよね。
あれきつそうだよね。
まだ4キロから頑張ろうかなと。
あー、4キロ。
最近俺はタオルギャザー。
田中さんでも10キロ引いてるんですよね。
それ左だけ。
よく引けますね、タオルギャザー10キロ。
ちなみに7.5キロとかだったのかな、結果はね。
右は5キロ引けてないかな、今のところ。
その左右差はやっぱり、ランにとっても影響を及ぼす左右差っていうか。
左右差があること自体は何かしらの影響があると思うよ。
それで、今バランスボードでね、右でちょっとあんまり上手く立てない。
右足だけで、片足だけでバランスボード立つっていうのをやってるんだけど。
ちょっとそこがね、やっぱり上手くいってないんで。
何かしらなんかあるんじゃないかなって気がするけどね、右の方に。
何か元々でもあれですよね、どっちかの足の力の入れ方が良くないみたいなことをおっしゃってたんで。
それ左だったんだよ。
そういうこと?右に変わっちゃったんですか?
そうそう、右に変わっちゃったんだよ。
そうなんだよね。
なかなか体の使いって難しいっすね、ほんとに。
いや、体の使い方ほんとに難しいよ。
バランストンムってなかなかね、あれだよね、意識してるつもりだけど。
悪い方を気にしちゃうとさ、悪い方をずっと意識してたから逆に悪くない方が怠け出したんじゃないかなっていう風には思うけど。
おかしいな。
で、今度私として最後の質問は、田中さん今後多分選手としても走られていくと思うんですけども。
はいはいはい。
でもある程度の年齢で、言い方悪いですけど、区切りというか上位に入る部分でどっかで出てくるじゃないですか。
1:51:04
で、そこでは多分アメリカのトレーニングの資格も取られて。
今後田中さんとしては、選手としてはどういう方向?
で、コーチとしての田中さんの方向っていうのをちょっと自分聞いてみたいなっていうのがあって。
選手としては、さっきも言ったように上位にロケを出すとうまくいかないことが多いから、特には優勝したいとかって思うよりはなんだろうな。
今考えてるのは積み上げてきた結果、仕事が忙しいとかさ、いろいろあるじゃん人間さ。
で、100%トレーニングできる時もあるしできない時もあるんだけど。
それはもう置いといて、やってきた結果をレースできちんと出せるという風にはしたいかなと思うから。
何位になりたいっていうのは今のところ、ちょっと置いといた方が今のところうまくいくんじゃないかなっていう風に。
たまたま結果がついてきたらOKって感じぐらいと思うんですけど。
そうですね。
1月にハートを走るんだけど、実際その2019年の時のすげえトレーニング詰めてたのは明らかにわかっていて、今はそこまで詰めてないっていうのはわかってんでね。
ちょっとワサッチが終わってから、いろいろ隔離とかあったしさ。
ただ、1月の目標はとりあえず2019年の記録は抜きたいっていうのと、失敗しないから、やらかさないことかなっていう風に思います。
で、それをやればまあまあ結果がついてくるんじゃないかなっていう気はするかなっていう感じで、今後は走ってた方がいいかなという気はしてます。
どっかで色気を出すかもしれないけどね。一旦はそういう方向性で。
でも2年前になかったものが今は正直、田中さんの中でもフィジカルとして備わってるものがあるんで、結果マイナスだったものがゼロになって、もしかしたらプラスだったものがゼロになってるかもしれないですけど、
結果としては良い分の可能性があるってことですよね。
100マイルってフィジカル的なものもあるけど。
ほぼメンタルですか?
メンタルもあるけど、最後はメンタルで。
結果、やっぱり失敗しないことなんですよ。
1:54:03
なるほど。
失敗しなければ成功するんですよ。難しいから手伝ってくれるまで言ってるけど。
要は、ペースを間違えたりとか補給を間違えたりとか、何か失敗しちゃえば、終わりとは言わないけど、ベストにはならないじゃん。
その失敗をいかに少なくする。
例えばこけないっていうのもそうだしさ。
こけないためにライトをちゃんと明るくするとかさ。
補給もちゃんと取れるようにするとかさ。
最後にちゃんと走れるようにペースをちゃんとするとかさ。
そこの積み上げをちゃんとやれば、まずは100マイルはいいんじゃないかなって思うんだよね。
で、結局ベースを上げてさ、早くなって、かつ失敗をなくすじゃないと結果が出てこないんじゃないかなと思うんだよね。
俺ら1位になるぜとかさ、優勝するぜとかっていうだけじゃ勝てないからさ。
そんなやついっぱいあるじゃん。
いますね。
それじゃ勝てないと思うよ。
って個人的には思います。
本当に小さな積み重ねの結果が100マイル。
こんな安い言葉じゃないんでしょうけど、そういうことですよね、積み重ねというか。
頭で分かってもなかなか難しいよね。
そうですよね。
かといって俺が全部成功してるわけでもないしさ。
そうなんですよ。
じゃあ今度そこは選手ではなく、コーチとして田中さんっていうのは今後どういうふうに。
基本は、その選手がやる目標を達成できるように手助けしたいかなという感じかな。
一流選手を作りたいというふうには思ってはないんで。
基本コーチングするのはウルトラトレイルだけかな。
ロードのウルトラとかっていうのもあんまり嫌。
バックヤードのコーチングも別に俺も走ったことないから分かんないんで。
確かにバックヤードはそうですね。
ウルトラトレイルで目標を持ってる人の達成できるようにはしたいかなと思います。
最近あれじゃないですか、私しかり、あと今LDAっていうところでいうと若手が何人か。
結構田中さんの中で一時期ぐらいから結構人にアドバイスする時期が多くなった時があったじゃないですか。
そう?
自分は結構そんな感じだったんですよね。
昔からしてなかった?
してないってわけではないんですけど。
たまに仲間うちでもそうなんですけど、やっぱり後進を育てたいのかなっていうような目というんですかね。
1:57:09
育てたい?でも育てたいというよりはなんだろう。
LDAなんかは特にコーチやってるから、コーチやってる分にはそのメンバーが成長するのがコーチの仕事じゃん、そう考えれば。
だから自分が持ってるノウハウみたいなやつはできれば教えてあげればいいかなと思うけどね。
8、100じゃ全部出さないけどね。
株式会社さんが教えてるから別にね、俺がそこまで全部教える必要もないかなと思ってるけど。
この前のコービィングの時、澤上くんとあれを見てて。
自分も走ってたんで、一部始終は全然知らないですけど。
4週目、話だけ聞いてるといけるんじゃないかなと思ってましたけどね。
これもいけるんじゃないかなと思ったけどね。でも思っていた以上にやっぱり最初飛ばしてたんだろうね。
ってことなんですかね。見てみたいですね、澤上くんが優勝するところは。
でも田中さんはそういうところではなく、本当にウルトラランニングをされる人の裾野を広げていて。
そうだね。あともう一つは、心情で怪我をしないようにコーチングがしたいかなって気がするかな。
まあ確かに怪我しちゃうとどうにもならないですからね。
そうなんだよね。そこは気をつけてたいかなと思うけどね。
でもその点やっぱり、最近は原田さんとかでもいろいろフィジカルなところも言われると。
俺だけなのか言われても、田中さんにも言われますよね。
いやいやいや、別に言われるよ。
じゃあそこの辺もアドバイスとしては有効な感じってことなんですかね。
なんだろう。そんなに専門的なことは俺は言えないけど、言えないから。
見てなんかおかしかったら原田さんのこと言ってみればとか。
あとは友さんがお勧めしてる本庄クリニックとか。
まあ師匠こと美奈子さんとかには家からトリートが近いじゃん。
トリートが近いですよね。
ああいうの見てもらえればとかっていうふうには言うけどね。
俺はフォームの改善とかそこ専門じゃないんで、
そういうのを見てちょっとアドバイスしてそういうところに行けばっていう感じのふうにはするけどね。
なるほど。
ちなみにあれで、もともとオンラインコーチみたいな構想を考えたのは友さんより俺の方が先だったからね。
ああそうなんですか。
もともと俺がやりたいなと思ってたっていうのはあったけどね、確か。
2:00:03
そうなんですね。それは初めて聞きましたね。
なんでやりたいと思ったのか。でもやりたいなと思ってたから。
それはやっぱり何らかの形でずっとランニングには携わっていたいっていう部分もやっぱり大きいって感じじゃないですかね。
なんでだろうね。そこはあんまり深く考えてない。
まあでもさ、100マイルの走り方とか練習方法なんて知らねえじゃんみんな。
知らないですね。
それが世の中に流通してるかっていうと流通してないでしょ。
はいはいはい。
俺なんかチーム100マイルとかにいるからさ、当たり前のように知ってるような知識なんてさ、結構みんな知らないじゃん。
で、それ知らずにさ、何か無理して練習してさ、何かだったら何か、俺がコーチングして教えられるんだったら別に、教えた方が多分効率がいいと思うよ。
一生懸命さ、すげえスピードで走ったって100マイル強くなんないじゃん。
そうですね。信吾さんは別ですよね。
まあまあそうだね。
信吾さんは基本キロ4の人じゃないですか。
まあキロ4で、小原君も基本キロ4なら知ってるから、そういう強くなり方もあると思うけどね。
なんでまあ、そういう意味じゃ、レース戦略とかさ、練習のメニューの組み方とかさ、そういうのはね。
まあ俺も知博やってるし、長いんで、人にも知られるかなっていうふうにやってみたいな、みたいな感じだったんだと思う。
これから。あと知博じゃねえば、今度TDT来年あるじゃないですか。
で、トキミンゴの村ちゃんっていう人がいるんですけど。
村ちゃん今からビビってましたからね、俺完走できるかなって。
あ、村ちゃんっていうのも当たったんだ。
あ、ウェイト1番なんですよ、ウェイト1番で。
ああ、はいはいはい、そういうことね。
彼神戸の子なんですけど、たぶん今週末たま川走ってましたからね。
まだ当たったかどうかわかんないですからね、ウェイト1番なんで。
まあでも当たりでしょ。
たぶん当たると思うんですけどね。
じゃあぜひ田中のオンラインコーチに申し込めば。
そうですね、言っときます村ちゃんに。
これでも田中さん、基本は田中さんのインスタでもフェイスブックでもツイッターでもDMを送れば。
そうだね、ホームページ作ろうと思ってるんだけど忙しくてできないんだよね。
まあでもホームページの方がちょっと敷居は低くなりそうな気がしますけどね。
知ってる知ってる、わかってるし。
ですよね。
わかってるんだけど。
まあ難しいですよね。
個人的にね、個人的に俺自分を全面に出してやることが嫌なんだよね。
2:03:04
まあ確かに、そんな感じはしないですね確かに。
だってさ、海外のコーチのメニューのサイトとか見てもさ、自分の実績とか書いてある、ランナーとしての実績とか書いてあるけどさ、それ必要?って思うよね。
まあサッカーとかもそうですもんね、別に選手としてそこまで有名でなくてもサッカーのコーチとしては有名、本当に明白楽な人もいますし。
そんな感じでちょっと今ね、作ろうというふうに思ってはいるんだけど、ちょっとまだ手遣い状態ですね。
じゃあ後々。
やろうと思っていいんだけどね。
はいはいはいはい。
なるほど。
じゃあ皆さんは田中さんに、本当にやる気のある人だったら田中さんにDM。
そうですね。
ちょっとどうしようかなっていう人は田中さんのホームページができるのを待つということで。
でもね、聞かれればこんな感じのことやるよっていうのは。
本当ですか?
返すよ別に。もうだいたい文章決まってるんだけど。サービス内容も決まってるんだよ。
たまに自分聞かれるんですよね。田中さんのって。俺に言われても田中さんに聞いてくれると思うんですけど。
だから聞かれればこういう内容で月いくらいくらですみたいな感じで返しますんで。
じゃあちょっとそこは勇気を振り絞って。
そうですね。ちょっと顔が怖いんで怒られるっていう印象が人が多いと思うんですけど。そんなことはないですよ。
そんなことはないですけど。ちょっとDMと。田中さんはウェルカムだと。
僕は全然大丈夫ですよ。
とりあえず来年のレースとしては一発目がHeart。
Heart。
これは一応レースは日本からだと。あれ?しんさんも。
しん藤田さん。
しん藤田さんも出られて。
あともひかん。
ゆかさんも出られて。
あと世界の星のゆかり。
そうですね。ゆかりさんも出られると。
あと無名ですがLDAのぶり子と。
中嶋さん。
そうですね。中嶋さんが。ただ体調あんまりよろしくなさそうな感じなのであれですけど。
そうですね。ぜひ観察してほしいですね。
日本からは5名かな。
あとはりくじおかさんがLDAから出るという感じですね。
とりあえず来年のHeartに関しては先ほどから話が出てるように欲は出さず。
そうですね。
ただ2019年の自分は超えていきたいなと。
まあ馬なりで大丈夫でしょう。そこは。
そこは頑張らなくても別に抜けると思うんで大丈夫です。あまり。
ちなみに田中さんこの靴は何年のおそくんですか?
サラモンのセンスウルトラで。
やっぱりそこはそれなんですね。
2:06:01
そこはそこで。
ちなみにハワイ今帰国したら6日間のホテル生活になるらしいんで。
そうなんですね。
6日ですよもう本当に。いい加減にしろよって感じですよね。
今日あれリリースされましたよね。ワクチン接種のアプリが。デジタルツールでした。
あれ何なんだろうね。何に使うんだろう。よくわかんないんだけど。
あれ海外用と国内用であって。ただ残念。田中さんマイナンバーお持ちですか?
持ってる持ってる。
じゃあマイナンバーがあれば登録できるみたいな。自分一応アプリだけは入れました。
そうなんだ。
使う使わないは置いといて。
わかりました。勉強になりました。
じゃあ時間も経ちました。
来年の話はこれで終わるの?
一応来年あとUTMFでますと。
あれもう決まったんですか?MFは。
決まった決まった。
もともとロールオーバーロールオーバーで。
ロールオーバーロールオーバーで。今回優先エントリーが抽選にならなかったんで。
目指すは。目指すは自分通りってことですね。
目指すはとりあえず100位以内で、再来年の優先エントリーをとりあえず獲得できればいいかなと。
それが最低限。
欲を出さずに。
ごめんね話が長くなっちゃうんだけど。
9月にレアに出ますと。
あれなんですよ。自分を鍛えるUTMFに出ると自分の鍛える時期がないんですよね。
例えばインターバルをやったりして、足を速くするっていう期間が今設けられないんですよ。
UTMFまでやっちゃうと。
なので基本はベアをターゲットにトレーニングを組みたいと思ってるんで。
そういう意味で言うとUTMFはちょっとええじゃないかなっていう。
かぶらけさんに聞いたらどうしようかな。まあいいや。
そんな感じで。
あとついでに言うと、オンタケもロールオーバーをしてるんで。
はいはいはい。
オンタケ100マイルにエントリーしてるんだけど100マイルで走りたくねえなと思って。
100キロに変えてくんねえかなってちょっと今思ってます。
7月ですよね。自分もちょっとこれはロールオーバーがあるんで。
あっちゃん100キロでしょ?
100キロですね。
14時間ギリ目出すかどうか。
いやいけるでしょ。
なんすかね。
いや大丈夫だよ。ちなみにあっちゃん来年のレースは?
今年は私サインの国。
もうエントリーするの?
1月ですよね確か。
本当に?
サイン出て、あとはオンタケ。
2:09:04
100K?
100K。その間に機会があれば、もしかしたらTDTのペーサーしてるかもしんないですけど。
秋はまだ特に決めてない?
秋は特に何も決めてないですね。海外行きたいなっていうのもありますし。
楽しく来年もどうにか。来年翻訳なんで。
翻訳?41?
41なんですよ。翻訳って141とかですよね。
ちょっと今からそれにビビってるんで。今年もそうでしたけど。
俺がブレイクしたのが翻訳だよ。
ですよね。
役同士だからあれだよね。役が変わるからさ。
例えば、この話したっけ?
ちょっと聞いたことありますね。
会社で課長から部長になるとか。
っていうのが役が変わるっていう意味での役同士らしいんだけど。
俺は会社人生からランナー人生に変わったっていうのが。
ターニングポイントだったね。
2015年だった。役同士だったっていう。
会社で全然出席しないからさ。困ったもんだよ。
役場で膝がどうなるかっていうのがまずね。
ちょっと原沙さんに言われたことがあって、ちょっと頑張らないと。
来年、例えばリオデルラゴとか。
そうですね。山田さんが言ったら。
あれとかだと、11月だし。
ウェスアンステージのクオリファーにもなってるし。
累積も3000ぐらいなんで。
3000ぐらいでしたね。
走りやすいレースなので。楽しみにはいいんじゃないかなと思いますね。
なんか出てる方々みんな楽しそうですね。
チームジャパンで形成されてたじゃないですか。
しんやさんとか山田さんとかくにさんとかみんな楽しそうな感じで。
来年は海外ちょっと1本ぐらい走ってみたいなっていうのはありますね。
そうですね。リオデルラゴは。
僕もちょっと来年はベアリー出ちゃうんであるんですけど、いつか出てみたいかなと思います。
そうですね。
じゃあ今年はこの放送が。この放送っていうのもあるんですけど。
今年最後という。
今年最後ですね。
今年始まって今年最後ということで。
始まったのっていつでしたっけ?4月ですか?
4月ぐらいだよ確か。
ですよね。
なんか本当に手前溝ですけど、いろいろとお褒めいただく言葉もいただきまして。
いいんじゃないですか。僕も昨日何だっけな。
タカオに行って八方見でトレーラーのゴール地点で。
カブラギさんがいたんで挨拶に行ったら、女性の方からポッドキャスト聞いてますって言われましたね。
2:12:03
田中さん言われるのなかなか珍しいですよね。
僕言われるのなかなか珍しいですよね。
ですよね。この前のコウミン時もそうですけど。
俺1人ぐらいしか言われてないって田中さんおっしゃってましたよね。
そう、コウミンでね。
来年はどんな感じにしたいかっていうのは、対面できるのがもしかしたらいいのかもしれないでしょうけどまだ。
対面やってみたい?
の方がやっぱりまとかいろいろ楽っていうのはまだですけど。
今日でもカメラ見ながらどうだった?
そうですね。難しいのがクラブハウスの場合は聞いてる人がいるんでちょっと緊張感出るじゃないですか。
今すげークローズドな感じじゃないですか。
あんまり緊張感ないのかちょっと自分としてダメなのかなって部分はありますけどね。
でもそういう意味では僕の持ってるレコーダーからクラブハウスの方に流せるよ。
そうなんですか。
そういうやり方もあるし、やろうと思えばできるけど。
今日はたまたまそれはやらなかっただけなんだけど。
どっちがいいんですかね。でも顔見ながらの方がやっぱりお互いの顔が分かるんで。
そうだよね。
ちょっとそれはそれでやり方はちょっとまたいろいろと考えたいなっていうのはありますよね。
じゃあ次回はTeamsプラスクラブハウスにしてみる?
もういいかもしれないですね。
で、あとは田中さん忘れちゃいけない1月末日。
ん?
まだあれはあれですか?
別にいいんじゃない?やるけどどうすかね。
例の企画ですね。
巻き場をブレイクサブスリー。
そうですね。あれをどうするかっていうのもそうですね。現地で喋りながらやるのか。
一応、ペーサー3人には声かけていただいて。
ありがとうございます。
今のところ選手は2人。
そうですね。AさんBさん。
1人は…
1人はケント君が。
もう1人が今年のリベンジを来年にという。
そうですね。そこもちょっとどういうふうにやるか。
ケント君には練習メニューをぶん投げたけど、経過せずにやってもらいたいですね。
そうですね。ちょっとまだストラバー上で…
明日から?
明日から。
明日からなんですか?
明日からストラバーで楽しみにします。
ポテンシャルはあるから、ギリギリいけるんじゃないかなっていうそんな感じかな。
いいですね。2時間59分59秒とかであったりは盛り上がりそうな感じはしますね。
そうだね。
ちょっと楽しみですね。1月に1月ちょっと色々とスケジュールが詰まってるんで。
田中さんのハートの走った部分もお話として聞ければ。
2:15:02
あとはブレーキングサブスリーも。
ブレーキングサブスリー。
それちょっとどうやるかは別途相談させていただければと思います。
そうですね。
本日もすいません。
今年もお世話になりました。
こちらこそお世話になりました。
来年もちょっとでも飛躍できるように頑張りたいと思います。
あれだよね。コグミ以来会ってないよね。
そうですね。原沢さんでは会うぐらいですけど。
渡したいものがあるので。
そうですね。すいません。分かりました。
じゃあこれエンディングとしてどうなのか。
20人目のゲスト。
そうですね。20人目のスピーカーですね。
スピーカーですね。田中裕康AKAJR田中でした。
田中さんまた来年もすいませんがよろしくお願いいたします。
こちらこそよろしくお願いします。
ハート楽しんできてください。
頑張ります。ハートの前にもう一回収録あると思うんで。
そうですね。すいません。よろしくお願いいたします。
じゃあありがとうございました。
また。ありがとうございました。失礼します。
02:16:16

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