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#54 社会の隅で踊らにゃそんそん
2026-09-29 18:57

#54 社会の隅で踊らにゃそんそん

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これからも「弱さ」抱えていきます宣言💪

#アラサー #30代 #気分 #声日記 #弱さ
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00:07
こんばんは、ヴァルです。 このチャンネルは弱さを抱えた自分が人生をサバイブしていくための思考・感情の記録として、今日も収録していきます。
はい、ちょっと間空けましたね。 シルバーウィークもいつの間にか終わってますね。
私、前回の収録で、「いや、なんか結構疲れ果ててますわ。」みたいな話をしたかなと思うんですけど、
そのままシルバーウィークに突入し、会社は休みだったんですけど、
10月3日に控えているイベントに向けて準備をしなきゃっていうことで、
うーん、体は疲れているんだけども、私なりの抵抗で、もうスタイフのアーカイブなしのね、ライブ配信を2回ぐらいして、
何とかこう動き出そうみたいな、作業配信みたいな、無理やりこう作り出して、
作業しなければいけない状態に自分を持って行ったりしていたんですが、そんな抵抗も虚しくね、
その私のね、持っている気分の波の波にですね、飲み込まれてしまったわけで、
ましばし休眠期間を得て、昨日あたりからね、ゴソゴソと生命活動を開始しているわけなんですけど、
なんかそうですね、こう、何かこう出来事っていうか沈みがあった時に、
やっぱこういうことがダメだったんじゃないかなとか、これがやりすぎだったんじゃないかなって、あーだこーだ考えるんですけど、
でも例えばなんか今回みたいに、めちゃくちゃクリティカルな、明らかにすっごいこれがストレスだったよね、みたいなことはなくて、
正直お医者さんもね、例えばその、私の方から、
例えばこういうことってなんか大きな原因もなく、お元気がなくなる時ってあるんですかね、みたいな話をしてみたところ、
うーん、まあそういう病気ですからね、みたいなね、そういうことをあっさり言われて、そんなー、みたいな、
わら、こちとらね、こちとらというか、私としてはわらにもすがりたい思いで、
内省するんですよ、次こうしたらいいんじゃないかなーとか、あーしたらいいんじゃないかなーとか、
思うんですけど、それすらも超える時があるっていうか、もう、
いやまあなっちゃったからどうしようもないですよね、みたいな、そういうこと、事実って、
03:00
プチ絶望しますよね、どうやってもダメなんだ、みたいな、
うーん、なんかすっごい、そうですね、なんかこういう、機遇の話って人によって全くこう伝わらないことがあると思うので、
あえて一般的な病気とかで言うと、例えばガンですっていう宣告されたとして、再発の可能性がありますって、
で、感知はしないかもしれません、で、努力できること、やったらもしかしたらよくなる、みたいな言葉あるかもしれないですけど、
それでも手術をしてもね、転移するときはしますよって言われる時の絶望みたいな、
それすごく命に関わることなので、だいぶ大げさに伝えているわけですけど、そういうやりきれなさがありますよね、
ただ、なんか思ったの、てか感じたのは今回その、自分が感じているよりも家族とか会社とか周りの人の方が、
私より私を長期的に見てくれているなっていう感覚があって、
まあ家族であればね、もちろんたまには言いたくなると思いますよ、なんでできないの?みたいな、できるじゃんって、
わかんないですからね、内側のことって思う時があると思うし、
常にね、見ているから、
だし、これが悪かったんじゃないの?って言われる時もあるし、でもなんか基本的には健康であればいいのよっていう結論でいてくれるし、
会社の人もね、本当にありがたいことに、もう波はもうあるものでいいんじゃないですかね、みたいな、
で、特に今は試行錯誤の時期だっていうふうにわかってくれていて、
で、私がこう日々の会話の中で最善というか、まあ手は尽くしているということもわかっているし、
だからなんかこう階段を踏むようにね、順調に回復しなくても、
全然それは停滞しているとか、動きがないみたいなことは思っていないっていうふうに言ってくださって、
本当にね、恵まれてますよね、会社に足向けて寝れないですよ、本当にお世話になっているなって、
そう思ってもらって本当にありがたいなって思っていて、
でもお世話になっているからとか、報いたいからこそ頑張りたくもなるんですよね。
06:03
あと、やっぱこう人の良いところ、素敵なところとか、物事に興味が湧きやすいからこそ、
やっぱあれもこれも見たい、聞きたい、知りたい、体験したいって思うんですけど、
どうだからなんだろう、やりたいけど、やったらまずいかもみたいなのって難しいですよね。
なんかこれもわかりやすめにこう伝えるなら、
船が折れているのに走りたいって言っているような感じ、
あの人はすっごく楽しそうにランニングしてるみたいな、
だから私もやるって言って、飛び込んで、こけて、ボキボキに折れて入院するみたいな。
だからまあそうですね、またでも楽しいこととかね、やりたいって思う気持ちとか、
それは周りからも言われることなんですけど、
もったいないですよね。じゃあそれを一切セーブしましょうっていうのはやっぱりもったいないことなので、
折れないギリギリを攻めたいんですけど、なかなかその加減がね、
いまだに難しさありますね。
やっぱりこの配信チャンネルでも弱さを抱えた自分があって、
初めにこうオープニングでお伝えするように、
私はなんだかんだ弱いまま生きたいんだと思いますね。
むしろなんか強くなんて、なんてたまるかみたいな、
謎の反骨精神みたいな、子供みたいな大人のままで、
痛いんですっていう、そんなこと言ったら本当に人によっては、
怒られそうですね。
例えば、周りがね、その人の弱い部分を認めなかったとして、
変えるべきだとか、なんかこう、
それはいけないことっていうふうに、周りが認めなかったとして頑張らざるを得なくて、
で、ちゃんと精一杯努力してこれて、してきた人は、
やっぱりなんかその弱いまま生きるみたいなこと、
そんな生き方自体もしかしたら認めたくないかもしれないですよね。
例えば、その精一杯努力した結果、何かこう成し遂げることができていたなら、
君にもできるとか、変われるとかね、もしくは、
09:05
私はこんなに我慢しているのに、楽して生きてるじゃないっていう、
そんな自由に生きて、そんなのずるいみたいな、我慢してないっていう、
見方もとれるかなっていうふうに思ってて。
で、特にやっぱり、心の状態なんてわかんないですからね、本当に。
本当にわからない。
私もおそらく、私以外の人の本当に心の状態なんて、やっぱりね、わからないですよね。
だからなんかそういう感想を、例えば、もし私に抱いたとしても、
まあそうだよねっていう感じではありますよね。
でもね、私はもうすっくと立ち上がり、やっぱりこう、
声高に、声高に言いたいですね。言いたいわけですよ。
レールには乗らないぜっていう。
もう布団の中からでも抵抗してやるぜ、みたいな、あの究極の逆張りおばさんみたいなことなのかもしれないですけど、
もう社会の隅で踊るんだっていう、踊ってやるぜっていうね、
なんかそういう気概になってきてますね。
でもまだ途中だと、まあ過渡期ですね、たぶんめっちゃ吹っ切れて、もう
なんですかね、これが私の生き方だぜ、みたいな風になってたら
そうそうそう、まあ楽、一番楽なのかもしれないですね。
まあでもそんなのね、どんな状況の人だって、
抱えうることですからね、その、これが私って思えない人が多いから、
そういう状態まで、最終形態までいくかわからないですけど、
でもなんか、もちろんね、できることはするし、最善を尽くすけど、でも何て言ったらいいですか、向かうべき方向が成功とか、なんて言ったらいいんですかね、
そうそう、実現とか、なんかこう立派な社会人みたいなことではないみたいな、レールから外れたところでウェイって一人で踊ってるみたいな、
そういう感覚でいいのかなっていう気はしますよね。
ということで、はい、あの、
さっきチラッと言いますきたけどね、10月3日土曜日、今週末の土曜日ですね。
12:02
私はイベントに、とあるイベントにですね、出展をいたします。
私の地元である宮城県の石巻市で、ひとはこフルホーン1っていうイベントに出展いたします。
で、これも、うーん、
まあもう何度も何度も再三言ってる、こういうことがやりたいんだっていうことを実現した出展になりまして、
タイトルというか、野号ですね。
野号が、「透明な私たちのための本屋」と銘打ちまして、
どんなコンセプトかというと、
休日の昼間、大型ショッピングセンターを一人歩くと、自分が透明になったように感じる時がある。
私たちはまだバラバラで、たまに見えなくなる。
グレーゾーンを行ったり来たりしながら、社会と事故の狭間で息苦しさを感じる人へ。
お守りのようにそっとあなたに寄り添うフルホーンを並べます。
はい、どこかにいるけどまだ出会えていない、
同じような気持ちを持ったあなたとお話がしたくて、
こういったね、小さなフルホーン屋っていうのを開くことにいたしました。
今回ね、そう、入港っていうんですか、発注間に合わずでですね、
ババアベア、もうすでに作成しているババアベアも含め、陣の発注ができなかったので、
今回は私が、そういう透明な皆様にお渡ししたい
フルホーンをね、取り揃えてお待ちしておりますので、
ぜひ近隣の方とか宮城県内にお住まいの方、
ぜひ遊びに来てください。
はい、あ、そういえばもう一つ話したいことがあったんですね。
これもフルホーン市に出そうかなーって思ってる。
いい本、いい本だからこそフルホーン市に出すんですけど、
今読んでるのが、あの傷を愛せるかっていう、
宮地直子さんって読めばいいのかな、あ、宮地直子さんですね。
っていう、文化精神医学、医療人類学を専門にしていらっしゃる教授の方のエッセイの中で、
バルネラブルっていう単語が出てきたんですよ。
これ、あのこのチャンネルの初期から聞いてくださっている人はわかると思うんですけど、
私のこのハンドルネーム、あのバルはバルネラブルっていう英語から来てるんですね。
15:03
それが脆弱性とか弱さっていう、あの、意味の英語なんですけど、
バルネラブルについてね、あの言及しているところがあって、
バルネラブルはなんだろうな、
そのもの自身が弱いわけじゃなくて、でも、
多分吸収しやすく、だからこそ防御力に乏しい。
その結果として、攻撃とか刺激を受けやすい状態、隙があるとか、付け込まりやすさっていう風に、
なんだろうな、ただの脆弱性とか弱いっていう意味だけじゃなくて、そういう部分も含んでいるっていう風に書かれていて、
なんかね、ちょっと引用しますね。
バルネラブルな人が危険なところを呑気に歩いていると、周囲の人はハラハラして、その人に怒りを向けてしまいがちになる。
純粋に他人を信じ、誰にでも心を開いてしまう人に対しても同様だ。
特に自分の弱点を攻撃されたことがあり、それ以来重い鎧をつけて歩いてきた人にとっては、
弱さをさらけ出したまま生きている人を見るだけで、甘えている、世の中を舐めていると、苛立たしくなったりもする。
ただその鎧ですね、どれだけ鎧を重ねて防衛しても、
さっき言った通りですよね、100%絶対元気であるとか、
未来が安泰であるとか、なんかそういうものってないよっていう風に書かれていて、
だから、
この方の専門が精神医学とかそういう医学的なところにあるので、
医療文化はそのバルネラビリティを受け入れ、慈しみながら同時にそれと戦い続ける必要がある。
弱さを克服するのではなく、弱さを抱えたまま強くある可能性を求め続ける必要がある。
ところどころ中途半端に引用しちゃったんですけど、そう、なるほどな、なるほどなっていうか、
まさにっていう感じですね、そうだから弱さに打ち勝つとかいうことじゃなくて、抱えたまま、
やっていくことがいいなって、最後の最後になんか尻すぼみみたいになっちゃったんですけどね、
18:08
抱えたまま踊ってやろうじゃねえかっていうね、そういう境地に至っているという話でございます。
ということで、宣伝した後にまたちょっと話し出すっていう謎の構成になっちゃいましたけど、
はい、改めてね、10月3日ひと箱古本市アット宮城県石巻市開催されますので、
よかったら遊びに来てください。
はい、まだ準備終わってないよー、頑張ります。
もうここまで来たらやるしかないから、はい、間に合わせます。
会場でお待ちしております。
ではまた。
18:57

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