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#27 不本意な選択が人生を変える。大学受験の挫折からスペイン留学へ至る「塞翁が馬」の真実
2026-07-16 1:13:09

#27 不本意な選択が人生を変える。大学受験の挫折からスペイン留学へ至る「塞翁が馬」の真実

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30代、40代の悩める男へと灯火を送るポッドキャスト『焚き火の前では饒舌』。 今回はキャンプ特別編の第4弾だ。雨の降るテントの中から、TSが「自身の人生における最大の転機」と語る、大学時代のスペイン留学の思い出について、じっくりと言い切りスタイルで語り尽くす。

元々は東京生まれの東京育ち、実家の目と鼻の先にある大学への進学を親から勧められていたTS。しかし、地元の大学を嫌い、1人暮らしへの憧れから他の大学を目指すも、現役・浪人ともに数学の圧倒的な壁に阻まれて挫折する。結果的に早稲田大学国際教養学部という、当時はまだ新設されたばかりの謎の学部へ進学することになる。

そこは、授業がすべて英語で行われ、1年間の海外留学が必須という、大学ではスポーツをしたいと思っていたTSには不本意極まりない環境だった。留学の手続きを一切無視し、アメフトに没頭していた彼に、大学側から「このままでは卒業できない」と通告が下る。英語圏への留学基準を満たせなかった彼に提示されたのは、条件なしで受け入れてくれるスペインのサラマンカ大学だった。

全く行きたくなかったスペインへ、二日酔いの状態で旅立った二十歳の夏。最初の1ヶ月は毎日泣き言を言い、日本へ帰りたがっていた彼が、1年間の滞在を終える頃には「あと10年はここにいたい」と激変する。

世界で3番目に古い歴史を持つサラマンカ大学の壮大な戦略や、現地で洗礼を受けた「本物の人種差別」の現実、そして「おじさん」になる前の多感な時期に異国で培った全く根拠のない自信。自分の意志ではなく、強制的に放り込まれた環境だからこそ得られた「人生万事塞翁が馬」の実体験をベースに、アラフォー世代がこれから直面する「望まない役割」への向き合い方を提唱する。

【今日伝えたい教訓】 「人間万事塞翁が馬」の言葉通り、自分の意志ではない不本意な選択や、強制的に与えられた環境が、後から振り返れば人生を最も豊かにする大逆転の契機になることがある。ふてくされて生きるのをやめ、与えられた場所で切り替えて能動的に動くこと。そして、我々アラフォー世代は、若い世代がそうした未知の環境へ挑戦しようとするとき、全力で背中を押してやれる大人であるべきだ。

【ハイライト】

  • テントの中からお送りする、スペイン留学編の第1作目
  • 努力では超えられなかった数学の壁、大学受験での大きな挫折
  • 1ミリも行く気のなかった留学、大学からの強制通告とサラマンカとの出会い
  • 二日酔いで旅立った二十歳の夏、最初の1ヶ月の絶望と泣き言
  • アジア人男性に人権はない。現地で味わった「本物の人種差別」のリアル
  • 離れて初めて知る「日本のパスポート」と先人たちが築いた信頼の重み
  • スペインでコンプレックスを粉砕され、一変した女性への苦手意識
  • コロンブスも学んだ、世界で3番目に古い大学の壮大な「世界戦略」
  • 結論:若いうちの不本意な経験はすべて資産になる。変化を恐れるな

【パーソナリティ】

  • TS:フリーランス投資家。元総合商社マン(海外経験あり)。文系・体育会系出身。趣味は筋トレ、ゲーム全般、スポーツ観戦、犬の散歩等。バツイチ・子持ち。
  • 木原:ホテル&カフェ経営者。理系出身。人間関係の最前線で働く。占い、柔術、デザインを愛する。

【ハッシュタグ】

#焚き火の前では饒舌 #熾火の告白 #キャンプ特別編 #スペイン留学 #サラマンカ大学 #塞翁が馬 #人生の挫折 #人種差別  #教養

感想

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00:04
本日のメインスピーカーは、俺、TSです。 30代、40代の悩める男たちに灯火を送るポッドキャスト、
焚火の前では饒舌。 今日のテーマは、スペインでの思い出について。そして、このテーマから伝えたいことは、人生万事塞翁が馬。
思わぬ経験が人生を豊かにすることがある。では、早速語っていこう。 スペイン。
スペイン。 あのスペイン。国のスペイン。
ワールドカップベスト4で行った。 次、フランス対スペインになるわけだけど。
スペインは行ったことなくて。 行きたいんだけど、ポルトガルとスペインは隣でしょ?
すごい気になる。サッカーは強いっていうのもあるし、文化も結構好きだし、スペイン料理も好きだし。
でも、行ったことはない。 結構人気の観光地である。
バルセリア。 行ったことある人は? すごい気にはなってるけど、チャンスにない。
スペインは非常に良い国だ。 ぜひお勧めしたいんだけど、今日は
私が学生時代に1年間スペインに住んだことがあるので、その話をしようと思います。
今回もスペシャル会ということで、晩御飯もフルドポークも上手く作れて。
次回はサンドイッチ? そうだね。フルドポークサンドイッチ。 炭水化物が今日なかった?
挑戦して、後から続けて洗い物とかやって、最後に一本撮っていくということで。
これにふさわしい、最初に言ってるんですけど、大長編になると思う。
これ、逆にスペシャル会に撮っておいた。
最初、ポッドキャストを始めるにあたってネタ帳を作った時に、 絶対ベスト5に入る、ちょっと語りたいネタであったので。
今日は、先ほどの回でもやった失敗談。
これは明確に失敗談があって、このスペインの話に繋がっていく。
その失敗談の話をしつつ、
実はこのスペインに1年間住んだっていうことが、 俺の人生にとって大変大きな意味を持った。
その話を詳しくした上で、
リスナーの人々へのメッセージとしては、
人生万事最大が上手くなっていることわざが、中国の古事であって。
これは、何がいいことになるかっていうのは、分からない。
後から分かることがあるから、何事にもポジティブに取り組んでいこうって、そういう格言なんだけど。
03:00
これをね、ぜひ俺の実体験をもとに体験というか、メッセージとして送りたいという回になってますよね。
もう最初に言ってください。これ長編になるんで。
仕上がりがどんぐらいになるかわからないけど、このキャンプにふさわしい。
どういう話?
じゃあまず最初の失敗談からしていこうか。
長編になるから、今日ちょっと違うベースで。
目次というか、全体像で。
全体像は、大学時代の話。
第1章、大学受験。
第2章、大学入学。
第3章が、大学生活1年生から2年生。
留学したのが、2年の秋から3年の夏まで。
そこの話が第4章で。
第5章が、スペイン留学から得られたの。
スペイン生活から得られたの。
で、最後まとめっていう感じでやっていきます。
全体像を掴んだ上で。
長い話をしてます。
ちょっと俺がベラベラ喋ってもあれなので、
我々のポッドキャストの一つ魅力というか特徴である、
相互コミュニケーション。
今日はちょっと意識してやらないと。
まず俺の体験なんだから、俺だけばっかり喋っちゃうとしょうがないんですけど。
まずそれを意識してやっていこうと思います。
まず最初、失敗談ということで、我々2人に実は共通する失敗談というか体験があります。
これ大学受験。
俺らが大学受験失敗したの。
お前もさ、成功とは言えないでしょ。
まあそうですね。
俺の明確な失敗っていうのは、行きたい学校に行けなかった。
まあ難しいっすよ。
中学受験からすでに俺失敗してるけど、
なかなか行くっていうのは難しい。
ちなみに俺が行きたかった大学っていうのは、
俺東京出身で東京にずっと住んでたんだけど、関西の大学に行った。
あーそうだね、当時行ってたね。
なんでかっていうと、我々の地元には結構大きな私立大学があって。
今でも俺はそこに住んでるんだけど、
親からそこに行けと言われてた。
徒歩5分で行ける。
同じ小学校。
うちから出る人多いよね。
近いからな。
たまたまじゃないのか、やっぱり親が進めるのかな?
うちはそうだった。
06:01
あーそうなんだ。
祖父も。
俺の祖父が同じ大学なんです。母方の祖父が。
俺の親父がそこじゃん。
しかも建築だから、うちの祖父。
どっちが先輩かわかんない。
うちの祖父のほうが全然先輩。だってうちの祖父昭和元年はね。
昭和元年とか?
まあもう死んだけどね。
なんかが嫌で、俺はもう別のとこ行ったんだけど。
まあまあ確かにね。
俺はなんとなく完全なイメージ。
大学に入って一人暮らしをするっていうのに、よくわかんない憧れがあった。
だけども、もうなんか偽名を出すのめんどくさいから、
早稲田大学ってとこなんだけど。
多分ね、早稲田大学の話をしないとここから先、意味わかんなくなる。
一応言うんだけど。
そこに入りたくなかった。
理由は近すぎるっていうのと、
やっぱり地元に住んでるとさ、地元の大学って嫌いになるじゃん。
うるせぇしさ、なんかゲロ吐いてるしさ。
なんか暴れてるしさ。
もうなんとかババって。
俺らが公園で遊んでたりとかしてもさ、
早稲田の学生が広場でさ、公園のワーっと活動してるから、
俺らが遊べないとか。
ちっちゃい時から見ちゃう。
嫌だったんだけど。
親にそういう風に言われて、
早稲田より頭のいい大学でかつ国立だったらいい。
結構うるさい家だった。
うるさいっていうか、理由はシンプルだよね。
遠くに金かけて活かすのに、
別にわざとバカな大学に行ったらいいみたいな。
っていうので、大学受験をしたんだけども、
ここで大きな失敗をすると。
現役もダメ、浪人にしてもダメだ。
ダメな理由はもう明確で、数学ができない。
国立大学は数学って難しいんだよね。
難しいよ、数学。理系の上から見ても難しい。
本当に難しかったんだよね。
俺が最近聞いてるポッドキャストで、バグキャストさんっていう。
ここも二人組でやってるのがあるんだけど。
そこでお便り会みたいなのがあって、
才能の差を感じて打ちひしがれた体験ってありますか?みたいな。
そういうテーマがあったんだけど、俺はそれだった。
浪人にしてる時って数学しか勉強してないの、ほぼ。
昔から苦手だったんだけど。
小学校の時からかな?
現役の時から文系科目は横ばいよ。
衰えないように頑張る。
昔から社会とか好きだった。
国語とか。
文系だった、昔。
数学は結構頑張ったんだけど、全然ダメで。
09:03
明確に数学が原因で落ちた。
本当に死ぬほど頑張った。
数学は。
だって俺、センター試験の数1、数2日両方満点だもん。
そうなんだ。
センター試験は限界まで極めた。
さらに上が…。
それで、大問、小問あって、1問も勘当できなかったんだ。
でもね、難しいよ。
国立は理系と同じでしょ、途中まで。
必須があるでしょ。
通信まで必須。
で、なんか共通問題あるでしょ。
だからそう考えたら、やっぱり理系と同じレベルを求められてる。
そうしたら、どう考えた?
難しかった。努力でなんともならない壁を感じた。
それが俺にとっては、ものすごく大きな挫折。
俺のイメージで、文系の国立ってまんべんなく取らないといけないってこと?
まんべんなくというか、まず英語を絶対取んなきゃダメ。
英語苦手だったら絶対無理。
で、国語はよくわかんない。計算できない。
だから、社会と数学が分かれる。
だから、数学とかもできないといけないっていうのが、
理系の国立って国語が意外とできなくても受かっちゃうケースもあるから。
でも文系ってそこがキツいのかなって思った。
めちゃくちゃキツかったし。
もう本当に…なんて言うんだろうな。
それで早稲田に行くんだけど、早稲田は数学使わないで入ったわけよ。
これまた別の回で話そうと思うんだけど、
俺、人生で一番キツかったのが浪人。
言ってたよ。
いまだに夢見るもん。
バッと起きる。大学に落ちた夢を見て、「また二郎だ!」って言って。
俺は大学な夢を見るの。
単位取れない?
うち大学が毎年毎年留年するっていう。
ちょっと厳しいんですよ。あそこの理工学部って厳しくて知らなかった。
日々プレッシャーを感じながら勉強してて。
いまだにあの夢を見る。俺は大学とか卒業してないんじゃないかって。
謎の夢を何回も見る。
みんなプレッシャーを感じてた。
理系に入った人は、当時の理系のお偉いさんに、
サークルとか入るなって言われたわ、みんな。
部活とか入ってた人はいたけど、頑張ってたけど。
できれば勉強に専念してください。
うちはちょっと厳しいんで。知らなかった。
実際は落ちてたやつもいたし。
まあまあそれはともかく、
12:01
そういう嫌な思い出って言わないね。
俺も夢って言ってた。
俺仕事の夢は見ないけど、大学受験落ちた夢はまだ見るぐらい。
18、19年の俺には、非常に大きなプレッシャーだったんだなと思う。
で、大学に入ったんだけど、二浪するか。
そのまま大学に行くかっていう選択まで迫られた。
でも俺は一浪で精神的にも肉体的にも限界だったし、
成績開示をしたんだろうな、俺多分。点数知ってるってことは。
当時?
数学がゼロ感だったからさ。
全然落ちたんだけど。
他はもう想定通りの点だった。
基準に届いそう。
これをキープすんのは無理だと思った。
キープすんのも、やっぱり学力と受験名が大変じゃん。忘れてくから。
で、心が折れたんだけど、それって4月とか5月かな。
成績開示できるのか、まあ忘れたけど。
で、俺は早稲田大学の国際教養学部ってところに入る。
これがね、謎の学部だった。
その当時新しかったでしょ。
俺が3期生。
すごい新しかった教科室で。
よくわかんないところに入っちゃった。文系なんてどこ入っても一緒だろうと思う。
忘れたで一番有名だったのは成績とかじゃない?そこは行こうとはしなかった。
あのね、国立の試験の前に合格発表されない成績とかって。
ああ、そうなんだ。
なんかわかんねえみたいな感じだった。
国立受けるときに受かったか受かってないかわかんないで受けなきゃいけない。
国政系とか、どっかは。
で、それが開くのが国際教養ともう一個どっかしかなかったはず。
小学部とか、法学部かな?
なんかさ、このまま立ち寄り、理系と文系違うかもしれない。
理系は理系しかないよ。理工学部しかない。
文系っていったらいっぱい学部ある。あれ、みんな受けるの?いっぱい受ける。
日程が違うんだよ。当たり前だけど。
連続してるんだよ、結構。だけど願書は一個。
マークスの。
お前もいっぱい受けたの?
願書は出したけど、受けたのは国際教養だけ。
ああ、そうなんだ。
センターの典をめっちゃよかったから。
センターでも他の大学受かるってのもわかったから。
だからそんなに別に他受けずに受けるだけでいいやって思ってた。
ワセダの他の学部もセンターで通るのがわかってたから。
結局それ通んないんだけど、センターの典。高くて。
15:02
だから俺は当時国際教養しか…
厳密に言うと他にも受かった大学あったんだけど、
ワセダに受かったならワセダに行けっていう感じだったから、ワセダに行くことになった。
ワセダ国際教学部。でも聞いたことないじゃん。
で、先輩もいないわけ。
大学の高校の先輩とかもいないし。
謎の学部だった。
謎の学部だし、学校の先生も知らないわけ。だって3期生だから。
うちの高校から先輩って言ってないんじゃないかな?わかんないけど。
だからもうステータス不明。
謎の学部に行くことになったんだけど。
だから当時は大学落ちたっていうショック。
で、しかも前期しかなかったの。俺が受けた大学。後期試験なかったの。
だからもう前期試験落ちた段階で、ガーンみたいな。
終わったみたいな。
二郎、うわでも無理だしなみたいな。結構悶々として大学に行ったんだけど。
その気持ちはお前もちょっとわかるでしょ?
わかるわかる。
俺の相方の大学受験辞児は俺の比でないぐらいちょっと複雑なんだけど。
多分またいつか。
違う回で。
お前言えるかな?
言えない範囲の。
もうなるかもしれない。わかんない。
遅らいで。最終回で。
最終回か。最終回で言うかもしれない。
最終回で言うかもしれない。
なので大学に入りました。
入ったはいいものの、よく知らないで入っちゃったから。
よく調べ物もらうじゃん。大学の入学案内みたいなやつ。
オリエンテーリングとかもらったんだけど、全然俺にとっては不本意だったから。
ふてくされてたもん。ある意味。
まあまあそうだよね。失敗したしみたいな。
で、今でも俺覚えてるんだけど、最初のオリエンテーション行ったら、なんか外人出てきた。
で、外人が英語で話し始めた。
急に日本語じゃなくて。
何言ってんだこれ。
国際教養とか言うくらいだから、ゲストスピーカーとか呼んで話すのかなと思ってたら、
どうやらその男が、スノードンポールという学長らしい。
しかもなんか日本語も言わないと。
で、日本語じゃなくて英語でオリエンテーションして終わったわけ。本当に。
で、後で日本語の説明とかあるのかなと思ったら、ない。
で、慌てて入学の手折りとか見たら、授業は基本英語で行えます。
かつ、1年どっかに留学しないと卒業できませんって書いてあったの。
なんだこの学部とかって俺入ってから知ったわ。
18:02
ああ、その時。なんだこれはって。
ガーンって感じで。
行かれたとこに入っちゃった。
な、な、な、なって感じだもん。
そうそう、ひたすら入っちゃった。
どういうこと?みたいな。
結構めちゃくちゃ。
で、最初に英語のテストがあるんだよ。
ああ、はいはい。
ちょっとどういう形式のテストか忘れたんだけど、クラス分けのテスト。
で、圧倒的に俺やる気がなかったのと、もう能力もないからバーっていったら、
一番下のクラスでやる。
そのクラスのやつらとは結構仲良くなった。
ああ、はいはい。
で、大学に入って。
で、もともと俺は大学に入ったらスポーツがやりたいなって思ってた。
でも、なんで国立大学を目指したかっていうと、
スポーツ推薦とかで入ったやつと一緒にやったりするの嫌だなって思ってた。
あと付属校のやつらとか。
スポーツしかやってないやつらと浪人した俺が。
頑張ったね、自分と確かに。
逆にそういうところをスポーツ推薦とかいない俺たちが倒すみたいな方がかっこいいと思ってた。
まあ、ていうか、嫌だよって同じにされたくないっていうのは。
まあ、あったかもしれないね。
今思えばくだらないんだけど。
学生の時は頑張ってたしね、勉強で。
勉強も頑張ってたし、スポーツもそれなりに頑張ってたから。
スポーツだけやってるやつとか、そういうのがすごい嫌いで。
浅谷大学って多いのよ、そういうのが。
当たり前だけど。
だって俺、ハンカチ王子と同期だった。
ああ、そうなんだ。
そうそうそう。
ハンカチ王子はいたの?
いたいたいた。でもあれは教育学部か。
で、すごいそういうのが嫌だよ。
かつ、国際教育学部ってことで、
これ言ってもいいか。
当時は変な学部の変なやつらみたいな感じで、
歓迎されないの。そういう体育会とか行っても。
ああ、そこに入ったやつらが。
そうそうそうそう。
出体の知れないやつらだし。
1年留学するってことは1年いないんでしょ?みたいな。
ああ、そういう感じだ。
周りのプライド高めみたいな。
俺、ラグビーを高校までやってたから、
ラグビーサークルっていくつか頑張ってるところもあったんだけど、
行ったら、国際教養の先輩っていないのよ。
留学してるか、留学して帰ってきたら戻ってこない。
え、戻ってこない?
1年で入るじゃん。で、2年の夏から留学するじゃん。
で、3年の秋に帰ってくるじゃん。それじゃ戻ってこない。
戻ってこない?そのまま成人しちゃう?
いやいや、そのサークルに戻ってこない。
サークルとかそういう部活ってさ、だいたい1年生の時はさ、お客さん扱いなの。
で、2年から本格的にやっていくみたいなところが多いんだけど。
そういうのもあって、国際教養のやつだって、
来ても2年連続で1年でいなくなっちゃうからな、みたいなことを言われて、
ちょっと嫌味みたいなこと言われて、俺それやるんだって。別に俺、入りたくてそのとこ入ったんでしょうね。
で、そこでたまたま俺がやってるアメフトの同行会。サークルだったんだけど。
21:04
結構頑張ってるところに勧誘されて、アメフトにのめり込んでいくという流れになってくるんだけど。
これはちょっとまた別の話で。
この話だったら8時間くらい。
それでアメフトを頑張るってことになったんだけど。
残念ながら留学しないといけないってことになって。
俺、なんとか留学しないようにいろいろ頑張ったっていうのを。
したくなかった?
したくなかった。1ミリも。ずっと俺はアメフト頑張りたかった。
あ、そっちにフォーマーしたやつね。
やってく中でどんどん自分もアメフトにのめり込んでいったから、
留学しないでアメフト4年間やるっていうふうにやりたいし、
世話になった2校への先輩たちの台に俺がいた方が活躍できるから。
留学しちゃったら、アメフトも全部ダメってこと?
シーズンが出るね。そのシーズン出るね。2年生のシーズン出るね。秋シーズン。
練習もしてダメって感じ?
練習は別にしてたよ。スペイン行く前日までしてたもん。
スペイン行った後も練習はしてた?何もした?
スペイン行った後は向こうで体動かしたりとかしてた。
ただその仲間とかいない?
仲間とかいないと日本の練習とか日本の試合には参加できないから。
で、留学の準備とか、学校を選ぶみたいなのを一切やんなかった。
俺は留学に行かないんだ。
留学行けって言われてるんだけど、行かないと。
俺は決めてない。
謎の学生だな。
で、なんか技があるはずだと。抜け道が。
学生だし。
勝手に思ってたんだけど、どうやらないということにすぐ気づきだして。
そういう規則になってる人がいない。
私、なんだか入ったやつの9割ぐらいは留学行けるから入ってんの。
そうなんだよ。それが好きでむしろ。
そうそうそうそう。間違えた入ったやついないわけよ。
嫌ですみたいな。
学校にも全然友達いなかった。
それはむしろね、周りと話し合わない。
だし、これもちょっと今回のメインテーマ一つになってくるんだけど、
俺、やっぱ女の人と話すのすごい苦手だった。
国際教育部って俺の同期、たぶんね、7-3で7女みたいな感じ。
いや、俺の実は友達も行ってる。
女の人?
女の人。国際教育部行ったやつ。
いや、そいつも言い方よりアメリカカブレみたいな女。
そういうのが多いイメージ。
帰国史上とか。
ちょっとルー・オシバみたいな。日本語に英語が混じっちゃうみたいな。
そういう奴らがすぐ行く。
ほんとそうで。
今思えば大したことないというか、むしろ歓迎するんだけど、
かなり距離が近い女性が多かった。
アメリカ人っぽい感じのね。
24:00
帰国史上で、普通に俺授業で座ってたら、
なんかいきなり肩女の人に組まれて、びっくりした。
なんでそんなにびっくりするの?
勝手にあだ名とかつけるんだって。
ビッグTみたいな。
俺の名前はTじゃん。
ずっと男子校だったもんね。
どんどんこの世界は?みたいな。
それでより、学校にあんま行かなくなって。
アメリカの方に。
アメリカの方に乗り換えた。
進行宗教みたいな。
未だに、帰国史上のノリとかあんま得意ではないんだけど。
慣れたは慣れた。
そんな中で、やってまして。
留学に行くのに、試験を受けなきゃいけないってことに気づいたの。
ああ、そう。試験が必要なんだ。
トフフルって、東映にあって、留学用の試験があって。
俺らの年から、ヘッドセットをつけて喋るみたいな。
スピーキングもあるみたいな。
1ミリも対策しないで、アメフトの練習でバテにバテた後に行ったの。
で、トフフルって120点満点のね。
で、英語圏の大学の留学がやっぱり人気なの。
あれ、IBT?
トフフル、IBT。
CBTだ。
CBTかIBTか忘れたけど、そんなの受けさせられて。
英語圏の大学、イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア。
行くには、120点中に20点、絶対必要だと。
20点、なんかいけそうじゃん。
俺9点だ。
それはやる気もないし。
やる気もないし、アメフトの練習後に行ったし、
英語で喋るのも、ゴモゴモみたいな感じで言って。
で、すごくできなくて。
で、「あっ!」って感じだった。
あれって結果すぐわかるんだけど。
コンピューター?
そう。で、英語圏の大学は行けませんってなって、
ますます留学へのやる気がなくなって。
放置したの、俺は。
ずっとアメフトと筋トレだけやった。
で、いよいよタイムリミットですっていう時に、
学校から自宅に電話がかかってきた。
まだ当時ギリギリイエデンっていう文化。
スマホじゃなかった?
スマホはね、まだなかったと思う。
ガラケーだった。
ガラケーの時代か。
ガラケーとイエデン。
でもみんな必須で持ってたの?
ガラケーは持ってた。
でもイエデンにかかってきて。
成績表がさ、自宅に郵送されてくる時代だった。
あー、そんな時代か。
なんかね、自宅に郵送されてる記憶がある。
古いな。
まあいいや。
で、実家で母が電話を取って、
鬼の行走で切れて、
大学から電話がかかってきて、
27:01
このままじゃ卒業できないって。
大学がかかるってなかなかだよ。
2年生にしてね。
何やってんだみたいな。
で、今すぐ大学に行けって。
呼んでるから。
で、今すぐ大学に行けって、
どうも5分で行けないから。
バーッて歩いて行ったら、
怒られて。
先生に?
先生の謎のなんか。
何者だよ。外人?その役所?
いや、日本人の職員?
外学職員だと思う、たぶん。
誰に怒られたか覚えてない。
英語で怒ってくるわけじゃない。
いやいや、これ日本語で。
ファークとか言って覚えてない。
ファークって言ったらこっちだよね。
で、もうみんな留学先決めたのに、
お前だけって言われたか忘れたけど、
決めてないのはお前ぐらいだみたいなこと言われた。
で、このままだと卒業できない。
決めてくる?
そう。
で、俺はなんとか留学に行かずに、
卒業済みじゃないかって。ない!
はっきり言われた、そこで。
そのタイミングで国際企業じゃないの?
そのタイミングで来てる。
そういうこと言われた。
留学したって入ったんじゃないの?
いやいや、そもそも逆。
そしたら、トッフルの点数も9点で英語芸に行けません。
だから、いわゆるいくつか用意した。
普通のみんなわかんないけど、国際企業は英語系にみんな行くの?
多いよね。アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス。
ほとんど?
ほとんどじゃない、たぶん。
で、ちょっと専門的な話をすると、
エクスチェンジとTSAってなかった。
エクスチェンジは交換留学。
要は向こうから何人か受け入れるからこっちから出しますって。
これはGPAとかある。
学校の成績?
そう。
4.0が満点だっけ?
3.5とかないとダメなんだけど、
俺たぶんGPA分が1点いくつかは全然ダメ。
でもそれもほとんどダメ?
もう全然ダメ。
大学も単位も取ってないし、トッフルも取ってないし、
もう落ちこぼれですよ。
もうひたすら飴太に筋トレと。
バンバン頭当たって、なんかめっちゃ筋トレだけして。
体だけでかくなるんで。
何女子一緒やな。
国際教諭には全くいないタイプ。
スポーカーとかあるよね。
スポーカーの人みたいな。
そうそう、みたいになったんだけど。
まあでも、とにかくお前に今から候補を与えるからこの場で決めろって。
もうタイムリミット。
で、1個目に出されたのが、読めない。
中国の山奥にある漢字で読めない謎の大学。
ほんと千人とか、山奥みたいな。
行くのに、なんとか北京から上海から北京から2回ぐらい乗り継いで。
また陸路で行く。
シルクロードになりますよ。
分かんない。
山奥市の植に最初リュービが入ってて。
30:00
自然の要塞みたいな。
岩の上ってきて。
ところにある大学と、東パキスタン大学。
噴水地図どこあるのかみたいな。
もう1個最後に出してきたのが、コロンビア大学。
すげーいいとこじゃん。
これ、宇多田ヒカルがコロンビア大学かなって思ったら、
あ、それはアメリカにあるコロンビア大学で。
コロンビア大学!?
なんだよさ、そんなのあんの!?
多分そうだったと思うんだけど。
コロンビア大学だったか忘れたけど、
コロンビアにある大学で、
コロンビアって文字を見て、俺はコロンビア大学かなって思ったら違ったんだけど、
こんな危なくて行けないじゃないかって言ったら、大丈夫だと。
必ず大学と寮に、マシンガンを持った警備員が常駐してるから、
安心して行ってくれというか、
お前ぐらいじゃないと女の子とかこういうとこ行かせられないってこと言われて、
やだよ俺もやだやだやだって言ったら、
じゃあしょうがないって言って出してきたのが、
俺の人生を変えるスペインのサラマンガ大学。
全然そっちのほうがいいよね。
スペインのサラマンガ大学は、なんと条件なし。
2号車全員行ける。
いいじゃん、最強じゃん。
これね、なぜかっての後にわかるんだけど。
これが、
これまた一生一生。
えっこれ女装?
女装一緒だよ。
結構ボリュームが…
女装でボリュームがすげぇ。
もうボリュームが…
情報量がやばすぎる。
で、スペインに行くってことになって、
あーやべぇって言うか、
もうそれまで決めろって言われたから、ここにしますって。
じゃあ何月何日に。
一応面接だけ、形状、希望者全員受けるから、来てくるって言われて。
で行って、スペイン語全然できない。
一応2階で撮ってたんだけど、2階のスペイン語俺落としてるから。
そんなやついないわけよ、スペイン留学行くやつって。
いやもうガチでやってるだろ。
俺運動をどうせ撮れずまでしか言えなくて、スペインに行くことになった。
で、面接受けたら、一応スペイン語が聞かれるわけよ。
わーって。
でもう全然わかんなかった。
正解は沈黙。
クラフィカか、クラフィカか。
舐めてんのかみたいな、その面接感の。
多分スペイン語学科だから偉い人みたいなのにめっちゃ怒られて。
でも条件はないはず。
強く言ってる。
俺は行きたくないって言ったのに、どうしてもお前らが行けって言うから、俺は選んだ。しょうがなく選んだ。
そんなの起こるのおかしいって。
今思うとちょっとヤバい学生だけど。
言ったらムムッてな感じになって、行ってこいみたいな感じになって、行くことになったのよ。
33:01
親にもスペインに行くことになったって。
スペイン?みたいな。
俺も行ったことないから、当然アメリカとかイギリスとかをイメージしてたんだと思うんだよ。
まさか、スペイン?
何しに行くん?みたいなこと言われて。
いや行けって言うから、みたいな感じで。
行くことに決まったのが、たぶん2年の初めとか、1年の終わりか2年の初めぐらいじゃないかな。
で、そっから普通の人は準備するじゃん。
俺はもうひたすら雨不当。
もうそんなん関係ない。
秋のシーズンは出れないから、1年生を教えたり、スカウティングっていろいろやったりして。
それはすごい一生懸命やったんだけど。
だから俺が知らない間に、ワセダ大学からサラマンカ大学ってところなんだけど、スペインの人たちが仲良くなってた。
一緒に行くやつらが。
で、これTSAってエクスチェンジじゃないから、僕が希望したら誰でも行けるわけ。
だから、俺みたいなよくわかんないやつだけじゃなくて、
スペイン語を勉強したくて国際教育に入りましたみたいなガチ勢もいる。
それはそうだよね。
全く知らなくて。
で、航空券は大学が用意してくれた。
みんなこれで行きなさい、一斉に留学する学生ね。
で、前日まで飴太る。
当日まで飴太るやつだってパパで飲んで。
飛行機がね、当時チョッコビがなかったから、コペンハーゲン経由で行ったんだけど。
パッキングも俺してなかった。
朝4時ぐらいまで飲んで、帰って1時間ぐらいでパッキングして。
こんなに舐めて。
1年いるわけ?
1年行くんだけど、1年だから逆に持っていけないわけ。
向こうで服とか買うって。
なんかもう適当でいいやと。
帰ればいいやみたいな。
今思うととんでもない準備不足だった。
とにかく2日酔った状態で泣いた。
むしろ行きたくないって気持ちも強かった。
行きたくなかったでしょ。泣いたもん行きたくなくて。
それだから酒で忘れようとしちゃったって。
それはたまたまアメフトのやつらが送別してくれたから、同期たちが。
で、最後ババの始発の時、改札前で集合写真撮って。
で、俺は行くことにしたんだけど。
それがコペンハーゲンの行きの飛行機に乗って。
経由便だったから、結構長くフライト行って着いて。
マドリードからサラマンカってところに行くんだけど。
ここで俺が留学するサラマンカ大学の説明をしたいんだけど。
世界で3番目に古い大学。
一番古いのがイタリアのボローニア大学。
36:01
で、次はオックスフォードがあるからね。
その次に古い。
で、サラマンカ大学OB、一番有名なのがコロンブス。
すげーじゃん!
俺、コロンブス先輩なんだけど。
すげーじゃん!アメリカ大陸をはっきりしてるじゃん。
そうそう、コロンブスとか。
エルナン・コルテスって世界史やってて。
インディを南米で虐殺しまくったスペイン人みたいな。
ヤベーやつ。
あとね、フランシスコ・ザビエルもね。
フランシスコ・ザビエルって実はね、ポルトガル人じゃなくてね、出身はスペインって説もあるんだけど。
ザビエルはちょっと行ったのかいないのかわかんないけど、そういう大学。
スペインの中で一番頭いい大学ってわけじゃないんだけど、伝統はすごくある大学なのと、スペイン語教育ってのにすごい力を入れてる大学。
例えば東大とか早稲田もさ、別に日本語を外国人に教えるのが得意なわけじゃないじゃん。
それは多分介護大学とかさ、そういうふうな大学があると思うんだけど。
俺が行ったところは、サラマン科大学の本体じゃなくて、留学生用の学部がある。
クルソスインテルナショナルっていうのがあって、そこに放り込まれた。
俺、未だに覚えてるんだけど、寮に入った。
寮とホームステイから選べるんだけど、ホームステイなんて嫌じゃん。よくわかんないから。
俺、寮を選んだ。で、寮を選んだら、レジデンセイ・エルマンティカって寮に入った。
ほぼスペイン人。
日本人も最初、何人かいたんだけど、すぐ出て行っちゃった。みんな、会わない。
俺は、1年そこに居続けて初めて日本人になるんだけど。
で、入って、107号室だったんだけど、106と108が女の子だった。
で、正面も女の子だった。
で、日本の感覚でさ、学生寮ってさ、そんなことありえない。
全くスペイン語できなかった。拙いスペイン語で。
寮司さ、ポルテーロってんだけど、ポルテーロに、俺の隣の部屋と近くに女の子の部屋がある。
これはなんだって聞いた。俺、未だに覚えてる。ポルテーロに。
何か問題あるか。お前はゲイか?って。
そう、マリーコーンってんだよね、ゲイの。
俺、その時マリーコーンが何の店もあったんだけど。
え?って思って。
うちっしーみたいな。
部屋はあったよ。
行け!って。
って言って、もう、苦難がそこから最初始まる。
39:04
これがもう、第3章。スペイン生活が始まる。
スペイン生活は、ここから1年、スペイン生活が続くんだけど。
全部話すと、ほんと5時間とかかかっちゃうんで。
ここは、ダイジェスト版で。
最初は、もう1ヶ月、毎日帰りたかった。
つらくて。
つらかった。
喋れないって。
今は一切喋れないし、別に友達もいないし。
日本人とも仲良くないし。
なんならアメフトのことばっかり気がかりで。
当時ミクシーに行ったったじゃん。
ミクシーで泣き言ばっかり。
つらいですって。
アメフトのやつらのミクシーの日記とか見て、
俺も帰りたいって思うのが最初の1ヶ月。
毎日思ってた。
けど、帰る時は、もう10年いたいと思ってた。
ほんとに。
全然逆になった。
逆になったね。
帰る時は、ほんとにね。
アメフトがあったから、俺早く帰らなきゃいけなかったんだ。
許されるなら、できる限りここにいたいと思うぐらい、
スペインを愛し、サラマンカって街を愛し、大学を愛し、寮も愛しつついたんだけど。
実際ね、俺ね、サラマンカ大学留学終わってから、
4回サラマンカ行ってる。スペインに。
そんなに好き?
4回行ってるね、4回行ってる。
もうそれぐらい、ほんとにね、忘れられない体験になったし、
ただ楽しかっただけじゃなくて、ほんとに多くのことを学んだし、
よくさ、海外行って人生変わったとか価値観変わったとか言われてるじゃん。
あんまそういうの信用してなかった。
もう全く違う人間になって帰ってきた。
ほんとになっちゃった。
なったと思う。
これが、今日ほんとに伝えたいメッセージの収穫を成すんだけど、
もう嫌で嫌でしょうがなかった。
自分で選んだわけでもなければ、スペインのすの字も大学に呼び出される日までなかった。
その言ったところで、そんなに人生を変えるような素晴らしい経験ができることもあるっていうことを伝えたいんだ。
それは若くてよかった。
ああ。年取るって難しいかもね。
そう。なんだけど、2つ観点があって、今日伝えたいメッセージとして。
42:02
1つ目は、人生で一番若いのが今日じゃん。
今日より若くなることはないんだから。
もちろん若いに越したことがないから、結構いるじゃん。
年取ったらさ、この国行ってみたいとか、こういうところで暮らしてみたいとか。
俺は前倒しした方がいいと思う。
1日でも若い時に、そういう体験は。
思い立ったら、若い時はやった方がいいよね。
やっぱりコロナもあったじゃん。
いつかああいうのが来て、そういうのができなくなっちゃうかもしれないし、自分も死ぬかもしれないしさ。
また病気とか怪我とかもあるからさ。
そういうのは、やっぱり前倒しでやった方がいいっていうのが1つと。
もう1つは、俺らより若い世代だよね。
具体的に子供世代が、そういうことを言い出した時に、否定したり止めたりするんじゃなくて、背中を押してあげる人になってほしい。
なるほどね。
やっぱりね、子供世代が、俺もそうなんだけど、若い頃にこういう経験をするっていうのは、
良くも悪くも、今日の俺を形作ってる経験、その骨身というか、になってる部分のスペインでの経験って多いから。
これはね、やっぱり子供世代に十分に経験をさせてあげてほしいなと思う。
じゃあ具体的にはっていう話をするんだけど。
スペインに留学して良かったこと。いくつかピックアップしてきたんで紹介すると。
1つ目。これが1番。人種差別を受けたっていう話。1つは。
しかも本番の人種差別。本物の人種差別を若いうちに受ける。
具体的に言うと2つの種類が俺の中であった。
スペイン人からの人種差別と、留学生仲間からの人種差別。
留学生仲間か。
あったね。あったっていうか、たぶん悪気はないんだよ。
どちらも、その人種差別から俺が学んだことっていうか感じたことは、
アジア人の男性は、もう人権ないってこと。
人権ないってこと。
存在意義がない。本当に。
マジで?ヤバい。
ヤバいよ。ヤバいっていうか、それを綺麗ごとじゃなくて、
分かっとかないとスタートラインに立てない。
例えば、女性はさ、女性であるだけで親切にされるのよ。
価値があると。
価値がある。
男は親切に絶対するのよ。
45:01
アジア人女性ってさ、よくさ、
白人とのカップルってほとんどがアジア人女性と白人男性のカップル。
逆はほとんどいない。それはそうだよね。
選ばない。
選ばない。だって白人男性から来たの。
まあ確かに。
これを分かってないと、これ後々分かるんだけど、
すげー親切にしてくるやつっているのよ。
あ、そう?
いる。
すげー親切にしてくるやつっていうのは、
大体、泥棒とかスリーとか。
ああ、怪しい。そっち系のパターン。
アジア人男性に親切にするメリットがないんだから、彼らに。
詐欺師みたいな。
そうそう、スリー。泥棒。
俺日本好きなんだって、ぼったくり。
日本好きなんだよ、とか。
日本人大好きなんだよ、みたいなことを、
男である俺たちに言ってくるやつは気をつけないといけない。
っていうことを身をもって分かった。
スタートラインがそこだから。
そんな何を卑屈なって言うかもしれないけど、
これはもう俺が肌で感じてもらった。
気をつけないといけない。
だし、逆にそれが良かったこともあって。
ってことは、俺もプライベートとして仕事で色んな国に行くようになるんだけど、
ベースがさ、絶対差別されると思ってるから。
差別されても別に傷つかない、正直。
はぁー!みたいな。
それは俺自身の性格ってのもあるんだけど。
逆にちょっとでも、本当に詐欺じゃなくて、
親切にされたり、良くしてもらえただけで、めっちゃ嬉しい。
だからラッキーだよ、心の持ちようって意味では。
それ以上マイナスがないから。
差別されても、はぁー!とか。
別に、全然ヘッチャーだから。
それはすごく良かったし、
これを若い頃に経験できたっていうのは、とても良かったことだね。
2つ目なんだけども、
日本人であるっていう愛国心みたいなものというか、自分のアイデンティティみたいなものが強くなった。
でも、感じたことがなかった。
日本にいたらさ、めったに感じないじゃん。
これはやっぱり、国外に出て長く生活するっていう中で、すごく感じた。
日本人で良かったなって思う心。
それはなんでかっていうと、具体的なメリットがあった。
日本人でいることで。
一つはパスポートだよね。
日本のパスポートって世界最強クラスなんだけども。
48:02
宣言っていう条約があって、
ビザなしで滞在できる国の数が世界で1位だか2位なのよ。
逆に、結構苦労してる国もあって、
台湾とかさ、そもそも国として認めてない国が多かったりするから、
それ大変なんだよね、彼らが他の国に行くのって。
中国もさ、中国のパスポートを出しただけでめちゃくちゃ質問されるとか。
不法人が中国のパスポートで入って出てかない奴がいるから。
そういうのもあって、これはすごくメリットというか、良かったこと?
やっぱね、みんな失って初めて気づく重要性っていうのは多い。
これはね、また別の回で。
パスポートを失う意味っていう。
色々気づく、そこで。
みんな恵まれてるってことで、この樽を知るっていう。
日本人であることが誇らしいと思えることがかなり多くて。
具体的には今のパスポートっていうところと、やっぱり日本車が優れてる。
日本車、どこ行っても走ってる。
ああ、そうなんですね。スペインも走ってる。
ホンダはないんだけど、トヨタは。
やっぱ山松だ。
すごい走ってるし。
日本って言うと、やっぱり車のイメージを持ってる人とか、あとバイク。
バイクも強いって言うよね。
イメージを持ってる人がいる。
あと一番というか、アニメ、ゲーム。
これ強いよね。
まあ確かにね。
スペイン、ドラゴンボールとかキャプテンズのオリーベル・イベンジンとか。
それすごい人気だし。みんな日本のものだってわかってる。
わかってる?
わかってる。で、大体外国人で日本好きって言ってくるやつは、半分以上アニメ、マンガ好きだと思う。
そこから影響を受けてる。
で、最近…
俺が行ったときもちょっと感じたけど、最近さらに感じるようになってきたのは日本食。
これはやっぱり世界でリスペクトされてるし。
なんか日本って言うと美食の国っていう。
実際上手いんだったね。
日本食以外も上手いし。何料理食っても上手い。
離れて日本の良さがわかるっていうのはすごく感じた。
最後これね、意外なんだけど。
日本人ってオシャレ。
これはね、スペインと比較してなんだけど。
スペインってそういうのダサい?
ダサいっていうか、なんかね、俺がいた時期のスペインの俺が付き合った男たちの感覚ね。
オシャレする男はゲイって言われる。
51:00
逆に?
そう。みんな同じような色の同じような服着てる。
あ、そうなんだ。あんまり気にしない。
なんかね、あんまり派手な服着たり、いっぱい服持ってるとゲイって言われた。
感覚の違いか。
そう。
そうして日本人への印象って良くて。
それは色んな文化的な側面もあれば、日本人のマナーが良かったっていう面もあって。
残念ながらさ、中国人のマナーを見て中国好きになる人ってさ、ほぼいないじゃん。残念ながらね。
それとは対照的に、日本の先人たちが良いことをしてくれたから、結構恩恵を受けたっていうところがあったので、愛国心みたいなのがすごく出た。
で、この次が、実はちょっと笑えるテーマ。裏テーマの一つ。それは女性も関係。
これはでもスペインで圧倒的に変わった。
きっかけはなかった?
あった。
これは、寮の飲み会。スペイン語もちょっとできるようになってきた頃に、寮のみんなで飲みに行って。
いいよって言って、わーって飲みに行って。
で、いつも食堂とかで話してたんだけど、飲みの席で話すのって初めてだったのよ。
で、結構楽しくやってたんだけど、全員スペイン人で一人俺日本人みたいな感じだったから、みんな俺に質問責めしてくる。
日本とは?
そう。とか、「お前は何者なんだ?」みたいな。よく知らない奴とかもいたから。
その中でやっぱり大学生だからさ、ほとんど恋愛関係の質問。
当時俺20歳で、周りもみんな同い年ぐらい。
彼女はいないと。
どんぐらいいないの?
どんぐらい?みたいな。
20年。爆笑みたいな。
またまた?みたいな感じで。
お前、お前、冗談うまいなーみたいな。で、いつからいないんだよ?みたいな。
いや、ほんとに。
真顔で言う前みたいな。
で、「え?」みたいな。
嘘だ!みたいな。
そんなことはスペインでありえない。
情熱の国、スペインだとありえない。
で、「お前、ゲイなの?」って言われて。
彼女がいないんで、彼氏がいるのかって。
俺、ゲイでもなくて、女の子は大好きだけど。
そこが文化の違い。
俺は中学・高校。あんまりね、スペインって中学・高校って日本とはイコールじゃないんだけど。
54:00
そういうのがあって。
男子校ってのがあんまりないんだよ。
男しかいない学校に通ってたんだよ。
なんでなんだ?お前、ゲイなの?
ゲイ学校。
違うよ、マリコンじゃないよ。
で、そこにいて。
大学に入ったけど、女の子とどう接していいかわからなくて。
で、そういうのを作る機会もないまま、ここに来たんだ。
そしたら、今でも仲いいスペイン人で、俺の領土なりに住んでた子たちが。
で、「なんでお前は、彼女を作るなんて簡単じゃない?」っていうことを言うわけ。
飲んで、一緒に帰って、そういうことすればいいだけ。
ほほ!みたいな。
それができないからこうなってる。
なんでできないんだって言われて、なぜなぜ分析。
でも確かに飲んで飲んだろうなって思った。
そしたら、いや、その…
なんて言ったんだっけ、その時。
簡単に言うと、自分はイケてないから。
クールじゃないっていうか、グアポってかっこいいってこと。
俺はグアポじゃないから、グアポじゃない俺に女性が言い寄られたら、女性が嫌なんじゃないか。
っていうふうに思うんだ。
ああ、なるほどね。自信がない。
そこにいたスペイン人の女の子全員が、自慢になっちゃうかもしれないけど、
いや、お前はもうグアポだ。
当時もお前は身長186くらいあった。
とにかくスペインは、身長が高ければ、
お前ぐらい身長があれば、いくらでも行ける。
無双できる、この国は。
そんな高いの?
人種と関係ないと思う。
いや、日本は違うんだ、みたいなこと言ったんだ。
身長じゃないって。
女の子に言い寄られたこともないし、
少ない経験の中で、女の子たぶんデートに誘って断られたりとか、
そういう経験もあったり、みたいなこと言ったら、
人種差別に関わってくるんだけど、
日本人の女ってセクシーじゃないし、
世界的に見たら、目もツリメみたいな。
ブサイクばっかりだと、あの国の女。
どんなブサイクな国の女が何を言おうが、
このスペインにお前は来て、これだけの美女がグアポって言われてるんだから、
何がそれ以上必要なんだって。
いいえ、みたいな感じで。
そこで、自信が芽生えたじゃないけど。
いけるかもしんない、これは。
そこまでじゃなかったけど、コンプレックスがその瞬間になくなった感覚があった。
バーン!みたいな。
57:01
まじか、弾けるような音が。
でもこんなのさ、日本に住んだらもう絶対ないじゃん。100%。
で、実際スペインにいるときに、日本人なんだけど、彼女も初めてできたりとか。
その後、本当によく言うように、人が変わったように普通に女の子と喋れる。
別に俺が女の子と話しても、別に不快じゃないんだって。
不快に思っても、それは相手が悪いんだ。
相手が別にブサイクなんだから。
お前からしては別に、どう思われようがいいじゃん。
確かにな。
心の寄り所みたいなものはスペインでできて。
これは後の人生に大きな転機になる。
実際、アメフトの同期とか後輩とかで、
俺が留学行くまでは、同じステータスで全く女の子と喋れなくて、付き合ったことないってやつが、
未だにそういうやついる。
未だにだから、女の子と付き合ったことないし。
魔法使い?
魔法使い。
完全にヤバい。
素人魔法使い。
素人は経験ないみたいな。
俺もスペイン行ってなかったら、そっちの枠に入ってた。
それはね、一番大きい転機だった。
予備校で来て、怖くなって。
時代と比べると。
時代と比べると、それが一番良かったね。
4つ目は、祖母の回でも話したんだけど、
俺は外人が好きだって。
コンプレックスだね、簡単に言うと。
もう外人イコール、全員ケビンこすな。
だと思ったし。
そんなことあるわけないんだけど。
男は、俺サッカー好きで見てたから。
ブサイクなサッカー選手っていんのよ。
ロナウジーのやつとかもいるじゃん。
でもさ、ブサイクな女の人の外人って映んないじゃん、テレビに。
だから俺は、外人女性って全員美人だと思ってた。
スペインで一番びっくりしたのは、ブサイクな白人を見た時。
当たり前でいるんだけど。
理論的には存在するんだけど。
日本にいたら見れない。
そりゃそうだな。
それぞれ出てこないから。
今、関流系のドラマとか映画見すぎて、そんな奴しかいないじゃねえかって思うけど、韓国行ったらそれはブサイクだと思う。
そんな感じ。
それで変なコンプレックスみたいなものが完全になくなった。
1:00:01
これは若いうちになくなって。
最後がスペイン語そのもの。
スペインが好きだっていう感情っていうのが、後の人生で俺を何度も助けてくれた。
スペイン語って、世界で2番目か3番目に母語として話す人が多い。
南米ってブラジル以外全部スペイン語。
中米もだいたいスペイン語。
メキシコってスペイン語だよ。
アメリカも2割か3割ぐらいスペイン語のネイティブスピーカーがいるって言われてるわけよ。
ヨーロッパはスペインしかスペイン語母語にしてる国ってないんだけど、
これがね、後に会社に入ってからもそうだし、
日本の街中とかでも何度も助けてくれたし、俺を。
今でもそういう関係の仕事をやってるから、今でも助けてくれるし。
これはね、たまたま勉強しておいて、本当によかったなっていう。
これはね、スペインに留学してよかったなって思う提供ですね。
じゃあ、そんな感じでね、ちょっと長くなったんだけども、まとめに入っていきたいなと思います。
今日はね、長々と、笑いも交えながらね、俺がスペインに留学した。
留学の内容ってのはまた別途話すかもしれないけど。
最終的には全部言うつもりだったでしょ?
今回のメインテーマは、人生万事採用がうまいっていうところだったから、
どっちかっていうと、留学に行く経緯を集めに話したかった。
後の話もいろいろあるわ。
留学中の話も6回分。
まだまだ、いわゆる始めでこのボリュームだった。
これシリーズ化しちゃった方がいいんじゃない?
シリーズ第一作。
スペインでの思い出一作みたいな。
やっぱりね、人生万事採用がうまってのを本当に伝えたいことで。
さっき休憩時間というか、最初に言ったんだけども、
自分で選ぶってさ、難しいよ。
特に大学生とか高校生の時さ、
よく進路でさ、将来の道から逆算して大学の学部を選びなさいって言われたじゃん。
高校生で選べるのってさ、全体の選択肢のナンパだよって話じゃん。
わかんないよ。
だからあの指導ってあんま良くないなって思うんだよね。
俺が大学に入ったのも、スペインに留学するっていうのも、
1:03:05
俺に自由な選択肢があったら絶対選ぶ。
なんかね、今聞いててふと思ったけど、
若いうちだからこそ周りに影響されるかもしれない。
それはある。
だから年取ってくるとさ、自分の選択になってくるじゃん。
そうそうそう、頑固になる。
先輩もいなくなってくるし。
なんなら俺らも老人になったら、先輩死んでるし、親も死んでるし、
言われる人がいなくなる。
そうなると、自分で生きていくしかない。
お前みたいに謎の大学教員が別れて出てきてさ、
じゃあ俺どうですかみたいなさ。
そういうパターンで、確かに年取ってくると亡くなってる気がする。
うるせえってなるじゃん。
俺が決めるんじゃん、みたいな。
若いからこそ強制的にやらされてるのもあるから、
採用が馬みたいな形になるケースが多いのかもしれない。
これはでも、すごくもう一個伝えたいメッセージがあって、
仕事の移動だけは別。
会社の組織に入ってるよね。
確かにそれもあるかもしれない。
これはね、別で考えてほしくて。
それは何でかっていうと、利害関係がやっぱりできちゃう。
俺自身が会社で移動が多かったからなんだけど、
俺は万事採用が馬だと思って、頑張ろうと思ったんだけど、
そのマインドを持つと利用されちゃう。
就職した後、会社でそうなっちゃった?
そう。最初は良かったんだよ。
若いうちはね。
やっぱり年取ってきて、そのマインドだと利用されるだけになっちゃう。
誰もやりたがらないしね。
自分でやっぱり軸を持って、
能動的にキャリアを選んでいかないと。
確かにそれもそうか。
だから若いうちっていうふうに今回のテーマでつけた。
これはリスナーの人にすごく伝えたい。
だけども、人生で一番若いのは今日だし、
何かやりたいこととかがあるんだったら、やっぱり若いうちに挑戦することが、
お前も言った通り、周りから言われて影響される変わり代っていうのかな?
伸びしろみたいなのが。
どうしようと言われたら取るのなくなって。
言われないしな。
そう。
俺も年取って気に使うようになるんだよね。
ない?そういうの。
あるよ。否定しちゃいけないってこと?
そうそう。友人からも言われないしさ。
親も多分年取って言わなくなるし、
先輩も年取ってくると面倒くさいって思うだろうし。
そう言ってくれる人っていうのは年取ると貴重なんじゃないかなって思う。
1:06:03
若い時は嫌だったけどさ、言われすぎちゃう。
上司とか親とか言われても嫌だった。
年取るとそれが寂しくなってる感じもする。
言われた方が、導いてくれる人がいなくなって、それに越したことない。
導いてくれる人はいなくなってる。
自分で決めろなんて。責任も自分で取れって。
なんかちょっと悲しくはなってきてる。
若いうちは特権かもしれない。
そうなんだよね。若いうちに実は乗っかってた方が良かったと。
もう一個メッセージがまさにそれで、
俺ら世代はさ、導いてくれる人を探すところからさ、導く側にちょっとなりつつあるじゃん。
でもなんかさ、はじめの今日の話に戻ってさ、
さっきの、お前が何が何でも留学を防ぎたい。
本気出せば学部も移動できるわけでしょ?
まあね。狭きもんだけど。
その選択肢は取らなかった。
取らなかったね。
多分ね、よく分かってなかった。そういうの。
いや、だから本気でやろうと思えばできるわけ。
それにある程度従ったから今があるっていうのもあるのかもしれない。
結局だとだいぶ辞めりゃいいんだもんね。
本当に行きたくなかった。そんなに行きたくなかった。
だからなんかやっぱりこう、ざへんなーみたいな失敗だよって思うと、
意外と実はそこが正解だった。
そうそうそうそう。
やっぱ不思議だよね。
不思議だと思うし、
あのー、
まあ、
なんて言うんだろうな。
結構今みたいに笑い話的には話してはいるけど、
まあそれなりに大変だったし、それなりに努力はした。
これは事実。
まあそりゃそうだよね。外国語を習わないといけないから。
勉強しないといけないし。
ただ、
勉強しないと死ぬから、本当にスペインでスペイン語できない。
これさ、謎なんだけど。
これはぜひ違う会でじっくり考察したい。
俺はスペイン語でスペイン語を勉強したの。意味わかんないでしょ。
スペイン語できない状態で言ってるのに、授業全部スペイン語なんだ。
できるようになるわけない。
できるようになった。
それはサラマンカ大学の教育システムが出番した。
あ、そういう感じのあれだ。
スペイン語ができないやつにスペイン語でゼロから教えるっていうノウハウがある。
すごいナイスだよ。教えてほしい。
しかも、
それぞれの母語に応じて理解してる。
例えば日本語の母語で話すやつがスペイン語を勉強するときに、
LとRの区別がつきづらいとか、
時制ってあるんだけど、点過去と線過去がわかりにくいとか、
彼らは理解してる。
中国語が母語の人もわかってるし、英語が母語の人もわかってる。
どういうところでつまずきやすいかわかってる。
すごい大学じゃないですか。
1:09:00
コロンブスを廃出したとこだし。
実はサラマンカ大学の壮大な目的があるってことを教授に聞いたんだけど、
英語の代わりにスペイン語を世界語にしたい。
そういう気持ちがある。
一応、英語が今世界語じゃん。第二外国語としてみんな話す。
その代わりにスペイン語をしたい。
ってことは、英語を喋れないやつに教えたい。
ヨーロッパのやつは大体喋れるじゃん。
アメリカのやつはできるから、英語でコミュニケーション取っちゃうんだよね。
でも日本人とか、当時結構いったら中国人って、英語あんまできないじゃん。
できないやつが呼ばれたよね、俺みたいに。
だから、そういうやつらにスペイン語を普教して、
かつ、スペインとかスペイン文化を好きになって帰ってもらう。
で、広めてくれと。
壮大な計画だ。
だから、嫌なこと全くない。ただ楽しいだけ。
たまにも全部くれるし。
やっぱり楽しいから好きになるよね。つまんなかったら興味も出ないし。
で、いい加減大学に出た。
いい加減大学に行ったし、俺、あそこで単位をめっちゃ持って帰らなかった。鈴ができてない。
なるほどね。
それにまんまと俺は乗ったんだけど、それもさ、わかんないじゃん。
わかんなかったんだよ。そういうとこだってことが。
でもそれにたまたま行けたのは、運も良かったし。
自分の良かった点で言うと、ずっと不抵抗されてることも可能だった。
大学入ってからも留学してからも行きたくなかった。
不抵抗されることも可能だったんだけど、
どっかで切り替えてアメフトを始めたり、
どっかで切り替えてスペインに来たんだからしゃーねーやと思って、
いろいろ楽しんでみようかなっていう気分に慣れたっていうのが、
一つ重要なポイントだった。
仕事の移動は置いといて、やっぱりリスナーの人たちも、
俺らの年代になってくるとさ、
自分でやりたくないことを任される機会って少ないながらあったりするじゃん。
例えば町内会の役割とか、マンションの自治体の役割とか、PTAとか。
そういう風になった時に、自分の意思ではないにしろ、
そういう役割を任されてやってみるっていう時には、今みたいにちょっと切り替えてやる。
ポジティブにやったら、何事も不抵抗されてやったらさ、
良くない結果しか返ってこないから、何かを得られるっていう意味ではね、
そういうマインドを変えてほしいし、
冒頭にも言ったけど、若い世代がこういうチャンスを物にしようとしている時には、
背中を押して導いてあげてあげる存在になってほしい。
1:12:02
ということで、今日はこれを灯火として。
いや、いい話だった。続き気になるけどね。
今日だけで終わらせずに。
またいつかのキャンプの階で。
まだ続きを言えば、またそこで学びが何かあるかもしれない。
いっぱいあったので、その学びをいつか共有したいと思います。
でも序章でこんな学びがある。
本編入っちゃったらもっと学べる。
雨も降ってきて、テントの中でこれから寝ようというところなので、
今回特別編いろいろ録音したけど、いかがでしたでしょうか。
ここが原点なので、キャンプでの会話。
今後も特別編をお届けしていきますので、お楽しみに。
今日はありがとうございました。
01:13:09

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