1. タイマーが大好き
  2. #9 居酒屋モヒカン(前編)
2021-07-15 1:00:23

#9 居酒屋モヒカン(前編)

第9回目のゲストは居酒屋モヒカン a.k.a 渥美ユカさんをお迎えしました。

Instagram ☞ @angelayuka

Facebook ☞ Atsumi Yuka

  • 学生時代はバレー部。時代はスポ魂世代‼ポジションはセンター
  • 前世は修行僧!?
  • 前職は保育士さん
  • ワーキングホリデーでカナダへ。日本語教師の助手で大変なことに……
  • 初フルはホノルルマラソン。その後ブランクあるも2016年まで出走。
  • 初めてのウルトラマラソンはチャレンジ富士五胡。きっかけは友達ができたから
  • ハセツネは2回出走済み。ナイトランの楽しみを教えてくれた。
  • サンダルになったきっかけは…

前半はここまでです、後半はサンダルランの進化や尾形哲郎さんとの出会いや、まさか逆質問…も!!


質問・フィードバック等は「#welovetimer」「#Timers」と付けTwitterより投稿お待ちしてます。

ドネーションを募集しています。ポッドキャスト維持に役立てますのでよろしければこちらからお願いします。
www.buymeacoffee.com/welovetimer

00:06
タイマーが大好き第9回目が本日も始まりました。
タイマーが大好き第9回目が本日も始まりました。
ちょっと気も冷やしました 私 本当に
何があったんですか あっちゃん
いやまさかのマイクの形も合わない しケーブルもない
気づいたのが7時でミックカメラ 行ったらこのケーブルありません
判断に困ったんですけど ちょっと田中さんに相談もせず
新宿に行ってしまい まあでも今しゃべれてるっていうこと
は 一応マイクもケーブルも大丈夫
だったっていうことだったので 一応ことなきを得ました
そうですね 田中さんも今日 実は中央特快でしたっけ
中央線に乗って 通勤快速に乗って降りる駅を過ぎ
ました たまにはJRも脱線をするということで
いや脱線じゃなくて 時間が狂ってしまったということで
私は大脱線をしてしまいました けど
静かと言いますと 今日は居酒屋模飛館にJR田中さんと
あっちゃんをお招きしてお送り しているという
そういう事態をしてしまった 私の落ち度かなと
そんなことはないですよ ちょっと思ってはいるんですけど
完全に僕ボンミスですね
いや皆様居酒屋模飛館にようこそ おいでくださいました
ありがとうございます ありがとうございます
ということで 今日第9回目のゲストは
特に後でAKAがつくと思うので そこまでお楽しみ
そうなんですか
厚見優香さんをお迎えしております よろしくお願いします
こんばんは よろしくお願いいたします
ということは今日は スピンオフとは言わないですけど
ちょっといつもとは趣向が違う感じで 対面が大きいしております
対面式ということで
一応ちゃんと適切な距離をとって 収録しているのでご安心ください
もうすでにあれですか 私がマイクを操作をしている間に
お二方は飲まれた
飲みが進んでしまって あっちゃんが帰ってこないんで
もう1時間半ぐらい飲んで 結構いい感じになってしまってるんですけど
今日だからなんか暴言が出たら あっちゃんピーって
03:04
やっていただかないと
ピースの暴言の衝動ですね
でも収録なんで今日はピーが効きます
わかりました
いつもはピー効かないんですけど 今日は本当にピーが効くので
好き放題に話させていただいても いいということで
ありがとうございます
じゃあちょっとまず簡単な基本情報から 確認したいと思います
優香さんはいつも優香さんと呼んでるので 優香さんと言いますけど
杉並生まれなんですか 生まれも
生まれも育ちも杉並です
ずっと杉並
ずっと杉並 でも途中出たり入ったりはしてます
それは東京以外ってことですか
そうですね
それは罰がついたとかいうことではなく
そういうことではないですね
ではなくちょっと移住してたところを
なるほど
じゃあもう結構小学校とか学生時代は ずっと杉並で過ごされた
杉並どころかここのここで
この近辺ってことですか
この近辺で
今日ちょっと自転車で走ったんで
大体この近辺いろいろ
練馬だったり中野だったり杉並だったり
いろんなところ
その通りですね
そうなんですね
で確か私が記憶する範囲だと
去年LDAでソフトバレーボール大会を
田中さんお見えにならなかったですよね
はいはい行ってないです
その時にバレーブと伺いましたが
それは中学校時代からバレーブだったんですか
小中高等
小中高等
はいずっとバレーブでした
ちなみにポジションは
高校の時代はセンターですね
セッターではなくセンターですね
今で言うとあれですか
荒木さんみたいな感じですか
今のバレーボール全然わかんない
昔で言うと誰ですか
誰とかもよくわかんない
とりあえず前にアタックを打つ人が
レフトライトいてその真ん中でアタック
スパイクを打つ6人制のね
東洋の魔女の世代じゃないんですよね
あの時代に憧れていたので
そうですね
でバレーブアタックナンバー1に憧れて
バレーブに入ったっていう
小学校いつからバレーブやったんですか
小学校は5年生とか
あれクラブって何年生ぐらいからですかね
私は小学校5年ぐらいから
何かそういうクラブはありましたね
川崎は多分そのぐらいだと思いますけど
すごいですねそこから
経営じゃあ2238年ってことですか
なんかね
同じことをずっとやり続けるのが
多分何かやり続ける性格なんだと思います
何かをしたら変えることなく
結構どっぷり飲み込むっていう感じ
そうだと思います
じゃあ後でランの話も出ますけど
バレーの時も情報収集というか
06:02
いろいろ調べて
小学校中学校で漫画に憧れて
アタックナンバー1
そして3位はVでこの刃落としとかを
ひたすら練習して
で魔球をどうやって打つかっていうところに
心を砕きながらやっていたという時代でしたね
高校の時だけはちゃんと真面目に
部活としてやってましたけど
中学校は部活じゃなかったんですか
中学校も部活でしたけど
まあ中学生のバレーブなんて
まあねそんなに強いところじゃなかったら
なのでそこも中学校の時も
魔球とかを一生懸命勉強して練習しながら
バレーボールをやっていたっていう
高校は結構インターハイというか
そういうのを目指した
いや全然強くなかったので
ただスポコンの時代ですよね
なのでコーチがすごい厳しくて
触れもしないぐらい
50メーターぐらいボールを投げられて
そこに突っ込んでいくっていう
25メーターぐらい向こうにボールがあるのにも
関わらずそこで回転レシーブをして
拾えませんでしたって言って走って帰ってくるっていう
そういう根性のクラブにいたっていうか
水は飲んじゃダメな時代ですね
でも顔洗うふりして隠れて飲んでたりとか
っていうのはありましたけど
夏の体育館でも今ほどかどうかわかんないですが
夏の体育館じゃ結構でも暑いですよね
暑いですねでもそうですね体育館よりも
外でもやってましたね
やるので転がらなきゃ悲しにならないっていう
そういう部活だったんですよ
あっちゃんの時で水飲んじゃダメとかってあったの
私の時はなかったで一応なんか私の顧問は
結構そういう科学的な人だったんで
どちらかというとコートサイドに飲み物置いていいよ
っていう人でしたねまだ
ただウサギ飛びとかもしたことないですし
ウサギ飛びあとはお尻を下について跳ねながら
コートの端から端まで生かされたりとか
何に聞くんですかそれ
わかんない気持ちですよ
もう特に何か気持ちが第一
それが今のランニングにも全て通じて気持ちが第一
意外とその8年間は無駄じゃなかったってことなんですね
無駄って言いたくないくらい
もう本当にで
結構顔がこういう顔って言ってもね
こういう音声ではわかんないんですけど
09:01
辛い顔してても辛い顔に見えない顔をしていると
お前の顔は笑ってると
もう一周行ってこいみたいな感じでさせられていたので
本当にヤバいですね今で考えたら
今だと多分なんかアウトですよね
打たれますよねアウトなんですよ
アウトですよね今考えれば
そうでその目の前でボールとかバーンって当てられて
でこう逃げるじゃないですか
怖いから逃げると逃げるなって言われて
鼻血出しながらとかっていう
そういう時代に強くないんですよ
全然強くないのに
そういう時代にずっとそういう運動部に行ったので
今でも例えば練習メニューとかもなんかやった感がないと
練習してないんじゃないかみたいな
そういう気持ちが生まれるそういう世代でした
すごい世代ですねその世代って
でもわかんないんですけど
私の世代というか
私の年代の人たちってすごい強い女性が多いんですよ
誰とか言うとまたちょっとね
まあそうですね
あの方とかあの方とかあの方とか
LDAってことですよね
LDA以外の方でもいるんでしょ
まあみどりさんとかのまさんとか
私にとっては雲の上のトレイルランナーの方なんですけど
みんなものすごい強いじゃないですか
わかんないですよ
わかんないですけど
やっぱりそういう時代に育ったからじゃないのかって
ちょっと思ってるところがあるんですけど
近い田中さんからしてみたら
あの方とあの方はそういう時代の強さを感じますか
どうなんすかね
強いですよね
強いですね確かに
本当に何だろう
欲しがりません勝つまではと言わないですけど
言わないですけど本当に
まあ俺も短いにいますけど
憧れのトレイルランナーさんたちがみんな強いので
その方たちを見ると
自分はまだまだすいません
あのうち犬がいるので犬もそうだと
そうだと言ってうなずいてると
うなずいておりますが
その頃部活の時代も
たぶん走るじゃないですか
独に言われですよね
抜操みたいなやつですよね
そうあのとにかく走ってこいみたいな
その時から走ることは
床さんは好きだったんですか
えっとね正直その時は走らされているので
走らされている時は好きも何もないんですけど
でもあの今回ねお話をいただいてから
私こういろいろ振り返りをしたんですけど
あの皆さんがよく走る理由とかってあるじゃない
ありますね
私確かにちっちゃい頃からずっと走ってたんですよ
例えば朝起きたらなんか近所走るとか
12:00
夏休み田舎のおばあちゃんおじいちゃんの家に行って
朝起きてナイス
ゆうかさんもどうぞお時間がありがとうございます
あの走りに行ったりとかっていうことをしてたので
たぶん走るのはこのちっちゃい頃から
たぶん好きだったと思うんですよね
特にあれですか
お父さんとお母さんが走ることが好きだったっていうわけでもないです
どちらかというとなんかしない人たちですね
何がその頃から楽しかったんですかね
わかんないですけど
なんかこう何でしょうね
子供ごころにもなんかこう無になるじゃないですけど
こうなんかあるじゃないですか
トリップするみたいな子供あのわーって走って
ちっちゃい子も急に走り出し始めるじゃないですか
たぶんそういうのが好きだったのかなとか
よくわかんないですわかんないですけど
なるほどどうですか田中さん
何が
その無になるという田中さんトリップしますか走ってる時
トリップ
でもそうだね何も考えない時とかってあるかな
でもなんだろう考え事をしながら走ったりもするし
何も考えずに走ったりもするっていう
両極端もあるんで最近はどっちかと何も考えないで
無になって走ってることが多いかな
まあでも嫌なことがあってすごいモヤモヤしてる時に
走ってる時になんかモヤモヤしながら走って走り終えたら
結局何かしら自分の中で結論が出てすっきりしてるみたいな
そんなそれはありますねあるかなと思う
確かに確かにあります
ほんで朝走るのが結構好きなのはそういうのありますよね
1日始まる前に今日やることを整理する
まあ整理しようと思って走ってるわけじゃないけど
走ってるうちによしみたいなスイッチが入るっていうところはあるんですけど
でもなんかねお友達にちょっと不思議な人たち
人たちじゃない人がいて
ゆかさんの周り結構いろいろいろいろいろいろいろいろな人がいるんですけど
その人にあなたの前世は修行僧だったって言われたことがあって
なんかそれを聞いた瞬間にああってだからなのかなみたいな
ちょっと自分でもこういうふうに落ちるというふうに落ちた点もあったりとかすることはありました
なんで前世がわかるんですか
わかんないですよね
本当ですよね
それは聞かなかったんですけど
感覚的に言ってるんですかそれとも本当に前世が見えたんですかね
なんかね見えるみたいですよ
見えるんですか
守護神みたいなのがついていて
その守護神を見てみたいな感じで言われましたね
15:00
ゆかさんの足元を見てサンダルだから修行僧ってなったわけではないんですよね
どうなんだろうそこはわかんないけど
でもまあいたんでしょう
でもなんかはいって言われました
前世が見える人が修行僧だっていうことをしたんですね
かっこいいですね修行僧とか
あっちゃんなんか前世何か言われたことある
言われたことはないですけど
なんかネットで調べた時に自分が生まれた間際で
向田久彦さんが飛行機事故で亡くなったみたいなんですよ
あくまでもネットの占いなんでわかんないですけど
向田久彦の生まれ変わりの可能性が何パーとかありましたけど
絶対ちげえだろって思いましたからね
あちゃん向田久彦さん生まれ変わり
ネットで調べたら出てきたんですよ
向田久彦さんにまた失礼なんですよ
そうなんですよ
ちなみに何パーぐらい
えっと30何パーとか
それは高いのか低いのかよくわかんない
わかんないですけど
向田久彦ファンには本当怒られるかもしれないですけど
そうなんです
すごいね
ただ意外と文章別に上手い下手は置いといて
書くことは嫌いじゃないんですよ
会社の資料を書くことが
なるほど
なんか活字に触れてることは結構好きなんですよ
つんどくも多いんですけど
多いんですけど
活字に触れてることはすげー好きなんですよ
なんか分かんないですけど
文章これから書いちゃったりとかするんですか
何小説かわからないですけど
びっくりだわ向田久彦さんの生まれ変わり
30何パーでしたけど
私の修行相のほうがまだなんか
腑に落ちるけどそうきましたか
何年か前は本当にまだネットの
Windowsまだたぶん95とか出たぐらいだったんで
それもだってめちゃめちゃ昔じゃなかった
なんでまあそんなに正しい情報ではないと思うんです
っていうのがありました
ジオルさんは何か前世がどんどんとかって話は
僕は全然ないですね
でももしなんか聞いてみたいみたいなのはあります
いや別にないかな
今が大事だと
僕その前世の話で結構ああと思ったのは
あのアンガールズの田中あれは
なんか前世がすごいプレーボーイで
その罰で今あんな感じになっちゃったっていうのは
すごい印象的でしたね
バッツそれは怖いな
ここ陸の田中宮脇博さんに
あなたの前世クモって言われたんですよ
タイムを見て
という話に思い出しました
スパイダーのほうですね
てことはまだ自分前世もしかしたら
ブゴトコの可能性があるから
まだ今これかもしれないですよね
何どういう意味
すげーブゴトコだから
まだちょっと人に人寄りな顔にしてくれたみたいな
18:02
まああんまり別にかっこいい顔ではないですけど
あんまりかっこいい顔ではないんですけど
まあそこそこイケてるなっていう
鼻筋だけは通ってるっていうのはちょっと
鼻筋だけイケメン
鼻イケメン
全国の皆さん鼻イケメンのあっちゃんです
もし興味のある方はここまで
ここまでご連絡はちょっと昔から褒められてました
鼻だけは何の話から
この話になったんでしたっけ
ゆかさんの前世が授業生から
でそこから高校までバレエをやられて
多分進学されて
なんかアメリカに行かれたんですか
あれは違うんですか
カナダに行ってました
それは働いた後ですね
働いた後に
働いた後にワーキングホリデーを
ワーキングホリデーですか
とって30歳から33歳くらいまで
それまでは普通に日本でお勤めされて
知ってます私の職業
その時何やってたか
あてましょうか
ちなみにヒント何回もらったんですか
あれ調べが足りない
載ってましたっけ
載せてないです
でもなんか某芸能人の写真と
某二人の芸能人の写真と
あとコロンビアなんちゃらっていう
なんかのパスなんですかねあれ
それはカナダに行ってた時の話ですよね
なのでその前の職業は
えなんだ
わかんないよね保育士
保育士なんですか
私の時代はほぼさんと言ってましたけど
そうですね
公立の保育園で6年間働いて
そこで保育園を辞めて
ワーキングホリデーをとって
カナダに行ってたんですけど
まあその辞めた理由が
あの保育園とかのその
なんていうのかな
指針っていうんでしょうかね
そのみんなで一緒に何かをするっていう
それがやっぱりその子供たちの一番の教育の
目標に上げられてるんですけど
自分の性格上
みんなと一緒に何かをするっていうことが
私の中で目標ではないんですね
みんなと一緒に何かをすることができない人間が
子供に一緒にしましょうって言えないじゃんって思って
なんかそう
やっぱり日本の教育ってそうなんだと思って
色をみんなが同じ色みたいなことですよね
なんかそう一緒に頑張ってやりましたみたいな
そこで例えばみんなが絵本を読んでた時に
読みたくないからといって
そこで例えばお人形さん遊びをしてる子は
みんなと一緒にやりましょうって
そこをお人形さんはやめさせられちゃうわけですよ
21:01
いいじゃないですか
やりたいことをやればっていう
そこに疑問を感じて
そこでやめてしまったという
やっぱり日本じゃなくて
もっとちょっと広い世界見たいなと思って
ワーキングホリデーというのを取って
カナダに3年間行ってました
今でもあれですよね
保育園とかもうなくなったんすかね
運動会もみんなで一斉にゴールするみたいな
一時期ありましたよね
運動会で
そんなの初だったんですよ
順番つけないでよね
順番つけちゃいけないみたいな感じで
だよね
そう言ってますね
だから日本のある意味
教育方針に行ったことですよね
自分ができないことは人には言えないしっていう
でカナダはどこにいたんですか
バンクーバーの隣のバーナビーというところに
ホームステイをしていました
そこで一応働くことができる
ワーキングのビザをもらえるので
高校の授業の
日本で言う英語の授業に
外国人の人が来るじゃないですか
カナダだとそのセカンドラングエッジって言って
フランス語だとか中国語とか
ジャパニーズとか選べるんですよ
ジャパニーズのクラスのアシスタントとして
雇ってもらったというので
高校生の子たちと一緒に過ごしてました
楽しかったですか
やっぱりその3年間
楽しかったですね
すごく楽しかった
日本とハイスクールの教育の
もともと保母さんとされて
保母さんって言っちゃいけないのかな
保育さんとして働いたときと
やっぱり全然その海外の教育方針みたいのも
やっぱり違いました
子を尊重するというか
高校生だと大人扱いって言ったらいいのかな
でもちょうど地域2つの高校を掛け持ちしてたんですけど
一つの高校はちょっとハイクラスの子たちがいる子たちで
もう一つの子たちはちょっとだけ下って言っちゃいけないんですよね
でも頑張りが必要な子たちだったんですね
そこの上の子たちは結構日本語もすごく頑張ってて
先生もすごい熱心な先生ですごくいい授業だったんですよ
もう一つのクラスの子たちは結構ドラッグとかやってる子たちで
もう先生に対してすごい喧嘩を売るじゃないですけど
だから先生がこのクラスの中で先生についてくる子たちを日本語教えてて
24:03
ついてこない落ちこぼれの子たちは
言うかお前面倒見ろみたいなことを言われてたんですよ
一応お金ももらってるしこの子たちでも日本語勉強したいって言ってくれるから
なんとかしなきゃいけないと思って
男の子たちがすごいいたんですけど
男の子たちを集めて今から日本人の女の子をナンパする方法を教えますと
すべて文法も全部知らないでやって
日本人の女の子とデートをする方法みたいなのをやったので
生徒の子たちからはすごいゆかありがとうって言ってもらいまして
最後にはゆか好きなドラッグをあげるよ
Thank you, but no thank youって答えて帰ってきたんですけど
でもすごいいい経験でしたね
高校生のドラッグをやってる子たちとかと話をするみたいなのは
日本だとありえない
ありえないですよね
確かに
だからそうですね
そのあれですよね
日本人をナンパするための日本語を教えようっていうのも
まともな授業じゃついてこないから
そうです
なんか面白みというか
試行錯誤の末ってことですよね
もうそれは
なんかあの一時期ね
あっちゃんと一緒に英会話クラスを新宿でやったことがあるんですけど
でもやっぱりその興味があることじゃないと
その伝えようとかそういう気持ちが生まれてこないので
なんかそのなんかそれが大事かなって言葉を話したいとかっていうには
闇雲にこう勉強するってすごい難しいと思うので
そうだったんでしょう
まあでも日本語って50音で一番多いんですよね
海外的に見てもこの言葉の数っていうんですか
英語だって27文字だから
まあ教えるのも大変ですよね
一応なんかあるんですか
SVCとかSVOみたいなのもあるんですか
やっぱり日本語
俺が日本語学びたいぐらいですけどね
日本語難しいですよね
漢字によってだと読み方違うしさ
さっき言わないと雲と雲みたいな橋と橋みたいな感じですもんね
英語も例えば同じ単語で違う意味っていうのはありますね
あるけど日本語はすごいよね
まあ全然違いますからね
天と地と違うんじゃないですかね
多分本当に意味として
だって千元山って言うし浅間山って言うじゃん
ああそうですね
あんなのわかんないですよね
27:00
確かに英語のファインとファインで
ファインって罰金って意味ありますよね
確か知らないわかんない
なんかあるんですよ
それも自分は悩みましたけど
多分それとレベルが違いますよね
間違うね全然違いますよね
大変だよなアメリカ人もよくだから
日本語そんな高校生も積極的に覚えて
3年間じゃあもうその日本語
セカンドランゲージで日本語ずっと
2年2年性格的には1年半ぐらいですかね
そういう
でそこから日本に帰られてきて
そこではまだ走ってはいなかったんですか
微妙なんですけど
帰ってきたすぐぐらいから
たぶんホノルルマラソンとかで走ってるので
ああそうなんですね
初レースはホノルルマラソンですか
そうですねはい自分でもねそっかそっか
違うわごめんなさい
カナダに行ってたのが25からだ
25から行ってたので
自分が走り始めたきっかけが
30歳になった時のホノルルマラソンなので
ちょっとそこがごめんなさい間違えましたね
一番最初が30歳のホノルルマラソン
それなんでいきなりホノルルマラソンを始めようとするんですか
よくお正月とかテレビでやってますよね
初めてのホノルルマラソンみたいな
あれを見たとかでもなくてですか
ではなくて女性って30歳って一つの節目みたいな
よくはケーキが何歳だとか言うじゃないですか
でも結構30歳の節目みたいなのがあって
その記念に自分を鼓舞する何か
ちょっとしたことをやりたいなと思ったんですよ
その前からハワイは結構好きで
好きなハワイに行きたいと
好きなハワイに行きたい理由として
何かそこでチャレンジができるものを見つけようと思った時に
ホノルルマラソンだっていうのがふっと思い立って
自分の誕生日が9月なんですけど
12月なので3ヶ月間走る練習をし始めて
でも昔高校時代とかに走ってたんで
ちょっと走れるだろうぐらいに思ってたんですけど
あまりにも走ってない時間が多くて
カナダとかにも行ってて
体重も増えたりとかもしてて
走り始めて1キロぐらいでもうハッハッハ言うところから始めて
30:00
3ヶ月間でチャレンジをしようっていうので
始めたんですね
始めたというかホノルルマラソンを走りました
一応感想はできました
ちなみにどのくらいのタイムだったんですか
調べたんですよあっちゃん
聞かれるだろうなと思って
年号とかタイムとか全然アバウトでいい加減なんですけど
1994年94年中1ごめんなさい
5時間8分33秒で20キロぐらいは頑張って走ったんですけど
残りの20キロは歩きました
歩いてる途中で
たぶん今の今の私でももっと若いおばさんですよね
たちに追い越されるわけでしょ
ダースベイダーとかにも追い越されるわけでしょ
コスプレの方ですね
なんか若いんだから頑張りなさい
みたいなことを言われて
でなんかすごいこのおばさんたち何者なんだと
自分よりも20歳ぐらい歳とってるのに
私が歩いてるのに走ってるんだって思った時に
ちょっと悔しかったんですね
負けず嫌いがはい負けず嫌いというか
まあまあちょっと違いますかね
なんかすごいなと思って
30歳の初チャレンジで1回で終わるはずだったのに
ちょっと感想本当に感想したい
ちゃんと後半も
っていうとこがそこで次の目標として出てきたので
それからすぐに感想できると思わなかったので
9月から12月まで3ヶ月間走り走った
なので次の30歳じゃない
30歳から33歳までの間にサブフォーを
だから3時間台で走ることをやりたいっていうのを
そこで決めて参加年計画ですね
チャレンジをしたっていうのが走り始めですね
それはそのサブフォーを目指すためには
その3年間でスパンとしては長いんですかね
サブフォーを目指すのに3年でどうなんですか
長い長いのか分かんない
もうちょっと分からないです
その何だろう
練習する度合いによるんじゃないの
いや皆様は今若い方たちは
これだけいろいろ教えてくれる人たちがいるわけですよ
こうやったらサブフォーできるとか
練習方法にしてもでも私の時代は何を履いて走るのか
何を着て走るのか
33:02
一切その情報がなかなかないわけですよ
ランニング雑誌見ても
なんかランニングのシャツ着てピチピチの短い
朝日架線の総教団の中ですよね
そういう方たちが走ってるものしかないので
そういう時代に
その時はまだ私シューズ履いてましたんで
そこはね後ほど
なのでもう情報のない中
どうやったらサブフォーとかできるんだろうみたいな
そういうそうですね
もう自分でじゃあ朝10キロ走ってみようかなとか
10キロどのくらいで走ったら走れるのかなとか
そんな感じで試行錯誤でしたね
なるほど田中さんの走り始め時はどうだったんですか
試行錯誤ですか
100マイルになると
トモさんがいらっしゃったっていうのは聞いたことありますけど
ライブで疲れないから
疲れない体を作るためにランニングを始めて
その頃は田中さんとしてのコーディションはどこあるじゃないですか
いや別に何の知識もなく
ただ走っただけなんですよ
そこはね
それがいいんですかね
それがある意味一番のモチベーションを保てるんですかね
なんか変に頭でっかちになっちゃうと
いやでも今ランナーズとか雑誌とか見るとね
サブ4の仕方とかサブ3の仕方とか
まあ情報を得ようと思えば得られんじゃん
月間200キロ走りましょうとか
そんな感じで確かに
あんまり自分はそういう雑誌を買おうと思ってなかったから
まあ実際買ったことないけどね
一回もないんですか
ランナーズとかその陸上系のやつは買ったことないよ
ランプラストレートが一番あるんですよね
トレーランナーズ雑誌を買って
ゆかさんなんかさっきお話聞いたら楽しそうだった
あんまり買ってないんですか
そういう雑誌があること自体知らなかったし
多分そんななかったんです
本当に陸上の人たちの雑誌で
一般向けじゃなかったような気がするので
これだけみんな今トレーランナーさんとか
そのロードさん走ってても
みんなすごいファッションとかもかっこいいじゃないですか
昔はジャージにTシャツにみたいな
ランバードみたいなジャージですもんね
そんな感じだったので
なるほどそこから3年ですよね
33歳でサブ4を目指して
その時に走られたマラソンっていうのは何だったんですか
33歳からサブ4が達成できた大会って言うんですかね
これはあっちゃん全部ホノルルマラソンですよ
これもホノルルマラソンですか
私ホノルルマラソン15回走ってますからね
15回
36:02
最初の前半としては
30歳から33歳で5時間8分から始まり
最後3時間59分40秒ですよ
残り20秒もうその時計が見えて
どんどんどんどん4時間に近くなっているところを
向かって走っていくっていう
でもそこで私のすべてのランの
その後のランの人生が全て決まったみたいな
常にギリギリ関門との戦いのレースが
そこからもう始まっていたっていうのでした
そこでとりあえず達成できたので
1回走るのやめたんですよ
なぜかというとそこまで走るのに
一応朝走る夜走るみたいなずっと走ってて
なんか友達と遊べなくなっちゃって
なんか結構走らなきゃダメだみたいな
ずっと朝朝朝晩朝晩走ってたんで
ちょっとそこらへんは
もうちょっと1回遊ぼうと思って
1回やめちゃったんですね
そこで走るの1回やめました
そんな走るのやめたのは
ちなみに西暦で言うとどのぐらいだったんですか
2000年はまだ入ってない
まだなんだな
1997年に最後はい
97年でこの3時間59分40秒を
そうです
ホノルルでやられた達成して
そこから10年間空白の走らない人生が
10年も空白が
ということは走り
また再び走ったのが2007年
2009年2006年
2006年はい
なぜまた走ろうと
なんかね
やっぱりこう30代から40代で
女性の体がまたね
またまあ何か言いますよね
なんか女性は7の倍数で
8の倍数とか
犬じゃない
違います違います
陽明氏か何か言いましたこれ
男性は何か8の倍数みたいな
なんかその代わり目ってことですか
おはさん化してくるわけですよ
どんどん
僕はそこ何も言えないですよ
いやいやあっちゃん
そこはちゃんと分かってた方がいいですよ
それはいかんということで
確かに10年前
まあ10年経ってないけど
前はもうちょっとシュッとしてたし
なんかこう目的を持って
何かに取り組んでるって
あれはなんか自分的には
すごい良かったなと思って
よしもう一回走り始めるかと思って
走り始めたんですね
で走り始めたんですけど
やっぱり目標がないと
走り続けることがやっぱり難しいので
39:02
押しちゃうまた
ホノルルマラソンでも走るか
ハワイ好きだし行くかっていうので
走り始めて
そこからまた10年間ぐらいですね
ホノルルマラソン毎年走るっていうことを
目標にして
走り続けていたというか
結構最近までずっと
ホノルルマラソンは
毎年走ってたってこと
2016年まで走ってましたね
私の調べだと
ゆかさんが最後に靴を履いたのは
2012年の名古屋ウィーメンズ第一回ですよね
なるほど
確かこれが最後のスニーカーラン
っていうのを私調べたんです
2012年の名古屋ウィーメンズ
何月?
名古屋ウィーメンズ3月とかでしたっけ?
そっかそうだね
そうだと思います
TIFAにもらえる大会ですよね
そうですそうです
これが第一回
これが確かゆかさんのインスタ上だと
最後の足を覆われてる写真だったんですよ
実際はチャレンジフジココの
2012年の4月
72キロのシューズが
あ、違うわ
あ、そうだそれが最後だ
フジココこれが最後のスニーカー
てかちょっと話は変わるんですけど
ウルトラはいつからやりだしたんですか?
また確かに
あ、ウルトラですね
ウルトラはい
まずですね
最初のウルトラは
あ、そっかそっかそっか
チャレンジフジココの
その72キロがシューズ
これでも私の中でそうですね
ウルトラ
一応42.95キロ以上
以上ですよね
なんかね
性格的に人がチャレンジしているものを
やりたがるという性質がありまして
なんかそれは多分他の方も
一緒だと思うんですけど
知り合いがなんかこう
だんだんフルマラソンから
ウルトラマラソンに移行していったんですよ
距離を伸ばしていって
で、あ、彼女も走った
え、彼女も走った
え、そんな距離走れるの人がみたいな
そうすると自分も試したくなって
始めたのが多分その
チャレンジフジココ
ウルトラマラソンの75キロ
それ2012年
2012年ですね
それが初めてのウルトラマラソン
きっかけはすべて多分人
人だと思います
なんかお友達がやってたからみたいな
急に72キロ走ったんですか
でもフルマラソンは走ってたので
あとプラス30キロみたいな
42:00
あんまりその30キロを難しくは考えなかったんですか
まあなんとかなる
っていうのはその自分の知り合いが走れるっていうのを見てると
自分も頑張ったら走れるかもしれないっていうところで
そう、なんかチャレンジをそうしたっていう感じですかね
それあれさ、ココサクラの影響とかじゃなくて
そうそうココさんが走ったんですよ
72キロ、私よりも早く
あのあっちゃん、ココサクラって知ってる?
お店行ったことあります?
ありますね
あそこはあれですね
ウルトラランナーが集まるお店ということで
ココさんの方が私よりも先にチャレンジをしてて
あの方、あんまり走る感じないですけどね
今はそんなに走ってはいないですけど
私よりも早くそういうレースを走ってて
そうかココさんがチャレンジしたら
私もちょっと頑張ってみようかな
みたいな感じで始めたんだと思います
結構あれですね
あの人ができたから私はできるかなっていう
あんまり疑問には思わないですよね
ネガティブな感じじゃなくて
あの人ができたから
まあ私でもできるでしょうっていう
言い方も悪いですけど
短絡というか
そうか
例えばそれがすごいかけ離れてる人
オリンピック選手がやったとしても
自分にはできないかもしれないと思うんですけど
同じように走っている人がチャレンジしてることは
やっぱり自分もチャレンジしたらできるのかなって
思うんだと思います
身近な人だからっていう感じなんですかね
まあまあ逆に友達ですもんね
そっかみんなそうだと思ってたんですけど
そんなことはないのかな
自分は意外と比べちゃいますね
基本がネガティブなんで
あの人できたんだ
できなかったら
あの人より劣るのかなっていう方が
先に行っちゃう自分は
あっちゃん私たち同じB型だよね
変なヒエラルキーがそこで
たぶん自分の中に存在しちゃって
もうダメなんですよね
B型ってもっと
なんか深く考えなくて
なんか考えるよりも行動の方が先に立つ
あっちゃんB型じゃないんじゃない
BOでした
ダメなんですよね
そうだから考えるよりも行動が先なんですよ
私の場合は
でできなかったらできなかったって考えて
なんでできなかったのかなって思って
できるまでやり続けるっていうのが基本的な
たぶん私の中の組み込まれている回路だと思います
優等生なBですね
これ優等生じゃないじゃない
考えないで行動するんだもん
45:00
自分は逆っすね
ちょっと意外ですね
逆ですね本当に
ちなみにそのウルトラは最初に始めて走って
感想としてはどうでした
楽しかったのか辛かったのか
もう一回やってみようかとか
なんかその辺ってありますね
なんかあまりにも昔なので
あまり覚えてないんですけど
でもなんかできたっていう
でチャレンジフジココって72キロ
次はまた次112キロありますね
100キロで何でしたっけ
112キロとかだからちょっと不思議なんですよ
中途半端な
湖のあれを回ってくるので
じゃあ次は112だみたいな
また次のチャレンジに行くっていう感じなので
そうですね辛い辛さは多分あったとは思うけど
なんかよしじゃあ次みたいな
なんか一つ終わったら
またその次のチャレンジ
その次のチャレンジみたいな感じだと思います
そこは結構ゆかさんはスモールステップアップですね
自分そこが多分急に変なんですよね
今まで一昨年か月岡さんのやった時に
それまで自分最長が30キロぐらいあったんですよ
でもなんかその時だけはできるだろうと思って
あの奥村君と一緒で
まあまあできたっちゃできたんですけど
ボロボロでしたけど
ボロボロ全然ボロボロじゃなかったよね
結構足の裏も痛くて
そういうなんか小さい階段登れない人なんですよ
どちらかというと
えドーンって
そうなんですよ
それってさあ考えずにこのすべてことじゃん
そうか言われてみなそう
私はちゃんとスモールスモールでちゃんとステップアップしてるんですよ
いきなりドーンとかでは
まあそうですよあっちゃん
何言ってるんですか
考えを変えなきゃダメですね
これいつも思うんですよ
最近この前の小畑さんの時もそうですけど
俺浅はかだなって思います
なんで
ランナーとして
ランナーとしてまだ浅はかだなって思いますね
本当にみんなちゃんと考えて練習してやってんだなって思った時にちょっと浅はかだな
あっちゃんちょっとネガティブを利用してません
売りにはしてないですよ別に
なんかいや俺ネガティブだから全然ネガティブじゃもしかしてないかもしれないよ
ネガティブのやつが全裸ですごい劣らないかもしれない
それはほんと違うと思うネガティブとは違うと思うけど
まあでも失敗それで失敗して勝手になればいいんじゃないのって思うけどね
まあ逆にチャレンジしない方がねもったいないと思うよね
48:05
今日もいい回になりそうです
前回もいい本当に前回も公開説教じゃんっていうのを原沢さんに言われたんですけど
たまたま聞いた瞬間から公開説教だったねって言われて
ちなみにあの破節年ってご存知ですか
破節年2回走ってますからね
走ってるんですねご存知なんですね
もうこれ以上触れないです
なんかそういう意味では破節年もチャレンジだったんですよ
友達が走ってると夜通しどうやら走るらしいと
よしじゃあ走ってみようかと
それは何年だったんですかその破節年は
破節年は2013年ですね
じゃあさっきの藤五湖の翌年ぐらい
だから2013年で僕も多分破節年走ってるんですよ
本当に
確かそうだ2013年だけなんですけどね僕は走ってるのは
じゃあ同じトレイル上にいた可能性はあるかもしれない
多分スピードが全然違うと思いますけど
でもそこで初めて破節年で夜を経験するわけですよ
で夜の山ってすごいすごいなと思って
結構怖がりなんだ怖がりって何が怖がりってお化け怖がりなので
なんかそういう怖い場所には近づきたくないけど
でも破節年を走って
なんかね動物の息遣いとかなんか聞こえて
なんか何かが一緒に並走してるみたいな
そんな感じがすることですか
いたんですか本当に
いやいたと思いますね
カサカサカサカサって言いながらこう感じるっていう
でそこで夜の山を走るってすごい面白いなって思って
なんかトレイルを走るって結構こういう面白さがあるんだっていう
のを教えてくれたのが破節年で
で初めてブルーシートの上で寝たっていうのも初めてでした
今はもう全然平気で道の上で砂利の上で寝れるんですけど
その時は初めてブルーシート敷かれていた
ブルーシートの上でね
そしてホテル破節年と言われている
あのみんながこう寝てる人たち
何かありますね
のところを走り抜けていくっていうのも経験して
みんなすごいなっていう
シュラバを見たみたいな
そういうのも経験してのも破節年でしたね
ちなみにその時はタイムはどのくらいだったんですか
もうね21時間とかですよ
2014年走ったとしても20時間なので
今例えばそのうちのldaの人たちとかだったら
多分10時間台の前半ぐらいで
多分みなさん走るかもしれないですけど
まあそうですね
なんかそれがまあ普通そうだよね
51:02
ぐらいだと思うんですけど
その当時は私は20時間かかりました
でこの時はもうサンダルを履いていたんですよ
今の話の続きで2012年の富士高校は最後のサンダルなんで
その後からサンダルでしたね
ただそのサンダルで破節年を走っていいのかっていうのと
まじあるさんよくご存知の私その当時は
模紙缶をつけて
あの赤い投稿服みたいなのも作業服ですって言ってるのを
あの着て走っていたので
それが破節年で合うとかもしれないって言われたので
それか噂ってことですか
まあちょっとあのレギュレーション的に
仮想はダメですよみたいで
一応全部あの言い訳を用意して
あの模紙缶は仮想ではなく髪型ですと
であの投稿服はこれはあの作業服ですと
サンダルはシューズですと
はい先輩に言うのもあれですけど
そういうものですよ
すべて言われたら
そうやって答えるのを最初から想定していながら
覚悟の上走るっていう
OKが出たってことなんですか
誰にも注意されなかったので
そのままはい
ただあのいろんな人からは大丈夫って聞かれてましたけど
大丈夫です一応言い訳は考えましたっていう
破節年の写真を最初の創世紀の頃の写真見てると
g パンの方もいらっしゃいましたよね
西みなさんのが旅をはいたりとか
本当に昔のなんつーか
登山の格好じゃないですけど
もともと破節年というのはそういうものなので
登山レースですよね
だからそこに反してるかっていうと
何も別に反してはいないんですよ
ふざけていたわけでもないし
めちゃくちゃ真面目にそれで走ってましたからね
ちなみにその2013年に破節年を走られて
この時もサンダルでここまで来たら
もう聞く質問は一つしかないんですけど
そのスニーカーからサンダルランに
なったきっかけというのをちょっとお伺いして
させていただきたいなと思いまして
えーとですね
なんかそのシューズを履いて
まあ走ってはいたんですけど
それこそただ走っていく時に
いろんな情報が入ってくるんですね
その月間200キロは走らなきゃダメだみたいな
54:03
なんかそういうので
何でしょうかね制限でもないですよね
なんか走るにはこういうふうにした方がいいとかっていうのに
結構縛られて走るのがちょっと面白くなくなってきたというか
で例えばその月間200キロ走りますと
で今月どうやらちょっと足りないかもしれないと
で最後の1日もう雨がどしゃぶりで降ってると
でもあと200キロ到達するためには20キロ走らなきゃいけない
無理矢理そこで20キロ走ったりとかするっていうのを続けていくと
もう体も疲れてきますよね
で一回走ってる途中にこけたんですよ
こけてなんかあばらを打って
でなんか痛くて走れなく2,3週間ぐらい走れなくなった時に
私何やってるのかなと思って
なんかこんな面白くないのに好きじゃないのに
気持ちよくないのに走る意味って何なんだろうって思った時に
皆さんがよくご存知のボーントゥランという本を読んだんですよ
そこでなるほどなっていう
シューズとそのシューズではないものを履いて走るっていう
サンダルでそっかこういうのもあるんだと思ったら
ものすごくそのものに惹かれて走ってそれで走ってみたいなと思ったんですね
で2011年の8月に吉田の日祭りっていうハーフのレースがあって
そのレースですね
後にビブラムファイブフィンガーズというものを
新宿のお宅で買って帰ったんですよ
エアフットテッドが履いたやつですよね
それは違うんですかまだ
それはルナサンダルではないけど
でも一応彼が履いてたものがファイブフィンガーズだったんですよね
ビブラムファイブフィンガーズっていうものを
彼も履いてたのは履いてたんですけど
それを履いてちょっと走ってみたんですけど
でもなんかね
よくボディービルダーの人が履いてますよね
なんですか見えるじゃないですか
顔みたいですね
ゴールドシーム行った時はこそってみんな旅でした
57:02
ビルダーさんたちは
やっぱあれはねグーパーデッキできるという
地面を踏めて多分体幹使えるからと思うんですけど
言ってましたね
で日祭りハーフの帰りにビブラムファイブフィンガーズを購入して走ったと
履いてみたんですけど
なんかやっぱり気持ちよくなくて
多分あれってね指の長さとかもあると思うんですよ
で小指がどうしても長さが合わなくて
引き連れた感じで走ってるんで
20キロぐらい走るとなんか足がすごい疲れてくるんですね
あれってもっと気持ちいい靴なはずなのに
なんか気持ちよくないんだよなって思った時に
ココさんそれもココさんが聞いたんですけど
ココさんと一緒に多分飲んでた時にサンダルランナーが来たんですよ
サンダル履いてる人が来てそのサンダルを見てこれ何ですかって
そしたらローニングのサンダルでっていう
それはボントゥーランとかのって言ったらそういう流れもあるけど
僕は別にそれで履いてるわけじゃない
昔から履いてるからみたいな方がいらっしゃって
そこで見た時にビビッとそこでサンダル作ろうって思ったんですよ
サンダルでも作りたいけど作り方もわからないし
どうしたらいいのかわからないので
インターネットでググってやった時に
木村東吉さんっていう方がサンダルの作り方っていうのを上げてて
ワラアチの作り方ですね
そこで材料を揃えなくちゃいけないと思って材料を揃えて
2011年の8月からだったんですけど
あんまり時間がなくて
この翌年の2012年のゴールデンウィークによしサンダルを作ろうと思って
そこまでちょっと時間かかったんですけど
そこでサンダルを初サンダルを作って走ったんですよ
木村東吉さんも最初からそんなにガンガン飛ばすなよと
ゆっくり走れよって言ったけど
あまりにも気持ち良すぎて20キロぐらい
うわーって走れちゃったんですね
そうかってその時はサンダルランナーあるあるかもしれないですけど
まるで魔法の靴のようにこのサンダルさえ履いてれば楽に走れるし
長距離も走れるみたいなものだと信じ込んで
こんなに良い靴だったら次2012年の6月にサロマゴのそれが初めての100キロマラソンだったんです
1:00:00
私にとって走ってみようかなーって思って
それがワラチで
だから考えるよりも行動だっていう
01:00:23

コメント

スクロール